多重クロスオーバー形式連載 6話。
ゲストキャラは、進化のパターンが多いあのポケモン。
「またの来店をお待ちしています」
最後の客が異空間を通って帰宅するのを見届けると、ハルは鉄製の門を閉じる。
時刻は午後8時55分。
閉店ギリギリまでいた常連客を見送ると、大きく伸びをした。
自ずと視線が空へ向かう。
暗い夜の舞台も、たくさんの小さな星の光で輝いている。
ハルはそれを眺めながら、有名な小説の一節が頭に浮かんだ。
「“だれかが、なん百万もの星のどれかに咲いている―――”」
瞼を閉じて、その小説の登場人物になった気分でその台詞を言う。
「“たった一輪の花がすきだったら、その人は、そのたくさんの星をながめるだけで、
しあわせになれるんだ。”…」
ハルはこの言葉が好きだ。
その本には他にも名言が書かれているが、その中でもこの一文がハルの心に深く浸透している。
(嫁さんはあの物語では、別の台詞がお気に入りだったっけ…)
時折、思い出す『彼女』もハルと同じくらい本が大好きだった。
互いに作品の感想を言い合ったり、時に討論したり…
本一冊を手に取って、言葉を口にだすたびに遠い遠い過去の記憶の欠片が映像化していく。
そのたびに、『彼女』の姿がハッキリと蘇る。
「…会いたいな」
そして、愛おしさも募っていく。
手に届かない隔絶された場所にいたとしても…
この『思い』は途切れる事無く泉のように溢れ出していく。
ブオンッ
ハルの回想を中断させたのは、空間が開く気配だった。
バサッ…
その直後、『何か』が右側の庭の方へ落ちる音が聞こえてきた。
「…さーて、何が迷い込んだのやら」
音の強弱と響き具合から、人型の種族ではないのは確か。
ハルの見立てでは小型の…猫や子犬くらいの大きさ。
弱弱しい気配と苦しそうに荒い息の音…どうやら、対象の健康状態は芳しくなさそうだ。
がさっと繁みをかき分けると、そこにいたのは―――
「……うさぎ?」
見た事のない愛らしい姿の動物だった。
*** ***** ***
「ゲルダさん、タオルを持ってきてくれ!」
扉をバッと強く開けて入ってきた主人に、ゲルダは目を微かに見張る。
主人は胸に小さなモノを抱きかかえていた。
「風呂場にいるから、急いで頼む」
「かしこまりました」
ハルが風呂場へ直行していくと、ゲルダは急いで指定された物を取りに行った。
(さっきのあのコ…どういう生物なのかしら?)
…ゲルダが目にした事のない変わったケモノだった。
主に茶色の毛並みで、うさぎのような長い耳に、首の周りを襟巻のような白い毛で覆われている。外見はとても可愛らしく、思わず守ってあげたくなる庇護欲に駆られてしまう。
それゆえに、全身が泥にまみれ、ところどころかすり傷を負っているのが痛々しく見えた。
「お待たせしました」
「ん、ありがとう」
ゲルダは清潔なタオルをたくさん運んできた。
ちょうど、ハルは洗面器にいれたゆるま湯を、そのケモノにゆっくりとかけて、泥を取り除いている最中だ。全体を洗い終え、ゲルダから受け取ったタオルで慎重な手つきで、そのケモノの身体を拭いていく。
水分を取ると、ハルは気を失っているケモノが負っている擦過傷の箇所に手を翳した。
橙色の光が掌から流れてくる。
流れてくる暖かな光は擦過傷を徐々に塞いでいった。
「これでよしっと。後は目覚めるだけだが…」
「…このコはどんな生物なのでしょうか?」
そう、このケモノの正体が気になる。
それから、どこの世界からやってきたのか?
迷い込んだ時の状態から推察すると、大きな事故か事件に巻き込まれていた可能性もある。
「うーん…」
「マスター、いかがなさいましたか?」
「このうさぎ(?)、どこかの図鑑で見かけた事がある気がして…」
ハルはそう言いながら、一階の左側にある本棚へ視線を移す。
「ちょっと調べてくる」
生物図鑑は…と呟きつつ、左の本棚からそれらしきものを探していくハル。
その間、ゲルダはやわらかなタオルを敷いたバスケットで眠りにつくそのケモノの背中で優しく
撫でて様子を見守る事にした。
つかれた…もうダメ。
どれくらい走ったんだろ…?
あの日、ぼくは住んでいる森で他の子達とごはんを探してた。
仲のいい子といっしょに、おいしそうな木の実を見つけてかじろうとしたら、他の種の友達が
飛んできて大声を上げたんだ。
『人間がきたぞ!!』
人間…ぼくらとはちがう二本の足で歩く種のこと。
お兄ちゃんが言ってた。
人間には「いい」のと「悪い」のがある。
「悪い」のは、ぼくらや森にいるみんなをいじめて誘拐するって…。
あの日、森に来たのは「悪い」人間だった。
へんてこなものを使って、森にいる他の種を捕まえたり、ここでは見た事のない別の種を使役して、友達を攻撃して捕えようとする。
ぼくは友達といっしょに逃げた。
それでも、「悪い」人間は追いかけてきた。
人間に使役された別の種が飛んできて体当たりしてきたり、技を使って僕らを追い詰めていく。
途中で友達ともはぐれてしまった。
ぼくよりも脚が速いからだいじょうぶ…だと信じたい。
なんとか森を抜けだした先は崖だった。
遥か下には、たくさんの樹が密集してるけど、落ちたら無事じゃすまされない。
ぼくは飛べないし、まだ戦ったこともない。
『へへっ、手こずらせやがって…』
どうしよう…脚がおもうように動かない。
このままじゃ、ぼくは悪い人間に捕まっていじわるされちゃう…。
だれか…たすけて!
その時、ふわりとぼくの脚が宙に浮いた。
あれ? あれれ?
もしかして、ぼく飛んでる!?
パタパタと足をばたつかせながら、上を見るとおっきな黄緑の穴があった。
突然のことで気が動転してると、悪い人間がびっくりした顔で立ち尽くしてた。
それを最後に、ぼくは穴に吸い込まれてしまった。
あったかい…とってもふわふわしてる。
悪い人間に傷つけられたところがいたくない。
…あれは夢だったのかな?
ぼくはゆっくり目を開けた。
…そしてびっくり!
人間が三びきいるもの!
「よかった…このコ意識を取り戻しましたね!」
「うん、顔色もよくなったし…これで安心かな。せつさん」
「了解、消化の良いスープを用意しよう」
…でも、あの時の悪い人間じゃない。
うまく言えないけど、あいつはすっごく『悪』っていうのが顔に出てて、笑ってた顔もすっごく
いやらしそうだった。
でも、ここにいる三びきはちがった。
ぼくが起きたこと、ほんとに安心したっていう風によろこんでる。
笑う顔もほわほわしてて、こっちもくすぐったくなるくらいうれしくなっちゃった。
「ぶぃ…(あのね…)」
「うん、話は後にしよう。お腹すいてないか?」
この人、なんでぼくの言いたいこと分かったの?
おなか…すいてる。
あの時、ごはん食べられなかったから…力がでない。
「もうすぐ、せつさんがおいしいスープをもってくる。いっぱいお食べ」
ほんとに!?
ごはんがいっぱい食べれるの?
「ああ、おかわり自由だよ」
その人はほんのり笑って頭を撫でてくれた。
ぼくは思った。
―――この人、「いい」人間だって。
*** ***** ***
「イーブイ、ですか?」
「それは何と言う生物なんだ?」
「ポケットモンスター…略して『ポケモン』の一種だよ」
ゲルダとセッタの疑問に、ハルは答えた。
手には『ポケモン図鑑』というタイトルの書物が開かれている。
「二年前に店に壮年の学者の男性が迷い込んだのは覚えてる?」
「はい」
「僕の記憶が正しければ、『オーキド』という名前で、マスターの文通仲間の一人だと思うが…」
その通り、とハルは小さく頷く。
ハルが所持している図鑑は、二年前にこの店へ訪れたオーキド氏が御礼代わりに贈呈してくれたもの。彼は忙しい身であるため、あまり来店しないが、現在でも文通(メール)を経由して交流は
継続している。
「それで、この図鑑に載せられてる写真が『コレ』」
「まぁ…」
「なるほど」
図鑑の真ん中の頁に『イーブイ』に関する説明書きが記載されており、掲載されている写真は
まさに拾った茶色のケモノと姿が一致した。ゲルダとセッタはそれを見て納得したようだ。
「そうなると、あのイーブイは野生か人に使役されていたのか
…どちらだろう?」
セッタは眼鏡を指先でかけ直しつつ、もぐもぐとスープをおいしそうに食べているイーブイを
見つめる。
「それはあのコに直接訊くしかないな」
「可能なんですか?」
「ああ、それなら問題ないさ」
ゲルダの問いかけに、ハルは口元に綺麗な弧を描いて、ぱちりと片目を瞑る。
「この場所に施した俺の‟魔法”は意外と万能なんでね」
「美味しかったかい?」
『けぷっ、ごちそーさま』
五杯目のスープを食べ終えたイーブイは、ハルに返事した。
「すごいですね…」
「同感だ…マスターの『力』は未知数だと感じたよ」
ついさっきまでは独特な鳴き声しか口にできなかったイーブイの言葉が分かるようになった。
ハルが編み出した解読魔法が発動したおかげだが、その術の影響はポケモンにも適用される事が
今判明した。ゲルダはその事に感嘆し、セッタはハルの力量に畏怖と敬意が混在した感情を
露わにする。
「イーブイ、君に聞きたい事がある」
『…なあに?』
「此処に来るまでの経緯…どうして怪我をしていたのかを教えてほしい」
…話したくないなら、別に構わないよ。
相手の警戒を最小限にするために、その言葉をクッションにして、この世界に足を踏み入れた理由を尋ねてみた。イーブイは困った顔で首を捻りながら「あのね…」と口を開いた。
「悪い人間、ね…」
『うん! ぼくたちを捕まえようとしたの!』
イーブイはぷくっと頬を膨らませて理由を語った。
傷が癒え、さらに飢えも満たされた事によって余裕が生まれたのか、異世界へ迷い込む要因となった犯人に対し、ぷんすかと怒りの感情がでてきたようだ。
「でも、何故そんな事を…」
「オーキドさんによると、彼の住む世界ではポケモンを乱獲しようとする密猟者や犯罪組織も
あるらしい。このコを狙ったのも多分その類の連中だろうな…」
ハルの言葉に、ゲルダはかわいそうに…とイーブイに同情の眼差しを向ける。
「話を聞く限りでは、野生のイーブイのようだけど…
元の世界に帰すにしても、このコの住処が特定できてないのがネックだ」
「覚えてる?」
『…うーんとね、森!』
イーブイが自信満々気に言った回答に、セッタとゲルダはうーん…と頭を悩ませる。
自然豊かな場所で生まれ育ったのは理解できる。
けれど、抽象的過ぎてどんな名前の国の、どんな場所にあるのか全く見当がつかない。
「森だけではなんとも…」
「…あちらの世界の地理はまだ理解してないからね」
『……ごめんなさい』
「謝らなくていいの…貴方も生き残るために必死だったのだから」
シュンッとしょげたイーブイをゲルダは膝元へ乗せるとヨシヨシと撫でて慰める。
「なら、暫くここで住めばいいよ」
『…ぶい?』
ハルの思いがけない提案に、イーブイはきょとんとする。
「君がいた住処は…オーキドさんに頼んで調べてもらう。
でも、此処は君がいた世界とはかなり距離があって、連絡を取り合うにも時間がかかってしまうんだ。その間の【仮住まい】が必要だろ?」
『…ここに…いていいの?』
遠慮がちにおずおずと聞き返すイーブイ。
そんな不安を払拭するように、ハルは穏やかに笑う。
「君が嫌じゃなければ、ね。ゲルダさん、せつさん…いいかな?」
「マスターの仰せのままに」
「異論はないよ」
部下二人も彼のアイディアに二つ返事する。
当初はあっけにとられていたイーブイ。
だが、ハルをはじめこの場にいる三名の気持ちを理解したのか、星を宿したように
目を輝かせた。
『ッ……ありがとう!!』
やっぱり、この人たちは『いい』人間だった。
イーブイは、自らの直感が正しかった事を改めて認識し、胸がとっても温かくなっていく。
こうして…貸本屋【双月文庫】に新しい住民が一匹増えた。
【星の輝く夜に】
「いらっしゃいませ」
『ぶいぶいー!』
いつもの時刻に、常連客が訪れる。
にこやかに挨拶をするハル。
彼の足元には、ウサギのような変わった生き物がご主人を真似て声をだす。
「次は一階から二階をゆっくり巡回する番だ。
お客様の邪魔にならない様に、な」
『ぶい……うん!』
特徴的な鳴き声を切り替えて人語で了承するイーブイ。
この店に住む対価として、主人であるハルの手伝いをちょっとだけする事になった。
(今日もいっぱいがんばるぞー!)
いつか故郷に戻るその日まで、拾ってくれたハル達への恩返しもかねて、イーブイは前向きに
仕事に励もうと決めた。そんな姿が、多くの常連客のハートを掴んで、【双月文庫】の看板娘、
ならぬ『看板ポケモン』としての地位を確立するのは…そう遠くない話。
【つづく】
※イーブイは、異世界貸本屋の看板ポケモンとなった!