ミスティモア王国の第二王女、ラティア姫はここ最近とってもご機嫌さんだった。理由は言わずもなが一ヶ月前からこの王宮で雇われている料理馬鹿、
久しぶりに王宮を抜け出して、なんとなくウェール川のほとりまで遊び来ていたラティアが、美味しそうな焼きそば匂いに釣られて、彼の店を訪れた事がきっかけで出会い、それから彼が王宮で働く事になってからというもの、ラティアはこれまでの比じゃないくらい充実した楽しい日々を過ごしていた。
厨房に顔を出せばいつでも、白銀が料理を作ったり食べたりしている。その彼が作った、多種多様な料理を食べながら、その日一日何があったとか今度は何が食べたいだとか、そんな取り留めない事を話す。そんな白銀との食事の時間が、厨房を包む暖かな美味しそうな匂いが、ラティアはお気に入りだった。
王宮で蝶よ花よと大切に育てられてきた、典型的な箱入り娘であるラティアにとって、自身を王女だからと特別視しない白銀はとても新鮮であり、寧ろ遠慮のない対等な関係の様な感じがして嬉しかったり。同年代の友人もろくにおらず、幼少の頃から遊び相手と言えるのは、一つ年の離れた姉くらいだった筋金入りの拗らせボッチ姫のラティアからすれば、白銀の存在はようやく手に入れた同年代のお友達だった。一応立場的には王族と平民、雇用主と使用人って関係なのだが、少なくともラティアの方は、そんな身分の差を気にしている様子もなく、初めて出来たお友達にただだた浮かれていた。
そんな訳で絶賛ウキウキ状態の姫様。本日の用事をまるっと全て終わらせたラティアは、ようやく件のお友達に会えると、鼻歌交じりのスキップをしながら厨房へ向かっていた。
「お邪魔するわよ! ハクギン、今日も遊びに来てあげたわ!」
元気よく扉を開けて厨房の中へ、するとそこにはラティアのよく知る人物が"二人"。お互いに正面から向き合って座っており、重々しい雰囲気を沈黙と共に醸し出していた。
一人は当然ながら、この厨房に半端住み込み状態である白銀。気まずそうに視線を反らし、コーヒーを忙しなく口にしている。
そして、そんな白銀の向かい側に座り、微動だにせずに沈黙を貫いている人物。王族特有の銀色の長い髪を一房だけ三つ編みにした、まるで西洋人形の様な、儚くも冷たげな雰囲気を持つ麗嬢。
「……ご機嫌、よう。ラティア」
「アイリお姉さまっ!?」
ラティアの実の姉、この国の第一王女アイリーン・ミストラル。普段なら絶対にここに訪れないであろう人物に、ラティアは驚きの声をあげた。
◇
ミスティモア王国の第一王女、ラティアの実の姉であるアイリーン・ミストラルは、ここ最近とてもご機嫌斜めだった。原因はコチラも言わずもなが、妹が連れてきた米倉白銀という料理人。
ウェールの街のはずれに寂れた店を構えていた以外の経歴は不明。珍しい名前からこの国の者では無い事は想像出来るのだが、詳しい出身地も不明。この入国したルートも不明。名前と年齢と料理人ってこと以外が完全に分からない怪しさマックスの男。
そんな暫定不審者の白銀を、当然この国を導く王家の一員として誇りを持っているアイリーンが快く思わないのは当然だった。
現在、王家に仕えてくれている者たちは皆、格式の高い貴族の出だったり、何代も前から代々仕える使用人の家系の者だったりが殆どだ。一部平民の者たちも居るが、彼等彼女等は人並み以上の才能を持ち、その上に努力を重ねてきた者たちで、王家に認められたからこそ、ミストラル王家に仕える事が出来ている。
何かと愛娘に甘いお父様は、珍しいラティアの我儘に反対しなかったらしいけど、私は反対。彼みたいな身元不明の怪しすぎる男性がここで働くなんて、他の者たちに示しがつかない。アイリーンはそう思っていた。
しかし、それだけならアイリーンの機嫌はここまで悪くなる事は無かったであろう。よく誤解されるが、元々優しくて穏やかな性格のアイリーンである、身分や出生の差で人を判断するなんて事は普段ならまずありえない。
それに加えて、白銀は今まで一度も会って話した事すら無い相手だ、いつものアイリーンなら、尚更先入観だけで頑なに白銀の事を否定する事は無かったであろう。
では、何故彼女がここまで白銀を認めないのか。
それは、彼女が普段のクールな落ち着いた佇まいからは、微塵も想像もできないレベルでシスターコンプレックス、略してシスコンだから、その一言に尽きるのだった。
アイリーンと一つ歳の離れた、彼女のたった一人の妹。物心のついたときからずっと一緒で、何をするにも自分の真似をして、お姉さまお姉さまと自分を慕ってくれた、とても可愛いラティア。
幼い頃から人より表情が乏しく、人見知りだった性格も相まって、周りの者たちからは冷たげな、他を寄せ付けない近寄りがたい人だと思われているアイリーン。そんな彼女にとって、自分を純粋に慕ってくれる妹の存在はとても嬉しいくて、可愛くて、可愛くて。妹が可愛すぎてもう妹が一緒に居てくれればいい、と彼女はラティアとは別のベクトルでぼっちを拗らせる。
そんな彼女が、妹が突然連れてきた男にいい印象を持つわけがないのだ。
先程から色々と身元が不明だの、身分がどうだのとか、白銀がこの城で働くには相応しくない理由をつらつらと述べていたが。とどのつまり、このシスコン姫は妹に懐かれている白銀が、単純に気に入らないだけなのである。
この一ヶ月、ラティアが一日に一回は欠かさず例の男のところへ足を運んでいる事が、一緒にいる時にラティアが例の男の話を嬉しそうにする事が、そして何よりもその時のラティアのいきいきとした表情が、ソレを引出しているのは例の男だという事実が、アイリーンはとても、とっても気に入らなかった。
いっその事、ぽいっと城から追い出せるなら話が早いのだろうが、そんな事をしたら、ラティアが少なからず悲しむのは目に見えているし、もしかしたら自分が嫌われたりするかもしれない。それだけは絶対に避けなければいけない。
ラティアと引き離したいのに引き離せない。そんなフラストレーションが、彼女をより一層苛立たせた。
そんな訳で今日もアイリーンは、無言の不機嫌オーラをあたりに撒き散らしながら一日を過ごしていた。
「……気に入らないわ」
不機嫌な事を隠そうともせずにそう呟く。
この一ヶ月、何かと用事が立て込んでいて、一度も白銀の元を訪れる機会がなかったアイリーン。ここは一度、タイミングを見計らって、妹を誑かそうとする例の男の人に、文句の一つでも言ってやりたい。妹に嫌われるのが怖くて、すぐに追い出したりは出来ないけれど、それでもせめて何か皮肉の一言くらいは言ってやりたい、そんな事を考えながら廊下を歩いていた。
もうすぐお昼時、ラティアはまた今日も例の厨房へと行くのだろうか。最近は忙しくてラティアとの時間が減ってしまっている自分と比べて、一日一回は合えるハクギンと呼ばれる男の人が羨ましい、是非とも私と変わって欲しい、そんな思いからハァとため息を溢れる。
ちょうど三度目のため息の時だろうか、何処からともなく甘い匂い漂ってきて、不意にアイリーンの鼻孔を刺激した。
「…………?」
いつもより少し乱暴になっていた歩みを止め、どこからともなく流れてくる甘い匂いに意識を集中する。
どこかでお菓子でも作ってるのだろうか、その美味しそうな匂いに、アイリーンは先程まで白銀の事でムカムカしていた事なんて、すっかり忘れてしまう。
「……何、かしら?」
そしてそう呟いたアイリーンは、フラフラと匂いに釣られるかのように、その発生源である例の厨房へと誘われて行くのであった。彼女と妹は、案外似たもの姉妹なのかもしれない。
◇
「てなわけで今回は、みんな大好きフレンチトーストを作っていきてぇと思います!」
ラティアが厨房に訪れる五時間前、アイリーンが匂いに釣られる三十分前の事。
妙にハイテンションな独り言を呟きながら、今日も今日とて自他共に認める日本が産んだ料理バカこと米倉白銀は、例によって料理に勤しんでいた。
本日のメニューは先程の宣言通り、お洒落にフレンチトースト。今朝、自室で起きるなりフレンチトーストが食べたいと思ったが吉日。約四十秒で身支度を済ませ、厨房へと直行した白銀は、現在朝の七時だというのにハイテンションでやる気十分だった。
「いやぁ、あんな美味そうなフレンチトースト食べる夢見たらさ、現実でも作って正夢にするしかねぇでしょ」
「まぁ、今から作ったら食べる頃には昼になってるけどね」白銀はそう一人ゴチる。しかし、だからといって白銀は一切の妥協を許さない。簡単なものならすぐに作って食べれるだろうが、そのクオリティは確実に夢に出てきたフレンチトーストには劣る、それでは意味がないのだ。自身の持てる技術の全てを駆使して作らなければ、フレンチトーストの神に失礼というものだ。
夢の影響で突発的に作っているにも関わらず、何故自分は昨晩から準備をしていなかったのかと、アホなことを悔やみながら、白銀は冷蔵庫からフレンチトーストの材料を取り出してゆく。急な思いつきにも対応出来るくらい、この冷蔵庫の中身は豊富だった。
「まず、パンに浸す卵液を作らねぇとな」
ぐぐっと腕を伸ばして気合いを入れ、牛乳と生クリームをニ対一の割合で注ぎ、鍋を弱火にかけて加熱する。生クリームを入れるか入れないかで味のクオリティが明らかに変わるのだ、入れないと言う選択肢は存在しない。
そして、鍋を火にかけているその間にバニラビーンズの下処理を行っていく白銀、包丁で黒いさやに縦に切り込みを入れ、中に入っている種をこそぎ取って、火にかけている牛乳の中へとバニラビーンズを入れた。
「向こうならバニラエッセンスとかあんだけどなぁ、こっちだと流石に見当たらねぇか」
バニラの香りを移すために加熱すること五分。鍋肌がふつふつとしだしたら火を止めて、バニラビーンズを取り出す。鍋からはほのかにバニラの甘い香りが漂い、しっかりと匂いが移っているのが確認できた。
「そんでこの牛乳と、卵と砂糖を混ぜ合わせてっと……」
白銀は卵を片手で器用にボウルへ落とし、そこへ砂糖を加えてよく混ぜ合わせ、先程の牛乳を少しずつ加えて卵液を作ってゆく。
この時に卵をよくかき混ぜるのがポイントで、卵白と黄身がしっかりと混ぜ合わせられるように心がけなければならない。卵白が溶けておらず粘度が高いままだと、十分にパンに卵液が染み込まない原因となる為だ。
「よし、いい感じにサラサラになったな。んじゃあ、食パンを分厚目に切り分けて……ん、耳は取るか」
一斤の食パンを四枚切りに切り分け、なるべくフワフワの食感を楽しみたいため四隅の耳を取り除く。食パンは沢山卵液を吸い込ませる事ができるように、ある程度分厚いものを使用するのもポイントだ。
そして、切り分けた食パンをバットに並べ、そこに用意していた卵液を流し込む。
「そしたら昼まで寝かせるっ! いじょー!」
コレでフレンチトーストの第一工程の終了である。あとは様子を見つつ裏返して両面にしっかり卵液を染み込ませてやれば良いだろう。
「それじゃ、下処理も終わった事だし。朝飯でも作るか」
冷蔵庫に卵液に浸した食パンをしまい、先程切り取ったパンの耳を取り出す。そして、食べやすいサイズにカットしたら。バターを引いたフライパンでサクサクになるまで炒めてゆく。今朝飯として作っているのは、所謂ラスクと呼ばれる料理だ。
「耳まで残さずにちゃんと食べないともったいないオバケが来るって聞くかんな。てか、そうじゃなくても無駄にするなんてあり得ないって話なんだけどな」
十分にサクサクになってきたら、砂糖をパンの上にふりかける。砂糖の溶ける甘い香りがバターの香りと相まって、白銀の食指を刺激した。
ある程度砂糖が溶けて、パンにコーティングされたら火を消し、皿に手早く盛り付ける。
「あとは好みできな粉とか、シナモ…『ギィ』…ん?」
シナモンを取ろうと伸ばした手が、扉の開かれる音に止まる。アレ? いつもより早いけど、もうラティア孃が来ちまったか? とそう思った白銀。しかし、そんな白銀の予想に反して、顔を出したのはラティアと若干似ているものの、明らかに違う白銀の知らない人物。そう、アイリーン・ミストラルだった。
「え?……どちらさん?」
「…………」
「えっ? なに、どうしたの?」
「……(じー)」
じーっと視線をラスクに固定させるアイリーン。白銀が皿を右に動かせばアイリーンも右に、左に動かせば左に。
「えーっと、ラスク食べる?」
「……(こくこく)」
差し出されたラスクに目を輝かせ頷くアイリーン。
ラティアの面影がある顔や髪の色、そして食べ物に対する食いつきの良さから、白銀はアイリーンの正体は知らないものの、あぁ、この人絶対ラティア孃の身内だ、と一人納得するのであった。
◇
そしてそれから四時間もの間、二人の間では会話らしい会話はほぼゼロで、差し出されたラスクをサクサクと無言で口に運ぶアイリーンは、食べ終わった後も無言を貫いた。
そして、前々から気に入らなかった白銀に文句を言うわけでもなく、食べ終わった帰るわけでもなく、この後もただ沈黙を貫くことになる。途中で気まずくなった白銀が慣れない感じで会話の話題を振るが、効果はいまひとつ。
白銀は、ラティア孃の身内だっては想像つくけど、この人誰だ? 何で喋んないの? てかこの人も王族でしょ? 下手な態度取ったら俺ヤバくね?って感じで焦っていた。
「ーーそんな時にラティア孃がやって来たって訳。おけ?」
「そ、そうなんだ……まぁお姉さまは人見知りだから」
「……別に……そこまで、酷くはないわ」
四時間も無言と言う事実に若干引いていた妹の困った表情に、アイリーンは少し拗ねた様な態度を取る。アイリーンとしては、ついさっきまで文句を言う気マンマンで意気込んでいたのにも関わらず、お菓子の甘い香りに釣られてなし崩し的に文句を言う筈の相手にご馳走になった事が気まずくて、話を切り出す事が出来なかっただけである。けして、いざ本人を目の前にするとビビって言えなくなったりとか、お菓子に夢中で気が付いたら見た目怖そうな男の人と二人っきりだと言う状況に萎縮したりとかはしていないのだ。まぁ、どちらにしても情けない理由であるのだが。
「まぁ、ラティア孃の姉ちゃんって分かったらそれで良いわ。米倉白銀って言います。アイリーン様、でいいんすよね?」
「…………アイリーン・ミストラル」
本当は返事なんてしたくなかったけど、妹の目の前で大人気ない態度を取るわけにもいかず、先程の美味しいお菓子に免じて名前くらいは教えて上げても良いかな、と白銀に返事を返した。
「じゃあ、自分は昼食の調理に取り掛かるんで。アイリーン様も食べて行きますよね?」
「……(こくり)」
「ハイハイっ! わたし、お手伝いするわっ!」
元気よく手を挙げてお手伝いを買って出るラティアに「あとは焼くだけだから、アイリーン様と待っててくれ」と伝え、キッチンへと向かう白銀。その言葉にラティアは「はーい」と元気に返事をし、アイリーンは愛する妹と久しぶりに二人っきりになった事に、あの男の人も少しは良い所があるわね、とか思っていた。
「それじゃ、まちに待ったフレンチトーストを作って行くかね」
四時間もの間、じっくりと卵液を完全に吸い込んだ食パンを冷蔵庫から取り出す白銀。弱火にかけたフライパンにバターを引いてそこに食パンを入れる。そしてフライパンに蓋をしたら、じっくりと十分ほど蒸し焼きにしてゆくのだ。
こうしてやる事で徐々に内部まで火が通り、卵がふっくらと膨らむため、フワフワのジューシーなフレンチトーストになるのだ。
この時、けしてパンに触れたりしてはいけない。変にパンに刺激を与えてしまうと、せっかく膨らんだ卵が萎びてしまう。
「焼き上がるまで、ゆっくりじっくりと待つべし」
そして待つこと十分。パンをひっくり返す為に蓋を開ける、蒸気と共に甘い美味しそうな香りがブワッと辺り一体に広まった。
「おぉ、うまそ」
「……(ぴく)」
「ふわぁ……バターのいい香り!」
その匂いに、白銀はニヤリと広角を上げ、テーブルで待っている二人の姫様も反応を示す。
形が崩れないようにそっとフライ返しを差し込んて、パンをひっくり返す。美味しそうな黄金色に焼き上がった表面が顔をだした。今朝からずっとフレンチトーストを食べたかった白銀のテンションは、一気に急上昇する。はやる気持ちを抑えて、再びフライパンに蓋をして十分。最後に仕上げで両面を強火で数秒、焦げ目を入れてやると。
「しゃあっ! 完成だ」
白銀特製、本格的フレンチトーストの完成である。
◇
シンプルにバターとシロップでトッピングされたフレンチトーストが、コトリと二人の目前に置かれた。
「「ごくり」」
目の前に置かれた黄金のフレンチトーストに、思わず固唾を飲み込むラティアとアイリーン。その二人と向かい合うようにして、白銀が自分の分のフレンチトーストを持って着席した。
「ラティア孃は飲み物ミルクで良かったよな? アイリーン様はわかんなかったからコーヒーにしたけど……砂糖とか使う?」
「…………いただくわ」
アイリーンは妹に対する見栄から一瞬葛藤するものの、苦いものには勝てず、不本意ながら白銀から受け取った角砂糖とミルクを苦々しそうなブラックコーヒーにたっぷり注ぐ、そして出来上がった極甘コーヒーを飲んで「……まだ、少し苦い」と一言呟いた。
「まだ足んないんすね……」
「アイリお姉さま……相変わらずの、すっごい甘党だわ」
「……別に、ブラックでも飲める。砂糖を入れた方がずっと美味しいから……そう、してるだけ」
「まぁ、そんなに甘えのがお好きなら、コレも気に入って貰えると思うんで。さっそくフレンチトーストを食おうぜ」
白銀がそう言うと、ラティアと一緒に手を合わせる。アイリーンは何の事か分からず、しかし妹がしてるならと見よう見真似で手を合わせた。
「あのねっ! ハクギンの住んでた所では、こうやって手を合わせてね? ご飯の前に感謝を込めて、『いただきます』って言うんだって!」
若干の戸惑いを見せる姉に、ラティアは自慢げにそう言って説明する。
そんなラティアの様子を見て、やだ、ふふんって胸なんかはっちゃって。何この娘可愛い、私の妹可愛い、世界一可愛い、今すぐ魔導カメラで写真を撮って永久的に保管したい……とか内心持っているアイリーンだったが「……そう、なの。ラティアは色んな事、知ってて偉いわ」と、姉の威厳でポーカーフェイスに徹し、何時もの様にそう言葉を返した。
尊敬するお姉さまに褒められたラティアは、「えへへ」と嬉しそうにはにかみ、照れてるのを誤魔化すかの様に「じゃ、じゃあ早くいただきますしましょ?」と話を切り出す。
「そうだな、冷めると勿体ねぇし。いただきます」
「いっただっきまーす!」
「…………いた、だきます」
三者三様のいただきますが響き。一斉にフレンチトーストにフォークがスッと差し込まれる。
抵抗なく刺さったフォークの感触からもわかる通り、凄くフワフワなソレを、アイリーンは一口分の大きさにに切り分けた恐る恐ると口に運んだ。
「……ッ!」
サクッふわっジュワとろぉ。
言葉に表すならまさにこんな感じだろう。
サクッとした表面の中には、まるでプリンかと思われるほどのふわふわがぎっしり詰まっており、よく染み込まれた牛乳、バターやシロップの旨味がジュワァと口の中に広がって、とろっと舌の上で解けた。
あまり感情が表に出ることの少ないアイリーンも、この美味しさには思わず目を見開く。
「くぅっ、うめぇ。ナイス、夢の中の俺」
「んーっ、すっごくおいしいわ!」
夢で見たフレンチトーストと遜色の無いことを確認しながらしみじみと行った様子の白銀、ラティアも頬に手を当ててご満悦だ。
たまらず三人とも二口、三口と食べ進めてゆく。口にすれば口にするだけ広がる優しいバターの香り、ほろ苦いメープルシロップとの相性がまさに至福と言っても過言じゃない。今は昼で場所は王宮だけど、まるで高級ホテルの一流の朝食の様なリッチな気分に浸れた。
「……生クリーム、トッピングしたら美味しそう」
「俺はどちらかと言うとシンプルな味付けの方が好みですね。バターの風味が堪らねぇ」
「はい! わたしはどっちも美味しいと思うわっ!」
料理バカとお子様舌の姫様と甘党姫、フレンチトーストの話題で盛り上がる三人。最初は白銀に文句を言う気満々だったアイリーンも、絶品フレンチトーストの前には当初の目的をすっかり忘れ、ただのシスコンで甘党な女の子になっていた。
「「「ごちそうさまでした」」」
分厚くカットされた筈のフレンチトーストだったが、美味しさのあまりあっという間に完食。三人の間には、ラティアがやって来た時のような気不味い雰囲気は何処かに消えていた。
◇
フレンチトーストを完食後、極甘コーヒーで一息つきながら、アイリーン・ミストラルは白銀への評価を改めていた。
ます彼の作る料理がとても美味しいこと。名も知らない私に、自身の料理を嫌な顔一つせずに振る舞ってくれたこと。ラティアが本当に慕っていること。料理が本当に美味しいこと。
今まで顔も名前も知らずに一方的に嫌っていたが、そこまで憎らしく思うこともなかったとアイリーンは反省。確かにラティアが凄く懐いていて寂しくもあるし羨ましいが、彼のラティアに対する飾らない接し方や、何処か心温まる美味しい料理を食べれば納得。彼の料理を食べているときのラティアの素敵な笑顔は、きっと彼にしか作り得ないモノなんだろう。彼を追い出すことはラティアの笑顔を奪うことと同じ意味。それはアイリーンの本意ではない。
「……ねぇ、ヨネクラ」
「はい?」
「……甘いものは、好き?」
「甘いもの? まぁ、好きですよ?」
「……そう」
そう言ってアイリーンはコーヒーを一口。
実際に彼と初めて会って、彼の料理を食べて。アイリーンはようやく白銀の事を認める事にした。
甘いモノが好きな人に悪い人などいないのだ。ラティアと一緒に居れなくて寂しいのなら私も一緒にここでご飯を食べれば良いだけの話。ラティアの最高級の笑顔と一緒に美味しい物が食べれる。最高じゃない?
要するに妹の屈託ない笑顔と、甘いお菓子に負けただけの話で、アイリーンが妹に似てチョロいって話なのである。
今朝のモヤモヤが嘘のように、晴れやかな気分になったアイリーンはコーヒーカップをテーブルに置き、立ち上がった。
「……料理、美味しかったわ」
「そうっすか、良かったっす、アイリーン様」
「……私のことはアイリでいい。ラティアとお揃いの呼び方で良いわ」
「え……アイリ孃って事ですか?」
「……(こくり)」
無表情ながら何処か満足げに頷くアイリーン。
コレからラティアの笑顔を見せてくれたり、美味しい料理を振る舞ってくれる人だ、これから仲良くしてくれると嬉しいって意味合いを込めてアイリーンはそう提案した。
「……また、来るから。ラティアも、またね」
そう言ってラティアに小さく手を降り、足取り軽く厨房を出てゆくアイリーン。
「結局さ、ラティア孃の姉ちゃんって何でここ来たの? 何か言ってた?」
「さぁ、分からないわ? 何か嬉しそうだったけど……」
残された二人は、何も言わずにただ料理を食べて一人で納得して帰っていったアイリーンに、小首を傾げるのであった。
【おまけ】
「……ヨネクラ」
「?? なんっすか? アイリ嬢」
「……これ」
「魔導カメラ? どしたんすか、こんな高いもん」
「……これ、で。今日、アナタの料理を食べるあの娘を撮って……ほしい。私は行けなくて、お願い」
「ラティア嬢? まぁ、別に良いっすけど」
「出来れば自然光でお願い、あといろんな角度から……あの娘の可愛いところを。あ、なるべく自然な写真が良いから気づかれない様に。でも照れてるところも欲しいから何枚か「難易度高ぇよ、無理だっての」…………そう? 私は、できるけど」
「えぇ……」
シスコンは物理法則を無視するらしい。
あけましておめでとうございます。
新入社員って忙しいですね。正月休みでようやく書き上がりました。
これからも亀更新ですが、何卒よろしくお願いします。
ここまでのご愛読、ありがとうございました。