異世界にて食道楽。   作:枕魔神

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ソース焼きそばとツインテ少女。

 ミスティモア王国の城下町、首都ウェール。

 聖ミスティモア城から流れる幾重にも枝分かれした長い河、ウェール川が街中に流れ、住民の生活の一部に溶け込んでいる事と、海へと繋がるとても大きな貿易港があるお陰で多種多様な文化が入ってくる事から、通称『水と貿易の街』と呼ばれるこの街は年中様々な人達で溢れかえる。

 渡船に乗り、河と共存する街並みを観光する人や、珍しい異国の品々を求めて市場へと出向かう人。住民の生活の音に、商人達の活気の良い呼び声。時には他国からやってきたヒューマンに獣人族、ドワーフやエルフ等の種族の垣根を超えた交流が見れるのも、この街ならではの光景だろう。

 ソレもコレも全ては国王ルシアン・ミストラルの知恵や人望がなせる技、世界各国を探してもここまで他の文化に寛大な街はそうそう無い。

 水と貿易の街ウェールは、ミスティモア王国で最も栄えた都市として、今日も多くの人で賑わっていた。

 

 さて、この物語はそんな商業盛んな中心街から少し離れたウェールの街の西外れにある小さな泉の近くでポツンと営業している一軒の飯屋。その店の主人である彼の物語。

 

「きゃ、客が来ねぇ…」

 

 『めし処 銀しゃり』

 この辺りではまず絶対に見ることの無い日本語で書かれた看板を掲げているこの店は、悲しい事に平日の昼時から閑古鳥が鳴いており。彼の虚しい呟きと、川のせせらぎだけが響いていた。

 

  ◇

 

 めし処銀しゃりの主人こと『米蔵 白銀(よねくら はくぎん)』はいわゆる転生者って奴である。

 彼の類まれなる食に対する才能と情熱、信念が神々に認められ、このまま生きていたら料理界に革命を起こしたかもしれないとかそんな感じの理由で好きなチート能力を与えられ、輪廻の理から離れて異世界へと送り込まれたテンプレ的な奴である。

 

 米蔵白銀、享年十七歳。死因『蟹の食い過ぎ』

 彼は極度の蟹アレルギーだった。

 

 勿論、白銀自身もアレルギーの事は認知していたし、それだからこそ今までの人生で一度たりとも蟹を食したことは無かった。

 じゃあ何故、そんな白銀が蟹を食したのか。

 

 理由は単純で明快、そこに美味そうな蟹があったからである。

 

 先程も述べたようにこの米蔵白銀は、神々に認められるほど食の才能と、情熱に溢れた並ならぬ食に対するこだわりを持つ男。そんな男が今まで気になりはしたが一度も味わったことの無い蟹を我慢できるだろうか?

 偶々手に入った貰い物の高級ずわい蟹を、霜の降りたプリプリの引き締まった身を、まるで海を体現したかの様な濃厚な薫り立ち上るカニ味噌を、これらを目の前にして、神々に認められるほどの食に対する情熱を持った白銀が食さずに我慢できるだろうか?

 否ッ、勿論無理である!

 アレルギーなんてもんは気合で乗り越える。なんて世の医者達に喧嘩売ってるとしか思えない無謀な考えで、0.02秒ポッチしかない微かな理性との闘いの末、本能のおもむくまま蟹を食べ、食べ、食べまくった米蔵白銀は、十七歳と言う若さでこの世を去った。

 後に、「マジで死ぬほど美味かった、死んだけど後悔はしてない。ハッハハ!」と白銀は語る。

 バカと天才は紙一重だとよく言うが、間違いなく白銀は紙一重でバカサイドの人間だろう。

 

 そんな他人からしたら下らない、本人からしたら本望な理由でポックリ逝って、神様からチート能力をもらって転生した白銀(神様との未知なる対話とかそんなんは尺の無駄なので割愛する)

 折角降って湧いた第二の人生だし自分の好きな事でもするかと、ここウェールの街で自分の店を開くべく、バイトを続ける事一年間。

 苦労してつい先日、この街の象徴とも言えるウェール川に繋がる泉の近くに店をかまえる事が出来たって訳なのだが、開店してからすぐに、一つの重大過ぎる問題が発生した。

 

「っはあぁぁあ。全くもって客が来ねぇ。一週間、もう一週間だぞ? 普通一人も来ねぇって事ある?」

 

 そう、客が来ないのである。

 とても深いため息をつく白銀の顔は若干疲れていて、店が出来た喜びで、無駄に達筆な看板を自作していた一週間前の彼の姿は見る影もない。

 

「そろそろ収入がないとヤベェよマジで。この店買ったときに貯金殆ど使い切ってしまったかんなぁ」

 

 まさに絶体絶命。このままでは、慣れない環境でバイトの末に、折角オープンした白銀の店も潰れるの待ったなしである。

 確かに、白銀の料理の腕前は現段階で一流のプロ以上とは言わないものの、店を開く者としては十分すぎる腕前を持っている。いや、この世界を基準に考えるならミスティモア王国屈指の腕前と言えるだろう。

 それじゃあ何故客が来ないのか。その答えは神は人に二物を与えぬから、端的に言えば白銀には料理の才は存在しても、商売の才はあまり備わって居なかったのだ。

 

 まず第一に、店の場所が悪い。そもそもこの店がある所はウェールの街の西外れ、人が集まる中心街からだいぶ離ている。ウェール川から流れるキレイな泉の近くにある言えば聞こえはいいが、逆に言えばこの場所の長所はそれしかないと言える。住民はキレイ川や泉なんて見慣れているし、観光客も賑わっている中心街に集まるのだから、人通りが少ないのも無理はない。土地が安いといった理由で即買いをしてしまったのは考えるまでもなく失敗だった。

 それに、客が来ないない理由はそれだけじゃない。

 

「やっぱ看板が悪いのか? 漢字じゃなくて英語にすべきだった?」

 

 ノリで書いたのマズかったかなぁと腕を組み、頭を傾げる白銀。

 確かに悪いのは看板だ、けどそれは漢字だろうと英語だろうと、何ならヒエログリフだろうと大した差はない。そもそもこの世界に存在しない文字が理解される訳がないのだ。違う、そうだけどそうじゃないって感じだ、論点がズレているのだ。

 今のところのこの店に対する現地の人達の認識は、何か読めない看板の何の店か分からない怪しい店と言ったところだろうか。そもそも、白銀の作る料理ですら現地の人達からすれば殆どが未知なる食べ物。尚の事、店の怪しさは加速していた。

 

「まぁ、なるようになるか。いずれ誰かしら来るっしょ」

 

 そんな楽観的な事を呟きながら、白銀は今日もまたカウンター席で客が来るのをダラダラと待つ。そこに危機感とかはあまりなく、最悪店が潰れても料理さえ出来て、それを自分で食えたらそれでいいかなぁなんて事を考えていた。

 そもそも料理して金を稼げるなら一石二鳥じゃね? 元から少し興味あったしってそんな理由で店を開いたのだ、料理さえ出来れば文句などあまり白銀には無い。いくら天才的な料理の才があっても、料理以外に無頓着なのも考えものだった。

 

「にしても暇だ、超ウルトラスーパーデラックスに暇だ」

 

 別に客が来なくてもいいかな精神の白銀でも、ここまで客が来ないと流石に暇で自然と意味の無い独り言が増えてゆく。

 

「…………しりとり…りんご……ごま団子……ゴ、ゴルゴンゾーラ…………」

 

 とうとう暇すぎてセルフしりとりを始めた白銀。椅子を斜めにギーコギーコ揺らしながら、淡々と一人でしりとりを行う様子はとても十八歳の若者とは思えないくらいダラケきってまるで活力が見られない。

 

「……クラチャイ…いぐりごっぽ……ほや…焼きそば…………焼きそば食いたいな。うん、焼きそばが食いたい」

 

 ふと湧いた焼きそばへの渇望から下らないしりとりを即座に打ち切った白銀は、いそいそと店の入り口に準備中の立て札を立て、スキップで厨房へと向かった。

 

  ◇

 

 未だ自分用のまかないしか調理したことの無い真新しい厨房にやってきた白銀は、よく手を洗い、長く伸びたくせ毛な髪を後ろで束ねて、なれた手付きで必要な材料を用意してゆく。

 麺に豚肉にキャベツ、あと特製ソース。海老や貝などの海鮮を入れても美味いが、今回作るのはシンプルな焼きそば、海鮮焼きそばはまたの機会にしよう。

 

「鉄板、鉄板っと。やっぱ焼きそばは鉄板で作りたいぜ」

 

 鉄板に油を薄く引き、熱する。当然この世界にガスなんて無いが、その代わりに焔石(えんせき)と呼ばれる火を放つ便利な魔石によって鉄板を温めることが出来る。その火力は申し分なく白銀も満足していた。

 

「このくらいでいいかな」

 

 手のひらを鉄板に近づけて温度が適切か確かめる。

 十分熱されてると判断した白銀は、細切れにしてあった豚バラ肉とすりおろしたニンニクを鉄板に投入した。

 ジュウッと肉の焼ける音についつい頬が緩む白銀、もうコレに塩コショウするだけで美味そうだ。しかし、今回は作るのは焼きそば、今ここで白米と一緒に肉を食べたくなる欲を理性で抑え込む。

 

「よし、次はキャベツを炒めてこ」

 

 肉の表面が茶色へと変わってきたあたりで、食べやすい大きさにカットされたキャベツを投入、肉と一緒にさっと炒める。ここであまりしなっとさせずにキャベツのシャキシャキ感を少し残してやるのが白銀の拘りだ。麺と一緒に食べるときに丁度良いアクセントとなって、尚の事食を進ませる。

 そして豚肉とキャベツをある程度炒めたらあらかじめほぐしておいた麺を水気軽く切って鉄板へとぶち込み、豚肉、キャベツとよく混ぜ合わせてやる。そうすれば、次はいよいよソースの出番だ。

 

「オイスターソースをベースに作られた自家製の焼きそばソース! 制作期間3ヶ月の努力の味!」

 

 ていやっ! の掛け声と共に、無駄に高い位置からかけられた白銀特製ソースは、熱々の鉄板の上でジューッと食欲をそそる音をたてながら、厨房内をその濃厚な薫りで満たしてゆく。これぞ焼きそばを作る時の醍醐味と言える瞬間だ。

 鼻腔をくすぐる焼きそばソース独特の匂いに、元々空腹だった白銀のお腹は限界を迎える。

 

 ぐうぅ〜

 くぅ〜

 

 厨房に大きく響いたのは、二つのお腹の鳴る音。

 ……ん? 二つ? そう疑問に思った白銀はもう一つの音の鳴った方に振り返る。

 

「あっ」

 

 そこに居たのはキレイな銀色の髪を赤いリボンでツインテールにした、白銀よりも頭二つ分背の低い見た目十歳位の女の子。まるで物語のお姫様みたいな女の子は厨房の入り口で隠れるように立っていた。

 突然振り向いた白銀に少し驚いたのか少しビクッてして、その後少し経ってお腹の音を聞かれた羞恥心から顔を真っ赤に染める女の子。

 

「……いや、自分誰やねん」

 

 焼きそばを作ってるからか、白銀は思わず関西弁でツッコみを入れる。

 

「……泥棒?」

「違うわ! その、わたしは別に怪しい者じゃ無いの!」

「いやゴメン、超怪しいぞ?」

 

 わたわたしながら弁明する少女。

 確かにこんな可愛らしい泥棒は居ないだろうが、怪しいか怪しくないと聞かれれば完全に彼女は怪しかった。

 

「うぅ、どっどう言ったら……」

「あ、もしかしてアンタ客?」

 

 ふとそう言えばココは店だったなと今更ながら思い出した白銀が、頭を抱えて悩んでる少女にそう問いかける。

 

「そ、そうよ! お客さんよ! 偶然たまたまこの辺を通りかかったら知らないお店があるから気になって見に来たの!」

 

 少女はコクコクと首を縦にふり頷いた。

 実際の所、少女はただ匂いに釣られて忍び込んでただけなのだが、当然白銀にそんな事が分かるはずもなく、何なら怪しい少女よりも焼きそばの方が気になっている彼はアッサリ彼女の話を納得した。

 

「そっか、じゃあ悪いけど今準備中なんだよね。俺がこの焼きそば食い終わるまで待ってくんない?」

「やき……そば?」

「そ、焼きそば。超美味い」

 

 そう言って白銀は両手に持った二つのヘラで麺を豪快に混ぜ合わせる。ブワッとさらに強まるソースのいい香りが二人の空腹をさらに刺激した。

 

「ふわぁ……」

 

 眼をキラッキラさせて、だらしなく口元が緩んだ少女。そんな少女を見て、白銀はにかっと笑って「な? 美味そうだろ?」と問いかける。

 そこで自分がだらしない顔をしていたと自覚した少女はまた赤面した。

 

「べっ、別に美味しそうだなぁとか、思って無いことも無いのよ!?」

「テンパって気づいて無いかもだけど、アンタそれ回り回って肯定してんぞ?」

「う、うるさいわ! そんな美味しそうな匂いをしてるやきそば? って食べ物が悪いんじゃない!」

「そーかい。なら食ってみるか? 俺の昼飯ついでで良いなら良いな「いいの!?」

 

 食い気味でそう聞いてくる少女に、白銀は若干苦笑いしながらも「構わねぇぞ」っと答え、少女を手招きして厨房へと招き入れる。

 

「一応手ぇ洗っといてくれ。コレでも飲食店だかんな」

「分かったわ!」

 

 素直に流し台に手を洗いに向かう少女、キチンと石鹸を使って手を洗っていた。

 さて、少女が手を洗ってるうちにコッチも次の工程に入るかと白銀は額に浮かんだ汗をタオルで拭き取る。

 

「鉄板全体に麺と具材を広げて、麺一本一本に火を通すっと」

 

 両手に持ったヘラを器用に使いこなして麺を広げてゆく。

 こうする事によって、唯でさえ美味い焼きそばが香ばしくなり更に美味くなるのだ。折角鉄板で作っているのだから、拘れるところはとことん拘りたい。

 拘ると言えば、そう言えばそろそろアレも作らないとな、そんな事を白銀が考えていると丁度少女が戻ってきた。

 

「店主さん、手を洗って来たわよ」

「おう、丁度いいとこに。そこの卵を二つ取ってくれ」

「卵ね!」

 

 少女から渡された二つ卵を白銀は慣れた手付きで片手で割り、麺を炒めているとこから少し離れた場所に落とす。作って居るのはトッピング用の目玉焼き、焼きそばとの相性は語るまでもないだろう。

 それに蓋をし、黄身にも火が通るように少し蒸す様にして丁度いい半熟を作ってゆく。白銀は目玉焼きを焼いている今のうちに、焼きそばの仕上げに取り掛る。

  

「そんでいい感じに火が通った焼きそばに、紅生姜など残りの具材を入れて、トドメの追いソース」

 

 二度目の今回はソースに少し焦げ目がつくように一旦放置し、フツフツとソースが沸騰しだしたところでソースをこ削ぐ様にして、一気に麺と混ぜ合わせる。少し焦げたソースの香ばしい匂いが嗅覚にダイレクトで伝わってきた。

 

「うっし、出来た」

 

 そう呟やいた白銀は、素早く鉄板の上の熱々の焼きそばを二枚の皿に盛り付けてゆく。

 元は白銀一人用だからハーフサイズになるが、元々多めに作ってたから問題はない。

 白い皿の上に乗せられるは、湯気が立ち昇る美味しそうな焼きそば、これだけでも既に美味そうだが、白銀は更にひと手間を加えてゆく。

 

「そして先程作っていた半熟目玉焼き、青のり、鰹の削り節をトッピングっと」

「ねぇねぇ店主さん、このヒラヒラしてるの何なの?」

 

 湯気に揺られて揺らめく鰹節に興味を持った少女が、白銀にコレは何かと問いかける。

 

「ん? 鰹節の事か? コレはカツオって魚を干して削ったもんだ。ここって貿易が盛んだろ? 偶々手に入ったんだよ、流石に鰹節は自分で作った事無かったからな、コッチには無いと思ってたからありがたかった」

 

 初めて見つけた時には衝撃のあまり、店の店主の胸ぐらを掴みかからん勢いでこの鰹節は何処からの輸入品かと問いただした白銀。それからと言うもの定期的にその店で鰹節を購入していた。

 煮干し、昆布、鰹節の出汁の中で鰹節だけが手に入らないと意気消沈していた所に現れた鰹節、白銀からしたらとてもありがたい一品なのである。

 一方、コレがあのカツオだと説明された少女の表情には、分かりやすく信じられないと書いてあった。

 

「これがカツオ……信じられないわ」

「マジだっての、コレが美味いんだよ」

「だけど、全然お魚っぽくないわよ」

「乾燥してるからそんなかんじなんだよ。ホレ! 焼きそば、テーブルまで運んでくれ」

「はーい」

 

 揺れる鰹節をマジマジと観察しながら、焼きそばをテーブルへと運んでゆく少女。

 そんな微笑ましい光景をみながら白銀は、魔石の効果で冷蔵庫と同じ役割を果たしている食料庫からある調味料を取り出して、少女の後に続くのだった。

 

  ◇

 

 店のテーブルに、互い向かい合う様に座りあった二人。目の前にはまだ湯気が登っている出来立ての焼きそば。

 

「んじゃあ、手を合わせてください」

「手? こんな感じ?」

 

 白銀にそう言われ、彼の真似をするように、小首を傾げながら両手を合わせる少女。

 

「そそ、そんで食事をする前に『いただきます』、食べ終わったら『ご馳走さまでした』って俺の産まれたところでは挨拶すんだよ」

「変わった風習ね、一体どんな意味があるの?」

「感謝だよ感謝するんだ、この料理を食べれるにあたって関わってきた人達に、そして何より命に。この焼きそばだって豚やキャベツ、さっき話した鰹の命の上に出来てんだ。うまい飯食わせてくれてありがとう、いただきます、ご馳走さまってな」

 

 白銀はこの風習が、食に対して真摯に向き合っている気がして好きだった。だからコッチに来てからも食事の際には必ず行っていた。

 そんな白銀の説明を聞いた少女も「それはとっても素敵な風習ね!」と笑った。白銀も「だろ?」ってニヤッと笑みを浮かべる。

 

「てな訳で、冷めちまう前に食おうぜ。美味しいうちに食わねぇと食べ物に失礼だ」

「ふふっ、そうね!」

 

 そうやって二人は手を合わせ

 

「「いただきます」」

 

 声を揃えて食べ物に、命に感謝をした。

 そして、先程完成した出来立ての焼きそばを一口。

 瞬間、麺一本一本によく絡んだ、甘味のある濃厚な特製ソースの味が口の中を支配する。

 一口目の余韻が引かぬまま、すかさず二口目。美味い。

 豚肉のジューシーさと、シャキシャキ感の残るキャベツの食感が良いアクセントを与えていて白銀は箸が、少女はフォークが止まらなくなるのを感じた。

 モチモチで少しカリカリな香ばしい焼きそばを、白銀は啜る啜る。少女もフォークを器用に使いクルクルとまるでパスタの様に焼きそば味わっていた。

 

「うん、流石俺。メッチャうまうま」

「なにこれ! 美味しい! やきそばってすっごく美味しいわ!」

 

 自身の作った焼きそばを自画自賛する白銀と、とても美味しそうに焼きそばを食べ進める少女。

 そんな少女の様子を見た白銀は、目玉焼きを指差しこう言った。

 

「今度はコレと一緒に食べてみな? 美味いから」

 

 そう言われて、少女はさっそく卵焼きにフォークで切り込みを入れてみる。すると切込みから半熟の黄身がトロォっと溢れて、下に轢いてある焼きそばと絡み合った。

 少女は焼きそば初心者ながら本能的に直感する、コレは絶対に美味しいやつだと。

 コクリと生唾を飲み込む少女。しっかりと黄身と白身、焼きそばを混ぜ合わせ、満を持して豪快に麺を啜った。

 その瞬間、口の中に広がるのは今までとはまた一味違った、焼きそばの可能性。トロトロで濃厚な黄身のソースが焼きそばをコーティングし、まろやかな味になっていた。

 

「ムゥッ!」

 

 口いっぱいに焼きそばを頬張りながら、少女は何かを訴えている。

 白銀は悪戯の成功した子供みたいな顔をしながら、いいから落ち着いて食べろとお冷を少女に渡した。

 

「コクッコクッ……プハッ。凄いわ! 普通の状態でも美味しいのに、更にこんなに美味しくなるなるなんて!」

 

 テンション高めで溢れんばかりの幸せオーラを発している少女。

 普段自分の為にしか料理をしない白銀も、美味しそうに自分の作った料理を食べる少女を見て少しただけ嬉しくなり、ついついニヤけてしまうのを感じた。

 

「わたし気に入ったわ、やきそば」

「だよなぁ、美味いよなぁ焼きそば。これぞ庶民の味って奴だ、何でもない料理だけど癖になる。やっぱ鉄板が良かったんだな、うん」

「庶民の味って、やきそばって高級料理じゃないの!?」

「なわけねぇって、使ってる材料見りゃわかんだろ。大体コッチ側の相場で高くても800リン位だ」

「えぇ……そんなにお手軽なんだ、こんなに美味しいのに」

 

 焼きそばは珍しい異国の高級料理だと勘違いしていた少女は、予想外にリーズナブルな値段に若干肩透かしを食らう。

 

「そ、お手軽で美味しい庶民の味方の焼きそば。そして庶民の味と言えばコレ」

 

 そう言って白銀がどーんっ! とテーブルに置いたのは、少女の見たことない容器に入った謎の乳白色のソース。

 そう、所謂マヨネーズと呼ばれる調味料である。

 

「りーぴーとあふたーみー。マヨネーズ」

「まよねぇず?」

「いえす、マヨネーズ。時に人を狂わせマヨラーと呼ばれる新たな人種にかえてしまう俺の故郷の調味料」

「コレってそんなに凄いものなの!?」

 

 少女は白銀のマヨネーズの説明に驚きの声を上げ、そんな少女の反応に白銀は満足げに頷いた。

 このマヨネーズは白銀の「マヨネーズなら作れんじゃね?」といった思いつきから、並々ならぬ努力と試行錯誤のうえ完成した、まさにこの世界にたった一つしか存在しないマヨネーズなので確かに凄いものなのだが、白銀の説明は一概に間違っているとは言えないものの、それではまるでマヨネーズがヤバイ薬みたいである。

 しかしそんな事、白銀には関係ない。半分程食べた自身の焼きそばにマヨネーズをビームの様にかけてゆく。

 

「ほれ、貸してみ?」

 

 言われるがまま皿を白銀に差し出し、マヨビームされてゆく様を興味深そうに観察する少女。

 いったいどんな味なんだろう……。初めて見る謎のソースに、こんなに美味しい焼きそばを更に美味しくする可能性がるのかと、少女は少しの期待とドキドキを感じた。

 白銀の匠の様なマヨビームでトッピングされた焼きそばを返され、少女は意を決して焼きそばを口に運ぶ。

 

「んんっ!?」

 

 焼きそばの甘味のある濃厚なソースとマヨネーズ独特の酸味が絶妙にハイブリッドし、少女の口いっぱいに旨味を広げる。味付けの濃い焼きそばとマヨネーズの相性は犯罪的なまでにピッタリだった。

 調味料一つでここまで変わるの? 正直少女はマヨネーズを侮っていた。いくら白銀があの様に言っても所詮は調味料、せいぜい味変位の効果だろうと思っていた。

 しかし、マヨネーズは少女の予想の遥か上を行く。酸味がありながらマイルドなその調味料は焼きそばソースと絡み合い、新たな極上のソースとして、焼きそばの美味しさを一つ上の高みへと引っ張り上げた。

 まよねぇず……恐ろしい調味料だわ。

 マヨネーズの美味しさに驚きつつ、フォークを止める気配がない少女。すっかりマヨネーズの虜である。

 

 そんな無我夢中で焼きそばを食べる、絶賛マヨラーへと覚醒中な少女を本当に美味そうに食べる奴だなぁと見ていた白銀は、ある事に気が付き手拭きを少女に渡す。

 

「ふぇ?」

 

 その事に、いったい何かと小首を傾げる少女。白銀は笑うのを堪えながらチョンチョンって自分の口元を指差し、少女に教えてあげた。

 

「口元、ソースついてんぞ」

「ッ!!」

 

 カァッと顔を赤らめて口元を隠す少女。そんなコロコロ表情が変わる可愛らしい少女の反応に、白銀は堪えきれず吹き出した。

 

  ◇

 

「あー食った食ったご馳走さん」

「わたしもご馳走さまでした」

 

 あっという間に焼きそばを完食し満足げな声を上げる白銀。少女も完食して、丁寧に手を合わせてご馳走さまをした。

 

「さっきからずっと言ってるけど、やきそば、すっごく美味しかったわ! ご馳走さま!」

「お粗末さん、あんだけ美味そうに食べてくれたなら焼きそばも本望だろうよ」

 

 満面の笑みでそう述べる少女に、白銀は椅子に寄りかかりながらそう答えた。

 なんと言うか、この娘の食いっぷりは見てて惚れ惚れる。特に大食いって訳ではないのだが、その小さな口でモキュモキュとめっちゃ美味そうに食べる姿は見ていて気持ちが良い。もし例えるなら、そう小動物がエサを食べる的な感じだ。

 

「本当に美味しかったわ! お代はいくらかしら?」

「あ~、いや良いよ。アレ俺の昼飯ついでだし」

 

 カバンから財布を取り出そとする少女にそう告げる白銀。

 

「えっ! でもソレは悪いわ」

「良いって、この店始まって以来初めの客だからな、サービスって奴よ」

「そ、そう?」

「そそ、子供が気にすんな」

「分かった……ん? 子供?」

 

 正直なところ、見るからに自分よりもだいぶ年下な少女に、自分のまかないのついでで金を貰うのは気が引ける。だから少女が気に病まない様にと白銀にしては気の利いたセリフだったのだが、当の少女は少し難色を示す。

 

「ちょっと待って……何かおかしいわ」

「ん? それでも気に何なら、次は親御さんと一緒に来てくれればいいぜ?」

「うん、ソレは分かったの、ありがたく頂くわ。でもそこじゃないの、親御さんってのもそうだけど、もっと別におかしな所があると思わない?」

「変なとこ?」

 

 白銀としては全く持って変な所などないのだが、少女は納得していないご様子。いったい何が気になるのだろうか?

 

「わたしの聞き間違いじゃなかったら、アナタ今わたしの事を『子供』って言ったかしら?」

「?? あぁ、子供何だから気にすんなって言ったぞ?」

 

 イマイチよく分からないまま少女の質問に白銀が答えると、少女はぷるぷる震えだした。

 

「いきなり震えてどした? 大丈夫か?」

「……だれ…………よ」

「は?」

「だっ、誰が。誰が子供よ! わたしだってもう十七歳、立派な淑女。大人なんだから!」

「………嘘ぉ」

「嘘ぉ、っじゃないわよ、失礼ね!」

 

 わたし不本意です、と言わんばかりに頬を膨らませて怒る少女。童顔で十七歳にしてはだいぶ小さい身長をした少女が実は自分と一つしか年が変わらないなんて、白銀はどうしても思えなかった。しかし、少女からしてみたら確かに白銀は失礼極まりない奴である。正直、立派な淑女で大人って所には首を傾げざる負えないが、こんなに憤慨してるのだから少女は確かにこの見た目で十七歳なのだろう。なので白銀は大人しく謝っておく事にした。

 

「……うん。なんか、ゴメン」

「……何だか納得いってないって感じが滲みでてて、すっごいムカつくけど、まぁいいわ。わたし、大人だからこんな事でずっと怒ったりしないの。大人だから」

「あ、うん。ソッスネ、おっとなー」

 

 そこで自身が大人と誇張するあたりがガキっぽいのだが、なんて事態を悪化させる事間違いなしのセリフを心の中だけで呟いた白銀。見るからにテキトーに少女の機嫌を取るのだった。まぁ、少女もそんなテキトーなヨイショが満更でもない様子なので結果オーライなのかも知れない。

 

「いいこと? わたしが次にこのお店に来るときはちゃーんと、わたしの事を大人として接するのよ?」

「わーったよ。なるべく気をつける」

「なるべくじゃなくて絶対よ! 分かった?」

 

 人差し指をびしっと白銀に突き出して念を押す少女に、そんなに子供扱いされたくないのかと若干呆れつつ。白銀はりょーかいと返事を返す。その返事に満足したのか少女は満足げに笑った。

 そんな少女の様子を見た白銀は「極力善処する方向で検討するわ」と呟いて、皿を片付けるため椅子から立ち上がった。

 

「んじゃ、俺はこれ片付けるから。アンタも好きにしててくれ」

「そういえば今更だけど、お店の準備中だったのよね。ご馳走になっちゃった後でアレだけど、良かったの?」

「大丈夫だろ、全然客とか来ねぇし。何たって店を開いてから一週間、アンタが初めての客だからなぁ」

「それって、大丈夫なの?」

「大丈夫だろ、ちいっと潰れるかも知んないってだけの話だ」

「全然大丈夫なんかじゃないわ!?」

「正直潰れても料理さえ出来れば良いかなって思ってる。まぁ、なんとかやっていけるだろ。ハハッ」

 

 まるで他人事の様に笑う白銀に少女は思った。だ、駄目だ……この人すっごく危なっかしい、と

 楽観的な白銀の考えに思わず言葉を失った少女は頭を抱える。

 

「どうしよう、出会ったばかりだけど店主さんのこの様子、ほっといたら本当にお店潰しちゃいそう……やっと誰にも見つからなそうな、お気に入りのお店ができたと思ったのに」

「いやいや、最悪潰れてもいいけど、そんなに簡単に潰れるわけねぇじゃん」

「今ままでわたし以外にお客さんが来てない店の店主さんのセリフじゃないわ!?」

 

 少女が白銀に最も過ぎる指摘をする。

 

「本当に大丈夫なの? 次にわたしがやってやって来たらお店がなくなっちゃってたりしない?」

「……保証はしかねる、かな?」

「駄目だわ、この人……」

 

 ガックシと肩を落して項垂れる少女。そしてある事に気がついてハッと顔を顔をあげた。

 このままだと、あのやきそばが食べられなくわ!

 今まで見たことも聞いたこともない魅惑の食べ物焼きそば、それが今後いっさい食べられなくなるかも知れない。先程の初焼きそばにより、すっかり焼きそばの虜になってしまった少女からしたら、そんな恐ろしい事態は考えられなかった。

 もしかしたらこのお店以外にも取り扱っているところはあるかも知れない。だがしかし、目の前でヘラヘラと笑っているこの店主以上に、この料理を美味しく調理できるだろうか? 少女にそんな疑問が浮かんだ。

 確かに、この世界で最も美味い焼きそばを作れるのは白銀であるし、ここからしたら異世界の料理である焼きそばを取り扱っているお店は、それこそ魔境を探してもまず見つからないだろう。

 しかし、そんな事は少女のあずかり知らない事である、ただ少女のまた焼きそばを食べたいと言う欲から産まれた第六感が囁いていた、この男を逃すと二度と焼きそばは食べられないと。

 

「ねぇねぇ、店主さん。もしもお店が潰れちゃったらどうするの?」

「そ~だな、折角の機会だしあっちこっち旅しながら美味いもん食べ歩こうかな。まぁ、料理できて食えればそれで良い」

 

 異世界のグルメってヤツを堪能するのも楽しそうだ、と思って白銀はそう答えたが、少女は嫌な予感が当ったといよいよ慌てだす。そして、どうすればこれからも焼きそばにありつけるのかを、ウンウンと頭を抱えて悩みだした。

 あーでもないこーでもないも思考する少女を、白銀が皿を洗いながら訝しげに見守ること数分。少女は何かを閃いたらしく、晴れ晴れとした顔でパンっと両手を合わせた。

 

「そうだわ、こうすればいいのよ! ねぇ店主さん、店主さんはお料理が作れれば良いわけよね?」

「んぁ? そうだよ? 作って食えればそれで良い」

「つまり、場所はそこまで重要じゃないって事なのよね?」

「そだな。山でも海でも何処でもノープロだ」

「じゃあ! もし毎日好きな料理が作れて、材料も色々揃えることができて更にはお賃金も出る、基本的に毎日三食分料理を作ってくれたら後は店主さんの好きにしても良い職場があったらどうする!?」

「?? そんな好条件過ぎるとこがあんなら、ここを一時休業にして働きてぇな。まぁ、あるならだけど」

 

 いきなりそんな話を聞いてどうしたのかと思いつつ、少女にそう答えてやると、少女はパァっと顔をほころばせ安心したような笑みを浮かべる。

 

「本当に!? 分かったわ! そうと決まればこうしちゃいられないもの。店主さん、わたし今からとっても大切な用事が出来たから帰るわね!」

「お? おぅ、気い付けて帰れよ?」

 

 突如、たたぁっと脱兎の如く店を飛び出した少女。さり際にご馳走さま! と言い残して去って行った少女に唖然とする白銀。

 

「どうしたんかな? …………せんべい食いてぇな。あと煮物」

 

 再び静かになった店内に、戸惑いの声が響く。

 何やら早る気持ちを抑えきれてない感じで帰っていたが、道中転んだりしないのだろうかと、若干の不安を持ちつつ、今日のおやつと晩飯なんにしよーかなと考えているあたり、あいも変わらずこの男は平常運転だった。

 

  ◇

 

 翌日。

 白銀が例によって、客のいない店内でダラダラ過ごしていることの事。あー、暇だぁ。またしりとりでもしようかと思っていると、コンコンと店の扉をノックする音が聞こえた。

 

「? はいはい、少々待たれよー」

 

 のっそりと腰を揚げ、扉の方へと向かう。カランとカウベルの音と共に開けられた扉の前には、西洋風の鎧を身に纏ったガタイの良い、怖い顔の男が立っていた……六人も。

 

「……どちらさん?」

 

 客かな? と若干の期待を持ってた白銀は、目の前のどっからどう見ても客じゃない兵士? の登場に、スッと表情が消えて真顔で用事を聞く。

 白銀は内心かなりビビっていた。マジで誰だよこの人達、顔怖えよ体でけぇよ何でも六人もいんだよ! つかなんか喋れよ!? 余計怖いわ! とビビリ倒していた冷や汗モノだった。

 生前から一人で人の少ない田舎で過ごしてきた白銀には、この様に屈強な暑苦しいそうな漢達に囲まれるのはハードルが高かった。

 どうしたものかと白銀が戸惑っていると、その屈強な漢達の隙間から、見覚えのある赤いリボンで結った銀色のツインテールが跳ねているのがチラッと見えた。何やら騒がしい。

 

「ちょ、アナタ達どきなさいよ! わたしが見えないわ!」

「……しかし、警戒するに越した事はありません。元々私は反対なのです、この様な怪しい少年を城に招くなど」

「その話はここに来るまでに何度も聞いたわ! あの人はわたしが自分で決めて雇う新しいシェフなんだから安心しなさい!」

「だから、そのシェフに身元不明の平民を雇う事がおかしいのです! 毒でも盛られたらどうなさるのですか!」

「それならわたしは昨日死んでるわね、今更よ。そもそも気付いてなかったし、最初はわたしの事を泥棒だと思ってたんだから、他国の間者の線は薄いわ。そもそも、この事はお父様にも納得して頂いたことよ、今更口を挟まないで!」

「しかし……」

「しかしもお菓子もないのっ! はい、どいてどいて!」

 

 リーダー格の男をどかして、むさ苦しい男の群れの中から出てくる昨日の少女。昨日のシンプルな服装とは打って変わってきらびやかな品のある衣装を身に纏っていた。

 しかし、顔は昨日の記憶の通り幼さが抜けきってない可愛らしい顔で、白銀は改めて目の前の出来事はこの少女が起こしたのだと再認識した。

 

「おはよう店主さん!」

「おっおう、おはよ」

 

 笑顔で挨拶してくる少女。白銀はすっごく睨んでくる兵士のリーダー格の男の視線にビビりながらも挨拶を返す。

 

「昨日の話の通り、誘いに来たわよ! 店主さん」

「うん、そうか……ん? 誘うってなにさ?」

「もちろん、店主さんが毎日好きな料理が作れて、材料も色々揃えることができて更にはお賃金も出る、基本的に毎日三食分料理を作ってくれたら後は店主さんの好きにしても良い職場によ!」

「……は?」

 

 そう言えば最後にそんな会話をしてたなぁと思い出しつつ、本当に誘いに来たと言う少女に理解が追いつかない白銀。

 

「細かい雇用内容とかは、向こうに着いてから決めるけど。おおよそ、昨日話した条件は満たせると思うわ? どうかしら店主さん、働いてみない?」

「いやいや、急な話すぎて良くわかんねぇし、色々ツッコミたい事はあるけど、そもそも働くって何処で?」

 

 白銀は、当たり前の疑問を少女に問う。

 すると少女はあそこよと何処かを指さした。白銀は少女の指さした方へと視線を移動させ、驚愕した。

 

「いや、城じゃん」

「そう、お城よ!」

「…………嘘ぉ」

「嘘じゃないわ、ミスティモア王国の王家が住まいし聖ミスティモア城よ! どう? 驚いたかしら?」

 

 にこにこと自慢げにそう告げる少女に白銀は開いた口が塞がらなかった。

 

「アンタさ、いったい何者?」

「そうね、わたしとした事がそう言えば自己紹介がまだだったわ」

 

 理解が追いついてない白銀がそう聞くと、少女はふふっと楽しそうに笑って少女はくるりと一回転し、スカートの裾を少しだけ持ち上げて一礼。

 流れるような気品あふれる一連の動きののち、言葉を続けた。

 

「わたしの名は、ラティア・ミストラル。この国の第二王女よ! 店主さん、貴方の名前は?」

 

 異世界に来てからはや一年。文化の違いとかに持ち前の能天気さで対応しながらほのぼのと生活していた白銀は、突然日常に現れた予想以上のビッグネームに考えるのを放棄した。

 

  ◇

 

 

 【おまけ】

 

「そう言えば、お店の前にあった変な立て札、あれって何なの?」

「立て札? あぁ、ウチの看板だよ。めし処 銀シャリって書いてあんだろ?」

「看板って、あんなヘンテコな文字誰も読めないわよ?」

「…………ハッ!!」

 

 料理バカ、今頃気づく。

 


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