限界灰域のデトリタス   作:小栗チカ

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遺された街 1

「ねえ、サイカ」

「なーに?」

「サイカの好きな色って何?」

 

夕食の準備をしていると、ランタンの明かりを手元におき、昼間の宣言通り、ベンチで私のジャケットを繕っているクロエが声をかけてきた。

 

「好きな色?」

「そう」

 

鍋のお湯が沸騰し、ストーブから下ろした。

 

「言ったことなかったけ?」

「あったかもしれないけど、忘れちゃったから」

「そっか」

 

そして、缶詰を五つ鍋に入れる。

しばらく待てば、しっかり温まってメインディッシュの完成だ。

 

「私の好きな色は」

「あ、白と黒はなしね」

「わかってますよ」

 

そしてクロエに向き直った。

 

「私の好きな色は」

「シアン! マゼンタ! イエロー!」

「うるさいよそこ」

 

私の言葉を遮ったのは、やっぱりランタンの明かりを手元に置き、クロエとは別のベンチに分厚い手帳を広げて書き物をしているビャーネだった。

奴の周辺には、兵士たちから無断で頂いてきたガラクタで散らかっている。

分解して、その中身を書いているらしい。

私はビャーネの方に向いた。

 

「突然何を言い出しているのか、お前は」

「シキリョウのサンゲンショク」

「何それ」

「色を表現する基本色のグループ一つ。シスターから聞いた」

 

ベースの居住区には勉強を教えているシスターがいて、私が任務に出ている間、子どもたちがお世話になっていた。

ビャーネは手帳から顔をあげ、メガネをかけた顔に屈託のない笑みを浮かべた。

 

「オレはレッド、グリーン、ブルーが好きだよ。シキコウのサンゲンショク」

「聞いてないよ」

 

子どもたちの中でも一番好奇心が強く、知識欲旺盛なのもコイツだったりする。

たまに、私の知らない知識すらも取り込んで口にしているのだが、その供給元は様々だ。

私の雑な対応にも慣れっこな奴は、首を傾げた。

 

「それで、サイカの好きな色は何?」

「それを言おうとしてたでしょ。私の好きな色はね」

「お湯沸かさなくていいの?」

「……沸かすよ。沸かしますとも」

 

手元が止まっていたことを見逃さずに突っ込むのは、床に寝袋を敷いてストレッチをしているアルビンだった。

水の入ったやかんをストーブに置くと、アルビンに顔を向けた。

 

「転んだケガは大丈夫なの?」

「擦り傷と青あざだった。寝て起きれば治る。あんたこそ大丈夫なのか」

「さっきクロエが手当てしてくれてからね。明日の朝には、ツルツルのピカピカだよ」

 

傷が人よりも早く癒えるのは、最新の医療キットのお陰もあるがAGEの回復力あってこそだろう。

それが幸か不幸か、やはりわからない。

私の言葉にアルビンは頷いた。

 

「そう。それで、好きな色は何」

 

コイツら、本当にマイペースだな。

ふと、視線を感じてそちらを見た。

クロエにくっついて彼女の作業を見ていたダニーが、期待に満ちた表情で私を見ている。

何をしたいのかわかり、私は期待に応えることにした。

 

「ダニーの好きな色は何ですか」

プナイネン()ケルタイネン()ビヒレア()スィニネン()!」

 

待ってましたとばかりに答えるダニーに、思わず私は笑った。

 

「奇遇ですな。私もその色が好きですぞ」

「おー、おそろいですな!」

「ですな」

「シンリヨンゲンショク!」

「はいはい」

 

私はストーブに目線を戻した。

そのままクロエに声をかける。

 

「好きな色を聞いてどうするの?」

「うん、アップリケの色の参考にしようと思っていたんだけど」

「……つけるんだ?」

「だって言ったでしょ。でも、サイカの好きな色のウサギはいなかったから、白にしようかなって。でも黄色に白は目立たないし、かといってピンクはちょっと違うし。うーん。……ウサギの下に赤いフェルトの土台をくっつけようかな」

「お任せしますよ」

 

クロエは、ベースで生活をするようになってから手芸や裁縫が趣味になっていた。

好きなことをさせることで、息抜きにもなるだろう。

 

「ぼくのクマさんはー」

「サイカのが終わってからね。黄色でいい?」

「他に何色あるの?」

「白とピンクと茶色かな」

「全部!」

「一つだけ」

「ノニ……」

 

実に平和なやり取りだ。

火の元を調整し、周囲を改めて見渡す。

展望台から住宅街へ戻った私たちは、今晩の寝泊まりする場所を探し、しばし歩いてこの場所を見つけた。

拠点の公共施設だったらしいこの建物は、対アラガミ装甲壁が使用されており、灰域の侵食は免れていないものの、雨風を凌げる屋根と壁がある、夢のような理想の物件だった。

恐らくだが、避難所(シェルター)としての役割もあったのだろう。

そして、ここを休憩所にしていた先人たちもいたようで、施設内にはその痕跡が残されていた。

密かに危惧していた遺体がなかったのは、灰域に喰われたのか、先人たちがいずこへ埋葬してくれたのか、そもそも無人だったのか。

ストーブの他にも古ぼけたベンチや、ちょっと臭うがトイレもあった。

窓はないが、そもそも広くて居心地も良く、諸々の課題をクリアできれば、しばらく滞在しても問題のないレベルだった。

各々が自由に過ごす中、夕食が完成。

本日は、カレー風味に味付けされたチキンと野菜と豆を煮物と、フリーズドライのスープ、ビスケット、ティーパックのお茶だった。

 

「カレーだ!」

イッピー(やったー)!」

 

喝采をあげるおガキ様たち。

厳密にはカレーではない。

カレー風味なのだが、存分に喜ぶがいい。

缶詰のレーションは、もう残り一食分しかないのだから。

一番食事らしい食事が無くなるのは痛いが、五人分ともなれば大きな荷物になっていたのも事実だった。

本当に、この世はままならないことばかりだ。

食事が全員に行き渡ったところで、私は子どもたちを見渡した

 

「今日も色々ありすぎたけど、みんなよく頑張りました。お疲れ様です! 廃都を抜けた記念にこのメニューを選びました。おまけに貴重な食料です。おかわりもないので、しっかり味わって食べるように」

 

元気な返事とともにイタダキマス。

無言でがっつく子どもたちに続いて食べ進めるが、そのスピードは中々上がらない。

味が悪いわけではない。

むしろ美味いのだが、……昼間のこと、引きずっているのだろうか。

だとしたら、あのミナトの出らしからぬ繊細さじゃないか。

なあ、サイカ・ペニーウォート。

そんな殊勝な心を持ち合わせているほど、上等な人間だったのか?

……多分疲れすぎて食欲不振になっているのだろう。

ずっと気も張りっぱなしだし。

しかし、食べなければ体がもたない。

スープだけでも食べてしまおうと具を掬い、咀嚼することを機械的に繰り返す。

 

「ヤバ、もう食っちまった」

「オレも……」

 

アルビンとビャーネが呆然と空の皿を見つめる。

クロエが呆れたように二人を見た。

 

「ちゃんと噛んで、ゆっくり食べれば良かったのに」

「そうしたよ。いつもよりゆっくり食べましたー」

「ぼくも、もうちょっとで食べおわるよ」

「え、何で?!」

 

驚くクロエだが、彼女もいつもより食の進みが早い。

理由は予想がつく。

今日の移動距離は、この三日間で一番長かった上に運動量も結構なものだった。

おまけにコイツら全員、食べ盛りの育ち盛りだ。

消費カロリーに対して摂取カロリーが少なく、軽い飢餓状態っぽくなっているのだと思う。

比較的スローペースで進んでいるのは、安全面の考慮など様々な理由があるのだが、カロリー消費を押さえるのも理由の一つだった。

食料事情が悪化するこの先、こんなんで大丈夫だろうか。

この旅で、幾度となく感じてきた不安を今また覚えるが、後戻りはもうできない。

私は息を一つ吐いた。

 

「お皿よこしな。私のあげるから」

「いいの?!」

「いいよ。でも、これで本当に今日はおしまいだからね」

「ありがとう!」

 

喜色満面にビャーネが皿を差し出す。

 

「サイカが行き遅れたババアになったら、オレがちゃんと面倒見てやっから!」

「ハハッ、余計なお世話だ」

 

そうして、二人の皿に煮物とビスケットを分け与えた。

礼を言って皿を受け取ったアルビンが、眉間にシワを寄せ私を見た。

 

「ねえ、何か俺の方にアレが多いの」

「気のせいだよ」

 

アルビンの台詞を遮り、私は言い切った。

実際、ビャーネより野菜が多めになったのは意図したものではあるが、悪意からではない。

間違いなく善意からである。

口を思い切り曲げ、恨めしそうに私を見る奴だが、やがて諦めたようにため息をついて食事を再開した。

私は残ったスープを飲み干し、改めて子どもたちを見た。

 

「食事が終わったら、お茶しながら明日からの予定を話すからね。食べ終わったらちゃんと片付けをして待っているように」

 

言って立ち上がると、ダニーが私を見上げた。

 

「どこ行くの?」

「ラジオの電波が入るか調べてくる。アルビン、火の元お願い」

「わかった」

 

そうして私が持ってきた普通のラジオと、兵士たちから頂いたラジオを持って周辺を歩いて回った。

普通のラジオは全くダメだったが、軍用ラジオの方は玄関付近で辛うじて音声を拾えた。

ノイズと音飛びが酷い中で、真っ先に聞き取れた情報は、朱の女王のアジトが襲撃を受けて無力化されたことだった。

予想はしていたとはいえ、思わず落胆する。

ダメ元でかけていた頼みの綱が切れた。

これで、今ある装備で限界灰域を越えて、その先まで進まなければならなくなったわけだ。

せめて、食料だけでも貰いたかったなあ。

その後も酷いノイズの中、どうにか幾つかの情報を得て私は子どもたちの元へ戻った。

子どもたちは私の言い付けを守り、すでに食事を終えて片付けも済ませていた。

アルビンと壁に地図を貼り付け、お茶と昨日の残りのジャムを渡し、改めて子どもたちを見る。

 

「はい。では明日の予定を言う前に、幾つか情報を共有するね」

「グッドニュース?」

 

茶化すビャーネに、大きな身振りで首を振り肩をすくめる。

 

「ハードでバッドでゴーなニュースばかりでーす」

「オォウ、ジィザァス」

 

メガネを持ち上げ、大袈裟に片手で顔を覆う通常運転のメガネはさておき、私は情報の共有を始めた。

 

「各地のアジトがグレイプニルに襲撃で陥落したと、ラジオの放送で言っていました。これで、現時点で私たちが頼りにできるものは完全になくなりました」

「やっぱ、そうなったか」

 

ため息混じりに言うアルビンの横で、クロエの表情が不安げに歪んだ。

 

「アジトの人たち、無事なのかな」

「彼らの目的はAGEを捕まえること。下手に抵抗をしなければ、当面は無事でいられるでしょう」

「だといいけど」

 

クロエは小さくため息を吐く。

外見はツンとして気の強そうなクロエだが、心根はとても繊細で優しい子だ。

それに、朱の女王での生活で一番恩恵を受けていたのも彼女だった。

体が弱い彼女を、周囲の人たちは気遣い親切にしてくれていた。

前のミナトでは、体が弱いことで冷遇されてきた彼女にとって、それはとても嬉しいことだったに違いない。

だからこそ、朱の女王に対しての思い入れも強いのだろう。

彼女にくっついていたダニーが身を乗り出した。

 

「べルナーおじさんは、だいじょぶ?」

 

ダニーの言葉に私は首を振った。

 

「ラジオの情報では触れていなかったね」

「わからないってこと?」

「まだ無事ってことだよ。もしヴェルナーさんに何かあったら、絶対に情報が出てくるはずだから」

 

私は腕を組んだ。

 

「ヴェルナーさんの行方に懸賞金がかけられている。今も血眼になって探しているでしょう」

「必死だねえ」

「ボスだからね。彼が生きている限り、彼を慕う人々は決して諦めないよ」

 

ただ、ヴェルナーさんの性格からして、ベースから逃げたとは思えない。

恐らく、まだベースにいる人々を守るために頑張っているのだろう。

だとしたら、見つかるのは時間の問題だった。

しかし、私たちにはどうすることもできない。

気持ちを切り替えて、子どもたちを再び見渡す。

 

「みんなのことは心配ですが、私たちはそれ以前に、自分達のことを真っ先に心配する必要があります」

 

そうして壁に貼り付けた地図に向き直る。

 

「ベースを脱出して今日で三日が経ちますが、今はこの辺りにいます」

 

言ってベースのあった場所から、下の方へと指を滑らせた。

 

「あんま進んでないね」

「アラガミと灰域濃度の高い場所を避けたり、障害物を越えたりと、深層と廃都で時間がかかっちゃったからね」

「それに西の方へ流されているよね」

「まあね」

 

アルビンとビャーネの指摘に頷く。

 

「ただ、そうなることはわかっていました。ここで、ちょっとおさらいをしましょう」

 

私は再び地図を指し示す。

 

「この地域の主な航路は四つあります。クリサンセマムやバランへと繋がる北の山岳ルート。この地域の大動脈であり、フェンリル本部からアローベッド、ダスティミラーへ通じる湖水ルート。限界灰域を南東へ縦貫するルート。そして、私たちが今いる西のルートです」

「西のルート以外は、必ずどこかでアローヘッドに通じているのが憎いよな」

 

顔をしかめるビャーネに、アルビンはあきれた表情を隠さずに頷く。

 

「領地決める時に上手いことやったんだろ。抜け目のないジイさんどもだよ」

「抜けるのは髪の毛だけってか」

「総督のジイさんはフサフサだったぞ」

「何それ。ホントに抜け目ないの? ズルくね?」

「あんたたち、その辺にしときな」

 

少し語気を強めて窘めると、二人は不服そうな表情を見せるも、素直に口をつぐんだ。

目の敵の大人とはいえ、褒められたものではない言動だ。

何でこんなに世間と大人を皮肉る、生意気なマセガキになってしまったのか。

……ペニーウォートのせいだな、間違いなく。

と、ダニーが元気良く手を上げた。

 

「はい! 西へ進むとどうなりますか」

 

私はダニーに体を向けた。

 

「未踏灰域に入ります」

「ミトーカイーキ」

「うん。未踏と呼ばれるだけあって、航路もなく正確な情報も全くありません」

「ノニー」

 

分かりやすく眉を寄せるダニーに、私は腰に手をあてた。

 

「地続きにはなっているようだけど、限界灰域が延々と続くかもしれないし、怖ーい人たちが居座っているかもしれない危険な場所です」

「余裕があったら探索してみたいよなー」

「ちょっとこわい。でも行ってみたい」

「未踏灰域の探索は、組織の力が必要不可欠だよ。今の私たちじゃ余裕があっても無理だね」

「ですよねー」

「ノニ……」

 

テンションが落ちるビャーネとダニー。

お子様二人は、見知らぬ土地と航路に興味があるらしい。

らしいと言えばらしいのだが、……話がそれたので元に戻そう。

 

「そもそも目的地から離れるため、これ以上西へは進めません。なので、山を沿うようにして南東へ進むことになりますが、ここで私たちの行く手を阻む最大の障害があります。わかりますね」

「灰嵐」

 

示し合わせたかのように四人揃って口にした単語に、私は深く頷いた。

 

「イクザクトリー! ラジオの情報では、未だ行く手の灰嵐は消えていないようです」

「まだ残ってんの。しぶといな」

「自然のものにしても、人が起こしたものにしても厄介すぎだよね」

「ホントな」

 

子どもたちががぼやく。

ベースから脱出する数日前に、ここから南東の方角に灰嵐が発生した。

この灰嵐こそが、縦貫ルートを塞ぎ、私たちの歩みを遅々としたものにしている最大の要因だった。

前門の灰嵐、後門のグレイプニル、それに関係なく存在する灰域とアラガミとが、私たちの旅の難易度をそれぞれに上げているのが現状である。

 

「ただ、灰嵐については、明日中には消えるだろうと予想しています」

「発生してから、そろそろ一週間くらいか」

「うん。明日は晴れるそうなので、ここを拠点にして、灰嵐の様子見と水を補給しに行こうと思っています」

「お水ないの?」

「非常用を除けば、明日の朝でほぼ空になります」

「だいじょぶなの?」

 

心配そうなダニーに、私は安心させるように笑った。

 

「大丈夫にするために、明日はお水を汲みにいく必要があるのです。今日行った展望台の先に湖がありました。距離は少しありますが、十分に往復できる距離です。お水を補給して明日以降に備えましょう」

 

水さえあれば、深層でも使っていた浄水器があるので、飲料水を得ることは容易だった。

クロエが控えめに声をかける。

 

「ねえ」

「うん?」

「ここでしばらく過ごすことは」

「それはできないよ。食料と偏食因子の問題があるからね」

「そうだよね」

 

クロエの提案は、救助のあてがあれば間違いなく選択肢に入っていたし採用もしただろう。

水と暖があれば、食料がなくてもしばらく生きることはできるし、下手に動くより安全だ。

だが、確実に動けなくなる。

救助のあてもなく、アラガミが襲ってきた時に逃げることすらできないのは非常にまずい。

さらに、偏食因子がきれてアラガミ化することだけは、絶対に避けなければならないことだった。

 

「なので、灰嵐が消えたらガンガン歩くから、体調には十分気を付けて下さい。特に足! 大事にするように!」

 

四人は返事をし、クロエ主導のもと寝る準備を進める中、アルビンが地図を前にして表情なく口を開いた。

 

「一つ聞いていい?」

「何?」

「灰嵐が消えた後、南東へ進むのはいいよ。でも、これはどうするの?」

 

そうしてアルビンが指差した場所は、限界灰域を抜け未踏灰域の南、東にアローヘッド領が接する大きな湖だった。

この旅最大の難所である。

 

「湖を回りこめたらよかったんだけどね」

「仮に回り込めたとしても、湖のでかさを考えると相当な距離になる。どこかで橋なり船なりあればいいけど」

「こればかりは、実際に行ってみないとわからないよ。とりあえず、今は灰嵐をやり過ごすことを考えましょ」

「わかった」

 

アルビンは頷き、地図を眺めて吐息をもらす。

 

「限界灰域と未踏灰域。それを抜けた先が、よりにもよってペニーウォートとは、何だかな」

 

アルビンは言い、ペニーウォートの領内を指で弾いた。

私たちの旅の目的地は、ペニーウォートを経由した先にあるダスティミラーである。

グレイプニルに対して独立した地位を保っているかのミナトなら、私たちを保護してくれるのではないかと思ったからだ。

アローヘッドを無難に通過する術がないため、恐ろしいほどの遠回りとなってしまうが、こればかりはどうしようもない。

寝る準備を済ませ、寝袋に入った子どもたちに私は声をかけた。

 

「明日は、日の出とともに起きてもらいますからね。起きなかった子の朝ご飯はありませんよ」

「やー」

「じゃ、しっかり寝てちゃんと起きるように。おやすみ、グナッ、ユオタ、ボンニュイ」

 

それぞれの言葉で挨拶してしばらくすると、昨夜同様、子どもたちはすぐに眠ってしまい、周囲が一気に静かになった。

空気も、どこかしら熱を失ってひんやりと感じる。

ストーブに燃料を少し投入し、その火を眺めた。

今夜は随分すんなり寝たな、アイツら。

今日一日ハードだったし、連日限界灰域を歩いて疲れもたまっているのだろう。

子どもたちに、ここまでさせているのだ。

私も頑張らないと。

 

ふと思う。

私一人で子どもたちを守るのは、ペニーウォートの灰嵐の時以来ではなかろうか。

ペニーウォートの牢にいた時は、一番最年長の先輩として子どもたちを守ってきたが、あそこには他の牢の仲間もいて、できる範囲で手助けをしてくれたし、私もそうしてきた。

朱の女王のベースで生活するようになってからは、シスターを始めとした周囲の人々が気を配ってくれたし、私もそれに頼ってきた。

だからこそ、強くもなく子ども好きでもない私でも、どうにか守ることができていた。

しかし今は──。

ベースでの『普通の』生活を送ってきて、常々思っていたことがある。

それは、子どものいる親の凄さ、そして恐ろしさだ。

嫌われようと、疎まれようと、雑に扱われようと、報いがなかろうとも、何故、自分の時間を費やして子どものために動けるのだろうか。

しかも、確実に十年以上、下手したらもっと長く子ども支え続ける意志は、どこから生まれてくるのだろうか。

何故、そこまで頑張れるのだろうか。

私は親を知らなければ、家族も知らない。

だからこそ理解ができないのだろうし、親子の生活を目の当たりにして、私は親にはなれないなと、つくづく思っている。

こんな私が、子どもたちを守り抜けるのだろうか。

いや、現実問題、守らにゃいかんわけだが。

……神機の整備しよ。

ベンチから立ち上がった時、子どもたちの寝ている場所の気配が動いた。

寝袋姿のビャーネが起き上がり、半分眠っている顔でこちらを見ていた。

 

「サイカ」

「何、どうしたの」

「トイレ」

「どうぞ行ってらっしゃい」

「……ついてきて。怖い」

「わかったから二足歩行して。今のあんたの方が怖いわ」

 

寝袋を被ったまま、器用にこちらに這いずってくる生き物に言った。

見知らぬ建物の上に、昨日と違ってトイレまで距離があるので、火の明かりが届かない。

そしてコイツは、いわゆる幽霊の類いが大の苦手だった。

寝袋を脱いだビャーネは、頭にヘッドライトをつけ、私は水の入った水筒──流す用──と濡れタオル、ランタンを手にし、トイレへと向かった。

通路は荒らされた形跡もなく、設備の経年劣化は進んでいるものの比較的綺麗だった。

トイレに到着すると、水筒とタオルを手にし、扉に手をかけたビャーネは私を見て微笑んだ。

 

「トイレが終わるまで、決してのぞかないで下さいね」

「はいはい、行ってらっしゃいよ」

 

芝居じみた調子で言うビャーネに、私は手を振る。

ちんこは大好物だが、子どもちんこはお呼びじゃない。

と、ビャーネが突然私にすがり付いた。

 

「でもちゃんと待っててよ! 置いてかないでね! アタシを一人に」

「さっさと行け! メガネかけてないんだから、足下気を付けるんだよ」

「ウィ」

 

奴はすごすごとトイレの扉をあけ中に入った。

全く、ふざけた奴だ。

溜め息を吐いたその時、目端に何かが動いたのを察して視線をそちらに向けた。

突き当たりの通路を歩く人影、おまけに透けている。

……いるのか、ここ。

私の視線に気付くことなく、それは通路の向こうへと消えた。

普段はオフ状態になっているそれをオンにしてみれば、……おおっと、確かにいる。

このフロアだけでも数人、感じとることができた。

同じような感覚をもつダニーは、気付かなかったのだろうか。

そう言えば、クロエにやけにくっついていたが、可愛い女の子に甘えたかっただけでなく、何となく気配を感じ取っていたのだろうか。

明日、聞いてみようかな。

とりあえず、ここの住人たちは私たちに全く関心はないようだし、こちらから接触する気もない。

放っておこう。

感覚をオフにした時、トイレのドアが開いた。

 

「はー、スッキリ安心っと……あれ、どうかした?」

 

お気楽な調子で出てきたビャーネに私は笑った。

 

「や、何かいたような」

「やめてお願い。オレそういうのマジ苦手なの知ってるよね?」

 

必死な表情で私にしがみつく奴の背中を軽く叩いた。

 

「気がしたって言いたかったんだよ」

「もおーさあー、カンベンしてよー」

「ゴメンゴメン。悪かったよ」

 

言いながら、しがみつくその小さな背中を撫でる。

本当のことを言って、下手に怯えさせる必要はないだろう。

ビャーネを宥め、トイレから離れた。

来た通路を戻りながら声をかける。

 

「そこまでお化けが苦手な理由って何なの?」

「だって見えないし、現実のやり方でどうにかできないだろ。怖いじゃん」

 

ビャーネは唇を尖らせる。

 

「アラガミの方がまだマシだよ。見えるし、神機と神機使いがいれば何とかなるんだからさ」

「そうだね」

「出たら教えてね。オレすぐに逃げるから。後先考えず真っ先にトンズラするから」

「……私を置いてっちゃうんだね。酷いよダーリン」

「すまない。臆病なオレを許してくれ、ハニー」

 

本当に口の回るガキだ。

誰の影響を受けたら、こうなるんだ?

……隣の牢にいたハンマー使いとその弟かな。

ビャーネと仲良かったし。

下らない話をしながら、私たちは元の場所へ戻った。

残した三人は行くとき同様、完全に眠っており目覚めた気配はない。

お化けが怖い、怖がらせた責任とって一緒に寝てと言って聞かないビャーネを傍らにおき、完全に眠るのを待ってから、神機の整備を始めた。

……ここまでのやり取りで感じていた、昼間と同じ違和感は無視することにした。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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