限界灰域のデトリタス   作:小栗チカ

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エピローグ

この世にいい男というやつは、確かにいる。

顔がいいやつ、体が良いやつ、頭が良いやつ、運動神経が良いやつ、お金持ちなやつ、優しいやつ、寛大で余裕があるやつ、ストイックなやつ。

他にも条件はあるだろうけど、清潔感があって、この辺りのいくつかのポイントを押さえておけば、よほどの悪食の女でもない限り大体の女は釣り上がるだろう。

では、この全てを兼ね備えているような男がいたらどうだろうか。

このダスティミラーのオーナーがそうだった。

先日お世話になった、灰域航行法の領外にあるミナト『カイスラ』では、このミナトのことを、夢物語のようだとかチートだとか言っていた。

なるほど、オーナーがチートなら、そりゃミナトもそうなっちゃうわな。

私だってホイホーイとつり上がっちゃうわな!

仕方ないよね! うん! 仕方ない!

ダスティミラーの応接室に呼ばれ、オーナーと二人きりとなった私は上機嫌だった。

目の前で、私の犯罪に対する処分を聞きながら、そのステキな肢体を存分に観察する。

いやあ、良いなー、このオーナーマジで良いなー。

ああっ! 食べたいなー食べられちゃいたいなー! んふふーん!

と、オーナーは、冷たく射抜くような片目でこちらを見た。

 

「お前にとって、かなり、重要な話をしているわけだが、ちゃんと聞いているか?」

「イエス! マイ オーナー!」

 

いけないいけない、欲望がダダ漏れていたか、察しのいいイケメンめ、好き!

でも、流石に今この時は自重しよう。

オーナーは呆れたように一つ息を吐いた。

 

「以上のことから、この件に関するお前の処分は、不起訴処分となった。訴えようにも、被害者はこの件と全く関係のないところで死亡扱いとされ、証拠も証言も、お前の話したものしかないからな」

 

あの旅の三日目に廃都で私が犯した罪、グレイプニルの兵士に対する傷害事件は、私が入院中に受けた事情聴取で明らかになった。

調査の結果、あの日、深層や廃都にいたグレイプニルの部隊と、拠点にいた朱の女王のAGEたちは、ヴェルナーさんの死をきっかけに起こった灰嵐によって、全員が死亡扱いとなっていた。

現場の記録も灰嵐で消失し、ベースでのあらゆる出来事は、フェンリル本部に届いていた記録と、深層から辛くも逃げ延びた人々の記憶にのみ存在する。

私が本当に人を殺したのかも、結局不明のままだ。

私が連れてきた子どもたちは、今までのことを仔細詳細に話しても、この件に触れると知らないの一点張りとなり、決して語ることをしなかったという。

そして、私の腕輪と神機に残されている戦闘記録は、腕輪が損傷した上に神機も完全に壊れてしまったことで失われた。

私は小さく溜息を吐く。

 

「話してくれてもよかったのに」

 

私は、この件については体に無理を押しても真摯に対応していた。

それが、今後の私の戒めとなることを望んでいたからだ。

オーナーは頷いた。

 

「そうだな。だが、仮に子どもたちが証言したとしても、お前の処分は変わらなかっただろう」

「そうかも、しれませんけど」

「一番最初にも話したが、改めて認識しておくといい。社会において人が罪を犯したかどうかを決めるのは、その権限を持つ第三者であるということだ」

「はい……」

「やはり、AGE(自分)が怖いか」

 

静かな声で尋ねるオーナーに、私は小さく笑った。

 

「怖いというか……、ええ、そうですね。あの旅を通してちゃんと確認できちゃったんですよ。AGEは正しく、人でもGEでもない、バケモノにより近い生き物だって」

 

灰域で活動可能な肉体と、圧倒的な戦闘能力。

正体不明の感応能力を持ち、GE同様に偏食因子を投与しなければアラガミ化する爆弾を抱えた生き物。

さて、これは人と呼べる存在なのだろうか。

断じて否である。

 

「元々は人で、人の心を持っているから人だって言えるかもしれませんけど、じゃあ人の心の定義って何? ってことなりますし、そもそも視覚に頼る生き物が、目に見えぬ心を普段どれくらい見ているのかって話です」

 

仮に見えたところで、それを受け入れることが出来るのか。

この世はそんな強さと余裕を持つ存在ばかりではないし、常にそれを持ち続けていられる存在ともなれば、さらにその数を減らすだろう。

私の話を、オーナーは否定も肯定もせずに聞いている。

 

「私は人じゃない。紛れもなくバケモノのAGEです。それは事実で変えようがない。でも、そんなバケモノでも、人やGEが信じて受け入れてくれたらいいなと。もちろんバケモノ側も、信頼し信頼されるよう努力は続ける。そうして試行錯誤しながら、違う生き物たちが共にこの世に在り続ける。そうなったらいいなと、私はそう思うんです」

「……そうか。そうだな」

 

私の言葉に、オーナーは目を伏せ小さく笑った。

 

「私もバケモノと呼ばれたクチで、今もそう呼ばれているが、人やGEと共に戦い、共に生き、苦楽を共有してきた存在と場所を知っている。だからこそ、私は今ここに、このような形で存在しているのだから」

「そうですか」

 

私は思わず笑顔になった。

ああ、それは。

それは、何て優しく理想的な世界であることか。

 

「私は、オーナーほど強くないし、周囲の人もきっとそうだと思うんです。だから、そういう風になるための、戒めが欲しかったんです」

 

私はこの際だからと語る。

私は、人やGEを容易く害する力を間違いなく持っている。

目の前の彼のような強靭(タフネス)な心でなく、不安定な心の私は、あの時同様、怒りと感情に任せてその力を振るってしまうかもしれない。

今ここでどんなに誓いを立てようとも、この世界に確かなものなどほとんどなく、この先の未来のことはわからない。

だがそれでも、この世界で皆と共にありたいと願うから、戒めを鞘として自分を律したかったのだ。

しかし、法の裁きを戒めとすることはできなかった。

ならば、己の心を鞘とする、世にも難しい方法で律するしかなくなったのだ。

 

「そこまで心配する必要はなかろう」

 

オーナーは再び小さく笑った。

 

「事件に対し真摯な姿勢を見せたこともそうだが、AGEという自分と社会に対して、どのように向き合い関わるのか。お前のこれまでの証言や発言から、関係者にそれが理解され、更生の余地があると判断された。この処分となった最大の理由はそこにある。

この処分を受けて、これからどう振る舞うのか。それは自分で考えて決めるといい」

「……厳しいなあ」

 

私は眉を下げ笑った。

それは、明確な正解のないイバラの道だった。

でも仕方がない。

それを含めて、私の罪と罰と贖いなのだろう。

私は気を取り直し、オーナーに目線を合わせた。

 

「この件、オーナーが良い弁護士センセイを紹介してくれたおかげで、大変に助かりました。ありがとうございます」

「礼の必要は無い。法に基づいて対処したまでだ。後で請求書が飛んでくるから、キチンと支払うようにな」

「もちろんですとも。あーあ、本当に渡る世間は厳しいですね」

 

オーナーが紹介してくれた弁護士センセイもいい男だった。

顔のよし、頭よし、性格よし、服装のセンスよし、そして妻子持ち。

それは、彼が職務と共に守り背負うものの一つだ。

私は体質上GEになれないから、アラガミから人を守れない。

その分、法律で困っている人々を助け守る。

弁護士センセイに弁護士になった動機について質問した時、そうを話してくれた。

カイスラのオーナーにしても、目の前のオーナーにしても、弁護士センセイにしても、皆何かしらの責任を背負って現実と向き合い、夢や未来に向かって進んでいる。

亡くなったヴェルナーさんも、やり方はともかく、あらゆるものを燃料にして夢と理想に突き進んだ人だった。

私は、そんな彼らのような男の人がたまらなく好きなのだ。

オーナーは手に持つタブレットを操作した。

 

「さて、お前の処分が決まったところで、以前から申請を受けていた件だが」

「あっ! 結婚の?!」

「このミナトとの労働契約だ。それ以外の話は知らん。違うなら帰れ」

「もちろんわかっていますとも! 冗談ですってば」

 

ああんもう、つれないなー、好き!

オーナーは、再び呆れたような溜息をついた。

 

「一年契約で、深層を含めた探索とサルベージ作業を希望とのことだが」

「ええ。このミナトのこと、まだ分からないですし、他のミナトを見て回ってみたい気持ちもありますしね」

 

他のミナトにも、オーナーレベルのいい男がいるかもだしなっ!

私は両手を握りしめて、顔の横に持ってくる。

 

「もっちろーん、オーナーが永久就職してくれってことなら、喜んで受け入れますけどっ」

「私にその予定は無い」

「あははーん、ですよねー」

 

私は手を下ろした。

 

「というか、私との契約、考えて下さっているんですね」

「ああ」

「……理由をうかがってもよろしいですか」

「お前との契約を考える理由は二つ。一つは、お前の連れてきた子どもたち、もう一つはお前の実績だ」

 

オーナーはタブレットをテーブルの上に置き、私をしっかりと見据えた。

 

「まず一つ、子どもたちの件は、今は養護施設に預けているとはいえ、収容人数には限りがあり、将来的にどうなるかはわからない。万が一の時に、引き受ける存在が近くにいる方が望ましい」

「あー、やっぱそれ、問題になっているんですね」

「ああ。こんなことで頭を悩ませる羽目になるとは、十年前は思いもよらなかった」

「人気者は大変ですねえ」

 

小さく溜め息をつくオーナーに、思わず同情する。

ここでいう問題とは、移民難民の受け入れのことだ。

受け入れる土地と人数に明確な限りがあるのに、政治的な施策と立場、知名度や将来性などから、このミナトに流入する人は極めて多い。

私たちだってそうだった。

己の利益のために、人の尊厳を丸無視できちゃうミナトに行く酔狂な存在は、そう多くはないということだ。

ここも施設の拡張は進めているものの、近々移民や難民の受け入れが厳しくなるのではないか。

そんな噂が上がっていると、弁護士センセイから聞いた。

今このミナトに住む人々の生活を守ることは当然であり、その考えは理解出来る。

 

「そしてもう一つ、お前の実績だ。お前は、子どもたちを守りながら深層から限界灰域を縦断し、灰域種をほぼ単独で討伐。外部のミナトの協力を得て、我々に然るべき時と場所で助けを求めることができた。これだけの実績があって、このミナトに貢献をしたいというなら、断る理由を探す方が難しい」

 

私の胸に希望の光が灯った。

 

「じゃあ!」

「まずは体を治してもらわなければ話にならないが、お前がその気なら契約を交わそうと思う。改めて確認するが、このミナトに一年契約で所属するということでいいのか?」

「イエスです!」

 

私は喜び勇んで即答した。

 

「イエスイエスイエースっ! はいもう是非に喜んでっ! ちゃーんと体を治してピッカピカにして、オーナーのために全身全霊で尽くしちゃいますとも!」

「私ではなく、ミナトに貢献をして欲しいのだが」

「またまたもうっ、そんな風に照れちゃってー! でも私、そんな照れ屋さんなオーナーのこと、大好きですよっ!」

「あーそうかい」

 

オーナーは、何回目かの大きな溜め息をつくと顔を片手で覆った。

私はそんなオーナーに構わず両手を組んで喜びを噛み締める。

良かった! 本当に良かった!

ようやく、安心できる場所で働くことができる。

無職からの脱出の目処がついたのだ。

もしダメだったその時は、カイスラへ行くことも検討していたが、当面はここで過ごすことができそうで一安心である。

と、オーナーの上着から端末と思しき電子音が鳴った。

一言断って、オーナーは席を外すと、私に背を向けて二言三言会話をした。

そして、こちらを向いた。

その雰囲気があまりにシリアスで、私の浮かれた心も平常心へと戻る。

 

「どうかされました?」

「……カイスラのオーナーの名前で報せが届いた」

 

一拍おいて、オーナーは端末を内ポケットにしまいながら口を開いた。

 

「カイスラの先代オーナーが亡くなったそうだ。葬儀は既に、ミナトの関係者で済ませたらしい」

 

静かに淡々と、オーナーは私に告げた。

 

 

私がダスティミラーのミナトに救助され、意識を取り戻してから三ヶ月近くが経過していた。

腕輪が損傷し、侵食が進んで極めてマズい状態だった私だが、私のオラクル細胞の制御の高さと、灰域適応技術、そして侵食が予想より遅いペースであったこと、ここの医療スタッフの的確な治療もあって、どうにか一命を取り留めることができた。

侵食が遅かった理由について、ここの担当医はしきりに首を傾げていたが、私にはその理由はわかっていた。

死んだ仲間達が、代わる代わる交代で侵食を抑えてくれていたからだ。

それでも侵食のダメージと蓄積された心身の疲労は大きく、最近まで入院していたが、容態が安定したことでひとまず退院し、単身者用の居住施設で通院をしながら静養する日々を送っていた。

そして今日、私の犯罪の処分も確定し、このミナトのAGEとして一年の契約を結ぶことが決まった。

正式に契約を結ぶのは後日になるが、仕事へ復帰する準備が、ようやく始まったのだ。

 

オーナーとの話を終え、ミナトの行政区画を出た私は、商店が立ち並ぶ区画を歩いていた。

人通りはさすがに多く、様々な人種と年齢の人、GE、AGEが行き来している。

この後、児童養護施設へと預けている子どもたちと会う約束をしているが、待ち合わせの時間まで少し時間がある。

時間を潰そうとしばらく歩いていると、テラスが併設されているカフェを見つけた。

看板に書かれているメニューに、シナモンロール焼きたての文字と絵。

シナモンロールの形は、この地の伝統のそれだ。

懐かしくなり、このカフェで時間を潰すことにした。

シナモンロール一個とコーヒーを買ってテラス席へと座る。

コーヒーは酸味が強く、シナモンロールはシナモンとカルダモンの風味の強い爽やかな風味のものだ。

アルビンが好きそうな味だな。

小さくちぎっては食べを繰り返しながら、私は先程のことを思い出していた。

 

カイスラの先代オーナー、ニナさんの訃報を知り、私のテンションは平常心のまま浮上することはなかった。

古きこの地を知る財界の星が、また一つ落ちた。

オーナーはそう言っていた。

財界とやらは知らないが、私とアルビンにとっては、あのたった数時間の出来事で少なからぬ影響を与えた人だった。

今にして思う。

ニナさんは、自分の残り時間があと僅かだと知っていたからこそ、多少強引ではあっても、私たちに接触し働きかけをしたのではなかろうか。

子どものアルビンに、赦すという選択肢を教えることで、彼女なりに贖罪をしたかったのかもしれない。

アルビンには、ニナさんの訃報を伝える必要があった。

あの子のことだ。

表向きは大きく取り乱すことはないだろうが、言うタイミングをどうするか。

 

「サイカ?」

 

声のした方を見れば、まさにそのアルビンが一人、私を見て立っていた。

 

「あら、アルビン」

 

私が手を振ると、彼はこちらにやって来た。

聞けば、他の子どもたちは興味のある店を見て回っているらしく、特に用事のなかったアルビンは適当に歩いていたらしい。

チャンスだった。

私はアルビンをお茶(フィーカ)に誘い、アルビンを含めた子どもたちの近況話が一段落したところで、ニナさんの話をした。

アルビンは予想通り、表向きは大きな動揺は見られなかった。

 

「体の調子、あまり良くなさそうな感じだったよな。周囲の人も大分心配していたし」

 

アルビンは視線を落とす。

ニナさんのことは残念だけど、私の体の調子が元に戻ったら、皆でカイスラに行ってお礼をしよう。

そう言って話を閉めようとしたが、アルビンは何か言いたげな様子だった。

なので、私は黙ってそれを見守る。

アルビンは視線をあげると、話を切り出した。

 

「あの旅が終わってから、あの人の言ったことも含めて、色々考えていたんだけど、俺、年が明けたら正式にAGEになって、養護施設とあんたから、少し離れようと思ってる」

 

予想外の発言に、私は息を飲んだ。

え? ええっ?

いきなり、どうした?!

一週間前に会った時は、そんな素振りなどなかったのに。

だが、動揺をどうにか飲み込み、アルビンに尋ねる。

 

「理由を聞いていい?」

 

アルビンはしっかりと頷いた。

 

「みんなが嫌になった訳じゃないんだ。むしろ逆で、みんなのことが大切だから、これ以上、俺のイライラに付き合わせたくなくて」

「うん」

「でも、大切なものを奪った連中を赦すこと、やっぱり出来そうにないってのも改めて分かって」

「うん」

「だから、少し距離をおいて冷静になろうって。……みんなと一緒にいると、どうしても死んだ仲間やローのこと思い出すから」

 

アルビンは俯き、テーブルの上に置いた両手をグッと握りしめる。

それは、アルビンの大切なもので、忘れられない、否、忘れたくないから苦しむ存在となっていた。

だから、私は言った。

赦せなくてもいいと。

失ったそれは、それだけ得難く大切なものだったのだから。

いくらでも思い続ければいいし、悲しんで泣けばいいのだ。

疲れて飽きて、自然と手放せるようになるその日まで。

それが叶わないのなら、痛みと共に自分の大切な持ち物として持ち歩けばいい。

そう思っているのだが。

 

「それに俺、強くなりたいって思ったんだ」

 

アルビンは俯いたまま言葉を続けた。

 

「あのペニーウォートの灰嵐から、朱の女王のベースに行って、色々あったけどここに着いた。その間に、大人が大切なものを守るために、頑張って戦ってきたことを見て聞いてきた。

……守ることって本当に大変なことで、どれだけ強くて頭が良くても、準備万端整えて必死に戦っても、守りきれないこともあるってことを知った」

 

そして、アルビンは顔を上げた。

 

「でも、どんなに弱くても間違って失敗しても、迷惑かけて恥かいてみっともない姿を晒しても、頑張って立ち上がって最後まで守りきった姿も見た。

俺は、そういう強さを身につけて、自分と大切なものを守りたいって思ったんだ」

 

アルビンは声を震わせ、それでもしっかりと私を見据えて気持ちを伝えた。

 

「そしたら、俺の無くしてきたものが、笑ったような気がしたんだ。悲しくて辛くて苦しい思い出が、少しだけ軽くなったような気がしたんだよ。

だから、みんなから少し離れて、強くなるためにGEになろうって思ったんだ」

 

私は呆然とアルビンを見つめた。

ああ、なんてこった。

この子は赦せないと言いながら、赦すための一歩を踏み出そうとしているではないか。

赦せない心を認めた上で、自分が本気でやりたいことを見つけて、そのために行動を起こす。

それで十分だ。

十分すぎるくらいだ。

 

「……そっか」

 

私は大きく頷いた。

私から離れていた三ヶ月近くで、アルビンなりにしっかりと考えていたのだ。

この子は、やはりしっかりとした強い子だった。

 

「話してくれてありがとう。あんたの決めたことだから、好きにすれば良いって言いたいところだけど、神機使いになることは、手放しでは賛成できないかな」

「何故?」

 

すかさず尋ねるアルビンに、私は表情を真面目なものにした。

 

「危険で大変だからだよ。あんたも見てきたでしょ。私だって戦うのは苦手だし嫌いだから、本当はやりたくないもん。でも、事情が事情だからやってるだけだし」

 

私は今までの事を思い出しながら話す。

私は、子どもたちには、キチンと腰を据えて勉強できる環境にいて欲しいと。

もちろん、GEの仕事をしながら勉強することは可能だが、GEの仕事は過酷であり、どうしてもそれ以外の勉強は疎かになるだろう。

ミナトから招集なんてものがあるのなら拒否権はないが、そうでないなら、施設内でちゃんと勉強をして、ある程度の知識と判断力を身につけてからと思っている。

そう話すと、アルビンは複雑な表情で黙った。

私を支え続けたアルビンには、私が闇雲に反対しているわけでないことは、十分に伝わっていると思う。

 

「あんたもちゃんと考えていることはわかっている。その意志を否定するつもりは全くない。だから、提案をしたいんだけど」

「何?」

「ひとまず、カイスラに行くまでは保留にしてみない?」

「えっ?! このミナトと契約すること、できたのか?」

 

驚くアルビンに私は笑顔で頷いた。

 

「体がちゃんと治ってからだけどね。オーナーの気が変わらないうちに、正式に契約しようと思っているよ」

「カイスラに行くのは──」

「オーナー曰く、こちらからカイスラへ行くのは、所定の手続きを踏めばOK。でも、向こうがそれを受け入れるかは別だって」

「それは問題ないだろ」

「まあね」

 

よほどの事情がない限り、向こうが私たちを拒否することないと思う。

 

「どんなに遅くても、年内にはカイスラへ行けるようになると思う。その行き来する過程で、改めて仕事を身近で見て欲しいし、AGEやGEの話も聞いて欲しい。その上で、本当に神機使いになりたいか考えて欲しいなって思うんだけど、どうかな?」

「そうか」

 

アルビンは安堵の表情を浮かべた。

それは、自分の意志が無下にされた訳ではないこともそうだが、私の無職の期間に目処がついたこともあるだろう。

 

「わかった。いずれにしても年内は留まるつもりだったし、それでいいよ」

「うん。聞いてくれてありがとう」

 

アルビンは頷いた。

よし、先輩らしく大人っぽいことはできたかな。

私は、この子から子どもらしさを奪った張本人だ。

おまけに、子どもに心配をかけている情けない大人状態ではあるが、それも終わりにしなくてはならない。

頑張りませんとな。

と、手元にあるシナモンロールに目が止まった。

充分に美味しいのだが、入院中にすっかり食が細くなってしまい食べきれそうにない。

アルビンは飲み物しか頼んでいないし、手伝ってもらおう。

 

「ねえ、半分食べる?」

「いいの?」

「うん。手伝って」

「わかった」

 

受け取ろうとしたアルビンの表情が固まった。

同時に私の背中に、鋭い視線が突き刺さる。

振り向けば、口を曲げて座った目をしたメガネがこちらを見ていた。

瞬時に面倒くさいことになりそうな雰囲気を察し、素早く立ち上がる。

 

「この、う」

「ダーリーンっ!! やだやだっ、すっごい偶然だねっ!」

 

私は両腕を広げ、軽やかに迅速にステップを踏んでビャーネに抱きつき言葉を封じた。

先手必勝だ。

もがもがと暴れるビャーネだが、そこは大人AGEのアドバンテージがあり、あっさり押さえ込む。

 

「一週間、会えなくて寂しかったよー。元気してた?」

 

腕に力を込めると、背中を三つ叩かれた。

腕を緩めると、ビャーネが窒息寸前の真っ赤な顔でこちらを見上げる。

私は首を傾げ、改めて尋ねた。

 

「元気してた?」

「今さっきまで、でっかい川だか湖だか海だかを渡ろうとしてたけど、イサムに止められて生還したよ! オレは元気だよハニー!」

「それは良かった」

 

自棄っぱちに言い、ぐったりと私に寄りかかるメガネの背中を軽く叩きつつ、内心首を傾げる。

イサムって何?

 

「何か飲む?」

「……飲む」

「じゃあこれで買ってきな」

 

お金のチャージしてあるカードを渡すと、ビャーネは素直にカードを受け取り、ふらついた足取りで店へと向かった。

よし、面倒事はひとまず回避した。

そして次に来る衝撃に備える。

 

「サーイーカーっ!! モイ!」

 

そう叫んでこちらに突撃してくる塊は、容赦なく全力で私の体にタックルをかました。

ふっ、今週も変わらず元気そうじゃねえか、小僧。

私は耐久試験装置じゃねえんだがな。

 

「モイ、ダニー」

 

私は涼しい顔で、タックルをかました小僧に目線を合わると、それは機嫌良く頬をくっつけてきた。

そして、その後をついてきたクロエもやって来る。

相変わらず人形のような容姿だが、以前と比べて血色は随分と良くなっていた。

このミナトで、医師の適切な治療を受けているからだ。

 

「サイカ、ボンジュール」

「ボンジュール、クロエ。元気そうで何よりだよ」

 

クロエともハグで挨拶を交わし、二人も飲み物を飲むと言って、ビャーネ続き店に入っていった。

そして、三人揃って席につき他愛のない雑談が始まった。

私のシナモンロールは、男子三人に均等に割り当てられ、それぞれの胃袋に収まった。

私が連れてきた子どもたちは、先程から触れているが、現在は児童養護施設に預けられている。

私が入院し、今後の生活や収入の見通しが立っていなかったことなどから、このような措置となった。

今は週に一度、こうして会う時間を作って過ごしている。

 

私は入院中、いくつかの目標を立てていた。

まず体を治すこと。

AGEとして仕事に復帰し、任務をこなしながら、ペニーウォートのミナトに立ち寄って死んだ皆の弔いをすること。

それから、子どもたちを連れてカイスラに行くこと。

そして、あの深層へ再び潜ること。

あの戦乱で散っていたベースの人々を、私なりに弔いたいと思っているのだ。

それらを終えた頃には、子どもたちを引き取る目処もついているだろう。

そう。

私は、子どもたちが一人前になって一人で飛び立てる日まで、傍で見守ろうと決めた。

私には、子どもたちをここまで連れてきた責任がある。

それを最後まで全うすることが、今の私のやりたいことのなのだ。

結局、限界灰域を旅して死ぬような目にあっても、母性や父性が目覚めるどころか理解することすらできなかった。

だが、ここまで付き合ってきた愛着はあるし、大人としての在り方も旅を通してわかったような気がする。

それを頼りに見守っていこうと思っているが、トライアルアンドエラーの連続になるだろう。

 

「ぼく、サーカスはじめて!」

「私も初めてだよ。楽しみだね」

「ねー」

「……ホラー系は、ないよな?」

「さあ? アルビンは?」

「俺も初めてだよ。近くに色んな屋台も出ているみたいだから、見て回りたい」

「いいねー」

 

子どもたちは、今このミナトに来ている移動サーカスの話をしていた。

どこかのミナトのサーカス団が、今回の戦乱で傷ついた人々を少しでも慰め元気づけようと、灰域踏破船に器材を積んで、各地のミナトを回っているらしい。

今はちょうどこのミナトに来ていて、私達はこの後に立ち寄る予定なのだ。

私はコーヒーを飲みながら、明るい表情の子どもたちを見つめる。

この穏やかな日々は、いつまで続くのだろう。

仮に続いたとして、子どもたちが全員手元から離れたあとはどうするのか。

 

『貴方の旅は、これからが本番です』

『今度は誰かのためでなく、お前自身の旅を続けてくれ』

 

今は亡き人達の言葉を思い出す。

法で裁かれることなはかったが、私は、自分の悪行と犯した罪を、背中から下ろすつもりはない。

その上で、私は旅を続けようと思っている。

今は想像もつかないが、誰かに恋をするかもしれない。

何かしらの趣味や、生き甲斐になる仕事を見つけて楽しんでいるかもしれない。

その度に見るだろう。

その景色の向こうにある、私の犯した悪行とその罪を。

その時感じる、汚れと痛みと悲しみこそが罰であり、それでも私は笑うだろう。

それが、罪を贖う一つの方法だと思うから。

私の贖いの旅は、私の体が朽ちるその日まで、もしくはこの星の命が絶えるその日まで、ずっとずっと続く。

その旅路の果てに、あの山の頂で見たどこまで高く果てなき青空があったのなら、それは、何物にも勝る幸福な光景ではなかろうか。

 

〈限界灰域のデトリタス・完〉

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。

これまで投稿した私の一連の作品と比較しても最長の話となりました。
最初からここまでお読み頂いた方がいたのなら、ただただ感謝をしかありません。

今回は、大人と子ども、人の心の弱さと不確かさ、赦しというテーマを柱にして話を書きました。
そもそも、この話を書こうとしたきっかけは、原作のゲームの後半から終盤にかけて『家族』という言葉をしきりに使っていたことに対する疑問でした。
何故、家族にそこまでこだわるのか。
大人と子供が共にある関係は、家族という言葉でしか集約できないのか。
家族や親子といった要素をできる限り排除し、GE3の世界で、大人と子どもでしっかりとした信頼関係は築けるのか。
そんな思いから、決して家族ではない、大人と子どもの関係を書こうとしたのが始まりでした。

親どころか大人の自覚すら薄い主人公と、頼りなく大雑把な大人を支える子どもたちという構図は、最終的には互いに支え合うことで学び合い、それぞれ成長するという、よく見かける話へと落ち着きました。
しかし主人公は、父性も母性も獲得することはなく、大人として子どもを守るという最低限の責任を背負う段階で留めました。

半年近くこの話を書き続け、ネット上では既に出ているであろう気付きですが、ゲーム内で使われている家族という言葉は、極めて感覚的なものであり、実は仲間や他の言葉で置き換えても全く問題はないと思っています。
むしろ、その言葉を受け止める本人次第であるにも関わらず、否定や反論などを押し挟む余地のなさに窮屈で息苦しさを覚え、嫌な意味での家族っぽさが出ているなと思った次第です。
とはいえ、ストーリーのあるゲームですから、ストーリーを進めるためには致し方ないと言えばそれまでなのですが。

今回のゲームでもう一つハッキリと描かれていたのは、AGE、GE、そして人はそれぞれ違う生き物だということでした。
今までのシリーズでは、比較的そこの線引きが曖昧かつ好意的な部分がありましたが、AGEが登場したことで、その歪みを表現出来ていることは素直にいいなと思い、この話でも、そこはしっかりとクローズアップして明確に違うのだということを意識して書きました。
ちゃんと表現できているか不安ですが、今できる精一杯を詰め込みました。
少しでも伝わっていれば嬉しく思います。

今後ですが、ゲームのアップデートを充電しながら見守りつつ、書きたくなったら書くといういつものスタンスでいこうと思っています。
ネタはあるんですけどね。
プロローグで登場した、朱の女王の拠点に居残ることになったAGEたちの話とか、仲間を逃すために灰域種相手に孤軍奮闘したAGEの話とか。
前者はバッドエンド確定のお話になりますが、そんな時代に翻弄されたゲームでは触れられることのないAGEたちを書けたらいいなと。
この話の主人公と子どもたちも含めた、ありふれたAGEたちを『限界灰域のデトリタス』だと思っておりますので。
主人公たちの今後についても、色々考えてはいますが、やはり書くかはどうかは不明です。

取り留めもなくなってきましたので、この辺りで締めようかと思います。
長い上に拙い話でした。
反省すべき点はいくらでもありますが、まずは初の長編をきちんと完結できたことを、自分自身で褒めたいと思います。
冒頭でも触れましたが、最初からここまでお読みいただいた方がいらっしゃいましたら感無量です。
本当にありがとうございます。
GE3の話か、別の話かは未定ですが、何かしらの作品でお会い出来ることを願って、それではまた。

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