限界灰域のデトリタス   作:小栗チカ

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限界灰域 2

そもそも主要な航路は、厄災前の比較的大きな道路を再利用していることが多いらしい。

縦貫ルートの航路の一部もそうで、元々はアラガミが発生する前に設けられた、国際基準の高速道路を再利用したものだという。

今は巨大な湖によって寸断されているが、昔はここよりさらに南にあった、この地の首都に通じていたそうだ。

行きつけの小さな酒場で、先祖代々この地の出身だという店主と酔客から聞いた話である。

食事休憩を終え、航路へと向かった私たちは思わず立ちつくした。

灰嵐の通過した航路は、灰域に霞む荒野だった。

人が作った建造物はもちろん、謎植物もまばらに生息しているものの、ほぼ原型をとどめていない。

遮蔽物があるとするなら、霞む視界の先に薄らと見える山々だった。

それはここまでの道中で予想はできていた。

しかし、地面は大小の石や岩、瓦礫が散乱するだけでなく、抉られ至るところに陥没しているところもあり、路面状態が著しく悪い。

歩けないことはないが、ペースダウンは免れないだろう。

 

「これは、酷いな」

「……うん」

「ボロボロ」

 

あまりの光景に子どもたちのテンションが落ちる中、

 

「ノオオオウッ! ジーザス、クライスッ!!」

 

ビャーネが叫びながら前方へ走り出し、道の端でしゃがみこんだ。

慌てて追いかけると、ビャーネの座り込んでいる手前に金属の塊があった。

ビャーネの傍らに屈み、それを観察する。

地面にしっかりと備え付けられていたらしく、辛うじて残っているといった感じだ。

 

「これ、まさかビーコンの土台か」

「そうだよ。……うん、わかっちゃいたけどさー、予想もしてたけどさー、見せつけられるとキッツいわー」

 

ビーコンは、電波の送受信や周辺エリアの情報を収集、供出する機能を持った、船の安全な航行に極めて重要な働きをする、航路の設備である。

航路を行き来する船は、複数のビーコンから情報を集約し、安全確認をしながら灰域を航行している。

さながら、灰域という暗闇を安全に航行するための照明灯のようなもので、それのない航路は光の全く差さない漆黒の闇と言っていい。

私やダニーのような個人の感応能力による索敵は、ぶっちゃけ懐中電灯レベルであり、多くの人や物を乗せる船の安全な航行においては光量が全く足りない。

ましてやここは限界灰域であり、深層に住むAGEならともかく、普通のAGEですらも危険なことは周知の通りだ。

そのため、ビーコンの設置は航路として公的に認められる必須条件になっているし、ビーコンを使用するための暗号鍵の売買が大きなビジネスになっている理由でもある。

私たちが使っていたラジオは、無料で使える共有鍵を通してビーコンの機能の一部を利用したものだ。

そして、この航路において灰嵐が通過した場所のビーコンは、破壊され尽くしているだろう。

それは、世間の情報が一切入らない状態で旅が続くことを意味している。

だが、足を止める理由にはならない。

 

「残念だけど、これはもう仕方ないよ」

 

私はビャーネの背中を励ますように叩いて立ち上がった。

子どもたちを見渡し、努めて元気な声で言う。

 

「情報が得られていたこと自体がラッキーだったわけで、そのラッキータイムが終わっただけです。いつも通りに戻っただけ。そして、私たちのやるべきことは何も変わりません」

 

マスクで表情は見えないとわかっていても、それでも笑顔を作った。

 

「今できることを頑張ってやりましょう! 見ての通り、足場が悪いところもあるから気をつけて進もうね」

 

子どもたちは頷き、元気よく返事をした。

健気ではないか。

思わず胸が熱くなる。

そんな子どもたちの思いに、私なりに応えたいところだった。

そして、私を先頭にして航路を進み始めた。

先程に比べてペースは当然落ちたし、小型のアラガミを討伐するにも、足場の悪さで手間取ることが多くなった。

おまけに遮蔽物がないため、子どもたちから距離を離す必要もあり、気を張る時間も増えた。

目の前のザイゴートが実に可愛らしく見える。

気配に鋭く、周囲のアラガミを呼び寄せる厄介な習性があるものの、照射弾を浴びせるか、バーストしてジャンプして横切りしてれば怯んで落ちるから楽だった。

アックスレイダーやドレットパイクと比べて貧弱なのも、へっぽこAGEには大変に嬉しい仕様である。

程なくして討伐は完了し、イヤホンに手を当てた。

 

「アルビン、掃除できたよ」

《お疲れ様。すぐにそっち行くから》

 

ビャーネの直したトランシーバでやり取りできるのは、本当にありがたい。

子どもたちと合流しアルビンから荷物を受け取ると、再び荒れた航路を進み始めた。

三十分ほど歩いた辺りで、手を繋ぐダニーと同時に足を止めた。

懐中電灯レベルの索敵に引っかかるものがあった。

 

「前に何かいるよ」

「うん。でもアラガミじゃなさそうだね」

「音がする。……人?」

 

ダニーの言葉に、背後の子どもたちの雰囲気が強ばった。

グレイプニルの船か、それとも盗賊船か、はたまた訳アリのミナトの船か。

 

「確認する必要があるね」

 

周囲を見渡し、道路の脇に窪地を見つけた。

もう少し掘り下げれば、子どもたちがしゃがんで身を隠せるくらいの穴になりそうだ。

 

「アルビン、そこを掘って隠れる場所を作る。手伝って」

「オケイ」

 

折りたたみのスコップを手にし、二人で掘り始めた。

AGEの怪力のおかげで、地面はムースをスプーンですくうがごとく容易く掘り進むことができる。

瞬く間に、子ども四人が入れる穴ができた。

私はリュックを下ろし、中からプロテインスティックを取り出すと、子どもたちに分け与えた。

 

「それ食べて待っててね。ビャーネ、双眼鏡貸して」

「あいさー」

「それとダニー、サルミアッキは程々に。明日も明後日も旅は続くのに、おやつ無くなっちゃうよ」

「なんでバレてるしー」

「バレバレだし」

 

両手を頬にあてるダニーに答え、子どもたちが穴に入ったことを確認すると、屈んでアルビンに荷物を預けた。

 

「それじゃ行ってくるから、引き続きよろしく」

「わかった」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

 

アルビンとクロエの声を背に、私は神機の盾を展開し、風に逆らうようにしてダイブした。

その風の音とともに、人工的な音と人の声が耳に届く。

船と人だ!

そして前方に、ぼんやりと灯る光と黒い人影が見えた。

着地して周囲を見渡し、辛うじて残っていた謎植物の陰にすかさず身を隠す。

ビャーネから借りた双眼鏡で、先程の光と人影を観察した。

風が吹き、灰域と砂埃が流される中、数名の人が車を取り囲んでいた。

着ている服からその正体がわかり、思わず顔が歪む。

見つかったらヤバい、グレイプニルの巡視艇だった。

子どもたちを隠してきて良かった。

安堵と共に疑問が浮かぶ。

灰嵐の後のこんな場所で、何をやっているのか。

この辺りに朱の女王のアジトはなかったし、そもそもここは限界灰域で、長居は命に関わることを知っているはずだ。

 

《サイカ、どうだ?》

 

アルビンから通信に、私は声を潜めて応じる。

 

「グレイプニルの巡視艇だった」

《……そうか。で、連中何をやってんの?》

「それを確認しているところだよ」

 

双眼鏡の倍率を上げると、何やら数人で車を押しているようだった。

エンジンの唸る音は聞こえるが、進む様子はない。

 

「車のトラブルかな?」

 

思わず漏れた独り言に、アルビンが応答した。

 

《状況を教えて》

「はいよ」

 

状況を説明すると、しばしの沈黙の後、再び通信が入った。

 

《ビャーネが言うには、タイヤが溝か何かにはまってスタックしているじゃないかって》

「ああ、なるほど」

 

この地どころか、世界中のどこもかしこもアラガミが跋扈する世界での乗り物は、基本的には装甲車を元にした乗り物が多いらしい。

ミナトの象徴とも言うべき灰域踏破船も、船と言いつつ実際は大型の装甲車であり、このような荒地でも問題なく走行できる仕様となっている。

しかし、今目の前で立ち往生している船は普通の車だ。

手軽に運転できて小回りもきくが、運が悪いと目の前のようなことが起こる。

紛れもない緊急事態だ。

彼らの限界灰域での活動時間を考えると、すぐにでも手助けをしてやりたいところだが、お生憎と彼らに見つかる訳にはいかない。

様子見をしよう。

本当にまずくなったら、……まずくなったらどうするんだ?

しかし、そんな思いが消し飛ぶ気配を察知した。

この先の航路から、こちらに向かってくる。

しかも早い。

グレイプニルの連中は、スタックから抜け出そうと必死で気づいている様子はない。

 

《サイカ、ダニーがそっちに何か来るって》

「うん、知ってる。あんた達はそこで待機。絶対に出てきちゃダメだからね」

《ヤ!》

 

無線に答えている間にも、霞む視界に青く光るものが近付いてきているのが、双眼鏡で確認できた。

こんな時にイヤな奴が出てきたものだ。

青い女の肢体をまとうのは、背中隠して腹隠さずの鎧と、顔を覆う兜。

両腕は光をまとう二股の剣。

下半身は機械化され、その足にくっついたブースターで縦横無尽に走行する。

その高い機動力と、遠近ともに鋭く苛烈な攻撃に付いてくる状態異常。

数多のAGEたちから忌み嫌われるアラガミ、ハバキリだった。

 

「おい! あれ!」

「ハバキリか。何でこんな時に!」

「クッソオオオ! 動けよおっ!!」

 

どうやらグレイプニルの連中も気付いたようだが、これは非常にマズい。

しばしの逡巡。

そして顔を上げ、神機を握ると私は走り出した。

理性はその行動を止め、体もそれに同調する。

猛る感情が、奴らの組織の非道を訴える。

ああ、嫌だとも。

戦うのは苦手だし、ハバキリは嫌いだし、奴らを助ける義理もない。

しかし、彼らの悲痛な叫びと助けを求める声に、私はそれらを無視し盾を展開した。

ハバキリは動きを止め、彼らに向かって剣を向けている。

ハバキリの最大の火力を誇る攻撃、レールガンだ。

ダイブで距離を即座につめた。

仮に逃げることが出来ても、船を破壊されたら彼らはおしまいだ。

ただのGEに、この限界灰域を徒歩で長時間移動することは不可能なのだから。

悲鳴を上げて逃げ出す彼らと、ハバキリがレールガンを放つのと、私がダイブで飛び込んだのは、ほぼ同時だった。

凄まじい圧力と激しい熱量が堅牢な壁盾を襲う。

足を踏ん張りそれに抗するが、思わず呻き声が漏れた。

いつもならさっさと物陰に隠れてやり過ごすレールガンだが、マトモに喰らうとここまでの威力なのか。

シャレにならん!

レールガンの放射が終わり、私は背後の車を見た。

左後輪がガッチリと溝にはまっている。

サドでスピード狂の勘違い女がこちらに来る前に溝から出さないと。

呆然とこちらを見ているグレイプニル兵に向かって怒鳴りつけた。

 

「さすがに私一人じゃ動かない! 生きたかったら手伝え!」

 

言いながら、私は車を押し始めた。

装備を詰んだ車体は思った以上に重く、さすがに私だけでは無理だ。

背後から、ハバキリの気配が近づいている。

 

「早くっ!!」

 

怒鳴りつけると、連中が弾かれたようにこちらにやってきた。

一人が運転席に乗り込むと、声を合わせて車を押した。

車の動く手応えがあった。

 

「動いた!」

「これならいける!」

 

連中が歓喜の声を上げるが、ハバキリはもうそこまで迫っている。

大丈夫焦るな、溝から出して車さえ守れれば、コイツらは生き残れる。

 

「よし! もう一度行くぞ」

「おう!」

「せえの!」

 

唸りを上げるエンジンと共に再び車を押し、溝から脱出した車は少し走って止まった。

しかし喜ぶ間はない。

私は身を翻すと、ダイブでハバキリに突撃した。

 

「おい、あんた!」

「早く行け!」

 

私はハバキリを盾で押し返しながら声を上げた。

 

「早く離れろ! もうドジ踏むなよ!」

 

背後の兵士たちは少し躊躇っていたようだが、すぐに車の元へ向かったようだ。

 

「悪い、後は任せた!」

「……ありがとう。生き残れよ!」

 

そうして車は、エンジン音と共に遠ざかって行った。

足のブースターで即座に間合いを開けるハバキリと対峙しつつ、少しだけ安堵した。

これでいい。

ハバキリは嫌いだが、初見の敵ではないし、体力も携行品にも余裕はある。

昨日の黒いミスターと手順は同じた。

まずは観察して目を慣らす。

隙を見て捕喰、攻撃。

深追いはしない、無理はしない。

そう、落ち着いて。

 

《サイカ、例の巡視艇を確認した。俺たちの前を通り過ぎて行ったぞ》

 

アルビンからの通信に思わず頷いた。

 

「オッケー! こっちはハバキリとやり合うことになったから、引き続きそこで待機してて」

《は? 何やってんの?!》

「理由は後で話す。今のうちにしっかり休憩してて。何かあったら連絡ちょうだい」

《ヤ。気をつけろよ》

 

通信が切れた瞬間にきた、鋭い振り下ろしをどうにか避けた。

あ、危なかったー!

どうにか平静を取り戻し、盾とステップで攻撃を凌ぎながら一通りの攻撃パターンを確認。

捕喰をしてバースト、ステップ攻撃で足を執拗に攻め始める。

ハバキリの攻撃は、一撃一撃はスピーディかつ強烈だが、技を繰り出した後に大きなスキができる。

捕喰して、ジャンプ攻撃で頭を攻めたてた。

敵をしっかり見て、無駄なく丁寧に。

 

《サイカ。そっちに敵が来てるってダニーが言ってる》

 

おかわりが来たか、ついてないなー。

と、ハバキリの足が結合崩壊を起こした。

ヘタレたそのスキに改めて周囲を確認すると、確かに、敵がこちらに来ている気配を感じる。

だが、まだ猶予はありそうだ。

 

「オッケー! 続けて迎え撃つ。あんた達も周囲を十分に気をつけてね」

 

ジャンプ攻撃で頭をとにかく叩き続けると、ハバキリが大きく距離を取った。

右腕を左後方へ引き寄せる独特の構え。

範囲が極めて大きくその攻撃を喰らったらスタンになる、ハバキリの大技の一つ居合切りだ。

だが、ボーナスタイムでもあった。

範囲から離れれば攻撃は喰らわず、攻撃後は大きなスキができる。

後ろに回り込めば背中を攻撃し放題だ。

残念ながら後ろに回り込む余裕はなさそうだが、銃形態に切り替えて頭に狙いを定めた。

ハバキリは居合切りを放つが当然空振り。

頭に照射弾を当てながら近付くと、執拗に攻撃をした甲斐があって頭が結合崩壊を起こした。

チャンス!

捕喰し、ステップ攻撃でオラクルを吸収しながら攻撃を続ける。

フラフラとダウンから身を起こしたハバキリは、身を翻して走り去ろうとした。

その先には、子どもたちがいる。

 

「逃がさないよ!」

 

ステップ攻撃で追いすがった瞬間、両腕が結合崩壊した。

あ、ラッキー!

全ての部位を結合崩壊出来たということは、コイツの命も風前の灯だ。

チャージ攻撃の構えをとりつつ、私の感覚に、おかわりが近付いてきているのを感じた。

これでっ、くたばってっ!

思いが通じたのか、渾身のチャージ攻撃でハバキリの討伐は完了した。

よし! やっぱやれば出来るじゃん、私!

嬉しさを噛み締めつつ、取り急ぎハバキリのコアを回収し、おかわりの到来に備えた。

 

「ハバキリは倒せたよ」

《早いな》

 

アルビンの声に、自然と笑顔になった。

 

「任務で何回か戦ったからね。次に備える」

《わかった。次の敵、ダニーが言うには、ハバキリくらいの大きさだって》

 

中型種か。

昨日お相手したウコンバサラ、グボロ・グボロとの再戦か。

GEの登竜門と言われたシユウ、二足歩行でシャキシャキ攻撃する鳥のネヴァン、人と蝶が不気味にコラボした光と猛毒の使い手サリエル。

そして、廃都で追いかけ回されたバルバルス、コンゴウ。

さて、何が出るのやら。

呼吸を整えながら正面を広く見据えていると、霞む視界からついにその気配はやって来た。

金色に輝く菱形の姿を見た瞬間、自分でもわかるほど気味の悪い笑顔になる。

胸を満たすのは、紛れもない歓喜だった。

そうだそうだ、中型種と言えばお前もいたね。

金色に輝く縞の入った菱形の筐体は、防御形態になると攻撃を無効化するバリアを展開。

その頂点には、金色の輪っかをいただく人の顔。

手足はなく、女性が歌うような雄叫びと、顔の下にある命核と呼ばれる丸いボールから繰り出される遠距離攻撃。

そして、地中から光る蛇を射出して攻撃をするスネークバインドが印象的なアラガミだった。

 

「グウゾウの堕天種だったよ。ソッコーで倒すから!」

 

言いながら、神機を銃形態に切り替える。

コイツは、防御形態をとるとバリアを張るが、活性化すると防御形態を取らなくなる習性がある。

頭を狙って怯ませて活性化、その間に装甲を壊してしまえばレイガンの餌食だ。

ハバキリと比べたら、かなりやりやすい、むしろ好相性の相手だった。

でも、一人で戦うことには変わりはない。

油断せずに、落ち着いていこう。

高らかに声を上げるその頭に向け、私は容赦なく照射弾をぶっぱした。

途端に怯む相手に、口元が歪む。

悪いね、でもお互い様だよ!

威力がドンドン跳ね上がる照射弾を顔面に喰らい続け、奴はついに活性化した。

即座に捕喰してバースト。

 

「さあ、ガンガンいくよ!」

 

私は神機をバスターブレードに切り替えると、バーストで高揚する心と共に大きく跳躍。

その装甲に容赦のない一撃を浴びせた。

 

 

宣言どおり、私にしてはソッコーとも言うべき時間でグウゾウ堕天種の討伐が出来た。

周囲に敵の気配は感じない。

アルビンに掃除の完了を伝え、私はホッと一息をついた。

とりあえず、今回はどうにかなったか。

この調子で進めばいいんだけど……、アルビンからお小言がありそうだな。

肩をすくめ、霞む視界から現れた子どもたちを迎えた。

子どもたちの体調を確認し、アルビンから荷物を受け取ると、

 

「サイカ、何でハバキリと戦うことになったの?」

 

案の定、冷たく尋ねてくるアルビンに私は事情を説明した。

説明をし終えると、アルビンはため息をつく。

 

「人助けする余裕ないの、わかってるよね?」

「うん、そうなんだけどさ。でも、助けを求めているのに放っておくことはできなかったし、それに、いずれにしても戦うことにはなっていたと思うよ」

「そうだけど。でも、でも何でよりによってグレイプニルの連中を──」

「アルビン」

 

私は語気を強めた。

アルビンはハッとして口を噤む。

 

「その言い方はやめな」

「でも」

「気持ちはわかるよ。でも、あんたまでグレイプニルの連中と同じようなことを言うのはいただけない」

 

下手な大人よりも強靭なメンタルを持つアルビンとて、ガドリン総督や下衆なグレイプニルの兵士に、怒りと嫌悪を抱えているのはもう仕方のないことだ。

彼らはそれだけのことを、やらかしているのだから。

だが、普段ならそのメンタルの強さで容易に抑え込めるそれを思わず吐き出してしまったのは、彼の心に余裕が無くなってきているからだと察した。

この旅が始まる以前、戦乱が起こった時から私のフォローを連日頑張っている彼の心は、確実に疲れて消耗しているに違いないのだ。

私は俯くアルビンの肩に手を置いた。

 

「心配してくれてありがとう。ゴメンね。これからは気をつけるよ」

「……俺も言いすぎた。でも、本当に気をつけてくれよ」

「うん」

 

神妙な空気になってしまった雰囲気を切り替えるべく、私は鋭く手を打った。

 

「さあ! あと一時間頑張って歩くよ。そしたら、おやつ休憩をするからね。みんなで手助けしながら進みましょう」

 

笑顔を作って明るく声を出すと、子どもたちも元気よく応じた。

私も元気で大丈夫だ。

まだ笑えるもの。

私を先頭に、再び荒れた航路を歩き始めた。

 

「ねえねえ、アルビン」

「どうした」

 

殿を歩くアルビンとダニーの話が聞こえてきた。

 

「ぼくに、アルビンのお手伝いできること、ある?」

 

繰り返すが、ダニーは感応現象との親和性の高さもあって、子どもたちの中でも感受性が高い。

アルビンがちょっぴり疲れているのを、それとなく察したのかもしれない。

 

「そうだな」

 

アルビンの声が、僅かにだが揺れていた。

あまりに些細な揺れだが、長い付き合いだからこそ気付くものもある。

 

「じゃあ、さっきみたく、アラガミがいないか警戒してくれ。サイカだけじゃなくて、お前のアンテナもあれば安心だからな」

「ヨー! けいかいをつづけますわあっ!」

「まず足元から気を配ろうか」

 

アルビンとダニーがやり取りをしている間に、私はビャーネとクロエを目線で呼び寄せる。

そして、それとなくアルビンのフォローをするように伝えると、二人は素直に頷いた

 

「アルビン、いつも頑張っているよね。率先してサイカのお手伝いしてるし、凄いし偉いと思う」

「俺たちと二つか三つくらいしか離れてないんだろ。基本大雑把なサイカ以上にしっかりしてるもんな」

 

相変わらず余計な一言を付け足すメガネはともかく、子どもたちにアルビンの頑張りが伝わっていることを知ったのは嬉しいことだった。

後でアルビンにこっそり教えてやろう。

 

「あ、でもちょっと細かいところでうるさいよね」

「そーそー。なんつーか、小舅っぽいとこあんよなー」

 

ヒソヒソ言う二人に顔を顰めた。

そう落としてきたか、容赦のないガキどもだ。

ビャーネの言葉にクロエはしばし沈黙し、そして力強く頷いた。

 

「コ、コジュウト……。そう! コジュウト、コジュウトっぽい、コジュウトみたい」

「クロエ、わからない言葉を無理して使うことないからね」

「わかるもん!」

「無理しなくていいんでちゅよー、ミネットゥ(お嬢ちゃん)

「ウッザ! ホントだもん!」

 

小競り合いを始める子どもたちは放っておくことにした。

ふと思い出したのは、先程のグレイプニルの連中との出来事だった。

彼らは、AGEの私を気遣い、礼を言ってくれた。

例えそれが一時のものだったとしても、反射的な応答だったとしても、私には十分な報いだった。

一昨日、廃都で出会ったグレイプニルの連中が、彼らのような人だったら良かったのに。

心の痛みと共に未練がましく思う。

同じ組織に属していても、状況や人それぞれに見ているものや感じ方、思いに違いがある。

そんな至極当たり前のことを再確認出来たことが、とても嬉しかったのだ。

 

この出来事が、私の中にある確信を深めた。

私たちの力とは、人を傷つけるためで、上に立つ者の汚れ仕事をするためでもない。

灰域を皆と共に生き、切り拓くためにあるのだと。

綺麗事の理想論なのは百も承知だ。

しかし、建前という鞘をなくして抜き身の剣のようなAGEが、人やGEと同じ目線で手を携えることはできない。

そしてその鞘は、人に押し付けられたものでなく、己が考え選択した意志を持って自ら纏わねばならないものである。

……うん、まあ、頭でわかっていても難しいわな。

こんな酷い状況だし、余裕もないし、そもそもこの力からして、望まずに押し付けられた人も多いだろうし。

だが、人や物を破壊し蹂躙できる力を持っていることは揺るぎのない事実で、何も知らない他人からしたら、やっぱり未知の存在、バケモノとして見られるのだ。

本当に、この世はままならない。

思わず苦笑すると、怪訝な視線を向けるビャーネと目が合った。

笑ってその小さな肩を掴み軽く揺さぶった。

 

「さっきの件、頼りにしてまっせ、ミスタービャーネ」

「任せてちょー」

 

軽い口調とは裏腹に、ビャーネは私の手の甲をしっかりと握った。

そうして敵が出ないまま歩き続け、一時間が経とうした頃、目の前の航路が二手に分かれているのが見えた。

南東へ伸びる航路は現在よりも幅が狭くなっているが、南へと続く航路の幅はそのままだ。

 

「道が二手に分かれてる」

「ホントだ」

 

見上げるクロエとビャーネに、私は笑顔で頷いた。

 

「アローヘッドと未踏灰域の分岐路だね。今日の目的地まで後もう少しだよ」

「ノニーン!」

「頑張ろうね」

 

検問があるのではないかと警戒していたが、周囲に人の気配は一切感じられない。

喜ぶ三人を眺めていると、アルビンが私の隣に並んで立った。

 

「予定通りのペースを守れているね」

「敵が予想より出なかったことと、風がだいぶ治まってきたことで距離を伸ばせたんだと思う」

「休憩する?」

「もちろん。目的地はもう少し先だからね」

「ヤ。おーい、休憩するぞ」

 

アルビンが子どもたちに声をかける。

航路のど真ん中で折りたたみの椅子に座り、休憩をすることになった。

温かいお茶を飲み、子どもたちの他愛のない話を聞く。

そして、子どもたちの足を確認すると、全員の足にマメができていた。

先程、私が敵と交戦中に手当てをしたようだが、重い荷物を背負い、悪路での長距離移動である。

AGEとはいえ、子どもたちの足に無理をさせているのは明白で、こうなった以上は今以上にこまめに休憩をとる必要があった。

それは、さらなるペースダウンを意味するが、旅がまだ続く以上やむを得ないことだ。

大丈夫、まだいけるから。

骨の髄が炙られるような焦燥感を、その言葉で何とか落ち着かせた。

 

休憩を終えた私たちは、縦貫ルートを外れて南へと向かった。

相変わらず視界は良いとは言えず、道の状態も芳しくない。

たまに出てくる小型種の群れをどうにか倒し、小休憩をとりながら少しずつ確実に前へと進む。

最後のコクーンメイデンを倒し、子どもたちを無線で呼び寄せた。

待つ間に周囲を目視で確認する。

道路の設備だったと思しき照明灯と防音壁の残骸の向こうに、謎植物が大地を覆い尽くしている。

紫の光が舞い、灰域に霞む西の空が鈍い金色に染まっていた。

後二時間程で日没だ。

吹く風の強さはさほどではないが、冷たさを感じるようになった。

そろそろ、この領を抜ける頃だと思うのだが、目安になるものはないし、自分たちの正確な位置もわからない。

ふと、前方に何かの塊が見えた。

倒壊した人工物が、道の端から端まで塞いでいるようだ。

ワラワラとやって来た子どもたちと共に、その人工物に向かった。

ダニーがキョロキョロと、落ち着きなく辺りを見回す。

 

「何かのたてもの?」

「うーん、……門、かな?」

「門? げんかんだったの?」

 

クロエの言うように、道を塞ぐそれは、元々は大きな門だったようだ。

 

「昨日今日で倒れたものじゃなさそうだけど」

「うん、明らかに時間が経ってる」

 

かなり頑丈に作られたそれも、厄災と時間を経て灰嵐に遭遇、ついに倒壊したものだと思われた。

 

「なー、サイカ、これー」

 

道の端を調べていたビャーネが、地面と一体化していたもの指さした。

黄色の地に赤い丸が描かれたものと、午前中にも見た青看板の道路標識だ。

 

「通行止めと……、ああ、ここ検問所だ」

「てことは、着いたってこと?!」

 

テンションの上がったビャーネの言葉に頷く。

 

「そうだよ。ここが領の端っこ。今日の目的地だよ」

「イッエエエス!」

「ユッピー!」

「イッピー!」

 

声を上げて喜ぶ子どもたちをの姿に、思わず笑みが零れた。

ここが、今公式に把握しうる限界灰域の際。

そしてこの瓦礫の向こうは、いよいよ未踏灰域になる。

 

「やっとここまで来たか」

 

隣で感慨深く言うアルビンの肩を叩いた。

 

「お疲れちゃんだよ」

「あんたもな」

 

だが、私もアルビンもわかっている。

ここは通過地点に過ぎない。

この先に、この旅の最大の難関が待ち構えているのだ。

アルビンが、ゴーグル越しに目線を合わせた。

 

「まだ日没まで時間があるけど」

「とりあえず、この瓦礫は越えておこうか。先が見えないし」

「そうだね」

 

と、さっきまではしゃいでいたダニーが、ヨロヨロとこちらに歩いてきた。

歩き方がおかしい。

ダニーが、何かをこらえるような目で私を見上げる。

 

「サイカ、足、とってもいたい」

「見せて」

 

すかさずアルビンが折りたたみの椅子を取り出し、ダニーを座らせた。

靴と靴下を脱いだ足の裏を見、来たるべき時が来たことを知った。

 

「坊ちゃん、ついにマメが各地で反乱を起こしましたぞ」

「ノニー!?」

 

ダニーの両足のマメが幾つか潰れ、皮が剥けてしまっていた。

しかも、指の間にも新たに幾つかできている。

 

「こりゃもう、今日は歩けないな」

 

冷静なアルビンの言葉に、ダニーは悲しげな視線を向けた。

 

「でもぼく、歩きたい」

「無理だよ。これ以上歩いたら、足の裏がこの地面みたくなっちゃうぞ」

「……でも」

「もっと痛くなって、ここから先歩けなくなってもいいのか?」

「やだー」

 

むしろここまで、よく耐えていた方だろう。

二人がやり取りしている間にも、私は荷物から医療キットを取り出した。

消毒液をガーゼに浸しながら、ダニーをチラリと見る。

さて、この坊ちゃん、泣かずに我慢できるかな。

ビャーネとクロエに、ダニーを取り押さえるように命じる。

ダニーは両脇を抱える二人と、私が言ずとも両足を抱えるアルビンを見、そして困惑の目で私を見上げた。

 

「サイカ?」

「坊ちゃん、一刻も早く反乱を鎮めましょう。お覚悟を」

 

周囲の雰囲気に、これから起こることを察したであろうダニーは、涙目で首を振った。

 

「……いたいの、やだ」

「知ってる。ゴメンね」

 

言って、消毒液のたっぷり染み込んだガーゼを患部に当てた途端、ダニーは目を見開き、ネコのような悲鳴を上げた。

その声は、マスクをしているにも関わらず荒れ果てた地平に広くこだました、ような気がした。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
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