多重クロスオーバー形式連載 第11話。
エステルが貸本屋【双月文庫】でお泊まりする話③
ゲストキャラは、前回登場したエステルの仲間の青年二人と犬。
《まさか、私の知っている人達がこのお店に来るなんて思いもよらなかった。
この時の私は、ユーリとフレンが『何故、このお店に迷い込んだの?』という疑問で頭がいっぱいだった》
ハルにより、エステルを含め、ユーリとフレン、ラピードは食事処へ案内された。
食事処にいた、従業員と宿泊客は連れてこられた新しいお客に視線を向ける。
「あの人達が迷い込んだヒト…」
「みてえだな~…」
ゲルダの手伝いをしていたソフィが目を瞬きさせながら言う。
セッタの特製茶漬けを食べていた億泰は、夜遅くにやってきた迷い人があまりにも美形なので
少々面白くなさそうだ。
「ゲルダさん、準備をお願いします」
「はい」
ハルの要望に、ゲルダは慌てる事無く微笑みながら客人用のお茶をセッティングする。
「こちらへお座りください」
「どうも…」
「ありがとうございます」
「君は…此処でいいかな?」
「ワンッ!」
庭の景色が見える大きな窓付近の長机に、ユーリとフレンを座らせ、ラピードはユーリの椅子の傍に座らせる。
エステルは、向かい側の机に腰を下ろして二人を横からチラチラ見ながら、そわそわしている。
(ユーリとフレンに…聞きたい事があるけど…どう話を切り出せばいいんでしょう)
エステルは悩んでいた。
貸本屋の事は、まだ誰にも話していない。
ヨーデルには、お忍びでいけるお店だと曖昧な表現で伝えており、「そのお店が異世界にある」とは告げていない。
そもそも、エステルが貸本屋【双月文庫】の事を誰にも教えていない理由は、この店特有のルールがあるからだ。
*** ***** ***
遡る事三ヵ月前、この場にいない仗助が言っていた事だが―――
『ここだけの話なんスけど…このお店って、【暗黙のルール】があるんですよ』
ハルが、常連客に告げた規則以外に存在する隠されたルール。
その中に、【店の正式な客(ハルに鍵を渡された人)が、他人に店の情報を教えるのは、
最低半年以上経過してから】というものがあるそうだ。
…どうして、半年あけないといけないのか?
『エステルさん、聞いたかもしれねえけど…
昔、この店で問題起こした女の人がいるって事』
『はい…このお店の裏通りができた原因を生み出した人ですね』
『その女の人…元々、ハルさんとは親しい魔導士の弟子だったけど、
問題児でもあったらしいんだ』
仗助自身も、古株の人から聞いた話だと前置きを入れた上で話してくれた。
その原因をつくった魔導士の名前は【ヴィアンカ】と言い、高名な魔導士の弟子であった。
しかし、ヴィアンカは性格に問題があった。
自由気儘かつ狡猾、なおかつ師匠から固く禁じていた【禁術】などに手を出してしまい、
師匠をブチ切れさせてしまい、破門にされてしまったとの事。
以後、ヴィアンカは独自で術を磨きつつ、自らの名を売り込むために活動をしていた。
彼女が、ハルの店を訪れたのは単なる偶然だった。
資金源を得るために、異世界で入手した魔導書を換金目的で、ハルに交渉を持ち掛けたのだ。
『此処って、本を換金する事もできるんですね』
『異世界の書物ってけっこー高く売れそうなイメージありますもんね。
…で、話を戻すと、その女の人、やらかしちゃったんですよ』
ヴィアンカは、元師匠繋がりでハルとは面識はあった。
穏和な雰囲気の彼ゆえに、ある程度親しく付き合っていけば、今後の換金の際も
融通は利かせてくれるだろうという算段もあったのだろう。
だが、ヴィアンカは知らなかった…この店の規則を。
本の換金をこの店で行う場合は、ハルが信用した顧客でないといけない。
また、第三者はその対象となる顧客に証明書を書いてもらって提示してもらわないといけないのだ。
いくら、知人繋がりで顔を知ってるとはいえ、突然「書籍を高額で売ってくれ」と図々しく
上から目線で頼む一見さんに、大抵の人は良い顔をしないだろう。
事実、その場にいた古株の顧客は「こいつ何様だ」と眉を潜めた者も少なくなかった。
さらに、ヴィアンカはやらかしてしまった。
旅先の護衛に雇った戦士と一悶着起こして、まだ未完成の域の異空間魔法をぶっ放して店を危うく
壊しかけたのだ。ハルの機転と古株が防御魔法を瞬時に発動させたお蔭で、本棚が倒れたり、
一部の書物がダメージを食らったものの、顧客への被害はなかった。
しかし…これにはハルも堪忍袋の緒が切れてしまった。
『その場にいた古株…太公望のじいさんの証言じゃ、《危うく店が殺人事件の舞台になりかけた》
《ヘタすりゃ、世界全土に二次的被害が舞い込みそうだった》って言ってました』
『そ、そんなに…』
エステルは信じられなかった。
あのハルが怒りを露わにすれば、世界を左右する程の事態を招くなんて…。
『俺も嘘じゃねえかって思ってます。
でも、普段から温厚な人ほどキレたらこわいっていうじゃないッスか…』
仗助もまたその証言に疑問を感じているが、完全に偽りとも断定できないと思っているようだ。
『その女の人は、怒ったハルさんにビビッてとんずらして以降、顔見せに来なくなったみたいで…。
でも…その一件以降、規則がより厳しくなって、例え常連さんでも知り合いにこの店を安易に
教えるのはダメって空気になったみたいッスよ』
この店の最大の暗黙のルールは―――【店長のハルを怒らせない事】
慣れてきた常連さん達が、若手にその秘密の規則を教えていく事で、この貸本屋の安寧は
築かれているのだという。
「…で、俺達はあんたの所に来た問題客の所為で、巻き込まれたって事か」
「申し訳ありません。
こちらとしてもお客様を必ず元の世界に帰るまでの最大限の保障はいたします」
「ありがとうございます」
「ところで…もう一つ聞きたい事があるんだがな」
ハルと話していたユーリは、向かいの席に座るエステルを横目で見る。
胸がドキッとした。
いざ、話す出番がきたのはいいものの、エステルはどう話を切り出せばいいのか
…頭がパニックになってしまう。
「エステル…お前、なんでこの事言わなかったんだ?」
「…えと、その…ですね」
暗黙のルールが気掛かりで、だなんて…ハルがいる前で口にするなんてできない。
エステルは数分の間、口を開閉を繰り返していき…
「タイミングが合わずに言いそびれました」
なんとか無難な回答を言えた。
「本当はもっと早く言うべきでした…すみません」
謝るエステルに、ユーリはふぅ…と溜息を漏らす。
「おかげで、長い事調べる羽目になっちまっただろうが…」
「えっ?」
ユーリが後頭部を掻きながら言った言葉に、エステルはきょとんとする。
「実は…僕達は、極秘でエステリーゼ様の調査をしていました」
「ええっ…!?」
さらに、フレンからの衝撃的な告白に、エステルは驚きの声をあげてしまう。
「エステリーゼ様が、一時的に行方不明になった事故の件もあり、
陛下から内密に護衛をつけるよう頼まれたんです」
「最初は、デコとボコがその役目を負ってたんだが…」
デコとボコとは、エステルもよく知る帝国騎士団『ルブラン小隊』に所属する下級騎士の二人だ。
長身の痩せた体格で、剣を操るデコもとい『アデコール』、小柄で肥満体系の槍を操るボコ、もとい『ボッコス』。
この二人のコンビは、ユーリとは腐れ縁であり、彼等は何かと問題を起こすユーリを追い掛け回している。
しかし、エステルは小首を傾げる。
アデコールとボッコスが、ここ最近エステルの周りを巡回しているように思えなかったからだ。
「警備の度に、会えなかったんだとさ」
「はい?」
「二人、やる気満々で警護するために、その都度エステルの部屋やハルルの家に
行ってたんだが、お前がいなくてな…」
「…え、それじゃあ…!」
おそらく、アデコールとボッコスは…エステルが貸本屋へ行っている時間帯に彼女を訪れていたのだ。
我ながら、なんという回避率だろう…。
「二人の証言から、これはおかしいと判断しました。
そして、城に勤める使用人達にも確認をとった結果…城にいる間でも、エステリーゼ様が一定時間、
姿を見せなくなる事が明らかになりました」
「だから、こいつが【凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)】に依頼をしてきたんだ
…『エステルの隠密行動を探れ』ってな」
ユーリは親指で、フレンを指さしながら言う。
「しかし、エステリーゼ様の事です。
ユーリを含める【凛々の明星】が登城している事を知れば、驚いて気を遣われてしまう可能性が高い」
「…ったく、だからって変装する必要があるかっての」
「変装…ですか?」
エステルの目が大きく見開く。
この半年の間に、ユーリや他の仲間達が別人に姿を変えて城内にいたというのだ。
…全く気付かなかった。
すなわち、旅を共にしたエステルの目ですら欺くほど、彼等の変装が完璧だったという事だ。
「あの…ユーリはどういう変装だったんです?」
「茶色のウィッグをつけて、眼鏡をかけた文官の姿でしたよ」
フレンが笑って告げると、半目のユーリが「言うなって」と軽く肘をつく。
旅の時は、不可抗力で下級兵に成りすましたり、彼専用の黒がベースの騎士の衣装を身に着ける事があった。
そのため、エステルの中では『ユーリが変装する=騎士』というイメージが定着していた。
…その固定概念を利用して、彼は真逆の在り得ない職種の人物になりきっていたのだ。
「すごい…見てみたいです」
エステルは素直にそう感じた。
仲間の変身姿を想像して、胸をワクワクさせる彼女の心情が顔から伝わったのか、
ユーリは思わず脱力しかける。
「あのなぁー…」
「僕も、最初見た時は吃驚しましたよ。本当に別人みたいで…
でも、話してみるとやっぱりユーリでした」
にこやかに教えるフレン。
エステルはその姿を頭の中で想像してみる。
「…! もしかして…」
エステルの脳裏に、ある人物の姿が蘇る。
つい最近、城内を移動している時に見かける事が多くなった、茶色の長い髪を後ろ手に
紐でくくった眼鏡をかけた若い男性。
城に入ったばかりの新人かと思っていたが…まさか、あの男性がユーリだったのか。
「慣れない格好して、こっちは大変だったんだぞ」
「その割に、食堂や他の施設を存分に利用していたじゃないか」
「…さーて、そうだったかな」
フレンの指摘に、ユーリは視線を横に逸らしてとぼける。
案外、彼なりに楽しんでいたのでは…とエステルは笑いかけてしまう。
「でも、私のために…ユーリ達を心配させてしまいましたね。
本当にすみませんでした」
暗黙のルールに囚われてしまい、逆にそれが原因で仲間達に迷惑をかけてしまった。
申し訳ない事をしたとエステルは、改めて謝った。
「…今度からはこういう事は早く言えよ」
「はい」
「帰宅したら、陛下や城の使用人達にも事情を説明する事。
エステリーゼ様が頻繁に行方を晦ましたら、彼等は混乱してしまいますからね」
「気を付けます」
「それから…カロルとジュディにも謝っとけよ。
あいつ等も慣れない城生活してまで、エステルの事見張ってたからな」
ユーリが苦笑して言った事に、エステルは「分かりました」と鷹揚に頷く。
「どうぞ」
一通りの話が済んだところで、ゲルダがパウンドケーキと紅茶をエステル達の机に配膳してくれた。
空気を読んで待ってくれた彼女の気配りに、エステルは内心感謝した。
「ん、この紅茶…うまいな」
紅茶を飲んだユーリがその言葉を口にした。
「マスター…店長のハル様の特製ブレンドティーでございます」
「へぇ~」
「僭越ながら、こちらのケーキもご賞味くださいませ」
紅茶とともに、ゲルダが勧めてくれたケーキを口にする二人。
「美味しいですね」
フレンが満面の笑顔で言う。
(これはあまり知られていない事だが)味音痴である彼を満足させるなんて
…ゲルダが作るお手製ケーキを改めて凄いと思ったエステル。
「ガウっ!」
「うん、いい食べっぷりだ」
視線をラピードが座る方へ移すと、セッタがいつの間にか、彼のために残り物の材料を
使って作ってくれたご飯を専用のお皿に盛りつけて食べさせていた。
ガツガツと勢いよくそれを食べるラピードを、セッタは嬉しそうに頷きながら頭を撫でる。
「…にしても、此処の店、『貸本屋』っていうより【図書館】みたいだな」
パウンドケーキを一気に平らげたユーリが、店の感想を口にした。
エステルの住む世界―――【テルカ・リュミレース】にも貸本屋というものは存在する。
古本を中心に主に中流階級の市民層…学生や小金持ち等…をターゲットにした店が帝都にあり、
数回だけ足を運んだ事もあるが、扱っている書籍には限りがあり、ジャンルも特定の物に
偏っていて、女性や子どもには敷居が高い印象を受けた。
だが、それがエステルの世界の一般的な貸本屋のスタイルなのだ。
各異世界の貸本屋の形式は、似ているか否かまでは分からないが…
この貸本屋【双月文庫】はおそらく、普通の貸本屋のイメージとはかけ離れていると思われる。
ユーリの言う通り、大規模な図書館に近い気がする。
「此処は遠方から訪れる人も多いんです。
出来る限り快適に過ごせる場所にしたいと思って、前に住んでいた人から了承を得て、
この屋敷を改築しました」
向かい側に座るハルが、丁寧に解説してくれた。
「ところで、ローウェルさん。シーフォさん」
「ユーリでいいよ」
「僕もファーストネームで構いません」
「…分かりました。ユーリさん、フレンさん。
あなた方がこの店へ迷い込んだ原因となった歪はどこで発生しましたか?」
「ハルルの樹の周辺だ」
「えぇ! あそこにまた発生したんですか!?」
エステルは顔に驚きを露わにする。
時空の歪が連続して、同じ場所に現れていたとは…。
「家に行って、エステルがいなかったから、一旦戻ろうかって話をしてたら、
町長に呼ばれてな」
「その問題の空間を調べようとしたら、吸い込まれそうになって…
ユーリと僕はそのまま此処に辿り着いたんです」
「…で、ラピードも追いかけてきてくれたって訳だ」
「わんッ!」
「もしかしたら…その樹の周辺は元々、異空への入り口が出来やすい場所なのかもしれないな」
一通りの話を聞いたハルが、珍しく難し気に眉を顰める。
(そうなると…あの場所にまた歪ができてしまう可能性も…)
エステルの胸に不安が芽生える。
幸い、エステル達はこの貸本屋へ辿り着けたが、その事を知らない第三者がまた
異空の空間へ迷い込む危険がある。
「…なら、俺に任せてください」
「「えっ?」」「ん?」「わふっ?」
「困った時はお互い様、でしょう」
朗らかに笑って片目を閉じるハル。
その表情に…エステルはまた既視感を覚えた。
【エステル、異世界の貸本屋でお泊まりする(3)】
今日は時間的に遅い事もあり、現場には明日向かう事となった。
「いいんですか? ハルさんが他に部屋を用意してくださると仰ったのに…」
ベッドに座ったエステルが、床に敷布団を敷いた二人に尋ねる。
「いいんだよ。万が一のために…仲間同士でいた方がいいだろ」
「エステリーゼ様の事が心配なんですよ、ユーリは」
「ユーリ、フレン…」
「ん?」「なんでしょう?」
「店長のハルさん…二人はどう思いますか?」
エステルは聞きたくなった。
まだ会ってそんなに時間が経ってない二人の目に…彼はどう映ったのだろう?
「そうですね…見ず知らずの僕達の事を色眼鏡で見ずに、親切に接してくれる
優しい人だと思いました」
「初対面だったからなんとも言えねえが…
少なくとも、今の所は害はなさそうなヤツだって思ったな」
「…そうですか」
「どうして、そんな事訊くんだ?」
ユーリが問い返すと、エステルは少し逡巡するが、口を開いた。
「ハルさんを見てると…誰かに似ている気がするんです」
「それは…僕達と【面識のある人物】と、ですか?」
「『誰なのか』までは、特定していないんですけどね」
苦笑して答えるエステルに、ユーリはおいおい…と呆れた表情を浮かべる。
「ま、さっきの店主が『誰に似てるのか』はおいとくとして、もう寝ようぜ」
ラピードはもう熟睡してるし…とユーリは欠伸をしながら言う。
「明日は朝食を頂いた後で、ハルルへ向かいますから
…出来るだけ身体を癒しておきましょう」
「そうですね、おやすみなさい」
エステルは微笑んで就寝の挨拶をユーリ達に言うと、小さな箪笥に設置されている灯りを消した。
しかし、瞼を閉じても考えてしまう。
明日は…何かが起きるかもしれない、と。
【つづく】
※次回は、番外編となります。