異世界にて食道楽。   作:枕魔神

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なんとか今年の内に投稿出来ました。
気がつけば文字数は何時もの倍に……何はともあれ最終回です!


お弁当と料理馬鹿。

 二週間程前に新鮮なドラゴンが食べたいからと、突然西部の村へ向かった白銀が、先程意識不明の状態で王宮へと救急搬送された。その事を聞いたラティアは、元々まったく身の入って無かった勉強をほっぽり出して、一目散に彼の元へと駆け出した。

 銀の艷やかなツインテールを揺らしながら、王宮の長い廊下を走るその表情は、焦りと不安に塗りつぶされている。

 

 『夢蟹(むかい)

 

 白銀達がドラゴン討伐に向かった所に現れた、赫狼(かくろう)に並んで三大魔獣と恐れられる魔獣の一角。その山の如しその巨大なハサミは、ありとあらゆる物を切断すると言われているが、それだけなら三大魔獣と人々に恐れられる様な魔物ではない。

 夢蟹の何よりの特徴は、夢蟹が滝のように吐き出す大量の泡だ。その泡に触れた者は、その夢蟹と言う名前の通り、夢の世界へと永遠に閉じ込められると言われている。

 

 そんな化け物に襲われた、戦う力の無い白銀が意識不明で運ばれた。夢蟹の泡に侵されたと考えるのは至極当然の思考回路だった。

 

「はぁっ、はぁっ……お願いっ、無事でいて! 勝手に居なくなるなんて、許さないんだから!」

 

 ラティアは息を切らしながら、あの料理人の無事だけを祈って走った。

 最初はとても美味しい料理を作る変人だと思っていた。王宮に呼んだのも、またあの料理を食べたいと言うだけの理由だった。しかし、いつもどんな時でもラティアを温かい料理で迎え入れてくれた白銀。一緒に料理したり、時には市場へでかけたり、この数ヶ月ずっと一緒に過ごしてきた変人料理人は、既に彼女にとって欠かせない存在となっていた。

 ただ、無事でいて欲しい。このままお別れなんて悲しすぎるわ!そう、ラティアは思いながら、医務室への扉を開いた。

 

「ハクギ──ッ!!」

 

 しかし、そんな願い虚しくラティアの目に映ったのは、神妙な顔をして俯いているノーツ、真斗、アイリーンの三人。

 そして、ベットに横たわった白銀の姿だった。

 

「……うそ」

 

 その場にへたりと座り込むラティア。

 現実が受け入れられなかった。意識不明は誤報で、いつものように「よっすラティア嬢、お菓子食う?」とヘラヘラ笑って声をかけて欲しかった。

 

「嘘なんかじゃない、これが現実だ」

 

 ノーツの無情な声が聞こえる。ラティアはいやいやと首を振った。

 

「相変わらず、コッチでも馬鹿だったんっすよ。パイセンは」

 

 真斗の力の抜けた声が聞こえる。ラティアの瞳から大粒の涙が溢れた。

 

「……まさか、ドラゴンアレルギー……だったなんて。しかも……自覚症状が、出ても……食べ続けたなんて」

 

 アイリーンの呆れた声が聞こえる。ラティアの瞳から涙が引っ込んだ。

 

「ふぇ?」

 

 どっドラゴンアレルギー?

 予想していたかった単語にラティアは、つい間抜けな声を漏らした。

 

「ど、どうゆうことなの? アイリお姉さま。ハクギンは夢蟹の泡にやられたんじゃ無いの?」

「……私もそう思って、できる限りの治療をしようと、やって来たのだけれど……」

「実際はただのドラゴンアレルギーが原因だったって事だ、帰り際にシェフ殿がぶっ倒れてからすぐに搬送したから、今はアイリの治癒魔法でぱぱっと癒やして治療終了、目覚めるの待ちってなわけ」

「えっ? え!? じゃあ! 夢蟹は!? 夢蟹はどうなったの?」

「あぁ、蟹はパイセンに触れた瞬間にめっちゃ爆発したっすよ」

「ははっ、アレは見物だったな」

「えぇええええ!!?」

 

 真斗曰く、白銀は特殊能力(転生特典)として超蟹特攻なるものを持っているらしく、蟹の事に関してはアレルギーだろうが何だろうが関係なしに、無類の強さを発揮するらしい。まさかの、ただの飾りだった転生特典のファインプレーである。

 

 なので、哀れ夢蟹は白銀の手により瞬殺。

 当の本人は自分が三大魔獣の一角を倒した事なんかよりも、突然現れた巨大な蟹を爆発四散させてしまったせいで食べれそうなところが無くなった事を嘆いていたらしい。

 

 しかし、そんな白銀の内心とは関係なく、突如村を襲った化け物を瞬殺した彼は、いわば村人達からしたら英雄そのもの。歓迎のパーティには村の名物料理である、ウィングリザードの串焼きが当然振る舞われたそうな。

 そして、元々ドラゴンを食べに来ていた白銀それはとても喜んで、蟹のショックから立ち直ったそうな。

 塩コショウの効いた、ジューシーなドラコン肉を一心不乱に食べ、食べ、食べて。若干皮膚が痒くなっても気にせずに食べまくった白銀は、当然の如く帰路の途中で意識を失い今に至るらしい。

 

 その話を聞いたラティアは思った──

 

「え、えぇ……おバカなの?」

 

 ──と。

 

「そうだよな、バカだよな」

「馬鹿っすね」

「……馬鹿……よね」

 

 他の三人もラティアの意見に賛同する。満場一致、反論の余地もない四連続馬鹿コールだった。

 

「……あんたら、黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。酷えなぁオイ」

 

 そんな馬鹿コールに反応を返すは、いつの間にか目覚めていた料理馬鹿。むくりと起き上がって大きくアクビをする。

 

「ん?よっす、ラティア嬢お久しぶり。あ、お土産のお菓子食う?」

 

 そして、ラティアを見つけると、まるで何もなかったかのように笑ってお菓子を勧めるのだった。

 

 そんな反省の色が伺えない白銀の様子に、呆れや、喜び、安心、そして怒り等の沢山の感情がごちゃまぜになったラティアは、

 

「……か」

「ん?」

「ハクギンのばーか! 料理馬鹿!! 超絶変人!!!」

 

 バチーンッ!!

 

 強烈なビンタを白銀に食らわせてノックアウトさせた後に、医務室から出ていくのであった。

 

   ◇

 

「で、アレからチビッコの奴ここに来てないって訳か」

「……あ、あぁ。そうなんだ」

 

 すっかり体調は全快したため、再び厨房にこもりきりになった白銀の元を訪れたノーツは、そう言って出されたお茶を啜り、白銀は覇気のない声で答えた。

 そう、あのビンタから一週間、ラティアは厨房に一度も現れていない。

 

「だからそんなテンション低いんっすねパイセン」

 

 ノーツと一緒にやって来た真斗も、目に見て分かるほどに落ち込んでいる白銀を見てそう言った。

 

「けど、アレはどう考えてもシェフ殿が悪いな。まず倒れた原因が最悪だ」

「そうっすね。そんな最悪な原因の癖にラティア様への第一声がアレなんて、空気読め無さ過ぎて最低っす。さっさと反省して謝るっすよ」

「うっ、流石にアレは俺も反省した。だからさ、謝ろうとはしてんだけどよぉ、避けられてんだよなぁ」

 

 二人から非難の言葉を浴びせられるが、一応、かなり鈍い白銀でも、あのビンタからラティアの怒りを察し、すぐさま謝ろうとしていた。

 だが、そもそも謝ろうにも、この広い王宮でラティアを探すのは、基本厨房ばかりに居る白銀には至難の技であり、例え見つけたとしても、彼女持ち前の身体能力で逃げられてしまう。

 

 これには白銀も堪えた、生前から料理の事ばかりでコミニュケーション能力の欠如したボッチ学生だった事が、今になって完全に裏目に出ていた。

 

「その上、最近メシが美味くなくてよ。ありえねぇ、この俺が作ったメシが美味くないどころか、何なら不味いまであるんだぜ? こんな時にスランプとか勘弁してくれぇマジで」

「いや、逆にこんな状態だからスランプになってるんすよ。気付けよパイセン」

「てか、言うほど腕自体は落ちてなくないか? この茶請けの菓子だってシェフ殿の自作だろ?」

 

 そう言ってノーツは茶菓子を一口。感想としては、まったく味に違和感は感じなかったが、ノーツがその事を伝えると、白銀はそんなわけ無いと反論する。

 

「アレルギーで味覚が馬鹿になったとかってありえねぇ?」

「この国随一の治癒魔法の使い手であるアイリが治してるんだ、本人も言ってたし後遺症は絶対に無いな」

「えぇ……なら、なんでさぁ意味わかんねぇよ」

 

 テーブルに突っ伏して落ち込む白銀、そんな彼の様子に真斗は呆れたように深いため息を吐いた。

 

「はぁああああ……、マジで言ってるっすよこの人。どう思うっすか副団長さん?」

「どうもこうも、飯の事しか基本考えてないから、その他の思考回路が錆びついてるんじゃないか? 」

「マジそれっすよ! 唐変木と言うかなんというか、鈍感系主人公なんて今どき流行んないっすからね! パイセン!!」

「え? 何、お前ら原因わかんの?」

 

 本気で理由がわらからないクソ鈍感系主人公は、藁にもすがる思いで、友人と後輩にすがる。

 分かるのは分かるが、はたしてコレは自分が伝えて良いものかと思うノーツとは裏腹に、白銀を生前から知ってる真斗は、黙っていたら一生自覚しないと確信していた。

 なので、言い淀むノーツに自分が責任を持って告げる事をアイコンタクトで伝えて、言葉を紡いだ。

 

「ぶっちゃけそれ、ラティア様と会えないから寂しくてご飯どころじゃないだけっすよ」

「は?」

「どんだけラティア様が好きなんすか、あの超絶変人腐れ料理馬鹿野郎が料理どころじゃなくなるなんて相当重症っすよ」

「はぁあ!!?」

 

 白銀は、歯に衣着せぬぶっちゃけ過ぎた真斗のカミングアウトに、目玉を見開いて叫ぶ。

 

「ありえねぇわ! 馬鹿言っちゃいけねぇよ! 俺がラティア嬢をすっす、好きなんて事があるかい!」

「一瞬で顔真っ赤にして、凄く初心な反応しといて何言ってんだシェフ殿」

「そうっす、いい加減認めるっすよ。そもそもパイセンが他人を怒らせてヘコむ事なんて今まで無かったっすよね? 前までなら怒られようが何しようが、次の瞬間には晩飯のメニューを考えてましたよ。何なら怒られてる最中でもご飯の事しか考えてないっすよ」

 

 相変わらず辛辣な真斗の分析。

 白銀とて、ラティアの事は好ましく思っている事は自覚していた。問題は、その好ましく思っているの範囲が、いつの間にか米倉白銀と言う人間の大部分を占める料理や食事に関する事よりも、大きくなっていた事、それを後輩の口から無理やり自覚させられた事である。

 しかし、思い返せば、思い返さなくても心当たりがあり過ぎる白銀。真斗の言葉を認めたくないが「……確かに」と同意する事しかできなかった。

 

「まぁ、その好きがLikeかLoveかは俺等の知ったことじゃ無いっすけどね」

「つまりシェフ殿は何にせよ、さっさとチビッコに謝って仲直りすんのが吉って事だ」

「そうっすね。……あの何をするにも基本無頓着、青春なんて腹の足しにも成らないなんて豪語してたパイセンが。うぅっ、人間として立派に成長したっすね」

 

 わざとらしく涙を拭く真斗。そんな後輩の姿にイラッとしながらも、少しづつ二人に言われたことを納得してきた白銀。

 

「そうか、柄にもなく寂しいんか俺は……って、そう考えると、うわっ恥ず! 馬鹿じゃねぇの俺!? ガキかよ!」

「本当にそうっすよ、情緒教育が幼稚園で止まってるから自己分析ができないんっすよ」

「…………けれど、まぁとどのつまり美味い飯を食うにはラティア嬢が必須って訳だな」

「まぁ、そうなるな」

「おーけ、納得した。なんとかして許して貰えるように謝ってみるわ」

「そーしてくれ。このまま拗らせてついには料理すら出来なくなった何て事になったら、俺だって困るからな」

「パイセン、ファイトっすよ!」

 

 若干一名、含みの籠もった笑みを浮かべながらだが、ともかく二人から背中を押され、白銀の決意は固まった。

 このままスランプから抜け出せないと、リアルに死活問題に関わってくる。なので再び美味い飯を食べるため、そして何よりラティア嬢と仲直りするために、今すぐ行動するとしよう。が、その前に……

 

「まずは真斗、オメェをシバき上げるわ」

「なんでっすか!?」

「普段の雑な扱いの仕返しと、調子乗ってボロクソにシェフ殿をこき下ろしたからじゃないか?」

「そう、ノーツくん正解! 手なわけで歯ァ食いしばれぇ! 」

「だって事実じゃないっすか!?」

「事実だとしても必要以上にディスられたのは気に食わん。観念しろや」

 

 そうして、ノーツも唸る程のボディブローを繰り出した白銀。厨房には悲惨な断末魔が響いたのであった。

 

   ◇

 

 さて、時は同じくして庭園のバルコニー。そこでは王族姉妹の二人の密談が行われていた。

 

「うぅ……また昨日も逃げてしまったわ」

「……どんまい、ラティア」

 

 どんよりと気分を落ち込ませるラティアと、そんな妹を心配するアイリーン。

 ラティアはラティアで、どうやって仲直りすれば良いのか悩んでいたのである。

 

「……これで三度目?」

「ううん、四度目になるわ」

「……そう。……一応確認するけど、ラティアは仲直りがしたいのよね? ……謝ったって許さずに徹底抗戦を望んでいる訳じゃ無いのよね?」

「望んでいないわ!? もうっ! お姉さま分かっててからかってるでしょ!」

 

 そう言ってラティアはぷんすかと頬を膨らませる。

 

「そもそもハクギンが悪いのよ! 心配かけるだけかけといて、実際はただの自己管理不足で倒れたなんて! もっと自分を大切にして欲しいわ!」

「……確かに、その件はヨネクラが全面的に悪いわ。……だけど、謝罪はきちんとしようとしているのに、気まずくて逃げてるのはラティアだよ?」

「ぎくぅ、そうだけどぉ」

 

 姉に痛いところを突かれて、動揺するラティア。 

 あの後医務室から飛び出したラティアは、冷静になった後に、「勢いに任せてビンタしちゃったけど、よくよく考えたら病み上がりの人に全力でビンタするなんて、とっても酷いことしちゃったんじゃ無いかしら」と、自分の行動を後悔していた。

 そんな後ろめたさと、あんなに怒ってしまった手前、引っ込みがつかなくなってしまったラティアは、この一週間ずっと白銀を避けている。

 

「さっさと仲直りすれば良いのは分かってるんだけど、ハクギンを目の前にすると身体が勝手に逃げちゃうの」

「……でも、ずっと逃げてちゃ、もっと仲直りし辛くなるわよ?」

「うぅ、そうよね。……はぁ、なんであんなに怒っちゃったんだろう。ハクギンは料理第一の超絶変人なのは良く分かっているはずなのに」

「……それは、ラティアがヨネクラの事を大切に思っているから……じゃないかな? そんな大切な人だから、心配するし……自分を大事にしなければ腹も立つし……後悔もするんじゃ無いかしら」

「そ、そうかしら?」

 

 ほんのり顔を染めたラティアに、アイリーンは「……えぇ、きっとそうよ」と微笑んだ。

 正直、アイリーンとしては複雑な心境だが、妹が寂しそうにしているのに、助けないなんて選択肢は彼女(シスコン)には無かった。

 そのため、そんな複雑な姉心を誤魔化すかのように、紅茶を一口飲んで、アイリーンは言葉を続ける。

 

「……だから、ちゃんとごめんなさいして、仲直りするべきだと……思うわ」

「……ハクギン、ビンタや逃げちゃった事を怒ってないかしら」

 

 ラティアはしゅんと俯きながらそう呟いた。

 そんな妹の不安を取り除くように、アイリーンはラティアの頭を撫でる。

 

「……大丈夫。ヨネクラなら、ラティアの気持ちを分かってくれるはず。……それは、ラティアの方が良く分かっているでしょ?」

「……うん」

「……もし、それでもヨネクラが許してくれなかったら、私に言って……ぼこぼこにしてあげるから」

「ふふっ、何それ。でも、ありがとう! お姉さま大好きっ!」

 

 アイリーンのぼこぼこにしてやる宣言を冗談と捉えたラティアは、ぎゅっと姉に抱きついて感謝を伝えた。これにはシスコンもご満悦である。

 

「じゃあ、さっそく準備しないと! お姉さまも手伝って?」

「……? もちろん良いけれど。何を準備、するの?」

「もちろん! ハクギンが喜ぶ物よ!」

 

   ◇

 

「それじゃあ! これよりハクギンと仲直りするために、お弁当を作るわよ! えいえいおー!」

「……おー」

「おっ、おーって、すいません、なんで俺は呼ばれたんっすかね」

 

 さて、庭園から場所は変わって、ここは王宮のキッチン。集まったのはラティア、アイリーンの王族姉妹、そして白銀のボディーブローを喰らって、廊下でダウンしていたところを回収された真斗の三人。

 ラティアの掛け声で拳を突き上げながら、明らかな場違い感が否め無い真斗は、なぜ自分が呼ばれたのか分からずに戸惑いをみせた。

 

「わたし、考えたの。ハクギンと仲直りするために、日頃の感謝も込めて何か贈り物をしようって」

「……それで、ヨネクラの好きなもの贈ろうってなったんだけれど、ヨネクラってご飯しか興味ないから」

「まぁ、パイセンに食べ物渡すのは妥当っていうか、それしか選択肢はないっすよね」

「わたし達もそう思ったわ、だから何を送るかは決まったんだけれども、そうすると一つ大きな、とっても大きな問題が発生したの」

「……ヨネクラに、手料理を送る事のハードルが……高すぎるわ」

「そうっ! わたし達が作るものよりハクギンが作った方がぜっっったいに美味しくなるの!」

 

 「同じ料理でも月とスッポンに絶対になるわ!」そう力説するラティアの言葉に、確かにあの人ほど手料理を振る舞い難い男もいないだろうと納得して苦笑いする真斗。

 

「でも、手作り弁当で一番大切なのは気持ちっすよ。なんで、そんなに肩に力を入れ過ぎなくてもいいんじゃないっすか?」

「普通の人ならそれで良いかもしれないわ。けれど、相手はあの料理魔人なのよ! 絶対に味に拘るに決まってる! 下手したらダメ出しだってありえるわ!」

「そ、それは……無いとは言えないっすね」

 

 現に過去、白銀から「二度とお前が一人で作った飯は食わねぇ」と戦力外通告を受けた真斗。流石にラティア相手に自分と同じような態度は取らないとは思いつつも、あの白銀ならありうるかもしれない、絶対に無いとは断言できなかった。

 

「……だから、そこで勇者様の出番」

「勇者さまならハクギンの好きな食べ物も知ってるわよね? 大好物だらけのお弁当ならハクギンもきっと喜んでくれるって寸法よ! ……たぶん!」

「もうそれ、食べ物以外を送ったほうが良くないっすか?」

「いいえ! 絶対に食べ物を渡したほうが喜ぶわ! 日頃の感謝も込めるんだもの、わたしにできる事は尽くすわ、妥協はしたくないの」

「……三人いれば、ヨネクラも納得するモノができるはず。できればノーツも呼ぼうかと思ったのだれけれども……」

「副隊長さん、夢蟹の後処理で兵士さんに連れてかれましたもんね」

 

 真斗は、先程まで白銀の厨房で一緒にいた、もとい実は厨房で自分を探す兵士達から隠れていたノーツが、自分の断末魔を聞いてやって来た兵士にあっという間に連れ攫われた時のことを思い出す。

 

「けど、まぁわかったっす! 俺に出来る事なら手伝いますよ!」

 

 このまま二人が仲違いをしているのは、真斗にとっても望むべきところではない。なので、快くラティアの申し出を受け入れるのだった。

 

「ありがとう勇者さま! じゃあさっそくお弁当の中身を決めていくわよ!」

「……まずは、主食よね」

「パイセンはパンよりも断然ご飯派の人間なんで、おにぎりとか好きっすよ」

「ふむふむ、ちなみに具材は何がいいかしら」

「梅とかシャケとかは定番っすよね……あと、あの人シンプルなのが好きなんで具材は無くて塩と海苔だけでも喜ぶっすよ」

「なるほど、参考になるわ!」

 

 真斗の言葉の一つ一つを用意したメモ帳に細かく記載していくラティア。

 白銀のために真剣に取り組むその姿に、真斗は「愛されてるっすねぇ」と心の中でごちるのであった。

 

   ◇

 

 おにぎりと、ウインナー、ミニハンバーグに玉子焼き。真斗の意見を取り入れた結果、お弁当の内容はオーソドックスでシンプルなものに決定した。

 

「よし! それじゃあ、いよいよ作っていくわよ!」

「……頑張って、ラティア。……味見は任せて」

「俺もこっから完全に戦力外なんで、ファイトっすよラティア様!」

 

 お気に入りのエプロンを装備し、腕まくりをしながら意気込むラティアに、料理できない組の二人が声援を送る。

 

「まずは、おにぎりから作って行こうかしら」

 

 そう言って、予め炊いていたご飯を適量ボウルに移し、火傷しないように気をつけながら、その小さな手に水と塩をまぶして丁寧に三角を作ってゆく。

 何を隠そう、おにぎりはラティアの得意料理の一つである。簡単で火や刃物を使わないため、白銀から一番初めにに教わった料理だからだ。

 

 あっという間におにぎりが完成。おにぎりの中身は、真斗の意見を参考にした塩と海苔だけの塩むすびと、梅干しとシャケ。色んな種類があったほうが喜ぶだろうと思っての判断だ。

 

「おにぎりはコレでいいわね!」

「……次は、ウインナーね。包丁を使うから、気をつけて」

「わかったわお姉さま!」

 

 取り出したウインナーの先端に切り込みを入れていくラティア。

 作っているのは所謂タコさんウインナー「見た目ってのは料理の大切な要素の一つ、特に弁当とか色んなおかずが入ってるなら尚更気をつけるべきでしょ。手間かもしれねぇが、そっちの方が食欲も湧くってもんだ」いつの日か白銀がそう言っていた事を思い出したラティアのアイデアだ。

 

「そして、フライパンで焼いて行くわ」

 

 ウインナーが焦げないように転がしながら火を通し、ある程度炒めて少し切り込みが開いてきたところで、切り込み部分をフライパンに押し付けるようにして更に広げていく。タコの足がカリッと焼き上がったら、最後に爪楊枝と黒ごまで目を作って完成だ。

 

「うん! 可愛くできたわ!」

「器用っすねぇラティア様」

「……ふふん、流石私の妹。タコさんウインナーもお手のものね」

 

 関心する真斗の横で自慢げなアイリーン。そんな姉の言葉にちょっと照れくさくなるけれど、動かす手を止めないラティア。先程のフライパンをそのまま使って、ハンバーグを作ろうとしていた。

 

「まずは玉ねぎね! お料理を始めたばかりの頃は、涙が出ちゃったけれど。今は平気なんだから!」

 

 さっと洗ったまな板の上で玉ねぎを半玉、みじん切りにしていく。そして、そのみじん切りになった玉ねぎを、油を引いたフライパンで狐色になるまで炒めていく。

 ここで焦って炒め方が足りないと、旨味成分出ないが、炒め過ぎてもコゲて苦味が出てしまう。

 

「玉ねぎはゆっくり弱火で炒めていく……これもハクギンが言ってたわねっと、このくらいでいいかしら」

 

 そう呟いて、すっかり狐色に変わった玉ねぎをボウルに移したラティア。

 

「じゃあ玉ねぎの粗熱をとっている今の間に、お肉の準備をするわ!」

 

 先程の玉ねぎが入ったボウルとは別のボウルに、ひき肉を入れ3つまみ程の塩を加え、たまに冷水を少し加えながら木ベラでこねていく。

 

「こう言うのって手でやるんじゃないっすか?」

「手でやっちゃうと、体温でお肉の油が溶けちゃうの。そうすると塩がちゃんとお肉と混ざらないから結着しなくて、硬いハンバーグになっちゃうの」

「……でも、手のほうが楽よね? 木ベラ、重くない?」

「確かにお姉さまの言うとおり、そうなんだけど。ハクギンには美味しいものを食べて欲しいから……頑張れるの」

「健気っすねぇ」

「……わかるわ」

「も、もうっ! 別に普通のことよ!」

 

 二人から生暖かい視線を向けられたラティアは、誤魔化す様にそう言った後、粘り気が出るまで根気よくコネたミンチに、先程粗熱をとっていた玉ねぎ、卵、牛乳、ナツメグ、ブラックペッパーそして、粉々にしたお麩を加えて更に混ぜ合わせていく。パン粉よりお麩にした方が保水性が高まり、ジューシーなハンバーグになるのだ。

 

 そして出来上がったハンバーグのタネを弁当サイズに分けて、よーく冷やした手でキャッチボールをするかの様に空気を抜き、表面を滑らかに形成してスライパンに乗せた。

 

「最初は強火で一分!」

 

 ジューッと食欲のそそる音と共に、肉の焼けるいい香りが三人の鼻孔を刺激する。

 

「両面に焦げ目が付いたら、今度は弱火にして、蓋をしてから蒸し焼きにしていくわ!」

 

 ハンバーグがじっくりと火入れされているあいだに、ラティアはハンバーグソースも一緒に作くってゆく。

 鍋に水とケチャップと砂糖、ウスターソースを味見しつつ加えて煮詰め、最後にバターを一欠片加えて香り高く仕上げる。

 

「ソースはこんな感じでいいのかな? お姉さま、ちょっと味見をしてくれない?」

「……もちろん、いいわよ」

「はい、お姉さま。あーん」

「……あーむっ。……うん、私はもっと甘くて良いけれど、ヨネクラにはちょうどいいのではないかしら」

「ふむふむ、ありがとうお姉さま! じゃあコレで完成にするわね」

 

 アイリーンの意見を聞いて完成したソースを、コンロから取り上げたラティア。そのままフライパンの蓋を開け、蒸し焼きにしていたハンバーグに竹串を指して、内部にしっかりと火から通っているかを確認する。透明の肉汁が出てきたらハンバーグも完成だ。

 

「これでハンバーグも完成! あとは玉子焼きだけ、ハクギンの一番の大好物なのよね? 気合を入れなきゃ!」

「そうっすね、玉子焼きが好物なのは間違いないっす! 昔、究極の玉子焼きを目指して満腹になるまで玉子焼き作ったり、自分で鶏育てて卵生産してたりしてたっすよ」

 

 「ま、結局パイセンが完全に満足する玉子焼きはできなかったんっすけどね」そう言って肩をすくめた真斗。その言葉は、ラティアの闘争心をメラメラと燃え立たせた。

 

「それならより一層腕によりをかけなきゃね! 絶対にわたしの玉子焼きで満足させちゃうんだから!」

「……頑張ってラティア」

 

 やるぞー! と意気込むラティアは姉の声援を背に、さっそく玉子焼きづくりに取り掛かかる。

 

 玉子焼き。卵と調味料を混ぜた卵液を薄く焼いて巻いた、日本の弁当を代表するおかずの一つ。一見、簡単で単純な料理に見えるが、だからこそ一つのミスが大きなミスに繋がりかねない奥の深い料理なのだ。

 

 つまり、何が言いたいかと言うと。白銀に習って数ヶ月前から本格的に料理を始めたラティアにとって、玉子焼きを作ることは、ましてや白銀を満足させるレベルの物を作るのは一筋縄ではいかない、ということである。

 

「うぅ……またスクランブルエッグになっちゃったわ」

「……大丈夫よ、ラティア。また次頑張ろう」

「そうっすよ! スクランブルエッグでも味は美味しいんっすから!」

 

 コレで五度目の失敗。何度やっても綺麗な形の玉子焼きはできず、酷いときには今回みたいなスクランブルエッグが出来上がってしまう現状に、しょんぼりと肩を落とすラティアと、そんなラティアに励ましの言葉をかけるアイリーンと真斗。

 

「何がいけないのかしら、前にハクギンと一緒に作った時は綺麗に巻けていたのに」

「すいません、俺も調理に関しては全然わかんないっす」

「……ごめんね、私もわからないの」

 

 数十分前の盛り上がりが嘘のように、お通夜みたいな空気がキッチンに流れる。

 このままでは、何時まで経っても弁当が完成しない。しかし、白銀の一番の好物だとから言う玉子焼きをお弁当のメニューから外したくはない。そんな葛藤で頭を悩ませるラティア。そんな時だった、淀んだ空気を入れ替えるかの様に、キッチンの扉が不意に開く。

 

「あれ? アイリと勇者殿とチビッコ? 何してるんだ?」

「誰がやって来たのかと思ったら、なんだノーツか」

 

 ひょっこりと顔を覗かせたのは、現在夢蟹の対応に追われているはずのノーツ・ガードナー。また逃げ出して来たのだろう、簡単にそんな事が予想できるノーツに、ラティアは呆れた視線を向けてため息を吐いた。

 

「……ヨネクラに、お弁当を作っているの。ラティアが」

「へぇ、お前は料理できないし、勇者様が教えてるのか?」

「いや、俺も料理壊滅的なんっすよ。なんでラティア様が一人で作ってたんですけど……」

「はいはい、なるほど。それで変に力入って失敗しまくっているって訳ね」

「そのとおりだけれども、少しは気を使いなさいよ!」

 

 歯に絹を着せぬノーツの物言いに、失敗続きでフラストレーションが溜まっていたラティアが噛み付く。が、当のノーツはどこ吹く風で、先程失敗して出来たスクランブルエッグを食べている。

 

「へぇ、出汁が効いてて美味いじゃん。出汁が効いてるスクランブルエッグっては斬新っていうか攻めすぎだと思うけど。普通バターとかじゃないの?」

「本当はだし巻き卵の予定だったの! 分かってて言ってるでしょ!」

「へー、そうだったのか。分からなかったわー」

「すっごく白々しい!」

 

 いけしゃあしゃあとスクランブルエッグの感想を述べるノーツに、ふしゃーっと威嚇をするラティア。

 そんな警戒した猫みたいな自身の妹を、アイリーンはまぁまぁとなだめ、元凶のノーツをじっと見つめて言葉を続けた。

 

「……ノーツも、あまり大人気ない事をしないの」

「はいよ、一通りからかったからもう辞めるよ」

「……アイリーン様の言う事は素直に聞くんっすね、副団長さん」

「ノーツがアイリお姉さまに甘いのはいつもの事よ、勇者さま」

「……まったく、何か言いたいのなら……素直に言えば良いのに。ラティア相手だと、すぐにふざけるんだから」

「ま、からかい甲斐があるチビッコが悪いってことで」

 

 そう言ったノーツは、肩をすくめてラティアの方を向く。

 

「っな、何よ」

「ノーツお兄さんから、チビッコにありがたーい助言だ。心して聞けよ?」

「ふぇ? じょ、じょげん? ……ノーツは失敗しない方法を知ってるの!?」

 

 意外な人物からの意外な手助けに驚きが隠せないラティア。そんな戸惑うラティアの様子を面白そうに笑いながら、ノーツは得意げに話し出す。

 

「単純な話だ、チビッコにはシェフ殿が作るみたいなだし巻き卵はまだ早い。出汁と卵の割合は何にしてるんだ?」

「ハクギンがやってたのと同じで、1対1だけれども」

「普通に考えて出汁が増えれば巻きにくくなるだろ? あと、その割合で卵巻けるシェフ殿が異常なんだ。あれを標準だと考えるな。ただでさえ技術のいる料理だ、まだチビッコには無理だよ。以前、作った時も最初の方はシェフ殿が巻いたんだろ?」

「確かにそうだったわ」

「だろ? だからだし巻き卵はやめとけ、そもそも弁当に入れたら出汁が他のおかずを侵食するのが目に見えてる」

「あっ……ホントだわ!」

 

 そう言われると確かにノーツの言っていることは的を得ている。白銀の好物を入れることに重点を置きすぎて、お弁当ならではの初歩的なミスをしていた事にラティアは気がついた。

 

 出来立てはふわっふわっでとても美味しいだし巻き卵だが、時間が立つに連れて出汁が滲み出て来るため、お弁当に入れるには明らかに不向き。ましてや白銀が作るような出汁たっぷりの玉子焼きを弁当に入れるなんて、もはや他のおかずに対するテロ行為だ。

 

「普通の玉子焼きでも、シェフ殿なら大喜びすんだろ。あとはビビらないで強火でやる事、火加減の調整は卵焼き機を動かしてやる事、菜箸じゃなくて大人しくフライ返しを使う事。この辺守れていれば一応は形になると思うぞ。美味くなるコツとかは、どうせシェフ殿に聞いてて覚えてるんだろ?」

「……あなた、本当にノーツ? おかしいは、ノーツがこんなに親切な訳が無いもの」

「……ほぉ、せっかく手助けしてやったのに、いちゃもん付けてくるクソ生意気な口はコレか? あぁ?」

「痛い痛い! ごめんなさい! だからほっぺた抓らないで!」

「……ノーツ」

「あー、はいはい止めますよ。だからそんなに睨むなアイリ」

 

 アイリーンに言われて、ノーツはラティアの頬をつねっていた両手をパッと話した。

 

「うぅ……ぽっぺたがヒリヒリする」

 

 そう言って、つねられていた頬を擦るラティア。その瞳は潤んでおり、アイリーンからヨシヨシと撫でられて励まされていた。

 

「ははは、でも流石っすよね副団長さん。料理も出来るなんて、俺等だけだと完全にお手上げだったっすよ」

「ま、俺は紅茶に会う茶菓子がメインだけど。最近だとシェフ殿とも話すし、基本的な事はできるさ」

「……元々はノーツも、全然料理出来なかったんだけれど。私の為に、覚えてくれのよね」

「本当、お姉さまにだけ甘すぎる人だわ」

「うるさいぞ、そのお陰で解決したんだからいいだろうが」

 

 紅茶もお菓子づくりも庭仕事も、何なら騎士団に入って副団長の地位にまで上り詰めた事だって、元を辿れば全部アイリーンの為。そんなアイリーン大好き拗らせ野郎のアドバイスではあるが、問題が解決したのは事実。

 それならばさっそくと、今までのミスで遅れていた弁当づくりをラティアは再開させた。

 

「よし! そうと分かれば、今度こそ美味しい玉子焼きを作っちゃうわよ!」

 

 そう言って卵を取り出し、ボウルにの中に割って入れるラティア。リズミカルに卵黄と卵白を菜箸で溶きほぐしていく。

 これ以上ミスはしないと、今まで以上に集中していた。

 

「ここで泡をたてると、あとから巻いたときに空気が入って、中身がスカスカになっちゃうかもしれないから、泡立て器じゃなくて箸で卵白を切るようによぉく混ぜていくわ」

 

 そして混ぜ終わった卵液の中に、砂糖、醤油、みりん、少量の塩を加えて、溶け残りが無いように更に混ぜ合わせた。

 これも以前に白銀が作っていたレシピの一つで、砂糖の量を少なくする事で焦げ難くし、みりんや少量の塩を加えることで上品な甘さの玉子焼きが出来上がるのである。

 

「そして、出来上がった卵液を目の細かいザルに入れてこしていくわ」

「ここの工程は、さっきまでと一緒っすね」

「そうね。こす事で、卵を滑らかできめ細かくするの」

 

 ゆっくり溢れないように、三回程ザルでこして卵液の準備は終了。次はいよいよ問題の焼きの工程だ、ラティアはゆっくりと深呼吸をして、卵焼き機にサラダ油を敷き、強火で温めていく。

 

「そう、びびって弱火でやると、焦げはしないかもしれないけれど卵焼き機に卵がくっつくんだよ。だから巻きにくいし、巻けてもふわふわならねぇんだ」

 

 ノーツの言葉に耳を傾けながら、ラティアは手を卵焼き機にかざして温度を確かめる。十分に加熱出来てきたら、臆せずに卵液を三分の一、卵焼き機に流し込んだ。

 

「全体に満遍なく広げて、気泡が出来たらその都度潰していくわ。そして、表面が固まってきたタイミングで!」

 

 よいしょっ! の掛け声と共に、フライ返しで卵を卵焼き機の奥から三分の一折り返したラティア。今度は先程とは違って、卵がしっかりとしているので、破けずに成功した。

 

「やった! それじゃあこのままひと呼吸おいて、折り返した部分がくっつくのを待つわ!」

 

 そして待つこと十数秒、くっついたのを確認したラティアは、再びフライ返しで更にもう半分折り返す。コツを掴んだラティアは、今度も破けずに折り返す事に成功。

 小さくガッツポーズをして、綺麗に巻けた卵焼きの形が崩さないように慎重に玉子焼きの奥へと移動させた。

 

「そしたら、残りの卵液の半分を流し込むわ。卵焼き器を傾けて卵液を広げて、さっきの玉子焼きの下にもしっかりと流し込んで、くっつくのを待つわ」

 

 そうしたら、あとは同じ作業の繰り返し一回目同様二回目、三回目も卵同士がくっついたら折り返して巻いていくを慎重に繰り返していく。

 そうしたらあっという間に厚みを帯びた、立派な玉子焼きが姿を表した。

 仕上げに、玉子焼きの側面を卵焼き器に押し付けながら、焦らずにゆっくりと形を整えてあげれば。

 

「ハクギン直伝の玉子焼きの完成よ!」

 

 まな板の上に乗せられた黄色に輝く見るからにふわふわとした、美味しそうな玉子焼き。ほのかに香る醤油と甘い香りが食指を刺激する。

 まだ少し慣れていないからか、少し焦げ目はついているが、それでもこの場にいる全員が満足のいく出来上がりとなった。

 

 さっそく、今まで作っていたおにぎりやおかず達を、濡れ布巾をかぶせて玉子焼きの粗熱を取っている今の間に、丁寧に弁当箱に詰め合わせていく。

 おにぎりは三つ並べて左半分に、残りの右半分にハンバーグとタコさんはウインナー、彩りでミニトマトを添えた。

 

 最後に粗熱が取れた、この弁当のメインの玉子焼きをカットして空いているスペースに入れれば、ラティアの手作り弁当の完成だ。

 

「やったぁ! 完成したわ!」

「……おめでとう、ラティア。頑張ったね」

「すげぇ、美味しそうっすね!」

「チビッコが作ったにしては上等すぎる出来だな」

 

 わーいと全身で喜びを表すラティア。手伝ってきた三人も満足げな笑みを浮かべていた。

 

「洗い物は俺がやっておくっすから! ラティア様はパイセンの所に行ってきていいっすよ!」

「え!? でも悪いわ、わたしのお願いに付き合って貰ってるのに洗い物まで任せちゃうなんて」

「いいから、さっさとシェフ殿と仲直りして来いよ。じゃないと俺等がシェフ殿の飯が食い辛くなる」

「……ラティア、きっと大丈夫。だってこんなに頑張ったんだもの、喜んでくれるわ」

「みんな……ありがとう! じゃ、じゃあ! わたし、さっそくこのお弁当を渡して来るわ! けど、その前に……」

 

 そう言ってラティアは、白銀に用意した弁当箱とは別に三つ弁当箱を取り出すと、詰めきらなかった残りのおかずをさっきと同じように詰めてから、三人に手渡す。

 

「はい! これ、よかったらみんなの分のお弁当。本当にありがとうね!」

 

 そう言い残して、ラティアはいそいそと白銀の弁当箱を巾着袋に包み、白銀のもとへと駆けて行った。

 

「……いやぁ、パイセンの弁当一人分にしてはやけに沢山作るなって思ってたんっすけど」

「……途中で来た俺の分まで、ご丁寧に渡して行きやがったな」

「……聞いて、二人とも。……あの天使、私の妹なの」

 

 ラティアが去っていった後のキッチンには、暫くあいだ、暖かい空気が流れていたそうな。

 

   ◇

 

「ハクギンッ!」

「うわっ! 何っ!? 誰ってラティア嬢ォ!?」

 

 バンッと大きな音を立てて開かれた厨房の扉。勢いよくやって来た、銀色のツインテールのあの娘に驚きの声を上げるは、今の今まで出番がほぼ無かったこの部屋の主、米倉白銀。

 どうやってラティアと仲直りをすれば良いかと、一人で延々と悩んでいるところに、謝りたい張本人からの特攻である。白銀は思考が真っ白になった後にこう思った。

 

 あ、これ。焼き入れられるヤツだ、めっちゃ怒ってる……と

 

 やばいよ、めっちゃ怒ってるよラティア嬢。なんか顔が赤いし、腕を背中に回して何か隠してるし、今度はビンタじゃ済まなんじゃ、なんて事を考えている内に、ラティアは白銀の目の前までやって来くる。完全に、射程距離に入っていた。

 

「よかった、やっぱり厨房に居た。あっ、あのね、白銀。わたっわたし、話があるの」

「話?……あぁ、話ね。うん、実は俺もラティアに話たい事があったんだけれど」

「そうなの? あ、でもわたしから話して良いかしら! とっても大事な話なの!」

「も、もちろん! どうぞどうぞ!」

 

 ラティアの怒りを少しでも鎮めようと、すぐさま謝ろうと話を切り出したはいいが、秒でその逃げ道を塞がれた白銀。万事休す、打つ手なしである。

 しかし元はと言えば、無神経な事を言って、あの優しいラティア嬢をここまで怒らせたのは俺の責任だ。例えラティア嬢の背中に隠されてあるのがどんなものでも、その制裁を受けるのが、馬鹿をやらかした俺の責任なんじゃ無いだろうか。そう、思った白銀はすうっと息を吸って、覚悟を決めた。

 

「よっよし、いいぜラティア嬢。ばっちこい」

「そう? じゃ、じゃあ言うわね」

 

 緊張が二人の間を走る。ラティアも深呼吸して意を決した顔になると、背中から例の物を取り出して口を開いた。

 

「ごめんなs「本当にマジでめちゃくちゃ反省してます! 本当にすいませんでした! だからやっぱ痛いのは勘弁してくださいぃ!!」……ふぇ?」

 

 ラティアの謝罪の言葉を上書きするかの様に、ビビり散らかした白銀の謝罪が厨房にこだました。

 膝を折り、床に額を擦りつけ、ジャパニーズ土下座の姿勢で繰り出されたその情けない謝罪に、途中で言葉を遮られたラティアは、目を点にしてぽかーんと放心していた。

 

 そして、来ると思われた衝撃が何時まで経っても来ないことに不審を抱いた白銀が、恐る恐る顔を上げてラティアの様子を伺うと、目に入ったのは、ラティアの持っている巾着袋。

 

「……え? どゆこと?」

「こっちのセリフよ!?」

 

   ◇

 

「つーことは、カチコミに来たんじゃないのな?」

「そんなわけ無いじゃない!? 勘違いし過ぎだわ!」

 

 盛大に勘違いした白銀の土下座の後、先に混乱から回復したラティアは場を整え、なんとか認識のすり合わせをする事に成功。

 あろう事か百万歩譲っても完全に自分が悪いのに、自ら謝罪に来てくれたラティアを暴力少女扱いした事を嘆いた白銀が、再び土下座を繰り出すなんて事もあったが、何にせよ勘違いはしっかりと晴れた。

 

「そうか、そういう事なら、改めて俺の方から話があるんだが」

「えぇ、いいわよ」

「心配かけてすいませんでした!」

 

 白銀は勢いよくガバッと頭を垂れる。

 

「俺が無茶したら誰かが心配してくれたり、悲しむなんて事は、前までじゃほとんど無くてさ。いても真斗くらいなもんで、だからって訳じゃないけど完全に考えてすらなかった」

「……そうなのね」

「ラティア嬢にビンタ食らったときは目から鱗だったよ、涙目浮かべて倒れた俺より悲しそうでさ。なんで、ラティア嬢が泣かなくても良いように、以後は気をつけたいと思います。ホントごめんなさい」

 

 そう言って白銀は、また深く頭を下げた。

 真剣な顔をして白銀の謝罪を聞いていたラティアは、「分かった、許すわ」と謝罪を受け入れた事を白銀に伝えた後に、びしっと人差し指を突きつけて、「けれども!」と言葉を続ける。

 

「約束してハクギン。今後一切わたしに無断で、わたしの前から居なくならないで! あと、健康管理をしっかりとして!」

「あぁ、了解した。その約束は絶対に守るから」

「……うん! なら良いわ! わたしも思いっきりビンタしちゃってごめんなさい。廊下で会った時も逃げちゃってごめんね」

 

 白銀に続いて、今度はラティアがペコリと頭を下げそう謝った。

 

「いや、元はと言えば完全に俺が悪いんだから、ラティア嬢が気にすることじゃねぇよ」

「ううん、だとしてもやり過ぎだし、逃げた事に関しては王族として有るまじき失態だわ。だから、ちゃんと謝らせて欲しいの」

「おーけー、そういう事なら謝罪を受けるよ。全然怒って無いから気にすんな」

 

 手をひらひらと振って気にするなと告げる白銀に、ラティアは安心したのか、ほっと息を吐いた。

 

「良かったわ。実は嫌われてないか、少し不安だったの」

「嫌う訳ねぇよ、何度も言うよーに悪いのは俺だ。逆にラティア嬢には感謝しかねぇって、ありがとな心配してくれて」

「えへへ、どういたしまして。これで仲直りね」

「そぉだな、仲直りだ」

 

 二人はそう言って、照れくさそうに笑いあう。むず痒い雰囲気を誤魔化すように、白銀は先程から気になっていた事をラティアに訪ねた。

 

「……そーいや、その巾着何が入ってんだ? 来たときには隠してたけど」

「あ、すっかり忘れていたわ! 実はこれ、白銀と仲直りするために作ってきたお弁当なの」

「マジッ!? 弁当!? 作ったのラティア嬢!?」

「えぇ、いつも美味しいご飯を作ってくれるお礼も兼ねてるの」

 

 ラティアは巾着袋から件の弁当を取り出して、勢いよく、ぐいっと白銀に手渡す。

 

「絶対にハクギンよりは上手に出来てないわ、けれども、お姉さまも勇者さまも、あとついでにノーツも色々と手伝ってくれたの。だから、良かったら食べてくれないかしら」

「ああ! もちろんいただくぜ! てかラティア嬢の初の手料理だ、食わねぇって選択肢はねぇよ。本当にさんきゅーなラティア嬢」

 

 現在、どんな料理を食べても美味いと感じる事が出来なくなっていた白銀。

 しかし、だからと言って、緊張や不安からか少し震えながら弁当を渡してきた、健気なラティアを目の前にして、デリカシーゼロのこの男ですら「食欲ねぇから食べない、その弁当いらない」なんて全世界の男共からフルボッコ確定のクソみたいな発言が吐ける訳が無かった。

 それに、その事が関係なくとも、きっとこの一週間、一人で食べてきたどの料理よりも美味しいはずだという確信を白銀は持っていた。久しぶりに食欲が沸いている、ラティアのお弁当が楽しみで仕方がない。

 

 「いただきます」としっかりと手を合わせた白銀は、わくわくしながら弁当箱の蓋を開けた。

 そんな白銀の様子を、無意識の内にぎゅっと拳を握り込んだラティアは、そわそわと緊張した様子で見ている。

 

「おぉ! すげぇ!」

 

 綺麗に並べられた三つのおにぎり、ケチャップソースのかかったボリューミーなハンバーグと、可愛く飾り切りされたタコさんウインナー、しっかりと中身が詰まった厚みのある玉子焼きが詰められた、夢のようなラティアのお弁当に感動の声をもらす白銀。

 

「とっても綺麗に盛り付けてるなぁ、あと俺の好物ばっかだし……やべぇめっちゃ美味そう! どれから食べよぉか、ラティア嬢はどれがオススメだ?」

「そうね、一番気を使ったのは玉子焼きよ。ハクギンが一番好きだって聞いたから」

「なるほどなー、じゃあ玉子焼きは最後に食べるとして、ひとまずおにぎりからいただくわ」

 

 ラティアの小さな手で握られたからだろう、白銀がいつも自分で作るものよりも、少し小さめなおにぎりを一口頬張る。

 程よい塩気と、白米の甘みが丁度よいバランスで素材の旨味が十分に引き立てられていた。おにぎりで良くある握りすぎて米が固くなっているなんて事もなく、口に入れればふわっと柔らかく解ける。

 

「お、このおにぎりの具材は梅干しかぁ。種も予め除いてあって食べやすいし、その気遣いが憎いねぇ。やっぱ日本人はこれだよな」

 

 使われている梅干しは白銀お手製のもので、蜂蜜で漬けているためほのかに甘く、爽やかな酸味が白銀のおにぎりを食べる手を更に進ませた。

 白銀は気が付くと、あっという間に一つ目のおにぎりを完食していた。

 

「ありゃ、おかずに手を付けて無いのに食っちまったな」

「ふふっ、白銀ったら一心不乱におにぎりを食べてたわね。ひとまず、おにぎりは成功ね」

「あぁ、めっちゃ美味かったわ。それじゃあ残りの二つは一旦置いておいて、次はこのハンバーグをいただこうかな」

 

 そう言ってハンバーグを箸で切り分ける。難なく一口サイズに切り分けられたそれを、よくソースを絡めて口へと運んだ。

 熱々のものとは異なる、ぎゅうっと旨味が凝縮されたハンバーグは、柔らかくてとてもジューシー、噛みしめるたびに肉の旨味が溢れ出す。

 

「うめぇ。これは……米が食いたくなるやつだな」

「それなら、こっちのおにぎりは具材が入って無いわよ?」

「マジで!? さっすがラティア嬢分かってるぅ!」

 

 そう言われた白銀は、さっそく二口目をおにぎりと一緒に食べてみる。肉の油と米の甘みのマリアージュ、古来より上手いものは脂質と糖で出来ていると言われているとおり、当然、相性が悪い訳がなかった。

 

「はっ、あぶねぇ。またすぐに全部食っちまうところだったぜ。恐るべしハンバーグの魔力。もっとゆっくり味わって食べないともったいないもんな」

「よしっ、ハンバーグも満足してくれたわね! じゃあ次はこのタコさんウインナーをどうぞ?」

「丁寧に作られてるから食べるのが若干渋られるが、さて味の方はどうかな」

 

 ヒョイっとウインナーを箸で掴んで一口。皮から弾けた肉汁の旨味が白銀を幸せへと誘う。足の部分がカリカリに焼き上がっており、香ばしさも相まって、もうコレも美味いとしかし言いようがない。

 

「このタコさんウインナーってのは弁当専用のおかずって感じがするよな、普段だと普通に焼いて終わりだし。手間だけど、割と足の部分とかいいアクセントになるから好きなんだよな」

「わたしも大好きよタコさんウインナー、見た目が可愛いもの!」

「これがあるだけで一気に弁当の雰囲気が良くなるもんな。うん、これも美味しかったよ」

「ありがとう! タコさんウインナーも成功ね!」

「じゃっ、次はいよいよラティア嬢イチオシの玉子焼きだな。楽しみだ」

 

 早る気持ちを押さえつつ、白銀は見ただけでわかるほどにふわっふわっな玉子焼きに箸をつけた。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 意を決して口へと運ぶと、ふわっと甘い醤油の香りが鼻を抜け、優しい味で口の中が満たされる。滑らかな舌触りとふわっとした食感。

 

「……くぅ、うめぇ」

 

 絞り出すようにそう呟いた白銀は、更にもう一つ玉子焼きを食す。卵本来の味を消すことなく、コク深くも上品な味わいに仕上げられた玉子焼きに白銀は感無量だった。

 

「うめぇ、うめぇよラティア嬢。これってあのレシピだろ? なんでこんなにちげぇかなぁ……めっちゃ懐かしい味がする」

「ほんとう!? 嬉しいわ!」

「あぁ、本当に、本当に美味しいわ。すげぇな、俺よりうめぇ」

「そ、それは褒めすぎよ!」

「いや、真面目に。俺が初めて食った玉子焼きがさ、めっちゃ美味かったんだ……それがきっかけで料理にハマったんだけど、いっくら練習してもじいちゃんの作った玉子焼きになんなくてよ」

 

 思いだすのは、白銀の生前に彼の祖父が初めて作ってくれた玉子焼きの、あの優しい味。

 なんら特別な材料を使っていないはずなのに、その玉子焼きは筆舌に尽くし難い程に美味しく、そして何より心が満たされた。

 

「当然、あの玉子焼きと全く一緒って訳じゃ無ぇけど、けれど一番大切なとこは同じなんだよ、俺が作るのなんて目じゃねぇ。言葉にするのは難しいし、何言ってるのか訳わかんねぇと思うけど。とにかく美味い、ありがとうラティア嬢」

「ハクギンがまさか、そんなに喜んでくれるなんて思って無かったから……良かったぁ、勇気出してお弁当作って。わたしも美味しく食べて貰って嬉しいわ!」

 

 感動から薄っすらと似合わない涙目浮かべた白銀のお礼に、ラティアも心が温かくなって、自然ととても嬉しくなる。

 良く白銀はラティアに、本当に美味しそうに食べるなぁと言っていたが、ラティアからしてみれば、白銀こそ、またこの人に作ってあげたいって思わせるくらいに、美味しそうに幸せそうに食べる人である。そのくらい、この弁当を食べた白銀はここ数日のスランプなんて忘れたかの様に、とても嬉しそうだった。

 

 そんな事を思いながら、花が咲いたような笑顔を見せるラティアを見て、白銀は今日無理やり自覚させられた自分の気持ちを改めて自覚した。「あぁ、次は自分の料理でこの笑顔が拝みてぇなぁ」って思えた。

 

「なぁ、ラティア嬢」

 

 一旦箸を置いて真面目な顔をした白銀は、そう言ってラティアと向き合った。その今まで見たこと無い白銀の真剣な眼差しに、ラティアは何事かと背筋を伸ばして話を聞く姿勢を見せる。

 

「この一週間ほんと散々でよ、作る飯は美味くないし、食べるご飯はマズいし、食欲はほぼ無いし。で、何でかなぁってノーツ達に相談して、気づいたんだよ。どうやら俺、ラティア嬢が居ねぇと駄目みたいだわ」

「そっ、そう……それはっそのっ、よっようやくわたしのありがたみが分かったのね!?」

「そうだな、実際こんなにうめぇ弁当だって作ってくれて、凄くありがてぇや」

「ふぇえっ!?」

 

 まさか全肯定の言葉が帰ってくると思って無かったラティアは顔を真っ赤に染め上げて、激しく動揺した、そんなラティアの様子に小首を傾げながらも、更に白銀は言葉を紡ぐ。

 

「だからさ、さっきのラティア嬢との約束、今後一切無断で、ラティア嬢の前から居なくならないでってやつ。アレさ、絶対に守るから俺からも、お願いってヤツを聞いて貰っていいか?」

「えっえぇ、良いけれど何なの?」

 

 ラティアがそう言うと、白銀は深く深呼吸をした。茹だる頭で言葉を必死に選んで、緊張で上手く動かない無理やり口を動かした。

 

「すっげぇ恥ずいし、柄に無さ過ぎて鳥肌立ちそうなんだけど、今後この先ずっと……ラティア嬢が辞めろって言うまで永遠に、俺が毎日ラティア嬢の飯、作っていいか?」

「ふぇっ!? そっ、それってつまりッ!?」

「まぁ、つまりはそうゆー事なんだけどさ、どうかね。ラティア嬢だけの永遠専属料理人を雇う気はないか?」

 

 全く予想もしなかった白銀の言葉に、目を回して動揺するラティア。その手の免疫が無いのもそうだが、目の前にいる白銀の真剣過ぎる表情が、冗談では無いって事を物語っており、余計に混乱している。そして、何より混乱している要因は、突然過ぎる申し出なのにも関わらず、ラティアも「あ、それいいなぁ」って思った事である。

 

「あぅ……その、えっと」

 

 色々な感情が溢れて言葉にならない。もっと他にタイミングが絶対にあるはずだ、なぜ今なんだ、そもそもそんな素振りなんて見せたことも無いじゃないか等々、思うところは沢山ある。あるけれど……断るって選択肢は不思議と浮かんでこなかった。

 

「……そのっ! わたしっ!」

 

 湯気が出るんじゃ無いだろうかってくらいに顔を真っ赤にしたラティアは、覚悟を決めて白銀に思いの丈をぶつけようとする。

 

「そのっ! わたしも!」

 

 突っかけながらも、ゆっくりと、大切な言葉を紡ぐように。気持ちがきちんと伝わるように。

 

「わたしも! ハクギンがっ!(くぅ〜)……」

 

 不意に、最悪なタイミングで小さな腹の音が厨房に響く。それは小さいながらも、ラティアの一大決心の言葉をかき消すには十分な威力を誇っていた。

 

「……──ッ!!」

 

 その事を自覚した腹の虫の主は、先程までとは違う意味合いで顔を真っ赤させる。だれが悪いとは言わない、強いて言うならば、白銀が心配でここ数日禄に食事を取っていなかった事とか、そんなラティアの前で美味そうに飯を食べる白銀とかだろうか。

 しかし兎にも角にも、完全に、色々と台無しである。

 

「ふ、ふふふっ。あっはははは!!」

 

 そんな乙女の痴態を、腹を抱えて笑うデリカシーゼロの馬鹿。

 

「あー! 笑った! 酷いわハクギンのバカぁ!」

「いや、ほんとゴメンゴメン。そーいやラティア嬢の弁当はなかったな。そんなに腹ぁ減ってんなら、一緒に食べようぜ? 美味いぞこの弁当」

「うぅ……いただきますぅっ!!」

 

 やけくそに成りつつ、白銀から弁当を貰うラティアに、白銀はまた楽しそうに笑う。

 この二人の主従の関係が、一歩先へと進むには、まだかなり、かなーり長い時間を有するのであった。

 

   ◇

 

 街外れにある小さな泉の近く、ポツンと一軒だけ建っている『めし処 銀しゃり 本店』と書かれた看板をデカデカと飾ったその店は、現在お昼のピークを過ぎて閑古鳥が鳴いていた。

 

「相変わらずこの店は客が少ないな」

「そうっすねぇ、経営者が悪いんっすよ」

 

 店内にいる数く少ない客の一人、茶髪をみつ編みにした男の呟きに、もう一人の客が同意を示す。

 現在、そこそこ広いこの店にいる客はこの二名のみ、しかも冷やかし目的の来店であるため、実質お客はゼロ人だった。

 

「まぁ、静かな方が落ち着つけるから良いよな」

「お互い、人に見つかると面倒ですからねぇ、俺等の平穏のために、このまま潰れるかどうかのギリギリを攻めて言って欲しいっす」

「おいそこの馬鹿二人、まだ営業時間中なんだよ、さっさと注文しやがれ、しねぇなら帰れ」

 

 店の中で堂々と失礼な事を話せば、厨房にいた店主にも聞こえるのは当然で、我慢ならずに客席の方へとやって来て来た店主は、二人にそう告げる。が、当の二人は知らぬ顔。

 

「別にいいじゃないっすか、今の時間はどーせ客も来ないんっすから」

「そうそう、むしろ足繁く通っては売上に貢献している俺達を敬ってくれてもいいぜ?」

 

 なんて事を、いけしゃあしゃあと言ってのける二人に、ついに店主の堪忍袋の緒が切れた。

 

「ほぉ……さっすが王国騎士団長もとい、現王女の婚約者様と、勇者いや、魔王の手から世界を救った伝説の勇者様の言うことは偉そうでムカつくなぁ。貴様らがここに居るとお上に報告してやろうか? あぁん?」

「「すいません調子に乗りました、ランチセットお願いします」」

 

 そう店主から脅された、現王女の婚約者もといノーツ・ガードナーと、世界を救った伝説の勇者もとい桐生真斗はすぐさま謝り、料理を注文する。情けなくも見事な掌返しをして見せた。

 いま、王宮に報告されたら、仕事等の色んな事から必死の思いで逃げてきた二人の思惑は崩れてしう。それだけは勘弁だった。

 

「ったく、ちょっと待ってな。今持ってくる……っとその前に」

 

 オーダーを受けた店主は、厨房に戻るのではなく軒先にぶら下げてあった『開店中』の札を躊躇なく『準備中』へとおもむろに変えた。

 

「あー、いいんっすか勝手に店閉めちゃって、また怒られるっすよ?」

「あ? 良いんだよ、お前等の言ったとおり、どうせ客も来ねぇし。それに何より、俺が腹減った。だから今日は閉店します」

「そこんとこ本当テキトーだよなシェフ殿」

「だから客が身内ばっかなんっすよパイセン」

 

 二人からそう言われて、この店の店主である米倉白銀は苦笑いしながら厨房へと引っ込んだ。

 すると、とたんに厨房が騒がしくなる。さっそく勝手に店を閉めたのがバレたのだろう。

 

「本当、よく潰れないっすよね……この店」

「何だかんだ俺等みたいなリピーターは多いからな、割と騎士団の間じゃ人気だぞ。いろんな意味で」

「あぁ、看板娘が優秀っすもんね」

 

 白銀だけじゃ絶対に潰れていたなと、改めて実感する。

 

「それに、騎士団だけじゃなくてもさ。居るだろここの看板娘の熱狂的な大ファンが一人……いや二人か」

「あぁ、あの人達っすね」

 

 そんな会話をしていたら、不意に店の入り口が開かれて、チリリンとベルがなった。

 

「……こんにちは」

 

 入って来たのは、丁度話題に上がっていた、この店の看板娘の熱狂的なファン一号。一房だけ三つ編みにされた銀色の綺麗な髪を揺らしながら、ミスティモア王国の現王女であるアイリーン・ミストラルはやって来た。

 

「……あ、ノーツ達も来てたのね。二人してまた逃げ出して、程々にしないと駄目よ?」

「そー言うアイリだって、週三のペースでこの店に来てるだろーが。王女様がそんなんでいーんですかねぇ」

「……大丈夫、今日もお父様に任せて来たから」

 

 先日、紆余曲折あって王位をアイリーンに継承した、ルシアン・ミストラル前国王は、そのまま隠居生活に入る予定であった……のだが。

 仕事が無くなり暇になるやいなや、看板娘のファン二号である彼は、この店に足繁く訪れては、看板娘を愛でる事と、店主である白銀に精神的圧力をかける事に精を出し始めたのだ。

 

 彼が忙しくて偶にしか来れなかった時でさえ、白銀は憂鬱だったのに、隠居してからは毎日の様にやって来やがる。

 これは堪らないと白銀はすぐさま王宮に苦情の手紙を送り、現在ではこの様に仕事を与えられて、元国王の襲来は月一のペースで保たれていた。ちなみに、襲撃の翌日は例外なく定休日となる。

 

「良かった、またこの店が修羅場になるところだったっす」

「そうやって城に縛って無いと、またシェフ殿の胃に穴が開くぞ。俺も今、鉢合わせるのは全力で遠慮したい」

「……最近、特に荒れてるのよね。何故かしら?」

「さぁな、お前が王位継承と同時に、無理やり強引に俺を婚約者に指名したからじゃないんですかねぇ!?」

「…………いや、だった?」

「嫌じゃないわ! ぜってぇ幸せにしてやるから覚悟しとけこんちくしょう!」

「……パイセーン。ブラックコーヒー追加でー」

 

 長年の両片思いが解決した反動からか、お互いの好きって言う感情を隠すことがなくなり、ナチュラルにイチャつき始めたバカップルを白い目で見つつ、真斗は厨房に向かって叫んだ。

 

「はいよーって、騷しいと思ったらアイリ嬢も来てたんか、なんか食う?」

「……そうね、オムライスを頂こうかしら。……看板娘のお絵かき付きで」

「一応ウチはメイドカフェじゃねぇんだけどなぁ……まぁ了解。ブラックコーヒーとオムライスね」

 

 そう呆れながら厨房に戻っていく白銀、そんな彼と入れ替わりに厨房から出てきたのは、アイリーンとお揃いの銀髪を二つに結った、小さな可愛らしい女の子、ラティア・ミストラル。

 

「アイリお姉さま! いらっしゃい!」

 

 持ち前の明るい笑顔で、自身の姉を出迎えた。

 

「……こんにちは、ラティア。中は手伝わなくて大丈夫なの?」

「えぇ! ハクギンが後はやっとくからお姉さま達と話して来ていいぞって」

「……流石、ヨネクラ。気が利くわね」

「……多分、アイリーン様の機嫌とってるだけっすよね、これ」

「……あぁ、店再開する時もアイリ居ねぇと絶対に無理だったし、現状一番怒らせたらいけない上客だからなコイツ」

 

 仲睦まじく会話する姉妹を横に、真斗とノーツは、白銀の打算を察していた。流石白銀、自分の大事なものに関しては全力である。

 

「……どう? お店は忙しい?」

「それが、全く人が来ないの! 今だってお店閉めちゃってるし、ホントいい加減なんだから」

「そこがこの店の良いところだろ、隠れ家的名店的な感じの路線で売り出していこうぜ」

「それも良いけれど、わたしはもっと色んな人にハクギン料理を食べて欲しいの。食べた人を幸せに出来る料理なんて素敵じゃない」

 

 そう言って、皆に白銀の料理は凄いと力説するラティア。この店を再開するって言い出したのも彼女からだった、この料理を王宮で独り占めしていては勿体ない、色んな人に白銀の凄さを知って貰いたいって気持ちからの行動だった。

 

「けど、当のパイセンは全くやる気じゃないっすよね」

「最低限稼げれば良いって感じだよな」

「そうなのよね、お店開くのは賛成してくれたのに、本当なんでかしら……」

 

 うーんと頭を悩ませるラティア、しかしラティア以外の三人は、白銀が店を出すのに賛同したくせに、店の経営自体は適当な理由をしっかりと分かっていた。

 なので、代表して白銀の後輩がきちんとラティアに伝える事にした。

 

「それはっすね、ラティア様、パイセンが一番料理を作ってあげたい人は、すでにずっと一緒に居るからモチベーションが上がらない、と言うかそれ以外の事はどうでもいいだけっすよ」

「そ、そうなの? それなら、なんでお店は乗り気だったのかしら」

「それはっすね、ラティア様。パイセンも男ってな訳で、好きなk「余計な事言ったらぶち殺してそこの泉に沈める」……好きなことして生活したいってロマンがあったからじゃないっすかね! うん!」

 

 厨房から帰ってきた白銀から、ドスの効いた声で脅された真斗は、なんとか緊急回避を成功せた。

 

「へぇ、ロマンねぇ。そうなの?」

「そうそう漢のロマンだよー。はい、ランチセットとオムライスね。真斗はブラックコーヒーだけでいいんだったっけ?」

「俺もランチセットっすよ!」

「へいへい、厨房に置いてあるから勝手にとって食え」

「酷い!」

 

 真斗をおざなりにあしらった白銀は、厨房に消えていく真斗を見送った後に、三人が座っていたテーブル席に焼きそばを二人前置いた。

 

「ほら、ラティア嬢も座って食おうぜ、今日の賄いは焼きそばだ」

「わーい! いい匂いがしてたからもしかしてって思ったのよね! 懐かしいわ、初めて食べたのも焼きそばだったわね!」

「あぁ、そうだな。だいぶ昔のように感じるけど……まぁ、ラティア嬢」

「?? なにかしら?」

「これからも宜しく頼むわ」

「ッ! ええ! もちろんよハクギン!」

 

 そう言って、いつか見た笑顔で白銀の隣に座るラティア。そんな彼女や店に着てくれた友人たちを見て、これからもこんな平和で和やかな、そして何より彼女が隣に居る日常がずっと続来ますように、白銀は今日もまたそんな事を思った。

 

 とはいえ、それを口にするのは流石に柄じゃ無さ過ぎる。そんな事より目の前の焼きそばだ、さっさと食べなきゃ勿体ない。

 根本的に変わっていない、料理馬鹿は今日もこれからも絶好調なのであった。

 

「それじゃ、食べるとするかね」

「……ラティア、このオムライスにケチャップかけてくれないかしら。……『お姉さま大好き』でお願い」

「わかったわ!」

「あ、シェフ殿。ランチセットの唐揚げにマヨネーズないじゃん」

「あれ? 忘れてたわ。おーい真斗ォ! マヨネーズ取ってこーい!」

「はいはいって、普通に客をパシんないでくださいっすよ! あと、ランチセット盛り付けもされて無かったからっすね!」

「うるせぇな、お前待ちなんだよさっさと座れ」

「よしっ! 皆揃ったわね。じゃあ手を合わせてください!」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

 異世界にて食道楽。完




【あとがき】

 いつまでも思い出に残る食事って、意外と何を食べたって事より、どんな時に誰と食べたってことの方が重要な気がします。
 こんな飯テロ見たいな小説を書いて細々したこだわりをひけらかしましたが、結局のところ味を決める最後の隠し味は、相手に対する思いやりではないでしょうか?
 
 以上で『異世界にて食堂楽。』本編を完結とさせて頂きます。この様な拙い文章でも読んでくださる方々の感想やお気に入り登録、評価等はとても嬉しく思っていました。本当にありがとうございます。
 今後は新作の制作に取り掛かる予定ですが、気が向けばまた番外編も書いて行きたいとも思っています。
 
 ご愛読、ありがとうございました。
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