Life is what you make it《完結》   作:田島

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外伝・帝国編開始です。


外伝・帝国編
千変の仮面(カメレオン・マスク)


 評議国での観光を満喫したモモンガは一旦カルネ村に帰る事にした。二三日ゆっくりして、その後新しい旅に出る計画だ。〈転移門(ゲート)〉を開きカルネ村の前に転移する。

「いやー、久し振りに帰ってきたなぁカルネ村」

「そうか……? お前しょっちゅう転移で帰ってたじゃねぇか」

「それは顔を見せてただけだからカウントしないんですー! パッと行ってパッと戻ってくるだけじゃ我が家に帰ってきた感がないだろ!」

「よく分からん拘りだな……」

 突然目の前に現れたゲートとモモンガ一行にぎょっとした表情の門番のゴブリンを置き去りにしていつものじゃれ合いが始まる。

「こんちわー、ゴブリンさん。門、開けてもらっていいかなぁ?」

「あの……そっちの、見たことない顔の人は?」

「ああ、初めてだったねぇ。こいつはねぇ、モモンガさんの仲間のブレイン。いつもの勝てそうにないからってヤツぅ? 安心していいよぉ、こいつが斬るのはモモンガさんの敵だけだからさぁ」

 クレマンティーヌの言葉に渋々ながらもゴブリンが門を開く。村を囲む塀の建設状況は一割といったところだろう。ナザリックがあればゴーレムとか貸せるのになぁと毎度ながらモモンガは残念に思った。アンデッドでも労働力として使える筈だが、この世界の人のアンデッドへの忌避感を考えるといくら村の恩人が貸し出すとはいえ喜んで受け入れてもらえそうにない。血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)とか屍収集家(コープスコレクター)とか多分とっても力持ちだと思うんだけどなぁと思うともどかしい。

 モモンガはしょっちゅう転移で帰ってきているので村の人々も慣れたものだ、にこやかに挨拶を交わしながらエンリの家に向かう。エンリは今は畑に出ているだろうがネムはきっと家にいるだろう。

 案の定ネムは家の前で薪を運んでいた。一生懸命仕事をしているのでモモンガ達にはまだ気付いていないようだ。

「ネム、ただいま」

 声をかけると、振り向いたネムはぱっと明るく笑った。

「モモンガさん! おかえりなさい! クレマンさんもいるー!」

「ティーヌを略すのは相変わらずだねぇ……まあいいけど」

「ねえねえモモンガさん、そのおじさんだぁれ?」

 そのネムの言葉に、抑えきれずにモモンガはブフーッと笑いを噴き出した。横ではブレインが極めて微妙そうな顔をしている。

「おじさん……いや、まあ、そうだな」

「このおじさんはね、ブレインっていうんだよ、俺の仲間。仲良くしてやってね」

「うん、よろしくねブレインおじさんー!」

「お、おう……」

 複雑そうな顔のままブレインは片手を上げネムの言葉に応えた。横でずっと笑い続けているモモンガの脚をブレインが蹴るが上位物理無効化Ⅲのパッシブスキルがある為全くダメージが入らないので残念ながら痛くも痒くもない。

 ブレインおじさんが手伝って薪を運び終わってからネムがエンリを呼びに行く。家の中でしばらく待っていると、ネムがエンリと護衛のゴブリンを連れて戻ってきた。護衛のゴブリンはやはりというか何というかブレインという自分の勝てない初対面の相手に警戒心丸出しである。ブレインに向けて槍を構えている。

「モモンガさん、クレマンティーヌさん、お帰りなさい。それから、ブレインさん、でしたよね? 初めまして、エンリ・エモットといいます。モモンガさんのお仲間だと伺いましたけど」

「まあそうだ、よろしくな。ところで何で俺はそのゴブリンにそんなに警戒されてるんだ……?」

「あはは、すみません……クウネルさん、ブレインさんはモモンガさんのお仲間なんですからそんなに身構えなくても大丈夫ですよ」

「そうですかい? まあ姐さんがそう言うなら……」

 エンリに言われクウネルはようやく構えを解いた。その様子を見てブレインが不思議そうな顔をする。

「召喚モンスターだよな? 名前付けてんのか?」

「ええ、ゴブリンの皆も大切なカルネ村の仲間ですから。それに名前がないと呼ぶのに困るじゃないですか」

「……中々の変わり者だな。さすがモモンガに最初に声をかけただけあるわ」

「一言多いよブレイン」

 言いながらさっきのお返しとばかりにモモンガはブレインの脚を軽く蹴る。いくら軽くてもモモンガの馬鹿力で蹴られてはたまったものではない、いってぇと叫んでブレインは蹴られた脹脛を押さえた。

 とりあえず座って下さいとエンリに椅子を勧められるが椅子は四つ、(ゴブリンは座らないので)座る人は五人。どうしたものかと思っているとネムは踏み台に使っている小さな椅子を持ってきて腰掛けたのでモモンガ達もテーブルを囲む。

「それでモモンガさん、今日はどうしたんですか? いつもだったらお一人なのに」

「とりあえずの旅の目的は済んだからカルネ村で少しのんびりしてから新しい旅に出ようと思ってね。またちょっと厄介になってもいいかな?」

「そんな他人行儀な事は言わないでください、ここはモモンガさんの帰ってくる場所なんですから。ネムも嬉しいよね?」

「うん、ゆっくりしていってねモモンガさん!」

 そのエンリとネムの言葉にモモンガは我が家っていいなぁという思いを噛みしめる。母親は寝る間も惜しんでずっと働いていたので鈴木悟が家に帰っても待っていてくれる人などいなかった。息子に教育を受けさせる為に過労で死んでしまうまで働いてくれた母親への感謝は尽きることがないが、寂しくなかったといえば嘘になってしまうだろう。それが今はいつ帰ってもおかえりと言ってくれる人がいる。いつ帰ってきても迎えてもらえておかえりと言ってもらえることがこんなにも暖かく胸安らぐものなのだと、エンリとネムに出会うまで鈴木悟(モモンガ)は知らなかった。だからついちょくちょく転移で帰ってきてしまうのだ。

「女所帯に俺がいたらまずいだろうから他に泊まれる場所はあるかい?」

「泊まれる空き家ならありますけど……気になさらなくてもいいですよ? モモンガさんのお仲間ですし」

「いや、あんたが気にしなくても俺がするよ……あんたの中でモモンガの仲間ってのはどういう立ち位置なんだ……」

「俺はどうせ寝ないからベッドは足りてるし、ブレインもここに泊まればいいだろ」

「気にするっつってんだろ! 俺は男でこの子は女! お前クレマンティーヌのせいで感覚麻痺しすぎだぞ!」

「アタシのせいにしないでほしいにゃぁ~」

「どう考えてもお前のせいだ!」

「うわぁブレインそんな下心あんの? いくらかわいいからってエンリに手ぇ出したら殺すよ?」

「下心なんかねえし手も出さねえよ! お前は村の事を知らなさすぎんだよ! 親がいねえ年頃の娘の所に男が泊まったなんて知れたら嫁に行けねぇぞ!」

 至極まともな事を言っている筈なのに四面楚歌のブレインが頭を抱える。結局(当然だが)頑としてブレインが譲らなかったので、村長に相談して空き家を一軒貸してもらってブレインはそこで寝る事になった。尚、モモンガについてはクレマンティーヌがそっち方面の相手をしているのでエンリには興味がないと村の者には説明して納得されていると判明した。

 もしアンデッドになってモノと性欲がなくなっていなければ本当にそうなっていたかもしれない。だが神と従者だったクレマンティーヌとの関係を思うとそんな事になっていたとしたらそれって権力でクレマンティーヌの身体を……ということだと考えてしまってアンデッドになった事にモモンガはやや感謝を覚えた。モモンガは夢見がちな童貞なので初めては心から愛し合っている人としたいのだ(もうできないが)。クレマンティーヌがこれからその愛し合う相手になる可能性が全くないわけではないのだが、種族の壁とか神の壁とかとにかく壁が多すぎるし、何よりしたくても物理的にできないしそもそもしようという欲も湧かない。深く考えると泥沼に嵌りそうだったのでモモンガは考えるのをやめた。

 エンリはまだ仕事が残っていたので畑に戻る。のんびりするんじゃなかったのかよとげんなりした顔のブレインに文句を言われたが夕方まで村の外でレベリングをし、夕食が済んでからエンリとネムに旅の話をする。今日はアダマンタイト級冒険者の魔法詠唱者(マジックキャスター)にモモンガが圧勝した話だ。派手な魔法の応酬にネムも大興奮で大満足である。勿論相手の正体が吸血鬼(ヴァンパイア)だった事は秘密にして、いい感じに手加減したので助かった事にしておく。

 そうして寝る時間になりブレインは空き家へと移動していった。灯りを落とし月明かりが窓から入ってくるだけの部屋の中でモモンガは真剣に悩んでいた。帝国に行くか、エリュエンティウを目指すかを。

 位置的には順当に行くなら近い帝国である。クレマンティーヌの話では帝都アーウィンタールの北市場は冒険者やワーカーが中心となってマジックアイテムを売るフリーマーケットのような場所で、意外な掘り出し物もあったりするらしいのでそれを見るのは楽しそうだ。だがエリュエンティウには恐らくはユグドラシル産の強力なマジックアイテムがある事が分かっているのでそこが悩みどころである。エリュエンティウの問題点は、そもそもその強力なマジックアイテムを取引で入手できるのかが分からないという事だ。三十人の都市守護者(拠点のNPCではないかと推察される)が守護しているというが、話が通じる相手なのかどうかすら今の段階では分からない。NPCならばプログラムに従って動くだけの存在なので都市を守っているだけで話ができなくても何ら不思議ではない。

 そういえば六大神のNPCは従属神って呼ばれてたんだったな、と思い出す。何らかの理由で魔神に堕ちたらしいが会話は可能だったのだろうか。こういう事を聞くならあの竜だと思い〈伝言(メッセージ)〉を発動する。

「やあツアー」

『モモンガかい、どうしたんだい?』

「ちょっと聞きたい事があってね。六大神には従属神っていうのがいたんだろ?」

『ああ、彼等には多くの従属神がいたよ。ほとんどは魔神に堕ちてしまったんだけど……』

「それで、その従属神って、会話はできた?」

『会話? できたよ。使者としてやって来た者と話した事もあるよ。彼等は六大神に絶対の忠誠を誓って従っていたけど、それがどうかしたのかい?』

「いや、普通に会話が成立したのかどうか知りたいと思って。俺の推測だと特定の言葉にしか反応しない可能性もあったから」

『そういうものなのかい……? 従属神が特定の言葉にしか反応しないという話は聞いたことがないね』

「そうか、それはびっくりだ……NPCがこの世界に来ると自我が芽生えるんだな……ユグドラシルでは特定の命令にしか反応しない存在だったんだよ」

『それは初耳だ。でも何でそんな事を?』

「エリュエンティウって八欲王のギルド拠点があるんだろ? そこでマジックアイテムを取引できればいいなぁと思って。都市守護者って多分従属神だろうから、話が通じるのかなって」

『成程ね。でももし取引できたとしてもあまり強力過ぎるものは持ち出さないようにね。君の装備並のものを持ち出したら没収するからね』

「あはは……神器級(ゴッズ)装備はそうそうないだろうし多分売ってくれないよ……まあ程々の強さの奴が欲しいだけだから気を付けます」

『次はエリュエンティウに行くのかい?』

「んー、今悩んでるんだ。帝国に行くのもいいかなぁと思ってたんだけど」

『帝国も悪くないんじゃないかな? あの国は今、日の出の勢いだからね、活気があって楽しいと思うよ』

「成程なぁ……もうちょっと悩んでみるよ。ありがとう、それじゃ」

『ああ、またね』

 挨拶をしてツアーとの〈伝言(メッセージ)〉を切断する。それにしても従属神、つまりNPCがこの世界に来ると自我が芽生えるらしいというのにモモンガは驚いた。もしナザリックが転移してきていたらどうなっていたのだろうと考えると、ちょっと考えるのが怖いような気持ちを抱いてしまう。異形種ギルドらしくNPCは異形種だらけで(人間種も多少いたが)純然たる人間は一人しかいなかったし、悪のギルドらしくほとんどのNPCのカルマ値は良くて中立、ほぼ悪に振ってあった。善側の属性はごく少数しかいなかった筈だ。人類にとってはとんでもない事になっていたのではないかという予感がする。

 そして、自我を持って絶対の忠誠を誓ってくるということはもしNPC達がいたらモモンガは今のように自由に旅などできていなかったのではないだろうか。多分モモンガの方がNPCを放っておく気になどなれないだろう。そうなればきっと今とは全く違う行動をとっていたのだろうな、と思う。それはそれで楽しかったかもしれないが、絶対の忠誠を誓われるということは仲間と呼べる存在をナザリックで得るのはきっと難しかっただろう。

 まあ、仮定の話など考えたところで意味のないものだ、今は今の事を考えようと思い直す。

 エリュエンティウの都市守護者と恐らく話は通じる事は分かったが、取引ができるかどうかはまた別だ。それに別に急ぐわけでもないし取引の為の金策の事も考えなければならない。それならば今回は距離的にも近い帝国から回るのが順当かもしれないとモモンガは考えた。将来的にカルサナス都市国家連合に行こうと思った時の転移ポイントも作っておきたいことだし。

 帝国といえば鮮血帝という恐ろしい名前の皇帝の話を思い出す。一介の旅人であるモモンガが会う事などまずないだろうが、目を付けられるような派手な行動はくれぐれも慎もうと肝に銘じる。

 そうしてカルネ村に三日ほど滞在しモモンガがエンリ分とネム分をしっかりと補給してからモモンガ一行は帝国へ向け旅立ったのだった。

 

***

 

 ゆっくりと旅をして二十日ほどをかけ、帝国の首都アーウィンタールにモモンガ一行は到着した。

 道中のレベリングの成果は上々だった。なんと、とうとうブレインが死の騎士(デス・ナイト)を倒す事に成功した。堅実に死の騎士(デス・ナイト)の攻撃を躱してダメージを与え続け、神人との戦いで編み出した技(技名はこれだというものがまだ思い浮かばないらしい)が一瞬の隙をついて見事決まり、死の騎士(デス・ナイト)をあと一撃という所まで削り切り追撃で止めを刺したという文句なしの圧巻の勝利である。次からはより強いアンデッドを相手にする事になる為本人は相当複雑な思いだったようだが。クレマンティーヌももう一段階強いアンデッドとの訓練にかなり馴染み、アンデッド側の手加減の度合いも大分低くなってきている。順調順調、と上機嫌のモモンガを精神的疲労の激しいクレマンティーヌとブレインが恨めしそうに見てくるのも最早日常の光景だ。

 アーウィンタールの城門の衛兵は何故かやたら親切だった。帝国領に入ってからずっとそうだったのだが、検問でどう見ても不審者のモモンガを前にすると衛兵たちは何やらひそひそと話し込み、それからあっさりとモモンガを通してくれるのである。どうして王国のように止められないのか不思議でならないのだが止められても困るので口には出さない。ちゃんと仕事しろとは思うが。それに加えてこの帝都の衛兵など親切にお勧めの宿まで教えてくれた。良心的な値段で食事が美味しいとまで言われたらそこにするしかないだろう、クレマンティーヌとブレインには美味しい食事を食べさせてやりたい。他の通行人にはそんな事をしている様子はなくモモンガにだけお勧めしてきたのはかなり不審なのだが、国に仕える衛兵がまさかぼったくり宿など紹介しないだろうからここは乗っても特に問題はないだろうと判断する。

 帝国領はどこもそうだったが王国とは違い通りは裏通りも含めて舗装が行き届いているし、ここまでの街道だってきちんと舗装されていた。この帝都は広い道に縁石があって歩道と馬車が通る道が分かれているのがかなり近代的だ。一定の間隔を置いて立っている街灯はクレマンティーヌの話では魔法の灯りだという。国を挙げて魔法詠唱者(マジックキャスター)を育成しているとは聞いていたが、生活に密着するレベルでこれ程大掛かりに魔法が活用されているというのに新鮮な驚きをモモンガは覚えた。国家事業にしなければ確かにこれは無理だろう。

 そんな魔法先進国の帝国だが、主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインが魔力系魔法を主に修めているからか研究が進んでいるのは主に魔力系魔法の方面で、信仰系魔法については第五位階以上の使い手はいないのだという。

 広々と綺麗に舗装された道を行き交う街の人々の顔は押し並べて明るい。リアルでの鈴木悟は見た事がない、これからの生活がより良くなっていくという希望に満ち溢れた顔だ。王国の活気のある賑やかな街でもこういった種類の希望に満ちた顔というのはあまりなかったろう。ツアーの言っていた日の出の勢いとはこういう事かと納得する。

 名前は怖いが、平たく言って名君というクレマンティーヌの鮮血帝評は的確なのだろう。

 衛兵に紹介された宿は小綺麗だが肩肘張りすぎない建物で、一階の酒場では何組かの男達が騒ぎすぎずに酒と与太話を楽しんでいた。いい雰囲気の店である。やんわりと提案してみたがやはりクレマンティーヌに断固拒否されたので仕方なく三人部屋をとる。何故だ。

 案内された部屋は、本当に三人部屋かと疑ってしまう程かなり広々としていた。調度品も小洒落ていて、ただ泊まるだけの宿だというのにソファとテーブルの応接セットまで用意されている。これで食事付き三人一泊銀貨三枚は安すぎない? とモモンガは首を捻った。酒場の様子を見る限りぼったくりの気配は全くないのだが話がうますぎる。

「値段の割には随分いい部屋だな……慈善事業か? どっかの富豪が趣味でやってんのかこの宿は?」

「出る時に追加料金でぼったくられる……っていうのも多分ないんだよねぇ、先払いだから」

 ブレインとクレマンティーヌもさすがにこれはおかしいと思ったのか疑問を口にする。何だろう、あの衛兵がモモンガを騙すメリットが全く分からないし、そもそもこれは騙されているのだろうか。一体これはどういう状況なんだ? モモンガにはさっぱり分からなかった。

「うーん……考えてても分からん。とりあえず分かる事は、いい宿って事だ……」

「まぁ、そうだな、これで本当に飯が美味いなら最高の宿だ」

「ですね……何か狐につままれたような感はありますが……」

 三人で考え込むが考えるにも情報が足りなさすぎる、当然結論は出なかったのでモモンガは考えるのをやめる事にした。多少ぼったくられたとしても金はあるし、たまには贅沢もいいだろう、今日はとりあえずここに泊まろうと考える。

 丁度昼時だったので一階に降りてクレマンティーヌとブレインが昼食を食べるが、これは当たりだと言っていた。どうやら衛兵の言葉は全て真実だったらしい。どういう事なんだ、ますます分からなくなる。

 着いたばかりだし時間もまだあるし情報収集は明日からという事にして、モモンガが楽しみにしていた帝都北市場に三人で行くことにする。帝城をぐるりと回り込み街の北側へとクレマンティーヌの先導で移動する。

 やがて到着した北市場は、人通りこそそう多くないものの多くの露店が並び活気に溢れていた。歩いているのも店を出しているのも身なりからして冒険者やワーカーと一目で分かるような者が多い。

 冒険者やワーカーが中古品や不用品を出品する市場だけあってこれまで巡ったどのマジックアイテム屋よりも残念な品物が正直多いのだが、雰囲気がいい。とてもモモンガ好みだ。全盛期のユグドラシルで街の道路に所狭しと並んでいた露店の様子を思い出す。あれも一つ一つ見て回って掘り出し物を探す行為それ自体が楽しかったのだ。神器級(ゴッズ)装備を整えたかった頃のモモンガは素材を主に狩りで集めていたが、露店売りのものを値段交渉などを頑張って入手したものもある。アイテムコレクターなので不要であっても少し珍しければつい買ってしまっていたのもいい思い出だ。

「おっ、あれ口だけの賢者のマジックアイテムじゃねえか? お前見たいって言ってたよな」

 ブレインが指差した先には立派な天幕があった。机の上には所狭しとどこか見覚えのある品物(思わず家電製品と言ってしまいそうになる)が並んでいる。小走りにモモンガはその天幕へと駆け寄っていき、ドアの付いた箱を手にとった。

「何これ、小型冷蔵庫じゃん、うわっ中ちゃんと冷たい、何これどういう仕組みなの、えっコンプレッサーとか全然付いてないのに冷たい、何で」

「知らねぇよ……そういう魔法が付与されてんだろ、マジックアイテムなんだから。というかこんぷれっさーって何だ……」

「すごい扇風機回ってる、コンセントに繋がってないのに何で?」

「だから魔法が付与されてんだろ……こんせんとって何だよ」

「うわ蛇口だ、水道管繋がってないのに水出てくんの? 何で?」

「だから……お前発言が質問形の割には人の話聞いてねえな」

 その調子でモモンガは机の上の品物を手に取り一つ一つじっくりと上からも下からも横からも後ろからも眺めては何で? と言うマシーンと化していった。口だけの賢者考案のアイテム、想像以上にエキサイティングである。店主の困った様子などモモンガの目に入る筈もない、モモンガの目はアイテムに釘付けだ。

「すごい、口だけの賢者すごい、全部欲しい……」

「そんなに金はねえだろ、大体にして旅暮らしならこの辺りのアイテムは使わねえだろうが」

「そうだよなぁ……うーん……毎朝の水汲み大変そうだから蛇口だけエンリへのお土産に買ってくか」

 蛇口の正式名称は湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)だった。それっぽい名前が付いているがやっぱり蛇口である。モモンガが単なる冷やかしではなかった事に店主はほっとしている様子だったがモモンガは気付いていない。

 その後も露店を一つ一つ見て回るが、目ぼしいアイテムは見付けられなかった。

「うーん……やっぱり仮面はないなぁ……ちょっとだけ期待してたんだけど」

「そりゃそうそうあるもんじゃねぇだろ、マジックアイテムの仮面なんて」

「希少品でしょうからねえ、まあ気長に探しましょう」

 一生嫉妬マスクかと思うと励まされはしてもやはりがっくりくるものがある。溜息をついたモモンガの耳に、その時背後から飛び込んできた会話があった。モモンガは種族的に人間よりも耳がいいので雑踏の中の会話も聞き分けられる。

「仮面かぁ。そういやバルバトラの奴が持ってる千変の仮面(カメレオン・マスク)いいよなぁ、売ってくれねえかなあ」

「どっちのバルバトラですか?」

「鉄壁の方だな。あれ便利だよなぁ、顔を変えられるんだぜ? 俺達みたいな後ろ暗い仕事してるとなるべく顔は覚えられたくないからなぁ」

「確かに欲しいですがワーカーなら誰でも欲しいアイテムでしょう、売ってくれるとは思えませんね」

「ハハッ、そりゃそうだ」

 顔を、変えられる、仮面?

 欲しい、とんでもなく欲しい、口だけの賢者のマジックアイテムの比ではなく必要不可欠だ、そんな物があるとしたらいくら積んでも欲しい。カメレオン・マスク、欲しい。

 瞬間、モモンガはぐりんと後ろを向き駆け出してその会話をしていた二人の肩をぐわしと掴んだ。

「カメレオン・マスクですか? その話、もっと詳しく」

「えっ……?」

「勿論タダとは言いません、情報料は出します、ですからもっと詳しく」

 不審な仮面のモモンガのただならぬ様子に気圧されたのか、全身鎧(フルプレート)にサーコートのいかにも人の良さげな風貌の三十代程と思われる背の高い男と、中背で二本のショートソードを腰に差した剣士と思われる若い男は、二人ともごくりと唾を飲んだ。

 いざとなれば余りまくっているチェンジリング・ドールを取引条件に出せば恐らく買い取れる、ユグドラシルアイテムをあまり市場に流通させるとツアーに怒られそうだがこれはどうしても必要な事だ、許してほしい。まだ入手した訳でもないのに気は早いが心の中だけでモモンガはツアーに詫びた。

「おいモモンガ、何人様に迷惑かけてんだ……」

「どうしたんですかモモンガさん?」

「この二人が、顔を変えられるマジックアイテムの仮面の話をしてたんだよ! 欲しいだろそんなの!」

「あー……確かにそれがありゃ大分面倒は減るな」

「アンタ達ワーカーっしょ? お金次第で情報も売ってくれるよね?」

 そのクレマンティーヌの言葉に、未だモモンガに肩を掴まれたままの二人の男は顔を見合わせ、やがて同時に頷いた。

 

***

 

 モモンガという恐らくは魔法詠唱者(マジックキャスター)はおよそ魔法詠唱者(マジックキャスター)とは思われない程の恐ろしい怪力だった。未だに掴まれた肩が痛い。痛む肩をぐるりと回し、先頭を歩くヘッケランは歌う林檎亭のドアを開けた。

「だから言ってるでしょ! 知らないって!」

「いえいえ、そんな事を言われましてもね」

「別にあの娘の保護者でもなければ、家族でもないんだから、あの娘がどこにいるかなんて知るわけないでしょ!」

「お仲間じゃないですか。私も知らないと言われて、はいそうですかと引き下がるわけにはいかないんですよ、仕事なもので」

 宿屋の一階、酒場兼食堂で睨み合っている男女の女性の方はよく知る顔で、男の方はヘッケランは見たこともない顔だ。女はイミーナ、ヘッケランがリーダーを務めるワーカーチーム「フォーサイト」の一員である。

 太い腕と厚い胸板をした押し出しの強い男は、下手に出たような下卑た笑いを浮かべている。それはそうだろう、イミーナが誰か知っているのであればそこらの腕自慢などあっという間に殺せる実力の持ち主だと知っている筈なのだから。

「だからさっきから言っているようにね!」

「何をやってるんだ、イミーナ」

 声を掛けて中に入ると、イミーナはヘッケランの存在に今気付いたようにはっとしてヘッケランを見やった。優れた野伏(レンジャー)である彼女がこれだけの人数の気配に気付かないとは余程激昂していたのだろう。

「……何だい、あんた」

 男はじろりとヘッケランを睨め据えてくるが、その後目を丸くした。ロバーデイクに続いて入ってきた魔法詠唱者(マジックキャスター)があまりにも異様な仮面を付けていた事に驚いたのだろう。確かにこの仮面を付けなければならない事情があるなら、代わりに千変の仮面(カメレオン・マスク)を求めるのも当然かもしれない、そう思わせるのに十分な程の邪悪さがこの仮面にはある。

「お仲間? 揉め事?」

「そうみたいだねぇ。あんた達は奥行って座っててくれていいぜ」

「はいはい、急いでないからごゆっくり」

 そう答えると仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)――モモンガは奥のテーブルへと向かい、連れの二人もそれに続いた。その場にはヘッケランとロバーデイクが残る。

「で、お前は何だ」

「あんたらこそ何だい」

 ヘッケランのその問いに男は怯まず、却ってこちらを威圧するように上から睨め付けてきた。勿論こんな雑魚の威圧になど臆するような柔な心はヘッケランには持ち合わせがない。それはロバーデイクも同様だ。

「……うちのリーダーと神官よ」

「おお、これはこれは。ヘッケラン・ターマイトさんですね、それではそちらがロバーデイク・ゴルトロンさん。お噂はかねがね」

 イミーナの言葉を聞くと男は下卑た愛想笑いを浮かべた。先程の威圧的な態度はヘッケランがどの程度の人間か計る為の行動、といったところか。少しでもヘッケランが下手に出ればそのまま威圧的に上から話を進めるつもりだったのだろう。そういう風に値踏みされるのはヘッケランは好きではない。今の所目の前の男には嫌悪感しかないが一体何の用事があるというのだろう。

「騒がしいな、ここは宿屋なんだよ。他にもお客さんがいるだろう? 騒がしい事はよしてほしいんだが」

 事実、今入ってきたばかりとはいえここには他に三人の客がいる。とはいってもモモンガの連れの二人は恐らくは相当の腕の戦士、この程度の騒ぎは酒のつまみにもならないだろうが。ヘッケランが眼光を鋭くすると、男はやや怯み腰が引けた。

「い、いや、申し訳ないですがね、そういう訳にもいかないもので」

「私達はあなたになど見覚えが一切ないのですが、一体どういったご用件なのでしょうか。用件によっては態度を考える必要がありますね」

 静かながらもはっきりと硬い口調のロバーデイクの言葉に男がごくりと唾を飲んだが、それでも男は口を開いた。

「いえね、皆さんのお知り合いのフルトさんにお会いしたいと思いまして」

「アルシェ? あいつがどうかしたのか?」

 ヘッケランの知っているフルトといえば一人だけ、アルシェ・イーブ・リイル・フルト、フォーサイトの魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。しかしアルシェがこんな男と知り合いとは考えづらい、ならば厄介事に巻き込まれていると考えるのが妥当だろう。

「アルシェ……ああ、そうでしたね。フルトさんとしか私達は言っていないものですから。ええと、アルシェ・イーブ・リイル・フルトさんですね」

「それで、アルシェがどうしたというのですか?」

「いえ、少しお話したい事がありまして……内密のお話でして、何時頃お戻りになるかと……」

「そんな事知るか」

 けんもほろろに言い切ったヘッケランに、男は返す言葉もないようだった。

「で、話は終わりか」

「し……仕方ありませんね、この辺で少し待って……」

「失せろ」

 ヘッケランが顎をしゃくって入り口を示してみせると、男の目が落ち着きなく揺れた。

「し、しかしですね」

「今から仕事の話がありますし、あなたのような素性の知れない信用ならない方に話を聞かれたくないんですよ。ご自分で出ていけないというならお手伝いしますが?」

「ここは酒場ですし、私が……」

「そうだよなぁ、確かに酒場だな。酒を飲んだ奴がよく喧嘩をする場所でもあるな」

 首を動かしてヘッケランとロバーデイクを見やって男は明らかに狼狽える。そんな男にヘッケランは不敵に笑いかけてやった。

「そう警戒しなくてもいいぜ、あんたが喧嘩に巻き込まれてもうちの神官が有料で治してやるよ」

「割増料金にしないと駄目よ? そうしないと神殿がうるさいんだから。神殿から暗殺者を送り込まれるなんて真っ平ご免よ。まあ、でも多少はサービスしてあげましょうよ、あんたも感謝してくれるでしょ?」

「そうですね、たっぷりと感謝してもらう為にも少々痛い目に合ってもらわなくてはならないかもしれませんね。そうしないと有難味が薄れるでしょうから」

 イミーナも人の悪い笑みを浮かべて言葉を添える。それにロバーデイクまでもが乗っかる。

「脅す気……」

 男の言葉は途中で途切れた。正確にはそれから先を言えなくなった。ヘッケランの表情の急激な変化を目の当たりにして。

 ヘッケランは前に踏み出し、男とヘッケラン、お互いの表情しか目に入らないような至近距離まで詰め寄る。

「はぁ? 脅す? 誰が? 酒場で喧嘩が起こる位珍しい事じゃねえよな? おめぇ、親切に忠告してやってる俺に対して、脅すだぁ? 喧嘩、売ってんのか?」

 奥から鉄がぶつかる音が聞こえる。無骨な籠手をしていた仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)がおぉーっと小さく歓声を上げて拍手しているようだった。

 幾つもの死線を潜り抜けてきたヘッケランの放つ殺気に耐えられる筈もなく、男は気圧され後退り、せめてもの抵抗だろう舌打ちを残して入り口の方へと向かっていった。入り口の前で首だけで振り返り三人に吐き捨てるように怒鳴る。

「フルトん家の娘に伝えておけよ! 期限は来てるんだからってな!」

「あぁ?」

 唸るようなヘッケランの威圧に今度こそ男は尻尾を巻いて逃げ出すように歌う林檎亭を出ていった。一つ深い息をついてヘッケランはイミーナを見やる。

「それで、何事だ?」

「不明よ。さっきあなたが聞いた内容と同じ事しか聞いてないから」

「あちゃー、失敗したな。ならもう少し話を聞いてからでも良かったか」

「その話は後にしましょう。今はお客さんが先でしょう」

 ロバーデイクに言われ、ヘッケランは奥のテーブルに座る三人組に向き直る。怪力、仮面、謎の多すぎるモモンガという魔法詠唱者(マジックキャスター)とどう考えてもヘッケランよりも遥か上の実力を持っているであろうと思われる二人の戦士に。

「お客さんって、仕事?」

「いや、情報を買いたいんだとさ。そこからもしかしたら仕事になるかもしれんけどな」

 イミーナの質問に答えてからヘッケランは奥へと歩き、客の三人が座っている隣のテーブルに腰掛けた。

「どうもお待たせしてすみませんね、お見苦しいところを見せちまったみたいで」

「いえいえ、中々見応えがありましたよ、あの顔芸」

「顔芸ってお前失礼な奴だな……大体にしてお前の死の王の方が凄いと俺は思うがね」

「その話は今やめろ! 実演する事になったらどうするんだ!」

 モモンガの言う顔芸というのは失礼といえば失礼だがヘッケラン自身も芸の一つだと思っているのであまり気にはならない。イミーナにも顔芸と言われている。それよりも死の王って何だ、というのがとても気になるのだが、そんな事より今は仕事だ。

「それで、千変の仮面(カメレオン・マスク)についてでしたね。被ると顔立ちを変化させる事ができるマジックアイテムで、ワーカーチーム「鉄壁」のリーダー、バルバトラという男が持っています」

「是非欲しいのでそのバルバトラさんと交渉したいのですが、どこにいるかは分かりますか?」

「さて、何とも。定宿にいればいいですが仕事に出ているかもしれませんし、そういえば最近見かけてないんですよね。死んだという話は聞かないんですが」

「ふむ……まずはその辺りの情報収集からか……」

 モモンガが仮面の顎に手を当て考え込む。今は閑散期でカッツェ平野にでも行くしかないかと考えていた位だ、安い仕事だろうがここで少しでも収入が得られれば御の字だと思いヘッケランは口を開く。

「奴等が定宿にいなかったら、もし良ければワーカー同士の伝手って奴もありますし、我々に調査と交渉までの段取りを依頼しませんか?」

「成程……伝手があれば情報も集まりやすいのは確かだな。報酬額次第かな……クレマンティーヌ、交渉して」

「了解です。さて、調査だけだったら装備品の消耗もないし交渉までの段取りって事なら……今の情報料も含めて十金貨くらいが妥当じゃないかなぁ?」

「五十だな。ワーカー同士の繋がりを使うのだってタダじゃない、金がかかる。後は人件費。こう見えても冒険者ならミスリル級相当なんでね、安くないんだよ」

「十五」

「四十」

「……ねえ、そんな安くていいの?」

 交渉を任せると言った筈のモモンガが横から口を挟んでくる。一体いくら払うつもりだったのだろう、気になったヘッケランは聞いてみる事にした。

「モモンガさんは、いくら払うつもりだったんだい」

「百くらいまでなら。だって千変の仮面(カメレオン・マスク)どうしても欲しいし」

「……へ?」

 百金貨? ただの調査に? 五十金貨だってそこから大幅に下がる事を想定したふっかけた値段なのだ。余りといえば余りな金額に思わずヘッケランの目が丸くなる。

「駄目ですよモモンガさん、それは払いすぎです」

「駄目かー」

「お前は黙ってろ……クレマンティーヌに任せとけ……」

 横の刀使いが呆れているのがよく共感できる。どうもこのモモンガという魔法詠唱者(マジックキャスター)は世事に疎いところがあるようだ。

「二十、これ以上は払わないかなぁ~」

「二十五」

「払わないって言ってるのにねぇ。まあでもモモンガさん次第かなぁ、どうですか二十五金貨で」

「それでオッケーだよ。その代わり調査は徹底的にね、必ず「鉄壁」の足取りを掴んでほしい」

「契約成立、だな。任せてくれ、だがその前に定宿にいるかどうかの確認だな。早速ちょっと行って確認してくるから待っててくれ」

 そう言ってヘッケランは立ち上がり店を出た。アルシェの件も気にかかるし厄介だが、とりあえず今は目先の仕事だ。もしかしたら出ている間にアルシェが戻ってきてロバー辺りが上手いこと事情を聞き出してくれるかもしれない、そんな願望にも似た期待を抱きつつヘッケランは「鉄壁」の定宿へと向かった。




誤字報告ありがとうございました☺

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