ハルさんの回想(3)
前世の記憶と、ある事がきっかけで奥さんとの共通点が判明する話。
俺には「前世」がある。
“一番初めの俺”は日本人だった。
生まれた時代は1980年代半ばあたり。
昭和後半から、平成の二桁台辺りまで生きていた。
容姿は中のちょっと上あたり。
高校の生物学の教師をしていた。
何故、その職種についたのか?
理由は曖昧になっているが、学生時代の副担任の中年の男性教師の影響からだったのは覚えている。
担当したクラスの生徒全員とは、それなりに良好な関係を築いていた。
俺が行き来する学年は、学級崩壊とか苛めとかの負の要素が目に見える限りでは少なかった。
時々、やばそうな光景を目にしたら、それとなく被害者になりそうな生徒を助けたり、
保健室や自宅にいる生徒と定期的に話をしてみたり…
微弱だが俺も出来る事はやっていった。
他の先生方も積極的だったおかげだろう。
今でも不思議に思うのは…周囲の先生からやたらと俺に相談がもちかけられていた事。
内容は、別学年の生徒との距離感をどう解決すべきかだとか、どうやったら問題児と普通に
会話できるようになれるのか…とか。
そういうのは保健室の教諭の専門分野では…と思ったが、多分ストレスが溜まっていたから、
話を聞いてくれる相手がほしかったのだと結論付けた。
両親は幼い頃に事故で他界し、母方の祖父母に育てられた。
祖父は、定年まで学校の歴史の教師をしていた事から、うちのテレビで映される回数が多かったのは
歴史番組や大河ドラマだった。そのおかげか、歴史も多少詳しくなった。
料理教室で講師を勤めた経験がある祖母から、小学校の頃から料理を教えられたため、
一人暮らしを始めてからも料理は欠かさず手作りしていた。
その経験が転生後の人生にプラスとなったのは言うまでもない。
「そこっ!」
前世の自分の出来事を回想していたら、木刀の切っ先が前髪をかすめた。
「余所見してると怪我しますよ?」
木刀を俺の顔に突き付け、嫁さんが口角をあげて忠告してきた。
確かに…と口元を吊り上げると、俺も木刀を下段に構えた。
パンッ、パンッと木刀の重なり合う音が響く。
出会いから五ヵ月経過し、俺と嫁さんは大分打ち解け合っていた。
二人で稽古をするようになったのは、俺が身体をなまらせない様に素振りをしていたところを
嫁さんが見つけた事がきっかけだった。
彼女も情報収集メインで鈍った身体を鍛え直したかったらしい。
いつ戦いに巻き込まれても対処できるように…とリクエストで、少し本気モードでいかせてもらう。
パンッ…!
剣戟の応酬は暫しの間継続する。
嫁さんの動きは早い。
無駄な動きがなく、最小限の動作で確実に急所を狙ってくる。
(これは、すごい…)
俺よりも30cmほど低い小柄な体格なのに、繰り出す一閃一閃にパワーがある。
これは油断していると、痛い目に合いそうだ。
やばいな…久しぶりにワクワクしてきた。
バシッ!
交差する刃が拮抗し合う。
嫁さんの顔を直視すると、彼女もまた笑っていた。
どうやら…彼女も同じ気持ちらしい。
(…いいねぇ、その顔)
彼女の美味しそうにクッキーをほうばる笑顔や、穏やかな微笑みも好きだ。
だが、刹那の戦いの中の生死の境界ラインをその身に感じる事で生まれる高揚感からくる笑み。
普段からは想像できない、艶やかな美しさに俺は見惚れた。
一つの心臓がドクッと高鳴った。
連鎖するようにもう一つも鳴り出す。
この感情がきちんと明確化するのは…もう少し時間が経ってからだった。
数時間後に、稽古は終了した
額からにじみ出る汗を手の甲で拭いながら、俺は一息つく。
嫁さんも手拭いで顔を拭きながら、持参していた革製の水筒を口に含む。
美味しそうに水分補給をする嫁さんを見ていると、無性に水が飲みたくなった。
俺は手を前にかざして、空間に穴をあけた。
これが俺の固有魔力…『構築(フォームレイト)』
空間を生み出し、自在に操る能力である。
空間の中をがさごそと手探りして、革製の水筒を取り出した。
その様子を見ていた嫁さんはうわぁ…と目を輝かせていた。
「すごいですね…空間を操れるなんて!」
「それはどうも」
その分、魔力の継続時間がもたないのが短所なんだけどな…と心の中で呟く。
「空間の中に持ち物とかをしまっておけるんですね」
「まぁな…多少大きいモノでもいけるし、収納する量に制限はないかな」
「おおぅ! それって『四次元ポケット』じゃ…」
嫁さんがその単語を発した瞬間、俺はハッとした。
凝視してくる俺の態度に、嫁さんは最初どうしたの…ときょとんとしていたが、
何かを察知したのかやばっ…と口元を両手で覆った。
その直後、俺は彼女の両肩を掴んでいた。
「あ、あの…ですね…」
「何故…その言葉を知っている?」
―――『四次元ポケット』
それはこの世界や嫁さんの住む世界には存在しない単語であり、
俺の記憶の中に刻まれているあるキャラの重要アイテムのはずだ。
その単語の意味を正しく理解しているという事は…
「…ラザラス、お前は…」
―――俺と“同じ存在”だ。