限界灰域のデトリタス   作:小栗チカ

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故郷 4

何かが走り回る気配がする。

タオルを外してそっと見てみれば、私の周囲を走り回る三人の子どもと、私を見下ろす女AGEがいた。

……ねえ、本当に何なの? あの牢にいた連中で同窓会でもやんの? それとも新手の走馬灯か? これ。

子どもたちはそれぞれネナ、ノア、ラウゲ、そして女AGEはエストリズ、リズ先輩だった。

私たちと同じ牢にいた、今は亡き仲間たち。

彼女は私の元にやって来ると、腕輪に手を添えた。

すると、私の周りをグルグル走り回っていた子どもたちも、その手に重ねるように次々と腕輪に手を添える。

痛みと熱が薄れ、呼吸が少し楽になる。

彼女たちは手を離して立ち上がると、子どもたちは笑顔で手を振り、子どもたちを連れたリズ先輩は、小さく笑って消え去った。

私はタオルを再び顔にかける。

リズ先輩。

育ちの良さそうな整った容姿なのに、無愛想で笑顔など稀にしか見ることがなかった、知識が豊富なマルチリンガル。

記憶のない私の先生代わりだった女性で、取っ付きづらいが教え方は非常に上手かった。

しかし、AGEとしての適正は明らかに低く、生前の頑なな態度と愛想のなさは、看守や大人たちの虐待もそうだが、頭の良さゆえの将来に対する諦観だったのだろう。

事実、リズ先輩はアラガミと化してGEに討伐された。

ネナ、ノア、ラウゲは、それぞれ時は違えど、実験体としてどこぞのミナトに売られた子どもたちだ。

彼らがここにいるということは、……つまりはそういうことなのだろう。

胸の痛みとともに目を閉じた。

彼女たちに行われた所業をそれでも赦し、前を向いて進まなければならないという世間の流れに、どう対応すればいいのか。

何となく答えは見えているが、今は眠い。

私はそれに抵抗せず、そのまま眠りに落ちた。

時間通りにアルビンに起こされ、片付けを済ませて子どもたちを一通り見る。

全員体調に問題はなさそうだ。

 

「足は問題ない? 痛くなったらすぐに言うように」

 

子どもたちは元気よく返事をし、私は笑顔を作って頷いた。

 

「じゃあ、午後もよろしくね」

 

マスクとゴーグルをつけ、私たちは山頂を抜けて山下りに入った。

直線距離にしたら目的地まで本当に僅かなのだが、高低差があるためそうもいかない。

やり過ごすことができずに遭遇したアラガミを討伐するごとに、私の体力と精神力は容赦なく削られていき、休憩時間も長くなった。

腹は減っていないというのに、身の内のオラクル細胞は、アラガミを、目の前にいる子どもたちを食いたいと、そして生きたいと恥も外聞もなく訴え続ける。

何という生存への飽くなき欲求か。

このままでは、また子どもたちに酷いこと言うどころか、手を上げてしまいそうになる。

それだけは絶対に嫌だった。

私はその訴えを懇切丁寧に、一切の容赦もなく叩き潰し、全力で抵抗を続けながら無言で私は歩き続ける。

子どもたちが時折声をかけてくれるが、頷き、一言二言返すのが精一杯だ。

腹ガ減った。

叩き潰す。

喰イタイ。

叩き潰す。

アラユルモノヲ喰ツクシタイ。

叩き潰す。

喰イタイ叩き潰す喰イタイ叩き潰す喰クイタイ喰イタイ生キタイ叩き潰す叩き潰す叩き潰す叩き潰す叩き潰す叩き潰す叩き潰す。

そんな努力を嘲笑うかのように、アラガミは容赦なくやって来る。

中型種のシユウが二体。

しばらく待つが、奴らの縄張りらしく、手前の一体が気配を感じて警戒をしているようだ。

よりによって複数戦闘かよ。

大型種でないだけマシと思うべきか。

アアアアアアアアッ! 喰イタイ喰イタイ腹ガ減ッタ!

死ね! 死ね死ね死ね死ね! 今すぐ死ね!!

目を固くつむって内心で叫び、呼吸を整え、ケースから神機を引っ掴んで立ち上がった。

 

「俺たちは向こうの岩場の影まで引き返す。終わったら連絡して」

 

アルビンは私の荷物を引き取り、淡々とした目線で言った。

内心の葛藤を押し込め、私は頷く。

 

「うん。あんたたちの方へ行かせないようにするけど、いざとなったら荷物を捨てて逃げてね」

「ヤ」

 

ダニーが手を伸ばして手を握った。

泣きたいのをこらえているその表情に、私はどうにか笑顔を浮かべ、肩に手を置いた。

 

「サイカ」

「行ってくるよ。レーダー係、よろしくね」

「ヨー! みんなを守る」

「気をつけて行ってこいよ」

「……苦しかったら逃げていいからね。私達も頑張って逃げるから」

「ありがとう」

 

真剣な表情のビャーネとクロエの肩を一つ叩き、神機を掲げると、ダイブでシユウたちの元へ向かった。

侵食が進む。

それでも私は止まらない。

雄叫びとともに手前のシユウにダイブアタックし、捕喰してバーストのいつもパターンで戦闘開始だ。

奥の方にある餌場で、遅めのランチをとっているシユウは気付いていないようだが、いずれ合流するだろう。

合流する前にできる限りのダメージは与えておきたい。

厄災前はGEの登竜門とも呼ばれていたコイツらだが、限界灰域のそれと比べて柔いとはいえ、スキの極めて少ない挙動はやはり脅威である。

これが登竜門だったとは、やはりGEも十分に人間外の存在なのだ。

技量だけなら、私よりも遥かに卓越した者も多くいるに違いない。

ひとまず銃撃で翼手を破壊。

バーストを維持しつつオラクルを集め、今度は頭に狙いをつける。

全身の痛みを堪えながら着実に追い詰めていくが、視界の端でランチをしていたシユウが駆け寄ってくるのが見えた。

何だよ! ゆっくり食ってりゃいいのに!

こちらに滑空してくるのをどうにかかわすが、最初に相手をしていたシユウの鋭い蹴りがきた。

ボロボロの体は重く鈍く、これはかわせない!

これが最後の仕事だ、サイカ・ペニーウォート。

ツケの支払いは、貰った痛み止めを打って誤魔化しとけ。

瞬間、全身に力が漲るのを感じた。

即座に一歩前進して盾を展開。

蹴りをジャストガードしながら、そのまま刃をすくうように振り上げる。

会心の手応えとともに、頭が結合崩壊を起こした。

やっぱちゃちぃな。

頭の片隅で思いながら、ステップ攻撃しつつ距離をあけ、スタングレネードを発動。

火球攻撃の構えを取っていたランチシユウのスタンに成功した。

そしてチャージ攻撃の構えをとる。

これを当てれば前座は瀕死、適当に攻撃してても倒れる。

目論見通り、チャージ攻撃が当たりステップ攻撃を二度三度繰り返して、前座を即座に撃破した。

後はもう一対一の戦いだ。

銃撃と近接攻撃とを使い分けて戦い、おあつらえのようにチャージ攻撃でランチシユウも撃破した。

 

「グッ、ガ、ガアアアアアアアアア!!」

 

漲っていた力が消えた途端、言語を絶する激痛が全身を襲い、思わず絶叫を上げた。

体の支えがきかず倒れ、思考が獰猛な食欲に埋め尽くされる。

モットモットモット喰イタイ!

ココデガキヲ呼ベバ、ガキヲ喰エル。

アアアアア、喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ、骨マデ喰ライツクシタイ!

食欲に飲まれれば、狂気の縁に落ちてしまえばどれほど楽か。

だが、私は無様に体の痛みと苦しみにしがみついた。

ふざけんな!!

この体は私のものだ!

今度こそ……、今度こそ! 子どもたちが安心して過ごせる場所へと連れていき、信頼出来る人々に託す。

無念と諦めのうちに散っていった、先輩や仲間や友人たちの戦いと死に報いるために。

この体はそのためにある。

こんなクソふざけたオラクル細胞なぞに譲り渡すものなど一欠片もない。

死ね! 死に晒せ!!

痛みに耐えきれずに叫びながら、ひたすらに嵐が通り過ぎるのを待ち続ける。

そして、どうにか身の内の食欲は引いていくのを感じたが、痛みと疲れから体は動かない。

ゴーグルとマスクを外し、涙と鼻水を拭うと、通信を繋いだ。

 

「終わったよ……。すぐ来て、薬……」

≪すぐ行くから待ってろ!≫

 

せめて体を起こそうとするが、その間に足音が聞こえてきた。

 

「サイカ!」

 

アルビンが駆けつけると、私の傍らに膝をついた。

 

「ケース……、アンプルを」

「わかった。打てるか?」

 

私はどうにか頷く。

私の荷物を開けてケースを取り出したアルビンは、アンプルと注射器を取り出し薬剤が入った状態で私の左手に渡した。

私は躊躇いなくそれを腕の静脈に突き立て、薬剤を注入した。

注射器を抜き、私は地面に顔を伏せた。

 

「サイカ!」

「ゴメン。少し、休む……」

 

言い残し、私は意識を失った。

 

 

夢か現か定かでない。

死んだはずの先輩と仲間がまたやって来て、私の右の腕輪に触れて去っていくのを見た。

フランツ、アメリー、レックス先輩。

あのミナトの悪行の果てに死んでいった優しい子どもたち。

覚えている。

同じ牢にいた仲間のことは、全て覚えている。

みんな、死にたくなかったろうに。

生きて、それぞれの望みを叶えたかったろうに。

私は、みんなの望みは叶えて上げられないけれど、でも、その死だけは絶対に無駄にはしない。

私が、必ず連れていくから。

そうして夢と現を何回か行き来して目を開くと、先程よりも黄色味を帯びた空が見えた。

平和な午後の空の色だ。

私はタオルを枕に、地面に敷かれたシートで眠っていたらしい。

右手側には放置されている神機。

そして左手側には小さな人の気配。

見ずとも感触でわかる。

ダニーが私にくっついて寝ていた。

悶絶しそうな全身の痛みは消えているが、頭が酷くぼんやりする。

元凶の右手首の腕輪を見れば、外見は侵食が進んでいるようには見えないが、不気味に脈動している感じはあった。

薬が覿面に効いているようだ。

起きよう。

日が暮れる前に、山を下りてダスティミラーへ行かなくてはならない。

そうして起き上がろうとして、ダニーが目を覚ました。

ぼんやりしていた緑の目が、こちらをしっかりと見つめる。

 

「あ! サイカおきた!?」

「起きたよ」

 

そうして私はダニーと共に身を起こすと、ダニーが真剣な表情で口を開いた。

 

「あのね、ぼくね、サイカを守っていたよ」

「……守ってくれていたの?」

 

ダニーは頷き、私に体をくっつけると耳元に口を寄せる。

 

「おばけ、いたので、つれてっちゃわないよう守ってました」

「そう」

 

私は小さく笑う。

 

「でも、今寝てたよね?」

 

すると、ダニーの表情に影が差した。

視線をそらし、ポソポソと呟く。

 

「おばけ、いなくなったあと、ねむいのやってきまして」

「うん」

「がんばってたたかったけど……、ダメでした。ぼく、負け犬です……」

「そっかー」

 

私はノロノロと腕を動かして、俯くダニーの肩を抱いた。

 

「眠気との戦いは、大人でも負けちゃうから気にしなさんな。ダニー、朝から頑張って歩いていたしね。守ってくれて、ありがとう」

「ヨー。サイカ、だいじょぶ?」

「うん。行かないとね」

 

寝ている私たちから少し離れた所で、アルビンとクロエが椅子に座って寝ていた。

だが、ビャーネの姿がない。

視線をめぐらすと、ちょうど岩場の影からウェットティッシュで手を拭くビャーネが出てきた。

こちらを向いたビャーネが、驚きの表情を浮かべる。

 

「あ! サイカ、起きたのか!」

 

慌ててこちらにやって来る。

 

「トイレ?」

「うん、そう。じゃなくて! 大丈夫か?」

「うん。すまないねい、マイダーリン」

「良いってことよ、マイハニー」

「どれくらい寝てた?」

「二時間くらい?」

「そっか」

 

私は頷き、表情を引き締める。

 

「痛み止めが効いている今のうちに、山を下りて先に進みたい」

「わかった。すぐに二人を起こすから」

 

ビャーネが二人を起こしている間に、私は重い体をどうにか動かして神機をケースにしまう。

もう神機で戦うことはできない。

次にこの神機を使った時、確実に最悪の結末を迎えることになる。

仮にアラガミと遭遇したその時は、もうアイテムをフルに使って逃げるしかない。

そして私には、もう逃げる力はほとんど残されていない。

 

「サイカ、平気? 動けそう?」

 

ビャーネに起こされた二人が、私の側にやって来た。

クロエの言葉に私は頷く。

 

「うん。心配かけてゴメンね。だいぶ落ち着いたから、今のうちに進もう」

「わかった。立てるか?」

 

再び頷き、ゆっくりと立ち上がったが、体がふらついた。

どうにか踏ん張りをきかすが、思った以上に力が入らない。

すぐにアルビンが、左側から身体を支えた。

 

「ビャーネ、クロエ、さっき話した通りでいくから」

「オッケーイ!」

「ダコール」

 

さっき話した通り?

すると、アルビンが私に目線を合わせた。

 

「俺があんたを支える。神機はビャーネ、あんたの荷物はクロエが持って先頭を歩く。ダニーはレーダー係を続行。山を下りるまではそれで行くから」

「二人とも大丈夫なの?」

 

尋ねると、二人は力強く頷いた。

 

「オレたちはまだ余裕あるからな。サイカは自分の心配だけしてなよ」

「わかった」

 

二人は笑い、それを見たダニーも歯を見せて笑った。

頼もしい限りだ。

心に力が入るのを感じた。

 

「じゃ、みんなの決めた方法で進もう。よろしくね」

 

クロエが手早くシートを片付け、忘れ物の確認をすると、再び山下りを開始した。

右手に杖、左手にアルビンの支えもあり、どうにか歩ける。

アルビンに声をかけると、一昨日のハンネスさんよりは遥かにマシと淡々と答えた。

とはいえ、やはり子どもに支えてもらっている状態は、心配と情けなさで心が痛い。

これでは、私が連れているのではなく、連れて行ってもらっている状態ではないか。

だが、仕方がない。

焦らずに着実に、一歩進めば生還へと近づく。

この際、ナリなど構ってられなかった。

道中のアラガミをやり過ごしながら進み、空がさらに黄色味が強くなった頃、平坦な道が続くようになった。

砂埃の混じる風の向こうに、灰域に侵食されてオレンジに輝く廃墟の建物の影が見えた。

 

「あれ、街の跡か?」

「ぽいね」

「じゃあ!」

「山越え完了じゃあ!」

「ノニーン!」

 

子どもたちが歓声を上げる。

どうにか日没前に、山越えを完了出来た。

ここまで来たら、本当に後もう少しだ。

私たちは、廃墟の街から少し離れた所で休憩をとることにした。

廃墟の街は、アラガミの住処になっていることが多く、アラガミを排除できない現状では、休憩するには危険すぎる場所である。

子どもたちは地図を広げて、ルートの確認をしていた。

アラガミと遭遇するリスクをとって最短ルートを進むか、遠回りになってしまうが街を迂回して進むか、話し合っているようだ。

私は、子どもたちの提案を確認し、最終判断をすればいい。

椅子に腰掛けて最後の飲み薬を飲み、私は仮眠をとる。

二十分後、アルビンに起こされた私は、片付けをしながら、彼から街を迂回するルートをとること聞いた。

 

「時間はかかるけど、あんたが戦えない上に逃げるのも難しそうだから、安全確実な方法をとることにした」

「私は構わないけど、あんた達は大丈夫なの? 特にあんたの足、結構キているんじゃないの?」

 

アルビンは顔を歪め、そして溜息をついた。

 

「俺だけじゃなくてビャーネの足もマメが反乱を起こしてた。でも応急処置はしたし、クロエとダニーも問題ない。俺たちは大丈夫だよ」

「そう。ルートはいくつか設定してある?」

「うん。ひとまず街周辺の大きめ道路を使う」

 

いくつかのルートを聞き、問題はなさそうだった。

変化に弱いアルビンだが、想定された変化には滅法強いし、仮に突発的なことが起こっても、ビャーネがそれをフォロー出来る。

クロエもダニーも、積極的に協力してくれている。

なら、大丈夫だ。

 

「オッケー。それじゃ行こう」

 

子どもたちは気合いの入った返事をし、私たちは街へ入る道を逸れて、北へと進路をとった。

太陽が傾き、周囲は黄色からオレンジ色へと染まりつつある。

 

「夕やけきれーだね」

「そうだね。深層じゃこんなに綺麗で眩しくなかったもんね」

 

クロエとダニーが言うように、燃えるような鮮やかな夕暮れを見たのは、本当に久しぶりだった。

しかし今の私は、痛み止めと先ほど飲んだ薬の影響で、意識を保つことで精一杯だった。

しんどいのは、隣りのアルビンも、身の丈以上の神機を運ぶビャーネも同様だろう。

無言で黙々と歩き続ける。

と、目の前にトンネルが見えた。

誘導灯はついておらず、黒々と塗りつぶされている。

 

「これが、さっき話してた丘陵地帯を抜けるトンネルだね」

「とんねる、真っ暗」

「ここを、使えば、最短なんだけどなー」

 

息を切らしながらビャーネは言うが、当然進むことは出来ない。

ダニーは兄貴分に訴える。

 

「アラガミ、いーっぱいいますぞ」

「ですよなー」

 

アラガミがいるだけならともかく、巣になっていたら目も当てられない。

呼吸を整えると、アルビンはみんなに声をかけた。

 

「ここから右手に進めば丘陵地帯の幹線道路に出る。少しキツいけど頑張ろう」

 

私たちは幹線道路に向かい、勾配のある坂道を全員無言で登っていった。

途中、南へ向かう船といくつかすれ違う。

ここで救難信号を出せば、恐らくは助けて貰えるだろう。

しかし、腕輪の修理のできるミナトでなければ私は即座に詰む。

悪名高きバランや、AGEの扱いが最悪なミナトの船なら、子どもたちの人生すらも詰む可能性がある。

それでは意味が無いのだ。

隣りのアルビンが何回目かの溜息をついた。

 

「たく、ことごとく南へ向かう船ばかりだな」

「ああ。……あ、もしかしたらこの航路、南へ向かう一通タイプかも」

 

前を行くビャーネの言葉に、アルビンは顔を上げて立ち止まった。

 

「双眼鏡貸して」

「ほい」

 

アルビンは息を切らしながら右手側に顔を向け、ゴーグルを外すと双眼鏡を目に当てた。

 

「それだ。あっちの道、北へ向かう船が見える。んだよ、同じ方向に行く船なら、途中まで乗せてもらおうと思ってたのに」

「しゃーねーよ、大将(タイショー)。ここまできたらもう、意地でも自力で行くしかねーべ。ゴーノースだ」

 

そして再び歩き出す。

私の身体に痛みはないが、出発した時よりも熱く、悪寒は止まらず、右手首の脈動が先程以上に大きく感じられる。

そして、酷く眠い。

気を抜けば、そのまま倒れて寝込んでしまいそうだった。

湖が見えるーと喜ぶクロエやダニーの言葉がずいぶん遠くに聞こえた。

やばい、眠い、意識がもたない。

視界が暗転し、フツリと意識が途切れた。

 

「サイカ!」

 

が、固い地面に身体を打ちつけ、その痛みで覚醒した。

イタタタ、ダメだ、起きないと。

アルビンとビャーネが体を起こしてくれた。

 

「ゴメンゴメン。少し寝ちゃった」

「歩けるか。もしあれだったら背負うけど」

 

私はアルビンの肩に触れた。

 

「大丈夫。歩くよ」

「……わかった。ビャーネ、手伝って」

「ほいきた!」

 

二人に支えられ、私は再び地面に立った。

見守るクロエとダニーに小さく頷き、杖を持ちアルビンに支えられて再び歩き出す。

だが、痛みで覚醒したはずの意識は、再び曖昧なものになっていった。

ああ、さすがに限界なのか。

でも、後もう少しだけ歩かせてくれ。

ゴールはもう目の前のはずだ。

フワフワとした地面を延々と歩き続けているような、錯覚を感じていた時だった。

 

「ビャーネ! これ、ビーコンだよね!?」

 

クロエの声に、前を歩くビャーネは立ち止まった。

神機のケースを地面に置くと、前に向かって走りだす。

 

「お、おおおおおおおっ! イエス! イエエエエエエス! おっちゃんたちの言ってた、ダスティミラーのビーコンだ!」

「……着いたのか」

 

思わず立ち止まったアルビンが、呆けたように言った。

着いた。

その事実に、私は自力で体を支えてアルビンから離れると、即座に腕輪の救難信号を発信した。

これで、本当に来るのだろうか。

しばらく待つが、特に大きな変化はない。

そうしている間にも、右の腕輪は不気味に脈動を続けている。

そしてついに、異形の黒がジワリと腕輪から滲み出始めた。

痛みはなくとも、確実に侵食は進んでいるのだ。

 

「サイカ?」

 

私はアルビンから離れ、オレンジと赤に染まった世界に向かって歩き出す。

 

「助けて」

 

呟く。

 

「助けて」

 

私はもうダメだ。

子どもたちに対して笑えない。

もう子どもたちを守れない。

このまま薬が切れたら、侵食の痛みとオラクル細胞の本能によって、また子どもたちに酷いことを言ってしまうに違いない。

それどころか、もう人の姿を保つことすらできなくなるかもしれない。

そうなったら、私は、私は。

 

ピピッ!

 

耳につけているイヤホンから、無線の音がした。

 

≪こちらはダスティミラー所属の衛生部隊だ。貴方の救難信号を受信した。所属と名前を教えてくれ≫

 

私はぼんやりとそれを聞き、名前を伝え、そして所属は迷った末に、元ペニーウォートと答えた。

 

≪領外のミナト、カイスラから連絡のあったAGEだな。待っていたぞ。今すぐそちらへ向かう。あと少し堪えてくれ≫

 

そうして通信は切れた。

助かった、のか?

そして、体の支えがついにきかなくなり倒れた。

 

「サイカ!!」

 

子どもたちが叫び、駆け寄ってくる気配を感じる。

子どもたちが呼びかけるが答える気力はない。

荒い息の中、霞む視界に気配を感じた。

侵食の進む腕輪に、その気配が手を添えた途端、滲み出ていた黒い異形があっさりと消え去る。

視線で、その手を辿りその気配の正体を見た。

 

「ろー……」

 

黒味を帯びた褐色の髪と、同じ色の目。

記憶を無くした私を明るく受け入れ、あの酷いミナトで共に生き、大人になることを目指したかけがえのない友人。

アルビンにとっても、生涯忘れることのない初恋の人だ。

ああ、あんたも同窓会に出席するクチなのか。

私の役目ももうすぐ終わる。

そしたら私も、一緒に行っていい?

そして、私の意識と視界は闇に包まれた。

 

 

「サイカ、サイカ!」

 

懐かしい声に目が覚めた。

薄暗い部屋。

薄汚れた壁に粗末な最低限の家具。

水滴の垂れる音。

壁に備わっている格子のついた窓から金色の光が差していた。

それを背景に、ローダンテとグンナルが私を覗き込んでいた。

 

「ロー。グンちゃん」

「良かった、起きたか。大丈夫かよ?」

 

安堵の溜息をつく二人に私は頷き、起き上がる。

そして気付いた。

私もそうだが、二人の腕も自由になっている。

思わず、両腕を目の前に持ってきて腕輪を見つめた。

 

「どうしたの? ずいぶんうなされていたけど、酷い夢でも見た?」

「夢」

 

私は呟き、改めて周囲を見渡す。

ここは、ペニーウォートの牢獄だ。

何故ここに?

いや、これでいいのか?

私は混乱しながら頭を働かせ、改めて二人を見た。

 

「……うん。夢を、見てたんだよ」

 

私は二人に話そうとした時、牢の通路から人の話し声が聞こえてきた。

静かにしないと怒鳴られる、と思ったが、何故か看守の姿はない。

 

「おーい、戻ったぞー」

「もどったぞー」

 

先輩たちと子どもたちが、ゾロゾロと牢の中にやって来た。

明らかに定員オーバーだが、二人は意に介さない。

 

「おっかえりー!」

「お疲れ!」

 

神機を担いだエーヴェン、フリーダ、レックス、リズの四人の先輩と、子どもたち。

私の知る仲間達が、この牢に一同に会していた。

 

「どうだった?」

「アラガミ、いっぱいいたけどね、みんなやっつけてくれたの」

「強かったねー」

「ねー」

 

無邪気に話す子どもたちに笑顔を向けていたフリーダ先輩が、ふとこちらを見た。

 

「サイカ、どうしたの?」

「何? 調子悪いの?」

 

フリーダ先輩に続いてリズ先輩が尋ねると、私が口を開く前にローが答えた。

 

「何か、酷い夢を見てたらしくて」

「酷い夢?」

「……何があった?」

 

尋ねる先輩たちと、心配そうに見守る子どもたちの視線を受け、私は夢の内容を話した。

ここにいた皆が死んで、灰嵐でミナトが滅んだこと。

朱の女王に拾われて深層に行ったこと。

しかし、朱の女王も戦乱のただ中に飛び込み、私は子どもたちと逃げたこと。

そしてその旅路を、ポツポツと語った。

 

「何つーか、あれだな」

 

話し終えると、グンナルが腕を組んでこちらを見た。

 

「旅の大半の失敗は、お前の自爆と自業自といってえええっ!!」

「あんたねえ!」

 

身も蓋もないグンナルの感想に、鋭い鉄拳をお見舞いしたローが、グンナルを睨みつけた。

 

「あんたのそういうとこ、本っ当に大っ嫌いなんだけどっ!?」

「やめなさい、ロー。無責任な外野の発言に、いちいち目くじらをたてる必要は無いわ」

「ゴメン……悪かったよ」

 

遠回しに冷たく追撃をかけるリズ先輩に、グンナルはしょんぼりと体を縮めた。

隣にいたレックス先輩が、まあまあと取り成す。

 

「でも、グンちゃんの言う通りだよ」

 

私は俯いた。

 

「私、ちっとも上手くできなかった。結局最後まで子どもたちに迷惑かけて、大変な思いをさせちゃって。先輩で大人なのに、情けないったらないよ」

 

涙が零れそうになって目を拭うと、フリーダ先輩は私の肩に手を置いて微笑んだ。

 

「サイカったら、そんな大変な旅、初めてやるのに、何でもかんでも上手くいくわけないでしょ。むしろ、よく頑張ったじゃない」

「まして、初心者マークのついた大人一人だったんだろ。失敗して間違って当たり前だ。もちろん、その失敗が命取りになることはあるだろう」

 

エーヴェン先輩が歯を見せて笑う。

 

「でも、迷惑かけて恥かいて全員で生き延びたんだ。なら、それを反省して、次に活かせばいい」

「痛い思いをするからこそ必死で学べる。全てが、かけがえのない経験だよ」

 

レックス先輩が労わるように優しく言うと、エーヴェン先輩の雰囲気がガラリと変わった。

 

「言ったろ。終わり良ければ全て良しってな」

 

我が目と耳を疑い先輩を見つめると、先輩の担ぐ凶悪な見た目のバスターブレードがギラリと輝いた。

 

「ん? どうした?」

「……や、何でもない、です」

 

怪訝そうに尋ねるエーヴェン先輩の表情は、いつもの穏やかなものだった。

 

「お前はよくやってくれたよ」

「え」

「俺たちは、お前たちを安心出来る場所と人に託すために戦い続けた。それは、決して叶わない望みだと思っていた。だが、そんなことはなかった」

 

エーヴェン先輩は笑った。

安心したような、憂いの全てが晴れたような、あの山で見た青空のような清々しい笑顔だった。

 

「俺たちは、子どもたちを託せる存在を、守り育てていたんだ。その結果であるお前が、安心できる場所へ子どもたちを連れて行ってくれた」

「無様な出来だけど?」

「途中で脱落した俺たちにしちゃ上出来だろ?」

 

冷めた口調で言うとリズ先輩に、エーヴェン先輩は屈託なく笑って言うと、そうね、とリズ先輩は小さく笑った。

 

「俺達の戦いと死は、無為なものじゃなかった。お前がそれを、生きて証明してくれたんだ」

 

その時、一陣の風が、周囲の風景を吹き飛ばした。

突然の眩い光に目を逸らし、その光に慣れて目を開くと、そこは太陽が今まさに沈もうとしているペニーウォートの大地だった。

 

「ありがとうな、サイカ」

 

私以外のみんなの体が、光の粒子となって天へ上り始めている。

これから訪れる夜空の星になるかのように。

私は悟った。

そうか。

今度こそ、本当にお別れなのだ。

 

「……私は、そちらに行けないんだね」

「ああ、お前はまだそこに。光は差せど太陽は未だ見えぬ絶望の地に。今度は誰かのためでなく、お前自身の旅を続けてくれ」

「先輩」

「焦らなくていい。まずは体を治すのが先決だ」

 

安心させるように先輩は笑った。

 

「ありがとう、サイカ。本当にお疲れ様。元気でね」

 

私の頬を撫でフリーダ先輩は艶やかに笑う横で、リズ先輩も穏やかな表情で言った。

 

「若さという取り柄は一時のものよ。大人になっても勉強は続けなさいね」

「最後までスパルタティーチャーらしい物言いだな。死んでもその性格は変わらんかったか」

「レックス、あんたに言われたくないわよ、このスチャラカAGE」

 

先輩たちは笑い合い、消えかかっている子どもたちも笑って先輩たちに寄り添った。

 

「モイモイ、サイカ!」

「元気でね!」

「頑張れよー」

「飲みすぎ禁止だよー」

「男は慎重に選べよー」

「転んでも泣いちゃダメよー」

「はいはいはいはい」

 

何時どの時も、ガキどもはうるさく優しかった。

そうして、グンナルとローがやって来た。

 

「さっきはあんなこと言ったけどさ、でも、頑張ってたのは知ってるからな。その、……本当にありがとな」

 

ばつ悪そうな彼に、私は首を振った。

 

「いいよ。あんたの性格はわかってる。気にしなくていいからね」

「そっかー! なら良かったぜ!」

「あんた、本っ当に変わらないね」

 

瞬く間に立ち直るグンナルに、私とローは顔を見合わせた。

そして、ローは表情を改めて私を見つめた。

 

「サイカ。ありがとう。ゴメンね、途中で全部任せることになっちゃって」

「……ホントに、大変だったんだからね」

 

愚痴ると、ローは形の良い眉を下げた。

 

「うん、面目ないです。でも、信じてたよ。アルビンも頑張ってくれてたしね」

 

そして、小首を傾げて笑った。

 

「アルビンにもお礼、言っといて」

「嫌だよ」

 

私は即否定した。

目を見張るローとグンナルを、睨むように見つめる。

 

「あんたが直接お礼を言って。あの子は人じゃない。AGEだよ。ちゃんと感応能力の備わっている立派なAGEだ。どんな形でもいいからあの子に会ってあげて」

 

そして、心からの願いを込めて言う。

 

「背負わせた荷物を下ろして、あの子の思いを、ちゃんと終わらせてあげて。あんたにもアルビンにも、それができる力があるんだから」

「……そっか。そうだね」

 

ローは辛そうな笑顔で頷いた。

 

「私も、アルビンから子どもらしさを奪った張本人だもんね。直接会って謝らなきゃだよね」

「そうだよ。散々詰られて泣かれるといいわ」

「酷っ。それが死んだ友人にかける言葉?!」

「酷いのはあんたでしょ。私とアルビンの約束破って、あっさり死にやがって」

「うぅぐ、悪かったよ。でも! 私も、かなり頑張ってたんだよ!」

「知ってるよ」

「じゃあ褒めて! それと、アルビンのトコ行くから励まして!」

「うっわー! ローってば本当に凄いねー、偉い偉い! アルビンの件、よろしくね! 頑張って!」

「嘘くさっ! 心がこもってねーんだよ!」

「お前ら、ホント仲良いのな」

 

グンナルの言葉に、私たちは引きつった笑顔を浮かべた。

お互いに言いたいことは山ほどあるが、既にみんなの姿は消えかけている。

時間切れだ。

グンナルが私の右腕を軽く叩いた。

 

「元気でな。大体のことは、頑張れば大体何とかなる! 大丈夫だ!」

「最後まで適当なんだから。じゃあね、サイカ」

 

ローとグンナルも、先輩たちの元へ向かった。

私は去りゆく皆へ声をかけた。

 

「ありがとう、みんな」

 

エーヴェン先輩は、傷だらけ神機を掲げた。

沈んだ太陽の最後の光芒を浴びて、それは不穏に美しく輝く。

 

ハーデ(じゃあな)、サイカ・ペニーウォート。ハー エン フィン ツール(良い旅を)!」

 

そしてみんなの姿は消え去った。

取り残された私は一人、闇夜に包まれる風景を見つめる。

この同窓会は、あの光の事件の名残なのだろうか。

そして同窓会のついでに、死にかけた私を、死んだみんなが助けてくれたのだろうか。

だとしたら、私の情けなさもここに極まれりだ。

瞬く間に涙が溢れて零れた。

不甲斐なさと、それと同じくらいの感謝を噛み締める。

涙でぼやける目を拭い、星が輝く紺碧に染まった果てのない空を見つめた。

その空に、万感の思いを込めて呼びかける。

さようなら、みんな。

目を閉じ、そして目を開こうとして、目が開かなかった。

どうにか引き剥がすように目を開くと、薄暗い清潔な天井が見えた。

……ここ、どこだ?

周囲を見渡すと、どうやら病室らしいことがわかった。

カイスラだろうか?

……あれっ、いや本当に私、どうなったんだ?

全く状況が飲み込めず、私は途方にくれた。

それからしばらくして、見回りに来た看護師さんから、ここがダスティミラーの病室で、救助されてから二週間以上経っていることを知った。

私と子どもたちの旅は、とっくに終わりを迎えていたのだ。

締まりのない話ではあるが、私らしい結末ではあった。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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