多重クロスオーバー形式連載 第10話。
エステルが貸本屋【双月文庫】でお泊まりする話②
ゲストキャラは、見た目は子ども、頭脳は大人のあの小学生+お友達の探偵団と保護者の博士。
それから、後半では“あの二人”が登場。
《宿泊初日…いつも以上にワクワクする気持ちを抑えられずに顔に出てしまう。
いつも通り、お店の扉を開けると…見慣れないお客様がいた》
―――カランカラーン
エステルが普段通りに、店の扉を開けて入るや、見慣れないお客が来ていた。
眼鏡をかけた恰幅の良い中年の男性と…7、8歳位の少年少女が五人。
「いらっしゃいませ」
「あ、おはようございます」
いつも通り、ハルが挨拶をしてきたので返事をした。
「今日は宿泊予定でしたね。こちらにサインをしてください」
カウンターにいるハルに名簿に名前を記載するように言われ、エステルは筆を走らせる。
「あのねえちゃん、髪の毛ピンクだぞ!」
「キレイ…桜の色だね」
「外国の方もいらっしゃるんですね」
ハルと話している最中、少年二人と少女一人の話し声が聞こえた。
会話から、エステルの事が珍しいのか…興味津々といった表情でこちらを見つめている。
「貴方達、そんなに不躾に見たら失礼でしょう」
すると、静観していた別の少女が三人に苦言を呈した。
「わ、わるかったよ…」
「すみませんでした」
「お姉さん、ごめんなさい」
彼女の指摘に、三人は素直に謝った。
「いいえ、私は気にしてませんよ」
「ほぅ、日本語がお上手ですね。こちらにきて長いんですか?」
保護者の中年の男性が、朗らかに笑って質問してきた。
「えと…私は…」
日本語とは、この世界の共通語の事だろうか?
どう答えたらいいのかエステルが困っていると…
「彼女は半年前から此処に通っている方なんです。
日本の文化に興味があって、一生懸命勉強しているんですよ」
中年の男性に、ハルがそう説明してくれた。
エステルはちらりと視線をハルへ向けると、彼をぱちりと片目を閉じた。
(…! ありがとうございます)
さりげなく助け舟を出してくれたのだ。
その意味を察した、エステルは笑って軽く会釈した。
「阿笠さん、こちらの書籍でよろしいですか?」
「おぉー! これじゃ、これこれ!
…いやぁ。待った甲斐があったものだ」
男性は『アガサ』という名前らしい。
アガサ氏は、ハルから目当ての書物が差し出されると嬉しそうに受け取る。
「おーい、店長のにいちゃん! 俺達、二階に行っていいか!!」
「本を読んでもいい?」
「珍しいモノもあると聞いたので読んでみたいんです」
「どうぞ。但し、三階だけは上がらないようにね」
先程の少年少女達がハルにお願いすると、ハルは微笑して承諾した。
「よーし! いっちばーん!」
「あ、元太君…ずるい!」
「走ったら危ないですよ!」
ゲンタと呼ばれたちょっと大柄の少年が階段へと駆け出していく。
いっしょにいた少女と少女も後を追った階段を昇っていく。
「いや、すみません。貸本屋は初めてなのか、あの子達には新鮮みたいで…」
「いえいえ、元気なお子さん達ですね」
苦笑交じりで謝るアガサ氏に対し、ハルは笑って気にしていないと返す。
エステルは、長椅子の方へ移動してその様子を見ながらある疑問が湧いた。
(あのお客様達は…いつもの常連さんと違うみたいです)
初めてのお客様であれば、ハルがエステルの時みたいに丁寧にこの店の利用方法や
時空の狭間の事を解説しているはず。
しかし、アガサ氏はエステルが自分の国にやってきた異国人という風に捉えていた。
つまり、アガサ氏と子ども達は、エステルが異世界の住民だと知らない事になる。
「エステル…エステル…」
エステルが推理していたその時、名前を呼ばれた。
その方へ振り向くと、本棚に隠れるようにソフィがいた。
こっちこっち、と小さく手招きするソフィに、エステルはコクリと頷くと
そそくさと彼女のもとへ向かう。
「ソフィ、まずはおはようございます」
ソフィは、エステルよりも早めに店に来ていたようだ。
「おはよう、エステル」
朝の挨拶をすると、ソフィも挨拶をした。
「ところで、ソフィ…何か伝えたい事があるんですか?」
エステルは声を抑えてソフィの耳元で囁くと、彼女はうんと首を横に振る。
「あのね、ゲルダさんがさっき教えてくれたんだ。
あのおじさんと子ども達が話しかけて来たら『できるだけ異世界の話題は避けて』…って」
「…私達の故郷の話題は話さないように?」
「うん。今、ハルさんと話している人達…『表玄関』からやってきたの」
ソフィの言葉に、エステルは目を微かに見張る。
『表玄関』…初めてこの店へ訪れた時に、太公望が口にした単語だ。
エステルやソフィ、その他多くの顧客は裏通りからこの店へ通っている。
『表玄関』から訪れる人は、エステルはまだ見た事がない。
「表玄関から来た人は、この世界に住んでいる人達だって、太公望さんが言ってた」
ソフィは、かつて太公望が教えてくれた情報を話してくれた。
基本、表玄関からやってくるこの世界の住民は、異世界の存在を知らない人が多い。
近年では、その題材を取り扱った若者に人気の書物も流通しているらしいが、
あくまで架空のものだという認識が一般的だ。
幸いに、この店がある日本と言う国では、見ず知らずの他人に対してあけすけな質問をぶつけるのは
失礼だというルールがあるため、目立つような衣装を身に着けた異世界人の事は遠巻きに見ても、
積極的に関わるタイプは一部の人間を除くと少ない。
また、この国には独特の文化があり、物語上の人物に変装する事で多くの人々と交流を深める
【コスプレ】というイベントがある。
そのため、表玄関から訪れた客は、裏通りからくる顧客の事をそういったイベントが好きな人だと思って、
あまり深く詮索しないようだ。
「表玄関のお客さんでも、“私達の秘密”を知ってる人もいるみたい。
でも、そういうのは長年通っているか、お喋りでない常連さんだけって、セッタさんが言ってた」
「…分かりました。くれぐれも細心の注意を払う、ですね」
事情を察したエステルは小さく頷く。
表玄関の客にはちょっとだけ興味はあるが、此処でアクシデントが起きたら店側
…ハル達に迷惑がかかってしまう。
暫しの間、本を読む事で客が帰るのを待つ事にした。
カチカチと針の音を鳴らす時計を背景に、エステルは分厚い歴史書を熟読していた。
先程の表玄関の客達はまだ帰っていない。
アガサ氏はハルと談笑しており、ゲンタという少年と友達二人は二階の児童書コーナーにいる。
彼等は特にこちら側へ積極的に話しかけてこないので、今のところは問題は出ていない。
ただ…エステルの目が向かい側の椅子に座る少女を映す。
先程、三人の子達と共にいて、話に加わらずに傍観した子どもが二人いた。
その内の一人が、そこで静かに読書している赤みがかったウェーブ状の茶髪の女の子だ。
物静かな大人びた印象の子で、最近出版されたばかりの本を読んでいる。
その本は、先日エステルが読み終えたばかりの推理小説だ。
…複雑な人間関係とともに二転三転する展開と、エンディングの締めくくり方が
面白かった事を思い出す。
「ねぇ、お姉さん」
「…あ…は、はい。なんです?」
不意に、その少女から声をかけられた。
エステルは思わず聞き返すと、少女は読んでいた小説をぱたんと閉じて腰を上げると、
エステルの前までやってきてそれを差し出した。
「?? えと、それは…」
「この小説…読みたいんでしょう? さっきからずっとこれを見ていたから気になったの」
なんと、この子はエステルが小説に視線を向けているのだと感じ取って、
親切心から読んでいる小説を譲ると言ったのだ。
「まぁ…ありがとうございます」
エステルはその気遣いに微笑みを浮かべ、御礼を言う。
どういたしまして…と少女はそっけない感じで返すと、すぐに別の本をとろうと本棚へ行こうとする。
「哀ちゃーん」
すると、階段からさっきの少女が降りてきた。
「あら、小嶋君と円谷君は?」
「元太君と光彦君は食堂に行ったよ。
そろそろお昼だからココでご飯を食べようって、博士が言ったの」
少女は、アイと呼んだ子に食事処へ行こうと呼びに来たのだ。
「だから、二人を探してたんだ…コナン君、いないの?」
少女はキョロキョロと辺りを見回して、もう1人の男の子がいないか、探している。
会話を聞いていたエステルの脳裏に、眼鏡をかけた少年の姿が映し出される。
「此処にはいないわ。…どこかの部屋にいるのかもね」
「なら、いっしょに探そう!」
「…分かったわ」
コナン君、どこだろうね~…と言う少女と共に、アイはその場から離れていく。
去り際に、こちらにちらりと一瞥したのは気の所為だろうか…。
彼女達がいなくなったのと入れ違いに、二階から常連の太公望が降りてきた。
「…うぅ……」
「太公望さん、大丈夫です?」
「…め、目が…目が……お、おもい…」
太公望はフラフラとしながら、一階の食事処へ歩いていく。
あの様子は、まるで眠るのを我慢していたように見える。
「今日は…いつもと違いますね」
「うん、ちがうね」
エステルの言葉に、大きな花図鑑を持ってきたソフィも頷く。
いつもと異なる…表玄関からやってきた客。
“何か”が起きそうな…そんな気がした。
*** ***** ***
五分後、一通り読みたい物を読み終えたエステルは、三階へ向かっていた。
予約した宿泊部屋に荷物を置く為だ。
トン、トン、トンと軽やかな足取りで階段を上がっていく。
(どんな部屋なんでしょう…)
胸を弾ませながら階段を上り終えたその時、三階の通路である光景を目にした。
「お兄さん、泊まっているの?…ここに?」
「そうだよ。三階は宿泊施設だからね」
一人の少年が、もう一人の人物に質問を投げかけていた。
あれ…?とエステルは小首を傾げる。
(あの子は…さっきの女の子達が探してた…コナン君?)
エステルの記憶が正しければ、あの男の子が『コナン』だろう。
彼と対話しているのは…数回、見かけた事のある人だ。
前髪が少し飛び跳ねているのが特徴の黒い髪の、魔術師のような服装の青年。
エステルが初めてこの店に来た時、食事処で賑わっている他の顧客から離れた席にいたのを思い出す。
「君は? 見かけない子だけど…宿泊者なのかな?」
「ええっとー…僕は、博士…知り合いのおじさんの付き合いでこのお店に来たんだ。
お兄さんはココにいつも来るの?」
「そうだね。この宿泊施設は定期的に使用している。
今日も何名か泊まるみたいだけど…」
青年の視線が、エステルを捉えた。
こちら側に気付いた事に、あっ…と声を漏らすエステル。
「すみません…荷物を部屋に置こうと思いまして」
決して盗み聞きしていた訳じゃありません、と告げようとする前に、その青年が小さく頷いた。
「もういいかな?」
「うん、お話聞かせてくれてありがとう」
青年の言葉に、コナンは御礼を言う。
「探検ごっこはいいけれど、ほどほどにしといた方がいいよ」
その去り際に、青年はやんわりした口調で注意を促した。
コナンは「う、うん…」と苦笑いしながら返事をした…どうやら図星のようだ。
青年はエステルの隣を通過していき、階段を降りていった。
視線を前へ戻すと、コナンと目が合った。
「こんにちは、お姉さん」
「あ、こんにちは」
コナンが愛想よく挨拶してきたので、エステルが挨拶を返す。
「お姉さんも、このお店の常連さんなの?」
すると、コナンは質問を投げかけてきた。
「はい、そうですよ」
「ねぇ、このお店って…」
「コナンくーん!」
さらにコナンが続けて何か言いかけたその時、彼の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「コナン君! ココにいたんだ!」
「あっ…歩美、灰原」
「江戸川君、店長さんの言葉を忘れたの? 三階は立ち入り禁止じゃなかったかしら?」
さっきの少女…アユミとアイの登場に、コナンは微妙に困った顔を浮かべ、
エステルと彼女らを交互に見つめる。
「コナン君、お昼ご飯食べにいこう。博士達も待ってるよ」
「あ、ああ…そうだな」
アユミに手を握られ、アイに背中を押される形で、コナンは一階へと連れていかれた。
一人取り残される形となったエステルははてな…と頬に手を添えて思案する。
(コナン君…何を訊こうとしてたんでしょう?)
彼が言いかけようとした事柄が妙に気になるエステルだった。
―――【305号室】
今日から三日間、この部屋で寝泊まりする事になる。
エステルは、渡された鍵で扉を開けて中へ入った。
「うわぁ…素敵」
エステルの要望通り、ハルは日当りのいい部屋を用意してくれていた。
部屋は予想していたより広め。
設置されているベッドは、シングルベッドの二つ分の大きさで、枕や布団のカバーは
季節に合わせた色とデザインにしている。
陽が差している窓を見ると、真下の庭や周囲の景色が一望できる。
窓を開けると、少し温かい風が吹いてきて気分がよくなってくる。
~♪♪♪ ~♪♪♪
その時、突如聞きなれない音楽が聞こえてきる。
その方へ振り向くと、ベッドの隣にある小さな箪笥の上に置かれている時計がその音色を奏でていた。
古式情緒豊かなデザインの時計で、部屋の雰囲気にピッタリだ。
時計の時刻を見ると…ちょうど12時30分を指していた。
次巻を見た途端、お腹がぐぅ~と鳴りだした。
「私もお昼を食べに行きましょうか…」
エステルは微苦笑して、昼食を取りに一階へ行く事にした。
「うめー!」
食事処の扉をくぐると、アガサ氏とコナン達がカウンター近くの席を陣取って食事をとっていた。
ゲンタが美味しそうに、ハンバーグと白飯を交互に口へとかきこんでいる。
「元太君、そんなに勢いよく食べてるとノド詰まらせちゃいますよ」
「なんだよ…てっぐっ…」
「お水、お水!」
ミツヒコという少年が、ゲンタに注意するとお約束と言うべきか、ゲンタは食べ物を喉に詰まらせてしまう。
アユミがコップに入った水を渡すと、ゲンタはぐいっと一気に飲み、ふぅ~と安堵の息を漏らす。
「いやぁ、このトンカツのボリュームとうまさ、たまらん!
それでリーズナブルな値段とは…おかわりしようかのぉ」
「なら、夕食は控えめにしないとね。カロリーオーバーになるから」
トンカツ定食を絶賛するアガサ氏に、隣でグラタンを食べていたアイが苦言を呈する。
とほほ…とアガサ氏は肩を落とす。
アガサ氏の体格とアイの発言から推測すると、彼は普段は食事制限をしているようだが、
食欲を優先してしまうタイプ。そんなアガサ氏の食欲を、アイが上手く調整しているように見える。
「光彦、そのエビフライ一つくれよ」
「えぇー…なら、元太君もハンバーグを一切れください!」
「じゃあ、あたしも! コロッケあげるからハンバーグとエビフライちょうだい!」
アユミ、ゲンタ、ミツヒコの三人はそれぞれのおかずを交換して和気藹々と楽しんでいる。
そんな中、通路側に座っているコナンの目は別方向を見ていた。
誰を見てるのか…とエステルは彼の視線の先を辿ると、厨房にいるセッタと会話しているハルがいた。
「エステルさん、今日は何にします?」
ハルからの問いかけに、カウンター席に腰を下ろしたエステルは「そうですね…」と
メニュー表を見ながら思案する。その間に、セッタからメニューを受け取ったハルは、
コナン達のもとへ運んでいった。
「はい、本日のデザート。お待たせしました」
「わーいv」
「待ってました!」
「おぉ~、うまそー!」
デザートは南瓜のタルト。
三人が嬉しそうにはしゃいでいる傍ら、コナンがデザートを乗せた皿を目の前に置いた
ハルに声をかけた。
「ねぇ、店長さん。聞きたい事があるんだけど…いいかな?」
「ん、なんだい?」
「このお店に来た時に、茶色い動物がいたんだけど、あの仔って店長さんのペットなの?」
茶色い動物…おそらくイーブイの事だろう。
「ああ、あの仔の事か…」
「あのうさぎ…珍しいタイプだね。図鑑にも乗ってなさそうだから気になったんだ」
「あの仔はね、一ヵ月前に店に迷い込んできたんだ。
心無い人に怪我をさせられたようで…行く宛もなさそうだった。
そういう経緯からこちらで引き取ったんだよ」
コナンの質問に、ハルは丁寧に答えていく。
「じゃあ、次の質問いいかな? このお店に噂があるの…知ってる?」
「へぇ~…どんな噂だい?」
教えてくれるかな?
ハルが興味深そうに訊き返すと、コナンはにっこり笑って「いいよ」と承諾した。
エステルもメニューを開いたまま、その内容に聞き耳を立てる。
コナン曰く、コナンが諸事情でお世話になっている人の娘さんが通っている帝丹高校で
怖い噂が広まっているらしい。
なんでも…貸本屋【双月文庫】には、奇妙なモノが出入りしていると言われている。
月に一回、夜の時間帯に全身真っ黒な人物が店を訪れているのを少し離れたご近所に住む
帝丹高校の男子が見かけている。その不気味な雰囲気はまるで死神のようだった、と
男子高生は証言している。
また、深夜頃に店の庭から“何か”が飛んでいく姿を目撃した人もいると言う。
飛んでいくその“何か”は煌めいていたらしい。
もしかしたら、その屋敷の先代の主人が夜な夜な徘徊しているのでは…と一部の人の間で
囁かれているとの事だ。
「ゆ、ゆうれい…しにがみ…」
「う、噂ですよね?」
「おい、コナン…ヘンな冗談はやめろよな!」
アユミ、ミツヒコ、ゲンタはその話を聞いて、あからさまに怖がっている。
まだ7,8歳位の子どもにとったら、その手の話は苦手な部類に入る。
エステルも、半信半疑ながらもどっちなのかしら…と内心ドキドキしている。
これこれ、失礼じゃぞとアガサ氏がコナンの直球な言動を窘めている一方、
アイは静かに彼等のやり取りを傍観している。
「実際は…どうなの?」
コナンは真っ直ぐ見据えて、ハルにその噂の真偽を確認する。
「…うーん」
ハルは顎に手を押し当てて考えている。
数分後、ああ、あれか…と探し物の場所が分かったように左手の拳を右手でポンッと叩いた。
「その噂の真相だけど、一つはもう少ししたら明らかになるよ」
「えっ…?」
茶目っ気たっぷりに笑って答えるハルに、コナンは拍子抜けしたような声を漏らす。
一体、何が判明するのか…。
エステルは気になってしまい、後ろのハルとコナン達の様子をチラチラと見てしまう。
「エステルさん…失礼だが、注文はまだかい?」
15分経過しても未だに注文を選ばずに、挙動不審な様子のエステルに、
セッタは困った表情で声をかける。
「あ、す…すみません。本日のスペシャルランチでお願いします!」
セッタの問いかけに、エステルはハッと我に返り、慌てて目に入ったメニューを注文した。
了解、とセッタが調理を始めたすぐ後、食事処の扉を開けてゲルダが入ってきた。
「マスター、先生がいらっしゃいましたよ」
「おっ、もう来たのか…素敵なタイミングだ」
「せんせい…?」
「「「???」」」
ゲルダの言葉に、ハルは朗らかに言う。
周囲の視線がハルやゲルダへ集まる中、扉がぎぃと開かれた。
「こんにちは、ハルさん」
現れたのは、黒い帽子にラテックスの手袋、黒衣に身を包んだ男性だった。
年齢は20代程、涼しげな風貌の美形だ。
「こちらは赤屍蔵人さん。店の常連客で、隣町の病院で勤めているお医者さんです」
「おや、初めて見る人達ですね…どうぞよろしく」
ハルの紹介に、赤屍は帽子を取り、微笑を浮かべてお辞儀する。
「一つ目の回答は…『その男子学生が見た人物は、赤屍先生だった』という事」
「…つまり、その学生さんは見た目で勘違いしちゃったんだね」
(…なるほど!)
コナン(とエステル)は、赤屍の全身を見ながら納得した。
夜の時間帯、この店の周辺は電灯が少なく、視界はお世辞にもいいとは言えない。
そんな状況で、もしも男子学生が赤屍を目撃したなら、不審者にみえても不思議ではない。
「じゃあ、ホンモノじゃなかったんだ…」
「そ、そうですよ。あまりにも非科学的です」
「なーんだ。結局デマだったのかよ」
アユミとミツヒコはホッと胸を撫で下ろし、ゲンタはつまらなさそうにぼやく。
「ところで、ハルさん。もういいですか?」
赤屍はタイミングを合わせたように、「用件はこれで済みましたか?」と訊いてきた。
「はい、赤屍さん。お手間を取らせました」
「それでは…ゲルダさん。場所を移しましょうか」
「よろしくお願いします」
赤屍はゲルダを連れて、食事処から退出した。
「あのお医者さん、もう帰っちゃうの?」
「飯食べないと、元気でねえぞ」
すぐに部屋から出て行った赤屍に、アユミとゲンタは不思議に感じたようだが、
ハルがすぐにその答えを言った。
「赤屍さんはお仕事をしてから、こっちに来るよ」
「お仕事?」
「診察。うちの従業員の一人が少し病弱でね…赤屍先生に定期的に診てもらっているんだ」
(病弱…どなたの事でしょう…?)
ハルが語った理由に、エステルは小首を傾げる。
ゲルダとセッタ、既に知っている二人は健康に見えるが…
もしかしたら、別の従業員がいるのだろうか?
一方、子ども達は「そうなんだ」「大変なんですね…」と納得したり、
その病弱な従業員を純粋に心配している。
…なんと優しい子ども達だ。
「でもよ、黒い人が医者のにいちゃんなのは分かったけど、
店から出て行った『何か』はどうなんだ?」
ゲンタが腕を組んで首を捻る。
(そうでした…その謎はまだ解決していませんでした!)
運ばれてきたスペシャルランチをちょっとずつ食しながら、エステルはハルの回答を今か今かと待つ。
「うーん。実は…俺も分からない」
「えっ…?」
「「「ええっ~?」」」
(よ、予想外です…!)
なんと、二つ目は屋敷の主でも分からないらしい。
返された意外な答えに、コナンもきょとんとしてしまう。
「でも…コナン君が聞いた噂の通り、先代の『あの人』が出たのかもしれないね…」
「せ、先代って…まさか」
「今度は…ホンモノ…?」
「そう…前の屋敷に住んでいた人が懐かしさにここを訪れていたりして~…」
両手をだらりと下におろして、声を低めに言うハル。
まるで、肝試しの百物語を話す語り部のように、ひひひっ…と妖しく笑みを浮かべる。
「キャアアア―――!」
「「うわぁぁあああ!!??」」
「…うぉッ」
「…ひっ…!」
「………ッ!?」
あまりに不気味かつ背筋が凍るような怖さに、アユミ達は勿論、コナンやアガサ氏まで驚いてしまう。
アイも心なしか、少しだけ顔をひきつらせたように見えた。
「ふふふ、なーんてね」
すると、さっきとは打って変わり、悪戯が成功した笑みを浮かべるハル。
「この辺は自然が多いし、珍しい動物も時折顔を出す事がある。
だから、二つ目の回答は…『夜行性で光を放つ特徴のある鳥か何かが、
店の周りを彷徨っていた可能性がある』
…という事にしてもらえないかな? コナン君」
推測の域を出ないが、ハルはコナンの質問に対して二つ目の回答をあげた。
「うん…答えてくれてありがとう」
「納得してくれてよかった」
ハルが笑って、ぽふぽふとコナンの頭を撫でた。
コナンがなんとも苦笑い気味な顔なのは、さっきのハルの凄味のある演技の影響だろう…きっと。
「それから…怖がらせてごめんね」
半泣き状態になったり、やや硬直している子ども達にハルは謝罪する。
「お詫びにこれをどうぞ」
ハルは両手をそっと重ね合わせると、すぐにパッと開いた。
すると、小さな煙と効果音と共に、掌には先程はなかったはずの綺麗な包装紙に包まれた
チョコレートと飴玉がたくさんでてきた。
「「「すごーい!」」」
手品(?)を披露してくれた事に、さっきまで怖がっていた子ども達の表情は明るくなっていく。
「さらに、おまけ」
そう呟き、ハルがぱちんと指を鳴らすと…
「うわぁ~」
「花びらが降ってきました!」
「すげ~…」
天井から刹那の間柔らかな光を放ち、そこからさまざまな色の花弁が降ってきた。
桃色や白、黄色を帯びた小花とそれに交じる形で輝く粒子が部屋全体に降り注ぐ。
「こりゃすごい…!? まるで本物の魔法みたいですな」
子ども達は勿論、アガサ氏も感嘆の声を上げる。
コナンも、その幻想的な光景に話すのを忘れて見惚れているようだ。
その様子から、彼等はこれが“本物の魔法”とは思っていないのだろう。
エステルは周りにも視線を向ける。
他の席に座っている常連客にも、ささやかなサプライズは好評のようだ。
ふと、子ども達と話しているハルと視線が合った。
ほんのり笑って、軽く会釈してくれた。
―――『いかがでしたか?』
暗にそう言われた気がした。
後で、感想を言おう…とエステルは口元を緩めた。
「『あの表玄関から訪れた人達は、また訪れるのか?
それとも、別の新しいお客様がこのお店を舞台に物語を紡ぐのか?
そうなったら、またハルさんはどんな魔法を使うのか…必見です』っ…と」
305号室の部屋にエステルはいた。
設置されているデスクで、今日一日起きた出来事を日記に書いていたのだ。
今日は色んなイベントが発生した。
表玄関からやってきた客にはじまり、常連客同士でイーブイの名前を考えたり、珍しい顧客と話をしたり…。
初日であるにも関わらず、振り返ってみて『濃厚な一日』だったと改めて実感した。
それでも、今日の出来事はエステルにとって、心を高鳴らせる素敵な思い出となった。
(お風呂にも入りましたし…一階へ行きます!)
開いていた日記の頁をぱたんと静かに閉じると、エステルは椅子から腰をあげる。
しかし、まだ一日は終わっていない。
時刻は午後8時35分。
夕餉を食べ終えてから、部屋で入浴も済ませた。
箪笥の中に準備されていた浴衣を、その上から紺色の羽織を着ているエステルは、
部屋から出ると階段を降りていく。
夕食時に、ゲルダにハーブティーを贈ったのだが、彼女から「嬉しいわ」と感謝された。
そのお礼として、後でパウンドケーキを焼いて一緒にお茶会をしようと約束したのだ。
(ふふっ、今日は寝れないかもしれません)
ルンルン気分で階段を一歩ずつ降りていくエステル。
内心、こっそり徹夜宣言しながら食事処へ向かっていた…その時だった。
一階の通路から、ハルが走ってきた。
「ハルさん?」
「あ、エステルさん。ゲルダさんなら食事処にいますから…ごゆっくり」
エステルに慌てた口調でそう言うと、ハルは玄関の戸を開いて外へ出て行った。
あの様子だと―――
(また、誰かが迷い込んだのかしら?)
異世界へ通じる扉(ゲート)が開いたのだろう。
自分の時と同じく、誰かが迷い込んだのだ。
こんな夜の時間帯に不意打ちに異世界の住民がやってくると、ハルも大変だな…と
しみじみと感じる。
(どんな人が来たんでしょう…?)
それにしても、今度はどんな世界の人がこの貸本屋に訪れたのか?
男性だろうか…それとも女性?
年齢は…?
どんな格好で、どんな姿だろう?
もしも、同性で年齢が近かったら…いつきの時のように、仲良くなりたい。
そんな事を想像してしまい、エステルは玄関の外が気になってしまう。
(ほんのちょっとだけ…)
覗いてみようか…。
好奇心に駆られてしまい、エステルはそろりそろりと玄関口へ歩いていった。
【エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(2)】
さてさて…これは珍しい。
ハルは後頭部を掻きながら、その光景を見ていた。
ほんの七分前、食事処にいたハルは、太公望と他愛もない会話で弾んでいた。
風呂上がりの億泰が夜食を堪能していたり、ゲルダが包丁で切った出来立てのパウンドケーキを
小皿に移して、それをソフィが運ぶ手伝いをしている。
いつもとは違う夜の食事処は、平穏な空気が流れていたのだが…
それを一転させたのは、時空の歪みだった。
それを察知したハルは、セッタとゲルダに目配らせして現場へ急ぐ。
こういう夜の時刻に、迷い人が来るのは慣れている。
問題は、その人物がこちら側に害をもたらすか否か。
迷い人の大半は、多少の性格に難がある場合もあれど、ハル達の説得等を聞き入れて、
とりあえず穏便に元の世界へ帰ってくれる。
しかし、ごく少数の割合でハルや従業員に刃を向けたり…
ひどい場合は関係のない顧客まで巻き込む者もいたりする。
もし、後者のタイプであれば、ハルは致し方なく強硬手段を取らざる負えない。
そうなると、のちのち厄介な後処理も行わないといけないため、できれば話の通じる相手で
あってほしいと常々思っている。
そして、いざ外へ出てみるや…ハルは目を見開いた。
突然の来訪者は20代の男性だった。
無造作に伸ばした長い黒髪、意志の強い瞳が特徴的で、黒い異国の服に身を包んでいた。
時空の歪から弾きだされように、地面へ落ちた事もあって「いてて…」と腰を擦りながら、
片膝をついている。
ただ…来訪者は“彼一人だけ”ではなかった。
「立てるかい? ユーリ…」
「…ああ、ちょいと打っただけだ」
どうやら、彼の名前はユーリと言うらしい。
もう一人、流れる金髪に綺麗なブルーの瞳の男性がユーリに気を遣いながら平気かと確認をしている。
その格好は、白と青を基調とした甲冑を纏っており、物語に登場する王道的な騎士そのものを彷彿させる。
「ワンッ!」
思案している最中、まだ閉じきっていなかった穴から勢いよく一匹の動物
―――キセルをくわえた隻眼の犬が飛び出してきた。
「「ラピード!」」
ラピードと呼ばれた犬がシュッと華麗に地面へ着地すると同時に、空間に出来た穴は閉じてしまった。
「やれやれ…お前まで来ちまったのか」
ユーリはラピードの頭を撫でつつ、真正面にいるハルへようやく視線を向けた。
「あんたは…?」
「はじめまして」
訝しげに眉を顰めたユーリがそう問いかけると、ハルが愛想よく挨拶をする。
「はじめまして、夜分遅くに申し訳ありません。
私の名前はフレン・シーフォと申します」
すると、金髪の男性が頭を下げて礼儀正しい態度をとった。
ほら、ユーリも…と目で促す男性に、ユーリは面倒くさそうに口を開く。
「どーも。…俺の名前はユーリ・ローウェル。
こいつはラピードって言うんだ」
「そうですか…俺はハル・シンドウと言います。この屋敷の主です」
「つかぬ事をお伺いしますが…シンドウさん、ここは一体どこなんですか?」
「あんたには、結構聞きたい事があるんだが…」
自己紹介もそこそこに、フレンとユーリが早速、質問を開始した。
「まずは、屋敷の中にお入りください。そちらで、話を…」
「ユーリ…フレン! ラピード…!?」
二人を店内へと案内しようとした矢先、後方から女性の声が響いた。
肩越しに振り返ると、エステルが口元を両手で覆い、驚いていたのだ。
「エステル…!」
「エステリーゼ様…何故、こちらに!?」
ユーリと騎士の男性…フレンも、エステルの姿を捉えるや驚愕している。
ハルは顎に手を添えて、彼等のやり取りを観察する。
少し間をおいて、念の為にエステルに確認を取ってみると…
「…エステルさん、この方々はお知り合いですか?」
「あ、はい…! 私の仲間です」
エステルは、多少動揺しながらも応答してくれた。
(うーん…今日は、イベントが多いな)
ハルはそう思いつつ、エステルとその仲間達を交互に見つめる。
―――こうして、長い夜の『イベント』が始まりを告げた。
【つづく】