砂上の楼閣   作:アズマケイ

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砂上の楼閣(迅)

ある支部が砂漠に呑まれる未来を見た。さて、どれくらいの被害をもたらされるかは想像に難くない。参ったな、と迅は思う。迅のサイドエフェクトは知らない場所、人々の並立する未来については、直近でしか教えてはくれない。城戸派である支部長が率いていること以外知らないし、所属するボーダーたちに知り合いはいない。

 

一般公募ならば本部に所属する人間の情報はあらかた手に入るが、スカウトされた人間となると試験などを免除されて支部に所属することになる。ランク戦などに参加しなければ、それこそ入手するデータはゼロとなる。つまり、迅は遠くはない未来にもたらされるであろう、すでに確定されてしまった悲劇だけを見せられた状態だ。

 

どの並立する未来を見てもいつも砂漠に呑まれた支部での生存者は、たった1人。服装から訓練生だとわかるが、見たことがない。きっと才能を見込まれてスカウトされた候補生であり、いずれ実力が成熟すれば本部に赴いて様々な任務を請け負う未来があったはずの少年だ。迅が赴かなければ、彼は死ぬ。これだけで迅がその縁遠いはずの支部に赴くのは当然の流れだった。

 

警報が鳴り響いている。

 

壊滅した一帯を見渡し、どれだけの罪状になるだろうか、と迅は考える。通常ではありえないネイバーの出現率だ。もともと市街地から距離があり、4年前の出来事を境に一度は壊滅した工業地帯だったここは、ネイバーたちの惨状により廃棄物処理場が破壊された影響でひどく汚染され、なにもできない土地となってしまった。

 

だからこそボーダーが買い上げ、私有地として支部を立てた。あてがわれたのは城戸派でも古参で過激派と目される男だった。もともとネイバーの誘導率が高めに設定されていることは想像に難くない。だが、多すぎるのだ。迅が疲弊をかんじる位には、ネイバーの数は多かった。誘導率を意図的に操作しなければありえないほどに。

 

いやな予感がした。支部には権限が与えられている。そのうちのひとつが誘導率だ。攻めてくるネイバーの何パーセントをその支部が負担するか決める数値である。これが高いほどたくさんのネイバーと戦うはめになる。

 

この支部が抱えているボーダーたちを考えれば、決して無謀ともいえるものではない。だが、目前に広がる光景は明らかに常軌を逸脱していた。なによりも警報が鳴り響いてずいぶん立つのに、だれも駆けつけないのがおかしい。なぜ本部に応援を頼まない。緊急事態だと叫ばない。おかしいで埋め尽くされている。

 

迅の目の前で、たんたんと今日見た未来がやってきた。

 

防衛戦にあてられる部隊すらさけない状態なのだろうか。ほぼ壊滅状態ではないか。支部の意味が無い。わかってはいたが、精神的に消耗するのをさけることができなかった。おかしいばかりが先行する。上層部がこの異常事態に気づかないはずがない。兆候はなかったのか。それとも、気づくことができないほど隠匿されていたのだろうか。

 

「どこまで罪状を増やす気なんだ」

 

さすがに迅は憤りを隠せない。これは本部が懲戒解雇も視野に入れた処分を検討するレベルだ。一連の責任を果たす人間がいないのはあきらかだ。ここの支部長はボーダーの転校組ではない、一般的な統率能力を買われて昇進してきた一般枠でのエリートだ。

 

誘導率の管理責任問題、それを隠す内部工作、この現状を招いた防衛計画のミスによる体制の崩壊、自滅としかとれない戦力の消耗、負傷した隊員の報告すら本部に上がってこない、どこまでも人を馬鹿にしている隠匿工作。さすがに本部の調査がはいるはずだ。

 

しかしそれを待っていては、少年は死ぬ。生存者を保護しなければこの悲劇の真実は永遠に闇に屠られる。それだけは許されない。これはボーダーの支部長に与えられる権限について、再検討を申し込むレベルである。たとえ本部に権力が一極集中しようが誘導率だけは取り上げないといけない。まさかこんなことをする人間がいるとは思わなかった。

 

迅がようやく並立していたはずの未来がいつのまにか一つになってしまった事実を頼りに進んだ先は、ベイルアウトしたB級隊員以上の肉体が保存されているはずの部屋だった。だがそこで瀕死になっているはずの少年の姿がない。そして、リアルタイムで複数にわたって分岐していく並列の未来。どうやら少年は迅が少年を知る前に分岐点を経過してしまったようだ。

 

そして、迅は支部が砂漠にまみれていた理由を悟る。

 

そのポットの中は砂だらけだった。誰一人としてベイルアウト後に送還されるはずの肉体の形状を保っている人間がいない。この現象を迅は見たことがある。最上がブラックトリガーになった瞬間を迅は今まで一度たりとも忘れたことはないのだ。

 

しかし、ブラックトリガーはひとつも見つけることができない。そして、そのポットに本部にはないコードを発見する。そのたどっていった先には、完全に隔離された強固な扉があった。内側から蹴破られたのか、ひとつは豪快に倒壊し、すさまじい攻撃の応酬があったことがうかがえる。

 

まるでメテオラを複数展開したかのような惨状だ。電気系統すらすでに破壊され尽くしたため、闇ばかりが待っている。迅が見る未来では、どの並立する事象でも少年はここから出てこない。これは本部に早急な調査を依頼する必要がある。通信を始めた迅は、少年を探してきびすを返す。

 

少年は訓練生のはずだ。基地内だから基地内に侵入したはずのトリオン兵たちにトリガーを使用することはできるだろうが、そもそも正規のトリガーを禁じられているのだ。どこにもそのトリオン兵がいない。ただただ砂ばかりが埋め尽くしている。それだけで恐ろしい予感しかしないのだった。

 

 

そのとき、すさまじい轟音が響き渡る。すさまじい衝撃が迅を襲い、駆け上がろうとしていた階段が一瞬で吹き抜けとなる。

 

 

「こんなときに新手とか勘弁してほしいな!」

 

 

迅の前に再び紡がれ始めたばかりの未来が次々と啄まれていく。様々な方法で惨殺されていく少年訓練生。ベイルアウトの機能は訓練生には適応されない。トリガーが解ければ待っているのは死だけだ。迅は跳躍し、さらに上の階層を目指す。頼むから持ちこたえてくれよ、とガラにもなく思う。

 

迅は少年を知らない。知らないから迅のサイドエフェクトには一般の訓練生としての少年しか適応されず、ひたすら死に続ける。せめて生存だけでも確約されたサイドエフェクトなどがあれば、なんて。潰えていくたくさんの未来の中でも、最後まであがき続けているその覚悟を完了した強烈な感情を滾らせた瞳だけが希望だった。

 

 

幾度も地震が支部全体を揺らしている。頭をよぎるトリオン兵はいずれも訓練生には対処不能なものばかりだ。なにせ訓練生が保有できるトリガーは出力が低い上にオプショントリガーをつけることができない。もし彼がレイガストという訓練生はまず手にしないであろうトリガーを選択していなければ、生存は絶望的だった。

 

ここまで持ちこたえたことから保証されたトリオン保有量によって展開されるシールドは、目を見張るほど強固だ。訓練生でここまでトリオン依存なシールドを強固にできるとは。ガンナーやシューター、スナイパーの方が適性はありそうだが、それを選んでいた未来は早々に潰えていた。持ちこたえることはできなかっただろう。

 

そして彼は少年を見つけた。まだ幼さの残る訓練生は、抗う気持ちを失ってはいなかった。迅は笑う。彼は大きな挙動を見計らって、そのトリオンまかせの刀に変形させ、一撃を浴びせようとしていた。

 

なるほど、訓練生用のトリガーは出力はひくいが、本人が恐ろしいほどのトリオン保有者なら話は別だ。これは助太刀無用だったかもしれない。なにせ少年は無傷だ。トリオン体は無傷だ。目撃したことで迅のサイドエフェクトは少年の生存を確定した未来へと変えていく。ダメージは蓄積できているようだ。ただとどめをさすにはやはり足りない。

 

 

豪快な斬撃だった。一刀両断されたトリオン兵はひれ伏す。ふう、と迅は息を吐く。さすがにつかれた。ここまで倒したのはいつ以来だろうか。声すら発することができないらしい。そりゃそうだ、ここまで絶望的な状況の中、だれが応援に来てくれるというのだ。

 

間違いなく少年はひとりで対処しようとしていた。それしか生き残るすべはないと覚悟した顔だった。いざ助けてもらったことをまだ自覚できないでいるらしい。呆然と立ち尽くしている少年に、所属と名前を名乗る。

 

よくぞ持ちこたえた、無事でよかった、そう言われたことで張り詰めていたものが途切れたのだろうか。ずるずると瓦礫の散乱する一角に崩れ落ちた少年は、レイガストの展開をやめ、へたり込んでしまう。迅はあわてて駆け寄る。

 

 

「敵影消滅を確認。お疲れ様でした」

 

 

少年の端末が外れ、音を立てて転がる。どこかスイッチがはいったのか、音声が響く。少年をサポートし続けていたと思われる少女の声に、ん?と迅は首をかしげる。おかしい、あの部屋はオペレーターも含めたボーダーたちのロストを知らせていた。ならこれは?

 

声をかけるが返事はない。だが息はある。どうやらあらゆるキャパシティを超えてしまったがために、意識が吹っ飛んでしまい、体の防衛本能が現実を受け入れるのを拒否したようだ。これは早急に医療施設に運ばなければ。迅は大急ぎで少年を運ぶことにした。

 

 

実質解体となった支部の生存者であり、異様な事件の生存者でもある。さすがに表沙汰にできないと判断した上層部により、彼は一般公募により採用されるという建前を用意されることになった。彼が迅にかつてのお礼を口にすることができたのは、ずいぶん後の話である。

 

 

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