暑い、熱い。
寝苦しい。
肌身に張り付く服が拘束具のよう。
右手首から発する熱が全身に押し寄せ、肺と心を満遍なく覆って我が身を苛む。
ああ熱い、腹減ッタナ、暑い、熱イ、苦しい。
アア、腹減ッタ喰イタイ喰イタイ。
……誰だよお前、知らねえよ、腹減ってねえし。
喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ生キタイ。
身の内からガキのように喚く声がうっとうしくなり、振り払おうと寝返りをうつ。
その瞬間、喚いていた声が遠のいて行くのを感じた。
呼吸が楽になり、切羽詰まったものが和らいで目を開く。
腕輪に手を添える人の手。
同じ腕輪を付けているその手は、大きくごつく腕輪を通しても感じられる温かさ。
よく見知った手だった。
亡き友人が特に大好きだった手。
「えーゔぇん、せんぱい」
何故先輩がここに?
ここ、ペニーウォートだっけ?
先輩は何も言わない。
ただ安心させるように笑って頷き、次に瞬きした瞬間には消えていた。
頭の中は次第に覚醒していき、不調の腕輪を見つめる。
熱が篭っているのを感じるが、余裕で我慢できる違和感だ。
体のダルさは抜けないが、それでも四肢に力が入るのを感じた。
サイドテーブルの時計を見れば、日の出の三時間ほど前。
再び寝返りを打って天井を仰いだ。
うっすらと室内灯が灯る病室。
灰域航行法の領外にあるミナト『カイスラ』。
領外だから、正式にはミナトとは呼べないかもしれないが、地下拠点の総称としてなら、呼び方は正しいと思う。
ここは、地下に深くに昔の命と記憶を閉じ込めた場所。
人の弱さと悪逆を垂れ流したような、あの忌まわしくも懐かしいミナトではない。
今日はそのミナトがあった領地を抜け、旅のゴールへ向かう七日目。
旅の最終日が始まったのだ。
室内灯を付け顔と体を拭き、深夜に点滴が終わった際、看護師さんが置いてくれた服を着る。
私が来ていた服は、灰域種と戦ってズタボロの汚れた雑巾同然になっていたので、新しいものを用意してくれたらしい。
誰でも手に入る安価でありふれた服だが、新しい服に袖を通す時の心の踊る感覚はいいものだ。
消毒済みのブーツは今まで使っていたものだったが、これは履きなれていた方が良いのでこれでOK。
洗面台の鏡に映る、黒ずくめの服を着た褐色肌の女を見つめる。
痩せたなあ。
服を着ている時は気のせいかとも思ったが、明るい光の下、大きな鏡で見る自分の姿は、記憶にある姿より明らかに痩せていた。
特に顔周り。
顔色も悪ければ肌の調子もイマイチだ。
肌の手入れをして、好きな色のリップを塗る。
最後に、派手だと言われる原因の一つになっている真っ黄色のジャケットを羽織った。
明るく軽薄な色の力か、気分が上がって笑顔を作ることが出来た。
よし、大丈夫、後もう少しいける。
金とも銀とも白とも見える、中途半端な色の髪をひとなでし、私は部屋を出た。
昨日教えて貰った倉庫に、私たちの荷物が置かれている。
持っていく荷物と、置いていく荷物、廃棄する荷物とで選り分ける必要があったからだ。
角の取れた四角い箱型のもの──後で聞いたところ清掃ロボットだそうだ──がゆっくりと通過する薄暗い通路を歩き、諸々あったエントランスを抜け、程なくして倉庫にたどり着く。
ドアが開くと自動的に照明がつき、部屋の隅に消毒済みの札と共に見慣れた荷物があった。
まずは自分の荷物だ。
中身を次々と取り出し、クッカーとバーナーを手に取った。
この旅をして気付いたことの一つに、意外とアウトドアが好きだということだった。
汚れるし、後片付け大変だし、荷物になるしで何かと面倒がついてまわるが、それでも楽しんでいたと思う。
持って帰りたいところだが、体調が絶不調な今、荷物は徹底して減らす必要があった。
なら、全部置いてけばいいじゃんとも思うが、ここへ取りに戻るのは大分先になる。
念の為というやつだ。
と、ドアが開く音がして見れば、アルビンが立っていた。
「
いつもの調子で声をかけると、一拍おいて挨拶を返しこちらに来た。
「早いね。整理に来たの?」
「うん。あんただけだと不安だから」
「信用ないなー」
「今日も体調悪いだろうと思ったし、あんたパッキング下手だし」
「違うよ。私が普通で、あんたが特別に上手いんだよ」
「基準が変わると、捉え方がこうも違ってくるのか」
言いながら、やつは隣に座ると自分の荷物を開けて、テキパキと整理を始めた。
来ている服は、私同様新品のものだ。
散々泣いた名残は残っているが、普段通りのように見えた。
いつもなら、私が雑談を振ってアルビンが返すやりとりになるが、今の私にその余裕はなく黙々と作業は進む。
さて、自分の持っていく荷物はこんなものだろうか。
置いていく荷物を元のバックに戻すが、整理する前と同じくいっぱいになった。
廃棄も含めて減らしたはずなのに何故?
押し込むが、うんともすんともしない。
仕方ない、足で押し込むか。
立ち上がり、足を荷物に突っ込んだ瞬間、
「ちょっ! 待った!」
アルビンが声をかけるのと、ドアが開いてカールさんがやって来たのはほぼ同時だった。
「フオ」
カールさんは口をつぐみ、私たちをマジマジと見つめる。
一瞬視線を下げ、改めて私を見た。
「……何をやっているのだろうか? もしかして、運んでもらおうと中に?」
「いえ、違いますとも!」
それはそれでとても愉快な絵面だが、荷物とともに私を運ぶことは、さしものアルビンでも無理だろう。
私は頭を手にやりながら笑う。
「荷物整理してて、中身を多少減らしたんですけど、何かいっぱいになっちゃいまして。なので押し込もうと」
「荷物が減ったからって、適当に放り込んだからだろ」
アルビンがジト目で言うが、私は眉間に皺を寄せる。
「違うよ。コイツら、安心感と解放感から心と態度と体積が大きくなったんだよ。それが人類の弱点なのにさ、そばにいながら学んでないよねー、バカだよねー」
「バカはあんただ。いいから足退かして。詰め直すから」
「はいはい」
冷たく言われ、私はバックから足を抜いた。
大袈裟にため息をつき、アルビンはせっかく詰めた荷物を出し始める。
と、視線を感じてそちらを見ると、カールさんが何とも微妙な表情でこちらを見ていた。
「……何か?」
「うん、君はなんと言うか……そうだな、カタにはまらない、とてもおおらかな性格をしているんだな」
「いえいえ、それほどでも」
「ソフトに大雑把って言われてっ」
言い切る前に、私は足で軽くアルビンを小突いた。
奴は即座に睨むが、私は視線を逸らしてシカトする。
んなことはわかってんだよ、チクショーめ。
カールさんはふと笑った。
「そんな君だからこそ、子どもたちは君についていくんだろうな」
「はあ」
何を言いたいんだ、この人。
内心首を傾げるが、カールさんはそれ以上言わなかった。
「それで何か御用ですか?」
「ああ、様子を見に来ただけだ。昨日のこともあったしな」
「本当にすみませんでした」
「いや、あれはニナさんがやったことだから。君たちは昨日言った通り、口外さえしなければいい」
作業しながらでいいと言われたので、お言葉に甘えさせていただく。
驚くべきことに、オーナー自ら荷物整理の手伝いをしてくれた。
廃棄するものをまとめながら彼は言う。
「部外者を入れるには、あの場所はまだ弱くてな。灰域に曝されたら、たちまち死滅する命の集まりだ。あまりいい気はしないだろうが、理解してもらえると嬉しい」
それはそうだろう。
あそこにある命はただの命じゃない。
この地の命の記憶と、過去の人々の意志を背負っているのだ。
それを守ろうと、神経質になる気持ちは理解できた。
「カールさんは今後、あの場所をどうするつもりですか」
私が尋ねると、彼はこちらを向いた。
「この地の灰域が完全に浄化され、アラガミが一掃されるまで守り続ける。それが、このミナトの誕生理由にして存在理由だからな」
それは想定していた答えだった。
これは前振りだ。
今から口に出すことは、彼にとって残酷な問いかけになる。
しかし、私はあえてそれを口にした。
「昨日のあの光から、灰域も共に生きようとする雰囲気を感じましたけど」
「ああ、私も感じたよ」
あっさりとカールさんは頷いた。
聞けば、あの光の力はAGEのみならず、GEや人にまで影響があったのではないかと推測されているそうだ。
ここまで来ると、すごいを通り越して恐怖すら感じる。
「仮にそうだとしたら、あの光はアラガミ発生以前の過去の命に対する絶滅宣告になるな。灰域に適応できない命は、もう二度と地表へ戻ることは叶わない。灰域がどこまで広がっているかは不明だが、いずれ純粋な人類も絶滅危惧種となり、私たちが保護することになるのだろうか」
彼は皮肉っぽく笑った。
だが、私が驚いているのは、彼が比較的落ち着いてその事実を受け止めていることだった。
諸々の葛藤があっても良さそうなのに。
「希望はないことはないがね、それに向かって飛び立つには、このミナトは体が重すぎる。歩くか潜るかしかできない。なら私はオーナーとして、今できることを精一杯やりながら、命と記憶を次の世代へ繋げる。そして、私の夢を叶えるために努力し続けるさ」
思わず目を見張った。
そう言って笑った彼の顔は、先程の皮肉っぽいものではなく、気負った風でもない、明るく屈託のないものだった。
「夢ですか」
「ああ、このミナトの将来に関わる夢だよ。おかげで一生、退屈だけはせずに済みそうだ」
ニナさんは、ここの命と意志を、次の世代へ託すことができたことを喜んでいた。
確かに、彼女は次の世代へのバトンタッチはできていた。
しかも引き継いだその世代の代表は、新たな展望を持ってミナトを運営している。
私は嬉しくなった。
「いい笑顔です」
「そ、そうか」
「はい。自分にイエスと言える人の笑顔です」
照れる彼に、私は素直に賞賛した。
それは、私の好む男の人の笑顔だった。
彼は決して、この状況に絶望していない。
飛ぶことはできなくとも、歩くことと潜ることはできるのだと。
自分に与えられた万能でも何でもない、限られた手札で全力で取り組む姿勢。
その夢の詳細はわからないが、きっと大きくて素敵なものに違いない。
私は、そんな夢に向かって頑張っている男の人が好きなのだ。
「いやはや、そう言われると何か照れるな、ハハッ」
「そんな笑顔ができるんです。それは、とても素敵な夢なのでしょうね」
「……ああ。オレの大切な夢なんだ」
彼は深く頷き、ニッコリと笑った。
年相応の、否、子どものようなその笑顔は、ニナさんとそっくりだった。
と、彼はいきなりガッツポーズをとった。
「だからこそ、来たれ若人! 大切な命を守り育てることを使命とし、大いなる野望を成就すべく、日々奮闘するこのミナトで一緒に働かないかっ! 職員は常に大募集中だ!」
……えっ、何この人。
突然どうしたの。
「業務は多岐にわたるが、福利厚生は有力なミナトに引けを取らない自信がある。実際、離職率メッチャ低いし! あ、そこで灰域のせいで外に出られないせいじゃね? とか言わないように! 限界灰域を徒歩で踏破し、灰域種をソロ討伐した君たちならいつでも歓迎しよう!」
……んんんんんーっ?
そして、慌てて補足する。
「や、昨日も話しましたけど、灰域種の討伐は、ハンネスさんの頑張りと、アルビンたちの協力があったからで」
「つまり、チームプレイができるということだろう。素晴らしいじゃないか」
「ああ、はあ」
何故かテンションが上がって、オーナーの皮が剥がれかかっている彼に、思わず真顔になった。
背後のアルビンですらも、呆然としたマナコで見ているのを感じる。
もしかして彼がここに来た目的って、これなんじゃないのか?
だとしたら何ともまあ、実に素直で正直な人だ。
……確かに、選択肢としてはアリだとは思う。
なので、私は笑って頷いた。
「じゃあ、私がダスティミラーから叩き出された時は、ぜひ匿ってください」
「オケイ! だが、体を治してからにしてくれよ」
そして彼との雑談を混じえながら荷物の整理は滞りなく終わった。
後は個人で確認するだけだ。
機嫌よく部屋を後にする彼を、私とアルビンで見送った。
「あの人、あんなだったんだ」
感情なく言うアルビンに、私はからかい半分で笑いかける。
「ん? もしかしてガッカリした?」
「いや、ガッカリしたとか以前に驚きの方が強い」
アルビンは目線を下げる。
「あと、ペニーウォートのさ、俺たちの隣の牢にいたリーダーと、ちょっと似ていたなって」
「……ああ、そうだね」
私が頷くと、アルビンは懐かしそうに小さく笑った。
昨日の光の中で垣間見た気がする彼ら。
もし彼らがこの件の立役者だとしたら、大した出世ぶりである。
上手いことやりやがって、羨ましい妬ましい、これからも頑張れ。
と、ドアが開いた。
「グッモーニン! オレも手伝いに」
元気よく挨拶して入ってきたビャーネは、私たちの姿を見て真顔になる。
さっきもこんなパターンだったよな、とか思いつつ、
「グッモーニン。よく起きれたね。偉いじゃん」
片手を軽くあげて挨拶をした。
すると、ビャーネがツカツカとこちらにやって来て私を見上げた
「拗ねてやる」
「え?」
「朝っぱらからイチャイチャして! この浮気者!」
「は?」
何言ってんだ、コイツ。
ふと横目で見れば、アルビンが片手で顔を覆っていた。
何だこれ。
「浮気って何」
「いっつもアルビンばっか構ってさ、アタシのことはチョー適当じゃん! アタシなんて、どうでもいいんでしょっ! もういいっ! こうなったら気が済むまで拗ねまくってやる!」
話についていけないが、何やら厄介なことになっているようだ。
……体調が悪いっつーに、仕方ないなーもー。
「ほらほら、拗ねないでダーリン」
「あっ、やめろっ、このひきょーもにょー!」
ビャーネのメガネを頭の上に乗せ、顔を両手で覆うと、いつもの顔のマッサージ──頬を念入り──を始めた。
「私にはダーリンの手助けが必要なんだよ。今日は特にね」
「サ、サイカがどんな卑劣な手段を使おうとも、アタシは決して屈しにゃー!」
「いやホント、マジ頼んまっせ、ミスタービャーネ。ゴールに着いたら、いっくらでも拗ねていいからさ。ね」
真面目な口調で言うと、マッサージを受けながら、ビャーネの緑色の目は冷静なものになった。
そして、据わった目で私を睨むように見る。
「わかった。拗ねるのは延期すうー!」
「ありがとう。ダーリンってばホント優しいんだから」
「でも、もう浮気しちゃダメだからにゃー!」
「しないしない。そもそもしてないから」
「その言葉、信じてるからね。あ、次、耳もお願い」
「何ちゃっかり要求してんだよ」
そんな私たちの後ろで、アルビンが呆れたようなため息を吐いたのを感じた。
◆
その後、クロエとダニーもやって来て、改めて荷物の確認をした。
ビャーネのガラクタやクロエの手芸道具の大半と同様、置いていく候補となっていたダニーの粘土は、半分だけ持っていくことであっさり妥協した。
ギャン泣きして難航すると思っていただけに拍子抜けだが、必ず取りに戻るという言葉を信じてくれたのだろうか。
ともかく、日帰り旅行レベルまで荷物を減らしたことで、全員の荷物の負担は軽くなったはずだ。
それを見計らったかのようにフィリップさんがやって来て、朝食の準備が出来たことを告げた。
「サイカさんは診察室な。オリガさんが話あるって」
「わかりました」
私は頷き、子どもたちと別れて診察室へ向かった。
「ドーブラエ ウートラ! 今日も最っ高に調子悪そうだねっ!」
「モイ。おかげさまで」
診察室に入るやいなや、元気に挨拶をする白衣の瓶底メガネは、今日も変わらずティアウス・ピター風味だった。
我ながら意味がわからないが、そうとしか表現の仕様がない。
「うん、まあ予想通りの結果だけど、思ったより進行が遅いねー。粘ってるねー、諦め悪いねー。いいよいいよー、その調子だー」
検査結果を確認したオリガさんは、相変わらずの調子で言った。
「朝ご飯は病室でちゃんと食べてね。オヤツの薬は昨日より量が多くて引くだろうけど、残さず飲むように」
「オッケー」
「それと、ご飯食べたらコールして。最終チェックをするから」
「了解」
そして、ふと思ったことを口にした。
「そういやオリガさんって、この地の出じゃないよね」
「うん。あたしの故郷はこの地の東側だよ。ああ、さっきの挨拶のこと?」
察しがいいのはありがたい。
ドーブラエ ウートラは、おはようございます、らしい。
この地の西側にあるアルビンの故郷の言葉もそうだが、陸続きのお隣同士でここまで言葉が変わってくるとは。
「過去には、その当時のトレンドに乗っかって、色々とやらかしたらしいんだわ。合言葉は『プロリタリィ ヴスィフ ストゥラン サイヂニャーイティエスィ!』」
「朱の女王のベースで、そんな話を聞いたことがあるかな」
「この地の古い生まれの人にとっちゃ、今なお語り継がれる武勇譚だよ。外の大きな力から何かを守るって本当に大変なことだし、守りきれたとしたら、そりゃあ誇らしいことだろうしね」
「うん、そうだね」
そして、オリガさんと入れ替わるように朝食が運ばれてきた。
昨日の夕飯同様、温かく消化に良い食事だ。
体はダルく食欲もないが、今日は長時間歩く上に山越えがある。
栄養はしっかり取らなくてはならない。
しかし、目につくのは飲み薬の多さだった。
こんなにたくさんの種類の薬飲むのは、恐らく生まれて初めてだ。
思わず引く私に構わず、看護師さんは薬の説明を丁寧にしてくれた。
しかし誠に勝手ながら、三種類目あたりで右から左へと全て聞き流した。
つべこべ言わずに全部飲めば、それでオッケーだろう。
ノロノロと食事をとり、薬を何回かに分けて飲み干す。
ご飯よりも、薬で満腹になったような気がした。
そして、コールボタンを押すと再びオリガさんがやって来た。
腕輪の救難信号の確認をし、ゼリー飲料と色の着いた紙袋を渡す。
「お昼は、固形物は無理だろうからこれで。この袋の中身は薬ね。青いのが食間、オレンジが食後だよ。地獄の苦しみの果てにアラガミになりたくなかったらちゃんと飲むように。それと、これも渡しておく」
そう言って私の手を取ると、アンプルとケースを渡した。
瓶底メガネの向こうで、笑顔を消した青い目がこちらを見ていた。
「これは劇薬に相当する痛み止めー。AGEでもバツグンに効くよ。どうしても侵食の痛みに耐えられなくなったら使って。ただし、侵食を止めるものでもないし、副作用で意識障害や幻覚の症状も出るから移動中は十分に気をつけて。山越え中は使わないことをオススメしておく」
「了解」
「さ、あたしに出来ることはここまでだ」
オリガさんは椅子から立ち上がった。
「ダスティミラー宛に紹介状は送ってある。後はサイカちゃんの頑張り次第だよ。無事に着くことを祈っているからね!」
「本当に色々とありがとう。また改めてお礼に来ます」
「医者として当然ことをしたまでデス。元気になったら遊びにおいでー。お酒イケるクチでしょ。一緒に飲もう!」
「喜んで」
私は頷き、オリガさんと握手をすると、彼女は病室から颯爽と出ていった。
色々ツッコミどころの多い医者ではあったが、親身に診てくれたことは有難かったし嬉しかった。
何だかんだで気も合うし、また彼女と色々な話ができるといいな。
サイドテーブルの時計を見れば、日の出の時間まで後一時間を切っていた。
その三十分前にエントランスへ集合することになっている。
さて、身支度を整えてエントランスへ向かうか。
歯を磨き、リップを塗り直して鏡を見た。
酷く顔色の悪い褐色の女がこちらを見ている。
さあ、行こうか、サイカ・ペニーウォート。
そして、リュックに荷物を詰め、最後に貰ったアンプルをケースに閉まってリュックに突っ込んだ。
周囲の確認をし、リュックを背負ったところで扉がノックされた。
「サイカー、迎えに来たよー」
「はいはーい」
ドアが開き、既に出発の準備を終えたクロエとダニーがやって来た。
二人は心配そうに私を見上げる。
「サイカ、大丈夫?」
「うん。今のところは平気。今日は二人にも迷惑かけるけど、よろしくね」
「ヨー!」
「ウィ。私達も頑張ってサポートするね」
「ありがとう。じゃ、行こうか」
二人を促して、私は病室を出た。
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