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多重クロスオーバー形式連載 第25話。

ハルさんや従業員達の就業時間外の物語(2)
今回は、従業員視点がメイン。
※二人がハルさんの眷属になった経緯が分かります。
  


第25話【ナイト・オフタイム(2)】

 

時計の長針と短針が12時を指した。

聞こえてくる真夜中の知らせを告げる音。

その音を聞きながら、カウンター席にいるゲルダは瞼を閉じる。

いつもはお客が座る片隅の席で、彼女は差し出された幾何学な模様が彩られた

ティーカップに視線を落とす。

 

「いい香り…」

「どうぞ召し上がれ」

 

セッタに勧められ、ゲルダはコーヒーの香りを楽しみながら一口飲む。

 

「まぁ…おいしい」

 

お世辞ではなく、本音で感想を告げる。

嬉しそうに微笑むその姿は、セッタの目から見ても、深層の佳人の如く美しい。

普段の何気ない仕草からも、彼女の育ちの良さを伺わせる。

 

「後味がスッキリしてて…今まで飲んだ中で、一番好きな味です」

「ふむ…そう評してもらえると光栄だ」

「このコーヒーに合うデザートは…何がいいでしょうか」

 

少量ずつ味を楽しみながら、ゲルダがうーんと特製コーヒーに相性のいいデザートを考える。

 

「僕としては、シフォンケーキが合うと思うな」

「そうですね…他にもフルーツ系の物もいいかもしれませんね」

 

互いに意見を出し合うセッタとゲルダ。

いつもなら、ハルも加わって三人で話し合うのだが、肝心の主は今は自室で休んでいる。

こうして、二人だけで話をするのは久しぶりだ。

 

「静かですね」

「…あぁ、そうだね」

 

周辺は自然と人工的な建物がほどよく調和した閑静な場所であるため、

夜になるとその傾向が顕著になる。

風に揺られる木々の音や、時折梟等の夜行性の動物の声しか聞こえてこない。

 

しかし、人気の多い賑やかな都市よりも静かに時間を過ごせるこの地域の方が、

ゲルダは好きだ。

 

 

「マスターの調子…どう思う?」

 

 

話題を切り替えるように…いや、敢えて本題に入るための切り口として、

セッタはその質問を口にした。

 

今年に入って、新しい顧客が増えた。

一従業員としては喜ばしいと思うべきだろうが、素直に歓迎できない事情がある。

新しい顧客のうち、表玄関からのお客が三人いる。

その内の二人は、セッタの脳内リストで要警戒なタイプに部類されている。

 

一人は、外見は小学生なのにまるで大人が小さくなったかのような少年。

店内や主の事をさりげなく巧妙に調べようとしている節がある。

今のところ目立った弊害が出ていないため、その少年の件は逐次行動を注視する対応をすればいい。

 

問題は、もう一人の人物である。

その人物は、主にとって因縁のある男性らしい。

 

 

「…表面的には平静を装っています。

でも…本心では大いに動揺されていると思います」

 

 

眉を下げて語るゲルダに、セッタはやはり…と眼鏡を指先でかけ直しながら思った。

 

 

「マスターは…何かアクシデントが起きても、周りに心配かけないように、

悟らせないように隠すのが上手いからね」

 

 

魔神王直属部隊【十戒】…頂点にいる魔神王を支える幹部クラスの魔を司る者達の復活。

ハルから、彼等の事をそれとなく聞いていたセッタはゲルダの言葉を聞いて、事の重大さを改めて痛感した。

 

 

「ゲルダさん…貴女もその人達と親しかったのかい?」

 

「…一部の人だけ。誇り高い魔神族を代表する方々です、

あくまで隷属関係にあった私を含める一族には雲のような存在でした」

 

 

ゲルダはどこか遠い目で、夜の庭の景色が映る窓を見つめる。

 

「マスターも…本来なら、十戒同様に手の届かない御方でした」

 

かつてのハルとは、決して友好的な雰囲気の中での出会いではなかった。

…何故なら、聖戦時代にゲルダの一族の長が密かに反逆を企て、それに失敗したという

因果応報な経緯があったからだ。

 

あの時、ハルはもう一人の人物…異世界からやってきたエクレシアと共に、

ゲルダ達の前に現れた。

 

粛清目的だと思った。

ゲルダは、不思議とその運命を受け入れる気でいた。

身の丈に合わない欲求から平然と主にあたる魔神族を裏切ろうとした長の態度と行動には、

心の底から失望していた。

 

何より、ゲルダは自らの種族のあり方に疲れていた。

…他者から血を奪わなければ生き続けられない体質。

何の目的もなく、その体質故に他者を傷つけなければならない暮らしが嫌だった。

ただ一つだけ、自分と心を通わせた忘れられない人に別れを告げられない事だけが

心残りであったけれど…。

 

人生に終止符を打つ…その処刑人であろうハルの刃をただ受け入れようとしていた。

 

 

『―――君の命は俺が預かる』

 

 

しかし、ハルは意外な決断をした。

 

 

『裏切り者の当事者は罰した。だが、その一族全体を殺す行為に意味はない。

長が犯した過ちを償う気でいるなら、生きて償ってくれ』

 

 

長であるイズラフを…物理的にも精神的にも完膚なきまで叩きのめした後で、

ハルはゲルダにそう命じた。

 

その結果、ゲルダは一族全体の罪を背負う形でたった一人、ハルに仕える事となった。

最初はハルへの畏怖の念と環境の変化への戸惑いなどがあったけれど…

次第に、彼の人となりを知り、他の仲間達との交流を経ていく内に、ゲルダの心に変化が生じた。

 

…例え否定されたとしても、生きていたい。

…自分の存在を認めてくれた主のために、人生を捧げたい。

 

そうして、ゲルダは改めてハルに忠誠を誓った。

眷族として、ハルと彼の伴侶を支え、守護する者として生きる決意をしたのだ。

 

 

 

「マスター…ハル様は、いつかあの方々と再会するでしょうね。

その時、どんな決断を下そうとも私はハル様の意向に従うつもりです」

 

 

ある事件が原因で、主は契約したエクレシアを助けるために十戒の制止を振り切り、

道を違えてしまった。

 

魔神王の代理である『彼』の命令にも逆らったのだ…実質、一族への裏切り行為に相当する。

もしも、再び相まみえる事になれば、『彼』も他の十戒の者達も、主を断罪する可能性が高い。

 

 

「…なら、断罪されるのはマスターではないよ」

「セッタさん…」

 

「マスター…ハルさんはただ助けたかっただけなんだ…

僕や仲間達が大切に思っていた【彼女】を。それなのに…」

 

 

セッタは悲痛な面持ちで、手に拳を作る。

 

 

「【彼女】の願いを無視して、【あの男】の言葉に惑わされ、僕の仲間達は…

ハルさんを傷つけてしまった。僕も…間接的に要因を作ってしまった一人だ」

 

 

セッタは思い出すたびに、心が痛くなる。

かつて理想郷を夢見て、共に戦っていた仲間達が起こしてしまった悲劇。

その連鎖の末に、故郷の世界は滅んでしまい、反逆者となってしまった一部の仲間は封印された。

 

ハルは被害者の一人だ。

ただ契約したエクレシアを救おうとしただけなのに…

誤解された上に、セッタの仲間達を含めたあらゆる種族から加害者扱いされたのだ。

 

それでも、ハルは彼等の事を憎悪しなかった。

『あの反乱』の際に、暴走した反逆者達を鎮めるために、セッタの仲間であった

指導者に加勢してくれた。

そして、すべての事が終結した後で、落ち込む自分に手を差し伸べたのも…彼だった。

 

 

『助かった命を粗末に捨てる真似だけはしないでほしい。

今の貴方にできる事は…亡くなった人の分まで意味のある生き方をする事だ』

 

 

その言葉で、セッタの心は救われた。

幾度となく、罪悪感に苛まれる事があった。

その度に、ハルから言われた事を思い出し、悩みながらも自分の生きる目的を見つけ、

今に至っている。ハルに仕える事となったのは…罪滅ぼしというのも理由の一つにあるが、

何より彼への敬愛の念を抱いたからだ。

 

…この人に恩を返したい。

…この人が歩んでいく荊の道を共に進み、味方として力になりたい。

 

そして、これからも途方もない時間を生きるだろうハルが、絶対に解決したいと思っている

ある『案件』は、セッタの生きる目的と一致している部分がある。

 

だからこそ、セッタは決断した。

今度こそ、大切な者を守るために、強くなるために…ハルの眷属になった。

もう二度と、あの『悲劇』を繰り返さないために…。

 

 

「思ったんだが…十戒は、今のマスターを昔の【彼】と同一視しているのかな?」

 

「私が見た限りでは…その可能性はまだ低いと思います。

顔と魔力が似ているマスターに興味を抱いている、という感じです」

 

 

もし、同一人物だと認識していれば、積極的に行動を起こしているはずだ。

ゲルダの見解に、セッタはなるほど…と頷く。

 

「…この先、ドロール様以外の方々が接触を図る事も想定に入れた方がいいですね」

「了解。なら、その際の対応方法も考えておこう」

 

二人は、意見が一致すると今後の対策も含めた作戦会議を行う事にした。

 

 

「眷属である僕達にしかできない事だ…

如何なる事態が起きようともクールに解決していこう」

 

「ええ、あの御方の憂いを取り除けるように…最善を尽くしましょう」

 

 

 

【ナイト・オフタイム(2)】

 

 

 

「明日はまず何をしようかな…」

 

ゲルダとセッタが密かに話し合っていた同時刻、ハルは壁にとりつけたカレンダーを

眺めながら思案していた。このところ、休みを取っていなかったので眷属達から

「このままだと、体調に差し障りがでますよ!」と注意されてしまった。

そのため、明日から一週間の休みを連続して取る形となった。

 

『マスター、明日お店にでないの?』

「うん。急遽、休む事になってね」

『なら、あそぼー! ぼく、お外であそびたい!』

 

ベッドで座っていたウィズが、外出をおねだりしだした。

わちゃわちゃとウィズの頭と背中を撫でながら、ハルは「そうだなぁ…」と頭の中に

長期休暇のプランを立てていく。

 

「それじゃあ…明日の朝、いつもより長めに散歩しようか」

『わーい、さんせー!』

 

まずは、ウィズの願いを叶えてあげよう。

ウィズを両手で抱きかかえて、ハルは明日の予定の提案をすると、ウィズは大喜びで賛成した。

 

かくして…ハルの長い休日が幕を開けた。

 

 

 

【つづく】




次回(第26話)からは、ハルさんの休日編が始まります。
  
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