今回のゲストキャラは、引き続いて王国心に登場するⅩⅢ機関のナンバー4であるあの人。
※今回で調査シリーズは一旦終了します。
「お待たせいたしました」
ゲルダは、注文の三品を新規のお客のテーブルに慎重に並べる。
メニューは、カルボナーラ、チキンのトマトシチュー、チーズハンバーグ。
…なかなかこってりな組み合わせだ。
(この人、そんなにお腹がすいているのかしら…)
顔には出さないが、ゲルダは内心気になっていた。
視線の先のお客…エヴェンが頼んだのは、この三品だけではない。
これらに加えてデザートを…二品、注文されているのだ。
「デザートのカキ氷とレモンシャーベットは、食後でよろしいでしょうか?」
「あ…えと…は、はい。それで構いません…」
エヴェンは、ぎこちなく笑みを浮かべつつ答えた。
…顔色がすぐれないのは気の所為だろうか。
「ゲルダさーん」
「はい、ただいま…」
主の呼びかけに、ゲルダはすぐに厨房へ引き返した。
「マスター、御用でしょうか?」
「ごめん。こっちの作業で忙しいから、受付の方へ行ってくれないか」
料理を作っているセッタの近くで、ハルは食材を洗ったり、適度な大きさに
切ったりしている。常連が訪れる事を見越した上で準備を整えており、
手が離せない状態である。
受付が無人になってしまう事態を防ぐため、ゲルダに向かうよう指示したのだ。
「かしこまりました」
ゲルダは返答するや、素早く優雅に現場へ足を進めた。
(…! 誰かが入口付近にいる…)
受付に辿り着くや、ゲルダは外にいる誰かの気配を察知した。
一歩遅ければ、その人物を待たせていたかもしれないと思い、ホッとした。
(?……この気配…)
気配から、馴染みの裏通りの常連ではなかった。
次元に歪みが生じた様子はない…つまり、【表玄関】から訪れる新しいお客である。
だが、近づく気配が鮮明になるにつれてゲルダに並々ならぬ感情が襲いかかってきた。
(っ!?…強烈な、地に属する魔力が漂っている…)
戦慄が体を突き抜けた。
この感覚は久しぶりだ。
かつて、故郷の世界で経験した聖戦のあの時代を刹那の間、想起してしまった。
(…いけない、心を静めないと…)
ゲルダは首を左右に振り、恐怖を打ち消す。
感情を表に露わにしてはならない。
まずは、こちらに近づいてくる相手が敵か否かを見極めなくては…。
緊張を保ちつつ、ゲルダは気を引き絞める。
カランカラーン
開いた扉から入ってきたのは、一人の男性だった。
左目が不自由なのか…黒い眼帯を装着している。
スポーツウェアを着ていても、鋼のような強靭な肉体が分かるその人物に、
ゲルダは目を微かに見張る。
「いらっしゃいませ」
ゲルダはすぐに微笑みを浮かべ、挨拶をした。
「………失礼。この店の事を教えていただけますか?」
その男性は、目で一階をさっと見渡してから言葉を発した。
ゲルダは「はい」と了承して、その男性に椅子に座るように勧める。
そこへ腰を下ろした男性に店の内容を説明しながら、名簿を見せる。
「こちらにお名前をお願いします」
「…分かりました」
男性はボールペンを手に取って、該当欄に名前を記載した。
―――『Dolor(ドロール)』
…達筆な英語で書かれたその名を目にした瞬間、ゲルダは血の気が引いた。
(この名前…まさか…)
ゲルダは、その名に見覚えがあった。
彼の者とは直接、遭遇した事はない。
しかし、魔神族の傘下に入っていたゲルダの種族は勿論、魔界の住民達の間で
その名を知らぬ者はいなかった。
かつて、魔神族と敵対した四種族のひとつ…『巨人族』
ブリタニアに初めに生まれた種族とされており、人よりも何十倍もの巨体を誇る。
闘争心と武力において他の種族の追随を許さず、常に戦いを求める気性の種族である。
当時、巨人族を治めていた王がいた。
通常の巨人族をも上回る体躯、サファイアのごとき青い肌 魔を秘めし隻眼、
奇岩のごとき四本の腕。
その強さは同胞と一線を画す程の実力で、妖精王と並んで魔神族の陣営から
畏怖されていた存在。
彼の王の名は『ドロール』
…名簿に記載された男性と同じ名前であった。
(…これは偶然なの?)
視界に映るドロールは、隻眼以外は伝え聞かされている特徴とは当てはまらない。
そもそも彼の体格は、人間族でも多少珍しい程度の身長であり、巨人族とは程遠い。
だが、彼の内から漂う大地を司る並々ならぬ魔力は明らかに巨人族特有のものだ。
「…何か私の顔についていますか?」
「いえ、なんでもありません」
返却された名簿を持つ指先が、微かに震えている事に気付いた。
顔には感情を露わにしていない分、相手を怖れる感情の揺れが違う形で
浮き彫りにしてしまった
男性…ドロールは目を訝し気に細め、こちらを見ている、いや観察しているように
感じた。
(落ち着いて…落ち着いて)
冷水を顔に浴びせるように、ゲルダは心の中で自分に言い聞かせていると…
「ゲルダさん」
「…! マスター」
名を呼ばれてその方へ振り向くと、ハルがこちらへやってきた。
「あっちが一段落したから変わるよ」
「…よろしいのですか?」
「うん、あっ…もうすぐ六時がくるな。
庭の水やりがまだだから、代わりに頼む」
「……かしこまりました」
ハルから交代と別の仕事を指示され、ゲルダは少し逡巡した後、了解の返事をして
その場から離れていった。
「お客様、本日は当店をご利用いただき、誠にありがとうございます」
初来店のお客相手に、ハルはいつものようににこやかに笑って挨拶する。
その人の容姿は…遠い昔にいた親しかった知人に似ており、醸し出す魔力も
懐かしさを感じた。
(むぅ…このカルボナーラ…)
フォークに絡めた麺を口に入れ、舌に味がなじむよう咀嚼し終えたヴィクセンは
目をカッと開いた。
(濃厚だが、くどくない…なおかつ麺を包み込むように柔らかな味わい…)
あくまで言葉に出さずに、胸中でツイートしている。
ヴィクセンは普段、研究の合間にサンドイッチやおにぎりなど、手軽に食べられる
モノを選んでいる。
だが、研究の目途がつき、多少の余裕がある時は麺料理を食べている。
意外な事に、ヴィクセンは数多くある麺料理の中でカルボナーラを好んでいる。
(此処の料理人…腕がいいようだ)
カルボナーラをつくるための基本的な食材は、麺、卵、チーズ、ベーコンである。
しかし、シンプルであるゆえに食材が味を左右する。
材料を適切に使わなければ、味がぼやけてしまうし、火を入れすぎていり
卵となってしまう失敗例もある。
それゆえに、このカルボナーラはヴィクセンの思い描く理想のものに値する。
(それと、シチュー…)
カルボナーラを半分まで食べ終えたところで、別の料理に手を伸ばした。
…チキンのトマトシチュー。
一口サイズの鶏もも肉をスープと共に掬って、口へ入れる。
(肉とトマトのうまみが凝縮されている…)
この濃厚な味から、おそらく水を使わずにトマトだけで煮込んだのだろう。
相性のいいハーブを使用しているのか肉の独特の臭みがとれており、なおかつ
スープにアクセントが加わっている。
隠し味にレモンの果汁を入れているおかげで、全体の味が引き締まっている。
(さらに、このチーズハンバーグ…)
とろりとチーズがかけられた楕円形の肉の集合体。
ナイフで切り分けると、じわっ…と閉じ込められていた肉汁が溢れ出てくる。
…適度なサイズにして口に入れる。
口の中で旨味のスープが弾ける。
柔らかくも、粗目にみじん切りした玉葱のシャキシャキとした歯ごたえがあり、
その甘味がハンバーグの美味しさを引き立たせる。
ヴィクセンの推測だと、このハンバーグを形成している牛肉と豚肉の比率は「7:3」。
これは、彼が考えるハンバーグにおける黄金比率であり、もっとも美味い配合率だ。
(…チーズとの相性は抜群だ…ん!?)
満足げに箸を進めていたヴィクセンは此処でハッと気づいた。
頼んだメニュー…三皿すべてをほぼ食べつくしている事に。
(…い、いつの間に…あの量を私が完食しようとしているのか…!?)
ヴィクセンは持っていた、一口サイズにしたハンバーグが刺さったフォークを
皿に置いてしまった。
メニューを頼んだつい三十分前、正直失敗したと思っていた。
少し離れた窓際の席に座る鬼灯の追跡(実際は、単に目が合っただけ)から逃れようと、
慌ててメニューの目が留まったものをピックアップしていった。
その結果、単品メニューでしかもバランスの偏ったものばかり選んでしまった。
運ばれてきた、いかにも組織の若手達が好みそうな濃厚な三品を目にした時、
ヴィクセンは胸に後悔の念がじわじわと侵食していた。
「やらかしてしまったー!」と内では嘆きながらも、どうにか顔に露わにしないよう
努めた自分を褒めたい。
腹は減っていた事が幸いだ。
全部食べ切る事は不可能だが、失礼にならない程度になるべく量を減らせるよう
食べる事にしたのだが…
信じられない状況に、ヴィクセンは戦慄している。
自分は食が細い訳ではないが、だからといって大食いではない
…常に、平均的な成人の食事摂取量をキープしている。
ゆえに、自分がその平均を大きく上回る食事量を取れたという現象に
大いに困惑している。
(まさか…私の食欲を促進させる『何か』が使われたのか…
それとも、魔法でもかけていたのか…)
ヴィクセンは、ハンバーグの最後の一口を味わいながら、浮上した謎を
解き明かそうと思考に耽る。
「お客様、器を片付けさせていただきます。
デザートはお持ちしてもよろしいですか?」
思考中のヴィクセンを現へ引き戻したのは、先程見かけた眼鏡をかけた従業員だった。
「あっ…お願いします」
反射的に返事してしまう。
綺麗に平らげた皿をその従業員はそつなく回収していく。
その時、指先で眼鏡をかけ直している彼の目がキラリと光り、口元がフッと吊り上がった。
(ふ、不敵な笑み…だと…!?)
ヴィクセンは思わずギョッとした。
もしや、この男が仕掛け人なのか…と勘繰ってしまう。
(お、落ち着け…落ち着くのだ、私よ。
此処で冷静になれねば、相手の思惑に嵌ってしまうぞ!)
額、背中などから大量の汗を流しながら、ヴィクセンは平静を取り繕うと必死になる。
(フフフ…完食してくれた)
実際は、従業員…セッタが自らが作った料理を初めてのお客が食べ切った事に
満足感を覚えて笑みを浮かべただけである。
彼は事前に、ハルからある助言をもらっていた。
『あそこに座っているお客様がメニューを多く注文したけど、
食べやすいように工夫しよう』
注文を受けたハルは、初めてのお客…エヴェン氏が頼んだメニューを見て
ある引っ掛かりを覚えた。
通常の成人男性でも、濃厚系なメニュー三品を平らげるのは難しい。
当の本人が頼んできた時の様子から、何かから目を背けたい一心でメニューを
選んでいた様子だった。
もしも、当人が外見とは裏腹に健啖家であれば問題ないが…
もしそうでなければ、逆に彼に負担がかかってしまう。
料理をお残しする事を批判するつもりはないが、できれば、お客には食事を
美味しく頂いて帰ってもらいたい気持ちがある。
ゆえに、ハルは考えた。
いつものメニューを工夫して、エヴェン氏にできる限り食事を楽しんでもらおう、と。
通常のメニューよりも量を調整したり、ソースの材料を変更したり、食欲増進や
脂肪代謝の効果がある健康にいい薬草を混ぜるなど…指示を受けたセッタも、
主の意見に賛同して調理をした。
結果は成功と言えよう。
エヴェン氏は見ていて気持ちがよくなる位、三品を完食してくれた。
…後は、デザートだけ。
そちらも料理のシメとして満足できるよう、調整済みである。
「お待たせしました」
エヴェン氏の前に、かき氷とレモンシャーベットの二品を置いた。
ややぎこちない笑みを浮かべているように見えたが、お腹が満腹寸前なのかもしれない。
メニューを運び終え、厨房へ戻ろうとしたその時…
「こんにちは!」
「よっ、来たぜ」
顔見知り…常連であるエステルと護衛のユーリの二人がやってきた。
「こんにちは、エステルさん、ユーリさん。
今日はいつもより早いですね」
「はい。仕事が思いの外、はかどりまして…
お昼ごはんをこちらで頂きにきました」
ルンルン気分であるエステルが、理由を教えてくれた。
なるほど…と相槌を打っていると、カラーンと何かが落ちた音が響いた。
セッタとエステル…そしてユーリも自ずとそちらへ視線を向けると、
エヴェン氏がデザート用のスプーンを落としていた。
「す、すみません…滑ってしまって」
「いえ、すぐに代わりのモノをお持ちします」
セッタが急いで厨房へ向かった。
エステルとユーリも、カウンターに近い席へ腰を下ろす。
その様子をエヴェン氏…もといヴィクセンは凝視していた。
(…あ、あの男女は…エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインとユーリ・ローウェル…!?)
ヴィクセンは、二人の事を知っていた。
…以前、組織に所属していた『彼女』が異世界で起きた事件に巻き込まれた際に、
彼等と関わっていたからだ。
その際に、機関員の何名かも彼等と接触しており、ヴィクセンはその事をメンバーから
間接的に聞いていたのだ。
(ありえん…本来なら、あの二人はこの世界に来る事はできない)
『彼女』を通じて、異世界の存在を知っているとしても、ユーリとエステルは
その通行手段をもたないはずだ。
(それを可能にするならば…手段は一つ)
その疑問を、ヴィクセンの頭脳は一分経たない間に答えを導き出した。
(この店の主人が、二人を導いている…)
その手段がどんな物かは分からないが…。
セッタが新たに持ってきたスプーンで、ヴィクセンはシャクシャクとカキ氷を
食べ進めていく。
考えれば、考えるほど…この店にはまだまだ謎が多い。
同時に、これほどまでに自分の中にある探究心を刺激する場所はない。
(…だが、今日はタイムリミットだ。出て行かねばならない)
レモンシャーベットを食べ終えるや、身に着けていた腕時計を見て、
ヴィクセンはふぅと息をつく。
時刻は六時を数分回ったところ。
これ以上、長居していたら逆に怪しまれてしまう。
テーブルに置かれた支払い伝票を手にして、ヴィクセンは腰をあげた。
【偵察員と貸本屋(4)】
「エヴェンさん、お帰りですか?」
食事処での支払いを済ませ、一階のカウンターへ向かうと、ハルがそこで本を捲りながら
待機していた。
「はい。それで貸出の手続きを、と思いまして…」
「分かりました」
無駄のない動きで事を済ませていく店の主に、ヴィクセンはまたしてもある既視感を覚えた。
(うーむ、この青年は、今日初めてあったのは間違いない…)
そうなると、誰かと似ている?
再び浮上した謎を考えている間に、手続きは完了した。
「またのお越しをお待ちしております」
ハルに見送られ、ヴィクセンは店の外へ出る。
空が黄昏色に染まっているのを見ながら、一仕事終えた疲労感がじわりと出始めてきた。
(…だが、悪くない)
同じくらいに、研究が完成した時のような達成感もあった。
(次回はどこから調べようか…)
次の調査対象を考えながら、ヴィクセンは帰路についた。
それから、店に通い続けていく事になった彼は様々な人物と出会う事となる。
さらに、驚愕の事実を目にする出来事に遭遇するのだが…
それはまだまだ大分先の話。
【つづく】
※次回(23話)は、ドロールさんがメインの話となります。