異世界にて食道楽。   作:枕魔神

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 米蔵 白銀(18)
・自他共に認める、料理バカ。
・好きな事は料理を作る事と食べる事。


 ラティア・ミストラル(17)
・銀髪ツインテールのお姫様、見た目は百歩譲って中学生。
・大人っぽく見られたいらしいが、今のところ無理である。



タンポポオムライスと新生活。

 ミスティモア王国の王家が代々住まう由緒正しきお城、聖ミスティモア城。

 純白を基調とした外壁と、所々に設置された魔石を原動力とした噴水によって、まるで童話に出てくるお城の様に幻想的なその城は、ウェールの街の至るところからもその城郭を捉えることができ、城下町に訪れる人々に王家の気品と風格を知らしめていた。

 

 さて、そんな由緒正しきこの王城の一室。『めし処銀シャリ 聖ミスティモア城支部』と異世界の文字で書かれた立て札がかけられた厨房では、

 

「むっかしーむっかしーもーもたーろがぁ、たっすけたかっめにきーびだーんごー、りゅーぐーじょうでおーにたーいじぃ……」

 

 浦島太郎の歌を桃太郎風にアレンジした鼻歌を口ずさみながら、きびだんごを黙々と制作している白銀の姿があった。

 

  ◇

 

 白銀がミスティモア王国の第二王女であるラティア姫から、城で働かないかとスカウトされたのは、今から二週間ほど前の事。

 あの一緒に焼きそばを食べたちっこい少女が、実はリアル姫様でしたと明かされた白銀は、当初思考を放棄するほどに戸惑った。そして、戸惑って戸惑って、物凄く戸惑っている内にトントン拍子にラティアの話は進んでいて、あれよあれよと言う前に白銀は城へと招かれて、気が付けば王宮で働く事が決定していた。

 白銀のまったり異世界生活に終止符が打たれ、新たに白銀の王宮料理人生活が幕を開けた瞬間である。

 

 白銀に与えられた仕事は当然ながら、料理を作って提供すること。普通なら以前から働いていたベテランのシェフ達に混ざり、新米として働く事になるのだろうけど、白銀の場合は特例も特例らしく、入ってすぐに彼専用のダイニングキッチンの厨房を与えられた。ラティア曰く、白銀の店をお城で開くみたいな感じだとの事で、頼まれた時に料理を作ればいいらしい。と言うかぶっちゃけそれさえ守っておけば、後は与えられた厨房を好きにしても良いとの事。しかも住むとこもあって給料も出るときた。何という高待遇、基本的に料理第一に考える白銀からしたら、これ以上無いと言えるほどの最高の職場だった。

 初め危惧されていた、見るからに場違いな王宮の雰囲気に気圧された事による白銀の緊張も、流石というか当たり前というか、一度調理を始めれば人が変わったかの様に料理に没頭して微塵も緊張を感じさせず、普段作る物と何ら遜色ないクオリティの料理を作り上げ、ラティアを満足させた。

 今現在、王宮での白銀の立ち位置はラティア専属の料理と言った所である。

 

「きびだんご、うまうま」

 

 そして働き初めて二週間たった今、好き勝手にこのダイニングキッチンの厨房を使用して、おやつの甘味を自作して舌鼓を打っているこの男はというと。まぁ、とどのつまりこの環境に慣れていた。住めば都を体現していた。何ならノリに乗ってまた自作の看板を入り口に飾るなんて事もしていた。

 実際に暮らしてみると、自室と厨房の行き来しか外に出ることが無く、その上殆ど厨房に引きこもってあまり他の人と会うこともないため、とても生活しやすいのだ。

 しかし、だからと言ってもつい最近まで普通の生活を送っていたと言うのにこの適応力。おそらく白銀のメンタルは鋼、いやタングステンで出来ているのだろう。王宮で住みだしても相変わらず平常運転だった。

 

「お茶がぁ……美味い」

 

 きびだんご特有の雑穀の甘みと、アレンジで加えた黒蜜の上品な香りを、濃いめの緑茶で流してほっと一息つく。五臓六腑に暖かいお茶が染み渡り、まったりとした空気が厨房を満たした。おそらく今この王宮の中で、最ものんびりとした空間は間違いなくこの厨房だろう。緊張感なんて微塵も存在しなかった。

 

 そんなのんびりとした厨房の外から、タタタッと誰かがかけてくる音が聞こえる。新参者で特例扱いの白銀を遠目から観察する者は居ても、わざわざ彼の厨房へおもむく変わり者なんていない。だから白銀には、この足音の主が簡単に想像できた。

 ガチャと勢い良く扉が開き、厨房へと入ってきたのは揺れて輝く銀色のツインテール。ここ最近、と言うか白銀が城に住み込むようになって毎日の様にこの場所を訪れている白銀の雇用主、ラティア・ミストラル第二王女だった。

 

「こんにちわハクギン! 遊びにきたわよ!」

「いらっしゃい、ラティア嬢。きびだんご食う?」

 

 今日もまた、元気に厨房へとやって来たラティアに、きびだんごを勧める白銀。

 初めは王族の身分である彼女の事を、ラティア様と慣れない敬称で呼んでいた白銀だったが、ラティア本人に違和感があるから普通に前みたいに呼んでくれと頼まれ、本人の希望と雇われの身であるって事が白銀の中で考慮された結果、『ラティア嬢』と言う呼び方が定着していた。

 

「きびだんご? ハクギンが作ったものなの?」

「そーだな、さっき作った」

「じゃあいただくわ!」 

「んじゃ、いつもん場所で座って待ってな」

 

 そう言って、テーブル席に白銀はラティアの分のきびだんごとお茶を配膳する。そして自身もその場所に移動した。

 

「これも初めて見る食べ物だわ。この前のみたらいだんごと違うのかしら?」

「みたらし団子な、これはキビが入っててアレとはちっと違うから食べてみ?」

「……分かったわ、いただきます」

 

 きびだんごをおずおずと両手で持って観察しながら、口まで運ぶラティア。はむっと食べてみると分かる、モチモチとした柔らかい食感と控えめな甘さに「あ、おいし」とラティアの口から思わずそんな言葉がこぼれる。白銀はそんなラティアを見て、「そーだよな、美味いよな?」と言って言葉を続けた。

 

「なんたってコレ一つで鬼退治に参戦する奴がいるくらいだからな。そりゃあ美味いだろうよ」

「鬼?」

「あー、コッチで言うところのオーク的な?」

「オーク退治にコレ一つで!?」

 

 オークといえば群れをなして人里を襲う凶悪なモンスター。そんな恐ろしいモンスターの討伐が、いくら美味しいとは言えどおだんご一つでいいの!?と驚くラティアを横目に、白銀はしてやったりとニヤニヤしていた。

 王宮へとやって来てからというものほぼ毎日の様に厨房へと訪れるラティア。二週間も顔を合わせていれば、少しずつ相手の性格とかが分かってくるもので、ラティアの喜怒哀楽のハッキリとした素直なリアクションを見ていた白銀は、これ面白いと頻繁に元の世界の話などをして、彼女をからかう様になる。この男、この二週間の間で素直で純粋な箱入り娘のラティア姫をからかう事に味を占めていたりしていた。

 ちなみにきびだんご一つで鬼に参加したのは、勿論犬と猿と雉の三匹。物語の中の話なのだが、そんな白銀のイタズラに、勿論素直なラティアは気づかない。

 

「信じられないわ、このおだんごでオーク退治だなんて」

「でも実際にやってたからなぁ、食い意地でも張ってたんじゃないの?」

「そんな事でこんなに危ない事を!?」

「うん、それにきびだんごのお陰で勝ってたぞ?」

「しかも勝っちゃってる!?」

「まぁ、俺の地元で有名な昔話なんだけどな?」

「昔話……つまり作り話なんじゃない! もうハクギン! またからかったわねっ!」

 

 頬をぷくーっと膨らまし、ポコポコと白銀に怒るラティアに、白銀はクスクス笑いながらすまんすまんと謝る。

 全く反省していないその様子が、尚の事ラティアを刺激し、彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「ふーんだ、せっかく今日もここで晩ごはんを一緒に食べようと思ってたのに。そんな意地悪を言う人なんてわたし、もう知らないわ」

「あー……マジで悪かったよ。今日はせっかくオムライス作るんだからさ、機嫌直しなよい」

 

 オムライス。その言葉にピクっと反応を示すラティア。白銀はそういえばラティアが、前にオムライスが好物だと言っていた事を思い出す。

 

「チキンライス……」

 

 ピクピクッと、また反応した。

 

「コクのあるデミグラスソース」

「デミグラスソース……」

「ふわっとしてとろとろの卵」

「ふわっ、とろッ…………もう、し、しょうがないわねぇ。今回だけは許してあげるわ? 感謝してよね! 決して、オムライスに釣られて許してあげるとかじゃないわ。絶対にそんなんじゃないんだからっ!」

「あ、そすか」

 

 チョロいっすね、ラティア嬢。内心そんな事を思う白銀は、好物のオムライスをチラつかされただけで簡単に釣られるラティアに、そんなにチョロくて姫様の立場的に大丈夫なのかと若干心配になる。

 王宮で働いて二週間。白銀はラティアの胃袋をガッチリ掴んでいた。

 

  ◇

 

 オムライス。

 調理した米飯を鶏卵でオムレツの様に包み、ケチャップソース、デミグラスソース、ベシャメルソース等をかけて食べる日本の洋食。洋食店のみならず一般のレストラン、また家庭料理としても親しまれてたりする。

 そんな卵料理の王道とも言えるオムライスを、今朝良質で新鮮な卵を手に入れてから、ずっと卵料理を食べたいと考えていた白銀が、一日のメインと言える晩ごはんのメニューにチョイスしたのは道理であり必然だった。

 

「てなわけで、オムライス作っていきまーす」

「おーっ!」

 

 髪を結って袖を捲った白銀と、三角巾を頭にして同じく袖を捲っているラティアがエプロンを付けて意気込む。

 今ラティアが着ている、水色のフリルのあしらわれたどことなく高そうなエプロンは、ラティアが自分で用意したもの。どうやらあの日の焼きそばから料理に興味を持ったらしい。料理好きとして喜ばしいと感じながら、白銀はオムライスの材料を揃えていった。

 

「まずチキンライスの材料は鶏モモ肉に玉ねぎとマッシュルーム、グリンピースなんだけど……ラティア嬢、グリンピースは食えるよな?」

「当然よ、そんなに子供じゃないわ?」

「アンタ前にピーマン出した時、一口目食べだすまでに結構かかってたでしょーが」

 

 今日の晩ごはんは何かと、わくわく顔で調理室に入ってきたラティアの顔が、ピーマンの肉詰めを見るなり絶望一色に変わったのを、白銀は忘れていない。

 食事は楽しんでこそをモットーにしている白銀は、無理しても苦手なものを食べる事は無いといったが、自称淑女のプライドか、または食べ物を粗末にしてはいけないという思いからかその提案をはねのけ、十分近く葛藤した上にピーマンを食べていた。

  

「うぅっ……いいじゃない、結局ハクギンが作ってくれたのは美味しかったんだから!」

「食べるまでが長いから問題なんだっての。それよかマジでグリンピースは大丈夫なんだろうな?」

「勿論、大丈夫だわ。それと、ピーマンもちょびっとだけ苦手なだけで好き嫌いじゃないんだからねっ!」

「はいはい、分かった分かった」

 

 今更遅すぎるラティアの弁明を軽く流しつつ、白銀は準備を進めていく。そしてフライパンを魔石コンロに乗せると、コキコキと拳を鳴らしてフッと息を吐き、気合を入れた。

 

「んじゃ、取り敢えず鶏肉と玉ねぎ切っていくか」

「わたしも切りたいっ!」

「いいけど……包丁使うときは?」

「猫さんの手よね? 前に教えて貰ったからバッチリよ!」 

 

 そう言ってラティアはにゃんにゃんと手を曲げた。猫耳が幻覚で見えそうなラティアの様子に、白銀は覚えてるなら注意しとけば問題ないなと彼女に包丁と、余分な脂身や皮などを取り除いて下処理した鶏肉を渡す。

 

「んじゃラティア嬢、取り敢えずソレを賽の目状に切ってくれ」

「分かったわ……このくらい?」

 

 ラティアが慣れないながらも、丁寧に一口サイズに切り分けた鶏肉を見て頷く白銀。

 

「そ、いい感じ。その間に俺は玉ねぎを切りますかね」

 

 ラティアに鶏肉は任せ、白銀はヘタの部分と根本をサクサクと包丁で切り落としてから皮を向き、玉ねぎをみじん切りにしていく。

 玉ねぎ特有の眼が染みる感覚に、ラティア嬢にやらせてたら何時まで経っても終わんなかっただろうなぁっと苦笑いをする白銀。白銀も眼に染みて涙が出そうになるにはなるのだが、玉ねぎ如きに遅れをとっては料理人語ってられないと、気合と年季と慣れでカバーして、あっという間にみじん切り、ついでにマッシュルームの薄切りも終わらせた。

 

「ハクギン! こっちも終わったわ」

「りょーかい、これでチキンライスの下処理が終わったな。そんじゃ作って行くぜ」

 

 フライパンに火をかけて薄く油を引き、十分にフライパンが熱されれば、そこにラティアが切ってくれた鶏肉を入れる。ジュウッと心地良い音が厨房に響いた。

 

「鶏肉は少し火が通り難いかんな。こうやって先に炒めるんだけど……」

「ん? どうしたの?」

 

 フライパンと木ベラを動かすのを止めた白銀を不思議に思い、隣で鶏肉が炒められるのを見ていたラティアがそう問いかける。そんなラティアの様子を見て白銀は、「ま、せっかくだしな」とニヤッと口角を上げた。いつものラティアをからかったりする時と同じ顔である。

 

「ラティア嬢。ちぃっと離れてな」

「? 分かったわ」

 

 ラティアが少し後ろに下がったのを見てから、白銀は一升瓶から何かの液体をフライパンに振りかけた。

 

 ボッッ、ブォオオッ!!

 

「きゃっ!」

「ハハッ、ファイヤァってな?」

 

 突如フライパンから立ち上った火柱に驚きの声をラティアが上げ、白銀は陽気に笑った。

 白銀が行ったのは、所謂アルコール度数の高い酒などを振りかけて行う、フランベと呼ばれる調理法。主に香り付けや旨味を閉じ込めたりする時に使用される方法だが、今回はラティアが見ているからって理由が主だった。楽しい事が好きな白銀らしい理由である。

 

「もうっハクギン、驚いたじゃない!」

 

 五秒ほどで炎は鎮火し、我に返ったラティアからの抗議を受ける白銀。

 

「悪りぃ悪りぃ、でも凄かったろ?」

「確かに凄かったけど。凄かったけどぉ!」

 

 「なんだか釈然としないっ」とラティアは呟いたが、当の本人はイタズラが成功して上機嫌である。クルクルと木ベラを回しながら先程みじん切りにした玉ねぎ、薄くスライスしたマッシュルーム、グリンピースを鶏肉を炒めているフライパンに投入した。

 

「そんで、玉ねぎが透き通るまで炒めていくっと」

 

 器用にフライパンを振りながら、均等に火が通るように具材を混ぜてる白銀。これが一般家庭に置いてある普通のコンロだったら、振りすぎはフライパンの熱が下がり過ぎて良くないのだが、高火力が売りの魔石コンロなので問題は無い。

 じっくり、しかし焦げ付かないように気を付けて、具材を炒めること一分弱。玉ねぎが白く透明になってきたので、料理は次の工程に入る。

 

「発酵バターを適量、全体に伸ばすように引いてからご飯を入れる」

 

 白銀がフライパンを振るたびに立ち昇る、食欲をそそるバターの優しい香りに、二人の顔がほころんだ。

 具材とご飯をバターに絡ませるように混ぜ合わせ、塩胡椒とブラックペッパーで味を整えてた白銀はよっし、じゃあ次はコレだなっと、コンロのもう片方の火口にかけてあった鍋の蓋を開ける。

 鍋の中身は今朝からオムライス用に白銀が仕込んでおいた、特製デミグラスソース。そのじっくり煮詰められた香り高いソースに、鍋の中を興味深そうに覗き込んでいたラティアが感嘆の声を漏らした。

 

「わぁ、とても良い香りだわ!」

「ケチャップライスでもいいんだけど。今回はこっちって事でいいよな? ラティア嬢」

「ええ、デミグラスソースは大好きだから問題ないわ、美味しいわよね」

「お、奇遇だな。俺もこっちのほうが好きだぜ?」

 

 「まっ、ケチャップライスも捨てがたいがな」と呟いた白銀は、お玉でデミグラスソースを一掬いして、フライパンで炒めているバターライスにさっとかけた。ジュウッとデミグラスソースが熱されたフライパンの上で蒸発し、デミグラスソース特有の香りを二人の鼻孔まで届ける。

 やべぇ、このままでもぜってぇ美味ぇ。

 毎度の事ながら、料理しているとそんな事を考えてしまう白銀は固唾をゴクリと飲み込み、その衝動を必死に抑えながらフライパンを振る。水分量がケチャップを使用する時よりも多いため、手早く水分を飛ばしながらしっかりと中身を混ぜ合わせ、ライス一粒一粒にバターとデミグラスソースをコーティングしていく。

 フライパンの上を、まるで踊るかのように宙に浮いて混ぜ合わせられるチキンライスの様子は、まるで曲芸の様で料理初心者のラティアの眼を釘付けにしていた。

 

「よっし、チキンライスの完成っと」

 

 あっという間にチキンライスは出来上がり、白銀はラティアに二人分の皿を取ってくるように支持する。そしてそのラティアが持ってきてくれた皿にチキンライスを盛り付けて、隅の方に置いた。

 

「あれれ? ねぇハクギン? このチキンライス、卵で包まれてないわよ?」

 

 昔ながらの薄焼き卵で包むオムライスを想像していたラティアが、そんな事を白銀に問いかけた。今の時点でチキンライスの形を決めてしまった事に疑問を抱いたのだろう。

 そんなラティアの問いに白銀は「あれ? ラティア嬢、タンポポオムライスって知らねぇの?」と聞く。ラティアは「知らないわ」と首を横に振った。

 

「じゃあ楽しみにしてな、こっからが一番面白ぇところだから」

「そうなの? 」

「そうなのよ。てなわけでラティア嬢、卵を四つ……いや贅沢に六つ取ってくれ」

「六つね、分かったわ!」

 

 ラティアから渡された卵をボウルの中に落とす。白身が完全に黄身と混ざり合うように、菜箸を器に当てて白身を切るイメージで卵を溶き、シンプルに塩で味付けをした。

 

「そんで、さっきのフライパンとは別のフライパンにサラダ油を引いてから、十分に熱っしてっと」

 

 さっと卵の付いた菜箸を、フライパンの上に走らせて温度確認。十分に熱されていると判断した白銀は、ボウルの中の溶き卵を半分ほどフライパンに注ぎ込み、フライパンを揺らしながら菜箸で混ぜて卵半熟を作る。

 

「なんだか忙しない動きね?」

「卵料理は、スピードが大切なんだよ。もたもたしてるとすぐに固まっちまうかんな」

 

 そう口を動かしつつも、白銀は卵を混ぜる手を止めない。外側から内側へ、全体が均一に半熟になるように混ぜ合わせてゆく。

 白銀がスピード勝負と表したように、ものの十秒ほどで卵は白銀の求めていたトロトロふわふわの半熟状態となった。

 

「そんで、このスクランブルエッグ状の卵の端を持ってきて、オムレツを作ってゆくっと」

 

 トントントンとフライパンを持った方の手首を叩きながら閉じ口を上に、コロコロと卵を転がして、あっという間にキレイなラグビーボール状のオムレツを形成してゆく白銀。

 この男はいとも簡単にやってのけているが、実際はコレもかなりの技量が必要な技である。少なくともラティアが真似しても、ただのスクランブルエッグが出来るだけだろう。

 

「中はトロトロ半熟卵で表面は薄焼き卵。こうしてフライパンの上で転がしてやる事によって、中身がくっつくって訳だ。……こんな感じで上等だろ」

 

 そう言って白銀はフライパンを火口から離して、隅の方に置いていたチキンライスにオムレツをゆっくりと乗せる。

 そしてそのまま「あと一人分」と呟いて、先程と同じ要領でパパっとオムレツを作り上げて、もう一つのチキンライスに乗っけた。

 

「これで完成なの?」

 

 小首をかしげながらラティアが問う。

 その問いかけを白銀は首を横振って否定し、食器棚からナイフを取り出した。そしてそのナイフをチキンライスの上に乗ったオムレツの端に当て「クライマックスだぜ?」とラティアにニヤッと笑いかけ、オムレツにスッと切込みを入る。瞬間、キレイな黄金は解け、チキンライスの山を覆うように包み込む。まさに圧巻の一言、柔らかすぎず硬すぎない、絶妙な具合に仕上がったオムレツを、見事に切り開いて完成したオムライスは、まるでタンポポの様だった。

 

「わぁ!」

 

 初めて見るタンポポオムライスに、頬をほんのり赤く染め、目をキラキラさせて感動するラティア。そんなラティアを横目に、白銀はオムライスの仕上げに取り掛かった。

 チキンライスにも使用したデミグラスソースをたっぷりと贅沢にオムライスにかけてゆく。そして最後に、鮮やかな黄金と深く熟成された赤褐色のコントラストの中に、彩りとしてパセリが加えられ、白銀お手製タンポポオムライスが完成した。

 

「完成っと。ラティア嬢、運ぶから手伝ってくれ」

「は~い! オムライスー!」

 

 テンション高めでオムライスをテーブルに運ぶラティアに、「コケるんじゃねぇぞ」と呼びかけ、白銀もその後に続く。そして、スプーンと飲み物をテキパキと用意し、お互いに向かい合うようにテーブルに着席した。

 

「「いただきます」」

 

 そう言って、手を合わせ料理に感謝する白銀とラティア。二人の前に置かれた、出来立てのタンポポオムライスから、空腹な二人の食指を刺激するかの様に湯気が上がっていた。

 もう辛抱たまらんといった感じで、二人はデミグラスソースをよく絡めたオムライスを銀のスプーンですくい、はむっと口へと運ぶ。すると、ふわふわでトロトロの卵に包まれた、コクのあるデミグラスソースの甘み、チキンライスのバターの風味が口の中いっぱいに広がった。

 

「ふわっふわっ! とろとろっ!」

「美味ぇ……」

 

 ラティアはあまりの美味しさに目を見開き、白銀は反対に目をつぶり頷く。それぞれ違った反応を見せて、二人は揃って二口目。

 噛みしめる事で感じる、ジューシーな鶏肉の旨味と玉ねぎの甘み、マッシュルームとデミグラスソースの相性も抜群だ。しかも、これだけでも十分に美味しいというのに、シンプルな味付けのふわとろオムレツとチキンライスを一緒に食べる事によって、デミグラスソースと卵のコクが、自己主張の強いチキンライスの旨味を優しく包み込み、トロトロでふわふわながら、コクと熟成された深みのある味を絶妙なバランスで作り出していた。

 犯罪的過ぎるオムレツとチキンライスの組み合わせに、スプーンが止まらない。

 

「んんーっ! とっても美味しいわ!」

 

 これにはオムライス好きを公言していたラティアもご満悦、頬に手を当てて笑顔いっぱい、幸せそうな表情。心なしかツインテールもぴょこぴょこ揺れている。

 しっかしまぁ、相変わらず美味そうに食べる娘だこと、意外とラティア嬢には食道楽の才能があるかもしれない、これは他にも色んなものを食べさせてやったら面白いかもしれねぇなぁ。黙々と自分で作ったタンポポオムライスに舌鼓を打ちながら、白銀はそんな事を考える。

 生前も含め、ラティアが白銀の店を訪れたあの日まで、長いこと他人に自分の料理を振る舞ってこなかった白銀だったが、王宮でラティアのコロコロと変わる、素直な嘘のない反応を見て、他人に食べさせるのも悪くないと若干ながら思うようになっていた。

 自分の食いたい時に食べたい物を作って食べ、他の人は二の次、三の次だった自己中心的なマイペース料理バカの白銀らしからぬ考えに、生前の彼を知っている者が聞いたら、少なからず驚かれる事だろう。

 

「ま、気が向いたらでいいか……」

 

 白銀本人も柄じゃない事を自覚しているのか、何とも言えない苦笑いを浮かべる。しかし、そもそも自分が食事中に目の前の料理以外の事を考える事自体が稀だという事実には、気付いていない様だった。

 

「なんの話?」

 

 白銀の呟きに耳ざとく反応したラティアに、白銀は「いんや」と誤魔化した。

 

「次はどんなもんを作ろっかなぁって考えててよ。このオムライスにチーズとか入れても美味そうだなと」

「何それ、美味しそう」

「他にもデミグラスソースにきのこ類たっぷり入れてみたりとかな?」

「きのこたっぷり……そんなの絶対に美味しいに決まってるじゃない!」

 

 「お願いハクギン、今度でいいから作って?」 と手を顔の前で合わせながら、可愛くお願いしてくるラティアに、白銀は若干口角を上げながら、「ま、気が向いたらな」と答えた。

 自分の作った料理を、美味しいと笑顔で食べてくれる人がいる。白銀はそんな今の生活を、たった二週間過ごしただけだが、案外悪くないなと思っていた。

 ガチで柄じゃないかもなぁ……

 白銀は心の中だけでそうごちて、きれいに空になった皿に「ご馳走さまでした」と手を合わせるのだった。

 

 

  ◇

 

 

 【おまけ】

 

「ハクギン、ハクギン。今度はいつオムライスを作るのかしら? 明日? 明後日?」

「いや、さっき食ったばっかだろぉが。当分はオムライスって気分じゃねぇし、次はいつになるか分かんねぇな」

「えぇ、そんなぁ」

「どんだけオムライス好きなんだよ。……今の気分的に明日はハンバーグなん「ハンバーグッ!?」おぉ、食いつきはや。なに、ハンバーグも好きなの?」

「えぇ大好きよ! 他にはエビフライとかナポリタン、甘口だったらカレーも好きだわ!」

「へー、オムライスにハンバーグ、エビフライにナポリタン、あと甘口のカレーねぇ……ラティア嬢ってさ、もしかしなくてもガキ舌?」

「なっ!」

 

 姫様は見た目と味覚が幼いらしい。

 




これからも月一くらいで気まぐれ投稿していきます。
一話目の感想、二話目のご愛読ありがとうございました。

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