限界灰域のデトリタス   作:小栗チカ

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幕間 2

次の任務までそこそこの時間があった。

居住区に戻って仮眠をとるつもりだったが、足は自然と展望公園と呼ばれる場所へと向かっていた。

深層の街を一望できるこの場所は、ここに住む人々の人気の場所で、私にとっても例の湖と並ぶお気に入りの場所の一つだった。

広場では、普段は居住区に住んでいるであろう子どもたちが、マスクとゴーグルをつけ、楽しげな声をあげてボールを追い回している。

清浄だが限りのある地下より、灰域に汚染されていても広々とした外がいいのだろうか。

広場の設備は、灰域の侵食を免れることはできない。

それでも補修が入っているらしい柵の近くには、比較的綺麗なベンチが設置してあって、私と同年代くらいのAGEたちが端末を見ていたり、寝そべっていたりと自由な時間を過ごしている。

彼らを横目に私は柵に手をかけ、空を仰いだ。

深層の空は、思いのほか単調だ。

強く明るく輝く太陽も、風の舞う彩り豊かな空も、重く垂れ込め時に雷光をまとう雨雲も、深く透き通るような夜空を飾る星も、青々と瑞々しく輝く月も、全て灰域によって薄い膜を覆ったように霞み、本来の美しさを伝えるには至っていない。

来た当初は、紫の光と白く煙る幻想的な風景に浮き足立ったものだが、今ではすっかり慣れてしまい、そして物足りなさを感じるようになっていた。

 

かのミナトにいた頃、先輩や仲間、友人の死を見届け、比較的死を身近に接してきた私には、実に後ろ向きな望みがあった。

どうせ死ぬなら青い空の下がいい。

何だかんだで今まで結構頑張ってきたと思う。

なら、頑張った最後に見る風景くらい、壁と天井に囲まれた場所ではなく、人の悲しい顔でも泣き顔でもなく、清々しく美しいものであってもいいじゃないか。

目の前に広がる街の風景と、空模様に小さくため息をつく。

色鮮やかな地上の風景が恋しい。

だが、状況が状況だ。

まずは、がんばって生き延びよう。

そのためにも今は一休みだ。

 

背後が騒がしいことに気付き振り向けば、子どもたちに囲まれている人陰があった。

赤い髪と対照的な深い緑色の軍服に黒いコートを着た偉丈夫。

その姿に心が踊った。

拠点の主にして、私と子どもたちの命の恩人、ヴェルナー・ガドリンその人だった。

彼は警護の人を連れ、子どもたちと話している。

弾ける笑い声と、ヴェルナーさんの笑顔。

過激派テロリスト組織の首領と聞いたら、血と暴力と闘争の象徴、畏怖される存在を思い浮かべるだろうが、今の彼にはそれが当てはまらない。

それどころか、子どもたちを温かく見守るその笑顔は、嘘偽りのない彼の素直な心根を感じた。

だからこそだろうか、何故か違和感があった。

何が? と聞かれるとすぐに言葉にできないのだが。

その彼が不意にこちらを向き、目があった。

とっさに会釈をして、視線をはずす。

だが、予想に反して気配がこちらに近づいてきた。

私はマスクとゴーグルを外し、彼らに頭を下げた。

 

「こんにちは。お疲れ様です」

「ああ。君は確か、サイカ・ペニーウォートだったか」

「はい」

 

彼は、灰域に取り残されていた私たちのことを覚えてくれていた。

先月だったか、私たちの住む居住区を視察に来た時も声をかけてくれた。

私たちが特別というわけではなく、ベースを視察する時の彼は、誰に対しても気さくで朗らかだった。

 

「休憩かね」

「はい。次の任務まで時間があるので、気分転換に散歩に来ました」

「そうか」

 

彼は頷いた。

 

「子どもたちは息災か。何か不足しているものがあるなら遠慮なく申し出るといい。できうる限り、希望は叶えよう」

「ありがとうございます。……では、ダニー、ダニエルが貴方に会いたがっていたので、機会があったら顔を見せて頂けると嬉しいです」

 

我ながら無茶な申し出である。

半分冗談とはいえ、さすがに警護の人の視線がキツくなるのがわかった。

ええ、ええ、わかっていますとも。

だが、ヴェルナーさんは片手をあげると表情を緩めた。

 

「それならお安いご用だ。確か、あの子の好物はサルミアッキだったな。土産に持っていって一緒に食べるとするか」

「いえいえ、そこまでしていただかなくても大丈夫ですから」

 

さすがに慌てて遠慮をするが、ヴェルナーさんは笑みを崩さなかった。

 

「なに、君たちの住む居住区にはしばらく足を向けていなかった。また近いうちに立ち寄らせてもらおう」

「……わかりました。ぜひ」

 

笑顔を作って頷いた。

子どもたちや近所の人は素直に喜ぶだろうし、私もそのステキな身体を服越しに鑑賞できて大喜びというものだ。

彼は私の横を通り、柵に向かって歩きだした。

私は数歩離れてその後に続き、ヴェルナーさん背姿を上機嫌で見つめる。

うんうん、ヴェルナーさん、今日もいい身体してますね!

ああっ、抱きたいし抱かれたいし、貪りたいし貪られたいわー、ンフフッ。

と、警護の人が鋭い視線をこちらに向けた。

私は黙ったまま微笑む。

別にあんたでもいいんだよ?

青臭いし融通はきかなそうだし、ヴェルナーさんほどじゃないにしても、まあまあ悪くない身体してるしな。

すると、その視線に氷のような冷たさが加わった。

嘘ですってば、冗談ですよ冗談!

眉を下げると、彼は呆れた目線を寄こし、顔を前へ向けて仕事モードに戻った。

ふう、さすが警備を担当だけあって察しがいい。

やるじゃねえかボーイ、将来有望だ。

その調子で、頑張って身体作れよ。

さて、ヴェルナーさん本人が気づく前に自重しよう。

彼は柵の手前で足を止め、眼前に広がる風景をしばし見つめ、そして振り返って私を見た。

 

「君たちがここへ来て二ヶ月ほどになるか。どうだね、ここの暮らしは」

「はい。先月お会いした時と変わりなく、忙しく賑やかな毎日です。変化と言えば、やっとこのマスクとゴーグルを身に付けることに慣れたことでしょうか」

「それは結構なことだ。不便だろうが、深層(ここ)で生きるためには必要なものだ。それらがなくとも生きていけるよう、研究は続けているがね」

 

それが花開くのは、近い将来か遠い未来か。

ヴェルナーさんは、再び街の風景を見つめる。

私は、沈黙に耐えきれず声をかけた。

 

「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「答えられる範囲で答えよう」

「ありがとうございます。……貴方は結構な頻度で、この街や周辺を視察されていると聞きました。それは何故ですか」

 

政治的なパフォーマンスもあるのだろうが、人伝に聞いた話では、彼はここを拠点にしてから今まで、週に数回の視察を続けているという。

その熱意は何なのだろう。

 

「大したことではない」

 

彼はふと笑った。

 

「君と同じく気分転換だよ。外出することで強制的に心の換気をしている」

「そうですか」

「無論、情報の収集もかねている。各地区の報告は聞いているが、灰域次第で情況はいくらでも変わる。人の予想を越えてな」

 

彼は表情を引き締める。

 

「ここは私が治める土地だ。私自身が五感の全てを使って、この土地と人々をしっかり把握しておきたいのだよ」

 

そこで話は終わりかと思いきや、ヴェルナーさんはこちらを見た。

 

「後はそう、戒めだ」

「戒め」

「そうだ。己が何者であるか。何を背負っているのか。成すべきことは何か。それを確認し戒めるためだ」

 

組織のトップとして、人々のために慢心せずに責任を果たすため、ということだろうか。

だが、その雰囲気に再び違和感があった。

先程と同じく、嘘偽りのない心情だからこそ感じたものであり、ようやく言葉として形にすることができた。

彼は、この地と人々の向こうに、何を見ているのだろう。

道半ばではあるが、ここは彼とAGE達が望んだ安心して暮らせる穏やかな場所であるはずなのに、何を悲しんでいるのだろう。

それを、たずねることはできなかった。

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字言い回し等、修正がありましたら都度修正します。
こちらでお知らせなどを語っておりますので、よろしければご覧下さい。
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