※『七つの大罪』のある勢力の物語(2)
※【彼女の名は…】の続編
※原作のある登場人物の視点で物語が進みます。
※特定の種族(魔神族)に対して差別的・不快な表現があります。
お読みの際はご注意ください。
「ミスティ、あそびにきたよ」
部屋の中心にある寝台で眠る少女に、エリザベス様が笑顔で語り掛けている。
最高神様が、彼女を連れてきた時は少々動揺した。
まだ、幼いエリザベス様を彼女…ミスティリアと会わせるのは時期尚早ではなかろうか。
「あの子には、そろそろ信頼できる者を傍におかねばなりません。
それに…エリザベスの魔力は、ティアの魔力と相性がいいみたい。
いずれ『あそこ』で接触したら、二人はすぐに打ち解け合えるでしょうね」
そんな私の懸念を見抜いた主は、一笑いしてそう言いのけた。
…先の事を見据えてのお考えだったか。
我ながら浅慮な事を言ってしまったと反省するが、主は気分を害した様子はなく、
ベッドにいるミスティリアと彼女に話しかける娘に目を向ける。
「リュドシエル、先日の結果は?」
「はい、サリエルからの調査ですが…」
主からの命令に、私は粛々と詳細を報告する。
女神族でありながら、特別な空間でしか目覚められない体質の憐れな少女
…ミスティリアの事を。
*** ***** ***
「ティアは相変わらずだったよ」
大きく伸びをしながら、サリエルはあちらでの事を話し出した。
目を覚まして間がないにも関わらず、控えていた侍女に茶を準備するように指示する。
「喉が渇いたんだ、お茶にしない?」
「いいだろう」
別のテーブルに移動し、詳しい話を聞く事にした。
「今日の領域は、桃色の花の樹が咲き乱れる自然たっぷりな風景。
樹の下で昼寝してたし…ほんっとに能天気なんだから」
呆れたように言いつつ、サリエルは侍女が淹れた花茶を飲む。
花茶とは、ミスティリアの夢の領域で彼女が栽培している茶葉の一種だ。
定期的に通う我々のために、ミスティリアは『土産』と称して渡してくる。
甘い香りと味が女神族の間では人気が高く、現実世界でも数年前から栽培しだしたモノが、
一般の民の間でも流通するようになった。
「この間なんて、『畑のかぼちゃとトマトが食べ頃だからとるの手伝って』って
頼んできて…四大天使である僕に野菜収穫させるなんていい根性してるよ」
言葉だけなら文句を連ねているように見えるが、それに反してサリエルは愉快そうに
笑っている。思いの外、退屈しのぎになったのだろう。
採れた野菜は、ミスティリアの手で美味な菓子となり、サリエルが魔力を駆使して
大量の菓子を現実世界へ持ち帰ったのは三ヵ月前の事。
その時、サリエルがいつになく満足顔だった事に周囲を驚かせたのだが、
当の本人はそれに気付いてなさそうだった。
「あのさ、この際だから訊いていい?」
「なんだ?」
「ティアは…どんな呪いにかかってるの?
あの御方でも解く事が難しいレベルなの?」
見計らったように、サリエルがここぞとばかりに質問を投げつけてきた。
この時点で、真実を知っていたのは最高神様とマエル…そして私だけ。
時期を見て、他の者にも情報を公開するとあの御方は仰っていた。
眼前にいるサリエル、この場にいないタルミエルには、私の判断で決めろと命じられて
いたのだが…ちょうどいい。
「多少長くなるぞ」
「いいよ。他の仕事も終わらせておいたし、時間はあるからね」
話を聞く準備は整っているか…いい心掛けだ。
「まずは結論から言おう。ミスティリアは呪いにかかっているのではない」
「違うの?」
「あの娘は…女神族として生を受ける直前に、魂の一部が喪失してしまったのだ」
告げた真実に、サリエルは持っていた茶器を落とす程、驚愕の色を顔に露わにした。
「魂が…じゃあ、ミスティリアの魂は完全ではないって事?」
「―――あの御方はそう仰った」
私が初めて彼女と会ったのは…まだ赤子の頃。
一組の夫婦から生まれたその子は、数日経ても目覚めなかった。
さらに、異様な程高い魔力を宿しており、小さな肉体では制御するには難しく、
下手をすれば命が危うくなる一歩手前であった。
その事を知ったあの御方が、その夫婦と対話をした末に、自らの力を用いて魔力を
制御する印をその子の肉体に施した事で事なきを終えた。
同時に『ミスティリア』という名前も授け、それ以来身動きの取れない彼女を引き取り、
育てる事にしたのだ。
当初、私を含め周囲の者達は首を傾げずにはいられなかった。
非常に高い魔力の所有者とはいえ、何故見ず知らずの民の赤子を引き取ってまで
手元に置くのか…と。
『この子は希望なのです。私にとって…女神族にとって希望になる子』
我々が抱いた疑問に対して、あの御方が答えた。
“一族の希望”
最高神様が自らそう断言する位、ミスティリアに目をかけている。
それだけ、ミスティリアの持つ潜在能力は計り知れないものなのだ、とあの御方は
察知したのかもしれない。
『ですが…この子はまだ不完全。
魂の一部が欠けた所為で難儀な体質となってしまいました』
ミスティリアの魂は、肉体に宿る前に七割を失ってしまった。
通常ならばあり得ない事態だ。
しかし、最高神様は確信している。
…ミスティリアが、『意図的に』魂の一部を裂かれてしまったのだと。
さらに、あの御方は驚くべき事柄を告げた。
『幸いにも…失われた魂はこの世にとどまっているようです。
なんとしてでも、回収せねばなりません』
「魂がとどまっているって…まさか…」
「ミスティリアの失った七割の魂は別の肉体を得て活動している。
…残念な事に同族ではなさそうだ」
最高神様は仰っていた。
七割の魂は、別の知的生命体となっている…と。
女神族以外の種族となり、現在もどこかで生きている。
家畜や魔物の類でないと断言している。
対話ができる生物である事は幸いだが、問題はまた別にある。
「その様子だと…ティアの魂が入った【別の存在】って、どこの誰かなのかは
分かっていないようだね」
「魔力がないのか…もしくはミスティリアとは違う魔力が発現している所為で
特定が難しくなっている」
あの御方は、『もう一人のミスティリア』がどの種族として生まれ、どんな人物なのかを
特定できていない。天界とは異なる地にいる事は判明している。
おそらくブリタニアか…考えたくもないが魔界のどちらかの可能性が高い。
器となっているのは、大まかに絞っても四つの種族のどれか。
少数部族も対象に入れるとなれば、範囲が広すぎて探しだすのにさらに時間がかかってしまう。
「ティアは何か知らないのかな…?」
「慣れてきたとはいえ、ミスティリアはまだ私達に完全に心を許していない。
あの御方でさえ、あの娘の心の内を読み取る事ができんのだ」
ミスティリアはマイペースな娘だ。
おかしな自作の歌を唄ったり、自らの領域をその日の気分次第で自由自在に変えてしまう。
身分を明かそうが、お構いなしに自分のペースに乗せていくとんでもない子だ。
一見すれば、能天気な娘だと勘違いする者が多いだろうが、ミスティリアはそんな単純な思考の
持ち主ではない。
あれは見た目に反して警戒心が強い。
いくら付き合いを重ねようともそれを容易に解く事はなく、『本音』を心の奥底にしまい込み、
それを悟らせぬようのんきな言動と態度で他者と一線を引くのだ。
「現段階では、あそこにしばしば現れる者達に何か手掛かりがあるかもしれん」
ミスティリアの夢の領域には、女神族以外の者が出没する事がある。
我々と同じく夢渡りを扱えるごく一部の他種族であるが、大半があの娘に直接的な害を
与える様子もない事から敢えて放置している。
だが…
「半年前に『強い闇の気配を感じた』って、タルミエルが言ってたけど…本当?」
「ああ…信じたくないが、あの者共も目を付けているようだ」
今までの侵入者は、無害なタイプが多かったゆえに油断していた。
あの忌まわしき世界の異物共が、同胞の領域を徘徊していたなど考えるだけでも虫唾が走る。
『アレはレベルがやばすぎ~! 私だけじゃ対処できないです~!!』
――― タルミエルの証言。
『黒い人がきたんです』
――― 確認を取った時に、ミスティリアから返ってきた回答。
それらをもとに推測できるのは、件の侵入者は上位の魔神族であるという事。
あのタルミエルが慌てた顔で「単独では勝てない」と言うくらいだ。
つまり、あの異物共を束ねる高位の…王族かそれに連なる階級の者の可能性が高い。
「厄介だ…そして、実に不愉快だ」
敵対する異物共が、我が物顔で同胞の居場所を侵していく光景を想像してしまい、
腸が煮えくり返る。
苛立ちを収めるために、花茶を一気に飲み干す。
些か乱暴にティーカップを皿に戻した直後、サリエルが口を開いた。
「これから、鉢合わせるリスクを考えといたほうがいいよね」
「その際は、敵の実力を見極めたうえで行動しろ。
十分対処できるなら駆逐、もし己の力を上回る化け物であれば…」
「〝ティアを連れて安全な場所へ逃げる”…で合ってる?」
サリエルがふふんと口角を上げ、テーブルに肘をつきながら尋ねてきた。
「―――正解だ。だが、慢心するな。
その状況に陥った際に、選択を間違えてみろ…あの娘共々命の危機に晒されるぞ。
常に警戒を怠らないよう心掛けろ」
「はーい」
回答を兼ねた忠告をすると、サリエルは間延びした返事をして侍女が用意した
一口サイズの茶菓子を口へ入れる。
これからの目途が定まった事で、心も落ち着きを取り戻してきた。
気分の切り替えのため、侍女に花茶のおかわりを頼む事にした。
【彼女に関する報告】
『シエルさん、どーぞ』
淹れたての花茶を見ていると、ミスティリアの顔がちらついた。
初めて花茶を勧められ、それを飲んだ時の甘く舌に程良い余韻を残す味が今でも
忘れられない。
エリザベス様と年齢がさして変わらない幼子であるのに、何故あそこまで料理の腕が
卓越しているのだろうか?
『きぎょーひみつ』
いや、仮に質問を投げつけてもそう返されるのが目に見えている。
謎は深いが、当の本人が話すまで根気強く待つしかない。
「一番の課題は、アレとの距離感か。まったく…厄介な事この上ない」
「でも、不愉快じゃないんでしょ?」
サリエルがさりげなく言葉を挟んできた。
どうなのさ、と薄ら笑みを浮かべて言外に追及してくる。
「さてな…」
敢えて答えをはぐらかして、二度目の花茶を味わう。
「………甘いな」
さっきは一気飲みしたため、味に気付かなかったが…
口に含んだ花茶は、普段よりも甘さが強すぎる。
これを淹れた人物は甘党なのだろうか
…花の蜜を余分に入れてしまったのではなかろうか。
「…ティアが淹れる花茶を、いつか現実の世界でも味わいたいものだ」
思わず口を動かしていた。
ほんの小さな囁きが聞こえたのか、サリエルの笑みが深くなった。
【おわり】
※四大天使二名がメインの話。