Life is what you make it《完結》 作:田島
王都某所、深夜。ちょっとしたホールに集められた者達の数は百は下らないだろう。皆黒いローブ姿でフードを被り顔がよく見えないが、こっそりとドアの隙間から中を覗ったモモンガにもこれから起こる事への皆の期待は痛いほど伝わってくる。今回の八本指の件は世界征服の計画の一環だとカジットは八本指排除に参加する者達に伝えているらしい。勘弁してほしい、ない筈の胃が痛む気がする。
軽い気持ちでカジットの願いを聞いたらこれである。見せるっていっても精々十人程度だろうとモモンガは気楽に考えていたのだが全然そんな事はなかった。この百を下らないズーラーノーン構成員達の前で今からモモンガは死の王ロールを行わなくてはならないのだ。装備は既に
威厳が出るかなと思ってとりあえず絶望のオーラレベルⅠを発動させておく。いつまでも待たせているわけにはいかないしここは行かなくては、一生懸命頑張ってくれているカジットの為だぞ俺、頑張れ。己を鼓舞してドアを開き中へと足を踏み入れる。
モモンガが部屋に入った途端、場の空気が凍りついた。ん? と思ってちらりと横目で見ると皆立っていた筈なのに今は汗びっしょりで跪いているし息が荒い。とりあえず威厳を見せるのには成功したと思っていいのだろうか。
中央まで進むとモモンガはズーラーノーンの者達の方へと向き直った。頭を上げる者は誰もいない、それどころか身じろぎすらしない。これだけ人がいて無反応だったら泣いちゃうかもな俺、涙出ないけど。そんな不安を抱えながら口を開く。
「よくぞ集まってくれた、ズーラーノーンの諸君。私が死の王である。私が支配しているところである死を人の身で弄ぶ愚か者共、八本指を排除するにあたり今回皆の者の協力が得られた事を私は嬉しく思っている。頭を上げ私の威光に触れるがよい」
モモンガの言葉に場の一同は弾かれたように頭を上げた。誰も彼も皆息を呑み恐らくは驚愕に目を見開いている。反応が薄いのか濃いのかよく分からないが、できればモモンガは良い方に考えたい。でないと心が折れてしまいそうだ。威光と威厳いい感じで示せてると思いたい。
「王国は既に虫喰いだらけの倒れかけた巨木、だがその根を腐らせる八本指を排除する事で王国は倒れる事を免れよう。いざとなれば刈り取り易い形で残ってくれるという訳だ。私が得る時には実り多き国を、それを私は望んでいる。そしてそれ以上に、人の死が己の手の内にあると奴等が驕り高ぶっているという事が私にとっては何より許されぬ事だ。私が動いているという事が誰にも悟られぬよう私の計画は水面下で静かに進まねばならぬ。故に私が表に出る事はないが、その分皆の者の働きには期待している、存分に力を振るうがいい」
「はっ!」
百人以上の声が唱和し、訓練したのかと聞きたくなる程の揃った動きで一斉に皆が頭を下げる。とりあえず、好反応なんだよな? そうだって誰か言ってくれ。時間が時間だったので馬車で迎えに来てもらって一人でここまで来たので尋ねられるクレマンティーヌもブレインもいない。いやブレインはもし来ていたらドン引きしていただろう。そういえば
モモンガとしても王国をいずれ手に入れるなんて嘘八百は口にしたくないのだが、この場の者達は世界征服の件をカジットから聞かされているらしいので話は合わせなければならない。どんどん話が大きくなっていく、しない筈の頭痛がする気がした。
「詳しい日時などは追って知らせる事となろう。働きによってはそれに報いる事もあろう、励むがよい」
報いるも何も大して金もないモモンガには褒賞を与えることなどできないのだが、死の王ロールの時にはつい言ってしまうし働きにきちんと報いたい気持ちがあるのは本当だ。カジット本人への報いは別として他の奴への褒賞はカジットに丸投げしてもいいだろうか、それ位は許されるよな。話をどんどん大きくしてくれる張本人への恨みつらみを口にできない遣る方無い気持ちをモモンガはそんな風に昇華させた。
言うべき事は言ったので死の王っぽい威厳のある(とモモンガが思う)ポーズを取って〈
「ひぃっ!」
「ひぇっ!」
灯りを落とした部屋に絶叫が二つ響いた。クレマンティーヌとブレインが飛び起きている。二人とも汗びっしょりで何かに恐怖したような怯えた顔をしている。
あっ、絶望のオーラ切り忘れてた。
うっかりしていた事に気付き絶望のオーラを切ってからモモンガは部屋の灯りを付けた。
「俺だよ俺。ごめんごめん、起こしちゃったね、今帰ってきたんだ」
「起こしたってレベルじゃねーぞ、殺す気か! ショックで心臓止まるだろ!」
「さすがにこれはモモンガさん……洒落になりません……」
「えっそんなに? 威厳を出す演出としてはやりすぎだったかなぁ……」
捲し立てるような早口な口調のブレインと荒い息の中から絞り出すような口調のクレマンティーヌに口々に文句を言われ、この二人より多分レベルが低いであろうズーラーノーンの者達はもっと怖かったのではないかと事ここに至ってようやくモモンガは思い至った。
「演出であんなとんでもなく禍々しくて恐ろしい気配ダダ漏れにしてたのかよお前……」
「まあ……力を示すという意味では効果的だと思いますよ……私達はもう十分知ってるのでさすがに寝入ってる所に不意打ちは勘弁してほしいですが……」
「ごめんね? わざとじゃなかったから許して? それにショック死しても
「安心できねぇよ!」
フォローの材料としては
すっかり目が覚めてしまった二人は寝直す事もできず結局そのまま起きている事になったので、ちょっと悪い事をしたなぁとモモンガは大いに反省したのだった。その格好丸っきりアンデッドの魔王だな、とブレインに言われてもその通りですと素直に許した位には反省した。
***
王宮を訪れて二日後、イビルアイからモモンガに連絡が入った。ラナーとガゼフが王の説得に成功したという喜ばしい知らせだった。レエブン候も説得に協力してくれたらしいし兵力も出してくれるという。兵力だけならまだしも虎の子である麾下の元オリハルコン級冒険者チームまで戦力として提供してくれるというので、ラナーがレエブン候に一体どんな話をしたのか少し気にはなったが、王族と話をするなどこの前のように必要に迫られなければご免だ、それ以上の追及をモモンガは諦めた。八本指から提供される以上の利をラナーが提示したという事なのだろうと納得することにする。ガゼフ始め戦士団も勿論襲撃に加わるので、六腕に対する戦力の不安はかなり少なくなったといえると思われた。
詳しい作戦を立案し兵力を整え適切に隊を編成するまでにどんなに急いでも最低一日はかかるため、決行は二日後の夜と決まったとのことだった。情報が漏れないよう出来るだけ速やかに行った方がいいのは確かだが、それで準備が疎かになっては本末転倒だろう。兵は拙速を尊ぶというけどそれは時と場合によりけりだよモモンガさん、と言ったのは間違いなくぷにっと萌えさんだろう。速度に拘りすぎるよりはより確実に勝てる布陣の構築を優先する方に重きを置くのはモモンガとしても賛成できる。故に何も文句はない。
日時をカジットにも伝え、これで準備万端。モモンガのする事は後は当日夜まで何もない。
作戦当日の朝、情報収集に行くと部屋を出ていこうとしていたクレマンティーヌをモモンガは呼び止めた。
「今日はクレマンティーヌはお休みでいいよ」
「えっ、何でですか?」
「皆でマジックアイテム見に行かないか? クレマンティーヌに殴打武器その内買ってやりたいなぁって思ってるから、どういうのが欲しいのかとか知りたいんだよね」
「……モッ、モモンガざんが……わたじなんがのだめに……まじっぐあいでむを……」
ドアの前で立ち止まって振り向いていたクレマンティーヌは目に涙を一杯に溜めて肩を震わせている。これは良くない兆候だ。
「なっ! 泣いたらブレインに慰めさせるからな!」
「何でそこで俺に振るんだよ! おかしいだろ!」
「俺は童貞だから女の子の慰め方なんか知らないの! ブレインは童貞じゃないだろ!」
「そういう問題かよ! 俺ぁ女より剣にしか興味がねぇからそんなに経験はねぇし、慰め方なんか知ってるタイプに見えるか⁉ そもそも関係ない俺を巻き込むな! 泣かせたのはお前なんだから自分で責任取れよ!」
「殴打武器買いたいって言っただけで泣くとか思わないだろ⁉ どうしろってんだよ!」
「モッ、モモンガざああああぁぁぁん! うわあああぁぁぁん!」
酷い言い合いが繰り広げられている横で結局クレマンティーヌは泣き出した。腕組みをして苦い顔をしたブレインに顎をしゃくられ仕方なくモモンガはクレマンティーヌの背中を擦り優しく声をかけ必死に宥める事となってしまったのだった。
泣き止んで落ち着いたクレマンティーヌが顔を洗い直してから三人で宿を出てマジックアイテムの店巡りを始める。情報収集をしていたクレマンティーヌはマジックアイテムを取り扱う店の場所もある程度把握していてくれたのでとても助かる。
「ブレインにもその内刀買いたいんだけど泣く?」
「泣くわけねぇだろ」
「そうだよね、その方が助かるよ……俺だってブレインみたいなごつい男なんか慰めたくないもん」
「俺だってお前に慰められてもこれっぽっちも嬉しくねぇよ……」
「私はモモンガさんに慰めてもらえて天にも昇る心地ですよ。モモンガさんと出会ってからの私恵まれすぎです」
「えぇ……そこまで? 別に普通じゃない? 一体どんな酷い生活してたのクレマンティーヌ……」
道中の会話でクレマンティーヌがさらっと爆弾発言をする。本当にどんな生活してたんだクレマンティーヌ……漆黒聖典ってそんな劣悪な環境だったのか……名前通りブラックなのか? スレイン法国の暗部を見たような思いでモモンガは暗澹とした気持ちになるのだった。
「言っとくけど刀は相当高いぞ、魔化されてない普通の刀がそこそこの魔法の武具と同じ値段だからな。お前さんの眼鏡にかなうような魔化された刀となったらとんでもない金額になるぞ」
「そうなんだ。何で?」
「刀は貴重品なんだよ。ここいらじゃ作れる職人がいなくて、南方から時々流れてくる僅かな品しかないからな。しかもその中で魔化されたものとなると相当の値が付くんだよ。お前にゃ微妙って言われたけど今の俺の刀だってかなりの額だったんだぞ」
「うーん、そうなのか……やっぱりお金を稼ぐ方法を何か考えなくちゃなぁ。そうだ、南方に行ってみたらもっと種類が多くて安く買えるんじゃないか? 職人に作ってもらえるかもしれないし」
「確かにそうかもな。見てはみたいな、興味はある」
南方というときっと、大きな砂漠がある辺りだろう。南の砂漠の都市・エリュエンティウは八欲王の国の首都だったというからその辺りに刀を作る技術が残っているのかもしれない。その都市も是非訪れてみたい。それまでにはお金を稼ぐ方法も考えようと密かにモモンガは心に決めた。
王都のマジックアイテム取り扱い店舗はどこも品数は中々豊富だったのだがモモンガにとってはやはり微妙と感じられる品しか置いていなかった。
「
「何か使い勝手とか違いがあるの?」
「棘が痛そうじゃないですか、モーニングスターの方が。あれで殴ると良い声出してくれるんですよね」
にこやかにクレマンティーヌは答える。あっそういう事ね、とモモンガは理解し納得した。こいつやはりサイコパスだ、棘が肉に刺さる感触とかが好きに違いない。ちなみにその微妙な
「言っとくけど殴って良い声を出してくれるような相手に打撃武器使うの禁止だからね。それ目的が拷問でしょ、そんな事する必要はこれからもないから。打撃武器はあくまでモンスター対策だよ」
「うーん、それなら
そんな穏当でない会話を交えつつも陽が西にかかる頃までマジックアイテム探しを続け、頃合いになったのでクレマンティーヌは八本指の拠点襲撃に加わる為王城へと向かっていった。
「さて、それで。お前はこれから何をする気なんだ?」
「そんな急ぐ用事でもないしまだ時間もあるから、一旦宿に戻るさ」
尋ねてくるブレインの表情からはこれといった感情は読み取れない。ただ視線は鋭い。そんなに警戒される程大騒ぎになるような事はしないのにな、とモモンガはちょっと心外に感じた。精々が今日の八本指騒ぎに紛れてしまう程度の小さな事件になる予定だ。
どうしてこんなにブレインはモモンガの行動を気にしてくるのだろう。幾度も浮かべた疑問を今回もやはりモモンガは頭に浮かべた。いくら考えたところでブレインが何を考えているかなど分かる筈もないのだから意味のない事なのだが、それでも気になってしまう。
こんな気持ちは初めてだな、とモモンガは思った。ここまで相手の思惑が分からずそれを知りたいと思った事は鈴木悟にもモモンガにもなかった。相手の言葉も行動もそういうものとして受け入れ流してきた、そういう生き方をしてきた。それが一番楽だったからだ、深く考えずに済んだからだ。去り行く仲間が去る理由など深く考えてしまえばきっと立ち直れない程の痛みを受ける、そんな事は耐えられなかった。
痛いのが嫌なんだな俺は。少しでも傷付くのに耐えられない程、弱い。
その自覚はモモンガ自身にもあった。皆自分の生活が、夢がある、リアルの方が大事だから、そう理由付けをして、そうして誰とも向き合わなかった結果、誰も残らなかった。アインズ・ウール・ゴウンの輝かしい日々の中、モモンガはただその場所に身を置いて流されていただけだ。多数派の意見に、他人に合わせるばかりで、自分からやりたいと言った事など未攻略ダンジョンだったナザリック地下墳墓の攻略の他にどれ程あったというだろう。日々の細かい記憶などもう記憶の海の中に紛れてしまっているというのに輝いているという事だけは忘れられずに捨てられない。それなのにそんな大事なものと、モモンガはきちんと向き合おうとせずに失われていくのを受け入れ流した。そういう生き方しか知らなかったから。
だから独りなんだ、それは分かっている。でも今更他の生き方などできるだろうか。
それが自分の生き方だと思っていたのに、どうしてブレインの思惑をこんなにも気にして流せないのか、そこがモモンガ自身にも分からなかった。どうせモモンガの行動の邪魔などブレインにはできはしない、監視されたところで気にすることもないような瑣末事なのに。今までの人生で流してきた事柄と比べてもそれ程重要とも重大とも思われない、そんな取るに足りない事の筈なのに。
***
兵力が王城へと集結している動きは既に察知されていると思った方がいい。だからこそ行動を始めたら迅速に。それが作戦の一番重要な部分だった。城門、下水道の王都外へ続く水路などは朝の内から多くの兵を配備して厳重に固めさせている。如何な八本指とはいえ王と第二王子ザナック、第三王女ラナーとレエブン候のみで密室で決定した今回の作戦を完全に把握しているとは考えづらい。いつもの表面的な摘発だろうと高を括っていてくれればその隙を突いて一網打尽にできる。それこそが狙いだ。
夕闇の中行動を開始した王直轄部隊とレエブン候麾下の兵は迷いなく素早く持ち場の八本指拠点へと移動していく。夕陽が完全に沈みかけ西の空の際が赤黒く染まる頃、城から一番近い拠点に到着し周囲を包囲した部隊が内応者があらかじめ開けておいた入口や裏口から突入を開始する。
その騒乱は夜の闇が深まるにつれ王都全域に広がっていった。ガゼフ・ストロノーフ率いる部隊が向かったのは六腕の拠点の一つと目される建物だった。今日のガゼフは五宝物の装備を許され万全の体勢で戦いへと臨んでいる。八本指の最大戦力たる警備部門、ひいてはアダマンタイト級の武勇を持つ六人である六腕と最も有利に戦えるのは全部隊の中でも一番士気の高いガゼフの部隊で間違いないだろう。
門は閉じているように見えるが閂は外されていた。押すだけで簡単に開いた門から部隊が突入する。少し進んだ先に邸宅があり、その前は広場のようになっていた。そこには八本指の警備部門所属と思しき男達が布陣しており、先頭には全身に入れ墨を入れたスキンヘッドの筋骨隆々たる巨漢が仁王立ちしていた。
「貴様が来たか、ガゼフ・ストロノーフ。丁度いい、貴様を倒し、この”闘鬼”ゼロこそが王国最強であるという事を名実ともに証明してやろう」
「そんな称号には興味はない。王国を害する貴様らを許せん、戦う理由はそれだけで十分だ。者共、突撃!」
ガゼフの号令と共に戦士団を前に立てた部隊が突撃を開始する。その中で、ガゼフとゼロが睨み合う一帯だけはぽっかりと穴が開いたように視界を遮り邪魔する者が入ってこなかった。
切っ掛けは何だったのか、それは最早分からない。すらりと剣を抜き上段に構えたガゼフと拳を握りしめたゼロは距離を詰め、ゼロの拳を皮一枚で避けたガゼフが袈裟懸けに剣を振り抜き、それをゼロが後ろに飛び退って躱す。
「鋼さえもバターのように斬り裂くという王国の至宝・
不敵に笑うとゼロは
それに対抗してガゼフも能力向上の武技をいくつか発動させる。
「お互いに出し惜しみなど出来る相手ではないな、こちらも全力でいかせてもらう」
「死してその名と栄光をもって我が踏み台となれ、ガゼフ・ストロノーフ!」
ゼロは腰を落とし深く構え、かっと目を見開いた刹那目にも止まらぬ力強い踏み込みを助走にして回避不可能と思わせるような速度の剛風を伴う正拳突きを放つ。八相の構えを取ったガゼフはその正拳突きを――
「〈流水加速〉」
流れるような動きで躱しすれ違いざまに剣を振り抜いた。すぱりと、ゼロの喉が裂け血が迸る。
「ば……か、な……」
「
石畳を血で濡らしどうと倒れ込んだゼロにそのガゼフの言葉が最後まで届いたかどうかは分からなかった。
「六腕が一人”闘鬼”ゼロ、このガゼフ・ストロノーフが討ち取った! 一気に畳み掛けるぞ!」
ガゼフの勝鬨に部隊が沸き立ち戦意が昂揚する。この場の勝敗は決したようだった。
***
王都の倉庫が集まる区画に向かったガガーランとティアの部隊は、六腕の一人”空間斬”ペシュリアンと対峙していた。
「あいつの剣は見えない剣、どこから襲ってくるか分からない」
「へっ、ならよぉ、忍術で何とかしてくれや」
「ガガーランなら自分で何とかできる、そろそろ血の色も変わって人間から進化してる筈だから」
「何を根拠に、俺の血はまだ真っ赤だよ。さてとりあえず、様子見と行くかね! 援護頼んだぜ!」
ガガーランが踏み込むとペシュリアンの剣の柄にかかった手が動き、次の瞬間これはやばいと直感したガガーランはしゃがみ込んでいた。頭上をヒュンと何かが通る音がする。追撃を防ぐためティアが爆炎陣を放つ。その隙に立ち上がったガガーランは駆け出し爆炎陣を避けたペシュリアンとの距離を詰め、ペシュリアンの動きと呼吸、そして自分の勘だけを頼りにペシュリアンの見えない剣を回避していく。
「やっぱりガガーランは既に人間を辞めてる、血の色も変わってる筈」
適切なタイミングで爆炎陣を放ちガガーランを援護するティアにはそんな軽口を叩く余裕もあるがガガーランは必死だ。
「んなわけあるか! ギリギリだっつーの! だが後ちょっと!」
「くそっ、アダマンタイトが! 大体にして何でここが分かったんだ!」
「さあてね、お前さん方が年貢の納め時だったって事さ!」
そう叫ぶとガガーランは、
「砕けや!」
「うらぁっ!」
そこに
地面にはフルフェイスヘルムごと頭を叩き割られた無残な死体が残った。ふぅ、と息をついたガガーランの後ろでは戦況を見定めた部隊が動き始め倉庫内の八本指の者を拘束、あるいは抵抗する者は倒していく。とはいっても戦況の決したこの場で抵抗しようという気概のある者はそう多くはなかった。
***
六腕の一人、”幻魔”サキュロントは非常にまずい状況に置かれていた。娼館は既に王国兵に包囲され地上部分は制圧され、店のある地下にまで踏み込まれている。処分する予定だった女が一人消えた件で奴隷売買部門の長・コッコドールに雇われ調査と警護を行っている折だった。隠し通路を使うつもりで資材を入れた木箱を置いた広い部屋まで辿り着いたところで、反対側のドアから有名人が扉を開け入ってきた。
「鬼リーダー、あれは奴隷部門の長と六腕の幻魔」
「やっぱりここは当たりだったわね。あなた達はどうしても私の手で始末をつけたかったから都合がいいわ」
向かいのドアから入ってきたのは、アダマンタイト級冒険者蒼の薔薇のリーダーと盗賊の片割れ。二対一ではどう考えてもサキュロントの分が悪い。しかもこちらはコッコドールを守りながら戦わなくてはいけないのだ、サキュロントには荷が重すぎる。
「コッコドールさん……悪いですが、あなたを守ってる余裕はないですよ。俺が死なないので精一杯になりそうです」
「そっ、そんなの困るわよっ! 高いお金払って雇ってるんだからちゃんと仕事してちょうだい!」
「無茶言わないで下さい……あっちはアダマンタイト級冒険者二人ですよ。まあ俺も死にたくはありません、やるだけはやってみますがね、駄目でも文句言わないで下さいよ」
ごくりと唾を飲みながらサキュロントは剣を抜いた。正直言ってサキュロントは剣士としては二流だ、蒼の薔薇のリーダーも純然たる剣士ではないとはいえ盗賊の援護があればその力はサキュロントを軽く超えるだろう。まだ手の内のバレていない初手でどれだけダメージを与えられるかが鍵か、と考える。が。
「鬼リーダー、あいつは幻術を使う。見えているものは虚、実は別の所にある」
「ちょっと厄介ね……まあ何とかしましょう」
手の内はバレバレのようだった。蒼の薔薇の情報収集力をさすがと褒め称えるべきなのか。知られているとしてもサキュロントにはその手しかないし、すぐに対応できるようなものでもない筈だ。勝機は……正直に言えばほぼないだろうが完全にないとも言い切れない。幻術を使うとバレているのであれば最初から全力だ、出し惜しみする余裕など一切ない。
「〈
複数のサキュロントがその場に現れるが、勿論本体は一つだけだ。どれが本物かなど区別がつくまい。
「不動金縛りの術」
盗賊の方が印を組む。サキュロントの体が固まったように動かせなくなり、噂に名高い魔剣キリネイラムを抜いた蒼の薔薇のリーダーが動けないサキュロントへと一気に駆けて来る。
「私の、怒り! この一撃に全て込める!
ちょっと待て、そこまでお前に怒られる理由が俺にはないぞ、サキュロントは訴えたかったが幻影全てを巻き込んで吹き荒れた漆黒の爆発にあっという間にその全身は飲まれ、意識は一瞬で刈られた。
「ひ、ひぃっ!」
「八本指奴隷売買部門の長コッコドールね、大人しく縛に付きなさい」
残されたコッコドールは最早抵抗の意志もなくへたり込んだ。こうしてサキュロントの人生は非常に理不尽な結末を迎えたのだった。
***
上空で待機していたイビルアイは発煙筒が上がったのを確認するとその場へ急行した。到着すると既にかなりの数の兵が一人の女の手にかかり命を落としていた。
「チッ、アダマンタイトじゃないか、どこから湧いて出てきたんだい」
「貴様等のような自分より弱い者をいたぶる事しかできん手合いの方が次から次へと湧いてくるだろう。だがそれもここまでだ、貴様の人生は私の手によって終わる」
「できるもんなら、やってみなってんだよ」
女の周囲を何本もの
「成程な。だが、貴様は結局はただの剣士、それが貴様の限界だ」
「減らず口を!」
”踊る
「〈
だがその
「チッ、
「ただの
「舐めた口ばかり叩く小娘が!」
「フッ、私は貴様などより余程長く生きているぞ。さて他の応援要請もあるかもしれん、余り時間もかけられないからな、決着にしよう。〈
イビルアイがこの魔法を前回使った時はまるで通用しなかったがあれは例外中の例外、本来であればかなりの破壊力を誇る魔法だ。エドストレームは
「拠点の制圧は任せるぞ、私は遊撃の任に戻る」
兵士達にそう言い置くと、イビルアイは再び〈
***
ここは当たりだったね。クレマンティーヌはほくそ笑む表情を隠そうともしなかった。
担当した拠点にいたのは、”千殺”マルムヴィストと”不死王”デイバーノック。欲を言うなら、もっと手応えのある相手が良かったといったところだろうか。二人は兵士達の前に進み出てきたクレマンティーヌを不審げに見やった。
「何者だ……? 王国の兵ではないようだが」
「ある人に頼まれちゃってぇ、アンタ達を殺しに来たの、よろしくねぇ。ちなみに不死王ってさぁ、その二つ名アンタには相応しくないよぉ? その名に最も相応しい偉大なお方が他におられるんだからさぁ」
「小娘が戯言を……焼け死ね! 〈
女に向かい〈
「起動」
女の愉快そうな声が響いた次の瞬間、デイバーノックの体は内側から猛烈な炎で焼かれていた。口から鼻から耳から目から、轟々と炎が漏れ出し黒煙を上げる。
数秒後に火が消えた頃には、その場には灰しか残っていなかった。
「あちゃー、やっぱりモモンガさんの〈
飄々と言いながらクレマンティーヌは自分目掛け襲い来た鋭いレイピアの突きをするりと避けていた。
「……貴様と俺ではリーチの長さが違う、ならば俺の方が有利!」
「本当にそう思ってるんだぁ?」
「腐ってもこの”千殺”、レイピアの腕だけなら王国最強のガゼフ・ストロノーフにも勝てる自信がある。そして一撃さえ与えれば俺の勝利、貴様に負ける道理はない!」
嘘を言っている、と自分の事ながらマルムヴィストは笑ってしまいたいような滑稽さを感じた。先程のデイバーノックを倒した動きを見れば一目瞭然、目の前の女はマルムヴィストより格段に上の使い手だ。だが建物は包囲されている、逃げ場はないし、そもそも背中を見せた時点で容赦なく殺されるだろう。活路を開くより他に生きる道はないのだ。
呼吸を整え、タイミングをはかり、今、と思ったその時には既に腕は動いている。最高の一撃と確信できる突きが女を捉え――するりと滑らかな動きで躱され、次の瞬間にはマルムヴィストの心臓にスティレットが突き立っていた。
「あーあ、アダマンタイト級っていうからもうちょっと手応えがあると思ってたんだけどなぁ? 意外と呆気なかった。まぁいいや、遊び相手には困らなさそうだしねー」
次の遊び相手を探す愉快そうな女の声が、マルムヴィストが人生で最後に聞いた言葉になった。
誤字報告ありがとうございます☺