そもそも灰域種とは何か。
灰域アラガミとも呼ばれるそれは、災厄とともに発生し、灰域に適応した新種のアラガミとされている。
灰域同様、どんな仕組みをもって誕生したのかはわからない。
そんな灰域種の脅威は、灰域に適応できることもさることながら、GEを捕喰してバーストすることが上げられる。
バーストすることで攻撃力が飛躍的に上昇する他、攻撃パターンも変化し、極めて危険な存在と化すのだ。
灰域と並んで人類の脅威とされていたが、最近になって『クリサンセマムの鬼神』と呼ばれるAGEと仲間たちが討伐に成功し、その快挙と異名が瞬く間にこの地に広がったことは記憶に新しい。
一方で、私がお世話になっていた朱の女王でも、ヴェルナーさんを筆頭に、ごく一部の精鋭に限り安定して討伐することができていた。
つまり、倒すことはできるのだ。
一応、生き物らしいし。
だが、当然誰でも倒せる訳ではない。
ましてや、灰域耐性が高いだけの凡庸なAGE──私のことだ──一人で討伐できる相手ではない。
そんな私に、アルビンが提案した作戦は実に妥当なものだった。
あの黒ずんだ腐りかけのベジタボーが餌場に行くまで、安全第一でひたすらに耐え抜く。
体力が続く限り、時間だけはいくらでもかけることができるのだから。
そして、奴の捕喰だけは絶対に避ける。
あれを喰らったら、全ての終わりの始まりを迎えるだろう。
私が引き起こした危機だ。
協力してくれている子どもたちのためにも、作戦を必ず成功させなくてはならない。
物々しい音を立ててこちらに向かってくる奴にダイブで体当たりをし、空中で捕喰。
バーストしつつ着地した。
周囲は闇夜で、なおかつ初見の相手だ。
バーストを維持しつつ、まずは目を慣らし、攻撃パターンを見極めよう。
そして、元の場所まで連れ戻す。
大丈夫、いや、全然大丈夫じゃないけど落ち着いて。
早速私を目標に定めた奴は、攻撃を仕掛けてきた。
突き出た口ごと頭を叩きつける連続のスタンプ、スタンプからの属性追尾攻撃など、異形の頭部に目を奪われがちだが、地味にダメージを食らったのは、体の三分の一ほどを占める尻尾だった。
カラクリも何も無いただの尻尾だが、その巨大さと太さ、振り向きの速さで、広範囲にせり出し、位置が悪いとぶっ飛ばされる。
後ろは危ないと側面に位置取ると、今度は強力な足踏み攻撃。
何を訴えたいのか連発する雄叫びなどに、体力は順調に削られ、距離を取って回復薬を使った。
では、レイガンでの攻撃はどうだろう。
銃形態に切り替えトリガーを引くと、火属性の照射弾を頭部に喰らった灰域種はのけぞった。
お! 効いてるっぽい。
念のためにと他の属性も試してみたが、反応が良かったのは火属性だった。
なるほど、奴の攻撃属性は雷、弱点属性は火か。
苦いものが胸を満たす。
私が持つバスターブレードの属性は氷だ。
灰域種相手に弱点属性で攻撃できないのは痛いが、アルビンが持ってきた携行品の中には属撃薬もあり、レイガンもある。
餌場に行くまでは、これでなんとか持ちこたえよう。
と、奴がその頑強な足で踏み切り、大きく跳躍した。
呆気にとられる私の眼前で、宙を飛んだ巨体が見る見る迫ってくる。
はあっ!? 何だそりゃ!?
とっさに身をひねって躱すが、その巨体の衝撃波を喰らって体勢を崩し、無様に地面に転がった。
……ナンテコッタ。
原始的でアホっぽい攻撃だが、自重のある巨体での威力は半端がなさすぎた。
盾を展開し、ダイブで距離を開ける。
あの攻撃でだけは死にたくないわ。
いや、死んじゃダメなんだよ!
呼吸を整えると、こちらに向かってくる属性攻撃を盾で防ぎ、相手の行動をひたすら観察をする。
一通りの方法を試し、観察して気付いたのは、あのAGEの奮闘の痕だった。
その胴や尻尾に激戦の傷が生々しく残っている。
後もう少し頑張れば、尻尾の結合崩壊はできそうだった。
だが、結合崩壊したその後は確実に活性化し、先程見た捕喰攻撃の危機を迎える。
しかし、攻撃を与え続けなければ、餌場に移動することは決してない。
怯む私だが、あのAGEはこの闇夜の中で長時間、たった一人で辛抱強く戦い続けていたのだ。
……頑張って、尻尾の結合崩壊は目指そう。
私も彼もAGEの端くれ、せめて一太刀なりともお返しぐらいはしておきたい。
覚悟を決めると、相手の攻撃を受けて、流して、躱してを繰り返して攻撃の機会を待った。
体をくねらせながらの突進の後に大きな隙ができる。
チャージ捕喰からバーストし、火撃薬を飲んで、尻尾にしつこくジャンプ斬りを当て続けた。
そしてついに、尻尾が弾けるように結合崩壊を起こす。
よし! よし!
ダウンする奴に嬉々として捕喰し、範囲の広いステップ攻撃でオラクルを集めた。
オラクルリザーブをし、アンプルでOPを追加補給。
これで、弱点属性の照射弾を多めに撃つことができる。
奴は予想通り活性化した。
その雄叫びを盾で防ぐが、まさかの三段重ね。
防ぎきったがスタミナが地味に減った。
捕喰攻撃をかわし、活性化時の奴の行動を観察したいところだが、上手くできるか。
敵の頭がこちらを向いた。
大口を開けて迫るが、速い!
ダイブで距離を開けるが、瞬く間に迫ってくる。
スタミナが続く限り逃げ続けるが、奴は執拗だった。
図らずも、子どもたちのいる廃墟からは遠ざかっているが、スタミナが続かない。
ダメだダメだ! 諦めたら子どもたちが!
とっさに奴の左足側に転がると、黒い巨体が通り過ぎていき、しばらく走って奴は止まった。
どうにか凌いだようだが、全く対抗策が思い浮かばない。
わかったのは、活性化すると動きが恐ろしく早くなることだった。
呼吸を整え、汗をぬぐいながら、恐怖と焦りが身を焦がす。
とりあえず、バーストを維持しないと。
だが、奴は振り向き再び私に向かって大口を開くと、見る見る内に距離を詰めてきた。
嘘だろ、まだスタミナが回復しきれていないのに!
脳裏に子どもたちの顔がよぎり、視界が真っ黄色に染まった瞬間、喰われた。
灼熱の感触と、落雷が落ちたような衝撃に頭が真っ白になる。
遠くで子どもの悲痛な叫びを聞いたような気がしたが、吹っ飛び地面に叩きつけられ、意識が一瞬飛んだ。
倒れ伏し、今までなかった全身の壮絶な痛みに呼吸すらままならず、立ち上がることができない。
為す術もなく鎖の解かれる音を聞き、周囲の灰域が活性化するのを肌で感じた。
ああ、来る。
来てしまう。
猛々しくも禍々しい黒い霧と赤い光を纏い、体内に蓄えていた雷を轟音と共に放出して奴はバーストした。
その姿は、まるで雷雲の化身。
どうにか立ち上がったものの、視界は狭く、神機は重く、体に力が入らない。
距離を開けて、体力を回復しないと。
体が突き動かす生存本能に従って、ダイブで距離を開け、とっさに取り出した回復球で傷を癒した。
だが、明らかに調子がおかしい。
貴重な万能薬も使ったが、状態異常が解けない。
一体何が起きた!?
体が反射的に横に動いた。
奴が例の連続スタンプ攻撃で迫ってくる。
しかも雷までついて範囲も威力も倍増していた。
慌てて逃げるが体が思うように動かず、大きな一撃を食らって再び地面に転がった。
クソが! メチャクチャ痛えっ!!
どうにか体勢を立て直し、恐怖をもって奴を見る。
これが、これがバーストした灰域種の力か!
違げえよ、サイカ・ペニーウォート。
確かに、奴のあらゆる力は飛躍的に上がっている。
だがこのダメージの最たるものは、今のお前が、ほぼ普通の人間状態になってっからだよ。
……AGEがAGE足らしめる偏食因子が働いていない、否、奴に侵食され続けているのか。
取り急ぎ回復薬で体力を回復させるが、体はやはり重く、感応能力が働いていない状態は治らない。
感覚の全てが鈍く狭く、あまりのもどかしさに声を上げそうになるが、認識する地獄のような現実がそれを許さない。
奴の攻撃をどうにか躱し、構えるには重すぎる盾で防御しながら猛攻を凌ぎ続ける。
これが超人的な力もなく、感応能力もない、普通の人間の視点なんだ。
唐突に気付いた。
こんなにもか弱い存在が、庇護してくれた存在を失い、訳の分からない灰域とアラガミの跋扈する世界に放り出された、その恐怖と絶望。
AGEになる以前の記憶がない私は、今それを理解した。
生きるためという免罪符を掲げ、恥じることなく非人道的な方法で
巨体からまばゆい光に意識が切り替わる。
広範囲の激烈な放電攻撃は、距離があったこともあって無事だった。
さあ、怖気付いてもいいから集中しろ。
人になったのなら尚のこと、この慈悲なき嵐を無様でもいいからやり過ごせ!
バーストした奴の動きを、命を守ることを最優先に観察する。
多彩かつ属性攻撃を伴った猛烈な攻撃の数々だが、特に注意すべき攻撃は四つあった。
四つもあった。
一つは、通常時も行った前進しながらのスタンプ攻撃。
一つは、奴を中心に弧を描くように連続でスタンプする攻撃。
どちらも属性攻撃がついて範囲が広く、後者は最後の一発が衝撃波付きの極めて強烈なものだ。
さらに一つは、後退しながら口から吐き出される浮遊機雷。
最後の一つは、先程見た背からの広範囲の放電攻撃。
厄介極まりない遠距離攻撃で、浮遊機雷は緩やかにだが追尾機能があり、背からの放電攻撃は思いのほか出が早い。
そして、基本的にスキは少なく、大体の攻撃にスタンが付く。
唯一のスキは、通常時も行った首を振りながらの突進後くらいか。
ここまで観察してきて、すでにボロボロだった。
回復薬も残り少なくなってきているが、出し惜しみをする余裕は全くない。
距離を開けて体力を回復し、奴を再び見てふと気づいた。
奴の喉元、通常時にはなかった小さく丸いものが見える。
それは、私の持つ神機と同じもののように見えた。
まさかあれ、コアか!?
試しに銃形態に切り替え、それに向かって照射弾を放った。
すると、奴は仰け反り怯んだではないか。
やっぱりそうだ!
バースト時は、コアが露出する。
当然、そこを狙って攻撃を仕掛けたいところだが、あの稲妻の嵐の中を、コアを狙いながら銃で攻撃するのは難しそうだった。
仲間がいたら、狙う価値はあるんだろうけどな。
と、奴が大きく跳躍した。
通常時もやった自重攻撃。
すぐさま横へステップをしてそれを躱すが、奴はゴロリと前転し、着地と共に強烈な雷撃を放った。
盾の展開が遅れてまともにそれを喰らい、私は吹っ飛ぶ。
そして、受身を取れずに謎植物に激突し、強かに右腕を打った。
先程の捕喰攻撃と同じくらいの灼熱の衝撃と、不吉な嫌な音を遠くで聞いた。
右腕の腕輪から襲う激しい痛みに、叫ぼうにも息がつまり視界が滲む。
痛ってえええなっ! 畜生がっ!
落雷を伴ってこちらに向かってくる凶悪な気配に、恥もへったくれもなく横へ転がって、神機を支えにどうにか立ち上がった。
すかさず盾を展開。
偶然にもジャストガードが決まり、ダメージを受けずに済んだ。
再び距離をあけ、回復薬を使う。
右腕の激しい痛みは和らいだものの、腕輪が熱した鉄のように熱く、脂汗が止まらない。
外観に損傷した跡はないが、中に異常が起きたのだろうか。
まさかこんな所で、こんな間抜けで最悪な形で地獄の門をノックしてしまうとは。
「ついてねーなあ、おい」
思わず口にしたボヤキに次いで乾笑いが零れ、たまらず泣きたくなったが異変に気付いて顔を上げる。
今まで雷雲の化身のように見えた相手が、保存箱の端っこで転がっているベジタボーのように見えた。
気のせいかと疑ったが、一呼吸ごとに五感が拡大、覚醒し、体に力が戻ってくるのを感じる。
悪運の強い女だ、サイカ・ペニーウォート。
初見単独で、地獄の嵐を生きて凌ぎやがった。
だが、次にバーストされたら凌げる自信が全くない。
回復薬も残り少なく、立ち回りには慎重にならざるを得ない。
しかし、腕輪のこともあり、あまり時間はかけられない。
それで焦って殺られたら意味が無い。
諦めず地道に丁寧に。
花も色も華麗さもないが、これが私の戦いなのだ。
再び奴が顔を地面に打ち付けながら、こちらにやってきた。
バースト時に比べたら動きも緩慢で、バースト状態で目が慣れた私は比較的に容易にそれを躱す。
弱点であろう突き出た顔に照射弾を当て続け、ステップ攻撃でオラクルを集めてリザーブすることを繰り返した。
もう活性化はしないで欲しいが、ダメだろうなー。
左足を捕喰してバーストを維持し、地味地味な戦いを続ける私の視線の先に何かが見えた。
白っぽい細い糸くずが揺れて動いている。
瞬きをしたが、それが消えることはない。
ベジタボーの雷でもなければ傷でもない。
私の目に何か異常がきたのか。
だとしたら極めてまずい事態だが、今は無視して目の前の敵に集中する。
素早い振り向き攻撃をやり過ごし、ジャンプ斬りを決めた瞬間、地道な努力が実って奴の頭が結合崩壊を起こした!
キタコレ!
歓喜と共に捕喰、バーストを維持し、ステップ攻撃でオラクルを集める。
と、奴の足も続いて結合崩壊を起こした。
キタキタキタキタアッ!!
あのAGEの生きる執念を形にした攻防と、私の地道な努力は決して無駄ではなかった。
確実に奴にダメージを与えて追い詰めている。
後もう少しで餌場に行くところまで来ているに違いない。
生存への希望を胸に、チャージクラッシュの構えを取る。
頼むからそのままダウンしててくれよ。
神機にオラクルが最大に貯められた感触と共にその刃を振り下ろす!
ここまでで最大のダメージを与えた手応えはあったものの、命を絶つには至らない。
大丈夫大丈夫。
ここまで来たのだ、そろそろ餌場へ向かってくれるはず。
活性化して捕喰攻撃をする可能性もあるが、必ず耐え抜いてみせる。
覚悟を決めて神機を握り直すと、奴は立ち上がって身を翻して駆け出した。
活性化しない! 餌場へ向かった!
しかし喜びは一瞬、私の感応能力は恐るべき事実を伝える。
奴は走る。
一直線に、廃墟に向かって!
考えるよりも早くダイブをして奴を追った。
させない! そちらには行かせない!
先のことも慎重になろうとする理性もかなぐり捨て、スタミナが切れることも構わずに、怒りを原動力にタイブを続ける。
先程の糸くずが未だ視界に揺れている。
だが構わずに奴を追い続けるが、ラチがあかない。
再びダイブし奴に体当たりしつつ、スタングレネードを投げつけた。
眩い閃光が闇夜を一瞬照らし、奴はフラつきながら足を止める。
私は赫火の怒りをもってチャージクラッシュの構えを取った。
お前、子どもを喰おうとしたな?
傷つき弱った人を喰おうとしたな?
エクセレン!
正しい! 正しいぞベジタボー大正解だ!
この世界は弱肉強食の
弱者を喰らって強者は生きる。
だから、お前の行動は正しい! ブラボーだ!
だがいかにそれが正しく、天と地は認めようとも、私は認めるわけにはいかねえんだよ!
怒りのチャージクラッシュは決まったが、奴はそれでも倒れない。
それどころか奴は、三段重ねの大咆哮をもって活性化した。
ヨダレのように稲光を湛えながら大口を開けて迫る奴の左足に向かってダイブ。
が、手首に看過し得ぬ激痛が走り、目測を誤った。
奴の左足の後ろへ向かうはずが、奴の大口に向かって一直線。
稲光の先へと飛び込む。
しかし何の奇跡か、ジャストガードが決まった。
捕喰攻撃の危機は免れたが、手首の痛みは尋常ではないレベルに達している。
呼吸をするのがやっとの痛みの中、食事を強制的にお預けされた奴の怒りは半端なかった。
活性化し鋭さと重さが増した攻撃の数々に翻弄され、回復薬を使うも遠距離攻撃の連続についにスタミナが切れ、攻撃をもろに受けることになった。
ボロ雑巾のように地面に倒れ臥す私に向かって、奴がやってくる。
手首が痛い。
身体中が痛い。
立たなければ、戦わなくては!
涙でにじむ視線の先に、あの糸くずが見える。
風に吹かれて頼りなく揺れている糸くず。
否、糸くずではない。
それは亀裂のような光だった。
揺蕩うそれに向かい、私は無意識のうちに手を伸ばす。
時間の流れが油のようにドロドロと流れる世界の中で、私は必死で手を伸ばす。
届かない。
だが、奴が来る。
この状態で捕喰されたら、私は死ぬ。
そして、子どもたちと助けたAGEも確実に死ぬ。
一縷の望みをかけ、私はそれに手を伸ばし続けるが、それでも届かない。
嫌だ! 死にたくない!
懸命に伸ばした手を、光をつかむように掬うように握りしめる。
が、空を切った。
絶望が意識と身を浸すより早く、手首の痛みについに意識が途切れた。
◆
暗闇。
倒れ臥す私の視線の先に光の糸が揺れている。
今にも立ち消えてしまいそうな、炎のごときそれ。
私は、ついに掴めなかった。
私の判断が招いた、この旅最大の危機。
私は間違ったのか。
間違ったのだ。
あのAGEを助けたのは、間違いだった。
倫理や道徳において正しくとも、あの場においては見捨てることが正しい選択だったのだ。
私は、大切なもの背負っていたのに。
一時の情に流されて判断してはいけないと分かっていたはずなのに!
怒り、泣き、自分を責め、そして残ったのはちっぽけな自分と冷たい事実だけだった。
……やはり無理だったのだ。
私一人で子どもたちを守ることなどできやしなかった。
私一人で大人になることなど、できやしなかったのだ。
私はあの雷に打たれて死に、そして喰われる。
子どもたちも同じ運命をたどる。
それだけが堪らなく無念だ。
子どもたちの顔が真っ先に脳裏に浮かび、次いで先輩や仲間や友人の顔が思い浮かんだ。
みんな、みんなゴメン、ゴメンなさい。
謝って済む問題じゃないけど。
でも、私一人では無理だった。
では、一人ではなかったら?
背から伸びる手があった。
白く透き通り、形が定まらない。
だがそれは、真っ直ぐに、迷うことなく光の糸へと伸びる。
その手は、見覚えのあるものだった。
アルビン、クロエ、ビャーネ、ダニー。
私が背負う子どもたちの、どれにも当てはまるその手は、何度も糸をつかもうとして空を切り続ける。
無理だ。
距離が圧倒的に遠い。
だが、その手は決して諦めない。
それでも、それでもと、懸命に伸ばし続ける。
その様に、私の心に小さな火が灯った。
……私が一歩前進すれば届くかもしれない。
異形の黒が腕輪から滲み出る右腕をどうにか動かし、匍匐前進で一歩進む。
届かない。
ならば、もう一歩。
まだ届かない。
腕輪からの痛みは、もはや悪夢のごとく全身を苛む。
もうダメだ、でも、でも後もう一歩だけ。
両腕に力を込めて前進。
それでも届かない。
だが、後もう少しなのだ。
白い手の指先のほんの少し先、小指ほどの距離。
ならば。
最後の力を右腕に込め、その白い手の腕を掴むと無理やり引き上げる。
そして、その手がしっかりと、光の糸を握り締めたのを私は見た。
刹那。
闇の世界は、圧倒的な熱と質量を伴った光の奔流によって打ち払われた。
私の体を形作る全ての細胞が高らかに生の咆哮をあげ、私に戦いの続行を告げる。
立て! 立て! 奮い立て!
やらかした対価の払いは、まだ済んでいない。
それに従い体を起こすと、私を喰わんとしていたベジタボーが怯んで後退するのを見た。
信じられなかった。
この旅では決して有り得ない現象だった。
エンゲージ。
誰かと問われればあの子しかいない。
『ぼく、ここでみんなを守る!』
感応能力の高いダニーだった。
みんなの中に、私も含まれていた。
私は一人ではなかった。
背負っていたそれは、時に痛みと苦しみをもたらす重荷となっていた。
だが、私に生きて大人の役割を果たし、願いを叶えるための原動力ともなっていた。
エンゲージの力で、バーストが最高レベルになっている。
これもこの旅では有り得なかったことだ。
だが、傷は癒えていない。
倒れた時と同じ状態のままだ。
それは好都合。
残りの回復薬は、帰りの足代だ。
サイカ・ペニーウォート。
人殺しの神機使い。
喜べ!
アレこそはこの地に生を受けた、最強の灰域種の一角。
相手にとってこれ以上の不足はない。
立て! 立て! 奮い立て!
私は属撃薬を使い神機を銃形態に構えると、距離をとった奴の頭に向けて即座に照射弾を放った。
バーストは最高レベルで、当然与えるダメージも大きくなる。
面白いように怯む奴だが、照射が終わったと同時に当然活性化した。
捕喰攻撃が来る。
三段重ねの雄叫びを見切り、私はダイブで奴の左足へと陣取った。
するとどうしたことか、奴は私を軸にしてグルグルと回り始めたではないか。
思わず口元が歪む。
ここは先程から見つけていた、バースト時以外は、奴の攻撃をやり過ごせる比較的安全な場所だった。
その巨体と体の構造、そして癖なのだろう。
コイツは左足を軸にした攻撃が多く、左足の少し後ろ、尻尾の付け根付近は唯一攻撃のできない場所とってはなっている。
力を溜めた足踏み攻撃も、尻尾の付け根付近にいればノーダメージ。
散々ダメージを喰らいながら観察した甲斐があったというものだ。
通常時の攻撃パターンは、ほぼ観察し見切れたと思う。
奴の通常サービスはネタ切れだ。
クルクル回る奴を捕喰してバーストを維持。
飽きることなく回っていた奴が、フラフラと私から距離を取った。
あきらかに疲れている。
奴は首を上げると、ある一点を見た。
性懲りもなく餌場へ、子どもたちのもとへ行くつもりだ。
コイツはっ!
「させない!」
地を蹴り、その頭に渾身のジャンプ斬りを叩き込み、その威力に奴は音と砂埃を上げて倒れ込んだ。
身をよじり足を動かすが立ち上がれずにいる。
その時、感応能力が一つの思いを捉えた。
喰イタイ。
生キタイ。
それは実にシンプルで純粋な、食と生存への欲求だった。
痛イ喰イタイ痛イ喰イタイ喰イタイ腹ガ減ッタ喰イタイ喰イタイ痛イ痛イ喰イタイ生キタイ生キタイ!
「ああ、そうかよ」
私はチャージクラッシュの構えを取った。
そいつは奇遇だな、我らの
魔狼を縛める
永劫に満たされぬ飢餓を抱えた貪欲な暴君。
口を真横に引き、歯を見せ笑う。
「
私の周囲の黒い霧がにわかに活性化した。
それと同時に右手首の黒の異形が吹き出し、私の手と腕を侵食する。
言語を絶する痛みに思わず絶叫するが、意識は飛ばない。
バーストの高揚と侵食の痛みで、頭の中は熱せられたスープのようにグラグラと煮え立ち、乱暴にグチャグチャとかき混ぜ潰される感覚は、まさに生き地獄。
なのに、頭の片隅には醒めた部分がいまだに残っていて、私と私の周囲と、必死にもがき抗う獲物の命を冷徹に見据えている。
そして、黒々とした灰域をまとった神機の赤い刃に、ズルリと、刃よりも鮮やかな禍々しい赤が溢れ出た。
ゆらゆらと不気味に揺れながら、それは伸びて伸びて、遂には長大の刀身をも凌ぐ。
「
イタダキマス、だな!!
雄叫びを上げる灰域種の口が陽光のように激しく輝き、視界を焼き尽くす。
それに負けじと、私は裂帛の気合いで赤い異形の刃を振り下ろした。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
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