限界灰域のデトリタス   作:小栗チカ

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遺された街 2

ベースを脱出して四日目の朝を迎えた。

今朝は随分と冷え込み、燃料を多めに投入して暖を確保する。

そして朝食の準備をし、子どもたちを起こした。

今日も全員の顔色は良く一安心だ。

本日の朝食は、ビスケットとチーズのペースト、フリーズドライのヨーグルト、レモン風味のホットドリンクである。

残り一食分の缶詰は、今日の夕飯用にとっておくことにした。

グレードダウンした朝食に不満を言うことなく、子どもたちが朝食を食べている間、私はラジオを聞きに玄関前へ向かった。

しかし、昨日の夜は辛うじて電波を拾ってくれていたラジオは、今朝はノイズを流すだけになっている。

灰域濃度が高く、電波を拾えてないのだろうか。

ラジオは諦め、せめて外の様子を伺おうと装甲壁の大扉を少し開いた途端、思わず声を上げそうになった。

謎植物の紫の光が辛うじて見えるものの、周囲は白に染まっている。

まるで深層のような光景だ。

灰域濃度が高いせいかと警戒したが、別の理由に思い至った。

霧か。

だが、厄介なことには違いない。

さて、どうしたものか。

 

「サイカ、どしたのー」

 

視線を外から声のした方に向けると、ダニーが朝食のビスケットを食べながらやって来るところだった。

分かりやすく顔をしかめ、ダニーの顔をのぞきこむ。

 

「歩きながら食べない。お行儀悪いよ」

アンテークシ(ごめんなさい)。いっしょにごはん食べよー」

「うん。すぐに戻るからね」

 

扉が開いていることに気付いたダニーは、口にビスケットを押し込むと、咀嚼しながら私に寄り添い外を見た。

 

「わあ! 真っ白!」

 

ビスケットを飲み込んだダニーは声をあげ、しばし外を眺めていたが、やがて眉を寄せて私を見上げた。

 

「何も見えませんな」

「そうですな」

「アラガミも見えませんぞ」

「驚きの白さですな」

「こわーい」

「怖いねえ。どうしたらいいか考えないとね」

 

ダニーの口元についていたビスケットの欠片を取り除く。

扉を閉め、ふと、昨夜のことを思い出した。

 

「ダニー、一個聞きたいんだけど」

「ノ?」

「ここってさ、いると思う?」

ミタ()?」

「ビャーネが大嫌いなもの」

 

ダニーの顔から笑顔が消えた。

そして、私の服の裾を引っ張る。

屈めということらしい。

私は屈んでダニーに目線を合わせると、ダニーは私にくっつき声を潜めた。

 

「います」

 

やはり気付いていたか。

私は大きく頷く。

 

「そっかー」

「お化けは知らんぷりするようにって、サイカ言ってたから、知らんぷりしたよ」

「そうだよ、連れ去られちゃうからね。二度と皆に会えなくなるよ」

「やだー」

 

ダニーは体ごと首を振る。

 

「私もダニーと会えなくなるのは嫌だよ。あと、ビャーネにこのこと言った?」

エイ(ううん)。ビャーネ、お化けきらいだから、だまってました」

「黙っていて正解です。偉い!」

「にひー」

「ここを出るまではお化けは知らんぷり、ビャーネにも黙っていようね」

「ヨー」

 

私たちは皆の元へと戻った。

朝食を食べ終わった後、一通りのことを済ませると、張り出された地図の前に子どもたちを集めた。

安心させたいのは山々だが、楽観できない状況であることは伝えなくてはならない。

この旅は、子どもたちの協力も不可欠なのだ。

 

「本当ならすぐに水を汲みに行きたいところですが、今朝は霧が発生していて見通しが非常に悪いです」

「真っ白だったよ」

「ダニーの言うとおり真っ白でした。この状態で外に出て移動するのは大変に危険です」

「霧かー」

 

アルビンが肩を落とした。

アルビンは、子どもらしからぬリアリストで理性的な性格だが、決められた予定通りに事が進まないとフラストレーションを感じる性格でもあった。

柔軟性のなさが、彼の弱点であり個性でもある。

私は腰に手をあてアルビンを見た。

 

「天気だけは、誰にもどうすることはできないよ」

「仕方ないって」

「わかってるよ」

 

私とビャーネの言葉に、アルビンは諦めた表情で頷く。

その点、柔軟性の塊のようなビャーネは、現実とその状況の変化をあっさりと受け入れた。

柔軟すぎて、落ち着きが全くないのが困りものだが。

 

「これからどうするの?」

 

クロエの問いかけに、私は表情を改めた。

 

「気温が上がれば収まると思うから、しばらく待つことにします」

「それでも収まらなかったら?」

「その時は、私一人で行きます」

 

そう告げると、子どもたちの表情がなくなった。

私は安心させるため、笑顔を作る。

 

「ここにいれば、安全はほぼ保証されます。むしろこの霧の中、アラガミに襲われた時に、あんたたちを守りながら戦うのは難しい。でも、私一人なら何とかなるから」

「大丈夫なの?」

「いざとなったら、水を捨てて逃げ帰ってきます。だからみんなは大人しく待っていてね」

 

当然、子どもたちを残すことに不安はある。

だが、水は絶対に確保しなければならない。

私一人では得られる水の量は限られるが、往復を繰り返せばいいだけの話だ。

それに、昼前には霧は晴れるだろう。

子どもたちを連れて行くのは、それからでも遅くはない。

ビャーネはメガネを押し上げた。

 

「トランシーバが直れば、離れていてもやり取りができるのに」

「昨日直してたみたいだけど、直るの?」

「直すよ」

 

クロエの問いかけに、ビャーネは鼻をならす。

 

「昨日調べて中身は大体わかった。後はパーツを寄せ集めてくっつければ、多分動く。……少し時間かかるけど」

 

やることは恐らく細かい作業だ。

しかも、この場所は光が指さず暗い上、ビャーネの視力もあまり良いとは言えない。

手間取るのは仕方がなかった。

むしろ驚くべきは、ビャーネの機械がらみの強さだろう。

一桁の年齢であろうに、そうとは思えない知識量と理解力だ。

そう言えば、ベースにいた時も技師の人たちに大層可愛がられていたのを思い出した。

 

「あんた本当に凄いよね。私は機械どころか、神機の整備すら苦労しているのに」

 

素直に褒めた途端、ビャーネの表情がパッと明るくなった。

 

「オレ、もっと勉強して神機の整備できるようになるからさ、そしたらサイカの神機を整備してやるよ。サイカの整備ってさ、もたもたして危なっかしいし、何よりどんくさいじゃん。オレのほうが、絶っ対に上手くできると思うんだよね!」

「ハハッ、やかましいわ」

 

ちょっと褒めたらすぐこれだ。

事実だとしても、面と向かって生意気なマセガキにドヤ顔されたらムカつくのである。

そんなマセガキの筆頭であるアルビンが、冷めた目で私を見た。

 

「じゃあ、霧が晴れなかったら、俺たちはここで待機ってことでいいの?」

「うん。でも、いつでも出れる準備だけはしておいて」

「わかった」

 

アルビンが頷き、この場はお開きとなった。

それぞれが自由な時間を過ごして一時間ほどが経った頃、扉を開けて周囲を見渡す。

周辺は先程より明るくなり、気温の上昇と共に霧も多少は晴れ、避難所の前の広場が見える程度には回復していた。

だが、子ども連れはまだ厳しい。

まずは、自分だけで水を汲みに行くことにしよう。

諸々の注意事項をアルビンに伝え、私は荷物を背負い神機を手に取った。

 

「じゃ、行ってくるからね。絶対にここから出ないように。何かあったら、アルビンの言うことをちゃんと聞いてね」

「オッケー」

「気をつけて。ケガしないようにね」

「モイモイ」

 

子どもたちに見送られ、私は外に出た。

アルビンが扉を閉めたことを確認し、マスクとゴーグルを付けて広場を歩き出す。

先週の今頃までは、こんな感じで子どもたちに見送られて任務に向かっていた。

ペニーウォートでも、ベースにいた時でもそれは変わらなかったが、それがやけに昔のように思える。

……感傷に浸るのはここまでにしておこう。

私は速やかに霧の向こうへと駆け出した。

 

 

私は戦うことが苦手だし嫌いだ。

アラガミは怖いものだし、好きではない。

特に限界灰域では、普通の灰域ではそこそこな小型種でも、固く強く狂暴になっている。

群れる姿はこの世の地獄だし、中型種は元より、大型種ともなれば地獄の釜の底を見るような気持ちになる。

一人では全く勝てる気がしない。

だからこそ深層や廃都では、どんなに時間がかかろうとも迂回し逃げ回っていたのだが、今ここに危機が迫っていた。

水と土の匂いが強く感じられる霧深い湖にたどり着き、浄水器を通して水を汲み上げていたところに、湖からアラガミが出現したのだ。

概ね紫色の流線型の平たい体。

その背にくっつくタービンから風と雷を発生させ、凶悪な歯牙を見せつけ威嚇するアラガミ。

その名はウコンバサラ。

私や友人、仲間たちはワニと呼んでいた。

霧の深い状況において、風と雷と起こすのは居場所が分かりやすい反面、通電してビリビリするのは厄介だ。

AGEのバケモノじみた体でやり過ごせるものの、何度も属性攻撃を食らったらさすがにスタンをしかねない。

濡れた地面は私の足場を悪くするが、相手は水陸両用のアラガミだ。

乾いた地表と同じか、それ以上に動きが俊敏だった。

しばらくは防御に専念して動きを観察し、目が慣れた頃には動きに対処できるようにはなった。

 

繰り返すが、私は戦うことが苦手だし嫌いだ。

基本アラガミは怖いものだし、好きではない。

だが、このウコンバサラは別だった。

子どもたちには隠しているが、ペニーウォートにいた時からのファンである。

地面をしっかりと踏ん張る、ずんぐりとしたお手々と足は可愛いらしいし、ダウンを取るとペタンと腹這いになる姿は、癒しの最終形態と言えるだろう。

方向転換する時にコロンと回転する姿はクールでシャープだし、ひっくり返ってお腹を見せる姿は、ド下手な看守どもより絶頂を覚えるほどだ。

今より数年前、私はこの思いを誰かに伝えたくて、今は亡き友人にカミングアウトをし、熱く語ったことがある。

思いっきりドン引かれたが、それも今となっては良い思い出だ。

しかし、人類の天敵であるアラガミであることに違いはない。

敵対行動を取る以上、討伐する悲しい運命にある。

頭、タービンと結合崩壊させ、その名の由来となるハンマーの形をした尻尾にチャージクラッシュを決めた途端、相手は手足を忙しくばたつかせながら湖へと逃げ出し、あっという間に水中へと消えた。

さすがに水中までは追いかけられない。

私は神機を下ろし、湖を見つめる。

ふ、逃げる後ろ姿も愛らしいことよ。

タンクと浄水器の無事を確認すると、すぐに作業を再開し、程なくしてタンクいっぱいに水が入った。

子供たちに運ばせるなら、後一回来れば十分かな。

AGEの力でたくさん持てたとしても、移動に支障が出たら意味がない。

この旅において荷物の重量は、アラガミ以上の敵なのである。

そしてタンクを担ごうとした時、背後から激しい水音が聞こえ、とっさに振り向いた。

湖から飛び出し、水を滴らせながら霧の向こうで私を見ている巨大な魚っぽいそれ。

巨大な背ビレに、砲頭の形をしているおでこ、そして先程のウコンバサラよりも目立つ乱杭歯。

水陸両用のアラガミの代名詞、グボロ・グボロだった。

 

再度繰り返すが、私は戦うことが苦手だし嫌いだ。

基本アラガミは怖いものだし、好きではない。

例外としてウコンバサラは好きだが、コイツは特に興味はない。

今すぐにでも、その自己主張の激しすぎる背ビレに照射弾をブッパしたいくらいだ。

だが、亡き友人がコイツのファンだった。

どんな理屈かは知らないが、コイツは服の袖のようなヒレで、ずんぐりとした体を支えて移動をする。

信じがたい動きなのだが、友人はそれをストイックで健気で可愛いと評した。

そして、ダウンした時に腹這いになってペシャンコになる姿が、灰域に燦然と輝く生きたオアシスと褒め称えた。

しかし、ウコンバサラのダウン姿を至上とする私にとって、その発言は到底受け入れがたいものだった。

雌雄を決するべく、三日三晩のケンカに突入したこともあった。

ケンカはなしくずし的に終わったものの、今にして思えば、ずいぶんとアホで大人げがなかったと思う。

異質なものを認めて受け入れるには、当時の私たちは幼く若かったのだ。

ほろ苦い思い出を振り切り、私は神機を銃形態に切り替える。

滑るように突っ込んでくるそれをかわしてレイガンを構え、その背ビレに容赦なく照射弾をぶっ放した。

 

 

グボロ・グボロとの戦いは、ペニーウォート時代からの付き合いもあって無難にこなし討伐完了。

水を担いで廃墟の街に戻ると、霧は大分晴れ、霧と灰域の向こうにうっすらと青空が見えた。

見通しもかなり改善されており、解放感のある景色に思わずホッとする。

昨日の展望台までなら、子どもたちを連れても大丈夫だろう。

そこそこに時間が経ってしまったが、ちゃんと避難所で待っているだろうか。

道路を小走りに渡りきった時、南の方角から音が聞こえた。

反射的に建物の影に身を隠し、音のした方向に目を向けると、小型のアラガミの集団、それもかなりの数が一斉に目の前を通過していった。

ベースのある方に向かったようだが、中々見ることのない珍しい光景だ。

ちょっと早い昼食をとりに餌場へ向かったのだろうか。

一目散に突っ走りやがって、怖いじゃないか。

ま、奴らも食うことに、生きることに必死なのだろう。

アラガミがいなくなったのを確認し、私は避難所へと向かった。

問題なく避難所へ到着し、ゴーグルとマスクを外して扉の前に立つ。

対アラガミ装甲でできた扉は頑丈であり、そこそこの力でノックすると、扉が小さく開き、くせのある銀色の髪と緑色の目が見えた。

 

「だれですか」

 

こそこそ隠れながらたずねるダニーに、私は腰に手をあて生真面目に答える。

 

「サイカです。開けてくれませんか」

「本当にサイカですか」

「本当にサイカですよ」

「……今からしつもんします。答えてください」

「わかりました」

 

ダニーなりに用心をしてのことなのか、それともお遊びなのか。

 

「ぼくの、すきなおかしはなんでしょう」

「ガム、グミ、サルミアッキ」

「ノニー!」

 

即答した瞬間ドアが大きく開き、ダニーが飛びついた。

鳩尾にタックルをくらい、思わず息が詰まる。

ヘっ、ガキのくせに良いタックルするじゃねえか。

 

「おっかえりー」

「お疲れ様。……ズボンと靴、大分汚れちゃったね」

「水辺で戦ったせいだよ。仕方ない」

「アラガミ出たんだ。無事で良かったよ」

 

子どもたちが次々と出迎えてくれる中、私は神機を壁に立て掛け、背負っていた荷物と水を下ろした。

すかさずアルビンが水と荷物を持つ。

 

「お疲れ様。無事に往復できたようで良かった」

「何とかね。面倒見てくれてありがとう」

「大したことはしてないよ。ビャーネとクロエは作業してて大人しかったけど、ダニーが建物を探検したいって言い出して付き合ってた」

「へー、どうだった?」

 

報告を聞きながらストーブへと戻り、汲んできた水を早速使って、少し早いが昼食をとることにした。

 

「霧は大分晴れたよ。湖の周辺は無理だけど、昨日の展望台までなら行けるから、水を運ぶのを手伝ってもらおうと思って」

「わかった。すぐに行くの?」

「これ食べたらね」

 

すると、ビャーネが立ち上がって黒い機械を持ってきた。

 

「早速コイツの出番だな」

 

そう言って見せたのは、トランシーバだった。

 

「お、直ったんだ?」

「ウィ、マ ボウテ。さっき、この建物を探索したアルビンに持たせて試したけど、ちゃんと通じたよ」

「うん。少なくとも、この建物内では問題なかった」

「凄いじゃん!」

 

すると、ビャーネは腰に手をあて胸を張った。

 

「尊び敬って! 褒めて!」

「マーベラス! トシ ヒエノ! ヴァ ヘフティ! トレビアーン!」

 

朗々と大きな声で褒め称えると、ビャーネは腰から手を下ろし顔をひきつらせた。

 

「……ゴメン。なんかちょっと、ウザい」

「もう二度と褒めない」

「イッツアジョーク! 褒めて褒めて! メッチャ褒めてマドモアゼェル! あなたの褒め言葉がオレの活力になりまーす!」

 

面倒臭いガキだよ。

今日も通常運転のメガネは放っておいて昼食を食べ終えると、クロエが私のジャケットを差し出した。

 

「はい。ちゃんと直したからね」

「メルシー」

 

受け取り、袖を通そうとして気付く。

補修したあとは目立たず、完璧とも言える仕上がりだった。

赤いフェルトで縁どりをした白いウサギのアップリケも、綺麗にしっかりと縫い付けてある。

 

「あんた腕上げたね。私より上手いよ、これ」

「ベースで、サイカのお手伝いでいっぱい縫ったもん」

「そうだったね。助かってたよ」

「ウィ」

 

笑って言うと、クロエは得意気に、嬉しそうに笑った。

途端に感じた昨日からの違和感。

それを隠すように、口を開く。

 

「でもさ、何か増えてない?」

 

ウサギのアップリケだけかと思いきや、濃いピンクの花と赤いイチゴのアップリケも袖を賑やかに飾っている。

すると、クロエは再び得意気に笑った。

 

「ウサギだけだと寂しかったから、付け足したの。可愛いでしょ」

ソポ(かわいい)

「……そうだね」

 

カジュアルなジャケットが、より一層カジュアルに可愛らしくなっていた。

可愛らしいのだが、自分の見た目を考えるとかなり子どもっぽい。

しかし、頑張って縫ってくれた上に、ニコニコしている二人を前にしてそんなことは言えない。

とりあえず袖を通す。

 

セ ビヤン(いいね)!」

「ソポ!」

「ありがとうね」

 

素直に称賛する二人から、やんわりと視線をそらした。

その先で、メガネがニヤニヤしている。

どうでも良かったが、笑い方が癪に障った。

 

「遊んでないでそろそろ行こうよ」

 

アルビンが呆れて促すまで、メガネの顔面をマッサージ──頬を重点的に──し続けた。

マスクとゴーグル、フードを身につけて、再び廃墟の町に出る。

先程とは違い、子どもたちの会話で賑やかな道中となった。

先程は霧で見えなかった廃墟の町並みを観察しつつ、たまに横切るアラガミをやり過ごしながら歩を進め、先程アラガミの集団が通過した道路が見えてきた。

何気なく渡ろうとして、南の方角から気配を感じた。

 

「あっちから何か来る。いっぱい」

「うん。みんな隠れて」

 

すかさず皆で建物の影に隠れ、様子を伺う。

程なくして、多数の足音と共にアラガミたちが目の前を通過していった。

さっきと同じような光景だが、数がさらに増えている。

 

「何だよあれ」

「あんなにたくさんのアラガミ、初めて見た」

 

呆然と見送るアルビンとクロエの横で、ビャーネとダニーはアラガミの集団移動に興奮していた。

 

「スッゲー! あんなにたくさん、中型種もいたぞ!」

「ねー! バルバルとコンゴー!」

「それと、サリエルにシユウに……、あのモサモサした鳥っぽいのは?」

「ネヴァンだよ」

「ネヴァン」

「ネバン!」

 

楽しそうで何よりだよ、君たち。

先程見かけた連中同様、アラガミたちが必死なのは感じられた。

餌場に向かったと思っていたが、……逃げているのか?

でも何から?

あ、もしかして灰嵐か?!

 

「打ち止めっぽいけど」

「よし。今の内に渡って展望台へ急ごう」

 

アルビンの言葉に頷くと、改めて周囲を確認して道路を渡った。

昨日の丘陵地帯を道なりに進み、難なく展望台へとたどり着いた。

 

セ マニフィック(すごい)!」

コメア(すごい)!」

 

展望台からの風景に、クロエとダニーが声を上げた。

湖のある方角から霧が発生し、ベース方面に向けて流れ込んでいた。

緩やかに、しかし圧倒的な質量で流れていく白い濁流。

まるで雲の上にいるかのような不思議な感覚だった。

 

「なるほどー。町の方は放射霧で、こっちは蒸発霧かな」

「霧に種類なんてあるのか?」

「うん。知ってるのだと五つくらい?」

「他にどんなのあるの?」

 

男子が盛り上がる中、クロエがベースの方を見つめていた。

流れていく霧と灰域で、ベースの姿は全く見えない。

……好きにさせておこう。

そして、ビャーネからトランシーバを渡され、使い方を教わり耳に取り付けた。

 

「それじゃあ行ってくる。みんなはここで待ってて」

「モイモイ」

「気をつけて」

 

ダニーとクロエに頷き、改めて湖に向かって歩き出す。

しばらく進むと、ノイズと共にイヤホンからビャーネの声が聞こえてきた。

 

《あーテステス。サイカ、どう? 聞こえてる?》

 

おー、ちゃんと通じているようだ。

 

「聞こえてるよ。やるじゃん」

《だろ。惚れるなよ》

「ハハッ! 十年後に出直してこい」

 

そうしてやり取りをしていたが、子どもたちから離れ、霧の中に入るとノイズが混じるようになった。

霧だけでなく、灰域の影響もあるだろう。

 

《ノイズ酷くなってきたな。やっぱこの条件だと厳しいか》

「壊れたものを、使えるようになっただけでも大したもんだよ。でも、さすがにこれは気が散るから切るね」

《オッケー。気をつけてな》

 

そして通信は切れた。

静かになったところで周辺の気配を探るが、何も感じられない。

おかしい。

さっき来た時は、何かしらの気配を感じられたのに、それが全くない。

それでも慎重に進み、霧のたちこめる湖へとたどり着いた。

すぐに作業を始めるが、先程のお騒がせ中型種も出てくる気配はなく、水汲み自体も呆気なく終わった。

水を担いで来た道を戻る。

やはり灰嵐がらみだろうか。

他に理由があるかもしれないが、全く思い付かない。

思いを巡らせている内に、展望台が見えてきた。

子どもたちが、設置されていたテーブルを囲んで話をしているようだ。

と、ダニーがひょいとこちらを見た。

 

「あ! サイカ、帰ってきた!」

「はい、帰りましたよ」

「おかえり、早かったね」

「アラガミが全く出なかったからね」

 

アルビンがやって来てタンクを受け取り、テーブルへと向かった。

 

「持ってきたラジオ、どうにか通じたから聞いてたけど、例の灰嵐、航路を沿うようにしてアローヘッドの方に移動しているらしい」

「やっぱり移動してたか」

 

私はため息をついた。

先程のアラガミの大移動は、灰嵐が移動したことで、その周辺にいたアラガミたちが逃げている最中だったのだろう。

湖にいたアラガミたちも、水中深く潜ったか湖から逃げたかのどちらかだ。

 

「明日の明け方までにはアローヘッド領に入って、そのまま消えるだろうってさ」

「そう」

 

ラジオの情報の通りなら、明日からいよいよ本格的に行動を開始することになる。

ここまでの疲れを今日中にしっかりと取って、明日に備えたいところだ。

再び空のタンクと、子どもたちの水筒を持って湖へと向かった。

やはりアラガミの気配は感じられない。

水を汲み終わり、再び展望台へと戻って子どもたちの水筒を渡す。

アルビンが水の入ったタンクを背負った。

 

「どう? いけそう?」

「インゲン ファラ」

「何だそれ」

 

アルビンの応答にビャーネが即座に突っ込むと、言った本人はしばし固まり、そして視線をそらした。

 

「ノープロブレムって意味だよ」

「なるほどー。今度使ってみよーっと」

 

軽いノリで答えるビャーネに、アルビンは居心地が悪そうだった。

わかるぞ、アルビン。

お前、無意識に故郷の言葉が出ちゃって照れているな?

と、私の視線と思うところに気づいた奴に睨まれた。

はいはい、失礼しましたよ。

 

「こういう時便利だよな、AGEの力って」

「そだね」

 

気を取り直して言うアルビンに、私は頷いた。

人の子どもでは背負えない重さの荷物を、AGEの子どもが平然と背負えるという事実は、私たちが人と違うことを証明するものだった。

その違いを、もっと早く本当の意味で理解できていれば、昨日のような出来事は避けられたのだろうか。

準備のできた子どもたちの視線を受け、私は顔を上げた。

 

「じゃあ帰るよ。さっきのようなアラガミの集団に会うかもしれないから、引き続き気をつけていこうね」

 

返事と共に、私たちは街へと引き返した。

そして、アラガミの大移動があった道路を渡ろうとして気付く。

何かいる。

不安と恐怖が心臓を鷲掴みにする感覚に、思わず足を止めた。

クロエと手を繋いで道路を渡っていたダニーがこちらを振り返った。

 

「サイカ、どしたの……」

 

言ったそばから、みるみるその表情が強ばった。

クロエの手を引っ張って、慌てて私のもとへ駆け寄る。

 

「な、何かいる! おっきいの!」

「おっきいのって」

 

手を引っ張られたクロエが困惑してたずねるが、構わず周辺に意識を向け、肝が冷えた。

避難所の方に、それはいる。

 

「アルビン、ビャーネ、戻って!」

 

鋭く呼び止めると、二人は怪訝そうな表情で振り向いたが、私とダニーの表情に急いでこちらにやって来た。

 

「何かあったのか」

「この先にヤバそうなのがいる。しかも避難所の方」

「えっ」

 

声を上げるクロエとビャーネに、アルビンの目付きが鋭くなった。

 

「何がいるの」

「それを確認するために、高い建物から探ろうと思う。ビャーネ、双眼鏡は持っているよね」

「うん」

「よし。北側に何ヵ所かビルがあったから、そちらに行ってみよう」

 

子どもたちを引き連れ、行き来してした道を大きく迂回するように道路を進んだ。

街の北側は、廃都ほどでないにしてもビジネスビルが並ぶ一角だ。

ただ、灰域とその後の混乱で建物の倒壊が著しく路面の状態も悪い。

その上、灰域の侵食が街の中でもかなり進んでおり、昨日、休憩する場所を探していた時に真っ先に候補から外した場所だ。

足元に気を付けつつ周囲を見てまわり、原形をとどめている屋外階段のついたビルを見つけた。

高さも申し分ない。

侵食が始まっている防犯用の金属扉を神機で壊し、クロエとダニーの体調を確認して階段を上り屋上に到着。

早速ビャーネから双眼鏡を借りて避難所の方角を見た瞬間、呻き声を上げそうになった。

白くうっすらと煙る避難所近くの広場に、黒く大きいものが動いていた。

黒くしなやかな四つ足の体に銀色の骨格を纏ったその姿は、美しいと称える人もいるかもしれない。

しかし、その背に生えるのは、巨大な両腕とあまりにも凶悪な爪。

そこから繰り出される攻撃の数々は、高速にして熾烈。

誰が呼んだか『銀に輝く双腕の魔獣』、クロムガウェインだった。

 

「サイカ」

「最悪だわ」

 

隣に来たアルビンに、双眼鏡を投げるように渡した。

表情を見ずともその雰囲気で、アルビンの冷静さに亀裂がはいったのを察した。

 

「んだよ……。何で避難所の近くに──」

 

双眼鏡を外し、手で目元を覆うアルビンに他の子どもたちも駆け寄った。

代わる代わる双眼鏡で確認し、全員が恐怖と不安の反応を示した。

絶句するクロエと、クロエにすがりつくダニーを背にして、ビャーネが喘ぐようにして言った。

 

「やべえ。もし避難所が襲われたら」

「この旅は問答無用で終わりだ。あそこには、この先の旅に必要な装備がおいてあるからな」

 

アルビンの声音に余裕はない。

 

「さあて、どうしたものかな」

 

言ってゴーグルをつけ直し、避難所の方を睨むように見つめる。

やるべきことの最優先は、命を守ること、そして装備の確保である。

そのためには、あのクロムガウェインには避難所から離れてもらわなくてはならない。

そうなると、神機を持つ私の出番となるわけだが、クロムガウェインは非常に獰猛で好戦的な性格だ。

遭遇したら、戦いは間違いなく避けられないだろう。

 

「ここが頑張りどころですかねい」

「待って。様子を見た方がいい」

 

アルビンが私に声をかけた。

 

「あんたに何かあったら、この旅どころか俺たち全員がおしまいだ。日没まで時間はまだ十分にある。ギリギリまで様子見したほうがいい」

 

私の目と耳と肌身で感じるアルビンは、いつもの冷静さを取り戻しているように思えた。

 

「そうだよ。待っている間にどこかに行ってくれるかも」

「サイカ、神機の整備以上に戦うの苦手なんだろ。無理するのは、最後の最後でいいじゃん」

 

子どもたちの言葉に衝撃を受けた。

冷静になっていると思いきや、一番頭に血がのぼっていたのは私だったか。

ああコイツら、よく見て、わかっているじゃないか。

思わず苦笑すると、ダニーが不安そうにこちらを見ていたので、私は安心させるように頷いた。

 

「そうだね。もう少し待ってみようか」

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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