ベル・クラネルは間違っちゃいない 作:塩で美味しくいただかれそうなサンマ
「久しぶりだな。」
オラリオのダンジョン近くの路地裏。
日が遮られた埃っぽい暗がりはどこか寂しそうだ。
そんな人の来なそうなところの壁にもたれて座っている小柄な少女にそう声をかけた。
朝からのダンジョン探索を終え、昼飯を食いに地上に戻ってきたところで見つけたのだ。
しかして彼女から帰ってきたのは沈黙。
まぁ…そらそうだろうな。
蛇蝎の如く嫌ってる相手に声をかけられたって嬉しくないだろう。
でも俺だって好きで声かけてるわけじゃないし。
「なぁ?アーデさんや。」
そう言って懐からポーションを出す。
どうせどこかの冒険者からたかろうとして失敗したのだろう。
彼女の顔はひどく痛めつけられた跡がついていた。
でも正直な話彼女とはあまり関わりたくないしこの場からも早々に立ち去りたい。
そんな気持ちもあって彼女に無造作にポーションをぶっかけた。
バシャア、と水音が静謐な路地裏に響く。
そのまま何も言わず去ろうとして踵を返そうとしたそこでようやく彼女の顔がこちらを向き、不機嫌そうに歪められたその口から言葉が出る。
声をかけられたからには無視することはできない。
「…余計なお世話です。それに、服が濡れました。」
「あぁそうですかい。ならこっちも用はないんでな。さいなら。」
「待ってください。あなたごときに服を濡らされましたが一応助けられてお礼も何もしないのは負けた気がしてとても不愉快ですし、私の人生の汚点になりかねないので。」
「お前めっちゃ失礼だな。」
助けられたのにその口ぶりはないでしょ。
転生して路地裏美少女助けてお礼パターンの正に黄金ムーブなのに口調が酷すぎてときめきも何も無いのがなんとも悲しいね。
まぁ、その助か方が出会い頭ポーションをぶっかけるなんていう酷いものならしょうがなくもあるか。
でもここで逃げようとしても無駄なのは火を見るよりも明らか。
降参を示すように両手を軽く上げながら路地に戻ると彼女はその腫れた目でこちらを睨んでいた。
そんなに嫌いならこんなことしなけりゃいいのに。
その言葉は心の中にとどめておいた。
ただ飯っていうのはやっぱりいいもんだ。
一般下級冒険者の貧乏人な俺にとっては特に。
スマホやらパソコンやらの電子機器がないこの世界で娯楽といえばやはり美味しいご飯。
冒険者として代謝が高くなった身としてはダンジョン探索後の昼飯はやはりがっつりいきたくなる。
でもやっぱり美味しいもの食べたり量を多くしたりするとお金がかかるからな。
でも人の奢りってなるとそんなに多く頼めなくなる。
しかもその奢られる人が親しい人ならまだしも。
目の前で小盛りのカレーを食べながらこちらを睨みつけて不機嫌ですオーラを撒き散らす少女ときてはね。
「なんですか、なにか不満でもあるんですか、奢られておいて図々しいですね。」
「いや、なんもないから。本当に。」
様子を見ていたらそう言われた。
冒険者憩いの酒場に絶対零度のこえが響く。
明らかに明るい店内とほかのグループの酒飲みたちが醸し出す陽気な空気の中でぽつんとここだけ異界である。
今の状況はさっきのお礼でリリルカ・アーデにお昼を奢ってもらうことになったということ。
うん…超絶困惑。
年下の女の子に奢らせるっていう状況への遠慮もあれば気まずさもあるし、嫌われてるのに奢られるっていう状況が怖すぎて。
そんな俺の心境を知ったか知らずか、彼女はこんな気まずい空気を無視して話しかけてくる。
「なんでそんなちょっとしか食べないんですか。いつものように馬鹿みたいに食べていいんですよ?」
「いや…そんなお腹減ってないし。というよりそんなに大食いじゃないから馬鹿みたいにはやめてくれませんかね。」
「おっと、貴方の食べ方が汚いからつい。」
「…別に汚くない。」
そんな汚い食べ方はしてない…はず。
俺の前には小さな焼き魚が1つ。
たしかに綺麗とは言い難いがでもそこまで言うほど誰かを不快にさせる食べ方ではないはずだ。
お腹減ってないっていうのは嘘だけどこんな気まずい空気の中でなにかを食べる気になれないってのが本音。
そして言うほど大食いではない。
「遠慮してるんですか。生意気ですね。」
「もうお前ほんとなんなの…」
ツンデレっていう領域じゃないと思うんだよね。
俺とリリルカ・アーデの出会いは彼女が3歳、俺が16歳の頃か。
両親に請われて大通りで物乞いをしていた彼女に出会ったのが最初。
雪の降る肌寒い冬の日だった。
「あの…お金、ください…お願いします…」
彼女はそんな日にもかかわらず薄着で必死に道行く人に声をかけていた。
誰もかれもが素通りしてゆく中、俺は1000ヴァリスほど上げた記憶がある。
彼女の儚い姿と消え入るような、震えた声に思わず立ち止まらずにはいられなかったというのがあった。
おまけに自分の外套もくれてやった気がする。
それからのこと、少女が俺に懐いてしまった。
なによりも予想外だったのは彼女と同じファミリア所属だったことだ。
ファミリアのホームに帰った時にいきなり抱きつかれてびっくりした。
まぁそれも仕方のないことなのか、彼女は親からあまり良い扱いを受けておらず、そのせいで優しくされることに飢えていたようで。
懐かれたのに悪い気はしないし、できる程度で構ってやっていた。
そこそこの関係が維持できてたんじゃないだろうか。
親戚の優しいおじさんみたいな感じで。
まぁ深い溝ができてしまったんですけどね。
彼女の幼少期の眩しい笑顔と暖かい笑い声が懐かしい。
今じゃ氷のような冷たい視線しか来ないから。
「私の話を聞かないなんていいご身分ですね、その無能な耳を引きちぎってさしあげましょうか?」
「遠慮しとく。」
甘い物思いに耽ってると突き刺すような口ぶりで引き戻された。
こちらに懐いた可愛い幼女なんていない。
現実は非情なり。
そんな俺の様子に我慢の限界がきたのか、彼女は目を伏せて俺を詰問しだす。
「…まだこんな無駄なことをしてるんですか。」
「無駄じゃなかろうさ。」
「無駄です。貴方は良い人ぶって悦に浸ってるだけですよ。」
「その通りだしそれなら無駄じゃないよ。悦に浸れてるから。」
彼女の震えた声に対し、俺の声はどうも淡々としている。
彼女の言いたいことは分かる。
今から4年前、彼女が10歳の時から何度もしたやりとりだから。
離別のきっかけでもある。
「…奴らは貴方に感謝などしません。改心もしません。」
「感謝して欲しくてしてるわけでもないし。改心はできればして欲しいけどまぁ…長い目で見るしかないとしか。」
「貴方が奴らを助けたことで傷つく人もいます。」
「君が言う“奴ら”も傷ついた人なんだけどね。」
バァン!
そんな風に言うと彼女はテーブルを強く叩いて立ち上がる。
こちらを睨む目元にはうっすらと涙が浮かんでいる。
店内に鈍い音が響くが冒険者の喧騒に揉まれて消えていった。
誰もこちらなど気にしていないらしい。
「なんで助けてしまうんですか!外道な“冒険者”など捨て置けばいい!」
「なんで助けるかなんて言ったじゃんか。俺のエゴだよ。ただ俺が気分悪くなりたくないだけ。」
「っ!…そのエゴとやらで一番傷ついてるのは貴方なんですよ!この臆病者!」
スパァン!と、店内に小気味の良い甲高い音が鳴る。
彼女が俺の右頬を思いっきりはったのだ。
超絶痛い上に今度は彼女が叫んでいたので流石の酒飲みたちも気づいたのか店内の視線が全集中しているせいでとても恥ずかしい。
しかも彼女は俺を捨て置いて出ていってしまったのでさらにだ。
まぁいつもの事だしなと思いながら追加注文でもするかと思っていたら隣のテーブルで飯を食ってた一人の冒険者がビールの入ったジョッキを一つこちらにくれた。
「よぉ!兄ちゃんよ、こっぴどく振られたねぇ。ほら、これでも飲んで元気出せよ!なんてな!ギャハハ!女ってのはよく分からなくてめんどくせえよなぁ?分かるぜ。俺もふられたからな!ほら飲もうぜ?飲んで嫌なことは忘れちまおうってな!」
お言葉に甘えて一気飲みしてやった。
店内全員が俺に注目してたので俺の飲みっぷりに酒飲みたちのテンションはうなぎのぼりだった。
あーあ、路地のときにシカトして帰ればよかった。
そんな思考が脳を支配してやけになっていた。
男たちのむさ苦しさと酒の苦さが妙に優しかった。
分かっているのだ。
無駄なことなんだろうと。
ソーマ・ファミリアの人間に希望を持つなんて。
そう、酔いに更けた頭で夜道をふらふら歩きながら考える。
俺は戦闘面では無名だけどオラリオの中ではそこそこ有名な冒険者だ。
それも非公式の二つ名が付けられてしまうほど。
曰く《世話係》なんだと。
なんでつけられたかっていうとソーマ・ファミリアの冒険者が起こす問題、喧嘩やいちゃもんやかつあげ、ほかにと無理なダンジョンアタックや飢え死になんかを見かけたら止めるようにしていたから。
喧嘩やらはその場で止めて、同ファミリアのやつが迷惑をかけたとこに謝罪を代わりに行ったり、無理なダンジョンアタックしようとしてる奴には戦い方や生き抜き方を教えたりして死なないようにしたり、飢え死にしそうな奴には飯奢ったりやらの対処をしていたのだ。
ソーマ・ファミリアの連中は迷惑なことに問題を起こしまくるし、死亡率も高い。
ソーマの神酒に心を奪われた彼らはお金を稼いで神酒にありつくことが至上の目的でそれを遂行する為なら手段を選ばない。
勿論、自滅と相違ないであろう実力に見合わないダンジョン深部への突撃も然り、無理な節約による飢えでの自滅も然り、他人を蹴落として殺すことも然り。
彼らは金を稼ぐためなら自分の身も他人の身もどうでも良いのだ。
正直同じファミリアとして見逃すのはどうかと思ったし、気分も悪いし、神酒の洗脳によるものだと考えるとどうにもかわいそうでそういったことへの対処にそこそこ精を出しているのが現状だ。
そんな俺に対して色々な認識がオラリオにはある。
厄介者を守るいかれたやつという見方もあれば、手綱を握ってくれる頼もしい人という見方もある。
だからなんでそんなことするのかって聞かれたらまぁ結局のところ自分のエゴ。
身勝手な憐憫と俺の満足を押し付けているだけ。
「あの…私を買いませんか?」
と、暗い夜道に小さな声が響く。
ここはオラリオの中心からいたく離れた人気のない場所。
居住環境も悪く、ガラの悪い奴も多い。
酔っておぼつかない足取りで声の方向に目を向けてみるとそこにはうす汚れた服を着た少女がいた。
すこし痩せているが美人な、多分10くらいの少女。
さっきの発言をかんばみるに要するに身売りだろう。
顔が悪くない女の孤児はそうやってお金を稼ぐことは別に珍しいことではない。
そんな少女の姿に幼いリリルカ・アーデを幻視した。
どこか焦燥に駆られた。
「すまんねお嬢ちゃん。おっちゃんちょっと疲れてるんでな、これで勘弁。」
そう言って1000ヴァリスを少女の痩せた手に乗せて逃げるように背を向けた。
気まぐれと酒に呑まれてした行動だと自分でも驚くほどすぐに分かった。
いつもなら乞食や孤児を助けるなんてことはしない。
助けるのはソーマ・ファミリアの連中だけでそれ以外にはよっぽどのことがなければ初対面の人に情けをかけたりしないと心に決めている。
この世界で不幸な誰かを助けると気分が悪くなる。
そんなこと前から知ってただろうに。
この世界はほいほい人が不幸になる、人が死ぬ。
ある時は極貧で、ある時は誰かの陰謀で、ある時は自分で身を滅ぼして。
そしてそんな悲劇を俺に、目の前でまざまざと見せつけてくるのだ。
その度に気分が悪くなる。
前世で、ニュースで知るような“人の不幸”は画面の奥の出来事でしかなかった。
どこかいたたまれないような、かわいそうという感情は起きてもそれは遠い出来事で。
ここまで吐き気を催すほどじゃなかった。
夜道の冷気が優しく酒で火照った体を包み込む。
まるで自分を責めるかのように。
“わしのことは見捨てたじゃないか”
そんな声がこの前見捨てた老人の声で聞こえた気がした。
あぁ、だから嫌だったのだ。
あの人は助けなかったのにこいつを助けた。
そんなどこか根拠のない自責の念に捕われてしまうから。
この世界は不幸な人が多すぎる。
その全てを救うなんて勿論不可能だ。
俺は英雄なんかじゃないし。
でも何もしないのもそれはそれで気分が悪い。
だからこれは俺のエゴ。
ソーマ・ファミリアのメンツを助けるのも、今の少女を助けたのも、たまに善人ぶって悦に浸ろうとする俺の愚かな行為。
でも今日はそれを許されなかった。
リリルカ・アーデの言葉が効いていた。
正直、彼女の言うことは正しいのだ。
ソーマ・ファミリアの連中は俺が助けてもまったく改心の兆しを見せないどころかむしろ尻拭い役ができたことに調子に乗ってさらに過激になるばかりだ。
そんなクズどもを助けるくらいならそれこそさっきの少女のような孤児を助けたほうが100倍有益だと断言できる。
じゃあなんでそれをしないかっていうと単に今と同じ状況に陥るから。
ソーマ・ファミリアのクズどもはクズすぎて助けられてないやつがいても気の毒にはならないが孤児とかはかわいそうすぎて今と同じ状況に陥るのが目に見えているから。
それだったら最初から全部切り捨てておけば仲間はずれも産まず気分が悪くなるなんてこともあるまい。
そんな非情な考えを持つ俺も、つまるところ外道なのだ。
リリルカ・アーデがこの世で一番嫌う存在、エゴの塊、“冒険者”に相違ない。
あぁ、それでもやっぱり。
「現代倫理観が、俺を逃さない。」
小さなつぶやきは宵街にたなびいて溶けた。
こんな行動も所詮悲劇の主人公感に浸る俺の愚かさなんだろうな。
ひどく情けないと思う。
でもしょうがないじゃないか。
そうでもしないと気が狂いそうなんだから。
原作まであと1年、俺や他の冒険者たちが傷つけたリリルカ・アーデの心はベル・クラネルが優しくほぐしてくれるだろう。
彼女に対して俺が何かする必要などないし、する気もない。
だってこれ以上ない素晴らしい形で救済されるのが確定しているから。
「なら俺の心は?」
いつかこの心に巣食う矛盾と憂鬱を解決してくれるような、そんな人と出会えるんだろうか。
帰り道はいつまでも静寂を保っていて、千鳥足はまだ治りそうにもなかった。
誰かの返答など増して期待できなかった。
はい、久しぶりです。
拙いですがこれからもよろしくお願いします。