Brand new page   作:ねことも

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前編の続き。
  


左遷宣告の舞台裏(後編)

  

「ええっ!?」

 

うっかり、ペロニアは驚きの声を漏らしてしまった。

咄嗟に口元を両手で覆うが、周囲のどよめきで目立たずに済んだ。

 

…ヴァイスハルトが、開口一番に最も行きたくない左遷先を選んだ。

 

思いもよらない展開に、ペロニアは羽筆を落としてしまうほど混乱してしまう。

彼女だけでなく、先に回答した対象者二名は驚愕を表に露わにしている

…傍聴していた他の同胞達も同様だ。

 

ゾクッとペロニアの背筋に悪寒が走った…本日二度目の感覚だ。

気温が先程よりもぐっと下降している。

 

その原因はすぐに分かった。

不機嫌そうな表情を隠さないエスタロッサを中心に、幹部クラスの一部が

威圧を放っているからだ。

 

ペロニアの顔がどんどん青ざめていく。

彼等が放つ殺気に似た威圧は、ヴァイスハルトに向かっている。

彼はそれらに臆する事なく、さらりと流して魔神王との会話に集中している。

 

「では…頼むぞ」

「承知いたしました」

 

(…しまった、聞き逃したでし!)

 

ペロニアは気付いた時には、会話が終わっていた。

詳細を訊き終えるや、ヴァイスハルトは立ち上がると踵を返した。

 

「おい、ヴァイス!」

「ちょっと待て!」

 

去っていくヴァイスハルトを呼び止めようと、エスタロッサとゼルドリスが

声をあげた。当の本人は立ち止まる事なく、颯爽とした足取りで会場から

出ていった。

 

 

「話し合うべき議題はまだ残っている。用が済んだ者以外の退出は許さん」

 

 

エスタロッサは追いかけようとしたが…魔神王が釘を差した。

まるで、ヴァイスハルトの行動を後押ししているかのように

…そう見えたのは、自分だけだろうか?

 

エスタロッサは小さく舌打ちをして、渋々といった感じで

実父の命令に従った。

 

「面白い事になってきた…そう思わないか?」

 

おろおろと状況を見ていたペロニアは、かけられた声にハッとした。

振り返ると、そこには【十戒】の一人…ゴウセルが立っていた。

 

「ゴウセル様…?」

 

「今までは左遷を決める会合に出るのは億劫で仕方なかったが…

今回は出席してよかったよ」

 

「ほら、お前のだろう?」とゴウセルは床に落ちていた羽筆を拾い上げると、

宙に浮いているペロニアに渡した。

 

「あ、ありがとうございますでし!」

 

すぐに御礼を言って、頭を下げるペロニア。

 

「ふふっ、随分と反響を呼んでいるな」

 

騒いでいる参加者の様子に、ゴウセルは口元に弧を描く。

 

「…ヴァイスは本当に予想外な事をしてくれる」

 

何やら、意味深げな発言が出てきた。

 

「あ、あにょー…それはどういう意味でしか?」

 

ペロニアは恐る恐る尋ねてみるが、ゴウセルは口元にそっと人差し指を添えた。

 

「―――静まれ」

 

激しくなる参加者達の喧騒を戒めるかのように…魔神王がその一言を発した。

周囲が一気に静寂に変わるや、魔神王は有無を言わさない気迫で続ける。

 

「次の議題に移る」

 

主からの言葉に、ペロニアは慌てて羽筆を動かしていった。

会議が佳境になるにつれて、一部の者がそわそわしている。

 

(あの人らはヴァイス様と仲のいい人達でしね…

分かるでし、あたしもその辺の事を聞きたいでし)

 

…ヴァイスハルトが本心から領地運営の選択をしたのか、否か。

本人に真相を訊いてみたい思いがあれど、会合が終わるまでは退出できない。

 

「今から名を言う【十戒】の者達は至急、現場に直行しろ」

 

会合が終わる直前に…魔神王は【十戒】に任務を命じた。

それに対し、眉を顰めるエスタロッサを目にしたペロニアは同情を

感じてしまう。

 

すると次の瞬間、エスタロッサはぼそりと小さな声で呟いた。

 

『ゼル…すまねえけど、終わったらすぐにあいつを引き留めてくれ』

 

彼は、隣にいるゼルドリスに頼み事をしているようだ。

ペロニアは聴覚がいいため、その内容が聴こえた。

兄の依頼に、ゼルドリスは小さく頷いた。

あいつとは…やはり、ヴァイスハルトの事だろう。

 

「そして、ゼルドリスよ…後で話がある。ゆえに残れ」

「…ッ! かしこまりました」

 

あたかもフェイントをかけるように、魔神王はゼルドリスにも命令を下した。

ゼルドリスは一瞬だけ戸惑いを露わにしたが、すぐに真顔に切り替えて了承した。

弟まで動きを封じられてしまい、エスタロッサはギリッと下唇を噛んで剣呑な目で

実父を見つめる。

 

会議が終了した後も、その広間は暫くの間冷気が漂っていた。

  

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…つかれたでし~」

 

ペロニアはへろへろと宙を浮きながら、移動していた。

今回の会合は、本当に気力がガリガリと削られる展開がてんこ盛りだった。

いつもなら、こんなに疲労なんてたまらないのに…。

 

(…早く部屋にいきたいでし。甘いものとりたいでし)

 

今日の自分は頑張った…とペロニアは自画自賛したい。

あんなに緊張と驚愕が連続する会合はもうこりごりだが、

そんな中でも気を失わずにどうにか記録をとる事ができた。

 

自分へのご褒美として、今日はもう非番だから休憩室で

スイーツをたんまりと食べて至福の時を過ごすのだ。

 

そのスイーツとは、十年前に領地内で商売をしている猫人族が

売り出した代物だ。茶色の豆と砂糖やバターを使用して作った、

名前は「チョコ」もしくは「ショコラ」と呼ばれている。

 

非戦闘員の庶民が買うのは、安価な板状のタイプか飲み物が一般的だが、

ペロニアのように城勤めをしている者はそれよりもグレードの高い物を

購入できる。

 

(思い出すだけで舌がとろけそうでし…)

 

ペロニアはチョコにはまっている。

お気に入りは、ミルクをふんだんに使ったタイプとちょこっとビターな

大人の味の一口サイズのチョコ。

 

仕事が一段落した後で、ワインとマリアージュさせると最高なのだ。

 

ぐふふっとにやけ顔になるペロニア。

まずは身体を清めてからにしよう…と思案していたその時、誰かの話し声が

聞こえてきた。

 

 

 

「どう思う? さっきのアレ…」

 

咄嗟に曲がり角に身を隠して、その方向をちらっと見ると…ある人物達がいた。

 

(あ、あれは【黒の六騎士】…!)

 

【黒の六騎士】とは、【十戒】に次ぐ実力を持つと言われている部隊だ。

かつては、勝手が過ぎて魔神王さえも手を焼いた集団であったが、

五十年前頃からその傾向は鳴りを潜めたのか…大人しくなった。

 

不定期ではあるが、全体的な会合にも参加しており、他の同胞とも

必要時には連携をとっている。

 

…ペロニアの視界に映るのは三名。

 

【黒の六騎士】のまとめ役であるベルリオン。

【十戒】の一員であるガランの甥っ子にあたるパンプ。

そして眉間に×の形のあざがある美しい顔立ちの女性…ガラである。

 

「そもそも、ヴァイスは本気であの選択をしたの?」

 

「んなわけねーよ。どうせお人好しのあいつの事だから、

前の奴らに遠慮して残りモノとっただけだろ!」

 

ガラの疑問に、パンプが右手をぶんぶん振ってありえないと返す。

 

「そうよね、あんな旨味のない…魔力がこれっぽっちも回復しない

ところで過ごすなんて退屈極まりないわ」

 

「ちぇっ、ヴァイスの野郎、バカだろ!

ちぇっ、ちぇっ!!

折角、【十戒】の空席を狙える選択があったのに譲っちまうなんてよ!!」

 

どうやら、彼等もヴァイスハルトの真意が気になるようだ。

 

(…話長くなりそうでし)

 

目的地に早く行きたいが、【黒の六騎士】がいる場所を素通りするのは

勇気がいる。いらぬ因縁をつけられそうで、戦闘が得意でないため、

なるべく彼等との接触を避けたい。

 

 

「ふん、くだらん」

 

 

意外にも話の終止符を打ったのは、ベルリオンだった。

 

「そんな負け犬の話題に盛り上がるほど、俺様は暇じゃない。

帰らせてもらうぞ」

 

ベルリオンは踵を返してその場を後にした。

 

「なんだよー、つれねえヤツだな~」

「らしくないわね。…ま、暑苦しいよりかは全然マシだけど」

 

ガラは肩を竦めてそう言うと、ベルリオンが行った方を進んでいく。

あーあー、つまんねえなと後頭部をかぎ爪でぽりぽり掻きながら、

パンプは逆方向へ離れていった。

 

「ようやく通れるな」

「わわっ! ゴウセル様、いつの間に…!?」

 

背後からひょこっと姿を見せたゴウセルに、ペロニアはぎょっとする。

 

「任務に指名されなくてな、部屋に戻るところだ」

「あぁ、それでしか…」

「それにしても、話題で持ち切りだな」

 

言われてみれば…

ゴウセルの言葉に、ペロニアは廊下で見かけた人々の事を振り返る。

 

「ヴァイス様って…改めて交友関係が広いんだって実感しましたでし」

 

「あの子の人柄に引き付けられるんだろう。

さっきのベルリオンのように…」

 

「えっ、ベルリオン様が?」

 

ついさっき、負け犬呼ばわりしてたのに…とペロニアは目を大きく見開く。

懐疑的な彼女の心情を察したのか、ゴウセルはクスッと笑う。

 

「ああみえて、彼も内心はヴァイスの事が気になって仕方ないんだ。

ある出来事でヴァイスの事を好敵手認定しているようだし…」

 

「認定ですと! マジでしか…!?」

 

その辺の事情をもっと詳しく…とペロニアが尋ねようとした時だった。

 

 

「放せ、放さんか!!」

 

 

聞き覚えのある人物の声が大音量で響いてきた。

思わず両耳を手で抑えるペロニアとゴウセルがその方向へ同時に目を向けると、

緑色の甲冑姿の老人が叫んでいた。

 

―――【十戒】のガランだ。

 

暴れるガランを巨人族並の巨体の主…カルマディオスが羽交い絞めにしていた。

 

「放せい、カルマディオス!」

「落ち着け、ガラン」

 

「儂は今直ぐ行かねばならん!

ヴァイスを一言…いや、言いたい事がぎょうさんある!」

 

「気持ちは分かるが、まずは任務遂行が最優先だろう。

魔神王様直々の命令を無視する気か」

 

冷静にその事を同僚から指摘されると、ガランはむぅううう…と唸りつつも

大人しくなった。

 

「ええーい、超特急で片づけてくるわァアアア!」

「間違ってもやられるんじゃないぞ」

 

「生きて帰るに決まっておろう!

この【真実】のガランに二言なーし!!」

 

ガランは廊下を駆け足で移動していき、途中にいたペロニアやゴウセルに

目をくれる事無く通り過ぎていく。

そして大きな窓から跳躍して、黒い翼を広げて飛んでいった。

 

「…怒涛の勢いでしたね」

「実にガランらしい」

 

ガランの猪突猛進とも言える一部始終のやり取りに、ペロニアは冷や汗を

流してぽつりと感想を口にする。ゴウセルは見慣れた仲間の行動に、

ふふっと笑っている。

 

すると、カルマディオスと目が合い、彼は初めてこちら側に気付いたのか

近付いてきた。

 

「なんだ、ゴウセル…見ていたのか」

「お疲れ様、と言っておこうか」

「見物する暇があるなら、手伝ってほしかったんだが…」

 

まぁ、人数が増えたところであのじいさんは変わらんな…と

カルマディオスは溜息を吐いた。

 

 

「この後、どうする? ヴァイスのところで飲みに行くのか?」

 

 

ヴァイスハルトが料理上手なのは、ペロニアも知っている。

ここ百年の間に、魔神族の食文化に変化が生じたのも彼の功績の

ひとつとされている。

 

ヴァイスハルトのもとに、十戒はたびたび顔を出しに行くのは

彼の料理を味わうためだと噂されているが…それは事実だったようだ。

 

「行きたいのは山々だが、俺も任務がある」

「そうか、残念だ」

 

「それに、引っ越しの邪魔をするのも野暮だろう」

「おや? お前もてっきり引き止めたい側だと思っていたんだが…」

 

ゴウセルは意外な顔でカルマディオスを見つめると、彼は(顔半分を兜で

隠しているが、おそらく)呆れた顔で答えた。

 

 

「選んだのはヴァイス自身だ。

こちらの勝手であいつを留めておく方が酷だろう。

何かあれば、本人が相談しに来るはずだ」

 

 

それで済むだろう、と言うとカルマディオスはそのまま任務へ出かけて行った。

 

「なるほど…あいつとは意見が合うな」

 

顎に手を添えて、ゴウセルはうんうんと満足げに頷く。

 

(そういえば、ゴウセル様達…ヴァイス様を育ててたんでしっけ)

 

若い世代を除いた【十戒】は、幼子だったヴァイスを養育していた時期がある。

育ての親として…それぞれ方針に差はあるようだが…成長しても子の動向が

気になるのだろう。

 

「さて…早く部屋に戻ろうか、余計な命令が下されない内に」

「…! お、お疲れ様でした!」

 

自室へ足を進めようとするゴウセルに、思考の波から呼び戻された

ペロニアは慌てて頭を下げる。

 

 

「あ、そうそう…ペロニア」

 

 

厄介な人物に遭遇しない内に部屋へ急ごうとしたペロニアを、

ゴウセルは思い出したかのように呼び止めた。

 

「はい、なんでしか?」

 

「身体を休めたいなら、まずは面倒な仕事を片付けた方がいい。

そうすれば、気兼ねなく休息できるぞ」

 

言われた事に、確かに…とペロニアは思った。

記録を清書するのは翌日でもできるが、早めに片づけておけば後が楽だ。

 

「ありがとうございますでし、そうするでし!」

 

ペロニアは深々とお辞儀すると、ゆっくり浮遊しながら部屋へ直行した。

 

 

「仕事を片付けた後のご褒美(スイーツタイム)は格別だ。

頑張って、記録してくれ」

 

 

離れていくペロニアに、ゴウセルはその言葉を贈る。

鼻歌を唄いながら移動するペロニアには…彼の言葉は届いていない。

 

彼女の背中に突き立っている闇色の光の矢を眺めながら、

ゴウセルは口端を吊り上げた。

 

 

 

 

【左遷宣告の舞台裏】

 

 

 

 

「ふぅー、完了したでし~」

 

一時間かけて、最初に記録しておいたメモ書きを参考にして巻物に

清書する作業を終わらせる事ができた。

びっちりと書き込まれた文章を見ながら、ペロニアは達成感を味わう。

 

「それにしても…スラスラ書けて楽だったでしね」

 

書き終えてから、ペロニアはあれ…?と疑問を感じる。

普段は、そこまで重要だと思わない話題はあんまり覚えていないのに、

今回の議事録は至る個所まで細かく記載できた。

 

あまりにも濃い内容だったからだろうか…?

 

 

「ま、いいか! 水浴びしてからスイーツタイムでし~♪」

 

 

ペロニアはあまり気にせず、ルンルン気分で自分の時間を過ごす

準備に取りかかる。

 

その議事録の内容が、後にある人物の行動に間接的に影響を

与えてしまうのだが…それはまた別の話。

 

 

 

 

【おわり】

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