「自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」(D.gray-man×からくりサーカス)   作:チュンチュンお米パラダイス

6 / 12
5,灰色の城

 

 クローグ村についた。ララとグゾルは村の入口に立つ。農夫の操る牛が畑を梳き、何処かの家の鶏が雛を連れて地面をつつき、親子が腕に買い物かごをかけて歩き、男達が馬車から樽や小麦袋を運び出す。ありふれた村の風景だった。

「……平和そのものですね」

 ララが呟く。本当ならば、既にフェイスレスとフランシーヌ人形達が引き起こした悲劇によって、クローグ村は壊滅している筈だった。

「私達が時期の計算を誤ったのでしょうか?」

 ララの見下ろしたグゾルは何か焦っている様子だった。

「そんな訳がないだろう。クローグ村の悲劇は起こっていない。ならば、僕らはどうなったんだ?」

 グゾルは村に入らず、一直線にキュベロン城へ向かった。岬に建つ城に近づくにつれて、その異様な違和感が明確になる。城の窓ガラスが割れて、内から吹き上がった煤が窓枠の上部を黒く汚している。城が火事にあったのだ。

 城の入口の壊れかけの扉をララが力づくで開くと、城の内部は全体が黒く煤けて、陽の光があっても闇に包まれているようだった。100年ぶりに、城の中に脚を踏み入れた。瓦礫と煤だらけで間取りも不明瞭になった城の中を、グゾルは迷いなく進んでいく。目指すのは、フェイスレスの工房だった。火を入れたランタンを手に、ララはグゾルの背を追いかける。瓦礫を乗り越えて石造りの階段を降り、その場所に辿り着いた。工房の付近は壁が煤で完全に真っ黒に染まっている。火の出どころもこの場所だったのだろう。工房の扉も焼け落ちていた。燃えたものや化学薬品の強烈な匂いが部屋の中に充満している。ランタンと、日取り用の小窓の僅かな光を頼りに、瓦礫とガラスに覆い尽くされた部屋の奥へと進んでいく。

 ある場所で、グゾルが立ち止まる。追いついたララがその場所にランタンの光を翳して、ギョッとした。そこには、白骨化した遺体があった。

「……僕はここで死んだんだ。」

 グゾルは遺体を見下ろしていた。

 

 ―――

  

 その男は轟々と燃える盛る小屋を凝視していた。その小屋の中には、得体の知れない病の感染を恐れた村人達の手によって囚われたフランシーヌ、彼の愛する妻が居た。

 男の片手には彼女を治療する為に何年もかけて創り上げた"柔らかい石"が握られていた。汚らわしい村人共からフランシーヌを助け出し、"柔らかい石"の生み出す万能の霊薬"生命の水"で彼女の病を治す筈だった。それなのに、フランシーヌは燃え盛る業火の中。

 もう片方の手の中には美しい銀色の長い髪の毛。先程すれ違った兄に手渡されたフランシーヌの髪を見て、フランシーヌは死んでしまったのだと分かった。

 全てを失い一人残された男は、銀色の髪を亡骸の様に抱きかかえ、傷を負った怪物の如く怨嗟の叫びを上げた。

 

「こんばんワ♡」

 突如彼の工房に現れたのは、妙な見た目をした奴だった。人間とは思えない尖った耳と鼻。異常に伸びた顎と常に嗤った口から覗く歯。まるまると太った体に白い燕尾服、やけに長い山高帽を被って小さな丸眼鏡を掛けている。まるで人形劇に出てくる悪い魔法使いの人形のようだった。

「……ここに勝手に入るな、出ていけ。」

 こちらを見返した血走った眼に、悪い魔法使いは歓喜した。

「まあまあ、そう言わずニ♡ 我輩は千年伯爵♡あなたの妻、 フランシーヌ嬢を蘇らせてあげましょうカ?♡」

「なに……?」

 空中に人型が現れた。人と同じ大きさをした黒い骸骨のようなそれは、枠に収まっていた。

「これは吾輩が造った魔導式ボディ♡これにフランシーヌ嬢の魂を取り込み復活させるのデス♡」

 男はあからさまに眉を顰める。

「こんな木偶人形じゃ駄目だ。」

「木偶……?♡」

 伯爵のこめかみにヒビが入る。

「そうさ、彼女の美しい顔、しなやかな身体、麗しい声も仕草も、全てが完璧にフランシーヌじゃなければならない!」

 男は素晴らしいことを思いついたとでも言うように、興奮して両手を大きく広げた。

「そうだ、僕がフランシーヌを造ればいいんだ!!」

 男は天を仰いで狂気の笑みを浮かべる。

「そして、生まれ変わったフランシーヌと一緒に、村人共に罪滅ぼしをさせるんだ!彼女から笑顔を奪った悪魔共が罰に苦しむ姿を見れば、フランシーヌはきっと素敵に笑ってくれる……!」

「……狂ってますネ♡」

 伯爵は侮辱されたことも忘れて、自らの手で妻を甦させると豪語するこの男に興味を惹かれていた。

 無造作に置かれた棚や机に無数のガラス器具や工具がところ狭しに埋め尽くす空間に視線を巡らせてみると、奥の一角の空間に造りかけの4体のからくり人形が天井から吊らされていた。遠目から作りかけの顔を見るだけでも、人と見紛う精巧さであることがわかった。

「あの人形達、あなたが造ったのですカ?♡」

「その通り、僕が創った自動人形だ。ほら、挨拶を。」

 頭がないものや上半身と下半身がまだ別れているものもあったが、4体の人形はそれぞれ作りかけの手足をキリキリと音をたてながら慇懃に礼をした。

「自ら考え、動く人形……まさかイノセンスじゃありませんよネ……?♡」

 伯爵は悪魔の様な目をギョロリと見開いて人形達に近寄り、じっくりと観察する。体表を覆うパネルの隙間からは時計のような無数の細かな歯車が複雑に組み合わさっているのが見えた。これは摂理を覆すイノセンスの力によるものではない。

「ほお……近くで見てみると本当に凄いですネ♡ これが錬金術によって造られる自動人形ですカ♡ 魔術に依らない純粋な技術と知識で人形に命を吹き込むとは、恐れ入りますネ♡」

 伯爵は視界の端であるものを見つけた。

 そこには子供ほどの大きさのある歪んだ雫型のフラスコが鎮座していた。中には薔薇色に輝きながら沸騰し続ける銀色の液体。そして、血の色をした結晶があった。

 それを凝視する伯爵の目は血走っていた。

「まさか……"柔らかい石"……♡」

 次の瞬間には、男は伯爵の手によって首を掴み上げられていた。伯爵は声色を低くして問いかける。

「お前が創ったのカ?♡」

 男の顔から眼鏡が落ちた。

「離せ、よ……。」

 男は息が詰まって呻き声の様な言葉を発するので精一杯だった。藻掻いてバタつかせた手足が奇妙な形のガラス器具をいくつも床に落として破片が散らばる。憤怒に染まった男の顔はどんどん赤くなっていく。

『造物主様!』

 背後で怒った人形たちが鎖に繋がれたまま、男を締め上げる伯爵に向けてキリキリと腕を伸ばしていた。

「答えなさイ♡」

「……そうだ。」

「他に"柔らかい石"を作ったニンゲンはいないでしょうネ?♡」

 赤から蒼くなった男は、息もまともでにできず意識を手放しそうな状況で、ふざけた様に舌を出した。

「教える、かよ……バ~~カ。」

「……もう良いデス♡ "柔らかい石"を造ってしまったお前は死ななくてはならないのデス♡」

『『造物主様!!』』

 自動人形達は一層激しく腕を伸ばし、鎖を揺らす。首の無い人形がよたよたと伯爵に立ち向かおうとするが、伯爵の手から発せられた衝撃波で壁に叩きつけられた。伯爵は男の首を締める力を強める。そして、あっという間にパキリという音がして、異様に首が伸びた男が床に落とされた。糸の切れた人形の様に、目を見開いたまま二度と動かない。

『『『ゆるさない許さないユルサナイ赦さない……』』』

 何もすることが出来なかった人形達の怨嗟の声が木霊する。

「お前たちの主は死にましタ♡ 何も出来なかった無力なお前たちは、鎖に繋がれたまま朽ち果てるのデス♡」

 伯爵が手刀を振り抜いて大きなフラスコの上部を叩き割ると、泡を出し続けている銀色の液体が流れ出した。伯爵の手が割れたフラスコの中から柔らかい血の結晶を掴み上げる。そして、手にぐっと力を込めると、一瞬の赤い閃光を放って、粉々に砕け散った。床に散らばった小さな破片も直ぐに空気に溶けていった。

「全く、こんなものを造るニンゲンがまだいたとハ……♡ 聖戦に余計なものを持ち込まれては困りまス♡ 」

 伯爵が一つ指を鳴らすと、緻密に書き込まれた紙束の一つが炎を上げて燃えだす。

「では、ごきげんよウ♡」

 千年伯爵は最後に四人の自動人形にお辞儀をする。赤い炎は木製の机や棚を伝って次々と燃え広がっていく。

『殺すコロスころす殺ス……』

 伯爵が消えたあとも、焔に囲まれる人形達の怨念は木霊し続けた。

 

 ―――

 

 奥の方の空間からキリキリカタカタ機械仕掛けの音が幾重にも重なって聞こえてくる。ララがランタンの光を向けると、そこには作りかけで鎖に吊るされたまま煤を被った、壊れかけの最古の四人(レ・キャトル・ピオネール)が居た。

『ぞゥぶつシゅサま……』

「ヨッ!お前たち、久し振りだなあ~~~~!元気にしてたか~~~~?」

 グゾルが笑って手を振ると、四人はそれぞれぎこちなく礼の形を作った。グゾルはララに振り返る。2つの小さな目がランタンの炎を受けて、赤く揺らめいた。

「ララ、最古の四人を完成させよう。」

「!! 何故ですか?! 復讐の為の道具として造り出された彼らは、このまま葬り去られるべきではありませんか?! それとも、今になってまだクローグ村に復讐しようと言うのですか?!」

 ララにはグゾルの言うことが分からなかった。彼がまた恐ろしいことをしようとしているのではないかと、身を焦がす様な不安にかられた。

「おかしいと思わないか?あの時菜の花の上を横切った物体……最初はお前が造った自動人形かと思っていたが、この世界にフランシーヌ人形は生まれなかった。あれを造ったのは多分、僕を殺した千年伯爵だ。」

「どういうことですか?」

 何の話か分からないララのために、グゾルは思い出した光景をかいつまんで教えた。

「……確かに、千年伯爵は危険な人物かも知れません。ですが……」

 ララは最古の四人を甦させたくなかった。フランシーヌ人形を笑わせる為に、多くの人の命を奪った最古の四人。フランシーヌ人形が生み出した、数多の殺人人形達。そのいずれも、この世に生まれてくるべきではなかったのだ。ララはそれが誰であろうと、誰かを殺すために彼らを道具にすることなど耐えられなかった。

 グゾルは凝り固まった考えを振り払うために、首をふるふると横に振る。

「……いや、まだ千年伯爵がそうだと決まった訳じゃない。けど、アンジェリーナが心配だ。村に行こう。」

 グゾルの小さな脚が、過去の自分の骨を跨いだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。