「自分を信じて『夢』を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!」(D.gray-man×からくりサーカス) 作:チュンチュンお米パラダイス
2024/3/6 8話での展開を受けて、3話も加筆しました
2024/3/11 原作読み直して、主に終盤の白銀の描写を加筆。
陽が傾いて橙色に照らされた緩やかな平原を、足長クラウン号が走り始める。車体の大きさに反して、駆動音は静かだ。どんどん加速して、驚くほどのスピードで景色が流れていく。外はすっかり薄暗くなっていているが、車内は小さなガス灯のようなもののお陰で昼間のように明るい。広い客室の一室で、銀は金と少女と向かい合って座る。
「アクマが人の皮を被って化けているのは知ってる?」
「……ああ。」
銀を襲ったアクマは最初、患者の一人として現れた。いざ診察しようとしたときに突然、人の皮を破って中からあの巨大な化け物が現れたのだ。
「アクマは、悲劇と魂と機械を材料にして造られる。製造者である魔術師、千年伯爵は、愛する人を亡くした者の前に何処からともなく現れ、その人を蘇らせることを持ち掛けるんだ。ソイツが伯爵の用意した魔導式の躯(ボディ)に、愛する者の名前を呼びかけることで魂が機械の躯に呼び戻され生き返る。けれど、機械は造物主の命令には逆らえない。生き返った彼らに与えられる伯爵からの最初の命令は、愛する人を殺してその皮を被ること……」
悲劇を利用して、愛する者を殺させて人殺しの兵器に仕立て上げるなどと、これ以上に邪悪な所業があるだろうか?
「アクマが人を殺せば殺すほど、周りに悲劇が拡がっていく。そして、悲劇が拡がるほどにアクマが増えていく……そういう仕組みになっているんだ。クローグ村は、住民のほとんどがアクマにすり替わっていたよ。」
クローグ村。愛する妻フランシーヌが自ら火を放って亡くなり、金と最後に別れた場所だ。決していい思い出のある場所ではない。しかし、その見知った村一つの住民の大半が化け物に入れ替わってしまっていたことに、背筋が凍る思いだ。
ここで、数十年前のクローグ村での悲劇を思い出したことで、銀はある可能性に思い当たる。
「もしかしてだが、お前のもとにも千年伯爵は現れたのか……?」
「もちろん。27年前、僕が兄さんと別れた後、キュベロンの城の僕の工房に、奴は現れた。人形劇に出てくる悪い魔法使いみたいに耳と鼻と顎が尖ってて、燕尾服を着た白豚みたいなイカれた外見の男だ。」
こんな顔だと言って、金少年が顔をあちこち引っ張って顔真似して見せているが、本当にそんな人間離れした顔のやつが居るのかは甚だ疑問だ。だが、アクマなどという邪悪なものを創り上げた魔術師ならば、それがどんな歪な人物だろうと驚きはしないだろう。
他の誰にも真似出来そうにない顔真似を止めた金は、話を再開する。
「奴は僕にフランシーヌを生き返らせることを持ちかけてきた。だが、壊れた僕は、奴の差し出してきた魔導式の躯を見て、『こんな木偶では駄目だ!』と断った。完璧な女性だったフランシーヌを生き返らせるのならば、身体も仕草も声も魂も、寸分違わず完全な状態で生き返らさなければならない、とね……まあどの道、その方法で生き返っても、伯爵の命令を聞くだけの醜い殺人兵器になるんだったら全然意味がないよねえ~~~~?」
そうかも知れないが、当人の意思を無視して人を生き返らせようという試み自体がそもそも間違っているのだ。
そこまで考えて、銀はこの話の結末を想像して、恐ろしくなってきた。人をアクマとして蘇らせる千年伯爵に出会ってしまった金が、どのような経緯を辿って現在の子供の姿になったというのか?
「自らの手でフランシーヌを生き返らせると言い出した僕に、伯爵は面を食らった。けど、今度は僕の工房にある自動人形に興味を惹かれた。魔術と錬金術、使われている技術は異なれど、アクマの躯と同じ機械人形だからね。そして工房を調べるうちに、あるものを目の当たりにして目の色を変えた。柔らかい石だ。伯爵は僕の首を締めて殺し、柔らかい石を砕き、工房を焼き払った。」
銀は愕然とした。
「お前は……死んだのか……?ならば今のお前は……」
「アクマじゃあ無いよ。大体、僕以外に一体誰が僕をわざわざ生き返らせたいなんて想ってくれるんだい?」
金は随分皮肉っぽく言った。
「僕が生き返ったのは僕の意思とは無関係だ。第一、この子と僕は接点なんて何一つ無い。生まれたのだって僕が死んで20年も経った後だ。僕は確かに亡くなった人間を擬似的に蘇らせる方法を幾つか知っている。けれど、そのどれを使ったところで、今の僕の状態について説明がつかない。それについてはややこしいからひとまず置いといて……問題は、千年伯爵が柔らかい石の存在を、それを作った人間ごと抹消しようとしていることだ。」
銀は息を呑んだ。銀は今もかつて作り上げた柔らかい石を持ち歩いている。この柔らかい石ではフランシーヌを救うことは出来ず、銀にとっては最早不要なものであった。だがそうであったとしても、いつかこの柔らかい石で不治の病に苦しむ誰かを救うことが出来るのではないかと考えて、捨てずにいたのだ。
「兄さんも、伯爵に命を狙われるかもしれない。そして、柔らかい石が千年伯爵の企みを阻む鍵になるかも知れない以上、失われる訳にはいかない。」
「……」
銀は弟の言葉を反芻する。正直、彼の話を信じるには突飛なところが多く理解しきれず、受け止めきれていないところがある。
「なかなか信じられないような話だし、まだ分からないことが沢山あるよね。兄さんが十分に理解して納得したと思えるまで、必要であれば僕はどれだけでも説明しよう。柔らかい石をこれからどうするべきかは、それを作った兄さん自身が決めるべきなんだから。」
「そう言ってくれて助かるよ。……だが、私は一度アクマに襲われている。伯爵側にはもうバレているのではないか?」
もしそうだとしたら、銀に残された時間はそう多くはないかもしれないのだ。
「いや、あのアクマは単に腕の良い医者を狙っていて、それが今回はたまたま兄さんだったというだけのことだろう。悲劇をアクマの材料にしている伯爵にとって、病気を治す医者は邪魔な存在だからね。もし本当にバレていたらアクマがダース単位で追いかけてくるか、伯爵本人が出てきた筈だよ。」
「そうならなくて本当に良かったよ……」
銀はホッと息をつく。一匹だけでも十分死にかけたというのに、あんなものにダース単位で襲いかかられたらひとたまりもない。
「まあ、僕のほうが伯爵に付け狙われているから、あまり長く僕と一緒に居ると当然兄さんも怪しまれるだろう。最近はアクマの方から僕らに襲いかかってくることは滅多に無いけれど、伯爵は神出鬼没だからね。」
「お前はずっと千年伯爵とアクマの軍勢と戦っているのか?」
金があれだけ強力な自動人形を作り出せるのならば戦力として不足ではないにしても、人に紛れ襲ってくるアクマを相手に戦い続けることは決して楽なことではない筈だ。
「そうだね。僕が今の僕になってから三年間、兄さんを探す旅をしながら奴らと戦ってきた。だけど、戦っているのは僕だけという訳でもない。ヴァチカンの創った『黒の教団』って所のいけ好かない組織の連中もいるには居る。けれど、アクマを相手取ってマトモに戦える人間は世界中から掻き集めても10人かそこらで、全くと言っていいほど人手が足りていない。今はその教団のアジア支部に向かってるところだよ。」
「お前もそこに所属しているか?」
銀の質問に、金は鼻で笑い飛ばす。
「いいや~~~~?まさか。あそこはアクマに唯一対抗できる武器、イノセンスの適合者を求めて非道な人体実験を繰り返す胸糞悪い陰険な場所だよ。僕を教団に引きずり込む為に団員の奴らがそれこそアクマよりも頻繁に毎日毎日襲いかかってきて本っ当にウンザリしてるんだ。だから、今日は兄さんへの説明も兼ねてお礼参りさ。」
弟が悪いニヤニヤ顔になっている。本当に大丈夫だろうか?
「お前の造る自動人形がアクマに対抗しうる戦力になるなら、一錬金術師として協力してやれば良いのではないか?姿形は子供とはいえ、そう手荒に扱われることは……」
銀は小さな弟の顔を覆う包帯を見てハッとして、そこまで言いかけて止めた。
「まさか、その非道な人体実験のせいでお前はそんな姿に……」
語尾を震わせて哀れみの目を向ける兄に、金は両手をブンブン振る。
「待って兄さん!それは流石に誤解だよ!だけど、どんな因果か、僕は世界に109個しかないイノセンスの一つを既に持っている。」
弟の視線が示す先は、隣の少女。銀は彼女のことが不思議とずっと気になっていた。弟が紹介を後回しにしていたこともあるが、じっと黙って興味津々にこちらを見ている彼女の眼に、とうの昔に喪われた筈の人の影が重なるのだ。だが、『イノセンス』とやらと彼女にどういった関係があるのだろうか?
「始めまして、銀さん。私は元『フランシーヌ人形』の自動人形、ララと申します。」
少女の声を聴いた途端、銀の頭の中の記憶が、感情が、掻き乱れる。それが銀の愛した女性、フランシーヌの声そっくりそのままだったからだ。思わず眼から涙が溢れる……が、元『フランシーヌ人形』とは??
金のほうを見てみれば、彼もまた衝撃に打ちのめされているようだった。が、こちらの視線に気がついた途端口をギュッと固く結んで、気まずそうに眼を逸らす。
「……」
金は顔を真っ赤にして身体をプルプル震わせる。そして、我慢できなくなったのか、ひ弱な拳をペチリと隣のララの肩に叩き込む。
「ラ~~~~ラ~~~~!なんでいきなりそういうこと言っちゃうのかなあ~~~~??ていうかフランシーヌの声真似出来るとか聞いてないんだけど!心臓に悪いから、ホントに止めてくれないかな?!」
金は震える声でララに向かって精一杯に凄むが、ララの方はそれを見下ろして鼻で笑い飛ばす。
「ご安心を、声真似は銀さんの前でしかしませんので。」
ララの暗い愉悦の微笑みに、金は座席に蹲って頭を抱えて身を悶えさせる。
「ぐぅ゙ゥ゙~~~~~~~~っ!!なんて酷い仕打ちだ!!このヒトデナシ!!穴があったら入りたいっ!!」
「どうぞ〜」
何処からともなく足長クラウン号の間延びした声が聞こえてきて、足元の床がパカッと開いて丁度いい感じの穴が出来た。
そして、座席で丸まってうめき続けている金は、出来た穴に転がって吸い込まれて行った。
床板がパタリと閉じて静寂が戻ると、元『フランシーヌ人形』ララと銀、二人だけの気まずい沈黙がしばしの間、立ち込める。
「……私が彼の説明を引き継がせていただきますわ。」
「君は、金が完成させたフランシーヌの自動人形だった、ということで良いのか?」
それより前に金が何かを説明しかけていたような気もしたが、ララの声マネの衝撃で忘れてしまっていた。
「ええ。ですが、あなたが想像されているよりも、その経緯は数奇で複雑なもの……私をより正確に説明するならば、『千年伯爵が存在しない世界で、伯爵に殺されなかった白金が完成させたフランシーヌの自動人形』となります。同様に彼も、単に『27年前に伯爵に殺され、何らかの要因で子供に生まれ変わった白金』ではなく、『伯爵に殺されることなく、時に身体を取り替えながら200年以上生き続けた白金』なのです。」
ララの説明を聞いた銀は頭を抱える。千年伯爵が存在しない世界とは……?
「……あ――……、それはつまり……」
足元の床板がパカッと開いて、床の穴の中から頭だけ出した金が口を挟む。
「ほら、いわんこっちゃない!!そんなこといきなり説明しても余計に混乱して頭がパンクしちゃうんだって‼」
「……金は千年伯爵の居ない200年後の未来から来た、ということか……?俄に信じがたいことだが……」
「金様の兄上でいらっしゃられるのであれば理解可能かと。それに、グダグダ話を後回しにして、結局ご自分が過去になさったことを話さないつもりなのかと思いましたので……」
銀は指の背に顎を乗せて思案し、紡ぎ上げた推理を止めどなく呟いていく。
「柔らかい石を利用すれば、命の水に己の記憶を溶かし、意識を別の肉体に移すことも可能か……?だが、金が死なずにフランシーヌ人形を作り上げてクローグ村に復讐したとして、200年間二人は仲良く暮らしましたで終わった訳ではなかったのか……?」
金は溜息をついて、両手で目を覆う。
「ハァ~~~~………今の段階で話すことじゃないんだって……」
「金様は自動人形達を引き連れてクローグ村に復讐を果たしました。しかし、私がどうしても笑わないことを知ると、私を打ち捨ててキュベロン城を去っていきました。」
「だ~~か~~ら~~~~!どうしてそういうこと言っちゃうかなァ~~~~~~?!」
指をワサワサさせて全身で怒りを表す金を、銀が冷たい眼で見下ろす。
「金……お前、最低だな……」
「あ~~~~も~~~~どうしてこうなっちゃうかな……」
肩を落として観念した金は、床の穴から出てきて座席に戻る。
「こんなに早く話す予定では無かったんだけどなぁ~~~~。まあ、教団アジア支部に着くまで、まだたっぷりと時間はある……200年分の僕の物語を聞かせてあげるよ。」
――――
「――僕の想い出は、これでおしまいさ。」
金から語られた物語は想像を絶するものだった。弟が復讐の為に生み出した『自動人形』、笑えないフランシーヌ人形を笑わせる手段を探すために自動人形たちによってばら撒かれた『ゾナハ病』、それらに対抗する為に銀が『生命の水』に己の身体をなげうって生み出された不死人の人形遣い『しろがね』……生命の水による白金の転生とディーンとしての二度目の人生、『柔らかい石』を身に秘めたフランシーヌそっくりな少女アンジェリーナ、アンジェリーナと才賀正二郎の出会い、金の二度目の失恋、フランシーヌ人形とアンジェリーナの出会いと彼女達を襲った悲劇、母から柔らかい石を、フランシーヌとフランシーヌ人形から記憶を受け継いだ娘エレオノール、幼いエレオノールへ仕組まれた陰謀、金の次の身体として利用された少年才賀勝、最後の『生命の水』を飲んで銀の記憶を受け継いだ青年、加藤鳴海……自動人形ら真夜中のサーカスと『しろがね』の最終決戦、世界中を覆ったゾナハ病、勝少年への『転送』の失敗、宇宙での最後の決戦、その結末……
「……我が弟よ。」
銀はゆっくりと腰を上げて立ち上がり、金=グゾル少年の頭にひとつゲンコツを落とした。突然の痛みに目に涙を浮かべた金は、頭をさすって銀を見上げる。
「イタタ……でも、こんなものでは済まないかと思ってたよ……」
「そうだな、お前が子供の姿でなければ本気でもう二、三発は殴っていたとも。」
怒り心頭、鬼の形相の銀の身体から蜃気楼が立ち込め、髪の毛が逆立っているように見えた。当たり前だが、銀は前回キュベロンで再会した時並に怒っていた。
「……ソウダネ、マタ今度ネ、ハハ……」
金は小さく両手を上げて降参する。流石に兄の本気の拳を食らうのは恐ろしかった。
銀は鼻息をひとつ吹かすと怒りを鉾に収め、腕を組んで座席に座り直した。
「とても信じられないような話ばかりだったし、説明されても理解出来ないこともあったが……正直に言うぞ。お前の話を聞く限り、千年伯爵より酷くないか??」
金はあちゃ〜、と目を手のひらで覆う。
「ホ~~~~ラ~~~~!だからこうなっちゃうんだって!ララのせいで、まだ伝えるべきことを伝えてないのに僕の信用ガタ落ちになっちゃったじゃん?!もっと兄さんとの再会の余韻に浸っていたかったのに~~~~!」
金は涙目でララに掴みかかってユサユサ揺らす。
だが、すかさずララのチョップが金の頭にめり込む。
「触れるな、下衆。」
ララの冷え切った青い瞳が金を見下す。
思えば、フランシーヌ人形が死んだ先に起きたことを話したのは、今回が初めてだった。金がアンジェリーナを殺した理由と、フランシーヌ人形が命懸けて守ったエレオノールに対する扱いを知れば、こういった反応になるのは当然のことだ。
金は座席の上で膝を抱えて、項垂れる。
「ハァ……もうマヂ無理……せっかく再会した兄さんにはますます嫌われるし、ララの眼も冷たいし……グリュポン~~~~!」
金の呼び掛けに、隣の客車の扉から小さな方のグリュポンが飛んで駆けつけてくる。
「どうかしたんスか、造物主サマ~~~~?」
号泣する金はグリュポンに向けて両手を差し伸べる。
「僕を慰めておくれ~~~~!」
ララの冷たい眼と銀の静かな怒りを察したグリュポンは、小さくため息をついて、優しく金の手の中に飛び込む。
「ハイハイ、辛かったッスねぇ〜」
「グリュポン~~~~君だけがいつでも僕の味方だよ~~~~!」
金は泣きじゃくって、グリュポンを腕に抱え込む。
「ひとりぼっちにしないでくれてありがとう、グリュポン……優しくて、フカフカで、可愛くて、癒やされる……そうだ。可愛いグリュポンのぬいぐるみを沢山作って、世界中の子供たちに与えよう。テディーベアのように、みんなを癒やし、いつまでも愛される存在になるんだ……フフフフフ……これはいい考えだ……」
そうブツブツ呟く金の眼からは光が消えていた。
俯く金の肩に、銀の手が優しく置かれる。
「お前は世界に災厄をばら撒き、挙げ句人類を滅ぼしかけた。それこそ千年伯爵以上の大悪党かもしれん。だからとて、己の過ちを理解し償おうとする今のお前まで否定する気はない。あと、グリュポンぬいぐるみを世界中の子供に与える案は、私も賛成だ。」
銀の言葉を聴いた金は顔を上げて、表情をパッと明るくする。
「兄さん……!」
「銀様、あまり彼を甘やかし過ぎてはいけません。こんなことだから、250年も生きてる癖に未だに甘ったれのままなのではありませんか?」
ララはピシャリと口を挟む。
「4歳の子供の、まだ未発達の脳に240年分の記憶が一気に押し込まれたんだ。大人の僕自身の体だったときならともかく、どうしても未だに記憶と感情の制御が上手くいかない時があるだけだよ。」
金は不貞腐れて口先を尖らせる。
「そうかもしれんが……実のところ、お前の魂は見た目通りの年齢なのではないか?」
ララはしばらく考え込んで、ようやく気付く。
「『人間の《転送(ダウンロード)》理論』のことは、私も初めて耳にしたことですが……確かにその可能性は十分にありえます。」
「複製された肉体の脳に転写された記憶と人格は情報に過ぎず、複製したところでその元となった本人が消えるわけではない。だが、話を聞く限り、お前は宇宙に飛び立つ過程の事故で瀕死に陥ったフェイスレスではなく、彼の記憶と人格を白金だった頃の肉体に転写させた複製体だ。」
「……」
金は沈黙して、感情を消し去った鋭い眼で銀の方を見つめる。
「記憶と人格を移植されているとはいえ、魂は自動人形やゾナハ病を操り様々な災禍を引き起こしたフェイスレス本人ものではなく、人工的に複製された肉体に起因するものだ。つまり、お前はフランシーヌ人形と同じように、名前と記憶と役割を押し付けられただけの存在なのではないか?」
ララと銀の二人は、押し黙っていた金の方を見る。
「……さすがに鋭いね、兄さん。でも、僕は紛れもなく白金で、ディーン・メーストルで、フェイスレスなんだよーん。」
金は顔をグニャリと不気味な笑顔の形に歪めて、舌を出す。
「もし最後の僕と同じ複製を100体作ったとしても――まあ、理論的に可能であってもそんな気持ち悪いことしようとは思わないけど――同じ記憶と人格を受け継いだ100体全てが『フェイスレス』だと、僕はそう断言出来る。でなければ、こんな方法を実践しようとは思わないね。実際、記憶と人格を引き継いだ僕は、自らの意思で世界を滅ぼすことを願い、行動したよ。今でも僕がその気になれば、同じ厄災をこの世に再来させることだってできるとも……!それが『フェイスレス』という巨大な地獄の機械なのだから……」
嗤う金の頭に、再びララのチョップがめり込む。
「イタイっ!!舌を噛んだぞ!」
涙目で文句をいう金を、ララの冷たい眼が見下ろす。
「そんな下らない嘘をついていないで、早くふわふわで可愛いグリュポンぬいぐるみを作りなさい。ほら、早く。」
ララの真顔の圧が強い。彼女は本気だ。
「くそっ!お前、尽く僕を邪魔する気だな?!」
ハッハッハッ!、と銀が腹を抱えて笑い声を上げる。
「心からこんな清々しい気持ちで笑えたのは久しぶりだ!」
金は眉を顰めて、まだ笑い続ける銀を睨みつける。
「笑うのは止せよ。僕は嘘をついたつもりはないぞ。」
「私は25年前にお前とフランシーヌと別れ、そして逃げた。だがもう一度あの場所に帰って、それと向き合うことがどんな辛いことだろうと、何が始まって何が終わったのか、その顛末を最後まで見届けようと思い直したのだ。なのに、お前の方から会いに来て、こんな不思議な形で顛末を知ることになるとは思ってもみなかったよ。」
銀は笑い過ぎて目から溢れた涙を指で拭う。
「お前のことをもう金とは呼ぶまい。我が弟グゾルよ、お前の言うことは矛盾している。白金は何よりもフランシーヌの魂を追い求めながら、自身はその目的の為に自らの魂をも捨てて『フェイスレス』という機構、地獄の機械になった。だが、今のお前ときたらどうだ?金が捨てた人形であったララを隣に引き連れ、フランシーヌの愛を奪った私を助けるために現れた。己の過去の過ちを認めて罰を受け止め、子供の幸せと友が愛されることを願う者が『フェイスレス』だと?」
「僕の話を聞いてなかったのか?僕は『夢』のためなら十年でも百年でも自らを偽り、嘘をつき、見せかけの同情を装い、人を騙し続けられるんだ。お前を助けたのが『柔らかい石』を奪うための演技ではないと、僕の語った物語がデタラメなおとぎ話ではないと、アクマの正体が僕の造った自動人形ではないと、どうやって証明出来る?」
銀は、睨むグゾルを真っ直ぐ見据える。
一年前、銀が正二郎から『しろがね』という名前を貰ったように、彼は複製された『フェイスレス』としてでもなく、始まりの『白金』としてでもなく、何者をも演じることない『グゾル』として新しく生き直すべきだ。
「それでも私は『フェイスレス』ではなく、今のお前を信じる。金の言葉を伝えに来てくれてありがとう、グゾル。」
グゾルの目が見開かれ、涙で潤んでいく。
「ハハ……全く、兄さんには敵わないや……」
グゾルはまったく子供らしく、無邪気な笑顔で顔をくしゃりと歪めた。
今回はグゾルの魂の正体についてのお話でした。からサーの熱心な読者はとっくに気づいていたかも知れませんが……と言う訳ではなく、ミスリードでもなんでもなく、筆者が頭を悩ませて筆を3年も置く原因になった部分でした。
でも、今回銀兄さんがあの問いを発してくれたお陰でなんとか綺麗な形に収まりました。ありがとう銀兄さん!
記憶と人格を与えられて目覚めた瞬間から『フェイスレス』であり、意思も行動も、自己の認識としても、複製元のフェイスレスを知る人たちや読者からの認識も、全てが『フェイスレス』であり、フェイスレスとして生き、フェイスレスとして死んだとしても、彼は白金=ディーン=フェイスレスとは異なる一人の人間であり、名も無き彼を彼と定義づけるものは魂のみである。=グゾル
銀兄さんだけが、未だフェイスレスという悪魔の中に囚われた名もなき魂を見つけ出して、名前を与え直して開放してやれるんだなぁ みつを