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多重クロスオーバー形式連載 第9話。

エステルが貸本屋【双月文庫】でお泊まりする話。
今回から暫く、エステル視点の話が続きます。
  


第9話【エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(1)】

 

《私はこの日を待ち望んでいた。

貸本屋【双月文庫】へ宿泊する日を…》

 

 

エステルが貸本屋【双月文庫】に通い始めて約半年ほど経過した。

週に三回、公務を一通り終えた後でこっそり魔法の鍵を使用して

行き来している。

 

誰にも気付かれない様に、一人で秘密の場所に赴くのはある種のスリルと

ワクワク感があって楽しい。

 

「いらっしゃいませ」

 

店に入ると、店長のハルが必ず明るい笑顔で迎えてくれる。

彼の笑う姿を見ると、心が安心感で満たされていく。

初めて迷い込んだ時も、彼と従業員の人達の心遣いのおかげで、エステルは右も左の分からない

異世界で路頭に迷う事なく助かったのだ。

 

この店には、エステル以外にも異世界から訪れるお客がいる。

何回か顔を合わせていくうちに、複数の人物と友達になれた。

 

「エステル、こんにちは」

「こんにちは、エステルさん」

 

その中でも特に親しくなったのは菫色のツインテールの少女、ソフィ。

それから、エステルが密かに憧れを抱いている【青薔薇の君】…長尾景虎だ。

 

「お二人は今日はどんな本を読んでるんです?」

 

「以前から気になっていた異世界の言葉を覚えるために、その言語の基礎を

読み始めたところです」

 

そう言う景虎は、そこそこ頁のある教科書を机の上に広げていた。

 

「私はこの本だよ」

「【伝説の三ピヨさん】…まぁ、可愛いイラストですね」

 

続いてソフィは、児童文学コーナーで新作の絵本を見せてくれる。

二人と多少の会話をかわしつつ、エステルも本棚から一冊抜き取って近くの肘掛椅子に

腰を下ろす。手に取った書物を一枚ずつ頁を捲っていく。

 

(…この年代には歴史的変革が多発してたんですね)

 

エステルが読んでいるのは、この店のある世界の『年表』

エステルは書物はジャンルを問わず、興味を抱いたものなら集中して熟読する事が

できるタイプだ。

 

年表を見始めたのは三日前。

千頁の分厚さだが、既に二冊読み終えている。

ちなみに今、目を通しているのは日本と近隣諸国編である。

 

「「しつれいしまーす」」

「あ、ジョースケ達だ」

 

読むのに夢中になっていると、ソフィが常連の学生二人がやってきた事を知らせてくれた。

 

「こんにちはっす。エステルさん」

「こんにちはー」

 

「仗助さん、億泰さん、こんにちは。

…今日は康一さんは一緒じゃないんです?」

 

いつも三人一組で必ず訪れるはずなのに、一人…広瀬 康一だけがいない。

何かあったのだろうか?

 

「康一は今日、彼女とデートなんだ。

くっそー、俺も彼女がほしいぜぇ…」

 

億泰が羨ましそうにその理由を言ってくれた。

康一は親しく付き合っている同学年の女子がおり、久しぶりにデートをしたいという彼女の

お願いで、今日は店に来れなかったようだ。

 

「康一さん、お付き合いしている方がいらっしゃたんですね…」

「どんな人なの?」

 

「美人だけど、すっげー気の強い性格だぞぉ?

康一の事となると暴走しがちで…

おっと、これは聞かなかった事にしてくれ」

 

ソフィの疑問に、仗助はにんまり笑って答えてくれた。

途中で説明を中断したのは、この事を当の本人に何かの形で知られたらまずいと

思ったのかもしれない。

しぃーと人差し指を口元に寄せて、この事は内緒だぜと念押しする様子から、

康一の彼女は怒らせたら怖い人物なのだと俄かに伝わってきた。

 

「エステルさん、読んでるのって年表っすね。それってそんなに面白いんですか?」

「面白いですよ。色々想像しながら眺めていると、情景が見えてくる気がするんです」

 

「グレイト…そういう見方もあるのか」

「うげぇー…俺はムリだぜ。歴史とか年代とか教科書見るだけで頭がパンクしちまう」

 

仗助がへぇーと感心する傍ら、億泰は露骨に顔を歪めて頭を両手でおさえる。

勉強が苦手な彼にとって、年表はプライベートでは出来るだけ目に入れたくない書物なのだ。

 

「でも、オクヤス。ゲルダさんが勧めてくれる本は全部読んでるよね?」

 

ソフィがはてなと小首を傾げる。

エステルは数回ちらりと目にした程度だが、本のタイトルを見て、どれも一度自分が

読んだ本だった。

どれも読みやすい作品だが、登場人物や設定が好きにならないと途中で挫折する人も

多いという評判のものもあったはず…。

 

「あぁ、あれはよぉ…俺の好みに合ってたんだ。

何よりゲルダさんが勧めてくれたものを途中でやめるなんて失礼な真似できねえしな!」

 

「ていうか、後半が本音だろ」

 

意気揚々と語る億泰に、仗助は呆れた目で軽くツッコむ。

なるほど…億泰の好きな本の基準は副店長のおすすめか否かなのか。

ソフィはふーんと不思議そうに納得し、エステルは微苦笑する。

 

 

 

 

 

「え、億泰さん…宿泊するんです?」

 

億泰は二週間後、通っている学校が長期の休みとなるため、【双月文庫】へ宿泊する事を

教えてくれた。…以前、ゲルダが異世界から迷い込んだ人のために、店に来客用の部屋を

設置している事は聞いていた。常連客でも利用できるのだとこの時、初めて知った。

 

 

「俺、一人暮らししてるからよぉ、家にいても退屈なんだ。

でもよぉ…大型連休となると、映画館だってゲームセンターだって、

どこの娯楽施設も人だらけなんだ」

 

「旅行に行くにしても、金がかかる上にもう国内でもどこのホテルも満員。

帰りも同じで、疲れだけが残るからあんまり行きたくないんだよなぁ」

 

 

億泰と仗助…二人の出身世界では、交通機関が発達しており、エステルの世界では馬車を使って

数日かかる町でも二時間程度で行けるレベルだ。

その分、利用者も多いためかよほどの旅行好きや身内の実家への帰省など特殊な理由がなければ、

あまり遠出をしたくない人もいる。

…億泰がその例である。

 

「そこで俺は閃いた! 金があんまりかからずなおかつ旅行気分を味わう方法を!」

「…で、この店のシステムの事思い出したんだってよ」

 

彷徨いこんだ異世界の住民以外の客が、宿泊するためには予め予約する必要がある。

来客用の部屋は一般の宿(億泰の世界の基準)よりも広く、食事処で朝・昼・夕の三食を

提供してくれる。

また、料金次第ではちょっとしたサービスもついてくる…らしい。

 

「私も予約したよ」

「ソフィもですか!?」

 

「うん。本当はアスベルかシェリアといっしょだったけど…

二人とも仕事で忙しそうだから、一人で泊まるんだ」

 

エステルはまだ面識はないが、ソフィには仲間であり、保護者にあたる青年がいる。

彼は若くして地方領主になった経緯があり、領地運営のためになかなか付き添う事が難しい。

他にも仲間がいるようだが、それぞれ別の国にいてソフィの住む場所に来れない状況だ。

 

「お泊りするとね、本がたくさん読めるの。

私…いっぱい読みたい本があるんだ」

 

ソフィがウキウキしながら、泊まったら何をしたいか語る。

 

「宿泊…」

 

エステルはその言葉を反芻させる。

かつて旅していた頃、町の宿屋に泊まる事はあったが、一人でそれをした事は指で数える程度だ。

行動する時は仲間がいたり、護衛が付き添っている事が多いから。

 

(…一人だけのお泊り…)

 

ふわふわと花が宙を飛び交う億泰と、ワクワクとお泊りする日を待ち望んでいるソフィ。

熱湯のようなものが、エステルの胸を突きあげてきた。

 

 

*** ***** ***

 

 

「予約をしたい?」

「はい…是非、このお店で泊まりたいのです!」

 

思い立ったが吉日。

エステルははやる気持ちを抑えきれずに、本棚の整理をしていたハルのもとへ行った。

いきなりの申し出に、ハルはきょとんとしながら聞き返してきた。

 

「あの…ダメでしょうか」

「いや、大丈夫ですよ」

 

不安そうに尋ねるエステルに、ハルはニコッと微笑んで予約が今からでも可能だと伝えた。

 

「今月に立て続けに三名、宿泊の予約を入れたから珍しいなぁーと思って」

「常連客の方が宿泊システムを利用するのは珍しいんです?」

 

「三階の部屋は、主に迷い込んだ人が使うからね。

常連客で使用する人もいるけれど…二人だけかな」

 

ハル曰く、来客部屋は異空の裂け目によって迷い込んだ住民の利用率が高い。

しかし、迷い人は大抵単独であり、全体を通した滞在期間は平均三ヶ月(過去の最長期間は

二年らしい)。全ての部屋がうまる事はないため、一般客が予約を入れても何ら問題ない。

 

「宿泊日数や部屋の配置とか、希望はありますか?」

「ええと…」

 

ハルは名簿を持ってきて、宿泊するにあたり要望があるかどうかエステルに尋ねていく。

 

「できれば日当たりのいい場所がいいです

…それから、あら?」

 

差し出された名簿の項目を眺めながら、エステルはある個所に目が止まった。

 

「一番下の項目にある『サービス』ですが、どういうものなんですか?」

「こちらは、いくつか種類があります」

 

そう言うと、ハルは別の用紙を見せてくれる。

そこには…サービスの詳細が書かれていた。

 

 

 

《 【宿泊サービスについて】

 

 宿泊するお客様は、以下の項目からサービスを選べます。

 サービスはお一人様につき一項目のみ。

 宿泊中に変更される場合は、店長もしくは従業員にお知らせください。

 

 ①午後九時以降の食事処の利用

 夜中に食事処を利用したい人のためのサービス。

 普段とは違う食事やアルコール類の取扱をしています。

 但し、成人年齢に達していない人には、アルコールは出せませんのであしからず。

 

 ②閉店以降の書物の閲覧

 通常は閉店時間を過ぎれば、店の書物は貸出できなくなります。

 これは、宿泊客のみに閲覧が可能となるサービス。

 でも、時間を忘れて読みすぎない様に。

 体調管理のため、適度なところで就寝する事をお勧めします。

 

 ③期間限定の催し物

 店長が企画する期間限定のサービス。

 時期によって内容は変わります。

 時に、店の外での催し物もありますので、その際の準備物は店側で支給いたします。 》

 

 

一通り目を通してみた。

エステルが興味をそそられたのは②と③である。

本が大好きな彼女にとって、時間をあまり気にせずに思う存分読書を堪能できる②のサービスは

心躍るものだ。

 

③の期間事のイベントも、此処でしか見られない特別なものだろう。

どんなモノだろう…と好奇心がうずき、見てみたい気持ちが湧いてくる。

でも、選べるのは一つのみ。

 

そうなると―――

 

 

「②でお願いします」

 

 

暫し思案した末に、エステルは②を選んだ。

③も捨てがたいが、今回は店にある書物を徹底的に読み込みたいから。

この店にある本を、エステルはまだ全て完読していない。

おそらく、自分の心を揺さぶるモノがまだどこかに潜んでいるに違いない。

 

(…この機会を逃すなんて勿体ない事しません!)

 

エステルは心の中でガッツポーズをとる。

異世界での単身宿泊を存分に楽しもう!

彼女の大いなる野望(?)の幕は静かに上がった。

 

 

予約が取れたのはいいが、そのためにやらなければならない事がある。

エステルは、ザーフィアスの皇帝を補佐する地位についている。

 

予約を入れたのは、億泰とソフィが泊まる日程と同じ二週間後だ。

一週間以内の予定はきっちりつまっているが、予約を入れた日時はまだ予定は何もない。

でも、プライベートで無断でいなくなる訳にはいかない

…公務をすっぽかすなど以ての外だ。

 

だから、エステルは頑張った。

食事をする間も惜しんで、書類作業を急ピッチで仕上げていった。

いつも以上に政務に励む彼女を見て、周りは体調を心配したり、その姿勢に感心したり、

自分も頑張らなければ…と逆に励まされたりした。

 

 

「…なるほど、君は三日間プライベートで出かけたいんですね」

 

「はい、自分のための時間がほしくて。

そのために申し訳ありませんが…お休みをいただきます」

 

 

その甲斐あってか、エステルは三日間の休日を確保する事に成功した。

休む理由を、従兄―――現在の皇帝であるヨーデル・アルギロス・ヒュラッセインに教えた。

 

「構いませんよ。星喰みを退けて以降、エステリーゼには助けられてきたからね。

…ゆっくり楽しんできてください」

 

個人的な休日をとりたいと申し出たエステルを非難する事無く、彼はむしろ休みを

取るように推奨してくれた。

 

微笑みながら了承してくれた彼に、エステルはホッと胸を撫で下ろす。

国の為政者という立場から、ヨーデルはたくさんの柵も背負っている。

だから、副帝でありながらも比較的自由に行動できるエステルから、市井の状況を

報告してもらい、把握する事で政策に生かしたりしている。

また、彼女の話を聞く事で自らも外の世界へ旅している気分を味わっている

…そのおかげか、ストレスを溜める事無く仕事に励めるのだ。

 

「また、休日中の感想を聞かせてくださいね」

「はい、もちろん!」

 

従兄との約束を守るためにも、充実した休みにしたい。

本を読むのは勿論だが、ヨーデルや親しい友達に何かお土産を買ってあげたくなった。

【双月文庫】は土産物を取り扱っていないだろうか…?

宿泊当日に、ハルに訊いてみよう。

 

エステルがルンルンと軽やかな足取りで、自室へ向かった。

…途中、『ある人物』と擦れ違った事に気付かぬまま。

 

 

 

【エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(1)】

 

 

 

こうして、念願の【双月文庫】への宿泊の日を迎えた。

前日に、ハルルにある雑貨屋でアイテムをいくつか購入しておいた。

アイテム…と言っても、ハルルでしか販売されていない限定品、

ハーブティーの詰め合わせセット。

 

いつもお世話になっているハルやゲルダ、セッタ、そして仲良くなったソフィや

景虎、杜王町三トリオにプレゼントするために事前に予約しておいた。

 

「さーて…行きましょう!」

 

エステルは意気揚々とそう言うと、家の自分の部屋の壁に鍵を翳した。

店へと通じる扉を開き、出かけて行った。

 

この八時間後、自分に関わる騒動が起きる事をエステルはまだ知らない。

 

 

 

【つづく】

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