異世界と言えども季節は巡る。白銀が城で過ごすようになって既に数カ月、ミスティモア王国の季節は夏本番を迎えていた。
照りつけるは灼熱の日差し、窓を開けても生温い微風しか吹かず、気休めにと設置した風鈴の風情ある音色は「あぢぃ死ぬぅ」と愚痴る部屋の主の弱々しい声とともに、生命力溢れるセミ達の大合唱によってかき消される。
とどのつまり、白銀のパラダイスとも言える専用厨房は、ここ数日の異常気象で地獄へと化していた。
そんな蒸し風呂の様な場所にも関わらず、食欲のため料理を作るのは流石というか馬鹿というか。その上、何故あえて石窯でピザを焼くなんて、さらに気温を上げるような暴挙を行なったのか、料理バカの思考は相変わらず謎すぎる。
いつもの様に遊びに来たラティアが、厨房の地獄の様な室温に眉を顰め、ピザを必死に焼くバカを発見して驚愕の声を上げたのは想像するに容易いことだった。
すぐさま彼女は回れ右をして厨房から脱出。向かうは自身の姉、水魔法のスペシャリストであるアイリーンの元。
可愛い可愛い妹であるラティアの頼みとあれば例え火の中水の中、灼熱地獄ですらもなんのその。ラティアからのSOSを受け取ったアイリーンは二つ返事で了承し、ついでにその場にいたノーツと一緒にラティアに連れられ、再び厨房へ。
そして、熱々のピザを必死に食べながら汗をダラダラかいている馬鹿のため、連れられた二人は魔法を駆使して部屋にクーラーの役割を果たす魔石を錬金し、ようやく厨房が人が過ごせる温度になったのだった。
「ふぅ、ようやく涼しくなったわね」
「あー、サンキュー、生き返るぅ。あ、アイス食う?」
「えぇ……頂くわ」
「おう、ありがとさんシェフ殿」
「わーい、ありがとうハクギンって! なんでわざわざ石窯でピザ食べてたのよ!!」
そんな至極真っ当なラティアのツッコミに「今日の昼はピザの口だった。仕方ない」と返答する白銀に、ノーツとアイリーンは苦笑い、ラティアはありえないわと頭を抱えた。
「相変わらずだなシェフ殿よ。チビッコから話を聞いたときは耳を疑ったぜ。アンタ絶対馬鹿だろ」
「ん……あのままだと、熱中症になるわ……」
「そうよ! わたしが気付いたから良いけれど、白銀が倒れたら困るのは私なんだからね!」
三人から責められるような視線を向けるれながら、小言を言われるのは流石に効いたのか、すまん次からは気をつけると謝罪の言葉を述べる白銀。
その言葉を聞いて、ラティア達はひとまず矛を収めるのだった。
「まったく、本当に気をつけてよね?」
「というか、よくあの室温の中で食欲沸くよな。凄いわ」
「フッ、いついかなる時も俺の食欲がなくなる訳ねぇじゃん。俺だぜ?」
「謎理論なのに凄い説得力だわ」
「……けれど、夏バテしてないなら……良かったわ。本当……最近、暑いから」
白銀お手製アイスクリームに舌鼓を打ちながら、厨房に設置された畳に座りこみながら駄弁る四人。
はじめこそラティアしか訪れなかったこの場所だが、ここ最近だとよく見慣れた光景だ。
「わたしは少し夏バテー、今年の夏はおかしいわ!」
「チビッコが夏バテねぇ、夏だろうと冬だろうと関係なく騒がしいのがチビッコだろ?」
「なっ! 相変わらずノーツはれでぃに対して失礼ね!」
「……実は、私も……ちょこっとだけ」
「ここ数日で気温上がったもんな、ちゃんと身体休めて水飲んで気をつけろよアイリ」
「なんでアイリお姉様には優しいのよ! ノーツのあんぽんたん!!」
「夏バテかぁ……」
ノーツの露骨な扱いに憤慨するラティアの横で、白銀は今夜の晩飯の事を考えていた。
そして、先程から話題に上がっている夏バテと言うワードで思い出す。そういえばこの前市場で購入したアレがあったなと。
「じゃあ今夜はスタミナつけるためにモツ鍋でもするか」
「もつなべ? ……鍋っ!? またそんな熱いものをっ!? こんな暑いのにっ!? おバカなの!?」
「おいおいドMかよシェフ殿」
「……えっと。……頭に、治癒魔法かける?」
先程の前科があるため、三人は白銀に対して何言ってるんだコイツと散々な言葉を投げかける。
「いや! 今回はマジで夏バテ防止になるんだよ!」
「本当に? 暑さで頭がぱぁになっちゃってない?」
「どんだけ信用無いの俺……」
「まぁ、さっきの狂行見てたし仕方ないよな。日頃の行いだ」
流石の白銀も、取り付く島もないノーツの言葉にガクリと肩を落とした。
「ちゃんと栄養豊富でスタミナのつく料理だ。鍋だからあちぃけどアイリ嬢とノーツのおかげで涼しくなったから全然食べれると思う。いや、むしろモツ鍋は暑いときこそ食べるべきだと思う」
「……そこまで言うなら、いいわ。そのお鍋、わたしも食べて見たい!」
「あ、シェフ殿よ二人分追加で」
「んだ。なんだかんだ食うんじゃねぇかよ」
そうと決まればと、頭の中でどんなモツ鍋しようかとイメージを膨らませる白銀。こう言った作る前にあれやこれや考える事も白銀の楽しみの一つだった。
そんななか、先程からずっと何か考える様にしていたアイリーンが口を開く。
「ヨネクラ……二人じゃなくて、三人分……追加でお願い」
「へ? 三人分? アイリ嬢二人分食うの?」
「食べないわ……ただ、もう一人だけ、呼びたい人がいるの。……いいかしら?」
「いや、別に構わんが。誰呼ぶん?」
「……お父様」
「は?」
「お父様よ」
◇
「……あ゛ぁあ、疲れた。もう私は働かんぞ!」
聖ミスティモア城の中枢、きらびやかに彩られた王座に、一人の男の情けない声が響いた。
男の名はルシアン・ミストラル、この世界有数の貿易国家、ミスティモア王国の国王その人である。
国王は激怒した、ただでさえ首が回らないほどの激務の中、さらに自分の仕事を増やしてこようとする奴らに激怒した。具体例を上げるならば、スキあらば自国から金を搾り取ろうと模索してくる他国の老害愚王共、何度失敗しても懲りもせずに攻撃を仕掛けてきては、消して少なくない被害を及ぼしては帰ってゆく魔王軍、そして極めつけは最近巷で噂になっている、勇者を自称する冒険者達による問題行為の数々である。
「勇者、勇者ァ……何故彼らは問題しか起こさぬのか。村を守ったかと思えば馬鹿みたいな報酬を求めたり、その無駄に高い能力で生態系破壊するまでモンスター倒したり、魔王軍の侵略を塞ぎに来たかと思えば連携が取れずに足引っ張る……。いや、勿論ちゃんとした者もいる事は分かってる。今度ウチで歓迎パーティー開く勇者は三大魔獣の『
ぐだぁっと椅子に寄りかかり、感情に身を任せて叫ぶ国王の様子に、燕尾服を来たお髭の老人、執事長のリカルドは眉間に指を押し当てて、深いため息を吐いた。
「……国王、いくらこの場にいるのが私だけだからといって、その様な王らしからぬ言動はどうかと」
「硬いこと言うな、リカルド。たまにはこうやってストレス発散しないとやってられないのだ、国王なんてものは」
「今月に入って三度目の発狂ですが?」
「私はストレス社会が悪いと思う」
一通り叫んでスッキリしたのか、国王は椅子に座り直して、膝に両腕を立てて寄りかかり、両手を口元に持っていくと。真剣な目をして、先程から鋭い視線を向けてくる執事長の方を向いた。
「という訳でリカルド、今日から私、二日程休むから」
「無理です、先程ご自分で忙しいと言われてたじゃないですか。赫狼討伐の報酬の手続きとか、勇者の歓迎パーティーの準備とか、魔王の侵略による被害の後片付けとか、あと通常の執務も当然ながら沢山あります。やる事が山積みで休む暇なんてないですよ」
「……そんな現実の事なんて聞きたくなかった」
国王は再び椅子からずり落ちて寄りかかり、無駄に高い王座の天井を見上げた。
「……娘成分が足りない」
そしてそんな頭の悪い事を呟いた。執事長がまたかとため息を吐く。
「アイリーン……ラティアァ……、私の可愛い可愛い可愛すぎる娘達との交流が圧倒的に足りない、癒やしが足りていない!」
「別に毎日顔を会わせているではないですか」
「あんなのただの挨拶でしょうが! 私はもっとちゃんと触れ合いたい! 親子の絆を深めたいわけだ! 本当、ここ数ヶ月忙しくて食事だって一緒に取れてない、きっと娘達も寂しがっているだろう! いや! 間違いなく寂しがっている!」
「いいえ、アイリーン様は相変わらず暇さえあれば庭園で過ごされておりますし、ラティア様も最近は例の厨房へ入り浸っておりますので、王が心配する事は無いかと。だから早く執務に取り掛かってくださいまし」
「あ゛あぁァアン!!? そんな事実は存在しませんけどぉ!?」
一体どこのヤクザだと言いたくなるようなメンチ切りを繰り出してブチ切れる国王、絶対にカタギの顔じゃない。
「アイリーンとラティアが私を放置して、ガードナー家の小僧や例の料理人にかかりっきりなんて事実は存在しない、存在しないったらしない!」
「現実を見ましょう国王、そして仕事をしてください」
「口を開けば仕事仕事仕事仕事、お前は本当に頭が硬いのぉ、先月もラティアが城を抜け出した時、こっぴどく叱ったそうだな。ラティアがそう言っていたぞ、まぁ……その会話が最後のまともな会話で、一ヶ月前の事なんだがな! ラティア! もちろんアイリーンも! パパは寂しいぞ!」
「はぁ……本当鬱陶しい人だな」
普段は歴代でも稀に見る賢王として、その優れた手腕を振るい、ミスティモア王国を繁栄へと導いているのだが、こと自身の娘に関係する事だとこうも鬱陶しい人になるのだから本当に勘弁してほしい、そう思いながら執事長は深いため息を吐いてボヤく。
「誰が鬱陶しいだ! 不敬じゃないかい? 国王だぞ?」
「なら少しくらいは国王らしい態度を見せてくださいよ本当に、ほらちゃんと椅子に座る。次に来られる隣国の大使との面会を終わらせれば次の予定まで時間がありますので、その時にでも姫様方に会いに行ってください」
「分かった、早くその者を呼ぶといい。どうせくだらん金の話だ。ハリーハリー」
「先方にも予定がありますので大人しく待っててください。暇なら書類仕事を片付けて貰ってもいいのですよ?」
「心得た!」
娘との会話のためならと、素直に執事長の言うことを聞く国王。何時もなら絶対に休憩中に仕事なんてやらないのに、娘パワーは恐ろしい。
これでようやく落ち着きましたねと、執事長が内心ホッとしていると、コンコンと王の間に控えめなノックが響く。
国王のペンを動かす手がビタリと止まり、その様子を見た執事長はノックの主が誰なのかだいたい分かってしまい、また仕事が進まないなと、再びため息を吐いた。
「失礼します、お父様」
扉から姿を表したのは、先程から話題に上がっている国王の二人の愛娘の一人、第二王女のラティア・ミストラル。
赤いリボンの映える銀色のツインテールを揺らしながら、ニコニコとやってきた。
「どうした? ラティア」
先程までの疲れ切った表情をキリッと正し、娘の前で情けない姿は見せられないと凛々しい態度でラティアに話しかける国王。
自身の父親の先程までの情けない叫びなんて露ほども知らないラティアは、彼女の前ではいつも通りカッコいいお父様をの姿を見て、にこぱぁっと笑顔を咲かせてこう言った。
「お父様、今日の晩ごはんは皆で一緒に食べませんか?」
「もちろん良いともマイエンジェル」
愛しの愛娘にそう誘われて、断れる父親がいるだろうか、否いない、いる訳が無い。この後の予定とか仕事とかそんなのかんけぇねぇ! と国王は脊髄反射でイエスと答えていた。
そんな父親の回答を聞いてより一層笑顔のましたラティアは、「嬉しいわ! じゃあ午後七時にハクギンの厨房にいらして! 残りのお仕事頑張ってね!」と言い残してパタパタと王の間をあとにする。
「…………リカルド」
「はぁ」
「私の娘可愛いだろ?」
「あ、はい。ソウデスネ」
あぁ、なんて良い娘なのだろうか。世間の年頃の娘は父親を邪険に扱うと聞くが、家の娘たちに限ってそんな事はあり得ない、いつまでもお父様大好きっ娘でいてくれ! とそんな事を考えながら、先程とは比べほどにもならないスピードで書類を作っていく。
午後七時には執務終了、これはもはや決定事項だった。
◇
「ただいま!お父様喜んでくださったわ!」
「ありがとう……ラティア」
お父様を誘うなら私がお願いしてくるわ! と言ってラティアが厨房から駆け出してから数分後、笑顔で戻って来た彼女をアイリーンはよしよしと頭を撫でながら迎え入れた。
アイリーンからの提案を要約すると、最近激務で疲れているであろう父親が体調をすぐさないように、スタミナのつく料理を食べてもらいたいと言う事らしい。なんとも父親冥利に尽きるような健気な思いやりだと、白銀が思っている傍ら、顔を青くしている男が約一名。
「どしたノーツ。顔が死んでるぞ」
「……大丈夫だ、問題ない」
「それは大丈夫じゃねぇやつのセリフだろ!?」
虚ろな目をしてそう呟くノーツ、心なしか震えながら大丈夫大丈夫と繰り返していた。
「あぁ、いつもの事だから気にしなくていいわよハクギン。ノーツはお父様が苦手なの」
「苦手というか、目の敵にされているというか。ぶっちゃけ怖いんだよあの人」
「どんな人だよ」
王女である姉妹に対する敬意の感じられない態度から、どちらかと言えば肝の太い男であるノーツがここまで苦手とする姉妹の父親、つまりはこの国の国王とはいったいどんな人物なのか、白銀は若干の不安を覚える。
「まぁ、本当に大丈夫。今日はもう一人犠牲者もいるから大丈夫。平気だ」
「そか、よく分からんけど分かったわ」
「あぁ、オッサンにビビってみすみすアイリとの晩飯を逃してたまるかよ」
相変わらず物事の中心がアイリーンであるノーツに無理すんなよと告げ、手早く髪を縛り袖を捲りあげてから、モツ鍋の準備に取り掛かる白銀。
「よっしゃ、じゃあ下ごしらえしていきますかね。ラティア嬢、今日も手伝いありがとな」
「ええ! 今日はお父様もいらっしゃるんだもの、頑張っちゃうんだから!」
「……頑張ってラティア」
きっちりとエプロンを着けて準備を完了したラティアは、両手をぐっと握って小さくガッツポーズ。
そんなラティアにカウンター席から声援を送るアイリーン嬢、その隣でぐったりとしているノーツを一瞥して、白銀は棚から土鍋を取り出した。
「取り敢えず出汁を取ろう、出汁を」
取り出した土鍋に水を入れて、火をかける。そしてそこに、予め荒削りされた鰹節を投入した。
「この鰹節は大きいわね、前のはもっとひらひらしてたと思うんだけど、こっちはさらに木の皮みたいな感じがするわ」
「あぁ、今回はトッピングじゃなくて出汁を出すためだからな。具材の味に負けないようなしっかりとした鰹の風味を出すために荒削りを用意したわけよ。で、このまま中火で十分くらい煮出していく。もちろんアク取りながらな」
「はい! アク取りなら私でもできるわ!」
「んじゃ、アク取りはラティア嬢に任せるわ。その間に俺は他の準備をしようかね」
そう言って、冷蔵庫から取り出すは今回のメインであるお肉。マルチョウだ。
「そう言えば、お鍋なのは分かったけれど、モツ鍋ってどんなお鍋なの?」
「……体力がつくって言ってたから、お肉?」
そんな初歩的な疑問を聞いてくるラティアとアイリーンに、白銀は「そう肉だ」といって取り出したマルチョウを二人に見せた。
「へぇ、変わった形のお肉ね。何のお肉なの?」
「牛のモルモン、つまりは臓物だな」
「……ふぇ?」
「もっと詳しく言うなら小腸、牛の小腸を裏返して輪切りにしたものだな」
「えぇ!? これ内臓なの!?」
「……た、食べれるの?」
「モチのロンよ、だから言ってんじゃん"モツ"鍋って」
臓物のモツだなんて誰も分かんないわよ! とツッコミを入れるラティア。普段は表情筋がぴくりともしないアイリーンでさえも驚いた様子だ。
「ははっ、俺も初めてモツが内臓って知ったときゃビビったな」
「驚くわよ、普通そんな部位は売ってないでしょ?」
「いや、最近は庶民の間で割とメジャーらしい」
「……そう、なの? ノーツ」
ラティアの疑問に答えたのは白銀ではなく以外にもノーツだった。
「ああ、普通なら内臓なんて捨てちまう所だろ? だから安価で手に入るらしい」
「そーらしいな、そもそもルーツも貧しい炭鉱のおっちゃん達が安くてスタミナの付くもんを試行錯誤した結果出来た料理って説もある。市場で買ったらメッチャ安かったから結構買っちったぜ」
「……ノーツ、よく知ってたわね」
「まぁ、俺も食べた事はないけれどな」
「美味しいの? ハクギン」
「マジで超絶めちゃくちゃ美味い。カニに並んで俺の好物トップ10に余裕で入るくらい美味い。初めて食った瞬間から内臓食べる系男子になるくらいには美味い」
「そ、そうなんだ」
怖気づきながらも、ラティアはまじまじとマルチョウを観察していた。
「ま、このままだとちょいと癖が強いかんな、だから軽く下茹でして余分な脂と臭みを飛ばすわけよ。既に下茹でされたもんもあるけど、それだとモツの甘みとかプリプリ感がでないからな」
水を入れた片手鍋を火にかけて沸騰させ、そこにモツを投入する。
「あんまり茹で過ぎても旨味が落ちすぎるから、一分くらいでザルに取ってやるといい」
「ハクギン、出汁もそろそろいい頃合いだと思うわ」
「おっけ、了解」
ラティアからそう告げられた白銀は、さっとモツをザルに上げて、ラティアが担当していた土鍋の方を確認する。鰹節の良い香りがした。
「うん、いい感じ。じゃあ鰹節を取り出してくれ」
「分かったわ」
白銀に言われたとおり土鍋から出涸らしの鰹節を取り出してゆくラティア。白銀はその間にスープの味を決める調味料を合わせてゆく。
「モツ鍋といったら醤油と味噌だが、今回は素材の味を活かすあっさりとした醤油ベースのスープにするぜ。醤油とみりんを一対一の分量で鍋に入れ、あとは塩で味を整えてやればスープの完成だ」
「かなりシンプルなのね」
「モツや入れる野菜の旨味がしっかりしてるかんな、このくらいの方がクドくなくてちょうどいいんだよ」
小皿にスープを少し入れ、味を確認。鰹の出汁が上品に香る、いい塩梅だ。
「そして、最後に野菜を切って準備は完了だ。ラティア嬢はそこに置いてあるキャベツを全部一口サイズにちぎってくれ」
「分かったわ! 丸々一玉って結構な量だけど沢山入れるのね」
「んだ、基本的に野菜はキャベツとニラだけだからな。モツ鍋のメインは当然の如くモツ。一応変わり種でトマトとか入れるのもあるみたいだけど、個人的な好みで野菜はスープの味が薄まりそうな水気の多いものは避けて、シンプルに王道のキャベツとニラをたっぷり、アクセントでニンニクと鷹の爪を入れてやれば完璧だ」
そう言いながら、たっぷりのニラを五センチ間隔で切り分け、ニンニクと鷹の爪は薄くスライス。
そしてラティアのちぎったキャベツから順に、ザルに取っておいたモツ、ニラ、ニンニクと鷹の爪を土鍋に入れてやれば準備完了。
「あとは火にかけてやればいつでも食べれるぜ、完成だ」
「あっという間に完成したわね! 早くお父様来ないかしら!」
「……初めて、食べるから。少し……ワクワクするわ」
「………………南無」
モツ鍋の完成に盛り上がってる三人を見たノーツは、白銀に向かって十字を切るのであった。
◇
時は過ぎて約束の午後七時。
白銀は思った。なるほど、コレはノーツが怖いと言ったのも頷けるわ……と。
「お父様と晩ごはんなんて久しぶりね!」
「……えぇ、最近忙しそう、だったから。本当……久しぶり」
「ははは、そうだなラティアにアイリ。糞ガk……ガードナー家の愚そk……倅と、何処ぞの馬のほn……泥棒ねk……ヨネクラくんも今日は招待してくれて嬉しく思うよ(ギロリ)」
「「…………ハハ、ドーモ」」
姉妹の父親、国王ルシアンは口ではそう言うが、二人へと向けられた射殺さんばかりの眼光は『貴様らは呼んでねぇんだよあ゛ぁん?』と雄弁に語っていた。
突然、初対面の国のトップから向けられる負の感情に、白銀は先程から何か意味深な態度をしていたノーツに小言で問いかける。
「おい、どうなってんだ。敵意どころか殺意向けられてんじゃん!? 俺なんか不敬になる様な事した!?」
「いや、シェフ殿は悪くねぇ。……チビッコにここに連れてこられた時点で絶対に避けては通れない運命みたいなもんだと諦めるしかしかねぇ。俺はもう諦めた」
「何それ理不尽」
国王目線で言うならば、愛娘達とのディナー楽しみにしていたら、その娘達を誑かす害獣二人が付いてきたが為の殺意の眼光なのだが。それを差し引いても誰がどう見ても殺意が高すぎる、大人げない、国王の威厳なんてものは無い、娘二人から見えない位置で睨みつけてるあたり器の小ささが窺えた。
「さぁお父様、さっそく晩御飯にしましょう? 私も手伝ったんだから!」
「なんと! それはとても楽しみだ」
「……そうね、こっちよお父様」
そして皆揃って円形のテーブル席へと着席する。
これ以上国王の機嫌を損なわせない為、転生前のマナーを意識して下座へと座る白銀、その隣に何時もの様に特に何も考えずに座るラティア、そしてその妹の隣に当然のようにアイリーンが座って、そんな彼女に言われるがままノーツがその隣に座り、そして残った席、つまりは白銀とノーツに挟まれた席に国王が座った。
白銀、国王、ノーツというの最悪の並びが出来てしまったわけだ。殺意の波動のレベルが一気に四くらい跳ね上がる。
「お、おいアイリ」
「アイリぃ? 随分と馴れ馴れしくウチの娘を呼ぶんだなノーツ?」
「ッ! あ、アイリーン様……席変わってくださいませんか?」
「……いやよ、ラティアの隣は、渡さないわ」
「(空気読めよこのシスコンがっ!)」
「ら、ラティアじょ、様も俺と席に交換しません? てかしてください」
「え? まぁ、いいけど。何か口調が変じゃない?」
「マジで! やった「ほぅ、つまりは二人に挟まれて両手に花と言うことだね? ほうほう、ヨネクラくんは随分と怖いもの知らずなんだね」やっぱこのままで良いです!!」
万事休す、絶対絶命。どうあがいてもこっから先の大逆転などありえない、そうノーツは思っていた。
が、何事にもイレギュラーと言うものは存在する。ノーツ自身が思っている以上に、白銀と言う男は食事が大好きで、モツ鍋と言う好物を前にした彼が、いい意味でも悪い意味でも空気を読むはずが無かったのだ。
「じゃあ、さっそくいただきましょう? ハクギン、早く火を付けて?」
「お、おう」
ラティアに言われ、簡易コンロに火を付けて鍋の蓋を開ける。
コレでもかと言うくらいに盛られたキャベツとニラの緑の丘に、散りばめられた鷹の爪の差し色、ぷるぷるとして美味しそうなモツ。これぞモツ鍋と言わんばかりの王道のモツ鍋がそこにはあった。
ふつふつと煮ること数分、湯気が上がるとともにニンニクとニラの食欲をそそる香りが鼻孔を刺激する。モツの油がスープに溶け出し、美味しそうな輝きを放つ。何より主役のモツがぷるっとはちきれんばかりに膨らんでいた。
そして当然、それを見た白銀のテンションが上がらない筈が無いのだ。
ふつふつとスープがするたびに白銀のボルテージもふつふつと上がっていく。脳内は既に目の前の美味そうなモツ鍋に支配されていて、モツ鍋を食す上で邪魔な悩みなど不必要と判断していた。
「…………よっしゃ! 完成!! 鍋よそってほしい人ー!」
「はーい!」
結局『国王なんて知るか、今はモツ鍋じゃい!』 と、そんな不遜も甚だしい事を思ったが最後。すっかりいつも通りのテンションに戻った白銀は今までの遠慮を吹き飛ばすかのように、声を張り上げそう皆に問いかけた。
もちろん、暴力的なまでに食欲のそそる香りを振りまいていたモツ鍋に心を踊らせていたのは白銀だけではなく。ここ数ヶ月ですっかり食道楽の影響を受けたラティアは我一番に手をぴしっと掲げ返事をする。
「はい、ラティア嬢召し上がれ。ほら! ノーツもアイリ嬢もあと王様もボサってしてねぇで器寄越して! 俺がついじゃるから!」
「……えぇ、お願いするわ」
「う、うむ……」
「ははは……流石シェフ殿だな」
あっという間にモツ鍋を皆に配膳し終えた白銀。先程と打って変わった彼の態度に、国王は毒気を抜かれ、ノーツは呆れて笑った。
「んじゃ、手を合わせていただきますっと!」
「「「いただきます!」」」
「……コレは極東の風習か、彼は中々に興味深い事を知ってるんだな」
「……えぇ、食べ物に感謝するらしいの。……素敵よね」
「……そうだなアイリ、私もいただくとしよう」
娘たちに習って国王も手を合わせ、いただきますと感謝を示す。気に食わない男の作った料理だが、食材に感謝を示すその心は素直に素晴らしいものだと思った。
まぁ、だからといって気に食わないモノは気に食わない。なので少しでもマズかったりしたらまた嫌味でも言ってやろうと、かなり性格の悪い事を考えながら、満を持して自身によそわれたモツ鍋を口に運ぶ。
瞬間、旨味の衝撃を受けた彼は目を開いて驚きをあらわにした。
「むっ!?」
最初の口当たりはふわっと、ぷりぷりの食感と一緒にホルモン特有の甘い油が舌の上で解けた。そして、噛めば噛むほどに濃厚な旨味が口の中にジュワっと広がってゆく。国王ルシアン、四十五歳にして初めて味わう味だった。
すかさず二口め、今度は野菜と一緒に食べてみる。キャベツの甘みとホルモンの甘みがニンニクとニラの香味野菜と相まってなおのこと匙が進んだ、鷹の爪のピリ辛さもいいアクセントだ。
「これは、驚いた。凄く美味いな……」
「美味しい! え? すっごく美味しいわ! キャベツとニラとの相性もバッチリ!」
「……肉汁ですっごくジューシ、けど……味付けはさっぱりしてて、とても上品な味わい」
「あ、駄目だ。美味い、美味すぎるってシェフ殿。コレ最近まで捨てられてた部位ってのが本気で信じられない、馬鹿じゃねぇの!?」
ラティア達も三者三様のリアクションを見せている。そして、先程から一心不乱に黙々とモツ鍋を食していた、自称内蔵食べる系男子が器を空にして声高らかに「美味いッ!」と叫んだ。
「美味いッ! その上タンパク質やビタミンなどの栄養満点でスタミナに良くて更にはコラーゲンも豊富で美容にもいい! そして当然めちゃくちゃ美味い! モツ鍋最高だろ!」
「美容にいいのっ!? ハクギン本当!?」
「あたぼうよ、モツ鍋に不可能はねぇ!!」
「いや、普通にあるだろ、確かにめっちゃ美味いけど。あ、シェフ殿お替り」
「……私も、お願いするわ」
「はい! 私も私も!」
「りょーかいっと、王様もお替りよそいましょうか?」
「……うむ、頼む」
すっかり白銀のペースに飲まれた国王は、何だか負けた様な気分になりつつも素直にお椀を白銀に渡す。先程までの殺気がまるで嘘のよう、モツ鍋の魅力恐るべし。
そんなハイペースで五人が鍋をつつけば、あっという間に具が無くなるのは当然のことで、名残おしそうにラティアが「すぐ無くなっちゃったわね」と呟く。
「おいおいラティア嬢、鍋といったらシメがねぇと終われない、これ常識」
そう言って、白銀が取り出したのはちゃんぽん麺。これまたモツ鍋のど定番のシメだった。
スープだけとなった鍋にちゃんぽん麺を投入し、しっかりと煮込んでから皆につぎ分けていく。
「いただきます!」
目をキラキラさせながらシメの完成を待っていたラティアが、我一番にと麺をチュルチュルと啜った。
モツの油や野菜の甘みが贅沢に溶け込み、味わい深く育った極上のスープが中太の麺によく絡み、つるっとした食感で先ほどとはまた違った表情を見せていた。
「あのスープに麺入れて食べて、美味しくないわけが無い、美味しくないわけが無いんだよ」
「……もちもちしてて、美味しい。凄く食べやすいわ」
「なるほど、モツ鍋か。初めて食べたが一度で二度も楽しめるとは」
「シメは麺以外にも雑炊とかの択があるのがにくいところだぜ。あと醤油以外にもこってり系の味噌味とか旨辛いやつも捨てがたい」
「雑炊も絶対に美味しいわよ! 次はお味噌が食べてみたいわ!」
美味い美味いと言いながら、これまたあっという間にちゃんぽん麺も完食。
すっかりお腹いっぱいになった頃には、国王の機嫌はすっかり治ってしまっていた。美味しいものを食べてご機嫌になるあたり、この親子は完全に似たもの親子だった。
◇
「すっかりご馳走になってしまった。ごちそうさまヨネクラくん」
「あ、お粗末様です」
さて、久しぶりの娘との交流をなんだかんだ楽しみながら、お腹いっぱい美味しいご飯を食べた国王。先程とまでは打って変わってかなりご満悦だった。
初めこそ、要らぬ二人のお邪魔虫が付いてきた事が原因でものすごく荒れていたが。白銀の人なりに触れ、料理の腕を知った今だと、まぁガードナーの小僧はともかくこの料理人については邪険にする必要は無いなと感じていた。
理由は単純、あの短い時間のやり取りで国王が白銀という人間は基本的に料理しか興味が無い類の人間だと理解したからである。自身の愛娘が誑かされる心配がないほどの料理馬鹿だと理解したからである。
国王の人を見る眼が凄いのか、白銀の料理バカが凄いのか、多分どっちもどっちだと思われるが、とにかくそんな理由で国王の白銀に対する態度は軟化していた。
「ヨネクラくんは、かなり料理が好きなんだね」
「好きといいますか、生きがいといいますか。自分の人生の最大のテーマ見たいなもので」
「そうか、そうか……ちなみになんだが、ヨネクラくんは料理以外に興味がある事は無いのかね? 例えばその……恋愛とか?」
「恋愛? あんまり興味ないんですよね。それで飯が美味くなるなら別ですけど」
そう言ってカラカラと笑う白銀。さり気なく探りを入れてみた国王は、そんな白銀の相変わらずな回答に内心ホッと息を吐く。国王の中で白銀の立ち位置が、害獣から人畜無害な料理上手な青年に大幅昇格した瞬間である。
「なるほど素晴らしい職人魂だな! 料理の腕も文句なしの一級品、是非これからも我が城で腕を奮ってもらいたい!」
「ね? 私が言ったとおりでしょ? ハクギンの料理はとっても凄く美味しいんだから!」
「あぁ、ラティアの言ったとおりの人物だったよ。こんな美味しいものを食べたのは久しぶりかもしれない」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
先程の殺意の波動なて無かったかのような、手のひらねじ切れんばかりの態度の変化に戸惑いつつも褒められた例を言う白銀。その横でラティアはまるで自分が褒められたかのような誇らしげな笑みを浮かべていた。
そんな国王の様子に、食後の緑茶を飲んでいたアイリーンがそんなにお父様が彼を気に入っているならと、こんな提案を持ち出した。
「……ねぇ、お父様。ヨネクラに……今度のパーティのお手伝いをしてもらったら?」
「おお! それはいい提案だアイリ!」
「パーティ? 何、誰か誕生日なんすか?」
「……違うわ。来週、城で開かれる勇者の歓迎パーティよ」
「へぇ、勇者なんているんすねぇ」
「ハクギンの料理がパーティに並ぶなんて、凄く喜ばれると思うわ!」
そう他人事の様に呟いた白銀は、「いいっすよ、食事作ればいいのよね?」と軽いノリでパーティの手伝いを承諾。
その答えを聞いたラティアは「やったわ! うんと美味しいものをお願いね! なんたってパーティなんだから!」と喜びをあらわにしたし、アイリーンも嬉しそうに微笑む。
そして肝心の国王は、勇者の歓迎パーティの話が少しでも進んだことに喜び、また彼の料理が食べれるのかと内心少し期待していた。
「それじゃあ名残惜しいが、私は執務が残っている。ヨネクラくん、パーティの件楽しみにしている」
「うっす、了解です」
「ラティアにアイリーンも今日は本当に楽しかった、また時間がある日にでも、ゆっくり彼のご飯を食べようじゃないか」
「……うん、楽しみにしてる」
「またねお父様!」
そう言って娘達に見送られながら厨房を後にする国王。
娘達との一ヶ月ぶりの食事と、優秀なシェフとの出会いにご満悦な彼の足取りは軽いものだった。
本当に始めこそ彼とラティアとの関係を危惧していたが、自分で言うのも何だか、彼は一国の王を前に王よりも食事に集中する男だ、何かとんでもないきっかけでも無い限り、娘と良い雰囲気になって、あまつさえ恋愛に発展するなんて事は無いだろう。と、完全にそう納得した国王は今日はいい日だと結論づけ、また再び王の職務へと戻ったのだった。
「………………これは、多分また荒れるな」
そして、先程から黙って存在を消し、厨房の片隅で国王からの殺意から逃げていたノーツ。これから起こりうる事態に一人呟いた。
確かに、国王が思っている通り、今はラティアのハートが白銀に捕まれる事態には陥っていないし、白銀自体もラティアを恋愛対象として見てない。
が、どう考えてもラティアの胃袋は白銀にガッチリと掴まれていた。こと食事に関しては絶対に掴んで話さないレベルの惚れ具合だった。
とある一説によると異性を落とすのはまずは胃袋からと聞く。この事実に国王が気づいてないのは幸か不幸か、確実にいつか爆発するこの地雷に気がついている人間は、残念なことにこの場においては、ずっと国王の地雷を踏み抜いているノーツしかいないのだった。
「パーティか、何作ろう」
「はい! 焼きそばがいいわ!」
「……ケーキが食べたい」
そして等の本人はパーティのメニューを考えることに盛り上がっており、ノーツの心配なんて微塵も察知できていなかった。
そんな彼を見て、本日二度目となる十字を切るノーツだった。
◇
「城でパーティ!? 無理っす! 嫌っす! 他の勇者が行けばいいじゃないっすか!」
「へ? 赫狼討伐の功績……? いや! 倒してないっすから!なんか懐かれただけっすからぁ!」
「俺はひっそり暮らしたいの! 田舎でのんびりと美味しいもの食べて余生を過ごしたいの!」
「え? 駄目? 強制参加?……マジっすか」
「はぁ……パイセンのご飯が食べたい」
勇者の願いが叶うまであと少し。
ルシアン・ミストラル(45)
・髭をはやしたダンディなおっさん(国王)
・好きなものは娘達、嫌いなものは娘達を誑かす者
もう本当にいつもながら投稿が遅れてしまって申し訳ないです。
次回からようやく起承転結の"転"の部分に突入します、必ずや完結させてみせますので今しばらくお待ちください!