Brand new page   作:ねことも

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前編の続き。
  


過去と今を繋ぐもの(後編)

  

メリオダスが初めて作った料理は、見事に…失敗作だった。

味見せずに、ヴァイスに衣料理を食べさせた。

その結果、ヴァイスは一日半も意識が戻らなかった。

 

「うわーん!! ヴァイスぅうううう!!!!」

「ヴァイス…寝てるだけよね? そうよね??」

 

ヴァイスが目を覚ますまでの間が大変だった。

エスタロッサは泣き喚き、メラスキュラは顔面蒼白となってブツブツと呟き続けた。

 

「…ケツから言って、あいつもか」

 

デリエリは、メリオダスの作った料理を目にするや苦い表情を浮かべてそう言った。

 

「エスタロッサと同じ、メリオダスまでとんでもない料理を作る才能があったのか…と。

デリエリ、残っているその衣料理は摘まみ食いしたらダメだよ」

 

傍らにいたモンスピートが、デリエリの言葉を翻訳しつつ、衣料理を食べないように

やんわりと注意した。他の同胞達も色々と言っていたが、メリオダスはそれどころでなかった。

 

 

(俺の所為だ…)

 

出来上がって、真っ先にヴァイスに食べてもらいたかった。

その気持ちを優先して、その所為でヴァイスを危険な目に合わせてしまった。

罪悪感でいっぱいになり、メリオダスは目覚めたヴァイスに謝罪した。

 

「あの…訊いていいかな?」

 

ヴァイスは許してくれたが、代わりに疑問をぶつけてきた。

料理をしたかった理由について教えてくれ、と乞われて、メリオダスは少々逡巡してしまった。

 

「…食べさせたい人がいるんだ」

 

メリオダスはやむを得ず正直に理由を告げる。

勿論、名前と種族名だけは伏せて。

ヴァイスは何か言いたそうな顔だったが、幸いにも深く追及してこなかった。

 

「【衣料理】はプレゼントにするのはあまりお勧めできない」

 

同時に、衣料理の問題点を教えてくれた。

時間が経つにつれて、旨味がなくなってしまう事に、メリオダスは内心衝撃を覚えた。

 

(まさか、そんな弱点があるなんて…困った)

 

「だから、別の食べ物に変更しよう」

 

ヴァイスが提案した事に、メリオダスはハッとした。

そうだ…何も【衣料理】だけにこだわる必要はない。

 

(とりあえず、クッキー以外のやつを作れるようにならねえとな)

 

…メリオダスは頭の切り替えが早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、定期的にヴァイスによる料理教室が開催された。

 

「おかしいな? ミートパイを作ってたのに…」

「差し詰め、名付けるなら…【蠢く闇のスライムミートパイ】かな」

 

料理を作り続けて分かった事…

それは、メリオダスの調理スキルが壊滅的だという事実である。

手順通りに作っていくものの、途中でだんだんと雲行きが怪しくなっていき、

禍々しいモノが生まれてしまうのだ。

 

「あー…うん、肉の味はするよ」

「…無理して食べなくていいぞ」

「捨てるの勿体ないし、何よりメルが一生懸命作ったものだろう」

 

だが、味の良し悪しは関係なく、ヴァイスはメリオダスの作った物は食べてくれた。

メリオダスはその事が嬉しかった。

 

 

「思うに、メルは無意識に自分の魔力を材料に込めているんじゃないかな」

「どういう事だ?」

 

「随分前に、ブリタニアの人間の国で仕入れた本に書かれていた内容なんだけど…

三人の男女が、同じ道具を使用して同じ工程で紅茶を淹れた。

でも、その三人の淹れた紅茶の味はそれぞれ差が出てしまい、その内の一人の男性が

淹れた紅茶は非常に美味しい味となった」

 

「まさか、その原因って…」

 

「そう、男性が自らの魔力で紅茶の質を変えていたんだ。

その人も指摘されて、初めて自分の魔力に『食べ物を美味しくする』効果があると

気付いたらしいよ」

 

「なら、俺の魔力は飯を不味くしちまうのか…」

 

 

メリオダスの背後に影が出来上がった。

そもそも、ヴァイスと同じやり方で作っているのに、本来の完成品とはかけ離れた物が

出来上がるのはあまりにも不可思議すぎる。

 

ヴァイスが言った事例を聞き、ああそうなのか…と納得してしまった。

 

「メル、落ち込むのはまだ早い」

「でもよ…」

 

「難しく考えずに、別の角度から解決策を導き出してみよう。

魔力が材料の質を左右するなら…それを制御する方法を覚えればいい」

 

ヴァイスの言葉に、メリオダスは目から鱗が落ちた。

それから、魔力を制御しつつ簡単な料理を作れる訓練をしていった。

 

 

 

「できた…」

「おぉ…!」

 

一ヵ月経過した頃に、その成果は実った。

その日の課題は【衣料理】

最初に盛大に失敗してしまった、メリオダスにとって忘れてしまいたい黒歴史を

生んだあの料理だった。

 

使用した肉は、前回と同じデカ鳥の肉。

教えてもらった手順でやっていき、自分で言うのもあれだが、見た目はなかなか

いい仕上がりだとメリオダスも思った。

 

「うん、いい感じだ」

 

ヴァイスも満足そうに笑って、その言葉を口にした。

 

「さて、問題の味は…」

 

ヴァイスが揚げたての衣肉にフーフーと息をかけると、一口食べてみた。

モグモグと咀嚼する幼馴染の姿に、メリオダスは固唾を呑んで見ている。

食べ終えると、ヴァイスは出来立ての衣肉をひとつ、メリオダスへ差し出す。

 

「メルも食べなよ」

 

メリオダスは恐る恐るそれを受け取った。

味見するようになって、自分の作る料理が如何に不味いのかを痛感した。

それ以降、メリオダスは味見するのが億劫になっていたが…

 

「俺を信じてくれ」

 

ヴァイスが言ったその言葉が、メリオダスの背中を押した。

思い切って齧り付くと、口の中にじゅっと肉汁が飛び出す。

肉が柔らかく、やや塩の味が強いものの今までとは比べ物にならない程の旨味があった。

 

「………うまい」

「うん、美味しいね」

 

ヴァイスから、ハッキリと高評価をもらえた瞬間だった。

 

「おめでとう、メル」

 

まるで自分の事のように、ヴァイスは嬉しそうに笑って賛辞を贈った。

その事に、メリオダスは胸に熱いものが込み上げてくる。

 

多くの同胞に称賛の声を浴びせられる時よりも…

父である魔神王に褒められた時の数十倍も…

 

物凄く心が震えていた。

 

 

「…ちょっとしょっぱいな」

「パンと合わせるといい感じになるよ」

 

そう言いながら、ヴァイスは厨房においてあるパンをナイフで切り分けていく。

顔を見られたくないので、メリオダスは後ろを向いて衣肉を食べ進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ…おいしい」

(よしよしよーし、いい感じだ…!)

 

二週間後、メリオダスは【天空演舞場跡】にて、エリザベスと一緒にいた。

 

「この【卵焼き】って料理…

初めて食べたけれど、懐かしい味がするわ」

 

「ちょっと焦げちまったけどな…味は保証するぜ」

「全然気にならないよ、甘くてお菓子みたい」

 

メリオダスは念願の目標を達成する事ができた。

今回、メリオダスが作った料理はひとつだけではない。

ある手段を用いて、複数の料理を同時に持ち運んだのだ。

 

「それにしても…一つの箱に、二つ以上の料理をいれるなんて発想が凄いわね」

「箱は、俺の幼馴染のお手製なんだ」

 

 

 

『一品だけだと寂しいから、他のメニューも味わえるようにしないか?』

 

そう提案したのは、もちろんヴァイスだ。

彼は、遠出しても気軽に食事を楽しめるようにある物を開発した。

さまざまな料理を収納できて、蓋を撮ればすぐに食べられる専用の箱だ。

箱を利用する事で、複数の料理を一度に楽しめるようになった。

ヴァイスは、その新しい食事形式を【弁当】と名付けた。

 

「この【お芋と燻製肉のソテー】もおいしい」

 

「いいだろ? パンといっしょに食ってもうまいが、

ワインにも合うぞ」

 

今回、作ったメニューは五つ。

【芋と燻製肉のソテー】【卵焼き】【オニオンとトマトのマリネサラダ】

【キノコのバター炒め】【フルーツロールサンドイッチ】である。

 

作るのはかなり手間がかかったが…

ヴァイスがフォローしてくれたおかげで、なんとか形になった。

また、メインとなる【フルーツロールサンドイッチ】は、別の箱に多めに入れてある。

甘い物が好きなエリザベスのために、張り切って作ったのだ…!

 

「こういう料理が魔界にはあるのね…」

 

「いや、ちょっと前まではすっげーシンプルに肉と酒がメインだった。

こんな洒落た物を作るようになったのは、意外と最近なんだ」

 

メリオダスは話しながら、つくづく思った。

少し前までは、食事なんてエネルギーの補給源程度にしかみていなかった。

それが当たり前で、何ら不満に感じていなかった。

 

でも、今は違う。

ヴァイスが料理を作り出してから、食事に対する見方が180度変わった。

 

…焼けたパンの香ばしい匂い

…香辛料をかけて焼いた肉の豊かな風味

…クリームシチューのとろりとした濃厚な味わい

 

食事とは、作り手次第で刺激をもたらしたり、時に感動を覚えるくらいに

心を揺り動かす一種の魔法である…その事をヴァイスが教えてくれたのだ。

 

 

 

「メリオダスもどうぞ」

 

すると、エリザベスがサンドイッチを一つ差し出してきた。

口を開いて、それをパクッと一口食べた。

咀嚼していくと、果実のみずみずしさと甘味が口内に広がっていく。

白いクリームが果実を包み込み、舌触りがなめらかで甘さを控えている事で

果実の美味さを引き立たせている。

 

それにしても…

 

(前に作って味見した物よりも…うまい気がする)

 

気の所為だろうか…と首を傾げていると、エリザベスが思いがけない事を口にした。

 

「私も頑張らないと…」

「えっ?」

 

「もっと、料理を作れるようになりたいな」

「何故?」

 

メリオダスの疑問に、エリザベスはふふっと笑いながらこう続けた。

 

 

「たくさんおいしい料理を作れるようになって、家族や友達に食べてもらいたいの。

おいしいもので、みんなの心が満たされたら…幸せになれたら、私も嬉しいから」

 

 

満面の笑顔でささやかな目標を語るエリザベス。

そして、メリオダスの耳元にそっと囁いた。

 

「大好きな人のためにも…ね」

 

最後の言葉は、メリオダスは頬に熱が集まり、それを隠すようにサンドイッチを

口の中に入れた。

 

「…甘いな」

 

二つ目のサンドイッチは、さっき食べたものよりも甘さが強いと感じた。

 

(でも、悪くない…)

 

そう思いながら、メリオダスはサンドイッチを思い人と一緒に味わっていく。

この日の出来事は…後に、途方もない年月を生きていく彼にとって、心の支えと

なる思い出のひとつとなった。

 

 

 

 

【過去と今を繋ぐもの】

 

 

 

 

「むむっ、この匂いは…」

 

此処は、移動酒場〈豚の帽子亭〉

店は定休日であるにも関わらず、店主であるメリオダスは調理場に立っていた。

 

「なんだ、まーた新作の開発か?」

 

匂いを嗅ぎつけた店の看板豚であるホークが、呆れた口調で彼に声をかけた。

 

メリオダスは、料理の腕前はお世辞にもいいとは言えない。

作るメニューは、見た目だけはプロ級だ。

だが、味は真逆のメシマズという一種の罠(トラップ)に等しい品物となってしまう。

 

 

「いや、久々に故郷の味を食べたくなっただけだ」

 

メリオダスは、二本の棒を器用に使って油からきつね色に焼けた衣をまとった肉を取り出す。

紙の上に置いていくその肉を見ながら、ホークはじゅるじゅると滝のように涎を出す。

 

「フフフ、味見したいか?」

「マジで! いいのか!? いいのか!!?」

「熱いから気をつけろよぉー」

 

メリオダスは衣肉をひとつ、ホークの口の中へ放り込んだ。

あつあつ、はふはふと言いながら、ホークはそれをゆっくりと咀嚼していく。

ごくんと食べ終えるや、ホークは目をカッと見開いた。

 

「う…うめぇええええ! これ、本当にお前が作ったやつなの!?

奇跡の一品かよ!!」

 

「失礼だな、おい」

 

「そもそも、なんで普段からこういうのを作らねえんだよ?

これだったら、もっと客が増えるじゃねえか!」

 

「うーん、ついつい自分の好きなように作りたくなっちまうんだなぁ~」

「意味ないじゃん!」

 

 

 

『メル、レシピ通りに作ってくれよ』

『アレンジしたい気持ちは分かるけど、メルの場合は逆効果になるからな』

 

(ヴァイスもよく指摘してたな…)

 

ヴァイスハルト…メリオダスにとって、幼少期からの幼馴染であり、

心を許した仲間であった青年。

聖戦の終盤で消息不明となってしまった彼の名は、現代のブリタニアでも

伝承に残されるくらい有名だ。

 

…他の魔神族と共に封印された可能性が高い。

当時を知る仲間のマーリンはそう推測しているが、真相は未だに不明だ。

 

 

あの大規模な戦争終結から三千年経った。

長い年月を生きてきたメリオダスは、時々思い出すかのように、

ヴァイス直伝の料理を作る。

 

大体の料理は失敗して、ホークの残飯になってしまうが…

幼馴染から指導を受けた七品の料理だけは、きちんと作れるようになった。

 

(封印が解かれたら、またあいつと会えるだろうか…)

 

仮に、マーリンの仮説が正しかった場合、幼馴染は復活したら一度は

自分のもとを訪れるはずだ。

 

その時…彼は敵となるのか、味方となるのか?

 

 

(敵にしたくねえ…いや、絶対に仲間にしたい)

 

メリオダスは覚悟している。

 

いつか血の繋がった弟達や同胞、思い人と同じ女神族の面々は…

必ず自分の首を狙ってくるはずだ。

下手をすれば、現代の仲間である【七つの大罪】のメンバーさえも、

選択次第で敵にしかねない程の重大な事情を、彼は抱え込んでいる。

 

それでも、たった一人…ヴァイスハルトだけは味方になってもらいたい。

 

とてつもなく自己中心的で傲慢な考えなのは、自覚している。

それでも、メリオダスにとっては譲れない願いでもある。

 

一心不乱に衣料理をがっつくホークから視線を窓へ移す。

外は宵の時刻となっており、ぽつりぽつりと星が姿を現していた。

 

(話したい事もいっぱいあるんだ。だから…)

 

願わくば、他の同胞とは異なる形で…ヴァイスハルトと再会したい。

封印の空間に、もしくはどこか遠い場所にいるかもしれない幼馴染に、

メリオダスは思いを馳せた。

 

 

 

 

【おわり】


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