志は高く、愛情は深く、友情は等しく   作:けーぴー

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1.動画配信者の妹

 

 

 

 新しいことを始めたい、と大学の友人にして俺の雇用主でもある砂塚が口にした。

 今回の収録が終わって確認も済んで、後は編集に投げて終わりかなとぼんやり思っていたところだった。

 特に問題があったようには見えなかったのだけれど。

 

「いや、今回のがどうって話じゃない。そろそろ次のコンテンツを考える段階に来たと思ったんだよ」

「次ねえ……。まだマンネリ化してるとは思わないけど。再生数とか登録者数も普通に伸びてるし」

「だからこそだ。コンテンツが安定に入りかけた今のうちに、次の弾を用意しときたいんだ」

「ああ。そういう話ね」

 

 手伝い始めてからもう一年になるのだけれど、砂塚の動画チャンネルは再生数、登録者数共に右肩上がりに伸びている。

 元々高校時代から一人でやっていて、当時からお小遣いと言うレベルではないほどに稼いでいたそうだ。

 そして去年大学に入学して、たまたま近くにいた俺のような人間や大学にある部活やサークル、果ては教授まで引っ張り出したりしてその内容の幅を大きく広げている。

 動画の内容が多彩になれば間口も広がって、動画配信者としては前へと順調に進んでいる、というのが外から見た俺の印象だ。

 

「氷川、前に3H戦略ってのを話したけど覚えてるか?」

「動画のマーケティング的な話だっけ?」

「そうそう。Hero、Hub、Helpの動画コンテンツ三本柱だ。俺の場合は、Heroがやってみたとか単発ネタとかの前提知識いらない系。でHubが氷川のチッチくんとかあきらと一緒にやるFPSとかのシリーズもの。最後にHelpが俺のメインコンテンツで実況とか実験とか学生ライフハック系」

「コラボ系は?」

「うーん、Hubかな? がっつりやったらHelpかもしれない。まあとりあえず今は広く浅くがHeroで狭く深くがHelpくらいでいい」

「うん。それで?」

「一口に新しいことって言っても、どこに手を付けるかなんだよ」

 

 単純に考えればメインコンテンツの数を増やすとなるのだろうけれど。この場合HubかHelpか。

 

「というかそのHero系の単発ネタってそんなポンポン出てくるもの?」

「無理。もう俺一人の頭じゃ限度がある。一応社会学系の先輩に今何が流行ってるとかは聞いてるけど、流行りに乗っかるのはどっちかと言うとお付き合い的なものだしなあ」

「じゃあまた俺みたいなのを引っ張ってきてシリーズ物でも立ち上げる?」

「うん、でもネタがない」

「なら砂塚が体張るしかないんじゃない? e-sportsでも始める?」

「高校の時やってたんだけど、あれアスリートの世界なんだよ。はっきり言って片手間でやるんじゃ賑やかしにもならない。もう今はそれ一本でやるくらいでないと戦えないらしい」

「そうなんだ」

 

 まあパッと思いつく程度ではそうそう出てくるものじゃないか。

 砂塚も今すぐ答えを出せという感じでもなさそうだし。

 

「で氷川の顔見てて思ったんだけど、チッチくんってバーチャルなわけじゃん?」

「バーチャルマスコットね。CV俺」

「これけっこう受けたのが俺的にはヒットで」

「ゆるさのないゆるキャラとか誰得だって聞いたときは思ったけどね。しかもパチもん」

「大丈夫だ。もう原形留めてないから」

「何が大丈夫なんだか」

 

 ぴにゃこら太というそこそこ有名なゆるキャラを原型にして作られたのが、俺が声を当てているチッチくんだ。

 色を変えて背を伸ばして丸みを取って顔のゆる要素を消して、魔改造され過ぎてもはや完全に別物になってしまっている。

 一歩間違えれば特撮ものの怪人じゃないかと思われるくらいの出来栄えだけれど、これが意外なくらい受けた。

 チッチくんは初心者キャラで、あらゆることに挑戦しては初心者らしいミスを連発する。

 それを砂塚が解説してアドバイスして上達させるのがチッチくん動画の基本的な構造だ。

 初心者あるあるを面白おかしく、でも嫌味にならないように見せようと砂塚は毎回苦心して作っている。

 台本もきっちり作るし場合によっては詳しい人間に確認を取ったりもしているそうだ。

 その甲斐あってチッチくん動画は入門動画としてそれなりの評価を得ている。

 

「やっぱ俺的にはそっち方面かなと思ったんだよ」

「まさかVR? それ今はもう新規参入しても無理だって言ってなかった?」

「いや、仮想現実の方じゃない。むしろ現実にバーチャルを乗せたい」

「それなんだっけ……ああ、ARか。日本全国全種類ゲットの旅にでも出る?」

「もう一歩先に行きたいな。スマホの中の拡張現実じゃなくて、自分の目から見える現実世界と重なったバーチャル」

「そんなのあるの?」

「MR、ミックスドリアリティだ。まあVRみたいなヘッドセットとかゴーグルは付けるんだけどな」

 

 説明を聞くとゴーグルにバーチャルな物体が写ってそれが現実世界に重なって見えるそうだ。

 砂塚から動画を見せてもらう。画面の向こうではゴーグルを付けた大人たちがドッジボールをしていた。ただしボールがバーチャルだ。

 無からボールが生み出され、それをプレイヤーが投げる。投げられた相手は避けたり、無から盾を作り出して弾いたりしている。

 ボールは一人一個らしく、大きさは一定で、プレイエリアから外に出ると消える。ボールの速度はまちまちで調節されているようだった。

 投げられたボールは速球だったりカーブしていたりブーメランするものもあったりしてバリエーションが様々だ。

 残機制のようで、3回当たったらアウトで退場になっていた。

 

「バーチャルなドッジボールか。これおもしろいね」

「俺もそう思った。ドッジボールなら小学生でも分かるしな」

「全員ゴーグルなのがSFっぽい」

「それ! まさにそれなんだよ!」

 

 いきなり砂塚が俺を指差す。

 我が意を得たりと言わんばかりのドヤ顔だ。

 

「俺も最初見たときさ、おもしろいけどこれカジュアルじゃねえなと思ったんだよ」

「見た目的な話?」

「そうそう。ぱっと見女子受けはよくないよな。特に外から目が見えないのが痛い。日本人は目で表情を作る民族だから、相手の目が見えないと不気味に映る」

「どうだろう? そこまでとは思わないし、一度やってみたら気にならなくなる程度じゃない?」

「多分その最初の壁が高い。女子は彼氏に連れて来られてとかじゃないと手を出さないと思う」

「そんなもんか。なら諦める? それとも最初から男向けで動画作る?」

「初っ端から間口を狭めるのはやりたくない」

「じゃあどうすんの?」

 

 俺が問いかけると砂塚はニヤリと笑った。

 そして俺も悟る。これ相談じゃなくて最初から決まってたことだ。

 現在俺はプレゼンを受けている最中で、砂塚は俺のリアクションを判断材料の一つにしようとしている。

 

「ゴーグルじゃなくて眼鏡ならビジュアル的にいけると思うんだよ」

「ああ、まあ分かるけど、そんなことできるの?」

「分からん。なので聞いてみた」

「聞くってどこに?」

「うちの大学のそっち系の研究室に行って聞いた。そしたら技術的には可能だって」

 

 相変わらずフットワークの軽い男だ。

 初対面だろうと構わず突っ込んで、相手の懐にまで入ってしまう。

 そしてたとえ無下にされたとしても全くめげないメンタルの強さは尊敬に値する。

 

「技術的には可能……言い方からしてまだ存在はしてないのか。じゃあ来年とか再来年とか先の話かな」

「何言ってんだ。技術的に可能なら作ればいいだろ」

「作るってタダで作れるものでもないでしょ? さすがに自腹切るようなものじゃないと思うけど」

「金なら出してくれるところから出してもらえばいい」

「それってどこよ?」

「バーチャルドッジボール、電脳ドッジって言うんだけど、それを開発した企業」

「企画書作って持ってったのかー」

 

 このバイタリティを見ていると砂塚は動画配信をやるより会社作った方が絶対儲かるんだろうなと思う。

 ただ本人はクリエイター気質の方が勝っているという話で。

 

「それで研究室と企業の共同開発ってことで落ち着いた。研究室は開発費として企業からお金が入る。企業は分野の第一人者からお墨付きをもらえる」

「砂塚はMR用の眼鏡が手に入る」

「パーフェクトだろ?」

「いつからそんなことやってたんだか。それでその眼鏡ができたかそろそろできそうなわけなんだ」

「さすがにもう分かるか。今は調整の最終段階に入ってて、現場で問題がないか確認中だそうだ」

「スタートはいつから?」

「2ヶ月……少なくとも夏休みまでには絶対間に合わせるだと」

 

 つまり目処が立ったので、砂塚もそれに向けて準備を始めようというのがこの話の趣旨なんだろう。

 別に断るつもりもないけれど、俺に対するお誘いだ。

 

「それで、俺は何をすればいいわけ?」

「おっ、誘う前から乗ってくれるとはさすが氷川。そりゃもちろんチッチくんとしてゲームに参加だ」

「えー……正直顔出したくないんだけど」

「開発が決まったときにさ、ついでにお願いしたんだ。プレイヤーをバーチャルで置き換えられるようにしてくれって」

「それってつまり……」

「現実で動いてるのは氷川智一だけど、画面に写ってるのはチッチくんってわけだ」

「マジか」

「もちろん現地観戦してる客からも同じように見えるぞ。まあ現地観戦も画面越しになるって話なんだけどな」

「そんなことまでできるんだ」

 

 最初俺は、手伝うのはいいけど不特定多数に顔を出したくない、と砂塚に条件をつけていた。

 その結果生まれたのがチッチくんというキリッとした顔の不気味な生き物だ。

 そういうわけで声優の真似事をしているのだけれど、砂塚は台本を俺の素に合わせて書いてくれているのでそこまで難しいことでもなかった。

 どうせすぐ終わると思っていたのに意外に受けて続いてしまっているのは誤算だったけれど。

 

「モデリングのデータを送って向こうにやってもらってるけど、今のとこ問題はないそうだ」

「本人いなくても大丈夫?」

「一応確認したいって言われてるから、どこかでその施設に行って実際に動いてもらうと思う」

「ドッジボールとかの激しい運動に合わせられるものなんだ」

「まーたまに中身が見えちゃう事件とかあるから不安になるのは分かるけど、そのレベルでミスってたらドッジボールとか論外だからまず大丈夫だ」

「それもそうか。オーケー。日程決まったら教えて」

「ついでにあきらにも来てもらうから土日になると思う」

「ああ、あきらちゃんも呼ぶんだ」

 

 砂塚の妹であるあきらちゃんは自身でも動画配信をやっていて、たまに兄の動画に出演している。

 中学生ながら動画配信者とは将来有望と言っていいんだろうか。

 

「せっかくだから大々的なイベントにしたいしな。本番は俺、あきら、チッチくんでチーム組んでやろうと思ってる」

「対戦相手は?」

「それを今悩み中。呼んだら出てくれそうなのはいくらでもいるけど、今回ばかりはなあ。大物呼べたら嬉しいけど、一方で最初は俺メインでやりたいってのもある」

「いっそのことバーチャル方面の方々とか? バーチャルな存在を現実に引っ張ってくる的な?」

「それは将来的な話だな。今回チッチくんがうまくいって、こんな感じですけどどうですかって売り込んだり向こうから来たりで話を広げていきたい」

「なるほど」

「まあ企業の側からこのタレントとやってくれとか言われるかもしれないし、これから詰めていく感じだな」

 

 確かに企業も企業でやるからには世間に広めていきたいわけで、動画配信者だけでは宣伝範囲が限定的になってしまう。

 テレビに出ているようなタレントと一緒にやってメディア展開していくのは普通にありそうだ。

 

「ちなみにあきらちゃんにはもう話してんの?」

「細かいとこまでは言ってないけどな。おもしろそうだから行くって」

「わざわざ田舎から出てくるのか」

「新幹線あるしすぐだ」

「どこだっけ?」

「新潟」

「お金稼いでるとそういうのが自由でいいなあ」

 

 俺の中学高校時代なんて下手すると学校と家の往復だった。

 一方で東京新潟を気軽に行き来できるような中学生もいる。

 もちろん新幹線代は兄が出すにしても。

 

「がっつりやってくれるなら大歓迎だぞ? その分はちゃんと払うし、俺もこれからスタッフを揃えていこうと思ってるから大幹部確定だ」

「大幹部って悪の組織か。一応収入源なら他にもあるから」

「ああ、例の子のお守りね。正直割りに合ってないとは思うけど、そういう律儀さは誰でも持ってるものじゃないからなあ。まあ本人のためになってるなら好きにやればいいと思う」

「それ言われると微妙」

「なんかあった?」

「学校行きたくないって言ってる」

「おおう……高校はもう卒業したんだっけ?」

「うん。4月から通ってるのは看護系の専門学校」

「新しい環境に馴染めなかったかー」

 

 それは高校時代からそうだったので、結局何も変わっていないとも言える。

 ただぼっちなままで許された高校時代と勝手が違うというのはそうだろう。

 

「というわけなんでこれから行ってくる」

「マジか。そろそろあきらが家に帰ってくるからそのまま話の続きをしようと思ってたんだけど」

「それ急ぐ?」

「という程じゃないからいいぞ」

「申し訳ない」

「いやいや、それは最初から織り込み済みな話だからな。今日の夜は……生配信があった。じゃあ明日か、あきらが暇なら夜にでも伝言するわ」

「分かった。さすがに何時間もいるつもりはないんで、夜なら繋がると思う」

「オッケー。……ま、他人の俺が言うことじゃないけどさ、たまには自分の人生についても考えろよ?」

「何それ?」

「そのまんまだよ。じゃあ今日の分の編集をお願いしてくるかな」

「なんだそれ」

「おつかれー」

 

 もう砂塚はモニターに向かって作業を始めている。

 話は終わりのようだ。

 帰るというのはこちらから言い出したことでもあるので、仕方なく俺は立ち上がる。

 正確には帰るではなく、次の場所へ向かう、なのだけれど。

 

 

 

 

 

 鍵を開けて家に入ると、餃子の匂いが奥から漂ってきた。

 途端に気が重くなる。

 気持ちは躊躇しつつも足だけは前に進めてリビングに入ると、目に映るのはテーブルいっぱいに広がった焼く前の餃子の包みの山。

 

「やむやむやむやむ……」

 

 山の向こうではこちらに背中を向けたりあむがブツブツと呟きながらひたすらに餃子を包んでいる。

 見た目はピンクの髪に白Tシャツというかなり明るいビジュアルだ。けれども周囲が澱んで見えるのは呪詛のように響く声のせいなんだろうか。

 流しの横を見れば衝動的に買ってきたであろう材料はもうすぐ終わりに近づいているようだ。

 そのままリビングの椅子に座って終わるのを待つことにした。

 

「やむやむやむ……ああ、もうなくなっちゃった……これだけ作っても気持ちが収まらない……やむ……」

 

 もはや作りきっても落ち着かない領域に達してしまっている。

 ゴールデンウィークが明けてからストレスの増大っぷりがひどい。

 こういうのも五月病に含まれるものなんだろうか。

 

「こうなったらまたスーパーに走って……智一(ともかず)!」

「終わった?」

「もう授業が難し過ぎてついていけないんだけどさあ!」

「うん」

「毎回毎回感想文書けって書けるか! 書く前に何言ってるかさっぱり分かんないんだけど!」

「クラスのみんなも?」

「クラスのみんな? みんなは……なんか協力して楽しそうにやってる」

「助けてもらえないの?」

「助けてって、だって誰も話しかけてくれないんだもん……」

 

 最初の威勢はどこへ行った。

 身長百五十にも満たない小さな体がさらに縮こまったように見える。

 

「話しかけてくれる人がいるって言ってなかったっけ?」

「別のグループに入ってから話してくれなくなった……なんかゴールデンウィークに一緒に遊びに行ったらしくて」

「なるほど」

 

 言うまでもなく、りあむは誘ってもらえなかったわけだ。

 そして一ヶ月経って新しい環境の人間関係が固まってしまい、りあむは見事あぶれてしまったと。

 

「最近先生もぼくのこと飛ばすようになってるし……当てられてもどうせ答えられないんだけど」

「うん」

「そりゃあさあ、ぼくなんかと話したってちっとも楽しくないよ。でも困ってる人は助けるもんじゃないの? そういう人たちが集まってるんじゃないの?」

「りあむが困ってるようには見えなかったとか」

「めちゃめちゃ困ってるよ! 助けてよって周りぶんぶん見てるよ! でも誰もこっちを見てくれない……」

「じゃあ話しかけづらいとか」

「なんでぇ!? 確かにぼくは陰キャだけどさあ、それとこれとは話が別だろう!?」

「髪の色がピンクの人に普通の人は話しかけづらいかなあ」

「それだけで!? ぼくはふつうの一般人だぞ!」

 

 りあむの髪はきれいなピンク色だ。もちろん地毛じゃない。

 最近は毛先を青く染めたりして、絵的ではあるけれど一般人からはむしろ遠ざかりつつある。

 だから思い切り好意的に解釈してみて、周囲はりあむを群れたくない人として認定し尊重してくれている……いや無理があり過ぎるか。

 結局はこの一ヶ月ちょいの言動の結果でしかない。

 

「それだけかどうかは髪を黒に戻してみれば分かるよ」

「え~、ぼくこれかなり気に入ってるんだけどさあ。こうしてからいい事ずくめだし」

「それはどうだろう。むしろ逆だと思うけど」

智一(ともかず)はほんと分かってないな。お姉さんの弟なのにこんなに違う」

「余計なことばかりしてくれたって個人的には思ってる。普通髪をピンクにしようとか言わない」

「はーやむやむ。ぼくがお姉さんの妹だったら幸せな人生だったのに」

 

 お姉さんとはりあむの実姉ではなく俺の実姉だ。

 りあむを甘やかしてしまった元凶であり、りあむにとっての理想の姉でもある。

 りあむには実姉もいるけれど仲が良くない。正確にはりあむが一方的に苦手にしている。

 俺はりあむの姉に対して特に否定的な感情もないので、もしかしたら適度な距離がある方がいいのかもしれない。

 

「でもまあ、冗談抜きに髪を黒か茶髪にしてみたら? そっちの方が一般人だし目立たないから変なことも起きないと思う」

「だから智一(ともかず)はほんとに分かってない。そんなのぎゃくぎゃくのぎゃくでむしろイヤなやつが寄ってこなくなったんだから!」

「いやそれってむしろ」

「あーあ、絡まれたりしないってどんなに素晴らしいことか智一(ともかず)には分かんないんだろうなあ!」

 

 なぜそこでマウント取りに走ると言いたくなるけれど、わざわざ口にはしない。

 それは問題とは全く関係のない部分なので、余計にこじれるだけだからだ。

 

「はいはい。じゃあそんな賢いりあむさんは餃子食べて勉強頑張ってください」

「は!? なんでいきなりそんなひどいこと言うんだよ!」

「ひどいも何も勉強するしかないわけだし」

「そうじゃない! そこは傷ついてるぼくに対してもっと優しい言葉をかけるべきだろ!」

「そう言われても、事実は変わらないわけだし」

「ち、が、う! 智一(ともかず)はお姉さんの代わりにここにいるんだから、もっとぼくに優しくして甘やかせよ!」

 

 どこまでも無茶苦茶な言い分だけれど、全部りあむが悪いと言うわけじゃないし言うつもりもない。

 元凶は我が姉で、りあむを完全に甘やかした結果がこれだ。

 りあむのことが大好きでかわいがるのはいい。とかく女という生き物は小さくてかわいいものが好きなのだし。

 だけどそれはペットをかわいがる感覚でやったんじゃないかというレベルで、果たしてりあむは一年かそこらでこうなってしまった。

 もちろん本人に問題がないわけじゃなく、両親と実姉から解放され抑圧されてきた部分が表に出てきたのもあるんだろう。

 なんにしても、結果としてりあむはどん底の自己評価と尊大な承認要求というある意味相反する性質を合わせ持った生き物に育ってしまっている。

 

「申し訳ありませんがそのサービス内容は現在の料金には含まれておりません」

「なんだよ料金って!? 金かよ! 世の中お金が全てかよ!」

「これ以上のサービスを求めるのであればプランの変更と課金が必要です。まあストレス解消したいならいつものようにアイドル見て癒やされたら?」

「癒やし……癒やし……今のぼくに優しくしてくれるのは誰だろう……」

 

 りあむは手袋を外し、ちゃんと手を洗ってからフラフラとリビングを出て行った。

 意識は既に虚空へと飛んでいるようで、これから見るアイドルの選定でも行っているんだろう。

 取り残された俺は振り返ると、目の前には同じように取り残された餃子の山があった。

 いつものように俺はコンロの前へ行って火を付け、フライパンを取り出す。

 今日は10個くらいにしておこうか。

 

 

 

 焼けた餃子を持って居間に入ると、りあむはノリノリでサイリウムを振っていた。

 この状態では何を言っても無駄なので、曲が終わるまで待つことにする。

 画面の向こうではキラキラとした空間の中で、どこかのアイドルたちが笑顔で踊っていた。

 

「は~~~っ! 元気になった!」

「そりゃよかった」

「あっ、餃子食べる!」

 

 言うやりあむは勢いのままに餃子を口の中へと放り込み、舌を火傷して悶絶した。

 目の前の皿には吐き出された餃子の残骸が転がり、本人も床の上を転がっている。

 俺は自分の餃子を確保済みなので、そのまま静かに食べ続けた。

 

「はーっ! はーっ!」

「ごちそうさまでした」

「めっちゃやむ! ぼくが何したって言うんだよう!」

「何って焼きたての餃子を」

「なんでいつもいつもぼくはこんな天国トゥヘルな目に遭わなきゃいけないんだ!」

 

 なぜも何も完全に自業自得でしかないのだけれど、りあむはよくこういう言い方をする。

 何か超常的な力が働いてりあむにとって不幸せなことが起こる、と本人は解釈したがっていた。

 もちろん他人のせいばかりにしていては改善されるわけがない。

 

「というかなんで元気になってるわけ?」

「は? ライブ見たら元気になるのは当たり前でしょ?」

「そうじゃなくて、癒やされに行ったんじゃなかったの?」

「だってプレーヤーに入ってるのライブのディスクだったし」

「えぇ……」

 

 そんなの当然だろという顔をされると非常に困る。

 アイドルなら何でもいいのか。あるいは気分が変われば何でもいいのか。

 

「もう餃子はいいや」

「じゃあ冷蔵庫入れとくから明日の朝にでも食べな。残りはもらって帰るから」

「餃子のお兄さんだ!」

「そうそう。食べざかりの子どもたちに配ってくるから」

 

 りあむによってしばしば大量生産される餃子は、そのまま近所の子どもたちの胃の中に入っている。

 呼び名については余り過ぎて処理に困った結果、近所に配って歩いていたらいつしかそう呼ばれるようになってしまった。

 もっともその親たちにストレス解消で作ってると言ったら、俺がストレスを溜めていると誤解されてしまっているのだけれど。

 

「ねえ智一(ともかず)

 

 餃子を纏めてから立ち上がると、りあむに声をかけられた。

 顔を見ると不安そうな目に戻っている。

 

「ぼくこのまま学校に通ってて、人から感謝される人間になれると思えないんだけど」

「まだ二ヶ月も経ってないのにそれは早過ぎない?」

「けっきょくぼくがダメダメなことに変わりはなくて、そんなんじゃ誰も感謝なんてしてくれるわけなくて」

「う~ん」

「だから別に感謝されるような人生じゃなくてもいいかなあって」

「じゃあどんな生き方がいい? もしくはどうなりたい?」

「何もしないで楽に生きたい! そんでチヤホヤされたい!」

 

 何も言わずに俺は背を向けて足を前に出す。

 後ろから罵詈雑言が飛んできた。

 

 

 

 

 

「家庭教師もやってるんだ」

 

 画面越しでの通話が始まるなり、あきらちゃんはこちらの話題を持ち出してきた。

 ただしツインテールの頭は下を向いていて、おそらくスマホをいじっている。

 女子中学生とは器用なもんだなと意味もなく感心させられた。

 

「まあ家庭教師と言うか、勉強をちょっと見てただけで」

「その人専門学校なんでしょ? そんなの教えられるもの?」

「まだ入学して二ヶ月だし、やってることは高校の基礎レベルだから」

「ふーん」

 

 話題を振ってきた割には興味なさげで、正直もにょりたくなる。

 それに兄の動画内ではもう少しテンションが高いので、嫌々会話してるんだろうかと邪推したくもなってしまう。

 兄の意見としてはこれが素だからということなので、そういうことではないと信じたい。

 

「そういえばあきらちゃんは年明けたら受験か」

「まあね」

「大丈夫そうなの?」

「ぼちぼちかな。あんまり無理する気もないし」

「そっか。じゃあ東京来たいとかは?」

「特にないかな。ネットあるし、別に東京行かないと手に入らないって時代でもないでしょ」

 

 これは、一歩間違えれば合コンで気のない女の子に一生懸命話しかける悲しい男だ

 長話すればするほど辛くなってしまいそうなのでさっさと本題に移ろう。

 

「ごめん、つまんない話しちゃったね。それで砂塚から何か伝言とかある?」

「別につまんなくはないけど。まあいいや。えーっと、兄ぃからは二つあるって」

「二つね」

 

 あきらちゃんは目をスマホから離し、机の上に置いてあったノートを手に取って眺める。

 メモ用紙じゃなくてノートとは、それなりの内容になりそうだ。

 

「一つは電脳ドッジの話。来月から週一くらいで事前動画を作っていこうって。告知とか準備の様子とかを題材にして、施設のリニューアルオープンに向けて盛り上げていきたいって」

「なるほど。確かに告知も必要だしメイキング動画もネタとして十分ありだ」

「メイキングはメイキングでまた別に作るって。終わった後で上げて二度おいしいって言ってた」

「ああ、うん。それはそうか」

「それで事前動画の中身に何を盛り込むかアイデア募集……全体的なスケジュール含めてドラフトを急いで作って送るから確認とチェックよろしくって」

「うん?」

「何か?」

「いや、続きどうぞ」

 

 アイデア募集と口にした後で少し間があった。

 何に引っかかったんだろうか。漢字でも読めなかったんだろうか。

 急にこちらを見られてびっくりしたので突っ込めなかった。

 

「もう一つが、電脳ドッジだけじゃ物足りないからもう一つ大きなネタが欲しいって話」

「それは……考えろと言われても簡単に出てくるもんじゃ……」

「一応、というかほとんど決定なのがさっき兄ぃと話してて出てきた。バーチャルファッションショーをやろうって」

「バーチャルなファッションショー?」

 

 それはまた……ああ、施設にそういう機能でもあるのか。

 俺の体をバーチャルマスコットで置き換えられるのなら、服を重ねるくらいはなんとでもなる……のか?

 

「要は画面越しにコスプレできるって話。本人はTシャツ短パンなんだけど、画面の向こうでは鎧着てる的な」

「うん、想像はできた。でもそれ実際可能なの?」

「兄ぃがその場で電話して聞いたらできるんだって。だったらやりましょうって勢いで押し切ってた」

「そ、そうなんだ……」

「今日の生配信終わったら徹夜で企画書作るって張り切ってる」

「あいつのやること多過ぎだろ」

「自分で増やしてるから自業自得。全く同情の余地なし」

 

 発言内容が辛辣な割に声は優しかった。

 生まれてからの付き合いだし『もうしょうがないなあ』くらいの感覚になってるんだろう。

 

「そうだね。じゃあ他に伝言はある?」

「伝言は……以上」

「分かった。伝言ありがとう」

「……」

「さてと、こっちでやれることは何があるかな……?」

「あ、それなら」

 

 あきらちゃんが今日初めてしっかりこちらを向いてきた。

 心なしか顔つきも真剣そうな。

 

「何?」

「兄ぃから宿題があって」

「なるほど」

 

 やることが山積みなら当然こちらに降ってくるものも多々あるだろう。

 それが無理難題でないといいけれど。

 

「事前動画の内容と、バーチャルファッションショーの衣装について考えて欲しいって」

「まあそうだよね。今の砂塚に細かいことまで考えてる余裕はないだろうし」

「ネタ出しの段階でよくて、まだ吟味まではしなくていいって言ってた」

「それでいいんだ」

「数が欲しいからとにかくたくさん出して欲しいって」

 

 砂塚にしては緩い要求だ。

 いつもならもう少し実現可能性を上げて実際の流れまで出せと言いそうだけれど。

 これは徹夜して作るとかいう企画書に盛り込みたいのか。

 

「出した数に応じて報酬が増えるんで、その……」

 

 それとも単純に妹に甘いだけなのか。

 

「そういうことか。締め切りは?」

「今日中」

「マジか。じゃあ急いで考えないと」

「それ助けてくれるってことでいい?」

「報酬が増えるのはこっちも同じだろうし、一緒に頑張ろうか」

「ほんとに!? ありがと!」

 

 画面の向こうであきらちゃんが笑った。

 今まで二、三回会話した程度でしかないけれど、笑顔は初めて見た気がする。

 そしてあきらちゃんは俺と目が合って照れたようで、視線をノートへとずらしてページをめくった。

 

「それで事前動画なんだけど、最初にビジュアルで見せないとピンとこないと思って」

「あー、それはそうだね。じゃあどういうシーンを見せたい?」

「それは……ボールが飛び交ってるとことか?」

「うん、それもありだね。それなら引きでそう見せるならアップにするときはどうしようか?」

「アップなら……自分にボールが飛んでくる……?」

 

 兄は妹を動画配信者として育てようとしてるんだろうか。

 にしてもそれを俺にやらせていいのかという気がしないでもないのだけれど。

 

 

 

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