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多重クロスオーバー形式連載 第36話。

月見をするハルさんのもとに、協力者が訪れる話。

※序盤から、ハルさんがいけない事をしています。
健康志向の方は眉を顰めるかもしれないので、読まれる際はご注意ください。

※現実でも、夜遅くの時間帯の食事・間食はご注意ください。
  


第36話【満月の夜の来訪者】

 

連休の四日目の夜。

ハルは屋上にあるルーフバルコニーにいた。

 

「今日は満月…少し早めのお月見気分を味わうにはいいかな」

 

此処は、基本的にハルしか利用しない場所だ。

顧客も出入り可能だが、顧客は専ら一階~二階の書庫か宿泊部屋しか使わない。

従業員は気を遣っているのか、必要な時以外はこの場所へ来る事はない。

 

設置している長机の上には、紫色に染まった大きいペットボトルが三本と、

大きな木製の皿に盛りつけられた薄くスライスされたつまみ。

口の中でパリパリと音を立てて咀嚼し、マグカップに注がれた紫色の液体を

グイっと飲む。

 

「はぁ~…やっぱ、ポテトチップスにはぶどうジュースが合う」

 

至福の表情で、ハルは感想を呟く。

只今、時刻は午後十時を数分過ぎたところ。

こんな時間帯に、ポテトチップス(塩)とぶどうジュースを味わう。

 

…健康志向の人が見れば、眉を顰めるだろう光景だ。

 

 

「無性に、ジャンキーなものが食べたくなる時があるんだよな…」

 

 

とある人物がある名言を残している。

 

――――『背徳的な食事こそ、最高のスパイスを秘めている』

 

全くもって同意だ。

毎日だと身体に悪いが、時々摂取する程度は問題ないだろう。

だから、ハルは一週間に一回はこうした【夜の背徳期間】を設けている。

この習慣は少年時代から始めたもので、今ではすっかり精神の安定剤となっている。

 

 

(嫁さんが此処にいたら…

トマトパスタとリンゴジュースも追加しているな、きっと)

 

 

【彼女】の夜の定番の背徳メニューは、トマトパスタとリンゴジュースだった。

ベーコンや肉団子の肉系…もしくはイカ、海老、帆立などの海産物系をふんだんに

使ったトマトパスタ。

 

こんもりと盛り付けて、リンゴジュースと共にゆっくり味わう妻の姿は

とても可愛らしくて癒された。

 

 

(今度の背徳期間は、久々にパスタにしようかな…)

 

 

次回のメニューが決定したところで、ハルは空になったマグカップに

ぶどうジュースを注ぐ。

 

虫の鳴く声が響き渡る。

そろそろ夏の時期に突入しつつあるが、屋敷の周囲の気温は涼しい。

…風が吹いて心地よさを感じる。

 

来週からは再び仕事に戻る。

それまでに、普段はやらない事をしてみたい。

 

 

「明日は何しようか…」

 

 

 

 

 

 

 

ハルが予定を立てていたその同時刻、屋敷の門の外で小さな影がガサガサと

地面を掘っていた。

 

「何しているんですか?」

「!」

 

呼びかけられ、小さな影はハッとしたように顔を上げた。

 

「猫の姿で穴掘りですか、デリエリ」

「…ドロールか」

 

人間の姿となったドロールを目にして、橙色の猫…の姿となっている

デリエリはホッとした。

 

自分に声をかけてきたのがモンスピートであったら、速攻連れ戻されるからだ。

 

「そういうお前は、なんで此処に…?」

「ジョギングです」

 

ドロールは即答した。

デリエリは訝し気に目を細めるが、ドロールは付け加えるように言う。

 

 

「同時に、調査をしていました」

 

 

ドロールは【双月文庫】へ通う中、周辺の町でも情報収集していた。

その際に、気になる情報を入手した。

 

…店から少し離れた場所に寺がある。

かなり古い時代に建てられた寺らしいが、八年前に住職がいなくなり、

無住寺となっていた。

 

だが、妙な事に六年前からそこに人が住んでいる気配がするようになった。

住民の間では、江戸時代に亡くなった身分の高い人が出没するとか、

浮浪者が寝床にしてうろついているといった噂があるようだが…

現在に至るまで、その真相は明らかになっていない。

 

 

「先程まで、その寺を探索していました。

浮遊している魂はいくつか見かけましたが、怪しい人物は見当たりませんでした」

 

 

ドロールの報告に、デリエリはふーん…とあまり興味はなさそうに聞いていた。

 

「それと…店主が不定期にそこに足を運んでいるとの事です」

「…なっ!?」

 

続けて告げられた事に、デリエリは大きく目を見開く。

 

「店主は、あの寺を何らかの目的で利用しているのやもしれません」

 

あの古寺で、ハルは誰かと接触している可能性が高い。

目的は不明だが、人目を避けてまで会う必要があるとなると、

表沙汰にはできない事なのだろう。

 

「話を戻しますが…何故、穴堀りをしているんですか?」

 

こちらは答えたのでそちらも…とドロールは回答を促してくる。

 

「……ケツから言って、入るためだ」

 

間をおいて、デリエリはそう答えた。

屋敷周辺は結界が張られているので、直に侵入する事は難しい。

そのため、地道に地面を掘っていき、屋敷の庭へ通じる穴を作って

侵入しようとしたのだ。

 

「大胆な事を…。

先日、モンスピートにも店長と関わるのをやめるように言われたのでは?」

 

その事を指摘され、デリエリはバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「正直に言うと、私もモンスピートの意見に賛成です。

進藤 ハルは現段階では我らの敵ではない…けれども、味方でもない。

距離の取り方を間違えれば、真っ先に危険な目に合うのは…

デリエリ、貴女自身だ」

 

年下の子どもを諭すように、ドロールは仲間にこれ以上深入りするのは

よした方がいいと苦言を呈した。デリエリは顔を俯けて口を噤む。

 

「此処は、私とグロキシニアが責任を持って調査を続けます。

どうぞお帰りください」

 

「…ケツから言って、できねえよ」

 

ドロールの要求に対し、デリエリは絞り出すような声で否と返した。

ドロールはふぅ…と軽く溜息を吐くと、橙色の猫となっている仲間を

真っ直ぐ見据える。

 

「そこまでして、進藤 ハルに接触したい理由はなんですか?」

「直感だ」

「…すみませんが、もう一度言ってください」

 

一瞬耳を疑って、思わずリピートしてくれと頼んでしまった。

 

 

「私は…モンスピートみたいに上手く説明できねえし、

メラのように理屈を並べる事は苦手だ。

けど、直感は良い方だって自信がある」

 

 

そう前置きした上で、デリエリはこう続けた。

 

「進藤 ハルと会って感じたんだ。

あいつは…ヴァイスハルトの記憶を受け継いでいるんじゃないかって」

 

「仮にそうだとしても、貴女はどうしたいのだ?」

 

ドロールは厳しい面持ちで率直に尋ねた。

答え次第では、調査を一時中断してでも封印の空間にデリエリを連れて

戻らなければならない。

 

「あいつに聞きたい事がある」

 

しかし、デリエリは予想に反した回答を口にした事で、ドロールはおやっ…?と

不思議そうに首を傾げる。

 

「知りたいんだ、どうしても…」

 

それはどういう…と具体的に訊こうとしたその時だった。

 

「!?……今、何か通ったか?」

「貴女も気付いたという事は…どうやら、私の勘違いではなさそうですね」

 

顔を強張らせるデリエリに、ドロールも自らの魔眼を用いて周囲に視線を巡らせる。

 

あたかも、空気に溶け込むかのように…

緩やかに風が吹きつけたかのように…

いとも容易く、見えない【何者か】が二人の間を通り過ぎていったのを…

漠然とだが、二人は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

ぶどうジュースの最後のペットボトルが半分となった。

 

(飲み足りない…追加しようか)

 

ポテトチップスもほぼなくなった。

代わりのつまみを用意しようか…と思い、椅子から立ち上がろうとした。

 

「…ん?」

 

だが、ある気配を感知してやめた。

向かい側に設置されていた椅子に目を向けると…

先程まで無人だったのに…男性が腰を下ろしていた。

 

「よう、季節外れの月見とは気が早ぇなァ」

「こんばんは、鯉さんもこんな夜遅くに散歩かい?」

 

ハルは警戒する事無く微笑する。

やや癖のある流れるような長い黒髪。

縦縞模様の着流しを着こなし、悠々と笑う蠱惑的な風貌の男性。

 

彼…奴良 鯉伴とは長い付き合いである。

前触れもなくふらりと出現して、いつの間にかいる。

そんな彼の行動にすっかり慣れてしまっているので、ハルは普通に話しかける。

 

「ちょいと遊びに来たくなってな。

そしたら、月見中の現場に入っちまった」

 

「いいタイミングだね。

次のを持ってこようと思っていたんだ。

どうする?」

 

「おぅ、ついでにいい酒も頼むぜ」

 

鯉伴は、ハルからの厚意に甘えて同席する事にした。

多少の時間をおいて、ハルは料理とビールの瓶を数本運んできた。

作った料理は…若鳥の唐揚げ、枝豆、出汁巻き卵、冷奴、豚の角煮など。

ビールも一階の冷蔵庫から取ってきたため、キンキンに冷えている。

 

「いいね、いいねぇ~、これぞ、夏の醍醐味だ」

「はい、ジョッキでどうぞ」

「いただきます」

 

ハルからジョッキを手渡されると、鯉伴は注がれたビールを飲んでいく。

 

「はぁ~…たまんねえなァ」

 

一気に飲み干すや、鯉伴は気持ちよさそうな顔でそう言った。

それから、料理を一口ずつ…ビールと共に味わっていく。

 

「相変わらず、ハルの作る料理はうめえな」

「そう言って頂けて光栄だね」

 

冷奴を箸で適度な大きさに切り分けながら、ハルは聞いた。

 

「鯉さん、最近はどこら辺に行った?」

「西の方だ。五~七の世界を回ったな」

 

鯉伴は人間と妖怪との間に生まれた混血種であり、三桁単位の年数を生きてきた。

だが、ある事件でオーブとなってしまった。

オーブとなって以降、紆余曲折を経て…鯉伴は異世界を渡り歩く旅人となった。

 

「西の端の世界では、スライムが頭になって町を作ってたぞ」

「へぇ~…」

 

自分の好きな時に、興味を抱いた場所へ赴き、そして生活をして情報を得ていく。

ハルにとって、彼は太公望と同じく貴重な情報提供者であり…親しい協力者でもある。

西の方角にあるいくつかの世界の情勢を聞いていく内に、不穏な単語が浮上した。

 

 

「大体の世界は平穏だったが…その内の二つは『例のやつ』が原因か、

でかい事件が起きちまった。西の端の世界では、黒い妖もどきが

佃煮みてえにわんさか出没していた。

あと、三番目に行ったところは、その世界の住民には見えねえ怪しい輩が

やばい連中とつるんでいたな」

 

「【大変動】の影響か…厄介だな」

 

 

 

――――【大変動】

 

この世界の時間軸で一年前に起きた、星の大海にある多くの世界を

震撼させた事件の総称である。

 

きっかけは、とある異世界で起きた男女間のトラブルが原因だ。

犯人である女性の怨霊が、特殊能力を用いた事が悲劇の始まりだった。

通常、行き来する事が不可能な平行世界を渡り歩くため、犯人は変異した

特殊能力を用いて次元を歪めてしまった。

 

その影響はすさまじく、世界を守っていた鍵穴が連鎖していく形で

部分的にこじ開けられてしまった。

それにより、広範囲の世界でハートレスが大量に流れ込んだり、

狭間の歪が現れて行方不明者が続出した。

 

さらに、闇の勢力が不法侵入したり、未知の能力が開花する者が

出現するなど…数多の世界を混乱の渦へ巻き込んでいった。

 

エクレシアをはじめ、その世界毎の関係者の働きにより、

現在は徐々に騒動は沈静化しているものの損害は計り知れない。

闇の回廊がスポット的に開かれてしまい、そこから異世界の住民が

彷徨いこんだり、魔物が侵入するなどの事件が今も尚発生している。

 

ちなみに、鯉伴の言う『黒い妖もどき』とは、【ハートレス】の事を指している。

住民ではない怪しい輩は、闇の勢力やアプリヘンデの事だと思われる。

 

「ま、俺の出る幕はあんまりなかったがな」

 

鯉伴はフッと一笑して肩を竦める。

鯉伴は少々手伝いはしたが、二つの世界で起きた事件に関しては

各世界の住民や関係者が対応して解決したようだ。

 

その事を聞いて、ハルもほっとした。

 

「この世界はどうだ?」

 

「一部の町では、魔法が関わる不思議な出来事があったり、事件の発生件数が

多かったりするけれど…異世界絡みのものは起きていないよ」

 

貸本屋【双月文庫】があるこの世界は、少し光寄りの狭間の世界に位置している。

【大変動】の影響を受けなかったため、目立った異変は起きていない。

異世界の住民が時折、扉(ゲート)から出てくる事はあるが、問題行動をしたり、

犯罪を犯すような人物は迷い込んでいない。

 

そう……‟今のところ”は。

 

 

 

「悩みでもあるのか」

「…えっ?」

「顔に出てるぞ、心の声が」

 

鯉伴から指摘され、ハルは徐に頬に手を当てる。

 

「…あるにはあるかな」

「感情を表に出すくらいだ、よっぽどの事なんだろ」

 

鯉伴の言葉に、ハルは苦笑して首を縦に振る。

 

「最近になって分かった事なんだが…昔馴染み達が気付かない間に復活して、

この世界にいるみたいだ」

 

「前に聞いたお前を追放した部族の事か。

出会い頭に打ん殴られたとか?」

 

「いや、まだそこまでは至っていないよ」

 

もしも、【十戒】がこちらの正体を知ったなら…どんな反応をするだろうか?

不意に、脳裏にエスタロッサの姿がよぎった。

 

「幼馴染のあいつだったら、素手か愛用の剣で俺の七つある心臓を

一つずつ壊していくな…きっと」

 

「真顔でさらりとおっかねえ予想を言うなよ。

あと、その幼馴染も容赦ねえ野郎だなァ」

 

間違いない…とハルは確信したようにうんうん頷く。

ハルの断言に、鯉伴は冷や汗を流してツッコむ。

 

 

「覚悟はしている。ただ…やられるつもりはないけどな」

 

 

今のところ、こちらの正体がバレる確率は低いが、万が一の事は常に考えている。

追放されて、差し伸べられた手を…命令を拒み、自分が望む道を選んだのだ。

いつか、同胞が自分の事を殺しにくるかもしれない。

…その時は、全力で戦うつもりである。

 

「ドンパチを始める時は言ってくれ。必要なら俺も参戦するぜ」

 

鯉伴は片目を閉じて笑ってそう言うと、豚の角煮の半熟卵を口に入れた。

 

「そうならないように善処するけれど……もしもの時は頼もうかな」

「よーし、決まりだ」

 

約束だぞーと言いながら、鯉伴はビールを味わう。

ハルは微苦笑しつつ、箸で唐揚げを一個取ろうとした。

 

「おっと…忘れるところだった」

「うん?」

「実はな…頼みたい事があるんだ。聞いてくれるかい?」

 

鯉伴はジョッキを長机の上に置き、相談を持ちかけてきた。

真面目な表情へと切り替わった協力者に、ハルも只事ではなさそうだと感じた。

 

 

「ああ、詳しく教えてくれ」

 

 

 

【満月の夜の来訪者】

 

 

 

「デリエリ、見つけたよ」

 

同時刻、相変わらず地面の穴を掘り進めていた猫の姿のデリエリは、

その声を聞くやピーンと尻尾を立てた。

 

「おや、迎えが来ましたね」

 

ドロールは腕を組んで、デリエリの様子を見守っていた。

再三「やめろ」と言っても、彼女が諦めないので仕方がない…と

傍観する事にしたとも言える。

 

彼是二時間程度、経過を観察していたところ…モンスピートがやってきた。

 

「…という訳です。すみません」

「いいよ、なんとなくこうなるとは思っていたからね」

 

事情を説明して謝るドロールに、モンスピートは構わないと返した。

そして、穴掘り中のデリエリを両手で掬い上げた。

 

「わっ、何するんだよ!」

 

「はいはい、暴れないの。あー…こんなに泥をつけちゃって。

洗わないといけないじゃないか…」

 

モンスピートは暴れる橙色の猫を慣れた手つきで抱きかかえると、

ドロールへ目を向けた。

 

「すまないね、先に帰らせてもらうよ」

「お気をつけて」

「はーなーせー!」

 

デリエリはぺしぺしっと前脚でモンスピートの頬を叩いていく。

「いたいいたい」と言いつつも、モンスピートは逃げないように

がっちりと彼女を腕に抱いたまま、背中から闇の翼を出した。

 

そのまま夜空へ上昇していく仲間達を見送ると、ドロールは屋敷の…

屋上へ視線を移した。

 

 

(さっきのあの気配の者、店主とどのような繋がりがあるのか…)

 

 

自分とデリエリの目を欺き、容易く屋敷へと入り込んだ人物。

…どんな目的で訪れたのか?

 

 

(例の古寺の件と合わせて…店主の動向を調べた方がいいかもしれない)

 

 

そうなると、相方であるグロキシニアにも協力してもらわなければならない。

考えていると、梟が鳴く声が聞こえた。

不意に夜空を見上げると、最初に見た時よりも満月が移動していた。

 

 

(今日は…この辺で一区切りとしよう)

 

 

これ以上、此処にいてもただ時間が過ぎるだけだ。

丁度いい頃合いだと、ドロールは踵を返してその場から立ち去った。

 

 

 

【つづく】

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