件名から本文からどこかの業務メールのような内容である。気心の知れた友人や親しい先輩に向けたものとはほど遠い。ちらっと聞いた話だと三輪たちとのやり取りもかねがねそんな感じらしく、顔文字も絵文字も使わないシンプルな文面はコピペして使っているんだろうことは想像するにたやすかった。
端的に言えば、いきます、だった。あとは時間と場所を指定すれば国常はすぐに了承のメールを返してきた。そしてやり取りはあっけなく終わる。いくつか別件でやり取りもしたが、返事が異様に早い。おそらく暇なのだ。学校でどんな感じで過ごしているのか簡単に想像できるレベルである。
そして時間通りにやってきた国常は、立ち入り禁止区域に入る手前で、トリガーを使用するよう促した。
「そこまでひどいのか、ここ」
「はい。土壌汚染は深刻です。地下水にまで及んでいると聞きました。有害物質が乾いて空中に飛散しているそうですから、注意してください」
「待て、国常。お前はあのとき訓練生だったはずだろう。他の訓練生もそうだがどうやってここに来ていたんだ。お前、××中に通ってたんだろう?」
「はい、そうです」
「規律違反じゃないのか」
「いえ、問題ありませんでした。当時はシェルターや地下通路を使っていましたから」
「シェルタ-?」
「はい。産業廃棄物等の流出を防ぐ防護壁がうまく働かなかった場合、緊急用として用意されていた避難用の地下通路です。後から補修されて通路としてつかわれたと聞いています。シェルターの真上に支部は建設されたので、当時は地下空間を通っていました。ネイバーたちに襲われたとき、真っ先にそこを破壊されて侵入されたため、その時点で自分たちは外に出ることができなくなったんです」
「なるほど、今は使えないんだな」
「はい、おそらくは」
半年ぶりとなるかつての拠点だ。どうなっているのか、さすがにわからないと国常はいう。だが、支部の解体後、ここは放棄区域に新たに指定されている。まだ継続中の調査などを考えれば、ある程度の片付けなどは必要だろうが、二度と活用されることはない場所だ。
おそらく当時のままだろう、とも返した。地下施設を通っていたとはいえ、地上から向かう場所も方角も変わりはしない。トリガー体のまま、二人は生物が生きるすべを失った死んだ土地をひたすら歩き、朽ちていく運命の町並みを通り過ぎ、場違いなほどに巨大な施設にたどり着く。
「どこに行かれますか?」
「ベイルアウトした隊員のいく場所はどこかわかるか」
「はい、こちらです」
二宮の前に現れたのは、本部より規模は小さいものの規格は同じ扉。片方が倒壊し、片方は今にも倒れそうな不安定な音を立てて傾いている。国常はその先を行く。開けた空間に出た。トリオン体が破壊された際、トリガーホルダーを自動的に送還するボーダーの要たるポットは一定間隔で並んでいる。二宮は煙たさを感じて咳き込んだ。
どこもかしこも砂だらけである。ポットの中も、床も。そしてそのひとつひとつに本部では見たことがないコードが走っており、その先には内側から蹴破られたとおぼしき、さんさんたる有様の防護壁。いくつもの爆弾が炸裂したのか、内側から破壊されていて、こちら側に向かって倒れているのがわかる。
「あの先はなにかわかるか」
「あそこが自分の訓練場でした」
「ああ、そこが」
「はい」
通常ならば、ネイバーたちを持ち帰り、トリオンを生成するための施設があるはずの場所だ。二宮が迷いなく暗闇の先に向かう国常を追いかけていくと、その施設もあったのだが極端に小さい。効率よくトリオンに変換できる機械が設置されているようだ。遠征で使われる乗り物に搭載されているものとよく似ている。
たしかに周囲がここまで劣悪な環境だと絶対にトリオンを欠くことはできないのだ、本部よりもいいものがあてがわれても不思議ではない。そして、その空いた空間には実験室があった。さきほど見たポットがあり、コードが伸びていて、近くには大きなスクリーンや機械がたくさん並べられている。
「自分はここでトリオンを操作する訓練を行っていました」
「なるほど、ここならトリオンを流用できるか」
「おそらくは」
「具体的にはどんな訓練だったか言えるか」
「はい。ネイバーをトリオンに変換したり、どれだけのトリオンを取り込めるか調べたり、どれだけのトリオンを放出できるか調べたりしました。本部ほどの施設ではありませんが、B級、A級ようの訓練場がありましたので、そこで先輩方のトリオンの使い方を見て、それを再現したり、あるいはこちらのトリオンにするにはどうすればいいか、条件付けの試行実験も多かったです」
「いつからしていた?」
「スカウトされてから、ずっと、です」
「たしか、国常はここに支部ができてからすぐスカウトされたんだったな」
「はい、父さんがここの支部長となることが決まり、姉さんが転属になった日から、数日後、だったと記憶しています。父さんがボーダー支部長なのは、自分にとって誇りでした。転校した初日、集団下校中に自慢するつもりで近くの禁止区域付近までみんなで見に行きました。自分はこのとき一般人でしたので、おそらく記憶処理が行われたと思われます。記憶がありませんが、おそらくネイバーに襲われて、その時にサイドエフェクトを使ったところをボーダーの誰かが目撃したのではないでしょうか。姉さんがスカウトに来たんです」
「なるほどな、使い物にならないから訓練すると言われたのか」
「はい」
国常はうなずく。当時小学生だった国常の情緒的な安定を優先し、訓練のオペレーターはいつも姉がつとめていたのだという。サイドエフェクトが使い物にならないから、訓練を積む。これを使いこなすことができれば正規の訓練生として登録すると支部長である父親から言われた国常は、ひたすら訓練をこなした。
語られるそれはC級隊員の大半が音を上げそうなレベルの過酷なものだったが、ひたすら国常は耐えた。物心つく前に母が亡くなり、姉と父はボーダー関係者。もちろん一般人である国常は自由に立ち入れる存在ではない。いつも家は一人、親戚づきあいはなし。たまに帰ってくるたび支部長は姉が優秀だから、きっと国常も優秀なボーダーになれるはずだといつも口にしていたらしい。
姉は中学卒業程度の学力が求められるため、それだけのものが身についたら試験を受けろといつも言っていた。支部長も姉も後ろ盾になる気は全くなく、家族の営みはそれなりにあったが機密という壁がいつも国常と二人の間に立ちふさがった。そんな中のサイドエフェクトの発現とボーダーとしての才能の開花である。
初めて二人と同じ世界に入ることができたと知った瞬間から、国常はなんの疑問も抱かず、ひたすら学校と衣食住以外の時間を支部で過ごす日々が幕を開けた。
はじめはトリガーを起動するだけだった。日によってその精度や容量に波がある。トリオン器官は保有できるトリオン量は一定の法則で増えていくのだ、あまりにも落差がありすぎたことがそのサイドエフェクトに気づくきっかけだったのかもしれない。どのみち記憶を消されている国常には無用な話だ。
日を追うにつれて、実験は狂気を帯びていく。
はじめは小さな残骸だった。やがてそれがネイバーだと知ったのは、その巨体をトリオンに変換できるまでになったとき。そして半殺しのものから、怪我を負っているもの、拘束されているもの、と標的は次第に過酷になっていく。サイドエフェクトは酷使すればするほど成長するが、精神的にも肉体的にも通常とはかけ離れた影響を与えてしまう。
何も知らない子供に延々と課題を与え、成功すれば褒め、失敗すれば改善点を提示して再チャレンジを促す。これがただの勉強やスポーツなら何の問題もなかったものを。聞いているだけで背筋が寒くなる話である。二宮も国常の姉のことは噂で聞いていた。そこそこ評価の高い女だった。だというのに、あまりにも常軌を逸脱した状況下での実験のオペレーターをすると国常から語られる人物像は、あまりにもかけ離れていた。
「国常、姉と最後にあったのはいつだ」
「・・・?お姉ちゃんは最後までサポートしてくれましたが」
「声の話じゃない。最後に会ったのは、といったんだ。実際に会って、会話をしたのはいつだ」
「会話、ですか」
しばしの沈黙が降りる。
「お姉ちゃんは複数の部隊のオペレーターを兼任していました。遠征や防衛任務が続き、なかなか会えなかったので、実際に会ったのは、そうですね。あの写真の男の人が家に訪ねてきたときでしょうか。あのときは珍しく父さんもお姉ちゃんもいましたのでよく覚えています」
「それはほんとうか?」
「はい、間違いありません」
迷いなくうなずく国常に、そうか、と返した二宮は何を思ったのか沈黙してしまう。しばらく瓦礫が四散するあたりを散策し、時折質問が来るたびに国常は記憶をたどり、言葉を紡ぐ。支部のひとつひとつを時間をかけて周り、すっかり日が暮れ始めた頃、ようやく満足したらしい二宮は帰るぞといった。わかりました、とうなずいた国常は後に続く。
「ひとついいか」
「はい、なんでしょうか」
「この支部が壊滅する事件が起こらなかったらどうなっていたと思う」
投げられた言葉に国常は首をかしげるしかない。
「国常、お前のサイドエフェクトはトリオンに関するものだ。しかもきわめて特殊な。お前が行動を起こさない限り、絶対に露見することはない。実際、あの事件で生き残ったことで初めてお前が普通の訓練生じゃないと本部が気づいた位だからな。もしそのままあの支部長の手駒としてあの支部の連中とチームを組み、B級、A級と上がっていったらどうなっていたかは正直考えたくない」
「それほどですか」
「ああ。サイドエフェクトは使わないと成長しない。訓練生の段階であれだけの使いこなすのは、はっきり言って異常だ」
「異常」
「ああ、異常だ。それだけ特別だったんだろう、お前は支部長にとってはな」
「父さんにとって」
「信じられないって顔してるな」
「そうでしょうか」
「ああ。だが事実だ。あの時点でお前は特別だったんだよ、誰よりも。他のボーダーたちを生け贄にするくらいには」
「生け贄?」
「ああ、生け贄だ。ほんとうに何も知らなかったんだな、国常。お前があの事件で生き残れたのは、それだけのトリオンを貯蓄できていたからだろ。それはどこから来たんだ」
沈黙が降りる。
「自分の訓練はトリオン生成の機械と連動していました。隊員のみなさんが全滅したことで使えるようになったのではないでしょうか」
「制限が一時的に解除されたと?」
「はい」
「じゃあ、それを外したのは誰だ」
「それは」
「ついでにいうが、あの機械、逆流してたぞ」
「ぎゃく、?」
「本来流れるべきところに流れず、逆の方向に流れていく設定になっていた。もっとも、あの様子だとあの施設自体ネイバーの餌食だったから、どのみち同じだっただろうがな。とにかくだ。少しは上のいうことに疑問を持て。まあ、いきなり反抗的になると周りの連中が驚くから、ちょっとは愛想よくできるようになったらな」
「それはどういう意味でしょうか」
「自爆装置のままでいたくないなら、機械のまねごとするより他にやることがあるだろと言ってるんだ」
「はあ」