「ヘイ、ヘーイ! 起きろよ」
変な声がする。
てか、もう朝なの?
んー……、体が重いな。
……ゴメン、後もう少し、五分だけ。
「いいから起きろ! グ モオオオオオンッ!!」
頭に衝撃が走ったと同時に、体が宙に浮いた。
間髪入れずに地面に叩きつけられ、あまりの痛みにさすがに覚醒する。
「いっ、たあっ! ……ちょっとあのさ! もう少し優しく」
思わず非難の声を上げ、仰ぎ見れば、暗闇の中に見覚えのある神機が、近接形態でフワフワと浮いている。
「…………え」
「起きたか、サイカ・ペニーウォート。人殺しの神機使い」
……神機が喋っている。
どんな理屈で発声しているのかはわからない。
おまけに人では決して発声することのできない、複数の声が重なり反響したような、今まで聞いた事のない類の声だ。
神機は柄を上に赤い刃を下にして揺れている。
「何だよ? まだ起きてねえのか。ならもう一発キメとくか?」
「起きてるから。あまりのことに思考が追いついていないだけだから」
凶暴な意志をもって力強く素振りを始める神機に、すぐさま言葉を重ねた。
「さっさと追いつけよ。あんま時間ねえんだからさ」
やれやれとでも言いたげな様子に、思わず顔がひきつる。
何だこれ。
何なん、この神機。
何でこんなに上から目線なの。
食っちゃ寝するしかできない兵器の分際で何様だ。
体の調子が悪くなかったら、そのコアを全力で蹴りつけているところだが、食っちゃ寝するだけの兵器に頼らざるを得ないのも、悲しいかな、追い詰められた人類の現実である。
その他にもツッコミどころは山とあったが、深呼吸してそれらをどうにか飲み込み、まずは確認をすることにした。
「お待たせ。追いついた。あんたは私の持つ神機ってことでいいんだよね」
「ああそうだよ、サイカ・ペニーウォート。こうして接するのは初めてだな」
にわかに信じ難いし認めたくもないが、これが私と共に数年間戦い続けた神機の中身らしい。
新たに生まれた諸々の思いは、やはり飲み込むことにした。
恐ろしく苦労した。
「そうだね。それで、わざわざこんな場を設けた理由は何?」
「ああ。こうして接する機会は多分もうないから、予告しに来た」
「予告?」
「おう。俺な、近々死ぬ」
「…………は?」
死ぬ。
唐突に出た言葉に再び困惑する。
神機は『生体』兵器だ。
だから死ぬのは道理だし、使い方も間違っていないのだろう。
だが、私たちよりも遥かに長いこと生きるようなイメージがあったため、その言葉のギャップが埋められない。
「ぶっちゃけ俺、灰域に適応出来てねえんだわ。旧型神機の悲しい宿命ってやつよ」
連なる言葉は衝撃の発言なのに、その調子はどこまでもあっけらかんとしていた。
「それでも生きてえし腹も減るしで、属性付け足したり省エネモードにしたり悪あがきしてたけど、それもここらが限界だ。もう力がない。形を保てない。近々溶けて潰れて砕け散る」
淡々と、あっさりと、自分の死亡宣告をする神機に、私は言葉をなくす。
「この旅が終わるまでは、まあ何とか持ちこたえるようにはするが、保証はできないし、終わった後は確実にオサラバだ」
様々な思いが脳裏をよぎった。
先輩から友人へ、そして私が引き継いだ大切な神機。
私なりに大切に取り扱ってきたつもりだが、やはり先代の二人と比較しても、戦いも整備も下手くそだった。
目線を下げる。
「私のせいだね。もっと上手い人の手に渡っていれば長持ちしただろうに」
「それは否定しねえが、早いか遅いかの違いだけだ。灰域に適応できない俺は、遠からず淘汰される運命にあったんだよ」
私の悔いに対して、神機の言葉は明るく軽かった。
「それに悪くはなかったぞ、サイカ・ペニーウォート。お前と共にあったからこそ、住処を二度も追われて、二度目は人も傷つけた。結果的には殺したかもな。それから限界灰域を旅して、何か人助けした上に灰域種を喰った。
フラフラ揺れていた神機は、ピタリと動きをとめた。
「サイカ・ペニーウォート。お前は旅の終わりまで辛酸をなめることになる。でもそれは、ブレたお前が選択した結果だ。お前の選択は間違っていた。失敗した。だが、お前が望むとおり、ガキ共と生きて目的地にたどり着けば、それらは全て経験と実績、そして学びとなる。終わり良ければ全て良しだ」
そして、神機の姿が少しずつ闇へと溶けていく。
「今のお前なら、まあ何とかなるさ。頑張れよ、サイカ・ペニーウォート」
「待って!」
言うだけ言って消えていこうとする神機を呼び止める。
「何だよ?」
「……あんた、たまに私の意識の中に混ざっていたよね」
ここまでのやり取りでわかった、一つの気付きを口にした。
目の前の傷だらけの長大な刃がギラリと輝く。
「灰域種の時は大分混ざっていたよね」
「キヒッ!」
すると神機は小刻みに動いた。
凶悪な歯を見せ笑っているかのように。
「キヒヒヒッ! ヒヒャハハハハハッ! そうだよ! お前は感応能力が高えから同調しやすいんだわ。ガラの悪いお前に混ざってりゃあ、気付かないと思っていたが、さすがに昨日は出張りすぎたか!」
「勝手に同調して、意識に混ざるのやめろ」
「生娘の前の穴じゃあるめえし、カテェこと言うなよ。ヤリマンの神機使いのくせに」
悪びれもせず堂々とセクハラ発言をする神機に、しんみりした思いは粉微塵に吹き飛んだ。
何これ。
本当に何なのこれ。
思わず片手で顔を覆った。
「お前を心配していたのは、ガキ共や死んでいった連中だけじゃなかったってこった」
そう付け足された言葉は、やっぱり明るく軽かった。
私の頭の片隅にたまにいた、醒めた思考。
その言葉は常に、揶揄し煽りながら、私の視点を補強してくれる、第三の目のようなものだった。
顔を上げると、神機の姿は既に闇へと溶け込む寸前だった。
「サイカ・ペニーウォート、旅路の果てで互いに無事ならまた会おう。ハー エン フィン ツール!」
そして神機は、闇の向こうへと完全に消え去った。
取り残された私だが、周囲がヒリつくのを感じて、意識が一気にクリアになる。
夢を見ていた、ような気がする。
ウトウトしていたことは自覚していたが、体の欲求には逆らえずに眠ってしまったようだ。
見張りすらまともにできないとは情けない。
当然、夢の内容は覚えていない。
何となく抱えている神機を見るが、昨日と変わらずボロボロで静かなものだった。
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