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多重クロスオーバー形式連載 第23話。

今回は、前話(第22話)で登場したドロールさんとの物語がメイン。
※ドロールさんの過去に多少の想像の産物が混ざっています。
※実際にある絵本の話題を取り上げており、キャラがその内容の感想や独自の考察を言っています。
  


第23話【追憶の絵本】

 

「こちらが、当店で取り扱っている絵本の一覧でございます」

 

 

目の前の青年は、穏和な笑みでそのリストを差し出した。

 

(…そう、彼もそういう顔だった)

 

似ている。

この人物のひとつひとつの仕草、表情…どれをとっても、彼を連想してしまう。

 

 

『ドロール、この本は俺のお気に入りのひとつなんだ』

 

 

手渡された一つの書。

あの封印の空間で、かつての友から勧められた物。

お伽噺…子ども向けの絵本だった。

 

いい大人が…と揶揄されそうだが、当時の自分にとってはとても興味を引かれる書だった。

【彼】は、その類いの書は親がまだ文字の分からない子のために教養の一環として、

また娯楽として読み聞かせるものだと言っていた。

 

教訓や神話を題材にしたり、また中には大人さえも楽しめるモノもある。

つまり、絵本とは子と大人の絆を深めるための一つの方法なのだと、

【彼】…ヴァイスハルトは教えてくれた。

 

 

大人が子に語り継がせる物語。

ドロールは、その言葉に何故か心をジワジワと刺激された。

 

何故なら、自分はそんな経験をした事がないからだ。

ドロールはこの世に生まれ落ちた時から、孤独だった。

一般的な成人の巨人族よりも、遥かに巨体な躯。肌色、腕の数、力を秘めた隻眼

…どれをとっても異端だった。

 

同族の大人は誰もが、自分の存在をあからさまに差別した。

大人に倣うように同世代の子さえも、自分を遠巻きにしていた。

実の親にさえも見捨てられて、居場所がない幼少期を過ごした。

 

だから、自分で居場所を作るしかなかった。

戦い、己の武術を磨き、頂点に立つ事で…ドロールはようやく自らの存在を認めさせたのだ。

 

だが、実際に王の立場になっても、同族に崇められても、ドロールの孤独は変わらなかった。

己の右の魔眼で、否応にも他者の本音が分かってしまう。

同胞は、内心は自分に畏怖の念を抱いていた。

中には、過去の事で恨まれていると思って怯える者や下心から近づこうとする者もいた。

 

ドロールは辟易していた。

それこそ他者への関わりを最低限にして、心に大きな壁を作り上げるくらいに。

そんな彼が完全に人嫌いにならなかったのは、異種族であるグロキシニアをはじめ、

数人の親友がいたからだ。その中に、ヴァイスハルトも含まれていた。

 

 

 

 

 

「ドロールさん」

「…ッ! なんですか?」

 

昔の回想からドロールを現へ引き戻したのは、店主であるハルだった。

 

 

「親戚のお子様のためにお探しの絵本ですが…日本国内以外にも海外のモノもございます。

そちらのリストもお持ちいたしましょうか?」

 

 

親戚筋に子どもができたため、絵本を贈りたい。

その前に、どんなタイプが主流なのか調べたい。

そういう適当な理由を作り上げて、ドロールはどうにか彼との接触を心掛けた。

 

 

「いえ…今回は国内の物だけでいいです。

ところで、店長…そのリストの中で貴方がお勧めする物はありますか?」

 

 

ドロールの質問に、ハルは顎に手を添えて思案する。

「そうですね…」と言いながら、ハルはリストに数多く記載されている絵本名を

指先でなぞりながら、そのタイトルに指をぴたりと止めた。

 

「こちらですね」

「…これは」

 

その絵本のタイトルを目にしたドロールは、微かに目を見張った。

 

 

「この本は、私のお気に入りのひとつです」

 

 

その台詞と、穏やかな表情が…かつての友とぴたりと重なり合った。

 

「…懐かしい」

「ドロールさんもご存じなんですね」

「はい。…今は亡き知己が教えてくれた物語の一つです」

 

タイトル名は…【手ぶくろを買いに】

小さな子狐が、冬の寒さで冷える手を温めるために人間のいる町に手袋を買いに行く…という内容だ。

母狐の術で、片方の手を人間の手に変身させて手袋を売る店に行くものの、うっかり本当の手を出して、

手袋を買いたいと申し出てしまう。しかし、その店の主は子狐が持っていたお金をきちんと本物だと

確認した上で、手袋を差し出したのだ。

 

 

『俺はこの話の中で、親子狐のやり取りと、子狐と帽子屋さんとのささやかな交流の場面が好きなんだ』

 

 

ヴァイスハルトがこの物語を初めて読み聞かせてくれた際に、その絵本が好きな理由を告げた。

作中で、母狐は昔、人間に怖い目にあわされた経験から人間に恐れを抱いていた。

作中の母狐の気持ちは、ドロールも共感した。

人間ほど欲深い種族はない…長い時を生きてきた彼自身もそういう認識だったからだ。

 

対照的に、子狐は無邪気で人間に対する警戒心があまりない。

正直、物語を聞いている最中、ドロールは子狐の行く末がどうなるのか胸に不安が漂っていた。

迂闊な行動をすれば、命の危険に晒されてしまうのに…。

 

そして、子狐はうっかり自らの正体をばらしてしまう行動をしてしまう。

運よく、人間の店主が人柄の良かったから助かったに過ぎないのではないか。

 

ドロールが、自分の意見を口にした時…

 

 

『そういう見方もあるな。

…でも、俺は子狐にとってこの経験が最も価値のあるモノになったんじゃないかと思う』

 

 

ヴァイスハルトは、そう自らの意見を返した。

母狐は過去の出来事から人に対する恐怖が勝ってしまい、子狐を一匹だけ買い物に

行かせてしまった。

 

でも、子狐にとって最初に出会った人間はただの獣としてではなく、一匹のお客様として

対等に接してくれた優しい人だった。

 

 

『これから、子狐も大人になるにつれて人間の負の側面に出くわすかもしれない。

それでも…最初に出会った帽子屋さんとの思い出を忘れない限り、子狐は人間の事を

悪者ばかりじゃないと信じてくれるはずだ。

例え、姿形、種族が違っても歩み寄れる道はあるって…』

 

 

親友のその言葉が、自ずと胸の中に浸透していった。

 

(…忘れもしない。あの言葉があったから)

 

当時はその感情の変化に戸惑い、理解するのを恐れていたが、今なら分かる気がした。

かつての戦友の一人と同じく、ヴァイスハルトもまた、人の可能性を信じる男であった。

ヴァイスハルトのあの発言が、ドロールの心の大きな壁を薄くしていった。

 

同胞が抱く負の感情を知るが故に、ドロールもまた一方的に彼等を分かり合えない者達だと

決めつけていた。いつのまにか、自分自身も同胞と同じ思考に吞まれていたのだと

気付かされたのだ。

 

他人にばかり望むのではなく、自分から歩み寄る勇気も必要だという事を

…彼は教えてくれた。

 

 

「こちらを借ります。手続きをお願いできますか?」

 

 

だからこそ…ドロールは、ヴァイスハルトの事をかけがえのない親友であると、

あの時からずっと変わらず思っている。

 

 

 

 

 

 

ゲルダは、庭の手入れを終えるとシャワーを浴びた。

身体を清めた後、身体を拭いて従業員用の部屋の椅子に腰を下ろして

休憩を取っていると…

 

「失礼するよ~」

「マスター…!」

 

コンコンと控えめなノックの後で扉が半分開くと、そこからハルが顔を出した。

主の登場に、ゲルダは驚きよりも安堵の気持ちが勝り、ホッと胸を撫で下ろした。

 

 

「申し訳ございません」

「何が?」

 

「先程…初めて来店したお客様への対応に手間取った上に、

不信感を与えてしまいました」

 

 

ゲルダは恭しく謝罪する。

いくら相手側が纏っていた闘気に気後れしてしまったとはいえ、従業員としての品格が

問われてしまう。申し訳なさそうに目を伏せるゲルダは、小刻みに震える右手を

もう片方の手で抑えている。

 

ドロールとの邂逅は、彼女にとって予想以上に影響を及ぼしたようだ。

 

此処に勤めだして約七年。

ゲルダは適度に鍛錬は継続しているものの、あの聖戦時代のように生死の境界線が

薄かった時代と比べて、あまり気を張らなくなった。

…この平和な世界の空気に慣れてしまったのも原因だろう。

 

店に訪れる常連の中には、現役の冒険者や激戦を潜り抜けてきた能力者、不老不死の魔導士、

戦闘に長けている学生等もいる。それでも、彼等はこの店の規則を重んじて闘気を制御しているのだ。

 

…だから油断してしまった。

ゲルダは溜息を漏らして項垂れる。

 

「ゲルダ」

 

その時、ハルが名を呼んだ…久方ぶりに敬称をつけずに。

落ち込むゲルダの両手を包み込むように、ハルは手を重ねた。

 

 

「大丈夫、大丈夫」

「マスター…」

 

「誰にだって失敗する事はある。

それに…何かを恐れる気持ちが芽生える事もある。

問題はそれを解決するために次にどう生かすか、だろ?」

 

 

震える手を優しく擦る。

主の手のぬくもりが伝わってくる。

それに安心したのか…震えがぴたりと止まった。

 

 

「…ありがとうございます」

 

「どういたしまして。

それと…今回のようにどうしても苦手だと思うお客がいたら、

遠慮せずに俺かせつさんと変わっていいから」

 

 

そう告げると、ゲルダは小さく被りを振った。

 

 

「お気持ちは嬉しいです。

でも…お二人に負担をかけさせる訳には参りません」

 

「…うん、でも本当にダメだと思ったら、我慢せずにきちんと報告して。

仲間の精神面をケアするのも俺の役割のひとつなんだから」

 

 

ハルの言葉に、ゲルダは「分かりました」と今度は小さく頷いた。

 

「マスター。あのお客様…ドロール様の事ですが…」

 

心に余裕ができたのか、ゲルダは先刻までいただろうあの大柄の男性客の事が気になった。

 

 

「三千年前、巨人族の頂点として名を馳せたドロール王と同じ名前。

同時に、強烈な地属性の気を纏っていた事…その点が気になったんだろ?」

 

 

やはり、主も感知していたのか…

ゲルダは「その通りです」と答える。

 

 

「ですが、あり得ない事です。

ドロール王は…あの当時、四種族によって…」

 

「そう、本来なら彼は封印されているはずだ。

魔神族の陣営となり、同志である妖精王と共に…【十戒】の一員として」

 

 

あの大規模な戦の最中、ドロールは魔神王の代理であるゼルドリスと一騎打ちをして

敗北した。その類まれな戦闘能力が目を付けられていた事もあり、二席が空位だった

十戒の構成員の一人として引き抜かれたのだ。

 

「でも、接触してみて確信した。…あの男性は間違いなくドロール本人だ」

「…ッ!? ならば、あの封印が解かれたのですか…ッ」

 

口を両手で覆い、驚愕を露わにするゲルダ。

 

「いや…そう考えるのはまだ早い」

 

ハルは、眷族を落ち着かせるように待ったをかける。

仮に、封印が解かれているならどうやって異世界を渡り歩きしているのか。

別の方法で、上位魔神族だけが封印から目覚めた可能性だってあり得る。

 

「…調べてみるか」

 

何百年かぶりに、足を踏み入れる事になりそうだ。

…自分が『ヴァイスハルト』だった頃に、生まれ育った故郷がある世界に。

 

 

 

【追憶の絵本】

 

 

 

「…どうだったッスか?」

 

封印の空間に戻ったドロールを出迎えたのは、グロキシニアだった。

他の七名の姿はない…どうやら、現実の世界で活動しているようだ。

 

「例の血族はいました。そして…直接、接触する事に成功しました」

「やったッスね!」

「グロキシニア…貴方のおかげです」

 

最初にハルを目撃した時に、グロキシニアは既に行動を始めていた。

彼の傍にいた黒髪の青年…ユーリに、自分の魔力を込めた植物の種をつけておいた。

 

その種の外見は、そこらにある普通の植物のものと変わらない。

しかし、繁殖力が高くどんな場所でも簡単に発芽できる上に、成長するスピードも早い。

さらに、グロキシニアの魔力を込めた事でその性能は向上しており、一日の内に可憐な

野花を咲かせられる。

 

開花したそれらからは、グロキシニアの微弱な魔力が花粉をまき散らす様に発生される。

その電波代わりの魔力を辿り、ドロールはハルが営む貸本屋へと辿り着いたのだ。

 

「そう…あの青年は…性格もヴァイスに似ているんスね」

「はい。…本当に彼がそこにいるかのような気分になりました」

 

神妙な面持ちで語るドロール。

元の巨体となって、彼は報告を続ける。

その大きな掌に借りてきたばかりの小さな絵本を落とさぬよう、慎重に乗せたまま。

 

 

 

【つづく】


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