多重クロスオーバー形式連載 第29話。
ハルさんが少年探偵と再会した一方…貸本屋のゲルダさん達sideの話。
「それでは皆さん、本日から一週間、私…ゲルダが貸本屋【双月文庫】の店長代理を
務めさせていただきます」
時刻は、ハルが米花町の映画館に辿り着いた辺りまで遡る。
貸本屋【双月文庫】では、アルバイト二人が出勤した。
セッタが予め用意していた朝食を、彼等はおかわり込みで食べ終えた後、着替えて準備を整えた。
開店前、いつもはハルが始まりの挨拶をするが、暫くはゲルダが代わりに言う事になる。
「至らない点がありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
皆様、本日もよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、サポート役として困った事があれば遠慮なく言ってくれ、ゲルダさん」
「俺達も一週間のバイト依頼をきちんと遂行する…よろしく頼むぜ」
「よろしくお願いしまーす!」
ゲルダの言葉に対し、セッタ、蛮、銀次がそれぞれ返事する。
「時間です。頑張りましょう」
午前10時の開店の時間となり、ゲルダは店の扉の鍵を開けた。
最初に訪れたのは…
「いらっしゃいませ」
「おはよう…んん? 今日はハルはおらんのか?」
常連の太公望であった。
いつも出迎える人物がいない事に首を傾げる。
「マスターは所用で外出しております。一週間ほどお休みを頂きます」
「なるほどのぅ」
事情を話すと、太公望は「分かった」と察してくれたようですぐにいつもの
定位置(ベストスポット)へ向かった。
「おはようございます。…あら? ハルさんは…」
「はい、マスターは…」
それから、馴染みのある常連客が訪れるたびに同様の事を聞かれ、
ゲルダはその都度答えていった。
「いらっしゃいませ」
「…あっ、蛮さんだ」
「蛮さん、久しぶりッス!」
「今日、バイトなのかぁ?」
「これから一週間な。ほら、喋るのは席についてからにしな」
蛮は本の整理をしながら、既に顔見知りの杜王町トリオと慣れた感じで話している。
「お兄さん、新しい店員さん?」
「はじめまして、アルバイトの天野銀次だよ」
「バイトさん?」
「時々此処で働いてるんだ。よろしくね」
「うん、よろしく」
一方、銀次は別のお客の対応をしていた。
ソフィは見慣れないアルバイト店員に質問をしていき、銀次は笑顔で答えていっている。
…今のところ、二人の方は問題ない。
ゲルダはそう判断すると、二階の様子を見に行く事にした。
(あらっ、もうお昼時を越しているなんて…)
そうこうしている内に、あっという間に正午を過ぎた。
普段よりも時間の経過が早い気がする。
(マスターはどうしてるかしら…)
この場にいない主は今、何をしているだろうか?
(マスターの事だから、町を観光しているかも…)
長年、ハルの傍に仕えていた事もあってか、ゲルダは彼の行動を的確に推理している。
実際、当の本人は飲食店を探すためにうろうろしている最中だ。
そんな詳細まで…さすがに想像していない彼女は時計から視線を外すと、
一階の【食事処】へ向かった。
「お疲れ様」
食事処のカウンターにいたセッタが眼鏡をかけ直しながら、やってきたゲルダへ
その一言をかけた。
「すみません、遅くなりました」
「構わないよ」
ゲルダは奥の厨房へ廻った。
そこには従業員用の机があり、バイトの二人が既に席についていた。
「もぐもぐ…おっ、休憩か?」
「むしゃもしゃ…んぐっ、げりゅだしゃん、しゃきにひはらいてまーしゅ
(ゲルダさん、お先にいただいてまーす)!」
本日の昼食はハヤシライスだ。
芳醇なデミグラスソースの香りに、食欲がそそられてしまう。
味は、蛮と銀次の食べっぷりを見れば分かる。
どうぞ、とセッタが専用の器に盛りつけたハヤシライスを彼女の前に置いた。
「いただきます……おいしい」
「それはよかった」
一匙掬って、口へ入れたゲルダは微笑して感想を口にした。
彼女の言葉に、セッタも頬を緩める。
「料理長、おかわり!」
「セッタさーん、おかわり!」
「君達は程々にしてくれ。何杯目だい?」
「なんだよ、まだ四杯目だろーが!」
「三杯目でーす」
「十分栄養摂取できてるじゃないか。これ以上は過剰摂取になってしまう。
それと、ゲルダさんがきたから君達のどちらかが交代してくれないか?」
蛮と銀次がバッと互いに顔を見合わせる。
「銀次…俺はなぁ、満足できてねえんだ」
「それは俺だって同じだよ、蛮ちゃん」
「…なら方法は一つしかねえな」
「うん、結果がどうなろうと恨みっこなしだからね」
二人は目で火花を散らし合う。
両者とも手を構えると…
「「最初はぐー! じゃんけんぽん!」」
…ジャンケンをしだした。
真剣な顔で連続して勝負していき、あいこを出し続けている。
「まったく、食べすぎはクールじゃないと言ってるのに…」
「それだけ、セッタさんの料理に魅力があるんですよ」
二人のジャンケン勝負を呆れたように見つめるセッタ。
ゲルダはくすりと笑って彼等の気持ちを代弁すると、セッタはやれやれ…と
肩を竦めた。
「よっしゃ!」
「うぅ……」
五分後、勝負に決着がついた。
「あぅぅ…グーの方出せばよかった~…」
銀次は掌を広げたまま中腰で涙を流す。
通常の姿から、2.5頭身のちびキャラになっているところがなんとも可愛らしい。
「ほれほれ、さっさと店番行け」
「銀次さん、デザートを用意しておきますから頑張ってください」
「はーい!」
ゲルダの言葉で、銀次は笑顔ですぐさま立ち直ると受付へ走っていった。
「現金な奴だなぁ」
「君も含めてね」
食後のスイーツでいともたやすくやる気を出す相棒に、蛮は苦笑する。
そんな彼に「人の事言えないだろう」と、セッタがすかさずツッコみを入れる。
「で、ゲルダ。本日のデザートは?」
「桃のヨーグルトムースです」
「お~、季節的にピッタリだな。楽しみにしてるぜ」
つーわけで、料理長…おかわり!
ビシッとカッコよく皿を差し出す蛮に、セッタはハァ?と目を疑う。
「なんだかんだで、まだ食べる気なのか…」
「俺と銀次のとらなきゃならねえ栄養摂取量は、一般人よりも
パロメーターが高いんだよ!」
「なら、少ない摂取量で効率的に活動できる方法を考えよう。
何事もやりすぎはいけない」
なんだよ、ケチ野郎!
将来の事を見据えてだね…
蛮とセッタの押し問答を傍目から見ながら、ゲルダはふぅ…とほうじ茶を一口飲む。
「…平和って、本当にいいですね」
昔の映画の解説者の名台詞を思い起こさせるような言葉を、ほのぼのとした笑みで言った。
…まったりしたその一時が、時間をおかずにがらりと変わるとは思いもせずに。
【その頃の彼等はというと…】
「いらっしゃいませー、初めてのお客様ですか?」
受付にいる銀次は、やってきた来訪者の接客をしていた。
左目に眼帯を付けた、スポーツウェアを着た体育会系の大柄の男性と
…10代前半の子どもの二人。
「いえ、何度か通っています」
「あっ、そうだったんですか。じゃあ、二人とも…」
「あたしは初めてッス」
「じゃあ、これに名前を書いてもらえるかな?」
銀次が名簿を差し出すと、中性的な顔立ちの子どもはボールペンで
さらさらと名前を記載する。
―――『Gloxinia(グロキシニア)』
読みやすい可愛らしい文字で書かれた、その名前は聞いた事のある花の名称と同じだ。
花の絵柄が入った大きめの白のTシャツと、青と白の縞々のレギンズを着ている事とを
合わせると、女の子かな…と銀次は思った。
「グロキシニアって、いい名前だね」
「ありがとッス」
銀次の言葉に、その子ども…グロキシニアはにこやかに笑って返事する。
すると、タイミングを見計らったように大柄の男性が口を開いた。
「失礼ですが…新しく入った方ですか?」
「俺はアルバイトです。時々、もう一人の相方と一緒に
この店で働いてるんですよ」
普段は別の仕事してるけれど、最近そういうのがなくって…と銀次は
苦笑いしながら人差し指で頬を掻く。
大柄の男性は、ほぅ…と右目を細めるとさらに続ける。
「店主がいないようですが…出かけているのですか?」
「ハルさんですか? ハルさんは今日からお休みとってますよ」
銀次がそう答えるや、男性とグロキシニアがぎょっとした。
二人の動揺した反応に、銀次はきょとんとする。
「えっと…ハルさんに何か用事があったのかな?」
「……ちなみに、どのくらいの期間で休む予定なのでしょうか?」
「一週間って聴いてますけど…」
すると、グロキシニアが手をちょいちょいと動かして男性の耳元で
小声で話し出した。
≪ドロール君、聞いてないッスよ。留守だなんて…≫
≪すみません。まさか、長期の不在となるとは…想定外でした≫
≪思い切って、会議の翌日に来たのに…これじゃあ無駄足ッスよぉ~≫
≪…とはいえ、このまま帰宅するのは不自然です。
今日は店内を散策しながら情報を探りませんか?≫
留守…想定外…会議…店内…散策…
小声で途切れ途切れの単語しか聞こえてこないが、二人は店内を廻るようだ。
あと、男性は『ドロール』という名前だと判明した。
(ど、どうしよう…ゲルダさんかセッタさんに訊いた方がいいかなぁ…?)
もしかしたら、ハルは二人のどちらかに目の前の彼等に関わる用事を伝えているかもしれない。
確認を取ろうか…としたところ、廊下からゲルダが早歩きで移動してくる姿が見えた。
「銀次さん、何かありましたか?」
「あ、ゲルダさん! ちょうどよかった!」
素敵なタイミングとはまさにこの事。
銀次は事情を話そうとした時…ゲルダがぴたりと足を止めた。
「あれっ? ゲルダさん?」
まるで硬直したように動かないゲルダ。
顔色がいささかすぐれない…一体、どうしたんだろう?
(ま、マスター……事件です…!)
ゲルダが内心、そんな台詞を発しているとは思わない銀次はえっ、えっ…と
困惑気味に彼女の顔の前で手を振っている。
それから、正気を取り戻したゲルダがすぐさまハルのスマホへメールを送るのは
…20分後の話。
【つづく】