今回のゲストキャラは、王国心に登場するⅩⅢ機関のナンバー4であるあの人。
※常連さんで、地獄の補佐官であるあの鬼神様がさりげなく登場。
「いらっしゃいませ」
店の主らしき男性が、気持ちのいい挨拶をしてきた。
「マスター、ただいま戻りました」
「おかえりなさい。そちらのお客様はどんなご用件で?」
「当店で探したい書籍があるとの事です」
「了解。こちらで対応するから、ゲルダさんは準備して」
店員である女性…ゲルダと簡潔に話を済ませると、店主は改めて新規の客である
こちらへ視線を合わせた。
「お客様、遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとございます。
私は、店長の進藤 ハルと申します」
店長…ハルは、にこやかに自己紹介する。
「よければ、こちらの椅子へどうぞ」
「ふむ、失礼する」
椅子に座るよう勧められ、新規の客…もとい、ヴィクセンは言葉に甘えて腰を下ろした。
「当店の利用に関して、いくつかご説明させていただきます」
店主は、懇切丁寧に店内の利用上の注意点やサービスなどを分かりやすく解説してくれる。
(若いのに、親切な対応…なかなかの高得点だ)
ヴィクセンは口元を俄かにあげながら、店主の対応を独自審査していた。
「こんにちは」
その最中に、常連らしき人物が訪れた。
黒髪に三白眼…外見年齢は20代半ば、身長は180以上ある男性。
着ている服装は珍しく和服であり、頭にキャスケット帽を被っている。
「あ、鬼灯さん。いらっしゃいませ」
馴染みのある常連に、ハルはいつも通り笑って挨拶を返した。
「お借りしていた書籍を返却しにきましたが…
御取込み中のようなので、こちらの棚においておきますね」
「すみません、お手数おかけします」
「いえいえ、私の事はお気になさらず」
鬼灯と呼ばれた男性は、真顔を崩さずカウンターに近い棚に紐付きの丈夫な紺色の布袋を
ドサッと置くと、そのまま階段へ歩を進めていく。
移動していくその男性の目が一瞬だけ、ヴィクセンを捉えた。
(き、気の所為か…)
ただ目が合っただけなのに、背筋に悪寒が走った。
異世界で任務に赴いた時に、狂暴化した魔物や強力な死霊の類に遭遇した場合の…
あの感覚に似ている。
並大抵の一般人よりもぎっちりと知識がつまったヴィクセンの頭脳は高速回転して、
ある結論を出した。
(…あの男性には、極力関わらない方が得策だな)
その時間は1分03秒。
これは、頭脳派な彼が経験した出来事と己の特殊能力や現状といった、さまざまな視点を
織り交ぜた上で導き出した最善の回答だ。
…決して、怖いから逃げ腰になっているのではない。
「あの、お客様?」
首を左右に振るヴィクセンに、店長は不思議そうに声をかけてきた。
「ごほっ、ごほっ…し、失礼」
ハッと我に戻ったヴィクセンは、咳をして誤魔化す。
「…少々、お待ちいただけますか」
すると、ハルは椅子から立ち上がると奥の部屋へ早足で向かった。
その行動に、ヴィクセンははて…と疑問を抱くものの、主のいないその間に一階の構造を
この目で調査する事にした。
(さっと見た感じでは、きちんと手入れがされているな。
本棚の数…一階のフロアだけでも相当揃えているとみた)
清潔に整理された店内。
一階の本棚には、ジャンル毎にびっしりとそれに関連した書物が揃えてある。
(じっくりと観察せねば…表面的なものだけでは意味がない)
そもそも、ヴィクセンはどうして貸本屋【双月文庫】の調査をする事になったのか?
*** ***** ***
遡る事五日前。
ヴィクセンが所属する組織、13機関の本拠地にて行われた定例会議が発端だった。
13機関では、隔週に1回の頻度で定例会議がある。
毎回、各異世界に派遣されたメンバーが入手した情報をもとに、議題を進めていくスタイルだ。
その日、会議が始まってから20分経過した頃…ゼクシオンがある報告をした。
『この数年の間に、異なる2つの町で起きた大小含める事件を表にまとめました。
ダスクから配られた資料をご覧ください』
ゼクシオンは現在、かけもちの一つ…異世界にある国、【日本】の友枝町と米花町付近の
調査を担当している。
双方は特色の違いはあれど、一般的な暮らしを営む住民が多くいる町である。
ただ、調査を進めていく内に他の町と比べると違いがあった。
双方の町は異様に事件の発生率が高い。
友枝町は、主に魔法が絡んだ事件が多い。
その原因の大半は、ある魔法使いが作ったカードが起因しているようだ。
これらの事案は、ある少女と関係者が解決しているようなので概ね問題ない。
一方、米花町は人為的な事件…いわゆる事故や殺人事件の類が目立つ。
それらに対処するのは、警察関係者の管轄ゆえに組織としてはあくまで表面的な統計と
多少の中身の吟味をするだけに留めている。
事件の中には、大きな裏組織の影がちらほらしているモノもいくつかあるが…
こちら側が積極的に関わるつもりはないので様観中だ。
『…話が変わりますが、奇妙な屋敷の噂を聞きました』
大方の報告を済ませた直後、ゼクシオンは思い出したかのように、その店の存在を会議に
参加していたメンバーに伝えた。
奇妙な屋敷…名前は貸本屋【双月文庫】
大型書店や公立の図書館が立ち並ぶ都市から遠い、さらに商店街や住宅街からも離れた
辺鄙な場所にある店だ。
元々は、とある大企業の最高責任者が隠居暮らしをしていた屋敷だった。
その人物…樺宮誠一郎が心臓疾患が原因で他界した後、彼の遺産という形でその屋敷を、
一人の若者が受け継いだ。
そして、屋敷を改装して現在の貸本屋を開いた…という。
『…それで、その屋敷が奇妙というのはどういう意味で?』
『貸本屋の主人…名前は進藤 ハルという男性ですが、住宅街に住む人達からの証言だと、
人当たりのいい人物との事です』
レクセウスの問いかけに、ゼクシオンは間を置く事なくスラスラと流暢に返事していく。
店主は性格的に問題はなく、むしろ好印象な人物であるようだ。
問題というのは、その店に不可思議な噂がいくつかあるという事。
その中でも有名なのが…真っ黒な装束の死神が来客にいるとか、未確認生物が往来しているとか。
『なーによそれ? よくテレビである心霊特集とか年末の深夜に映ってる討論会で
出てくるような類のものじゃない』
報告を聞いていたラクシーヌが、アホらしいという心情を顔に露わにした。
『まぁ、気持ちは分かりますが…実際にダスクを向かわせた際に、ある事実が判明しました』
ゼクシオンはさらに言葉を継いだ。
ある事実…それは、店の庭付近で不規則に異世界へ通じる穴が開いている事。
それを聞いた他のメンバーの間に衝撃が走った。
『それは、店の主人が意図的に次元を開いているという意味か?』
『まだ断言できませんが…【世界の理】を知る人物である可能性は高いかと』
副官であるサイクスの推測に、ゼクシオンは自分の見解を言う。
『…店内に入った事は?』
『数回、一般人に変身したダスクを向かわせましたが、そこである問題が生じました』
指導者であるゼムナスからの質問に、ゼクシオンはやや眉を寄せて答えた。
『あの店の門を潜ろうとしたダスクの変身が、解けてしまったんです』
『マジで!』
『…実際に見たのか?』
その報告にデミックスは驚きの顔を浮かべる。
アクセルは目を細めて、その現場を目撃したのか確認すると…
『はい…おそらく、侵入者対策用の魔法か特殊能力が使われています。
他の配下ノーバディも同様でした』
『その店の主…黒の線が濃厚になったな』
腕を組んだザルディンが、真剣な表情で返した。
『…で、どーすんだ? ダスクらがダメとなりゃ、俺達がやらなきゃならねえぜ?』
『僕がその任務を遂行するのが筋ですが…』
『ゼクシオンには、暫くは担当している別の異世界の案件に専念してもらう必要がある。
この一件は別の者に調査を任せたい』
そして…他の仕事で手が離せないゼクシオンに代わり、指名されたのがヴィクセンだった。
『期限は問わない。客として店の情報を調べて定期的に報告するように』
ゼムナス直々の命令とあって、ヴィクセンは俄然やる気がみなぎっていた。
(くくくっ、私の研究の成果と日頃の行いがよかったからに違いない!)
ヴィクセンは胸中で歓喜していた。
普段は、研究一筋で外回りの仕事はロクサスやアクセル、デミックスといった若手に
専ら回されていた。
今回、指導者が自らを指定したのはよほどこの調査が重要なものであるという事。
自分を信頼してくれた上で、直々に任せるに値すると評価してくれたという事。
それだけ、期待されているのだ…!
…ヴィクセンは知らない。
この時、13機関のメンバーのほとんどがハートレス退治やその他の重要な任務等に
集中していた事を。
これ以上、負担を増やすと苦情がくるため、ゼムナスがやむなく、比較的業務状況に
余裕のあるヴィクセンにその余分な案件を回したという事実を…。
【知らぬが仏】とはまさにこの事である。
「お待たせしました」
ニヤニヤと口端を上げていたヴィクセンはビクッと肩を震わせた。
先程、奥の部屋へ向かった店主…ハルが戻ってきたのだ。
その時間は…5分程度。
戻ってきた彼は、水を入れた透明なガラス製のコップを乗せた木製のお盆を持っていた。
「どうぞ」
「はっ…これは?」
「先程、咳をしてましたよね?
今日は天気予報でも乾燥注意がでてましたから…
よければこれで喉を潤してください」
「おぉ…ありがとうございます」
なんと、目の前の若者は自分の体調を気遣って、水を用意してくれたようだ。
にこやかな笑顔での接客態度、些細な心配り…実に素晴らしい。
(…組織にいる若輩者共は、此処の店長の爪の垢を煎じて飲んでほしいものだ)
ヴィクセンの脳裏に、その若手のメンバーの何名かが浮かび上がる。
特に、№11の若造と礼儀のなっていない№12の小娘。
不敵な笑みと高笑いをする二人のイメージが鮮明に浮かび上がってきた
…なんとも忌々しい!
ギリッと歯ぎしりしたい衝動を抑えながら、ヴィクセンは愛想笑いを浮かべつつ、
「いただきます」と水を二口程飲んだ。
ぬるくなく、適度な冷たさのミネラルウォーターが渇いた喉に心地いい。
「すみませんが、こちらの名簿にお名前のご記入をお願いします」
ハルが、ボールペンと開いた名簿をヴィクセンの前へ置いた。
(ここで本名を書くなんて、初歩的なミスはしない。
問題はどんな名を使うか、だが…)
思案する事…10秒。
ヴィクセンは、サラサラとボールペンを動かした。
「エヴェン・ストループ…さんですね。
早速ですが、お探しの書籍のタイトルは?」
「たしか…『非物質世界の成り立ちと構造』という題目です。
時間がかかっても構いません」
「かしこまりました。お待ちの間、フロアを見て頂いたり、
他の書籍をお楽しみください」
「あぁ、そうさせていただきましょうか…」
ヴィクセンは内心ほくそ笑む。
わざとマイナーな書物を指定して、店長が探す時間をできる限り稼ぐ。
…その間に、店内を心おきなく探索できる。
「あ、一つだけ言い忘れてました」
「ッ! な、なんですかな…?」
本を探しに行こうとしたハルが途中で立ち止まった。
ドキッとしたヴィクセンは、思わず顔が引きつってしまいそうになる。
「当店の書物の事ですが、貸出の際は、必ず私か、店員の誰かに申し出てください。
よく常連のお客様でも、忘れてしまう事がありまして…念の為に言っておきますね」
ハルはほんのり笑ってそう告げると、階段を昇って行った。
彼の姿が見えなくなり、ヴィクセンはふぅ…と安堵の息を漏らした。
(やれやれ…これで心おきなく調査できる)
額から出た汗をハンカチで拭いつつ、ヴィクセンは気持ちを切り替えて一階のフロアを
調べる事にした。
(それにしても、あの『ハル』という青年…初対面のはずだが…
どこかで見た事があるような…?)
しかし、今は最優先すべき事がある。
ヴィクセンは芽生えた微かな疑問は、頭の片隅へ置いておき、任務を開始した。
【偵察員と貸本屋(1)】
「俺はヴァイスハルト。君は?」
本箱(仮)で、本を読みだしてから暫くして、俺は自己紹介をした。
「はてな」
「ハテナ…変わった名前だな」
「別の言い方をすると『ななし』」
「えっと…名前がないの?」
思わず聞き返してしまった。
彼女はコクリと頷く。
「自分で、好きな名前をつけたらどうだ?」
「うーん、なんか違う気がする」
そうだ!…と彼女はアイディアが思い浮かんだのか目を輝かせて続けた。
「つけてくれます?」
「…俺が?」
「うん、おねがい」
まさか、彼女から『名前を命名してくれ』と頼まれるなんて思わなかった。
俺は頭を捻りながら考え込む。
色んな候補が浮遊していく中、ピーンときた一つを自ずと言霊にしていた。
「じゃあ…『ウタ』は?」
「うた?」
「さっき唄ってただろ? 歌が大好きなら、それを名前にしたらいいかなぁ…って思ったんだ」
安直だって言われたら、別の候補をあげよう。
そう考えていると、彼女は「うた…ウタ…」とあげた名前を復唱していく。
「…うん、とってもいい!」
どうやら、気に入ってくれたみたいだ。
彼女…ウタは、満面の笑顔を浮かべていた。
「よろしく、『ウタ』」
「よろしく!」
二人でパンッとハイタッチ。
こうして…ウタは、俺にとって夢の領域における“初めての友達”となった。
【つづく】