「自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」(D.gray-man×からくりサーカス)   作:チュンチュンお米パラダイス

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恥ずかしいと言いながら投稿するのは見せ痴漢だと思うんです
とにかく心臓に悪い
人生で最も緊張して震える瞬間です


4,真紅の幕

 

 善は急げ。フランシーヌの修理を終えたあと、二人は直ぐに旅の準備を整えた。南イタリアのマテールからアルプス山脈を越えてフランスの西岸キュベロンまで約2,000kmの旅。最低限の生活道具と衣服、しばらくのぶんの保存食料。そして、あるものを背負って。

 

「紳士淑女諸君!」

 赤い垂れ幕の前にピエロの人形が立つ。

「皆様、どうぞお来し下さいました。これよりご覧頂く演目は『土翁と空夜のアリア』で御座います。舞台は捨てられた廃墟の街、マテーラ。登場するのは、醜い容姿の子供ファンゴ、そして、壊れた人形の少女ララ。孤独な二人の出逢いは何を生み出すのでしょうか?しかとご覧下さいませ。それでは物語の開幕です。観客の皆様、拍手をお願いいたします。」

 ピエロは優美な仕草で礼をして、赤い垂れ幕を開くとともに舞台裏へと姿を消した。

 垂れ幕が開いて見えたのは、石造りの町並み。その中心では可愛らしい少女の人形が、街の人達を前にして美しい歌声を披露していた。

「彼女の名前はララ。歌を唄い、人々の心を癒やす為に造られた人形でした。街の人達は皆、自分たちの為に奏でられる美しい歌声をとても愛していました。」

 舞台装置が切り替わり、畑が現れる。

「ある時、街の井戸の一つが干上がってしまいました。これでは十分に作物を育てられません」

 ララは畑の中心でくるりと舞いながら、再び歌を披露する。すると、農夫達は元気良くすきを振るって畑を耕やし始めた。

「その年はララの歌に励まされて街の人たちは冬を乗り切りました。しかし、次の年になっても状況が良くなるどころか、干上がる井戸の数は増えていくばかりでした。」

 緑色をしていた畑は、枯れた茶色になってしまう。

「ララは与えられた役割のままに歌うことしかできません。ララにも、誰にも、井戸が干上がり、畑が枯れていくことは止められませんでした。こうなっては、人々は生活ができません。そして、マテールの街から次々と去っていきました。」

 人々はララに背を向けて、ひとり、また一人と去っていく。ただ独り残されたララは街の一角で腰を掛けて、背を向ける。

「人々が居なくなってしまえば、ララに歌を求めるものは誰もいません。ララは歌を求める人間が現れるのを、ひたすら待ち続けました。」

 舞台が昼と夜をぐるぐると回る。次第にララの頭はうなだれて、背中が傾いていく。

「待ち続けました。」

 そして、遂には地面に倒れ伏してしまった。場面は夜。

「ついに、一人の男が現れました。」

 深くフードを被った男。誰もいない街の空き家の一つに堂々と侵入して中を漁っていた。扉や棚を乱暴に開け放ち、掴んだものが金目の物でなければ、適当に放り投げる。ひとしきり荒らし回ったあとは、次の空き家へと向かう。その道中、男が倒れたララの近くを通りかかる。男は気づかず歩き去るが、ララはふらりと起き上がって男の後をつける。男が次の空き家に入ろうとした時。

「うたは、いかが?」

 振り返ってララを見た男は震え上がって叫びを挙げる。

「ああぁ、ば、バケモノだぁ!!」

 持っていた棍棒を引けた腰で振りかざす。

「うた、は」

「わあああああぁ!!」

 男が全力で振りかぶった棍棒は、ララの頭を打つ。ララの頭が大きく揺れて、姿勢を崩す。ララはそれでも手を前に伸ばして立ち上がろうとする。

「ああぁあぁああ!!」

 恐慌状態に陥った男は、ララを滅多打ちにする。とどめの一撃をいれて、ララが動かなくなると男は後ずさり、悲鳴を上げながら逃げていった。

 暫くしてララが身体をゆっくりと起こし、初めてララの顔が見えた。顔の左側が大きく陥没し眼球が顕になった、悪夢のように不気味な姿。

「待ち続けました。」

 一旦、幕が閉じられる。

 

「マテールから人々が去って500年の時が経ちました。」

 再び幕が上がる。場面は、三日月の浮かぶ夜空と石造りの廃墟の街並み。微かに聞こえてきたのは、子供のすすり泣きだった。

 ララはその声に反応して起き上がり、声の主を探しだす。そして見つけた。建物の影で蹲って泣いているフードを被った子供だ。

 ララは子供の前に姿を現す。その姿は、時代の経過によって、長い髪も身体も更に荒れ果てていた。まるで、恐ろしい化け物のようだった。

「ぼうや……歌はいかが……?」

 掛けられた問いかけに、子供はララを見上げる。

「うた……?」

 見上げた顔は、泥人形の様な酷く醜いものだった。奇病によって肌は引き攣り、鼻は削げて、大きな瘤や幾つもの皺が顔の大半を恐ろしく歪めていた。

「ぼくのために歌ってくれるの……?誰もそんなことしてくれなかったよ」

 その醜い顔が、自然に頬が持ち上がって、残っている片目が弓なりになり、最も純粋な子供らしい笑顔を形作った。

「ぼくはファンゴっていうの……歌って、亡霊さん」

 彼女が胸に手を当てて歌いだしたのは、酷く旋律の美しい子守唄だった。

 

 子守唄が歌われるなか、場面が切り替わる。

 草原に立つ大きな木の陰で、一人の老人が子守唄を歌う少女に膝枕をされながら眠っていた。老人は長い時間の中で成長し、老いたファンゴ。頭に包帯を巻いて身なりの整えられた少女は、時を経ても年老いることのない人形、ララだった。

 うつらうつらと微睡んでいたファンゴが目を開く。目の前には逆さになったララの微笑み。

「ごめんなさい、ファンゴ。起こしてしまいましたか?」

「奇麗な歌だから、もっと聴いていたいな……もう一回、歌ってくれないかい?ララ」

 そこで、道の向こうから二人の男が歩いてくる。

「ね……歌が聞こえたでしょう?」

 ヘラヘラと頭を低くしながら話すのは、粗末な身なりの痩せた男。

「ふん、確かに美しい歌声だ」

 そう答えたのは、ピカピカの杖を持ち、シルクハットを被って燕尾服を纏う、腹が丸く太った男。歩みを進めていくと、木の下で昼寝をする二人に出会う。

「ほお、美しい女ではないか!」

 その声に反応して、ララは歌うのを止めて、はっと顔を上げる。そして、庇うようにファンゴを腕で抱いて、肥った男を見上げる。

「私達に近寄らないで!」

 ララの静止を聞かず、近付いた肥った男は尊大に言い放つ。

「私に付いてきなさい。私ならそんなボロではなくて、上等な美しい服を着せてあげられるんだ。そして、私の豪華な屋敷で、美味しいものを好きなだけ食べさせてあげよう。こんな何も無い所でずっと暮らすよりも何倍も良いはずだ!」

 手を広げる肥った男の顔には、下卑た笑みが張り付いていた。

「そんなもの要らないわ!ここから出てって!」

 ララの腕を解いて立ち上がったファンゴがヨロヨロとララの前に立って、肥った男に立ちはだかる。

「ララがこう言っているんだ。出て行ってくれ。」

 太った男は怒りで顔を歪める。

「この醜いバケモノが。邪魔だ、どけ!」

 懐から短銃を取り出し、そのまま引き金を引いた。バンッという銃声とともに銃口が跳ね上がる。

「ファンゴ!」

 ララの悲痛な叫び。背後によろめいて倒れるファンゴをララの腕が受け止めようとする。だが、近づいてきた太った男が銃を片手に持ったまま、ララの二の腕を掴んで引っ張る。

「さあ、一緒に来るんだ!」

 ファンゴの身体はララの腕をすり抜けて地面に倒れてしまう。腕を引かれてもファンゴから離れようとしないララ、ララを諦めようとしない男の間で激しい揉み合いになる。そのうち、ララの頭に巻かれていた包帯が解ける。そのことに気付いた肥った男は、ララの顔を見て情けない悲鳴を上げる。

 ララの顔は、かつてファンゴと出会う前の朽ち果てた恐ろしい容貌に様変わりしていた。肥った男の背後で傍観していた痩せた男は「ひいっ」と悲鳴を上げて逃げ出した。残された肥った男は、強く引っ張っていた筈のララの腕も途端に手放して、へっぴり腰で後ずさる。

「ば、バケモノだあぁ」

 持ったままだった拳銃を、そのままララに構える。引き金を引くが、既に一度使っているため球は吐き出されない。完全に恐慌状態に陥った肥った男は、つんのめりながら一目散に逃げていった。

「ファンゴ!」

 ララはすぐにファンゴのもとにかがんで顔を寄せて声をかける。

「ララ……良いんだよ、ララ。別れるのがほんのちょっと早くなっただけさ。僕はきみの様にずっと生き続けることなんて出来ないんだから……これまで僕は君の世界で一番美しい歌を独り占めにしてしまっていたんだ。」

「そんなこと……だって、壊れた私のことを受け入れてくれたのはあなただけだったから……」

 ファンゴは首を横に振る。

「違うんだ……ララ。君の歌は僕一人だけじゃなくて、もっともっと沢山の人を癒やし、喜ばせ、希望を与えるためにあったんだ……僕がいなくなったって、君には歌い続けてほしい」

「嫌……いやよ!あなたがいないのだったら、私が生き続ける意味なんて無いじゃない!もう独りだなんて耐えられない……!」

「君がもし……マテールの街から人がいなくなって独りになってしまった時に歌うことをやめてしまっていたら、僕と君は出会わなかった……歌い続けたから僕と会えたんだ……君の歌に僕は救われた……これまで君の優しさにしがみついて、独り占めにしてしまっていたけれど……本当は君には沢山の人を救う力があるんだ……僕はもう救われたんだ……だから、君は君の歌で、世界中の沢山の……独りぼっちの子供たちを、救ってほしい……僕からのお願いだ…………君の、歌が消えて、しまうのは……耐えられ、ない……」

 ファンゴの声はどんどん弱く、とぎれとぎれに、細くなっていく。

「あぁ、そんな……」

「これから君は、旅に出るんだ……ここで僕達はひとまずお別れだ……だけど、きっとまたいつか……どこかで巡り会える……」

 彼はもうすぐにでも死んでしまう。それでも彼は笑った。死んでしまえば、二度と会うことはできない。それは覆らない摂理だ。だが、それでも、彼は笑った。ファンゴはララの旅立ちを祝福した。

「……ありがとう、出会ってくれて。ありがとう、言葉をくれて。」

 ララの眼から、ある筈のない涙が零れ落ちる。

「ありがとう、たくさん笑わせてくれて。ありがとう、愛してくれて。」

 そして、ララは笑った。

「またいつか、私と出会ってね。」

 ララは最後にもう一度、子守唄を捧げた。

 幕が降ろされる。

「ララは世界中を旅しました。インドにアメリカ、中国にアフリカ……世界中のどんなところにでも行って、たくさんの子どもたちの為に歌を歌いました。」

 長い時を経ても変わることない、美しいララの歌声が響き渡る。

 その歌声に、ハーモニカの伴奏と、子供たちの歌声が重なる。

 幕が上がると、街の広場のような場所で、ララらしい人影が背を向けて、子供達に囲まれて一緒に歌を歌っていた。一つの曲を歌い終わると、周りの子供達からも、人形劇の観客たちからも拍手が巻き上がる。でも、まだ終わりではない。舞台の幕の裾から、一人の子供がそっとララと子供たちの様子を見ていた。周りの子供たちと触れ合っていたララは、その子供の視線に気がつく。そして振り返って、その子供に優しく笑いかけた。

「ぼうや、歌はいかが?」

 美しい笑顔だった。舞台の裾にいた子供はララの方へと駆け寄った。

「ララは今でも世界のどこかで歌い続けている。そしてララの歌は、今では世界中の沢山の人に歌われている……」

 終幕を迎えて、観客達から割れる様な喝采が上がった。

 

 

「今日も大盛況でしたね。」

 風呂敷に纏めた人形劇の舞台装置を背負ったララが、夕焼けを背に浴びて隣を歩くグゾルに話しかける。その顔はグゾルの手で綺麗に修復され、誰もが見惚れるような美しい少女そのものだった。一方、グゾルの顔は包帯で隠されていた。グゾルは口先を尖らせる。

「あんなお涙頂戴の物語がねえ……まあ、僕の一流の脚本と一流の人形遣いと一流の演技と一流の監督があればこそだけどね。」

 グゾルは不貞腐れていた。人形劇で路銀を稼ごうと決めてから、グゾルが人形劇で一番やりたかったのはパンチとジュディの様なアドリブの掛け合いで笑いを生み出す即興劇だった。なのに、ララのアドリブの下手さとあまりの大根役者ぶりに、即興劇は到底無理だと判断せざるを得なかった。有名所の劇やオペラ、童話なども人形劇で演じてみてはいるが、結局一番の人気はララの希望で自身をモデルとして作られた『土翁と空夜のアリア』だ。当たり前だが、ララにとっては歌人形のララが一番のハマり役だった。ついでに、ララ以外の全ての役はグゾルが演じ、一人でそれらの人形を動かしている。一人で二人分喋りながら複数の人形を同時に動かすような離れ業までこなしているので、子供の身であるグゾルの負担は相当なものだった。

「そう言う割には、最初に出来上がった脚本は滅茶苦茶でしたよね。」

 初稿ではファンゴが『永遠の時を君と一緒に生き続けたい』などと言い出し、何故か本当に不老不死になってしまって『自分を信じて夢を追い続けていれば、いつか必ず叶う……!』とファンゴの満面の笑顔で締めくくるという支離滅裂な脚本だった。それをララが「大人しく死んでてください」などと酷評したため、幾度の推敲を経た末に今の形に落ち着いたのだ。

「今の脚本だって十分おかしなものさ。撃たれたっていうのにどんだけ喋らせるんだよ……まあ、どうせおとぎ話だけどね」

 そうは言っても、そのシーンを書いたのも他ならぬグゾル自身だ。だが、御伽噺だからこそ物語は綺麗で美しいのだ。その御伽噺で観客を魅せる脚本家としても演者としても、彼は一流に違いなかった。

 ララは淡々と答える。

「すぐに医者に見てもらえれば治るような傷だったのかも知れませんね。でもきっと、一番近くの病院が30km先だとか離れた場所だったから、間に合わないと判断したのでしょう。」

「うわあ、夢がないね。」

 いかにも有り得そうな現実的な答えに、グゾルは思わず呆れた。

「……このまま旅を続ければ、ララの物語もララの歌も世界中に広まることでしょう。」

 それはララにとっては夢物語ではなく、実現可能な事業であるように思われた。

 グゾルは前向いたまま答えた。

「……お前は知らないだろうが、フランシーヌの歌は世界中に広がった。お前が望むなら、今度はお前自身の力でやってみたら良い。」

「……」

 キュベロンへの旅が終わり、グゾルがアンジェリーナを救った後はどうなるのだろう。グゾルと別れて、ひとりになって、そうなったら私はどうなるのか。現実的であった筈のものが急に崩れ落ちて、分からなくなってしまった。私が望んでいたのは、有り得ない夢だったのだろうか?

 旅の終わりは近い。その結末にあるのは夢か、それとも現実か。

 

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