志は高く、愛情は深く、友情は等しく   作:けーぴー

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3.女子高生も女子中学生も別の生き物

 

 

 

 女子高生は全く違う生き物だ。

 

 もちろん生物学的にどうという話じゃない。

 当たり前だけれど男も女も同じ人間であって、息をするしごはんを食べるし排泄行為だってする。

 違うのは見えている世界であり、ものの感じ方であり、思考回路だ。

 男なら小学生だろうが中学生だろうが高校生だろうが、『会話をしていればまあなんか分かる』のだけれど、女子と会話しているとそういう感覚がまるでない。

 これは姉というかつて女子高生だった生き物と暮らしていてつくづく実感したことだった。

 そしてそこから学んだのは、『それはそういうものだ』としてそのまま受け入れることだ。

 つまり、相手の世界を否定してしまうと非常にめんどくさいことになる。

 

「だから、チッチ君はいるじゃないですか! 二次元とか三次元とかそういう問題じゃないんです!」

 

 分かっていたはずなのに、俺はまたしてもやってしまった。

 女子高生をムキにさせてしまうなんて百害あって一利なし以外の何物でもないのに、どうして俺はわざわざ煽るような行為をしてしまったんだろう。

 もしかしたら最近の俺は社会人になって鷹揚さを身に着けた姉(自己申告)に甘えてしまっていたのかもしれない。

 

「ぴにゃこら太もチッチ君もそこにいるんです!」

「うん、分かった。分かったから待って。ちょっと待って」

「どういうことですか!」

「話をするのはいいんだけど、場所がね?」

「えっ? ……あっ!?」

 

 女の子はようやく、ここがりんごフェスタの会場内であることを思い出してくれたようだ。

 我に返って一瞬で顔が真っ青になり、完全にフリーズした。

 でも幸いなことに再起動に時間がかかることはなく、女の子はすぐに首を下げ、それから深々と頭も下げ、

 

「しっ、失礼しましたっ!」

 

 脱兎のごとく駆け出して行った。

 

「すいません行ってきます」

「は、はい」

 

 とても口を突っ込めずきっと呆然としているだろう辻野さんを残し、俺は女の子を追いかける。

 当然、放っておくわけにはいかない。

 このまま終わらせるとか最悪の行為だ。

 相手が『恥ずかしかった思い出』として済ませてくれるなんて期待するのは甘過ぎる。

 それどころか恥ずかしいという感情を俺への恨みに転化してくる可能性が大いに有り得る。

 だから絶対にフォローが必要だ。

 まして、チッチ君というリアルバレした相手なのだし。

 

 女の子は考えもなく感情のままに走っているのもあって、追いつくのは難しくなかった。

 どうやって止めるかを考える。肩を掴むか、腕を捕まえるか。

 いや、体に触れるのは危険な行為かもしれない。

 ビルを出たところで俺は彼女を追い越し、前に回って手を広げる。

 

「ストップ!」

「えっ!?」

 

 女の子は驚いて、ようやく止まってくれた。

 そして俺の存在を認識し、再び顔が青くなる。

 額から見える汗は走ったことによるものか、それとも冷や汗か。

 ひとまず道の真ん中ではなんなので、脇に誘導する。

 ビルの入口前はちょっとしたスペースになっていて、人二人が会話する分には問題ない。

 幸い人も多くないし、怒鳴り合いとかにならなければ大丈夫だろう。

 

「……」

 

 さっきまでの勢いはどこへやら、女の子は完全に無言だ。心なしか体が震えているような。

 ひとまずは素直に従ってくれて、隙を突いて逃げ出そうとしたり逆ギレしたりしないのは非常に助かった。

 後は俺が穏便にことを収められるかだ。

 

「ごめん」

「えっ?」

 

 初手謝る。

 俺は腰を折って頭を下げた。

 女の子は戸惑ったように俺を見る。

 この反応は想定内。

 

「夢を壊すようなことを言っちゃった。本当に申し訳ない」

「えっ、あっ、いえ、そんなことは……」

 

 相手に正当性を与える。

 これで彼女はどう出るか。りあむのように全力で乗ってマウント取りに来るか。それとも自身を省みてくれるか。

 

「こういうことって初めてで、完全にパニクっちゃった。ほんと自分でも何言ってるんだろうって感じで」

「は、はい……」

 

 相手が落ち着けるようにゆっくり話す。

 すぐに反応が戻ってこないのはまだ混乱中だからだろうか。

 それとも必死に頭をフル回転させているからだろうか。

 見た感じでは姉のような、感情のままにリアクションしてから考えるタイプではなさそうだ。

 そういうパッション直情系は自分でも引っ込みがつかなくなって話がどこまでも拗れる。

 だからそうでないのは本当にありがたい。

 

「なんだかんだ言ってもそのへんは素人なんで、しょうがないなって寛大な心で許してくれると嬉しいです」

「そ、そんなことないですっ! 悪いのは私で!」

 

 よし、性格の悪い子じゃない。むしろいい子側だ。

 話しかけてきたときは感情のままに生きている人種かと思ったけれど、これはたまたまスイッチが入ってしまっただけなのかもしれない。

 それならばスイッチがオフになった今なら理性的に話を進めることができそうだ。

 

「いやいや、せっかく勇気を持って話しかけてくれたのに、ああいう対応をされちゃったら怒るのも当然だから」

「それはぴにゃこら太と遊んでいて楽しくなって、そんなときに目が合ってしまってどうしても伝えたくなっただけで……そういう場でもないのに声をかけるのは本当に失礼な行為でした。すみません……」

 

 言葉にしたことで自らの行動をはっきり理解したようだ。

 みるみるうちに萎れていく。

 これは自己嫌悪に陥って自分を責めるタイプかもしれない。

 さっきまでは感情が外へ向かって全開だったのに、今はベクトルが完全に逆の方を向いている。

 つまりこのまま進むと心配していたのとは別方向にめんどくさくなる。

 急いで方向転換して話を終わらせなければ。

 

「よし、じゃあお互いさまってことで」

「はい?」

「二人とも悪かったってことで、もうお互いにごめんなさいしたから終了で」

「いえ、そんなわけには。元々私が声をかけなければこんなことにはならなかったのですから」

「と言ってもこっちはもう気にしてないし。あ、もしかして許せませんか?」

「そんなことないです!」

「はいじゃあ何も問題なし。おしまい!」

「えぇ……」

 

 超強引な展開に女の子はドン引きしているけれど、実際問題これ以上どうにもできないんだから仕方ないだろう。

 さすがにここから罪悪感につけ込むような真似はしないし、したくもない。

 後は会話を終わらせて綺麗にお別れできればミッションコンプリートだ。

 

「それじゃこれで……ああ、そういえばさっき体の動きが綺麗だと思ったけど、スポーツとか何かやってたりする?」

「そ、それは……」

 

 何の気なしに気になったことを聞いてみて、言いよどまれて最後に自爆してしまったことを悟る。

 俺は何余計なことをしているんだ。そのまま会話を終わらせて何も問題なかっただろうに。

 『何々やってるんです』『へー、じゃあインターハイ目指してがんばってね』なんて安直な会話で済むだろう程度の意識だった。本当に浅はかだとしか言いようがない。

 

「あ、分かった。きっとアイドルだ」

「……えっ?」

「アイドルなら体の動きとか訓練するよねー」

 

 苦し紛れで絶対に当たらないと思える選択肢を口にする。

 冗談なんだ、別に詮索したいとかじゃないんだ的な気持ちを感じ取ってくれ。

 おそらくは演劇部とかだろう。午前中りあむに見せてもらった『あんちゃん』の写真と雰囲気が似ていた。方向性的には見当違いという程でもないはずだ。

 けれどとても残念なことに、俺は二重の失敗を自覚する。

 目の前の女の子が完全に固まってしまった。

 というか、どう見ても冗談に乗るようなタイプじゃなさそうなのに、どうして俺は相手にリアクションを要求するような発言をしてしまったのか。

 最後の最後で全部台無しにしてしまった。どつぼにはまるとはこういうことだろうか。

 

「……分かるんですか?」

「え?」

「はい。私……アイドルなんです!」

 

 女の子の内側に向かっていたエネルギーが再び逆を向き、その全てが俺に向かって放出された。

 怖いくらいの真顔が一瞬で心から嬉しそうな笑顔に変わって、『笑顔が花開く』とはこんな感じなんだろうかとぼんやり思う。

 女の子は、綾瀬穂乃香です、と名乗った。

 

 

 

 

 

「ふえー、都会ってすごいんですね~」

「アイドルがこんなところにいるんですなあ」

「父ちゃん、ここは東京だよ東京」

「アイドルと言っても新人みたいですけど」

 

 戻って抜けたことを詫びると、辻野さんは笑って気にしないでいいと言ってくれた。

 むしろ何が起こっていたのかを聞きたがって、娘のあかりちゃんは綾瀬さんの姿を見そびれたことを悔しがっている。

 俺は自分のことについては適当にぼかして、一連の流れを説明した。

 ぼかしたことについて深く突っ込んでこないのはさすがと言うか、普段から人を相手にしているだけあって機微に聡い。りんごをただ作って終わりじゃないという話だ。

 

「アイドルって道ばたを歩いてるとファンに囲まれてサイン攻めに遭うものだって思ってました」

「デビューしたばかりじゃさすがにそういうのはないかな。そもそもアイドルって気づかれないだろうし」

「でも氷川さんはアイドルっぽいって分かったんですよね? やっぱりそういう雰囲気みたいなものがあるんじゃないですか?」

「いやそれは単に当てずっぽうで、ぶっちゃけ全然意識してなかった」

「そうですかー。父ちゃんは見たんだよね? どんな人だった? アイドルっぽかった?」

「アイドルは分からんけど美人さんだとは思ったな。女優さんと言われたら素直に信じるなあ。立ち姿が綺麗だった」

「ああ、確かにそうですね」

 

 これはチッチ君のデータを作っている人から聞いた話だけれど、一般人の体にはそれぞれ癖があって、立ち方から歩き方からその人なりの癖が出てくる。

 そのへんの人をモデリングしてみると、とても綺麗じゃないデータになってしまうそうだ。

 なので役者と呼ばれるような、立ち方歩き方などの訓練をした人からデータは取ると言っていた。

 と言っても一流である必要まではなく、基礎訓練ができていれば十分だそうだ。それにたとえ癖があってもそれはそれで人間味や特徴になるので、全く使えないことはないとのこと。

 綾瀬さんの体の動きはとても綺麗だった。気になって突っ込んで危うく自爆をしかけたけれど、アイドルということはやはり体の使い方を練習しているんだろう。

 

「アイドルかあ……。みんな綺麗だなあと思って見てましたけど、東京にはそういう人たちも普通にいるんですね」

「もしかしたら今日のお客さんの中にもいたかもしれんな」

「あはは、父ちゃんそれはないよ。いたら絶対分かるって」

「お前アイドルに詳しかったのか?」

「ううん、全然。でもアイドルだったらきっと分かるよ。アイドルって島村卯月ちゃんみたいな人なんでしょ?」

「いや俺に言われても知らんぞ。氷川君は知ってますか?」

「その名前は聞いた覚えがあるような……」

 

 情報源は間違いなくりあむなのだけれど、いったいどこで聞いたか。

 ああ、思い出した。某ファッションセンターと同じ名字だ。

 去年その島村卯月という子は何かで一番になって、りあむがやたらと興奮していた記憶がある。

 あのときは自分もがんばろうと受験に対するやる気が上がってくれたので助かった。

 

「テレビつけたらよく見ますよね。実はそのあたりに卯月ちゃんいたりしないかなあ……」

「さすがにトップアイドルともなればそのへんでマスコットと遊んだりはできないでしょ」

「そうですよね。そういえばあのマスコットも人気なんですか? 山形じゃ見たことないですけど」

 

 と、あたりを見回していたあかりちゃんが指を指す。その先にいるのは緑のあいつだった。

 

「ぴにゃこら太?」

「あ、知ってるんですね。やっぱり有名なんだ」

「ということは全国的ではないんですかね?」

「ゆるキャラですか。役所なんかがやってたりしますが、子ども向けのもんだと思ってました」

「実際そうだと思いますけど」

「しかしさっきの子が相当に嬉しそうでしたし、案外幅広く受けているのかもしれんと思いまして。あかりはどう思う? あれかわいいか?」

「あれ? う~ん……よく分かんない……」

 

 あかりちゃんはいまいち納得がいかないようで、難しい顔になっている。

 俺としても同感だ。

 結局うやむやになったけれど、チッチ君とぴにゃこら太がお似合いだというセンスは普通に考えて一般的じゃないと思う。

 きっとアイドルというのは普通の人ではないからその感性も独特なんだろう。

 

「辻野さんもマスコットとか作ってみたらどうですか? 例えばりんごをモチーフにしたりして」

「マスコットですか? さすがにそれは」

「それよさそう! 父ちゃん、やってみようよ!」

「無茶を言うな。ただじゃないんだぞ」

「あ、そっか。お金かかるなら無理か」

 

 あかりちゃんがしゅんとなって、辻野さんと顔を合わせて笑った。

 女子高生は違う生き物だけれど、女子中学生もまた別の生き物だ。

 かわいいと言うか微笑ましいと言うか、よしよしと頭を撫でたくなる。

 もちろん他人の女の子に、それも親の前でそんな真似はしないけれど。

 

「あっ。じゃあ、クラウドファンディングってのをしたら?」

「えっ?」

「氷川さん、そのクラウドファンディングって私でもできますか?」

「それは……未成年だと基本的にできなかった気がする」

「そうですか……」

「馬鹿なことを言うんじゃない」

 

 辻野さんが呆れたように娘をたしなめる。

 俺も冗談を本気にされるとは思わなかった。

 このへんの感覚が正直よく分からない。

 

「父ちゃん、クラウドファンディングやろう」

「は?」

「父ちゃんならできるんだよね? 実際やったし」

「いやそれはそうだが」

「氷川さん、マスコットを作りたいので支援してくださいっていうのはできますか?」

 

 あかりちゃんが俺に振ってきた。

 正直、すごく困る。

 辻野さんがなんとかしてくれという顔をしているし、どう答えたものか。

 

「えーと、サイトで支援を求めること自体は、多分できる」

「じゃあ!」

「でもそれでお金が集まるかって言うと、正直厳しいと思う」

「どうしてですか?」

「だってお金を出してくれる人をどうやってその気にさせるのかっていう問題があるから。こういうのって対価がないから、人の気持ちを動かすのがすごく難しいんだ。辻野さんがうまくいったのは災害に対する募金という感覚を引き出せたからというのがあって、ただマスコットを作りたいだけじゃお金を出そうって気にはならないと思う。あ、これは全部父の受け売りだけど」

「そんな……」

「まあそういうもんですな。あの時うまくいったこと自体が奇跡みたいなものですから」

 

 あかりちゃんは肩を落とし、その父親はほっとした表情を見せる。

 実際的なところを言うとノリの部分が大いにあるので、バズったりするとバカみたいな内容でもあっさりお金が集まったりする。

 世の中にはネタに対して数千数万単位のお金を出すような父親もいるし、動画配信者には投げ銭なんてものもある。

 お金を出す側の人間はその人にとって大金でなければ、意外とあっさり出してくれたりするものだということを俺は知った。

 

「でもやらないよりはやった方がいいよね」

「あかり?」

「だって次同じことがあったらもうお金なんて集まらないだろうし、今のうちにできることはやっておかないと」

「あかり、あのな」

「父ちゃん、あんな幸運はもう二度とないよ? だからこうやって東京に出てくるくらい余裕のできた今ならやれるでしょ?」

 

 そのあかりちゃんの姿は焦燥感に溢れていた。

 被害があったのは二年前だから中一くらいか。

 やっぱり本人としても相当に思うことがあったんだろう。

 今自分は何をするべきか考えていると父親が言っていたし、何かをせずにはいられないという感じなんだろうか。

 

「そうは言ってもな、氷川君が言った通りうまくいかなさそうなんだから、わざわざそんなのものに力を入れることもないだろう?」

「父ちゃんには迷惑かけないから。やり方教えてくれれば私がやる」

「やり方ってお前が?」

「それにうまくいかなくてもお金が集まらないだけでしょ?」

「いや評判が」

「評判ってもうお金もらった後なんだから今さら変わらないよ」

 

 父親は完全に娘の勢いに押されている。

 そして俺を見ないで欲しい。

 今日初めて会った他人に家族の問題を振るとか無茶ぶりにも程がある。

 それにクラウドファンディングの話なら俺じゃなくて俺の父だ。

 

「えーと、そもそもマスコットを作ったからどうだという話があって」

「使い方ですか? それは作りながら考えます。マスコットのこともこれから勉強して」

「勉強ってあかりちゃん中三でしょ? 受験あるんじゃ」

「部活はやってないんで大丈夫です。勉強はします。成績落ちたらお母ちゃんに怒られるし」

 

 あっ、これガンギマってるってやつだ。

 こうなったらもうてこでも動かない状態。

 これはこの場での説得は不可能だと判断せざるを得ない。

 

「なるほど、あかりちゃんの気持ちは分かった」

「ほんとですか!」

「でも大事なこととして、俺はクラウドファンディングには詳しくないんだ。できるだろうとは言ったけど、実際どうなのかとかどうやるのかまでは分からない。だから辻野さん、父に連絡して相談してください。それから判断はしてください」

「なるほど、確かにそれはその通りですな。我々では分からない決められない部分が多々ありますし」

 

 辻野さんが一も二もなく飛びついた。

 責任も理由付けも全部他人に押し付けられるのだから嬉しそうだ。

 と言っても元凶は我が父親なのだし、これくらいは引き受けて当然だろう。

 

「え~」

「詳しい人がいるんだから、その人に聞くのが一番だろう? クラウドファンディングのことを教えてくれて段取りまでしっかりやってくれた、我が家の恩人だ。きちんと話は聞いてくれる」

「うん、分かった。お願いしてみる」

 

 ようやくあかりちゃんが納得した顔を見せてくれた。

 そして女子中学生にお願いされる俺の父の姿が浮かぶ。

 あれ、これ大丈夫だろうか。

 父は夢見姉妹に対してはどうだったか。うん、十分甘かった。

 もしかしなくても止められないかもしれない。

 あらかじめ父に話を通しておいた方がよさそうだ。

 そう思って辻野さんを見ると、頷いて理解を示してくれた。

 あちらはあちらでやってくれるらしい。

 

「秋になったらぜひご家族で山形に来てください。りんご狩りをやっていますので」

「へえ、りんご狩りですか」

「お送りしているのは形のよくないものですので、一度見た目も味もいい旬のりんごを食べていただきたいのです」

「それはかなり興味を惹かれますね。伝えておきます」

「家族一同お待ちしております」

「すっごくおいしいですよ!」

 

 さっきまでの必死な表情は影もなく、あかりちゃんは看板娘の笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

「氷川お前たまにすごいことしてくるな」

「正直びっくりした」

「346プロの新人アイドルかー。ぶっちゃけ超出て欲しい」

 

 お互い壁に寄りかかりながら、砂塚が天を仰ぐ。

 と言ってもライブハウスの中なので天井は暗く、そして狭い。

 前を見るとそこまで広くもない会場はそこそこ埋まっていて、その最前列ではりあむがサイリウムをぶんぶん振っていた。

 推しとやらの出番に張り切っているようだ。

 

「それはこうやって実際見てからの話ではなく?」

「346だぞ346。しかもシンデレラの二期生とかハズレの要素が何もない」

「ああ、りあむからなんかそんなことを聞いた気がする」

「去年の島村卯月と同じ立場だって言ったら分かるか? それくらいは分かるよな?」

「相当に期待されてると」

「調べたら規模的には去年の半分らしいから、あそこまで大々的って程じゃなさそうだ。それでも事務所が推してることは間違いない」

 

 綾瀬さんに会った出来事を話したところ、砂塚はとても喜んだ。

 新人とはいえアイドルが自分の動画を見てくれていたんだから、それは嬉しいだろう。

 そう思って話していたら、二言目には『その子に出演交渉できないか』だった。

 こういうのは商魂逞しいと言っていいんだろうか。

 

「と言ってもここのアイドルたちに出演依頼するんじゃなかった? こうやってお金出してわざわざ見に来てるわけだし」

「それはそれだ。こっちはこっちで出て欲しいし、この感じなら多分出てもらえると思う。ギャラの問題がクリアできればいけそうだ」

「実際問題あるわけ?」

「まだ話も持ちかけてないけど、向こうが吹っかけてこなけりゃ大丈夫だ。別にケチろうとか思ってないし」

「そんなんでその346の分のお金まで出せるの?」

「そっちは企業が持ってる予算をもらう。あの346のアイドルなら文句ないだろって言えるしな」

 

 企画立案者だからか、砂塚はやけに強気だ。

 今のところ企業も研究室も施設も関係者全員喜ぶ結果になっているようで、それらを繋いでいる砂塚の立場は相応に強いんだろう。

 まあこのイベント自体が砂塚のものであるし、最高責任者でもある。

 

「なんでもいいけど早く決めてね。事前動画で出演者紹介するんだから」

「分かってるよ。あきらにも早くしろって催促されてるしな」

「346のアイドルなら7月に入ってからでもいいけど、ここの人たちはできるだけ早くね。そうしないと最初が男ばっかりになるから」

「あーそのへんのスケジュール調整があるんだよなあ。マネージャーつけてほんとよかった。もうそこまでやってる暇がない」

「じゃあ今日来なくてもよかったんじゃ」

「それは来るだろ。さすがに出演者知らないで出てもらうとかないわ」

 

 俺と会話をしながらも、砂塚の視線はステージを向いている。

 器用だなと素直に感心する。この状態では雰囲気くらいしか分からないと本人は言っているけれど。

 

「それで」

「ちょっと待った。後で」

 

 見ると砂塚の目が鋭くなっている。

 視線の先ではアイドルが歌っていた。『あんちゃん』ではなく、小柄な女の子だ。

 黒髪のボブカットで、幸薄そうな雰囲気と言ったら失礼だろうか。

 そう見えるのは眉がハの字になっているからか。

 女の子は目を瞑り、胸の前で両手を組んでその歌声を狭い会場内に響き渡らせている。

 さっきまではファンの応援する声や雑音があったのに、今は無音だ。

 スピーカーから出る音もなく、ただ女の子の生声だけがこの空間に存在している。

 黒いステージに黒い衣装。ライトが当たっていなければそのまま周囲に溶け込んでしまいそうだ。

 けれどもその歌声で、これでもかと言わんばかりにその存在は主張されている。

 歌声は幼いけれど優しい声で、体に染み込んでくるような気がした。

 

「これはいいものを見れたかもしれない」

 

 砂塚の称賛で我に返る。

 女の子は歌い終わった後、深くお辞儀をしてステージから降りて戻って行った。

 一瞬の静寂の後、みんな我に返ったようで今日一番の拍手が会場内に広がる。

 俺も思い切り手を叩いた。それくらい引き込まれた。

 映像で見た華やかなアイドルの姿とは全く別の世界がそこにあった。

 

「いやー、すごかった。アカペラなのに、いやアカペラだからかな? 演出がすごかった」

「多分演出じゃないぞあれは」

「演出じゃなかったら素でやってるってこと?」

「そうじゃなくて、音出なかったのは多分トラブルだぞ。最初音が出なくて困ってたと思う」

「そうなんだ」

「それくらい見てろよ。かなり微妙な間があったんだから。途中で諦めて、アカペラで歌ったんだろう」

「でも結果オーライだったんからそれはそれでいいんじゃない? 俺もしたけど拍手とかすごかったし」

 

 むしろトラブルを物ともしなかったんだから、もっとすごいと言えるんじゃないだろうか。

 観客の反応を見てもそうだ。

 けれども砂塚の顔はそう言っていなかった。

 

「さっきのが最後ならそれでもよかったんだけどな」

「どういうこと?」

「今やってる子がすっごくやりにくそうだ。観客も乗ってないし完全に空回ってる」

 

 ステージを見ると歌っているアイドルは一生懸命だ。観客もサイリウムを振って応援している。

 でも何もかも噛み合っていない感じがすごい。

 ああ、さっきので今までとは完全に別方向の空気ができてしまったのか。それがあまりに異質過ぎて誰もが引きずられている。

 そして何より一番辛いのは、この場にいる誰もがそれを分かっていることだった。

 

「うわあ」

「きっついなあ。生贄か」

「どういうこと?」

「雰囲気を元に戻すための生贄。今歌ってる子って最初の方に出てきて二曲くらい歌ってる。普通ならもう出る予定はないはずだ」

「そういうもの?」

「絶対とは言わないけどな。でも今日二回出てきてる子はいないし、構成的にも不自然だ」

「じゃあ何のためにってそれが生贄? 雰囲気を戻す必要があるから? わざわざそんなことする?」

「そりゃあ大事だろ。だって次は大トリで、この事務所の一番人気なんだから」

 

 歌っていた子は汗びっしょりで、もう笑顔を作るのもやっとという疲労困憊な姿で戻って行った。

 それから音楽が変わって、観客の間から拍手が起こる。メインテーマか何かだろうか。

 確かにそれで空気が変わった。華やかな、これは見覚えのある空気だ。

 りあむの家で見た映像と同じような、アイドルの空間だ。規模は比べようもないけれど。

 歓声と共に、アイドルっぽいアイドルがステージに上った。

 

「それで、さっき言いかけてたのは何だ?」

「さっき?」

「俺が止めちゃっただろ。何言おうとしてたんだ?」

「ああ、346の新人アイドルのミニライブがあるけど行くかって話」

「行く」

「即答か」

「当たり前だろ。出演依頼するんだから」

 

 いつのまにか『したい』じゃなくて『する』になっている。

 綾瀬さんと知り合った時、帰り際にミニライブをやっているので観に来て欲しいとお願いをされた。

 まだ通常のライブに出るような身分ではないとのことで、今はレッスンをしつつ、時々346プロ所有の劇場の一角で稽古場公演という名のミニライブをやっているそうだ。

 俺としてもああいう流れでは実はアイドルに興味ないとも言えず、じゃあ行きますと返さざるを得なかった。

 あのときは巻き込もうなんて全く考えていなかったけれど、こちらの立場を考えればこうなるのはある意味必然だったと言えるのかもしれない。

 

「新人アイドルは七人だったかな。全員呼べたら一番いいんだろうけど」

「もちろん可能ならみんな出てもらうぞ? 向こうとしてもまだ扱いに差をつけたくないだろうし、どうにかしてできないことはないと思ってる」

「格が下がるからそんなのには出ないとか言われたりして」

「言うなよそういうこと。正直向こうは選べる立場だしなあ。アイドルを売り出す計画もあるだろうし、アイドルのデータを渡したくないって言われると辛い」

「ああ、バーチャルファッションショーには必要なんだ」

「そういうこと。大学の名前とか出して全然怪しくないってのは主張するけど、断られる可能性は十分にある。最悪は電脳ドッジだけでも出てくれっってすがりつきたい」

 

 さっきまでとは違ってだいぶ弱気だ。

 相手の立場の方が圧倒的に上なのだからそれも仕方ないか。

 今回はネットの世界だけでの話で、テレビなんて一切関わっていない。

 もしかしたら当日取材があるかもしれない程度で、果たして向こうにとってわざわざアイドルを出す価値がどれだけあるか。

 まだ仕事もあまりないような新人でなければ、即答で断られる程度の話なのかもしれない。

 

「なるほどなー。この事務所が目指す方向性は分かった」

「アイドルに方向性とかあるの?」

「そりゃあるだろ。346のアイドルとか個性の闇鍋って言われるくらい尖りまくってるんだぞ?」

「ふーん。それでこの事務所は?」

「346の一つの属性特化。まあ第二の島村卯月を作りたいんだろうなって感じ」

「アイドルっぽいアイドルってこと?」

「そんな感じ。島村卯月の作ったシンデレラストーリーに酔ってると言うか、全力で乗っかろうとしてると言うか」

「王道が一番、的な?」

 

 素人考えではあるけれど、万人受けした方がそれは間口が広くなるのかなと思う。

 今ステージで歌っているアイドルがまさにそんな感じだ。世間一般がアイドルと聞いてイメージする姿。

 アカペラで歌った子がきっと正反対で、一点特化で尖ってると言うんだろう。

 

「これネタ的な方向に乗ってくれるか怪しいなー。方向性決めきってるから、そこから外れるのを許容してくれなさそう」

「じゃあ出演依頼やめる?」

「そんな選択肢はねえよ。やれる範囲でやるしかない」

「まあそうだね」

「というわけでネタの幅を広げるためにも346のアイドルにはぜひとも出て欲しい」

「話が戻って来た」

「その綾瀬さん? をなんとか説得してくれ」

「いや出演を決めるのはアイドルじゃなくて上の人だろうに」

「アイドルの意向だって決定要素の一つだ」

「無茶言うな」

 

 

 

 無理難題を言う砂塚を適当にあしらっているとライブが終わったようで、りあむが戻って来た。

 その顔は不満そうだ。どうやら今回のライブはお気に召さなかったらしい。

 推しの扱いが悪かったとかそんな感じだろうか。

 

「ああ夢見さん、今日はありがとうございます。本当に助かりました」

「あ、はい」

「ここのアイドルたちを僕の企画に出演依頼させてもらおうと思ってるので、決まったらまた氷川に伝えておきますね」

「はい」

「もちろん『あんちゃん』も入ってますから。ライブじゃ見れないような姿とかいろいろ見せられると思うんで、楽しみにしててください」

「はい」

 

 りあむはあからさまに挙動不審で、視線も定まらず人見知り全開な状態だ。

 それでも砂塚には前々からりあむがどういう人間かを説明してあるので、砂塚はりあむの態度に動じることもなくにこやかに会話している。りあむが頷くだけの一方通行ではあるけれど。

 

「じゃあ氷川、行ってくるわ」

「話をする相手分かる?」

「まあ目星は付けてる。スーツ着てるし態度から多分そうじゃないかと思う」

「違ったらその人に聞けばいいか。行ってらっしゃい」

「おう。おっと、夢見さん、今日はありがとうございました」

「……」

 

 急に振られると声は出ないらしい。

 りあむは頷くので精一杯だった。

 

「さてと、じゃあ帰るか」

「は? 何言ってるんだよ。『あんちゃん』にあいさつしないといけないだろ」

「そうなんだ。それ俺もしないといけないの?」

「とうぜん……って言いたいけど、今日は許してやる。智一(ともかず)は『あんちゃん』のよさをまだ何も知らないからな。『あんちゃん』にへんなこと言いそうだし、ぼくが智一(ともかず)を教育するまでは話しかけるの禁止」

 

 砂塚がいなくなった途端に偉そうになるのは清々しいほどの内弁慶だ。

 でも正直俺としてはりあむの推している『あんちゃん』に対する印象が薄い。

 見た目通り地味だったし、その次の子のインパクトがすごかったので。

 

「な、なるほど。俺としてはアカペラで歌った子がすごかった」

「ほたるちゃん!? ほたるちゃんすごかったよね! あんな底力があっただなんてぼくもう泣いちゃったよ!」

「ほたるちゃんて言うんだ。なんかそれっぽいね。名前の通り儚げというか」

 

 あれを見れただけで今日はわりと来た甲斐があったと言えるんじゃないかと思う。

 砂塚の反応も特別だったし、観客の反応もそうだ。

 企画でも砂塚はその子に対して何か考える気がする。

 

「そうそう。でもぼくはほたるちゃんに報われて欲しいんだ。この事務所はほたるちゃんに対してひどいことするんだよ。今日は音が出なかったけどこの前は明かりがいきなり消えちゃったりしたし、絶対いじめだよ。毎回毎回ほたるちゃんにだけトラブルが起こるとか絶対ありえないし」

「そんなことになってるんだ」

「でもほたるちゃんは全然めげないんだよ! 怒ったりもしなくてけなげにがんばってるんだ。これは報われて当然だしほたるちゃんが報われないなら世の中の方が間違ってる」

 

 りあむがやたら熱く語っているけれど、それは心配しなくてもいい気がする。

 実際の観客の反応でもう答えは出ているのだし。

 それに俺のような特に興味もない人間でさえ引き込む力を持っているのだから、このまま続けていけばそれで十分報われるんじゃないだろうか。

 

「だからさ、なかったことにするとかほんとやめて欲しい」

 

 りあむの急に冷めた声を聞いて、俺も理解する。

 ああ、確かに生贄まで用意されて、彼女の作り上げた空気は全部消されてしまっていた。

 

「アイドルを型にはめて輝くわけないだろ。あっ! 『あんちゃん』出てきた! 行かなきゃ!」

 

 急転直下、不機嫌な表情は一瞬で消え、満面の笑顔に変わってりあむは推しのアイドルへと向かって突進していった。

 なんか最近こういうのをよく見る気がする。感情のスイッチを右から左に切り替えました的な。

 別に変わる前の感情に嘘があるわけではなくて、後で聞いてみるとその感情がなくなったわけでもない。

 そんな簡単に感情を逆方向へ切り替えられるとか本当に羨ましい。

 

 手持ち無沙汰になって、あたりを見回してみる。

 りあむは『あんちゃん』に怒涛のごとく話しかけていて、聞かされる側は若干引いているような。

 砂塚は持ってきた企画の資料をスーツ姿の女性に見せて解説していた。

 そういえば『ほたるちゃん』はいるんだろうかと探してみると、ファンに囲まれているようだ。

 囲んでいるファンはみんな笑顔だ。囲まれている『ほたるちゃん』も笑顔だ。

 少なくともこの瞬間だけは報われていると言っていいんじゃないだろうか。

 でも彼女の笑顔は困っているようにも見えて、あれは本当に困っているのか、それともただ単にそう見えるだけなのかと、他人事ながら心配になってしまった。

 

 

 

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