Life is what you make it《完結》   作:田島

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中央広場~共同墓地

 翌朝モモンガ一行は宿を出て他の宿をとった。新しい宿も皇帝がその気になればすぐに突き止められてしまうだろうが、居場所がバレているよりは幾らかはいい、単なる気休めである。

 今日は共同墓地について少し探るつもりなのでクレマンティーヌには情報収集を休ませる。まず向かったのは闘技場、そこで昨日の配当の金券板を受け取る。その足で帝都銀行へと向かった。

 銀行の窓口で金券板を出して換金したい旨を申し出ると、受付係の顔が硬くなった。私がこの客を引いてしまった、という顔である。申し訳ないがモモンガに出来ることは何もない、粛々と対応してもらうしかない。やがて運ばれてきた白金貨の詰まった袋の山を見て、ロビーにいる者達が呆然とし騒然とした。袋の山は一つだけではない、五つほど来た。これを入れる為に夜の内に無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を一つ空にしてきたのである、モモンガは空の無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に金の詰まった袋の山から袋をどんどん放り込んでいく。横で見ていた人がどれだけ詰め込んでも袋が全然大きくならないことに面食らっていた。

「……お前どんだけ賭けてたんだ」

「王様から貰ったお金全部だよ」

「は? 俺が負けたらどうする気だったんだよ!」

「それは有り得ないと思ったし、事実圧勝だったろ?」

「お前なぁ……」

 無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に金を詰め込みながら答えるモモンガに、ブレインは呆れ返った声を返してきた。ちなみにブレインが受け取っていた試合の報酬もなかなかの額で、それは既に無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)の中に入っている。

「いいなぁー、アタシも闘技場出たいです」

「お前は駄目だよ」

「お前は駄目だ」

 クレマンティーヌのぼやきに即答したモモンガとブレインの言葉は図らずもシンクロしてしまった。これ以外の回答などありえないのだが。

「息ぴったりすぎません? ブレインは良くてなーんでアタシは駄目なんですかー」

「自分で理由分かるだろ……? お前の戦い見たら観客ドン引きだよ……出禁になりたくない」

「人間が相手なのが問題なんであって、モンスター相手とかだったらよくないです?」

 クレマンティーヌのその言葉に、モモンガは袋を詰める手を止め、むむ……と考え込む。

「成程……もう一回稼ぐチャンスかなぁ。クレマンティーヌのストレス解消にもなるし……」

「流されるんじゃねえよモモンガ!」

 その後モンスター専門の女剣闘士クレマンティーヌが爆誕したかは謎である。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に金を詰め込み終わるのに結構な時間がかかってしまい(モモンガの背負い袋が全然膨らんでいない事に銀行中の人が狐に化かされたような顔をしていた)、銀行を出る頃にはすっかりお日様が空の上に昇り切っていた。

「まずはお昼ご飯にしようか。午後は共同墓地を軽く探ってみよう」

「了解です。ご飯は安くて美味しいお店があるらしいので、そこに行ってみましょう」

「任せた」

 とりあえずはクレマンティーヌとブレインの昼飯だ。クレマンティーヌの先導で店へと向かう。店はいかにも大衆向けの食堂といった感じの店構えで、老若男女を問わないお客さんで賑わっていた。

 どうやらその店はランチの時間はメニューが決まっているらしく、オーダーの際も人数の確認だけだった。勿論モモンガは食べられないので二人分である。すぐに運ばれてきたランチは、サラダと野菜のスープに黒パン、メインは青椒肉絲のような炒め物である。ちなみに青椒肉絲を鈴木悟は知識として知っているだけで食べた事はない。何か香ばしいいい香りがするという事は分かる。野菜と肉にとろんとソースが絡んでてらりとしている様子もいかにも美味しそうだが、これがシズル感という奴かと実感する。

「成程、こりゃいけるな」

「これは当たりだねー、口コミも馬鹿にはできないわー」

 クレマンティーヌとブレインは青椒肉絲のような炒め物をフォークで器用に食べ進めていく。ある意味すごい、モモンガだったら箸が必要である。どっちにしろ食べられないのだから無用の心配なのだが。

「この料理は帝国の家庭料理みたいな感じなのかな?」

「多分そうですね、少なくとも法国にはないです。法国の料理ってもっと質素っていうか貧乏臭いんですよね」

「王国でも見た事ねえな」

「やっぱ地域によって色々料理も違うんだなぁ……そうか……ハハ」

 乾いた笑いしか出ない。料理の地域差、味覚で実感したかった、その思いしかモモンガにはない。ちなみに評議国では肉の塊に生キャベツを適当に千切ったものを付けましたみたいな豪快な料理が多かった。料理と呼んでいいのかもちょっと疑問だったが、亜人は肉を生で(場合によっては生きたまま)食べるのが好きという種族も多いらしいし焼いたり千切ったりしてあるだけでも料理なのだろう。

 やっぱり食べ物を食べられるようになりたい、という思いは強いのだが、だからといって別にアンデッドを辞めたいというわけでもない。何で俺種族をこんな骸骨にしちゃったんだ? 吸血鬼(ヴァンパイア)とかだったら多分飲食できたのに……と今更思ってみたところで遅い。それに吸血鬼(ヴァンパイア)動死体(ゾンビ)系は趣味ではないし、死の支配者(オーバーロード)という種族について食べ物が食べられないのと知らない人間が虫程度にしか思えない以外はモモンガはカッコよくて気に入っているのだ。

 我ながら厨二入ってるなぁと思うが自分の厨二病については作成NPCのパンドラズ・アクターを思い出せば昔の方がかなり酷かった。あれはタブラさんとかに設定を相談したらどんどんネタ出しされて悪ノリしてしまったのもあるのだが、ナザリックがこの世界に来なくて本当に良かったと思う点の一つである。あれが動き出して自分の意志で喋ったらと思うと恥ずかしさで背中がむず痒くなって地面を転げ回りたくなる。軍服は今でもカッコいいと思うが。

 でもNPCに関してはもし自分の意志で動き出しているのを見たらモモンガ以上に悶絶する人とか逃げ出す人がいる気がするので自分はマシな方だと思いたい。その点たっちさんは強いよな……とモモンガは思った。たっちさんが作ったあの執事(名前はど忘れした)めちゃくちゃ普通にカッコいいし確か数少ないカルマ値善の性格だしナザリックの良心の一人だろう。あと良心と呼べるNPCを作ったのはやまいこさんと餡ころもっちもちさんで両方女性メンバーだ。ああいうのってやっぱり性格出るよなと思う。自分の性格がパンドラズ・アクターに出ているというのはなるべく考えたくないが。

 飲食できない問題を解決できるアイテムはユグドラシルに存在していたのだが、モモンガにとっては不要アイテムでレア度も低かったので入手次第モモンガは店売りして拠点の維持費用の足しにしていた。何で一個位取っておかなかったんだ……という後悔先に立たずである。もしかしたらナザリックの自室にはあるかもしれないが、ナザリックはないのだし考えても仕方ない事だ。

 少し早めの二人の昼食が済んだところで共同墓地へと移動する。この世界では墓地はあくまで死者を弔いアンデッド化を防止する為に存在していて墓参りの習慣はあまりないらしく、周囲は人通りがなくしんと静まり返っていた。墓地の近くの脇道にモモンガ達は入っていく。

「さて、まずは偵察だな」

「偵察っていっても三人ともあんまり偵察向きじゃないだろ、どうするんだ?」

「ふっふっふ、こういう時に最適なアンデッドがいるんだよ」

 ブレインの疑問に答えモモンガは上位アンデッド創造で集眼の屍(アイボール・コープス)を創り出す。無数の濁った目玉が付いた不気味な肉塊がいきなり眼前に現れ、クレマンティーヌもブレインも面食らう。ドン引きである。

「見た目はアレだけど、こいつは探知能力にすごく優れてるんだ。不可知化程度ならいとも簡単に見破れるぞ。この墓地に何かあるとしたら何者かが潜んでる可能性もあるだろ?」

「それは凄いですが……見た目が……かなり目立つというか」

「透明化しとけば大丈夫。〈魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)透明化(インビジビリティ)〉」

 その他に集眼の屍(アイボール・コープス)の視覚情報を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に連結する魔法をかけてから集眼の屍(アイボール・コープス)を墓地へと送り出し、墓地内を探索させる。

「ふむ……これは……」

「あれですね……」

「あの組織だな……」

「あの組織ですね……」

 墓地のあちこちには、目立たないよう物陰をひっそりと動く見覚えのある黒いローブの姿がちらほら見えた。どう考えてもあの組織である。

「どの組織だよ」

「ズーラーノーンだよ」

 一人だけズーラーノーンと実際に接触した事のないブレインの疑問にモモンガが答える。名前はさすがに知っていたらしく、マジか……とブレインが呟いた。

「ちなみにカジットもズーラーノーンの十二高弟だし、クレマンティーヌも十二高弟の一人だよ」

「マジか……ズーラーノーンとズブズブじゃないかお前……」

「うんまあ……結果としてそうなってるね」

「アタシは気分としてはもうズーラーノーンは辞めてるなぁー。今はモモンガさんの仲間だしー」

「気分とかそういう問題なのか……? 秘密結社なんだろ……?」

 ブレインの疑問はもっともだが組織を抜けたからといって抜け忍みたいにクレマンティーヌを追ってくる事のできる者は相当限られるだろうし、大体そんな奴が来たらモモンガが黙ってはいない。消す。

「あの組織……という事は奥に寂れた霊廟とかあったりしたらそこが怪しい?」

「多分……大体やる事は一緒ですから。帝国の担当は確かあいつかぁ……まあモモンガさんがちょっと威光と威厳を見せてくれたらあいつもあっさり裏切ると思いますよ」

「えぇー……威光と威厳はもうこりごりだよ……あいつって誰?」

「名前は不明なんですよ。ミイラとかデクノボウとか、皆適当な名前で呼んでますね」

「ミイラ……不気味そう……。まあ威光と威厳は考えておくよ。しかし、さすがに墓地だけ探っても鉄壁がいなくなった理由はよく分からないな。ズーラーノーン絡みならミスリル級チームが一つ消える位はあるかもしれないけど……もう消されてるのかな……俺の千変の仮面(カメレオン・マスク)……」

 取らぬ狸の皮算用をしていた千変の仮面(カメレオン・マスク)の入手が遠のいた事にモモンガががっくりと肩を落とす。

「まあまだ分かりませんよ、利用価値があれば案外生きてるかもしれませんし」

「……そうだな、希望は捨てずにいよう」

 気を取り直して遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を見ると、墓地の奥まった所にはやはりというか寂れた霊廟があった。怪しい。集眼の屍(アイボール・コープス)を中に入れると、地表ではなく地下に幾人かの気配を感じ取っていた。

「ふむ、やっぱり地下に何かあるみたいだな。ただこのズーラーノーンの拠点が鉄壁の失踪と関係があると決まった訳じゃないからなぁ、とりあえず今日のフォーサイトの報告を聞いて夜も探ってみて、それから考えるしかないか……」

「何か儀式でもやったり動きがあるとすれば夜でしょうし、探ってみる必要はあるでしょうね」

「夕方まではどうしようか……何か面白そうな所ある?」

「中央広場はまだ見てないですよね? 賑やかな市場ですよ、モモンガさんが好きそうな所です」

「おっ、いいね、よしじゃあここは一旦撤収して中央広場を見に行こう」

 集眼の屍(アイボール・コープス)は一旦呼び戻して透明化の魔法をかけ直し、召喚限界時間まで上空で墓地に出入りする者を監視させる事にし、モモンガ達は中央広場へと移動を始めた。

 

***

 

 アーウィンタールの中央広場は、王国で一番印象に残っているエ・ランテルをもっと大掛かりで賑やかにしたような場所だった。

 所狭しと様々な露店や屋台が立ち並び、肉の焼ける匂いや小麦の香ばしい匂いや甘い匂いしょっぱそうな匂い、様々な匂いが辺りから漂ってくる。威勢のいい呼び込みや値段交渉の声が飛び交って通行人の話し声が大きなざわめきとなって場を支配していた。人混みも芋洗い状態で、アーカイブで嘗てリアルにあったアメ横という場所の映像を見た事があるが、まさにそんな感じの場所だ。露店の商品も様々で、野菜などの食料品や布、衣服に雑貨に日用品、宝石などの装飾品に武器防具など本当に多種多様だ。ここ一日中いられるやつだ、モモンガは確信する。露店を冷やかし歩いているだけでも楽しいのである、お祭り気分だ。鈴木悟は祭りというものに参加した事がないのでよくは分からないのだが。

 アーコロジー内では縁日なども行われていたようだが鈴木悟の住んでいたアーコロジー外の汚染区域でそんな事ができる筈がない。ただ、ユグドラシルで縁日を模したイベントが開催された事はあり、その時の雰囲気と似たものをこの場所にモモンガは感じていた。どちらかといえば昔の中東やアフリカなどの市場の方が雰囲気としては近いかもしれないが、それこそ鈴木悟には知りようのないものだ。

 クレマンティーヌとブレインは各々気になった食べ物を買い求めては食べ歩きしている。あれができれば更に数倍楽しいのだろうなとモモンガは思うが如何せん叶わぬ願いである。ブレインが薄焼きの小麦生地で何かの葉野菜と肉を巻いたようなものを食べ、クレマンティーヌは串焼き肉に齧りついている。二人がこうして食べられないモモンガを気にせずに食べているのは、そうしてほしいとモモンガがお願いしたからである。非常に辛いのは確かだがそこは気を使って我慢しないでほしいのだ。

 横に目をやると、様々な布を並べた露店の店主のお婆さんの膝でキジトラの猫が丸くなって寝ていた。かわいい。こんな騒がしい場所でよく眠れるものである。布の生地は綿と麻が中心で、大体は染められているだけの無地である。柄物はかなり高級品のようだった。織物技術はあまり進んでいないようである。ナザリックがあれば最古図書館(アッシュールバニパル)の文献から技術を持ってきてこの世界に広めて大儲け、なんて事もできたかもしれない、とモモンガは妄想したがもしかしたら好きな生地と色柄の布を作り出す魔法なんてのもこの世界ならありそうである。ラキュースやラナーのドレスは絹っぽかったから、養蚕業もちゃんとあるのだろう。

 そんなこんなで露店を一つ一つ見ているだけでも様々な発見があったりして楽しい。さすがクレマンティーヌ、モモンガの好みを分かっている。有能である。

 武器防具はさすがに魔法付与されていない素のものだった。マジックアイテムのような高価なものを露店で売るとなれば北市場のように冒険者やワーカーが自分で売るとかでなければ強盗盗難を警戒しなければならないだろうし当然だろう。大体にして素の武器防具だって平民からしたら大概高級品である。自分の事は小市民だと思っていたがモモンガの価値基準はブレインの言う通り相当ぶっ壊れているらしい。この世界は魔法などユグドラシルの法則が通じるのでどうしてもユグドラシルの基準で見てしまうから仕方ないと誰にともなくモモンガは心の中で言い訳した。

「そういえばブレインは副武器って持たないの? スケルトン系とか斬撃耐性のある敵もいるでしょ」

「ん、ああ、今までは必要なかったな。考えた方がいいかもしれんが動きの邪魔になるのが嫌でなぁ。それに剣以外はほとんど扱いを知らんしな」

「ガゼフにでも習いに行く?」

「確かにあいつなら他の武器もある程度使えそうだな……それはアリかもしれん」

「斬撃、刺突、殴打の三つは揃えておきたいよね」

「属性ダメージ無効の装備といい、お前ほんとそういう点に関しては完璧主義だよな」

「備えあれば憂いなしだよ? まあ刺突はクレマンティーヌがいるからいいとして、殴打は強化すべき点でしょ」

「ガゼフに習うならいいかもしれませんね、ちゃんと教えてくれそうですし」

「クレマンティーヌの殴打武器が見つかったらガゼフに弟子入りに行くかー」

 ガゼフだって暇ではないのだしまた取らぬ狸の皮算用をしているが、ガゼフに弟子入り、横から見るだけのモモンガにとってはとても楽しそうである。多分情に厚い鬼教官みたいな厳しい感じなんだろうなと思うとワクワクする。リアルでの百五十年ほど前のテレビドラマみたいである。漫画でも「安西先生、俺、バスケがしたいです」とかあったよな、あっあれは別に鬼監督じゃない。はっきり言ってガゼフはお気に入りの人間なので会える機会があるならバンバン会いに行きたいので、弟子入りの案はモモンガの中で採用決定である。王都に行けばイビルアイともう少し仲良くなれる機会も作れるかもしれないし。ツアーに言われたからではなくて仲良くしたいのでもう少し距離を縮めておきたい。

 隣の露店には手頃な値段の様々な日用品が売られている。食器とかは農民にとっては高級品で買うのは大変だってエンリが言ってたなと思い出す。この世界は陶芸技術の発達も今一つらしい。エンリの家の食器も木を削ったものだった。衛生面が気になるので陶器の皿を買っていこうか、と思い付く。

「シチューとか入れるんだったらどの皿がいいかなぁ?」

「ん、食器なんか買うのか?」

「お土産にエンリに買っていこうかと思って。とりあえず四人分と予備も合わせて六枚も買えば十分かな。やっぱかわいい方がいいよね」

「成程な、陶器の食器なんか農民にとっちゃ高級品だからな、きっと喜ぶだろ」

「これなんかどうですか?」

 クレマンティーヌが指差したのは、青い花が染め付けられているスープ皿だった。これなら手頃な大きさだし確かにかわいいしいい感じだろうと思い六枚選び、ついでに同じ柄の平皿も六枚追加する。皿が陶器ならフォークやスプーンも金属の方が様になるだろうと思いカトラリー一式も六組買い揃える。エンリが見たらこんな貴族みたいな食器と言うかもしれないがモモンガの感覚としてはこれ位がごく普通なので受け入れてほしい。

「すごいな中央広場、マジックアイテム以外は何でも揃っちゃうな」

「思いっ切り買い物楽しんでるなお前」

「うん楽しい、リアルではあんまり思わなかったけど買い物って楽しいんだなぁ」

 リアルではアーコロジー内にはショッピングモールなどもあったがそんな所の商品は安月給の鈴木悟には手が出せないような高級品だし、アーコロジー外はそもそも出歩くのが危険である為基本は通販で買い物を済ませていた。通販は通販で通販サイトで色々な商品を見比べる楽しみはあったが物欲の薄い鈴木悟はどうしても生活に必要な物しか大体は買わなかったし、こうして様々な店を直に見て思い付くままに買い物をしていくのは非常に楽しいとモモンガは思った。何よりお土産を選んでいるというのがいい。動揺してから喜んでくれるエンリの顔を想像して思い浮かべるとそれだけで楽しい。いい布屋があったら成長の早いネムが来年に着るであろう晴れ着用の布でも買うか、と思い付く。

 誰かの為に品物を選んで買う、という経験が鈴木悟にはほぼなかった。少ない小遣いを必死に貯めて母の誕生日に高級嗜好品であるチョコレートを(ほんの少しだけだったが)買ったとかその程度だろう。その薄くて小さなチョコレートを母は半分こにしてくれたのを今でもよく覚えている。母以外には選んで渡したいと思う人も受け取ってくれる人もいなかった。

 そう思うと、この世界に来てから鈴木悟(モモンガ)を取り巻く環境は本当に大きく変化した。出会いに恵まれていると言えばいいのだろうか、家族のように思える人も仲間だと思える人も得ることができたし友人だってできた。この世界に一人で放り出された時は大層絶望したものだが、踏み出してみれば様々な事が変化するのだなと学ぶことができた。差し出された手に引かれるままに歩いているのではなく、自分の意志で歩いているというのも大きな違いだろう。今のモモンガにはやりたい事や夢ができた。与えられたものを甘受しているだけではなく、自分から探しに行こうと思えるようになれた。アンデッドになってしまったということよりも、その心の在り様の変化の方がモモンガの中ではずっと大きな変化かもしれない。

 夕方までたっぷり中央広場で買い物を楽しんでから歌う林檎亭へと向かった。フォーサイトの面々は既にモモンガ達を待っており、すぐに報告会が始まる。

「まずワーカー仲間から二週間前の鉄壁の目撃情報を洗い直したが、昼間は宿にいたのは間違いない。夕方になる頃にどこかに出ていったそうだ。墓地付近での目撃情報も二三追加で得られた」

「墓地付近にいた可能性はかなり高くなったのか……まずいな。こっちでも墓地についてちょっと簡単に調査したんだけど、あそこどうもズーラーノーンのアジトがあるっぽいんだよね」

「……野伏(レンジャー)や盗賊もなしでどうやって調べたんだ? 俺達も墓地は簡単に見てきたが大した発見はできなかったが」

「魔法は便利なのさ。墓地の奥に廃棄された霊廟があって、その下に恐らくアジトがある」

 そこまで、とヘッケランは呟き息を呑んだ。フォーサイトの他の面々も一様に驚きを見せ、特に野伏(レンジャー)であるイミーナの驚きは大きいようだった。レベル七十台の探知に特化したアンデッドを使ったのだからこの程度の成果はモモンガとしては当然である。

「夜になれば何か動きがあるかもしれないから墓地の近くで張ろうと思うんだけど」

「それなら俺達も行こう、野伏(レンジャー)のイミーナや神官のロバーがいた方が色んな状況に対応できるだろう?」

「確かに。隠密行動するにしても俺じゃ〈静寂(サイレンス)〉はかけられないし、隠し扉とか探すのもイミーナさんがいた方がいいね。ちょっと報酬からは割に合わないかもしれないけどお願いするよ」

「仕事は鉄壁を発見して取引の段取りを付けるところまでだからな、構わないぜ」

 話が纏まり、墓地に行く前に夕飯を済ませることになる。クレマンティーヌとブレインも食事代を払って歌う林檎亭で食べる事にする。

「親父、今日のメニューは何だ」

「お前さんの大好物の豚肉のシチューだよ」

「おっ、さすが分かってるねえ! 肉多めでな!」

「追加料金取るぞ?」

「長い付き合いだろー? そこを何とか!」

 ヘッケランが軽口を叩きながら夕食を受け取っている。一人だけ動こうとしないモモンガを不審に思ったのかアルシェが振り返った。

「モモンガは夕食を食べなくていいのか」

「ああ、こいつは他人の前で仮面を取ると魔力が暴走するって呪いをかけられててね、人前じゃ食べられないのさ。その対策として飲食不要になるマジックアイテムを装備してるから心配ご無用」

「飲食不要……そんなマジックアイテムが本当に存在するのか?」

「あるんだなこれが、ただとても貴重品だからおいそれと人には見せられない」

 ブレインの説明に、半信半疑の表情ながらも分かったと言い残してアルシェはその場を離れた。一人だけご飯を食べない変な仮面をしてる奴なんてそりゃあどう考えても不審者である、変な奴と思われても仕方がないとモモンガは少しだけ項垂れた。でも飲食不要になるマジックアイテムは本当にあるんだぞ、付けてないけど、と心の中だけで呟く。

 夕食のメニューは豚肉のシチューと黒パンにサラダだった。毎度の事だがいい匂いがする。

「おっ、ここの飯は当たりだな」

「ふっふっふ、ここの豚肉のシチューは特に当たりだぜ、あんたいい時に来たよ」

「ヘッケランは本当に好きですからねこれが」

「言うだけあって美味いぜこれは。ワーカー向けの宿じゃなかったら定宿にしたい位だ」

 そこまで言うほど美味いのかブレイン……豚肉……モモンガの思考は既にシチュー一色である。

「ところで、闘技場で天武のエルヤーに圧勝したブレインって剣士……あんたか? 知り合いのワーカーがかなり興奮して試合の様子を話してたんだが」

「……だから嫌だったんだ、どうしてくれるんだモモンガ!」

「俺知ーらないっと」

「この野郎……」

 漆黒の剣と野宿した時も思ったが、こうして見ると大勢で和気藹々と食事するのは本当に楽しそうである。会話しているだけでも楽しいがやはり食事もできた方がより楽しいだろう。鈴木悟にはそういう機会は会社の飲み会しかなかったが、あれは気を使うだけで少しも楽しくなかったし早く家に帰ってユグドラシルやりたいとばかり思っていたものだ。でもきっとクレマンティーヌやブレインと色々話しながら食事するのは絶対に楽しいだろうし、フォーサイトの面々も(善人とは言わないが)話しやすい気さくな人達なのでもしモモンガが食事ができていたらきっと今とても楽しかったのだろうな、と思う。

 そう考えると食事をできないのは相当損をしているような気がする。何とかしたい。あんな一部の異形種にしか意味のないレア度も低いゴミアイテムがあるかどうかは分からないがエリュエンティウに期待である。

 早めの夕食を済ませ共同墓地へと一行は移動する。墓地の入り口が見える裏道で待機していると、一台の立派な馬車が墓地へと入っていった。

「ありゃあ貴族の馬車だな……何でこんな時間にこんな所に?」

「待って、まだ来るわ」

 イミーナの言葉通り、続いて二三台の馬車が次々に墓地へと入っていった。

「葬式でもあるのかな?」

「貴族が死んだって話は聞かないな……何かありそうだなこれは。推測になるが、貴族共が墓地で何かしてる動きを鉄壁は掴んだんじゃないか? それで強請りのタネにでもしようとして貴族共が具体的に何をしてるのか探ろうとしたところでズーラーノーンに……ってところじゃないかと」

 強請り。成程ワーカーだしそういう稼ぎ方もあるのか。ヘッケランの推測を聞きありそうな話だとモモンガは納得した。

「とりあえず奴等の後を付けたいな、隠密行動でいこう」

「じゃあ〈静寂(サイレンス)〉をロバーが、〈透明化(インビジビリティ)〉をアルシェがかけてくれ」

「あっ、俺は自分でかけるからいいよ、今から完全に消えるけどちゃんと着いてくから安心して。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウンブル)〉」

 完全不可知化の魔法をかけ一切の気配を絶ったモモンガを見て、フォーサイトの一同は一様に驚愕していた。

「何……今の魔法……知らない……」

「嘘でしょ……完全に気配が消えた……」

「イミーナでも分からないなら俺達には絶対に分からないな……」

「と、とりあえず、他の人には〈静寂(サイレンス)〉と〈透明化(インビジビリティ)〉ですね……じゃあ順番にかけますから」

 まず〈静寂(サイレンス)〉をロバーデイクが自分とアルシェ以外にかけ、次に〈透明化(インビジビリティ)〉をアルシェがロバーデイク以外にかける。最後にロバーデイクとアルシェがお互いに魔法を掛け合いロバーデイクが〈静寂(サイレンス)〉を自分にかければ完了だ。早速移動を始めるがフォーサイトの四人はお互いが見えないというのにきちんと隊列を崩さずに組んで早足で移動している。ミスリル級は伊達ではないらしい。その後ろのクレマンティーヌとブレインは気配でフォーサイトの動きが分かるらしく淀みない足取りで着いていっている。

 共同墓地は墓石が整然と並び、あちこちに魔法の灯りが置かれているので墓場に付き物の陰鬱さや陰惨さはなく清潔で明るい印象だった。途中にある十字路の交点が円形になった場所に馬車が置かれていて、その先に貴族達の背中が見えた。歩速を速めて距離を詰める。

 貴族達は談笑しており、邪神とか儀式とか不穏な単語が漏れ聞こえてくる。これはヘッケランの推測当たってるかもしれない、そんな気がモモンガもしてくる。だとすれば鉄壁はどうなったのだろう、鉄壁というか千変の仮面(カメレオン・マスク)はどうなってしまったんだ。もう気が気ではない。もし鉄壁が処分済みで千変の仮面(カメレオン・マスク)もどこかに売り払われて流れてたりしたら最悪である。そんな事になってたとしたら関係者全員八つ裂きにしても到底飽き足らない、この世の地獄を見せてやらなければ気が済まない。

 貴族達の会話によると今日は月に一回の集会の日らしい。この日を心待ちにしていたとか邪神様にお会いしたいとか実に楽しげに語っている。誰だよ邪神、邪な神に会いたいって相当変だぞお前達。苛立ちと焦りを紛らせる為そんなツッコミを心の中だけで貴族達に入れつつモモンガは最後尾を進んだ。貴族達はどんどん奥まった場所へと進んでいくのでやはりズーラーノーンと関係している可能性が高い。邪神崇拝というのはいかにもズーラーノーン絡みっぽい響きだし。

 邪神を崇めてるっぽいし儀式もなんか禍々しい感じなのだろうか……と思うと見るのが怖いような気がしてしまうが、今更後には退けないし何より千変の仮面(カメレオン・マスク)の無事を確認しなければならない。鬼が出るか蛇が出るか、本当はどっちも出ないでほしいが退く訳にはいかない理由がモモンガにはある。飲食不可を解決するユグドラシルアイテムはもし手に入ったとしてもデメリットも相当きついので安全面の問題で常用はできない、千変の仮面(カメレオン・マスク)と併用できれば理想的なのである。

 推測通り貴族達は最奥にある霊廟に入って行った。〈透明化(インビジビリティ)〉と〈静寂(サイレンス)〉の効果も切れたのでモモンガも完全不可知化を解除し少し離れた物陰から見守る。気配がなくなったとイミーナがサインをだしたところで一行は霊廟へと足を踏み入れた。

「〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉」

 アルシェが杖の先に光を灯し霊廟の中を照らす。その灯りを頼りにイミーナが霊廟内の探索を始める。

 本当はモモンガには分かっている。奥の方にある大きな台座の下の方に付いてる彫刻、めちゃくちゃ見覚えがあるあそこである。あそこを操作すれば多分台座が動く。だがピンポイントでそこを当ててしまうと下手をすると(自分ではそうではないと思っているが)ズーラーノーン関係者だとバレてしまうので下手な事は言えないし怪しまれるのは間違いないので黙っているのが無難である。多分同じ理由でクレマンティーヌも特に何もしないし何も言い出さない。

 しかしイミーナもミスリル級のパーティに籍を置く一流の野伏(レンジャー)である。台座の下に空洞があることをじきに探り当て、いかにもといえばいかにもな彫刻のスイッチにもすぐに気付いた。幾度か試行錯誤してイミーナが彫刻のスイッチを操作すると、重い音がして台座が後ろへと動いていく。

「マジでアジトって感じだな……もし鉄壁がやられたとなると相当の戦力がいると考えた方が良さそうだが」

「心配いらないよぉ、モモンガさん以外の魔法詠唱者(マジックキャスター)なんてスッといってドスッで終わりだからさぁ、邪魔する奴が出てきたらアタシとブレインに任せてくれればいいから」

「……そうだな、多分その方が確実だろう、任せるよ」

 クレマンティーヌの言葉にヘッケランが頷く。こいつも見た感じで相手の力量分かっちゃう系か、とモモンガはやや感心する。モモンガにはない能力なので正直羨ましい。

「一つ聞きたい事がある。モモンガ、あなたが使ったさっきの魔法は私が知らない魔法だったが、どんな系統の魔法なのか教えてほしい」

 アルシェの質問に、さすが魔法詠唱者(マジックキャスター)は知識欲が高いなぁとまたまた感心を覚えてモモンガは答えた。

「魔力系魔法だよ。俺魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)だから。不可知化は魔力系だろ?」

「何位階の魔法か聞いてもいいだろうか」

「それは秘密」

 第九位階ですなんて正直に答えたらとんでもない事になるのでそこは秘密にしておく。その答えを聞いてアルシェはじっとモモンガを見やったがやがて、そうかと呟いて目線を台座の下の階段に向けた。えっ、そんなんでいいの? とは思ったもののこれ以上ツッコまれても困るのでモモンガも黙っておくことにする。

「さて……じゃあ行きますか」

 ヘッケランがそう告げ、一行は深い闇へと続く階段を一歩一歩降りていった。




誤字報告ありがとうございます☺

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