死柄木弔は存在しない 作:パム太郎
夢を見ていた。
両親と姉と自分、そしてペットと一緒に一軒家で幸せに暮らしていた。姉は一人暮らしを始めて県外に行ってしまったが、私は自宅で暮らしながら専門学校で資格を取って保育士になったのだ。給料は決して高いとは言い難いがそれでも貧困を感じることなく暮らしていた。
仕事で散歩中だった。1歳クラスの担任だった私は12人の子どもと自分含めた3人の保育士の15人で近くの公園に向かっていた。8人は2人の保育士と手を繋ぎ、残りの4人はお散歩カーに乗っていた。そのカートを押していたのは私で、最後尾を着いて行っていた。
保育士は子どもを最優先に考える。子どものために、子どもが怪我をしないように、嫌な思いをしないように、幸せに過ごせるように。・・・散歩中、歩道に車が突っ込んできた。前を歩いていた子ども達は小さな横断歩道を渡りきっていたが、少し離れたところから車が向かってきているのが見えて私は足を止めたのだ。その時、反対側から車が迫ってきた。考える間もなく私は子どもが乗っているお散歩カーを突き飛ばし、小さな横断歩道を渡らせた。車が自分に勢いよくぶつかり視界が歪む中で、保育士がそのお散歩カーを受け止めたのが見えた。そして暗転。
「転生、かぁ」
夢から覚めた私の第一声はそれだった。今の私はとても小さい。当たり前だ、5歳児なのだから。
今世は前世と同じ環境ではない。姉はいないしペットもいない。両親はいつも仕事で帰りが遅いけど、祖母が迎えに来てくれるから幼稚園通いだ。今日も幼稚園に行ってきて、昼過ぎに家に帰り昼寝をしていた所だった。自室から出て階段を降り、リビングに向かう。祖母はお煎餅を食べながらテレビでニュースを見ていた。
「あら、起きたの?お煎餅食べる?」
「食べるー。あ、醤油味だ!」
「ふふ、本当に醤油煎餅好きねえ」
机の前に座って煎餅に手を伸ばす。うん、やっぱり醤油煎餅は美味しい。前世の記憶を思い出した所で何も変わらないし、あまり深く考えないことにした。祖母と一緒に煎餅を齧りながらニュースを流し見る。そこに映っていたのはヒーローだった。この世界では当たり前のヒーロー、オールマイト。
「オールマイトかっこいいね」
「そうねえ、いきなり現れたかと思ったら直ぐに人気になっちゃって。これだけ格好良くて強いなら当たり前ね」
ヒーロー、オールマイト。僕のヒーローアカデミア。私が前世で好きだった漫画だ。だからなんだと言う話ではあるけど。例に漏れず私にも個性はあるけど戦い向けとは言い難い。ただ怪我が治るだけの超再生なのだから、誰かの怪我を治すことは出来ないし攻撃することも出来ない。出来たところでヒーローを目指したかと聞かれたら首を捻りそうではあるが。
「あらあら、どうしたのかしら・・・怖いわねえ」
「なあに?一軒家が突然崩壊?一家行方不明?」
「ヴィランかしら?無事に見つかるといいわねえ」
テレビのニュースでは、昨日の晩に一軒家が突然崩壊し、一家全員行方不明となっている旨が放送されていた。そこに現れた名字を見て、小さく目を見開く。行方不明者の名字は志村だった。恐らくこれは、死柄木弔の家だ。つまり、恐らくきっとこの世界は原作の15年前。死柄木弔の前身、志村転弧が5歳の時の悲劇。
「おばあちゃん、公園に遊びに行ってくるね!」
「公園に行くの?お友達と一緒?」
「・・・うん!すぐそこの公園だから一人で行ってくるね!ご飯の前には戻る!」
「携帯はちゃんと持ってね、行ってらっしゃい」
「はーい!行ってきます!」
棚の上に置いてあるお子様携帯を手に取ってストラップを首にかけ、小銭が入った財布をポケットに捩じ込んでから慌ただしく靴を履いて家を出た。ニュースで見た志村家はこの近所だ。あの崩壊事件が昨日の晩にあったのなら、まだこの近くを彷徨っているかもしれない。もし会えたなら、もし話せたなら。もし、もし。
もし、手を差し伸べる事が出来たなら
「み、つけた・・・!」
街中を走り回ってようやく見つけた後ろ姿。見つかればいいと思っていたけど本当に見つかるとは思っていなかった。嬉しい誤算だ。後ろからでもわかるボロボロの服と、白い髪。その少年に声を掛けている老婆が見えるがすぐに挙動不審になってその場を離れる。その様子を見ながら小走りで駆け寄って彼の肩に手を置く。ピクっと肩が跳ねて直ぐに私の方に振り向いた。
「こんにちは!迷子なの?」
「・・・」
志村転弧は笑っていた。正確には、口だけ歪に。目は空虚でまるで何も見ていないようだった。
彼は何も言わない。恐らく、声が出ないのだと思う。それに構わず私は喋り倒した。
「この近くではぐれちゃったの?一緒に探してあげようか?あ、喉とか乾いてない?大丈夫?今日は暑いしお水はちゃんと飲まないと危ないよ!」
にこにこ、にこにこ。恐怖を与えないように。安心出来るように。彼がヴィランにならないように。別に将来彼がヴィランになったって構わないのだけど、実際に見るとあまりにも・・・可哀想なのだ。そうだ、これはただの同情だ。ただの自己満足でただの偽善だ。それでも私は彼を助けたい。普通に、人並みに幸せに暮らして欲しい。彼はまだ子どもなのだ。小さな5歳の子ども。大人の庇護下にいるはずの大切な大切な子ども。私が転生した意味があるとすれば、それはきっと彼を幸せにすることなのだ。
「声出ないの?喉乾いてるのかな?近くに自販機あるから、買いに行こ!ね、一緒に!」
わざとらしく手を繋いだ。志村転弧の個性は崩壊。手を繋いだら私もきっと崩壊するのだろう。それでもいい、どうせ私の個性は超再生なのだ。崩壊が伝達しきる前に再生してしまう。
実際に彼と手を繋いだ右の手の平は一瞬崩壊したけど直ぐに再生した。崩壊、再生、崩壊、再生。慌ただしく繰り返す。痛みが脳に伝達する前に再生してしまうものだから痛みなんて物もほとんどない。せいぜいちょっとした静電気が連続で来ているレベルの感覚だ。志村転弧はその様子を不思議そうに見ていた。
「ふふふ、私の個性ね、超再生なの。怪我しても直ぐに治っちゃうんだから!だからほら、ね?大丈夫!」
「あ・・・」
歪に笑っていた顔は消え去り、泣きそうな顔へと変わっていた。眉は下がり、涙目になり、口は固く結ばれている。それでも私は笑い続けた。にこにこにこにこ。そして言うのだ、大丈夫だと。
「はい、お水どうぞ」
「あ、あり、がと・・・」
そう言って志村転弧は水を受け取ったが、ペットボトルを両手で普通に受け取ってしまったせいで崩壊してしまった。水が重力に従って落ち、足元を濡らす。今気がついたが彼は靴を履いていなかった。
「わ、大変。足大丈夫?もう一本買おうか」
「だ、だいじょ、いらな、い」
「そう?でも喉痛そうな声だし一応飲んだ方がいいよ。はい、飲ませてあげる!」
靴については意識の外に置いてもう一本水を買った。今度は崩壊しないように私がキャップを開けて、飲み口を彼の口に押し付けて少し傾ける。目を白黒させてはいたが抵抗はされなかったので、小分けに傾けて半分ほど飲ませた。よしよし、熱中症になったら大変だからね。
「ねえねえ、お名前なんて言うの?あ、私は西村凛子!」
「ぼ、くは・・・志村。志村、転弧」
「志村転弧君っていうのね!お名前似てるねえ。ニシムラとシムラ、リンコとテンコ!仲良くなれそう!あ、そういえば何歳?私5歳!」
「ん・・・僕も、5歳」
「同い歳だね!友達になろ!今から友達ね、転弧君!」
「ともだち?」
「友達!ね!いいでしょ?だめ?」
「だ、だめ、じゃ、ない!」
念の為お伺いを立てたものの、駄目かどうか聞いたら慌てたように駄目じゃないと否定された。嬉しいなあ、友達になれるんだ。ペットボトルを脇に挟んで、両手で転弧君の手を包んでブンブンと上下に振った。ちょっとした握手のようなものだ。
「よろしくね、転弧君!」
願わくば、死柄木弔が産まれませんように。