Brand new page   作:ねことも

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多重クロスオーバー形式連載 第12話。

ハルさんがハルルへ出張する話。
  


第12話【ハルさん、出張する(1)】

《二日目の朝…本当だったら一人でのんびりと起きる予定だった。

でも、昨晩の予想外の出来事で、早めに起きてしまった》

 

 

エステルは、パチッと目を覚ました。

うーんと背伸びをしながら、上半身を起こす。

 

「…あら?」

 

寝ているユーリとフレンに声をかけようとしたら、既にいなかった。

布団は綺麗に畳まれており、その横でラピードが欠伸をした。

 

(ユーリとフレンはどこに…)

 

もう食事処へ行ってしまったのか…。

急いで寝間着の浴衣から、普段着ている服に着替えようと立ち上がろうとした。

 

「おはようございます、エステリーゼ様」

 

すると、フレンが入り口の扉が開いて戻ってきた。

 

「おはようございます。あの…」

 

「すみません、お手洗いに行っていました。

ユーリは『ちょっと体を動かしたい』と言って、このお店の庭で剣を振っています」

 

エステルの聞きたい事を察したのか、フレンは笑って答えた。

なるほど、ユーリらしい…とエステルも口元を緩めて小さく頷く。

 

「さっき、ユーリと話し合って、エステリーゼ様が目覚めたら

朝食をとろうと決めたんです」

 

「待っててくれたんですね…ありがとう」

 

「僕は扉の前で待機しています。御着替えを済ませたらお知らせください」

 

そう言って一礼すると、フレンは再び部屋から出て行った。

 

(なら、急がないと…!)

 

エステルは着替えるため、クローゼットを開いた。

 

 

*** ***** ***

 

 

一振り、また一振り。

ユーリは愛用している剣を上段から斜め下へ振り、続けて真横へ薙ぐ。

 

(…もうちょい、いけそうだな)

 

いつも、運動がてら一時間程度、剣を振る習慣をつけているユーリ。

幼馴染みである騎士団長から受けた、エステルの見張り兼警護の依頼の最中に、

ひょんな事から異世界の変わった貸本屋へ迷い込んでしまったのは昨夜の事。

 

しかし、最初こそ驚いたものの、ユーリは「ふーん、そっか」という感じで受け入れた。

ギルド【凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)】の一員として、世界各地を回っている

彼にとって、見知らぬ場所へ赴く事への抵抗感はさほどない。

 

『異世界』=『初めての町』『まだ行った事のないダンジョン』という認識で、

頭の中の理解は一旦解決していた。

 

また、迷い込んだ先の貸本屋を運営する主人…ハル・シンドウという名前の男…が

誠実な対応をしてくれたのもプラスに働いた。

エステルが店にいる時点で、帰宅できる事が証明されたようなものだが、ハルの口から

ハッキリと保証してくれた事で、見知らぬ場所への不安を和らげる要因となったのだ。

 

 

(…にしても、今日は体が軽いな)

 

ユーリがその変化に気付いたのは、起床してから。

通常、慣れない環境だと疲れが出るものだが、一晩眠って目を覚ましたら、

逆に異様なくらい体調が回復した。

 

剣を振りながら、ユーリはそれを実感する。

大抵、一時間で終わらせる素振りをもう少し続けたい気分になる。

だが、漆黒の瞳にある人物を映しだした事で、ユーリは剣を下ろした。

 

「おはようございます、ユーリさん」

 

この屋敷の主…ハルがにこやかに朝の挨拶をしてくる。

 

「あ~…おはよう」

「これ、よかったら使ってください」

 

剣を鞘に納めるユーリに、ハルは身に着けているブラウン色の前掛けの後ろから

タオルを取り出して渡してきた。

 

ユーリは目を瞬きさせた後、ジッ…と訝しげに細める。

あの前掛けの後ろにポケットでもあるのか…?

それにしても、顔を拭ける大きさのタオルを収納するにはちょっと無理があるのでは?

どういう仕組みだよ…おい、と疑問で頭がいっぱいになるユーリ。

 

「サンキューな。助かるわ」

 

けれど、それを口に出さずにタオルを受け取る事にした。

真っ白なタオルはふわふわで、花のようないい匂いがし、顔から滲み出る汗を

吸い取ってくれる。

 

「…で、あんたはなんでここに?」

「庭の草花の手入れのために…日課なんでね」

 

ユーリの質問に答えながら、ハルは近くに設置されているホースを使って、

花壇に生えている黄色と桃色の花々や周りの木々に水を注いでいく。

 

「毎日世話してるのか?」

「ええ、俺とゲルダさんとで交代で行っています」

 

ゲルダとは、昨晩食事処にいた従業員の一人だ。

儚い雰囲気の美しい女性で、この場に仲間のおっさん…レイヴンがいたら

間違いなく口説いていただろう。

 

 

「丹精込めて育て上げた植物をみると、今日一日頑張ろうって気持ちになるんです。

それと、庭を綺麗にする事で、お客様の目と心の保養になる…そう思いません?」

 

「ま、そうだな」

 

 

枯れた葉や茎を専用のハサミで切り取りながら語るハルの言葉に、

ユーリは「なるほど」と納得する。

 

荒れた貧相な大地よりも、華やかに彩られた園の方を一般人は好むものだ。

それに、この庭園を眺めていると自ずと気持ちも落ち着いてくる。

 

かつて騎士見習いの頃に、貴族の庭を何度か目にした事はあった。

当時は、特権階級に対する反発心が強かった事もあり、一流の庭師の手で

整えられた庭を見ても、此処のように好ましく感じなかった。

 

昔と比べて、思考が大人になってきたから…というのもあるが、

此処に漂う空気事態が他のモノとは違うのだ。

 

吟遊詩人みたいな凝った表現は不得手なため、簡単に言えば…

『ただその場所にいるだけで、身も心もよくなっていく』

 

いや、庭園だけでなく、この店全体がそんな不思議な…魔法がかけられているようだ。

 

「ユーリ!」

 

ハルとの会話のやり取りをしている最中、エステルの声が聞こえてきた。

彼女が目覚めたら、朝食をとる事になっている。

 

「…そんじゃ、行くか」

「ごゆっくり」

 

植物の世話を続けるハルに見送られ、ユーリは待ち人のもとへ足を進めた。

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

エステルは両手を合わせて、食事を始める。

食事処で朝の食事をするのは初めてだ。

一人の時はカウンター席を利用しているが、今回は仲間達とともに、

庭園が眺められる窓側の四人用の席で食べる事にした。

 

食事処のモーニングは、パンとライスのどちらかの主食と一部の副食を選択する形式だ。

エステルは、クロワッサンとオムレツ、ベーコン、シーザーサラダのセットにした。

ユーリは、トーストと目玉焼き、ハムステーキ、トマトと葉野菜のサラダ。

フレンは、ライスと出汁巻卵、ミニハンバーグ三個、ほうれん草のおひたしを選んだ。

 

「ん、うまいな」

「この出汁巻卵、味つけがいいですね」

 

ユーリとフレンは選んだおかずの感想を時折、言いながら箸を進めていく。

三人の机の斜め下で、ラピードが特製御飯を盛大にかきこんでいる

…今日の味付けも、彼の舌にあったようだ。

 

エステルもオムレツを一口大に切り分けると、ぱくっと食べる。

口の中でチーズがとろりと溶けると、半熟の卵と合わさり、

絶妙なハーモニーを生み出す。

 

(ハァ…しあわせ…)

 

背景に無数の小さな白い花を咲かせながら、エステルはほわっ~と顔を綻ばせる。

 

「お味は如何でしょうか?」

「はい、とっても美味しいです!」

 

注文した飲み物三人分を運んできたゲルダが尋ねると、エステルは満面の笑みで答える。

よかった…とゲルダは微笑みながら、テーブルにそれぞれ注文したオレンジジュース、

コーヒー、紅茶を置いていく。

 

 

「皆さま、マスターから伝言を言付かっています」

「ハルさんから?」

「『出発する時はお声掛けしてください』との事です」

 

 

どうやら、ハルはハルルへ向かう準備が出来たようだ。

 

「食事済ませたら、ちゃっちゃと戻るか」

「そうだね…きっと、カロルが探しているはずだ」

 

フレンの言葉に、エステルは目を見開く。

 

「カロルも一緒だったんです?」

「ああ、俺とフレンがハルルの樹を調査している間、住民に聞き込みしてたんだ」

 

そうなると、二人とラピードがいなくなって大騒ぎしているはずだ。

一晩経過して、事態を重く見て他の仲間に応援を頼んでいる可能性もある。

 

「帰ったら、真っ先にカロルに謝らないといけませんね…」

 

「そうしとけ。あとカロル先生の事だから、寝ずに頑張ってそうだ。

何か甘い物でも土産に持ってった方がいいかもな」

 

「それでしたら、クッキーの袋包みをご用意いたしましょうか?」

 

話を聞いていたゲルダがさりげなく提案をしてきた。

 

「いいんですか?」

 

「ええ、マスターが一時間前につくりまして…

本日のティータイム用のモノですが、たくさんありますからよければどうぞ」

 

「まぁ…ありがとうございます!」

 

あと、今回はサービスにしておきますとの事です…とゲルダが伝言の続きを付け足す。

 

(ハルさん…太っ腹です!)

(わざわざ、お土産まで用意してくれるなんて…いい人だな)

(…ん? この展開…どっかで見た事ねえか?)

 

 

*** ***** ***

 

 

(異世界に出向くのは…五ヶ月ぶりだった、かな?)

 

ハルはそう思いながら、服を着替えていく。

業務用に着ているTシャツから、紺色のノースリーブのハイネックへ着替え、

灰色のズボンはそのまま。そして、首の上から足の下までを覆い隠せる

フード付きの黒緑色のマントを羽織る。

 

 

「(念の為に…護身用の武器も入れておこうか)構築(フォームレイト)」

 

 

普段はベッドの下に隠してある愛用の武器をいくつか取り出すと、

魔力を使って宙に黒い空間の入り口を生み出し、そこへ収納する。

その時、コンコンッと部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

『マスター、エステルさん達が庭でお待ちです』

 

「分かった」

 

ゲルダの報告に、ハルは「すぐに行くよ」と返事した。

ハルが経営する貸本屋【双月文庫】から外へ出かける時…買い物や特定の行事、

散歩を除けば…それは異世界へ赴く事を意味している。

 

ハルが異世界へ行くのは、大抵は副業のため。

副業とは…異世界で資金稼ぎをしたり、調査をしたり…

また、ある時は『あの御方』から依頼を受けた時など、様々である。

 

「ゲルダさん…今回の件が長引きそうだったら、店の方を頼む」

「かしこまりました」

 

通路で歩きながら話すハルとゲルダ。

すると、向かい方向から見知った常連の姿が見えた。

 

「『出張』かい?」

「うん、ちょっとね」

 

常連である黒髪の青年…ゼレフが尋ねると、ハルはいつもの調子で答える。

 

「気を付けて…最近、『外』の方では、部外者の影が目立っている」

「ん、ありがとう」

 

古株からの忠告を有難く受け取ると、ハルはすれ違いざまに小さく手を振って、庭へ急いだ。

 

 

 

 

 

広い庭園の真ん中で、エステル達はハルが訪れるのを待っていた。

周りには白いアベリアと薄桃色のキョウチクトウなどの花が咲いており、

それらは目を楽しませる。

 

「此処の花は、手入れが行き届いているね」

「主人と従業員が交代で管理してるってよ」

 

「この庭園の花は、定期的にハルさんが植え替えていると聞きました。

さっきのように、食事処の窓からその季節ごとの風景を眺めるのを

楽しみしているお客様もいるんですよ」

 

これは、とある常連さんからの情報です。

エステルがとっておきのネタを教えると、へぇ~…そうなんですかと

二人は相槌したり、興味示すなどそれぞれ反応する。

 

 

待つ事五分…座っていたラピードがぴくっと起き上がる。

 

「お待たせしました」

 

声の方へ三人の視線が集中する…そこには、支度を整えたハルがいた。

旅人の衣装を纏うその姿は、普段の営業時の服装を見慣れているエステルにとって

新鮮に映る。

 

「では、参りましょうか!」

「…エステル、張り切ってるな。って『鍵』?」

 

エステルが、衣服のポケットから取り出した『二つの三日月が背中合わせに

組み合わさった装飾品がついた銀色の鍵』に、ユーリは首を傾げる。

 

「もしかして…その鍵が、このお店へ行き来するための『アイテム』ですか?」

「その通りです!」

 

その用途を察したフレンに、エステルは満足そうに頷く。

 

「エステルさん、町に着いたら目的地まで案内してくれますか?」

「分かりました」

 

ハルの要望に、エステルは二つ返事で了承すると、鍵を壁へ向ける。

鍵から放たれた一筋の光が壁一面を眩い光で彩るや、突如そこに出現した

檜色の扉に、ユーリとフレンは驚きを顔に露わにする。

 

「最初は、私も戸惑いました…でも、すぐに慣れますよ」

 

エステルが笑顔でそう告げると、扉のドアノブを回した。

 

「おいおい…ココを通るのかよ」

「慎重に歩かないと危なさそうだね」

 

開かれた異次元の空間…さらにそこから元の場所へと繋がる白く長い一本道。

その光景に、ユーリはあからさまに引いており、フレンも不安そうに眉を顰める。

 

 

「大丈夫、【この道】は落ちない様にセキュリティを施してあるから

安心してください」

 

 

ハルの言葉に、二人は多少の緊張が解けたようだ。

 

「セキュリティ、ですか…(初めて知りました)」

 

この時、エステルは新たな事実を知って…別の意味で驚いていた。

 

 

 

【ハルさん、出張する(1)】

 

 

 

カロル・カペルは悩んでいた。

ハルルの樹の周辺に突如、現れた複数の奇妙な切れ目に…。

 

(ユーリ達…あれから一晩が経過したけど、戻ってきてないよね)

 

ギルド【凛々の明星】のボスとして、まだ新参者ではあるものの、

仲間と協力し合って小さな仕事をコツコツと請け負い、実績をあげている。

その甲斐あって、中レベルや大手のギルドからも一目置かれる組織になりつつある。

 

今回の依頼は、仲間絡みという事もあり、慎重に事を進めていた。

騎士団長のフレンの力も借りて、ようやく仲間であるエステルの不可思議な

行動の原因を突き止められそうな矢先だった。

 

時空の歪が生じて、ユーリとフレンがそこに巻き込まれてしまい…

ラピードが彼等を助けようと追いかけて行ってしまったのだ。

 

緊急事態に、カロルは町に駐在していた騎士に頼んで仲間を呼び寄せる事にした。

本当は、彼等を探しに歪の中へ入るべきかと思ったが、最悪迷ってしまったら

自分まで戻れなくなるという懸念から、踏みとどまった。

もしや、彼等が戻ってくるかも…というささやかな望みにかけてみた。

 

だが、現実はそう甘くはない。

地平線から太陽が昇っても、彼等が歪から帰還する気配は今の所なさそうだ。

 

(…やっぱり、僕が探さないと)

 

武器である大きめの槌を両手に構えながら、ゆっくり歪の一つへ近づこうとした。

 

「おーい!」

「カロルー!」

 

その時だった…後方から聞き覚えのある複数の声が耳に伝わった。

まさか…とバッと勢いよく振り返ると、そこには行方不明となった

ユーリとフレンがいた。

 

 

「ユーリ、フレン…!」

 

 

二人とも無事だった。

 

「ウゥ~…ワン!」

「カロル、只今戻りました~!」

 

ラピードも元気な様子で駆けてきた。

そして、彼等の後を追いかける形で、エステルも姿を見せた事に、

カロルは驚愕する。

 

「え、エステル…? なんで? ユーリ達といっしょなの?」

「その訳はゆっくり話しますね」

 

混乱するカロルを、エステルは落ち着せようとする。

数歩離れた場所で、見知らぬ若い旅人らしき男性がこちらの様子を

見ているのに、カロルが気付くのは少々後の話となる。

 

 

 

【つづく】

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