異世界にて食道楽。   作:枕魔神

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 アイリーン・ミストラル(18)
・表情筋が死んでいる
・魔法学では王国屈指の才女、だがシスコン。
・好きなものは妹と甘いものと妹。超シスコン


唐揚げと自称庭師。

 聖ミスティモア城の内部に有る広大な庭園。

 色とりどりの花々と自然豊かな緑、至るところに設置された水の都を象徴するにふさわしい美しい噴水が、宮殿の様式美と素晴らしいハーモニーを作り出しているその庭園は、ミスティモア王国の第一王女、アイリーン・ミストラルが最も気に入っている憩いの場所。

 

「……ふぅ、美味しいわ」

 

 ガーデンアーチの木陰に設置された木漏れ日の指すテーブルセットに腰を掛け、どこからか聞こえる小鳥たちの囀りと水の流れる音を聞きながらアイリーンはホッと一息、紅茶を一口。

 あのフレンチトーストの日から早くも一週間。ここ最近の彼女の悩みであったラティアと仲良くしている料理人の問題も解決して、久しぶりのゆったりとしたティータイムにアイリーンはとてもご満悦だった。

 あれから、何度か白銀の所へお邪魔したアイリーンだったが、急な来客にも嫌な顔一つせずに、毎回変わらず甘いお菓子を用意してくれる白銀に、アイリーンの中で彼は完全に良い人と成っていた、姉も妹と同様に餌付けされていた。

 

「……あ」

 

 お茶請けにクッキーを食べながらティータイムを過ごしていると、いつの間にか紅茶が無くなっている事に気がつく。そんなアイリーンに、すぐそばに立っていたけだる気な雰囲気を漂わせる男性が声をかけた。

 

「お代わりはいるか?」

「……ええ、お願い」

 

 聞き慣れたその低い声に、短くそう答えるアイリーン。

 その返事に「はいよ」と返した、テキトーに切り揃えられた茶髪を、アイリーンと同じように一房だけ三つ編みにしたその男は、慣れた手付きで彼女のティーカップに紅茶を注ぐ。

 

「しかし毎回のことだけど、こんな庭師の入れた紅茶なんてよく飲めるよな。急にきてさ『……ノーツ、紅茶』って、オレさっきまで普通に庭いじりしてたよ? いや、一応清潔にはしたが」

「……別に、気にしない」

「気にしろよ、お前姫様だろうが」

「……ノーツの入れてくれたのが一番だから、紅茶は」

 

 「それはどうも」と呟き、何だか納得いってない感じでアイリーンと向き合うように座ったノーツと呼ばれる青年。

 

「あのさぁ、今更別にここでお茶するなとは言わないけどさ。少しは自分が王族だって自覚しろよ」

「……そんなの、ノーツが敬語使ってない時点で今更でしょ?」

「お前が! 敬語使うと! シカトぶっこいて会話にならねぇからだろうがあ゛ぁ?」

 

 そう訴えるノーツの言葉を、「……だって敬語のノーツ、気持ち悪い」とぷいっと顔を背けることで聞かぬふりをするアイリーンに、彼はため息をつき、皿に盛り付けられたクッキーを摘む。

 

「はぁ……一体どうしてこんな生意気姫になっちまったんだか、昔はオレとチビッコにべったりで、素直で可愛かったのに」

「……そんな、昔の事。そもそも、ノーツ以外には礼儀正しくしてるわ。王族だもの、当たり前じゃない。それに……」

 

 そう言葉を一旦紅茶を飲んで区切り「私がこんな風に接するのは……ノーツだけだもの」と何でも無い様な顔でサラリと言うアイリーンに、ノーツは面食らった表情を浮かべた後、先程とは比にならない程の深い溜息を吐いた。

 

「……別にオレは気にしないが、他の奴等が見てるときは気をつけろ」

「えぇ」

 

 そう言って、再びクッキーに手を伸ばすノーツ。ポーカーフェイスに努めて動揺を悟られないように話題を変えることにした。

 

「そういやこのクッキー美味いな。何処の店のだよ?」

「これは……売ってないわ。手作りよ」

「へぇ、チビッコは……ねぇな、こんな美味いの作れるわけねぇ。なら料理長のオッサンが作ったのか、あの人こんな可愛らしい物も作れるんだな。顔面凶器の癖に」

「……いいえ、料理長でもないわ」

 

 ノーツの予想に首を横に降るアイリーン。

 

「じゃあお前か? あの超不器用なお前が? 妹の髪を結いたいからとオレの髪で三つ編みを練習し、その結果に髪をむしり取っていったお前が?」

「………………納得がいかないけど、違うわ」

 

 過去にノーツが円形脱毛症になるのと引き換えに、三つ編みのみ習得したアイリーン。ノーツのリアクションに苛立ちを覚えるものの、事実なので言い返せなかった。

 

「……貴方もしってるでしょ? 一ヶ月くらい前にやってきた料理人のこと」

「あ? あぁ、厨房に籠もりっきりな変人だともっぱら噂のチビッコのお気に入りか」

「そう、彼に作ってもらったの」

「へぇ……そうかよ」

 

 そう呟いて、ノーツはクッキーをもう一つ口に入れる。

 うん、確かに美味い。チビッコの気まぐれで招かれたただの一般人だと思っていたが、意外にもちゃんと料理人らしい事をしているらしい。コレは一回会ってみたいなと思っていると、何やら城内が騒がしい事に気がついた。

 

「おい、どうかしたのか?」

 

 ノーツはちょうどやってきた使用人に問いかける。

 

「あ、アイリーン様ッ! 大変です、またラティア様が王宮から抜け出しましたっ!」

「……そういえば、昨日は何かソワソワしてたわね」

「っはぁああ……またかよあのチビ」

 

 慌てふためく使用人の言葉に、本日何度目かの深い溜息を吐くノーツだった。

 

  ◇

 

「しゃあッ、醤油ゲットォ!!」

 

 港近くの市場に、料理バカの声が響く。

 道行く人達が何事かと振り返り、店員達はまたアイツかと呆れながら笑っていた。

 偶然市場で売られていた貿易の品の中に見覚えのある黒い液体を見つけ、それが予想通りのブツだと分かると即購入した料理バカもとい米倉白銀は、天高く醤油を掲げて狂喜乱舞していた。

 

「いやぁ、ちょうど切らしてたから見に来たけど、やっぱここ最高だわ! 貿易港だから色んな食材あるし! 正直転生した直後もここで醤油とか鰹節とか見つけて無かったら俺ストレスで死んでたかもなっ!」

 

 もはやこの市場の常連になっている白銀。普段の食材はラティアに頼んで王宮に直接郵送してもらっているが、醤油とか鰹節等の珍しい輸入品は、流石に自分で探さなければ手に入らない。

 そうで無くても様々な食材が揃っているこの大市場は、白銀にとってまさに楽園といっても過言では無い場所、なのでこうして定期的に自ら市場を訪れては、必要な食材を自ら買い揃えてゆくのである。

 

 ハイテンションで浮かれる白銀、その姿はこの市場では一年前くらいから良く見られる光景だ。

 しかし、今日は普段とは違って、そんな白銀と一緒になってはしゃぐ、鈴のような可愛らしい声をした銀髪の女の子が一人。白銀にひっついていた。

 

「見て見て! ハクギン! あの大きなお魚! わたし初めてみたわ!」

 

 くいくいっと白銀の服を引き、ぴょんぴょんとツインテールを揺らす愛らしい少女は、無論説明するまでもなくこの国の第二王女ラティア・ミストラル。絶賛無断外出、城の誰にも内緒で脱走中である。

 

 無論、初めは脳内の八割が料理の事で埋まって常識が半壊している白銀ですらも、姫さまを無断で連れ出すのは流石にヤバいと思い、許可は降りなかったけど一緒に出かけたいと言うラティアの要求を断った。

 しかし、相手は普段から脱走常習犯のラティア姫。白銀が城にやって来てからすっかりなりをひそめていたが、このおてんば姫が素直に言う事を聞いて留守番をしている訳が無く、ラティアは普段から脱走の際に利用している、庭の塀に空いた子供一人やっと通れる穴から脱走、そして丁度城から出てきた白銀と合流する事に成功していた。

 ついてきてしまったラティアに白銀は頭を抱えるも、市場に着いたら目の前に広がる食材と、初めて見る市場の活気に心踊らせるラティアの様子に、「まぁ、いっか」とラティアの説得を早々と諦めていた。と言うかテンションが上がり過ぎてそれどころでは無かった。

 そんな訳で絶賛二人で買い物中って訳なのである。

 

「HEY! おっちゃん、鶏のもも肉一キロほどちょうだい」

「あいよ、全く兄ちゃんはいつも元気だな、今日は妹さんと一緒なのか?」

「あー……まぁ、そんなとこだ」

「顔は全然似てねぇが、兄貴と同じですっかりはしゃいで可愛らしいじゃねぇか! よし! いつも買ってくれる兄ちゃんと可愛い嬢ちゃんにオマケだ、900リンでいいぞ兄ちゃん!」

「お、サンキューおっちゃん!」

 

 店主に礼をいって金を払い、品物を受け取る。

 ここの店でもう六件目になるが、ラティアの正体については全くバレる気配が無かった。いくら王家特有の綺麗な銀髪をしてようと、こんな市場に王族がいるなんて思う人がいるはずもなく、ラティアは完全に白銀の妹だと認識されてる。

 そして、その事に若干不満げな様子のラティア姫。ゆく店ゆく店でサービスしてもらえるのはいいがが、白銀と一歳しか年が離れて無いのにも関わらず、まるで幼い妹の様に思われるのは如何なものかと思っていた……が。

 

「おい、見ろよラティア嬢! アイス売ってるぜ!」

「やったー! アイスー!!」

 

 珍しい品々に目を惹かれ心惹かれてウキウキなラティア姫にとって、そんな問題はとても些細なこと、アイスクリームの魅力には勝てないのだ。

 両手を上げて喜ぶ彼女の姿は、どこからどう見ても兄にアイスを買ってもらって喜んでいる幼い妹にしか見えなかった。

 

「行きましょ! ハクギン! わたしはチョコがいいわ!」

 

 さっそくアイスクリームを食べに行こうと、白銀の手を引き屋台へと足を向けたラティア。だったが、不意に「げっ」と乙女らしからぬうめき声を上げて、歩みを止めた。

 どうしたのかと白銀が彼女の顔を見てみると、顔を青くさせて一点を見つめ、カタカタと震えている。

 

 その視線の先に居るのは、茶髪を一房だけ三つ編みにした青年。青年はコチラの視線に気が付くと、深い溜息をついて近づいてくる。そして青年が近づくにつれてラティアの顔色も悪くなっていった。

 

「よぉ、奇遇だな。脱走は楽しかったか?」

「…………ノーツ」

「コレで通算三十回目か? そしてオレが駆り出されるのも三十ってわけだ?」

「ち、違うのよノーツ! わたしだって脱走したくてしたんじゃないのよ!? 本当はちゃんと許可を貰うつもりだったんだけどあの石頭達が絶対に認めないなんてイジワルを言うから! 仕方なく、やむおえずこんな手段を「で? 言い訳はそれだけか? チビッコ」…………ごめんなさい」

 

 ラティアの言い訳を遮った、有無を言わせぬ青年の怒りに、彼女は観念して素直に頭を下げる。そんなラティアの様子に溜息をついた彼は、イマイチ状況の把握出来ていない白銀へと視線を向けた。

 

「よう、初対面だよな? ノーツ・ガードナー、城で庭師をやっている、よろしくシェフ殿」

「あ、あぁ。米倉白銀って言います。よろしくお願いします?」

「あー、いや、ただの庭師にそんなかしこまんな、タメ語でいい」

「そ、そうか? じゃあ、遠慮なくそぉさせて貰うわ」

「そうしてくれ」

 

 そう白銀と自己紹介を終えたノーツは「それじゃ脱走犯も見つかった事だし、とりあえずアイスでも食べるか」と、屋台の方へと歩きだした。

 

「あれ? ラティア嬢を連れて帰るんじゃねぇのか?」

 

 てっきりこのままラティアを連れて帰るんだとばかり思ってた白銀はノーツにそう問いかける。

 そんな白銀の問いかけに、「わざわざ街まで降りてきってのに、なんでコイツ連行するだけですぐ帰らなきゃならんのだ」とノーツ。そして盛大に溜息を一つ吐いて彼は言葉を続けた。

 

「そもそもチビッコのせいで俺の癒やしの時間は無くなったってのに。全く、なんで毎回オレが駆り出されるんだっつうの、分かるか? 三十だぞ? 三十。なんでその全部オレが探しにいってんの?完全に関係ないだろ」

「……どんまい」

 

 生気の宿らない目で愚痴を吐くノーツに、白銀は初対面ながらも若干の同情を覚える。

 なんだかラティア嬢が怯えていたわりには普通の人っぽいなと白銀が思っていると、白銀にピッタリくっついていたラティアが、自分に向けられたノーツの視線にビクッと震えた。

 

「おいチビッコ、アイス買ってこい、チョコとバニラとストロベリー、三段盛りで」

「……は?」

 

 あまりにも自然に王族であるラティアをパシりに向かわせようとするノーツに、白銀は自分の耳を疑った。

 親指でクイッと屋台の方を指し、ラティアに買ってこいとジェスチャーするノーツ。ラティアはそんなノーツに「やっぱりだわ!」と声を上げた。

 

「またなの!? また今回もわたしに奢らせる気? 毎回毎回、歳上としての良心が痛まないのっ!?」

「毎回お前の姉に探してこいって言われ、毎回探してやって、毎回お前の姉にお前が余り叱られないようにって口添えする様に言われて、毎回助けてやってんのに? それこそお前の良心は痛まねぇのかよ?」

「それは単にノーツがお姉さまにただ超絶甘「うるせぇ、今から爺さん達の前に突き返してやっても良いんだからな?」……うぅ、分かったわよぉ!」

 

 強制連行を盾に脅迫され、涙目で渋々ノーツの言う事に従うラティア。王族をなんの躊躇もなくパシれるあたり、この男かなりたくましい性格をしている。先程までノーツに同情していた白銀も、ノーツの図太さに哀れみの感情がスッと消えていった。

 結局その後、お小遣いすっからかんになるまで搾り取られたラティアの分のアイスは白銀が買ってあげていた。

 

  ◇

 

「ってな訳で、本日は唐揚げを作っていきたいとぉ思いますッ!」

「おー!!」

 

 ところ変わって市場から王宮、めし処銀シャリの聖ミスティモア城支部に白銀のテンションマックスな宣言と、ラティアの元気な掛け声が響く。

 

 王宮に到着するなり燕尾服を着た髭の老人に連行されたラティアだったが、いつもの通り説教を聞き流し、白銀が買い込んだ大量の食材を片付け終える頃には、見事厨房へととんぼ返りを果たしていた。

 

 執事の面倒な説教を終え、ようやく待ちに待った白銀との料理タイム。しかしそんなラティアの楽しみに水を刺す存在が一人、厨房のカウンターに腰をおろして白銀の用意したお茶と茶菓子に舌鼓を打っていた。

 

「……なんであなたがまだ居るのよ」

 

 じろりとノーツを睨むラティア。

 

「なんでって、折角だしシェフ殿の飯でも食べて行こうかなと」

「嘘よっ! どうせまた何かいじわるする気でしょ!」

「そんな事するわけないだろ」

「絶対に嘘よ!」

「信用ゼロかよ」

 

 「当然でしょっ!」とラティア。完全な自業自得とはいえ、先程ノーツにたかり尽くされたラティアからしてみれば、まだ何かいじわるをして来るのかと、警戒するのは仕方ない事。がるるぅと可愛らしく威嚇して来るチビッコ姫にノーツは肩をすくめた。

 そのノーツのスカした態度にラティアは更にカチンと来たが、それを白銀がどぉどぉとなだめる。

 

「はいはい、良いからサッサと手ぇ洗ってくれ。そしてノーツもあんまからかうなよ、料理が進まねぇから」

「おっと、すまない。なにせこのチビッコと来たらからかいがいの塊みたいだから、ついな」

「ふんっ! 精々そーやって上から目線で余裕ぶってれば良いじゃない! わたしは大人だから一々反応してあげないし、いつかぜったいに目にもの見せてやるんだから!」

 

 白銀の言いつけどおり隅々まで手を洗いながら、そうノーツに宣言するラティア姫。そんなラティアを横目にテキパキ料理の準備に取り掛かる白銀は、冷蔵庫から鶏のモモ肉を三枚ほど取り出て、余分な脂身などを取り除き下処理をする。

 

「手を洗って来たわっ! 何をすればいいの? ハクギン」

「取り敢えず、鶏肉をぶつ切りにしていくぞ、ラティア嬢」

 

 両手をぱーっと開いてキレイになったと見せてくるラティアに、先程下処理を済ませた鶏肉を渡す。受け取ったラティアは、にゃんにゃんと猫の手をしながら鶏肉をぶつ切りしていく。若干の不慣れな感じはあるが、はじめの頃に比べたらだいぶ危なっかしく無くなってきている。

 この様子なら大丈夫だな、そう思った白銀はラティアに鶏肉は任せることにした。

 

「じゃ、残りも鶏肉も切っといてくれぃ。俺は次の作業に取り掛かる」

「任されたわ!」

 

 フンスと意気込むラティアを微笑ましく思いながら、白銀は調味料入れから塩と砂糖を取り出し、塩は小さじ一杯、砂糖は小さじ二杯と一対ニの割合でボウルに入れる。そしてそこに水を100cc入れた。

 

「なぁ、シェフ殿よ。唐揚げってのは要するにフライの様なモノなんだよな? その塩砂糖水は一体何に使うんだ?」

 

 先程まで、ぼけーっと此方の様子を伺っていたノーツが、不意に声をかけてきた。見慣れない液体に疑問を持ったようだ。「それ! わたしも気になってたわ!」と鶏肉を切り終わったラティアも会話に参加してくる。

 

「あー、コレな。コレはブライン液って言うんだよ」

「ぶらっ……ブライアン?」

「ブラインて言ってただろ、チビ」

「ちょっと間違えただけじゃない! あとチビって言わないで!」

「ハイハイ善処しますよっと、で? そのブライアン液ってのは一体何に使うんだ?」

 

 言ったそばからラティアの言い間違いをイジるノーツと、「またバカにして!」と、ぷんすかなラティア。善処とは言ったい何なのか。

 

「肉を漬け込むために使う液体をブライン液ってんだ、鶏肉の水分量を増やす効果がある。よーするにジューシーになるって訳よ」

「下味ってわけでは無いのか?」

「一応そう言う効果が無いわけではないけど、主に水を浸透させるのが目的だ、塩はタンパク質を分解して肉を柔らかくした上に、肉の水分を保つ効果があるからな。それと砂糖は食材に染み込ませ難いから初めに入れとかないと。いわゆる料理のさしすせそってやつよ」

「へー、揚げれば良いってもんでも無いんだな」

「そりゃそうよ。どーせなら食べるなら美味いほうがいいっしょ?」

 

 そう言うって、ブライン液の中にラティアが切り分けた鶏肉を投入してゆく白銀、「じゃあこの肉を五分くらい優しく揉み込んでくれ」と、ボウルごとラティアに渡して、次の準備に取り掛かる。

 ボウルをもう一つ取り出し、そこに醤油、調理酒、みりんを一対一対一の割合で入れ、にんにくと生姜をすりおろしたモノと、蜂蜜大さじ一杯加えて、味を確認しながら塩胡椒を追加した。蜂蜜は肉を柔らかくする効果があり、白銀のイチオシポイントの一つだ。

 

「今回は塩唐揚げじゃなくて醤油唐揚げにしようと思う」

「醤油って言えば極東の方の調味だよな? 生魚につけて食べるやつ。昔極東に行ったときに見た事はあるけど、美味いの?」

「あたぼうよ、俺の国の魂と言っても過言ではない調味料だぜ?」

「へー、じゃあアンタは極東出身なんだな」

「うーん、そうゆう事かな?」

 

 まぁ、日本も極東も似たようなもんだろ。知らんけど。と適当に返事を返す白銀。調味料の味も決まったらしく、お次はバットを二つ用意して、そこに薄力粉とコーンスターチを適量入れていく。

 すると丁度、ブライン液肉を揉み込む作業を終えたラティアが、「次はこっちのボウルにお肉を入れれば良いのよね?」と合わせ調味料の入ったボウルを指差して白銀に問いた。

 

「サンキューラティア嬢、漬け込んで揉み込め下処理完成ってなわけよ」

 

 ラティアから鶏肉を受け取り、調味料の中に投入。ラティア希望によりこちらもラティアが揉み込む事になった。楽しいのだろうか。

 そしてその間、白銀は鍋に油を投入して魔石コンロに火を点火。お肉にしっかりと下味がついた頃には、油の温度は170℃近くまで上がっていた。

 

「よし、それではコレから唐揚げ最大の鬼門、揚げの工程に入ります。油跳ねると危ないから、ラティア嬢はちょっと離れてて」

「むぅ、わたしだって揚げ物くらい出来るはずよ? あなた、またわたしを子供扱いしてない?」

「してないしてない、そのかわりに鶏肉に衣を付けるのを手伝ってくれよ。先に薄力粉、そしてその上からコーンスターチをまぶしてくれ。鶏肉の皮を外側にして丸めるように、頼めるか?」

「……分かったわ、でも今度はわたしが揚げるからね!」

「おっけー、今度一緒に練習しよーな」

 

 そう言って白銀になだめられた不満げだったラティアだったが、与えられた作業に取り掛かるとそちらに集中してしまう。粉を少し顔に付けながらも一生懸命鶏肉に衣をつけているラティア、そんな様子の彼女をみて白銀苦笑いし、ノーツは相変わらずチョロいなと思っていた。

 

「はい! どうぞハクギン」

 

 あっという間に衣をつけ終わったラティアが、達成感が滲み出る笑顔を浮かべながら白銀にバットごと鶏肉を手渡す。

 ラティアから鶏肉を受け取った白銀は、集中するために瞳を閉じて五秒間。スッと眼を開くと衣を少し菜箸につけて油に一滴垂らして油の温度の最終確認。厨房に謎の緊張感が巡る、唐揚げの良し悪しの七割を左右するといっても過言ではない揚げの工程に、白銀の集中力は高まっていた。

 そして意を決して鶏肉を黄金色の油の中に投下。

 

「おりゃぁ!」

 

 バチバチバチと鶏肉の水分に反応して油が跳ねるが、白銀は鍋から一切目を逸らさない。一瞬のスキも見逃してなるものかと鍋を凝視するその様は、まるで歴戦の戦士のようだ。白銀を見守ってる二人にも緊張感は感染し、黙って白銀の作業を見つめる。

 適宜鶏肉を油から取り出しては空気に触れさせ、油に戻す。この作業を繰り返しながら鍋を睨みつけること約四分。

 衣が軽い狐色に変わったのを確認した白銀は、すばやくソレをバットに取り上げた。

 

 ジュワッ

 ゴクリ

 

 揚げたての唐揚げから溢れる肉汁の音と、誰かが固唾を飲み込む音が聞こえた。

 一連の揚げの工程を黙って見ていたラティアとノーツは視覚で、嗅覚で、聴覚で感じる。コレは絶対に美味いやつだと。

 揚げたての一番美味しい状態のそれを味わいたいと、自然に手が伸びて、ツマミ食いを行おうとする二人にシェフからの待ったかがかかる。

 

「まだだ、待てぃ。まだ……まだコイツは上に行ける」

 

 そう言った白銀は、お玉で唐揚げの衣を叩きヒビを入れてゆく。割れたヒビからさらに肉汁が溢れた。

 

「ッ! ハクギン、まだなの!? コレ絶対に美味しいわよ!」

「そうだぜシェフ殿! 冷めたら持ったいない」

「五分……五分だ……予熱で中までしっかりと火を通すまで五分かかる。それまで辛抱だ!」

 

 永遠にも感じれる五分間、三人は唐揚げから一切視線を外さずにその時を待つ。

 そして、カチッと時計の長針が五分経過した事を伝えるがいなや、すかさず白銀はコンロの火力を強火に切り替え、予熱でしっかりと火の通った唐揚げを再度油の中に投入した。

 

「二度揚げ、この一手間で唐揚げはさらに美味くなる!」

 

 強火により、表面にこんがりとした色がついて行く。香ばしい醤油の香りが先程の比じゃ無いくらいに広まった。

 揚げすぎて、せっかくブライン液で増やした水分が飛ばないよう、四十秒くらいで手早く唐揚げを油の中からすくい上げ、バットの上へ。

 食欲をそそるこんがり狐色、ジュワッと揚げたてを知らせる音で耳が幸せだ。

 

「これにて俺お手製の醤油唐揚げが完成だ! 箸でもフォークでも持ってきて、ささっと揚げたて食っちまうぞ!」

 

 白銀がそう言うとすぐさま動き出すラティア、三人分の取皿と箸とフォークを用意して着席。

 

「「「いただきます!」」」

 

 カウンター席にバットを置き、それを囲むように白銀、ラティア、ノーツの順で。白銀とラティアの挨拶に見様見真似でノーツが合わせて三人そろってのいただきます。

 そして白銀は箸で、残り二人はフォークで唐揚げを手に取り口の中へ

 

 カリッ、ジュワァ……

 

「はふっはふっ……っん〜!! 最っ高!! とっても美味しいわ!!」

「は? 美味っ! 衣カリカリ過ぎだろ! 肉汁溢れ過ぎだろ!? どうなんってんだシェフ殿よぉ!?」

「やべぇうめぇ、美味すぎて語彙力が死ぬ。さすが俺、うめぇ」

 

 揚げたてで口の中が火傷しそうなのにも構わずに、カリッカリの衣を破るとやって来る、溢れんばかりのジューシーで濃厚な肉汁のスープ。

 噛み締めれば鶏肉の本来の旨味と漬け込んだ醤油ベースの調味料の風味が合わさって甘く旨い。二度上げしたことによって焦がし醤油の香ばしさが強まり、ニンニクと生姜の香りと一緒に鼻を抜けた。

 中はみずみずしく、ぷりっとしつつも柔らかい、しかし表面の鶏皮は衣と一緒っでカリッと仕上がっており、そのバランスはまさに絶品。

 あっという間に一つ目を完食した三人は、そのまま二つ目へ。そこで白銀は悪魔の調味料を取り出した。乳白色の粘性の高いソース、幾多の人々を中毒に陥れた調味料。

 

 そう、マヨネーズである。

 

「ここで味変カンフージェネレーションってな!」

「マヨネーズ! 絶対に美味しいヤツなのだわ! 流石ハクギン! 天才ね!」

 

 例の焼きそばの件ですっかりマヨラーへと成長を遂げたラティアは目を輝かせた。

 そして、二人は欲望のままに取皿にマヨネーズを盛り、唐揚げにつけて一口。

 

「「まずい訳がない(わね)!」」

 

 口を揃えて相違う二人に感化されたマヨネーズ初心者のノーツ。二人に習ってマヨネーズをつけた揚げたての唐揚げを口に運んだ。

 そして口内に広がる、旨味の暴力。マヨネーズの酸味が良いアクセントになって肉汁の甘みが際立ち、ただでさえパンチの強い唐揚げの味がさらに濃厚になる。醤油ベースの唐揚げだから、その相性はもはや説明不要だろう。古来より醤油とマヨネーズの食い合わせは最高なのだ。食指を刺激すること間違いなし。

 

「米が欲しくなるな、コレは」

 

 ノーツのポツリと呟いたその一言は、この場にいる三人共通の思いだった。

 ニヤリと白銀が笑みを浮かべて立ち上がり、キッチンから炊飯器を取り出してその蓋を開ける。白い湯気が立ち上がって白っしろな銀シャリが姿を表した。

 

「もちろん用意してるぜ! 炊きたてごはーん! 欲しい人ぉ!」

「はいはいはーい!」

「俺もくれ!」

 

 ご飯を器いっぱいによそって、それぞれに配る。

 しっかりと味のついた揚げたての唐揚げで、ご飯が進まないわけもなく、少し多めに炊いていたご飯はあっという間に空になり、三人はお腹いっぱいまんぷくで満足して手を合わせたのだった。

 

  ◇

 

「で、ノーツ。実際はこんな所までやって来て何が目的なのよ」

 

 三人で協力し手早く後片付けを終え、白銀の入れた食後の緑茶で一息ついていると、ラティアがズズッとお茶を啜ってからノーツにそう問いかけた。

 

「ん? 普通に飯食いに来たんじゃないの?」

「……怪しいのよね。ノーツはお姉さまに頼まれる以外では絶対に庭園から離れようとしないほどの引きこもりニートなのに、わざわざ面倒なわたしの連行を終えたのにも関わらず庭園に戻らないなんて。絶対何か目的があると思うの」

「チビッコの癖に鋭いな、あとニート言うな」

 

 そう言ってノーツは白銀の方を向いた。

 

「まぁ、少し私用でシェフ殿に頼みたい事があってな」

「俺に? なんだよ?」

「なに、なんてこと無いんだけどよ。アンタの作ったクッキーのレシピが知りたいってだけなんだ」

「クッキー? 別に構わねぇが、何でまた。食った事ねぇだろうがよ。今日が初対面だし」

 

 変な事聞くもんだなと白銀がクエスチョンを浮かべていると、隣でラティアが大きなため息を吐いた。

 

「はぁぁ……あいっ変わらずね、あなた」

「どしたラティア嬢、どゆこと?」

「どうせアイリお姉さまの為でしょ? おおかたこの前ハクギンから貰ってたクッキーをお姉さまが気に入ったんでしょ。で、それを何時ものお茶会のお菓子としてのレパートリーに加えたいと」

「おいおいチビッコ、それじゃまるで俺があの無表情姫の事が好きでたまらない見たいじゃないか」

 

 ラティアの指摘に肩をすくめて反論するが、それを鼻で笑いラティアはさらに言葉を続ける。

 

「昔、気まぐれで育てたお花をお姉さまが一度褒めてからというもの、本職そっちのけで庭仕事に没頭したあなたが今更何言ってるのよ。ノーツって本当は庭師じゃないのよ、もともとって言うか今でもノーツの城での正式な身分は王国騎士団の副団長」

「え? そうなの? 庭師じゃないんってか副団長ぉ!?」

「そう、庭師じゃないの。ノーツ・ガードナー、王家に代々騎士として仕える由緒正しきガードナー家の長男なの。まぁ当の本人は、ただのお姉さまが大好きな人、もっと直接的な言い方するならお姉さまのストーカーなんだけどね」

「ちょ、まてチビッコ」

「だいたい、あなたのその三つ編みだって昔お姉さまがしてあげてからずっと自分でしてるじゃない。お姉さまとお揃いだし」

「おいやめろ口を閉じろチビッコ、勘違いも甚だしいぞ、シェフ殿マジで違うからな、いやマジで」

 

 片手で顔を覆ってラティアに待ったをかけるノーツ、そんな彼の様子をみて、ラティアはすごくいい笑顔を浮かべた。

 

「何が勘違いなのかしらノーツ? あなたが日頃からつけているお姉さまとの交換日記のこと? それともあなたの部屋にあるお姉さま専用アルバムの事かしら?」

「ふぁ!? 何でその事しってんだよ!」

「お姉さまに聞いたら楽しそうに教えてくれたわよ?」

「あのシスコン無表情ポンコツ姫がぁ!?」

 

 ラティアに次々と暴露されるノーツの秘密。白銀はその様子を見ながら、ノーツに同情していた、不憫すぎる。そしていきいきとした笑顔で、ここぞとばかりに暴露を続けるラティアに、コレは前々からノーツの弱みをかき集めてたなと、そしていつか今までの仕返しをしてやろうと考えてたんだな、と何となく察した。

 

「まぁ、あんまり人の秘密をバラすなってラティア嬢」

「でも実際その話を聞いてハクギンはどう思った?」

 

 流石に助け舟を出した白銀だったが、ラティアにそう問いかけられ、正直に言っていいものかノーツに視線を向けて悩む。もはや耳まで真っ赤にして机に突っ伏しているノーツ、今日会ったばかりの相手に赤裸々な秘密を知られたのはとても同情するが、するけど、それを差し置いても。

  

「正直……ちょっと引いた」

「グハッ!」

 

 白銀のその一言で完全にKOされたノーツと、嬉しそうにやったわ! と白銀にハイタッチを求めるラティア。

 ラティアのハイタッチに応じながら、ただの屍になったノーツをみて白銀は、今度クッキーだけじゃなくアイリ嬢が好きそうな甘い菓子のレシピ教えてあげようと思ったのだった。

 

  ◇

 

「………………」

「ノーツ? そんなとこで何して……あぁ、アイリ嬢のストーカーね」

「シェフ殿か、違うわボケ誰かストーカーだよ」

「せめて首だけでもこっち見てから否定しろよ、説得力皆無すぎて正直引く」

「……うるさい」

「アイリ嬢はストーカーから観察されてるなんて露知らず、見る限り、ラティア嬢と楽しげに話してるみたいだな。……何話してんだろ?」

「……ラティア、これ……お菓子、作ってみたの。良かったら、一緒に食べない? って言ってら。チビの方は知らん」

「………………引くわぁ」

 

 ストーカーも物理法則を無視するらしい。

 

 




 ノーツ・ガードナー(19)
・自称庭師の王国騎士団、副団長。
・大地の加護を持っていて、地属性の魔法で敵を蹂躙する(なお、現在は土いじりに活用されている模様)
・好きなものはアイリーン、得意な事は読唇術(アイリーン限定)





ほんと更新遅れてすいませんでしたぁ!!
完結までだいたいあと半分くらい、時間はかかるかも知んないですけど完結は絶対にさせますので、いましばらくお待ちください。
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