志は高く、愛情は深く、友情は等しく   作:けーぴー

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プロローグ:騙した結果、こうなった

 

 

「私、東京でアイドルになります! アイドルになって山形のりんごを日本一にするんご!」

 

 情報量が多過ぎる。

 満面の笑顔と全身で意気込んだ姿に圧倒されて、驚きより何より先にそんな感想が浮かんでしまった。

 とにかく突っ込みどころしかない。

 

「東京で、アイドル?」

 

 なんとか絞り出せたのはオウム返しな一言だけだった。

 自身への反応を要求する強大な圧力に、頭を整理する余裕もない。

 

「あっ、もしかして都会の悪い人に騙されてるとか思ってます? 私がそんな簡単に騙されるわけないじゃないですか。いくらこっちが田舎者だからって失礼しちゃうんご!」

 

 笑顔から一転、辻野あかりはぷくっと頬を膨らませる。

 ああそういえば表情がコロコロ変わる子だったなと思い出した。

 だがその語尾を使いこなしている時点で簡単に騙される側であることは明らかだ。

 実際騙した、いや騙してしまった本人が言うのだから間違いない。

 

「そこまでは言ってないけどさ、いきなり言われたらびっくりするでしょ。この前会ったときは何も言ってなかったし」

「うっ、そう言えばそうだったんご。ごめんなさい。でも本当なんです」

「東京でアイドルは本当なのか……。でもアイドルになるって前からオーディションとか受けてたの? もしかしてこの前東京に来たとき実はオーディション受けに来てた?」

「オーディションは受けてないです。スカウトされちゃって。智一(ちいち)さんに東京案内してもらった次の日なんですけど」

「あ~、そういうことか。なるほど納得した」

 

 あのとき確かに辻野あかりをアイドルのライブに連れて行ったのは事実だ。

 でも本人の感想は『都会ってすごい!』を連発するだけで、アイドルがどうとは何も言っていなかった。なので俺も東京のキラキラした思い出で終わっていたものだと思っていた。

 正直焦った。自分から見えないところで何かが起こっていて見落としてしまったのかと。

 自分とは関係ないところでの話なら何も知らなくて当たり前だ。

 

「はい! そういうことなんです! だから4月からよろしくお願いしますね! あはっ♪」

「え?」

「あ、違ったんご。よろりんご!」

「いやそうじゃなくて、何をよろしくされるのかと」

「だって私東京に知り合いとか全然いないんご。だから智一(ちいち)さんに東京のことをいろいろ教えて欲しいんです」

「まあそれくらいなら別に」

「ありがとうございます! あとりあむさんも」

「いやあいつに東京案内とか無理でしょ」

「別にそっち方面は最初から期待してないんでいいです」

 

 最近の若い子ってこうなのかなあ、と感じてしまうのは年寄りじみた思考だろか。

 あるいは10代と20代の壁的な何か。

 

「じゃあ何を?」

「それはもちろんアイドルについてですよ! りあむさんはすっごくアイドルに詳しいんご。だからアイドルのことをいっぱい教えてもらうんご!」

「あー、それはちょうどいいかもね。本人も喜んで話してくれると思うよ」

「本当ですか!? 楽しみんご~♪」

 

 アイドルオタクにアイドル知識を語らせるとか水を得た魚状態だろう。

 実際ライブへ一緒に連れて行って解説をさせたら、思う存分マウント取れてご満悦だった。

 辻野あかりに対しても、『あかりちゃん尊い……しゅき……』と溶けそうになっていた。案外『推し』とやらにしてくれるかもしれない。

 最近誰にハマっているかは知らないけれど。

 

「で最初の話に戻るんだけど」

「はい?」

「東京でアイドルって、所属する事務所? プロダクション? ってどこ?」

「ああ、それはですね~」

「特に詳しくもないけど、怪しいとこじゃないよね?」

 

 アイドル希望者を食い物にしようとする集団は現実にいる。目の前で見てきたばかりだ。

 自分で調べてもいいし、りあむに聞いてもいい。

 怪しい集団なら全力で止める。

 

「あは♪ 346プロです」

「え?」

「346プロダクション」

「それって……」

「はい! 前回連れて行ってもらったライブをやったところです」

「マジか」

「マジです」

 

 なんと業界最大手だった。

 アイドルやモデルを目指すならまずここ、とまで言われる芸能プロダクション。

 環境として言うなら怪しいどころではない。日本でこれ以上はない、だ。

 

「住むとこは?」

「女子寮があるそうなのでそこに」

「高校は?」

「こっちの高校に入学します。系列校なのでアイドル活動も問題ないって」

「ご両親を説得したんだ」

「それがむしろ喜んで行って来いって」

「二人とも?」

「父ちゃんもお母ちゃんも」

 

 それはかなり意外な話だった。

 実際に顔を見て話して実感したことだけれど、山形にあるりんご農家の夫婦は娘をとても大事にしていた。

 いくら全国的に有名で業界最大手のプロダクションからスカウトされたと言っても、15歳の娘をそんな簡単に東京へ送り出したりするものなんだろうか。

 

「アイドルになって、山形のりんごをアピールしてこいって」

「は?」

「だから私、アイドルになって山形のりんごを日本一にしてみせるんです!」

「えぇ……」

 

 冗談を言っているようには見えない。目の前の15歳は両手の拳を握って、これ以上なく真剣な目で俺を見ている。

 方向性がおかしい、とか、もっとやれることは別にあるだろう、とか、とても茶化したりできるような空気じゃない。

 

「う、うん。がんばって」

「はいっ! 新人アイドルあかりんご、頑張るんご! あはっ♪」

 

 アイドルって何だろう。

 もちろん俺の中に答えなんてあるわけがなかった。

 

 

 

 

 

「あ、自分、東京に出てアイドルすることになったんで、一応報告しときマス」

 

 画面の向こうで石塚あきらはそっけなく口にした。いつものごとく。

 

「ふーん……え?」

 

 会話中ついでのように言われて、そのまま流しそうになって慌てて首を上げる。

 石塚あきらはさりげなく体の向きを変えて目をそらした。いつものごとく。

 

「兄ぃから智一(チッチ)には直接伝えろって言われたんで。まぁ智一(チッチ)には東京案内とかしてもらったし、兄ぃの言う通り色々お世話になったわけだし、これくらいは」

「はー……」

「何か?」

「実はアイドルになりたかったのかと思って」

「別になりたかったわけじゃないデス。スカウトされたんで」

 

 まさか同じ日に知り合いがアイドルになることを2回も聞かされるとは思いもしなかった。

 しかもどちらも自分で応募したのではなく、スカウトされてなんて。

 

「スカウトって、もしかしてこの前東京来たときに?」

「違うよ。地元で歩いてたらスカウトされた」

「へー、そっちにもそういうのあるんだ」

「それ地方差別……ってほどでもないか。わざわざこんな田舎まで来るのかって感じだしね。実際後から聞いたら偶然だったそうだし。撮影で来てたって」

 

 砂塚あきらは兄の影響か中学生ながらゲームの動画配信をしていたり、SNSでファッション系の投稿をしていたりする。

 大人気という程ではないと言っても、知ってる人は知ってるんだろう。

 たまたま見かけて思わず声をかけてしまったとかそんな感じだろうか。

 

「ふーん、モデルじゃなくてアイドルなのか」

「自分にアイドル似合わない?」

「そうじゃなくて、SNSとか見てたらまずモデル方面じゃないかなあと思っただけ」

 

 食い気味に来られて焦った。

 否定的な感想に取られてしまったみたいだ。反省。

 

「あー、それ違う。あっちは自分のこと知らずに声かけてきた」

「知らずにって、SNSも動画も?」

「そう。初対面の相手にいきなり声かけてアイドルにならないかって。おかしいよね」

「それおかしいじゃなくて怪しいだろう!?」

 

 砂塚あきらは俺のリアクションを見て笑った。口が開いてその特徴的な鮫歯が顔を出す。

 噛まれたら相当痛いんだろうなあと見るたびに思う。

 

「実際大丈夫。名刺もらって調べたら超大手だった」

「それって……」

智一(チッチ)にチケット調達してもらったライブやったとこ」

「やっぱり」

「その後の対応もちゃんとしてたし、東京で全部面倒見てくれるって言うし、家族もやってみろって勧めるし、いいかなと」

 

 確かにこちらの家族は反対しないだろうなと思う。

 兄はもはや大学そっちのけで動画配信にのめり込んでいるし、両親も芸術系の仕事をやっているそうだし。

 何より元々SNSや動画配信をやっているので本人に抵抗がない。

 

「住むとこも高校も用意してもらえるんだ」

「そうだよ。至れり尽くせりってやつ」

「業界最大手ってそこまでしてくれるんだ」

「一応今回は特別みたい。オーディションがうまくいかなかったとか、スカウトしてくれた人が責任者だったとかで」

「ああ、今年度が2期で来年度が3期ってやつか」

 

 辻野あかりは何かの3期生という扱いになると言っていた。

 俺や砂塚にライブのチケットを用意してくれた綾瀬穂乃香はその2期生だったらしい。

 彼女たちの活動を見るに、プロダクションからも相応の期待をされていると言えそうだ。3期生が同じ扱いをしてもらえるのであればだけれど。

 

「……詳しいね」

「あ~、それは」

「あかりからもう聞いたってことでいい?」

「そりゃ同期になるなら当然顔合わせてるよな」

 

 何のことはなかった。同じ日に聞かされるのは単に示し合わせていただけの話だ。

 正式決定になったとか契約したとかで教えてくれたんだろう。

 

「もっと言うと自分もあかりもあれから何回か東京に来てた。施設見学とか体力測定とかで」

「体力測定なんてやるんだ」

「正確に言うと今どれだけ動けるかとか歌えるかとか。歌って踊れるのが346プロのアイドルの必須条件らしくて」

「東京来てたのなら教えてくれればよかったのに」

「それはまだ決まってなかったし、自分も本当にやるか決めてなかったし、決まってから周りには伝えようってあかりと話してて」

 

 兄の方はきっと知っていたのだろうけど、気を遣って俺には黙っていたんだろう。

 もっともあっちはあっちで最近忙しく動き回っているので、単に忘れていただけという可能性はあるかもしれない。

 

「うん、分かった。わざわざ教えてくれてありがとう」

「まぁそういうことなんでこれからよろしくデス。あとりあむサンも」

「それはアイドル知識を聞きたいとか?」

「そデス。あの人のアイドル知識半端ないんで。自分は全然知らないし。でも教えてくれるかな?」

「そこは大丈夫だと思う。実際ライブのときも喋りまくってたでしょ?」

 

 砂塚あきらに対して初対面では『現代っ子でリア充で陽キャとか……やむ……』といつもの劣等感を自動発動させて凹んでいた。

 と言ってもライブが始まると自身のアイドルトークでテンションが上がり、砂塚あきらの年上を立てた相槌も合わさって一瞬で機嫌は直っている。

 最後には『あきらちゃんクールでかっこいい!』へと変化していたから大丈夫だろう。

 

「ならいいや。そんじゃ東京行ったら案内よろしく。とりあえずは下北と吉祥寺」

「えっ?」

「事務所とか渋谷なんで、近いって聞いてるけど? この前は原宿しか行けなかったし、行きたいとこいっぱいある」

「う、うん」

「正直言うと今はアイドルよりもこっちの方が楽しみかな」

 

 しまった。そう言えば東京なら任せろと大見得を切っていたんだった。

 東京に住んでいるからと言って別に東京に詳しいわけじゃない。少なくとも俺は近いからと言って興味もない場所へフラフラ行く人間じゃなかった。

 第一東京と一口に言っても広いし、そもそも移動するだけで金がかかる。そして大学入るまでバイトしてこなかった俺は基本的に金なんてあるわけがない。

 行き方は知っていてもそこに何があるかなんて知識は皆無で、はっきり言って俺に聞くよりネットで調べた方が遥かにマシだ。

 なぜあのとき俺は特に縁もなかったのに、原宿をよく知っているかのような振りをしてしまったんだろうか。

 

「そう言えば兄ぃが智一(チッチ)に企画書と台本送ったから読んで感想欲しいって言ってたけど?」

「ああ、うん。それは今読んでる」

「チッチくんもすっかり兄ぃの定番コンテンツになってるね。次は何のゲームやるの?」

「今度は最新のゲームらしい。ゾンビが大量発生した都市でサバイバルするんだって」

「FPSなら興味あるけど」

「そっち系ではなさそう」

「ならいいや。頑張ってね」

「ありがと」

 

 目下俺の頭の中は架空のゾンビ都市が追い出され、現実の東京知識をどうやって仕入れるかで占められようとしていた。

 

 

 

 

 

 いかに謝罪をして穏便に事を収めるか。

 プロデューサーと名乗った推定20代後半なスーツ姿の男性が、俺の前を歩いている。

 目的地に到着するまでの僅かな間で今後の展開予想と取るべき対応を考えなければならない。

 ここは346プロダクション本社ビルという敵地真っ只中。味方などもちろんいない。

 向かう先で待つのはよりにもよって346本社内で何かをやらかしてしまったであろう、夢見りあむ。

 アイドルオタクがアイドルの本社へ突撃とか、控えめに言って逮捕案件だ。訴えられたら確実に負ける。

 いったい何をしでかしてくれたのか。アイドルに対する情熱だけは本物だと思っていた。

 いや、むしろ逆にその情熱こそが徒になってしまったのかもしれない。

 何事か346プロ所属アイドルに関して絶対に許せないことがあって、その大元締めである346プロ本社に突撃して騒ぎを起こそうとした……。

 あり得る。ものすごくあり得る。

 騒ぎが話題になって炎上さえしてしまえば後はなんとかなると、変な方向に学習をしてしまった可能性が大いにある。

 そういうのは前もって俺に言えよと強く強く思うが、言ったら止められるからと思い込んで一人強行してしまったのかもしれない。

 完全に油断していた。最近やけに言動が大人しくなったと感じてはいたけれど、手間が減ってよかったくらいにしか捉えていなかった。

 本当は内心で憎悪の炎を燃やし続けていたのかもしれない。

 だがいずれにしても、ここは額を床にこすりつけてでも何とか弁償程度で済ませてもらわなければならない。

 

「着いたよ。ここだ」

 

 目の前のプロデューサーさんは振り返って俺を見てからドアをノックする。

 はーいという落ち着いた女性の声が返ってきて、それからドアを開けた。

 

「あっPサマ! それに智一(ともかず)! 遅い遅い遅いの遅い! ぼくもうさっきからヒマでヒマで死にそうなんだけどさあ!」

 

 目の前でだらけたピンク髪の生き物には申し訳無さなど一ミリもなかった。

 もしかしたら顔がグシャグシャになるくらい泣いているかもしれないと思っていたので、正直どう反応していいか分からない。

 

「だから言ったじゃないデスか。そんなすぐには着かないんだからもう少しリフレッシュルームで休んでからでよかったんデス」

「え~、でもさあ、智一(ともかず)の大学ってすぐそこじゃんか。まっすぐ来ればすぐ着くよね!?」

「いや普通に駅から歩く時間も考慮に入れないと」

「え~」

 

 ソファーに寝そべって不平不満を喚く夢見りあむ。

 その横に立って正論で諭す砂塚あきら。なぜここにいる。

 

「ちひろさん、お茶持っていきますね!」

「ありがとうあかりちゃん」

 

 少し離れた場所でポットからお茶を入れる黄緑色の制服を着た女性。

 ニコニコ顔でお盆にお茶を乗せる辻野あかり。なぜここにいる。

 

氷川(ひかわ)君、とりあえず座って。きっと今は訳が分からないと思うけど」

「は、はい」

「りあむも座れ。大事な話するから」

「はーやむやむ」

 

 プロデューサーさんはフリーズしている俺を見て察してくれたんだろう。目の前の席に座るよう促してくれた。

 りあむがのそのそと歩いて俺の隣に座る。

 プロデューサーさんは俺が腰を下ろしてから向かいの椅子を引いた。

 

「はい智一(ちいち)さん! お茶ですっ!」

「あ、ありがとう。久しぶり……という程でもないか」

「そうですねっ! はいプロデューサーさんも!」

「ありがとう。あかりとあきらも座って」

「はーい!」

「ん」

 

 プロデューサーさんの隣に辻野あかり、その横に砂塚あきらが座る。

 最後に黄緑色の服の女性が端に腰を下ろした。

 

「さてと、改めて、わざわざこんなところまで来てもらって本当に申し訳ない」

「いえ」

「自己紹介は……ちひろさんは知らないか。こちらは千川ちひろさん。今は僕のアシスタントをしてもらっています」

「千川ちひろと申します。アイドルのみなさんのサポートをさせてもらっています」

「あ、はい。氷川(ひかわ)智一(ちいち)です」

 

 黄緑服の女性が立ち上がり、綺麗な動作でお辞儀をした。

 慌てて俺も立って頭を下げる。

 千川さんから微塵も邪気を感じさせない笑顔が飛んできた。自分でもおかしな表現だがそう感じてしまったのだから仕方ない。

 

「『ちいち』が正しいんですね」

「ああ、そうですね」

「そうなのか? ごめん、俺電話で『ともかず』って言っちゃった」

「大丈夫です。分かってます。きっと親もそう言ってたと思いますし」

「そういえば……りあむ、お前なんで氷川君のことをわざわざ『ともかず』って呼んでるんだ?」

「だってそっちの方が普通の名前っぽいじゃんかー」

「はあ? あだ名みたいなもんか? それにしちゃ文字数増えてるけど」

「あきらちゃんみたいな感じなのかな?」

 

 千川さんに虚を突かれた砂塚あきらは動揺してビクッと体を揺らせた。

 自分に振られるとは全く思っていなかったらしい。

 

「いや、だから自分は兄ぃが『チッチ』につけたあだ名をそのまま使ってるだけなんで」

「そうなんだ~。だから『チッチくん』なんですね!」

 

 もしかしたら笑顔で和まそうとしてくれているのかもしれない。でも生憎とこちらは疑心暗鬼からの混乱状態で目下頭の整理中だ。

 そういう言い方をされると『お前のことは全部分かってるんだからな』という含みと凄みを持った言葉に聞こえてしまう。

 

「ほらだから私が正しいって言ったじゃないですか! ちゃんと本人から聞いたって言ったのに失礼しちゃうんご!」

「ごめんごめん。あかりがまた騙されたかと思っちゃったんだよ」

「またってなんですかまたって!」

「あかりちゃん落ち着いて。これから大事なお話があるんだから、ひとまずそれは後でね?」

「うっ、そうだったんご。ごめんなさい……」

「なんて、そもそも話の腰を折っちゃったのは私なんですけどね!」

 

 ニコニコ顔からぷくっとなってへにょっとなって、相変わらず辻野あかりの表情は忙しい。

 笑顔の千川さんはぺろっと舌を出し、腰を下ろしてプロデューサーさんへと話を返した。

 俺も合わせて椅子に座る。

 

「なんだかいきなりグダグダになっちゃったな……。でもまあ、氷川君もそろそろ分かってもらえたと思う。全くもって悪い話じゃない」

「はい。もっと言えば話の主題も。ただなぜ自分が呼ばれたかまでは分かってないですが」

「うん、それは順番に話そう。まず我々は、346プロダクションは、氷川君の隣にいる夢見りあむに対してアイドルにならないかとスカウトした」

「はい。それで」

「どーだ智一(ともかず)! ぼくはアイドルになるんだぞ!」

「それでなぜ自分が」

「聞けよぉ! せめてこっちくらい見ろよぉ!」

「りあむちょっと黙ってて。今はそこが問題じゃないから」

「なんだよそれ!? いちばんいっちばん大事なとこだろ!?」

「それで自分が今ここに呼ばれた理由は何でしょうか? 直接関係があるわけではないんですが」

「完全に無視された……めっちゃやむ……」

 

 プロデューサーさんと千川さんがドン引きしている。辻野あかりと砂塚あきらは気の毒そうに見ている。

 夢見りあむは平常運転。

 目で続きを促す。

 

「う、うん。だけど知っての通り、りあむはまだ未成年で保護者の同意が必要なんだ」

「はい」

「ご両親に連絡したら、自分たちとしては構わない。だけれども今自分たちは海外にいて、りあむのことはとある夫婦にお願いしている。だからむしろそちらの判断に従って欲しい、と返答された」

「でしょうね」

「氷川君のご両親のことだね。それで連絡先を聞いて話をさせてもらった」

「その結果たらい回しですか」

「ご明答。最終的な判断は息子に任せると。息子がいいと言えば同意書にサインをするし、駄目だと言われたらサインはしないと」

「なるほど」

「ものすごい信頼だね」

「どうでしょう」

 

 俺に相談して返答するではなく、全部俺に任せるか。しかも俺に連絡することさえしない。

 大方こういう言い方をしておけば俺が断るに違いないなんて的外れな想像をしているんだろう。

 

「というか、それならわざわざ呼ばなくてもりあむから自分に聞けばいい話じゃないんですか?」

「さすがに保護者とは直接会話するよ。りあむがどうこうという話じゃなくてね。でも今日の夕方電話するってりあむに伝言はさせたはずだけど?」

「SNSの一言だけで、何の用事かも聞かされていませんでしたが」

 

 何の話だと返しても、びっくりするから楽しみにしていろと意味不明な返答しか戻ってこなかった。

 おかげで俺は今の今まで夢見りあむの犯行予告だと戦々恐々する一日だ。

 

「りあむ? お前なんで話の内容伝えなかったんだ?」

「だってそういうのって部外者には言っちゃダメなんでしょ? せいしきけっていするまではダメってさんざん怒ったじゃん」

「あー、そういうことか。この場合は身内扱いになるんだが……氷川君ごめん! ロビーで顔見たときこれ何も聞かされてないなとは思ったんだ」

「いえ、大丈夫です。自分も親から聞かされていなかったので」

「確かにそれは……」

「まあこっちの事情なんで、それよりこういうのってわざわざ本社で話をするものなんですか? 意思を確認するだけなら極論電話でいいと思ったんですが」

「あ~……、なんというかそれはりあむのことが急な話で時間もなかったし、氷川君の大学も近いって聞いてたし、この二人と知り合いだって言うしちょうどいいかなと……」

 

 急に歯切れが悪くなった。

 別に礼儀どうこうなんて言うつもりは微塵もないのだけど、どうやらこの場合はそういう話でもなさそうだ。

 説得する手間の問題? こうやって既成事実化されているのを見せて、もう断れる雰囲気じゃないと思わせるように仕向ける。元々顔見知りな二人がいるとは言え、あのりあむがやけに馴染んでいるし。

 いや、俺を知るこの3人から話を聞いていれば、別に反対するような人間だとは思わないだろう。むしろ手間をかけ過ぎだ。説得が目的なら一対一が一番手っ取り早い。

 それならアイドルは恋愛ご法度的な? これはありそうだ。

 りあむと話をすれば大丈夫なことくらいすぐ分かるだろうと言いたい。でも知らない人間から見ればきっと話は別だ。つまり若い男は近づくな的な話だろうか。

 別にそれならそれで構わない。

 今後りあむの面倒を346プロが見てくれるのなら、むしろ俺の方が解放される身だろう。その分の収入がなくなってしまうのは残念だけれど。

 いやいや、これこそ一対一ですべき話だ。とても多人数でするような会話の内容じゃない。

 それならどういう理由でわざわざ俺を呼んだ?

 

「はい、分かりました。じゃあ返答しますが、りあむがアイドルになることについては承諾します。この後親に電話しますね。それとも今同意書をもらってサインさせて持ってきましょうか?」

「ありがとう。気持ちは嬉しいけどさすがにそれはこちらでやるよ。ちゃんとアポイントを取ってりあむと一緒にご挨拶へ行くから大丈夫だ」

「そうですか。余計なことを言いました」

「全然そんなことないよ。そういう気遣いって本当に嬉しいことだから」

 

 俺が承諾すると口にしたとき、場の空気が一気に緩んだ。

 辻野あかりは一瞬で顔がほころんだし、砂塚あきらは静かに安堵の息を吐いた。

 夢見りあむは横なので見えないけれど、少なくとも入っていた体の力が抜けたのは分かった。

 

「ま、智一(ともかず)がダメとか言うわけないんだけどね!」

「でもそんなこと言ってりあむさん、すっごく不安そうな顔してたんご」

「あかりちゃん!?」

「ほとんど智一(チッチ)にすがりつく寸前。両手が浮いてた」

「あきらちゃんまで!?」

「りあむちゃん、よかったですね!」

「ちひろさーん!」

 

 これで終わりならめでたしめでたし。俺の不安も心配も杞憂だった、で済むのだけれど。

 目の前では感激したりあむが机の上に乗って千川さんへ突撃しようとし、プロデューサーさんからチョップを脳天に受けて沈んでいた。

 

「だからりあむお前そういうのやめろって言ってるだろ」

「ううっ……Pサマのチョップは愛がなくて容赦もない……」

「せっかく褒めようとしてるんだから怒られるようなことするなよ」

「Pサマ褒めてくれるの!?」

「ああ、いい理解者がいてよかったな。お前の人生は全然駄目じゃないぞ」

「Pサマ~!」

「泣くな泣くな。お前昨日も廊下で大泣きして騒いでただろ」

「だってだって、あのときは幸せそうなほたるちゃんに会えたんだもん!」

 

 聞き覚えのある名前が飛び出してきた。

 机に座ったままのりあむがこちらを向いて泣き笑いの顔で両手を広げる。

 

「そうだ智一(ともかず)! ほたるちゃんがいたんだよここに!」

「ほたるって……」

「そんなの白菊ほたるちゃんに決まってるだろ! 他にどんなほたるちゃんがいるって言うんだよぉ!」

「どうしてここに?」

「そんなのここのアイドルになったからに決まってるだろ! ここは関係者以外立ち入り禁止なんだぞ!」

 

 感情が高ぶり過ぎてキレた芸人みたいになっているけれど、取り乱してしまうのは分かる。

 あの事務所が潰れた後連絡が取れなくなって、夢見りあむは白菊ほたるのことをかなり心配していた。

 

「話できたんだ」

「それでねそれでね、ごめんなさいって謝ったんだ。そしたらほたるちゃんがありがとうって。今私はここにいて幸せですって。よ゛がった゛よ゛~!」

「それはよかった」

「ああ、氷川君はほたるとも知り合いなんだな」

 

 と、プロデューサーさんが笑顔で横から入ってきた。

 これは当然りあむから事情を聞いているだろう。

 と言ってもりあむ目線での話だから、果たしてどこまで把握しているのか。

 

「ええ、まあ」

「そういえば氷川君は綾瀬穂乃香ちゃんともお仕事で一緒だったんですよね? 穂乃香ちゃんからお願いされてライブのチケットを用意しましたけど、実を言うと大変だったんですよ~」

「そうなんですか」

「そうですよ! 数が多くて結局穂乃香ちゃんの枠だけだと足りなくて、忍ちゃんの分まで使うことになっちゃったんですから! あ、忍ちゃんは分かりますよね?」

「それはさすがに。同じユニットの……フリルドスクエアですよね?」

「そうです! だから次二人に会ったときはきちんと感謝の言葉を伝えてください!」

「いやアイドルに会う機会ってそうそうないと思うんですけど」

「ライブもイベントもありますよ?」

「いやそれFC会員じゃない人間には無理な話なんですけど」

「じゃあ今すぐ会員になってください。一番の推しを穂乃香ちゃんで登録すれば確率は上がりますよ?」

「えぇ……」

 

 勢いのままに千川さんから勧誘が始まってしまった。

 商魂逞しいとでも言えばいいんだろうか。

 というかこれ、かなりの部分で俺のことが把握されているという話だ。

 

「氷川君はうちのアイドルと縁があるんだな。もしかしてまだ知り合いがいたりする?」

「さすがにもういないと思います。縁があると言ってもこの一年くらいの話なので」

 

 そういえば山形へ行ったとき自称アイドルに出くわした。でもあれはその場のノリで言ったか、せいぜいローカルタレント程度だろう。

 パワースポット巡りの旅行をしていて間違えて心霊スポットに行ってしまうようなアイドルなんているわけがない。

 思えば奴のせいで辻野あかりを騙す羽目になってしまったんだった。

 

「……なんか本当にありそうだな」

「ないですないです。今の時点でもう十分偶然が重なり過ぎてますし」

「偶然ねえ……。お客さんで、兄の友人で、保護者か。こういうのは巡り合わせって言ったらいいのかな?」

「さあ、どうなんでしょうか」

 

 プロデューサーさんが3人の新人アイドル達を順番に見ている。

 自分の担当するアイドルが、それもばらばらに集めたはずのアイドルがそれぞれ一人の人間と繋がっていた。

 不思議を通り越して怪しむのは全くもって当然な話だ。

 今日俺がここに呼ばれた理由がはっきり分かった。

 単純に俺のことが怪し過ぎて、実際どんな奴だと直接見る必要があったんだろう。

 もしかしたら今日のプロデューサーさんや千川さんの発言は俺のリアクションを見る目的があったのかもしれない。

 まあその結果として人畜無害と思って貰えたなら一番嬉しいのだけれど、この感じでは残念ながら無理そうだ。

 一応、3人をライブに連れて行ってアイドルへの道を意識させた的な弁解はできなくもない。とは言えそれ以外の部分が微妙過ぎる。

 特に白菊ほたるの前事務所の件が非常にまずい。正直なところ俺のことを警戒対象にされてしまっても文句は言えない。

 いやむしろ昨日と言っていたから、それで俺を呼ぶことになった可能性さえある。

 最悪な話この後、3人には今後近づかない的な念書を書かされるとかあるかもしれない。

 

「さてと、それじゃ本題に入ろうか」

 

 プロデューサーさんが千川さんの方へ顔を向ける。

 千川さんは笑顔で返した。

 笑顔を受けてプロデューサーさんが頷き、真剣な表情で俺へと向き直る。

 

「さっきは微妙にごまかしたけど、実はわざわざ氷川君に来てもらったのには理由があって」

「はい、なんでしょうか?」

 

 そら来た。

 流れからして白菊ほたるの件の詳細を知りたい的な気がする。

 辻野あかりと砂塚あきらが背を伸ばした。夢見りあむの体に力が入る。

 つまり、この3人はこれからの内容を知っている。

 

「氷川君、うちでアルバイトしてみないか?」

 

 さすがにそれは予想の斜め上だった。

 

 

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