「やった!遂に突き止めたぞ!奴等の正体を!」
あぁ……。また私の主人が顕微鏡を振りかざしてなにか喜んでいる。
私は、私が仕えているこの半狂乱の研究者にどうかしたのか聞く。
「ハハハ!聞きたいか、聞きたいだろう!この世紀の大発見を!」
ただ使用人の勤めとして頭の調子が悪いのかと聞いただけだったのだが、ご主人様は私が興味があると決めつけ出して高笑いしてくる。
私は、この狂人の話を聞いてみることにする。
「あーコホン。君、私が牛肉を食べないのは知ってるよな?」
その言葉に頷いた。使用人として働いてる私の仕事は主に給仕や掃除の二つで、掃除に関して何も言われてないが、給仕に関してはこの主人から「牛肉は入れるな!」と厳重に言われている。
私は、てっきり好き嫌いでそんなバカな事を言ってるのかと思ったが、この様子では違うようだ。
「私は常々、疑問に思っていた。なぜ人類はやたら牛肉を、それも火が完全には通ってないレアを食べたがるのか。……君は何故だと思う?」
美味しいからでは無いのだろうか。
「違うな。それにしては人類は牛を、食肉用のものを育てすぎている!今や世界中で食肉用の牛は十億を超えて、酪農用や子牛なども含めれば人類の人口を越えつつある!これは異常だ」
私は、牛が増えるなんて結構じゃないかと言いそうになったが止めた。ここで揉めると面倒だからだ。
「私はなにか原因があると考えた。そしてその原因こそ、これだったんだ」
顕微鏡を渡され中を除くと、半透明な紫色の何かがクネクネと身を捩るように動いている。よく分からないがアメーバのようで気持ち悪い見た目をしている。
私は、この虫が一体どうかしたのか聞く。
すると目の前の男は神妙な面持ちで語りだした。
「そう、これは寄生虫だ。だがただの寄生虫ではない。牛脂と同じ透明度で、その上熱にも強い、体の構造からして他の寄生虫とは一線を画すものだ」
はぁと生返事をする。
「それだけでは無い。この虫は体内に入ると胃の血管内に入り、脳内に入り込んでしまうんだ。そしてこの寄生虫は宿主に……」
宿主に?
「牛肉を食べさせる」
それは何ともグルメな虫だ。
私は、ひきつった笑みを浮かべながら、夕食の支度を始める。
「信じれないという顔だが、これは事実だ。こいつは脳の前頭部に入り込んで、特定の視覚情報と味覚情報が脳に入ると、感情ホルモンの分泌を促す。つまり肉を、特にレアの肉を見ると食べたくなるように、肉を食べると美味しく感じるように、マインドコントロールするんだ。テレビや雑誌などでレアの肉を見ると、無性に食べたくならないか?あれはこの虫が大きく関わってくるんだ」
私は、その言葉に、へぇと返して食材の調理を進めた。今日の夕食はシチューなので、早めに作らないといけない。
「む、信じてないな君?そんなに君たちが食べてる肉に虫が入っていることが信じられないか?」
それはそうだ、ただでさえ狂牛病なんて前例があって衛生面での監視も厳しくなっているのに、その監視をくぐり抜け牛肉の中に入り込んでるとは思えない。
「甘いな。この虫の体組織は、牛の脂質と99%同じだ。今、顕微鏡で見えてるのは紫に染色してるからで、脂肪に入り込んでいるこの虫を発見するのはほぼ不可能だ。しかも、体内に入り込まれてしまうと、マインドコントロールされてる宿主もその存在には気づけない」
それは何とも恐ろしい。
私は、へぇと適当に返しながら、切った食材を鍋にに入れて火にかける。強火で切った具材がトロトロになるまで何時間か煮込む必要が、今回は早めに火は消しておく。
「しかも、この虫はかなり高い知能を持っているようだ。この虫が人間に牛肉を食べさせたくさせるのは、牛と自分達が繁殖するためみたいなのだ」
それはどういうことですか?
私は、分かりきった事を聞くので億劫だが一応聞いておくことにした。
「一度、空腹の肉食獣にこの虫を寄生させて、牛肉を差し出す実験をした。しかし寄生された肉食獣は空腹にも関わらず牛肉を食べなかった。これはどういうことか」
どうしてですか?
「肉食獣達は、牛を繁殖することができないから、虫は牛を食べさせないようにする。人間は牛を食べて美味しいと感じると、嬉々として牛を繁殖させようとする。つまりこの虫は、牛の繁殖の仕方を分かっており、そしてその為に効率の良い方法を自分達で編み出している。食べられることで宿主である牛を繁殖するというのは、今までの寄生虫には無いものだ!」
なるほど、確かに牛をここまで繁殖させられるのは人だけですもんね。
私は淡々とそう返して、シチューに火が通りすぎないよう鍋のなかをかき混ぜる。
「人に牛肉のレアを食べたくさせるのも、この虫が自分達がどれだけの熱に耐えれるかを知っていて、レアという焼き加減だと自分達が生存できるのも分かっているからだ。この虫は、それだけの知識を持っている」
かなりかしこい虫なんですね、ご主人様。
私は、そう返してシチューを味見する。茶色のそれをすすり、塩加減が薄かったので塩をふってからもう一度鍋をかき回す。
「あぁ、虫にしてはかなり知能が高い。今のところこの虫は人に牛肉を食べさせ、牛を繁殖させようとするだけだ。しかし時間がたち虫が進化してしまい、何らかの方法で人を完全にコントロールしてしまうかもしれない、それだけの驚異がこの虫にはある。今すぐにでもこの虫の存在を公表して、撲滅を呼び掛けなければ……」
「そこまでしなくてもいいんじゃないですか?」
私は、シチューを器に注ぎバケットを添えながら、そうこの男に言った。
「なんだと?このままだと、人はこの虫によって完全に牛を食べるためだけに生きる、いわば食の奴隷に、牛の僕なってしまうかもしれんのだぞ?!それでいいのか?」
「牛が食べたくなる。それだけじゃないですか。元々、人は食べる為に働いて、生きる為に食べているのですからある意味、食の奴隷ではないですか?それにこの虫は人にも寄生するのでしょう?でしたら、人間に害が及ぶようなことは起こさないです」
「だが、これでは人類の意思が虫によって……」
「それに、僕というのは違います。私があなたに召使いとして仕えているように、あくまで人と虫は共生関係なんです。人は虫が増えるように、虫は人が食を楽しめるように、助け合ってるんです」
「それは、そうかもしれんが」
「さぁ、お話も終わりましたし、夕食にしましょう。今日はシチューですよ」
私は、香ばしい肉の匂いを漂わせるシチューに、香辛料をたっぷりかける。肉の匂いは、胡椒で隠れた。これで、準備はおしまい。あとは食べてもらうだけだ。
「さぁ、召し上がれ」
私は、男の前に皿を差し出して、言った。
腹から声を出すように、元気な声で。