Life is what you make it《完結》   作:田島

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死の王、降臨

 石造りの階段は途中で一度折れ曲がっていた。階段を降りきると、そこは広い空間になっていた。

 壁には邪悪と醜悪と怨嗟を詰め込んだような奇怪で陰惨な絵の描かれたタペストリーがかかり、その下では赤い蝋燭が幾本も灯り血の匂いが部屋に立ち込めている。何というかモモンガにとってはものすごく既視感のある光景である。エ・ランテルの地下神殿と同様、どこからか空気を取り入れているのか空気は外と同様新鮮で淀んでいる気配はない。

 その広間の奥には黒いローブ姿の二人の男と、一人と言っていいのかよく分からないが小さな男らしきものが居た。こちらに気付いたローブ姿の男の一人が手を上げると、どこに隠れていたのか周囲から同じようなローブ姿の男達が多数出てきて、上の方で何か重いものがゆっくりと動く音がした。恐らく入り口が閉じられたのだろう。

 小さな男らしきものは何なのかがモモンガには本当によく分からなかった。子供のような小ささのそれは裸体に腰布を巻いただけの格好で、肌はかさかさで痩せさらばえており鎖骨も肋骨も腰骨も痛々しいほど浮き出ている。(モモンガに言えたことではないが)目にはそこにある筈の眼球がなくぽっかりとした窪みが空いており、半開きの口は歯茎が剥き出しになって歯は一本も生えていなかった。

 確かにミイラだ。成程とモモンガも納得せざるを得なかった。

 周囲の男達はいつでも魔法を撃てる態勢を整えている。退路もなく普通であれば全滅か降参を余儀なくされる場面だろう。そう、普通であれば。

「成程な……鉄壁もこれでやられたって訳か……」

 微かに動揺した声色のヘッケランの低い声が聞こえた。大ピンチなのだから動揺するのも当たり前である。むしろこれだけの状況でも冷静さを保っている辺りはさすがミスリル級相当のワーカーチームのリーダーと言うべきか。

 威光と威厳かぁ……できればやりたくなかったが仕方ないか。魔法を撃たれても全部無効化するところをフォーサイトに見られるよりはマシである。モモンガは腹を括る。

「フォーサイトの皆さん」

「何でしょう?」

「今からもの凄く怖い思いをすると思うんですが、少し我慢しててください。すぐ終わります」

「えっ…………あっ、はい……何をするんですか?」

「ちょっとした……手品みたいなものです」

 説明のしようがない。モモンガは説明することを放棄した。そして前に出て、特殊技能(スキル)・絶望のオーラレベルⅠを広間全体を覆うように解放する。フォーサイトとクレマンティーヌとブレインも巻き込んでしまうのだが我慢してほしい。すまない、許してほしい。心の中だけでモモンガは詫びた。

 次の瞬間には、モモンガとある程度心構えのできているクレマンティーヌとブレイン以外の者が全て腰を抜かしていた。ひぃっという悲鳴があちこちから漏れ聞こえる。ミイラも腰を抜かし金魚のように忙しなくぱくぱく口を開けたり閉じたりしていた。これ位でいいかな、と思い絶望のオーラをモモンガは切った。

「さて、聞きたい事があるのだが。まだ戦うかね?」

 そうモモンガが問い掛けると、ミイラは勢い良くぶんぶんと首を横に振った。意外と元気なミイラである。

「その前に上の入り口を開いておいてもらおうか。帰れないと困るからな。閉められるんだから開けられるだろう?」

 モモンガの言葉にミイラは今度は勢い良くぶんぶんと縦に首を振り、すぐ横にいたローブの男に何かを言った。何を言っているのかは全く聞き取れない。腰を抜かしていたその男は四つん這いで必死になってスイッチがあると思しき方向へと移動していく。

「さて、俺達は鉄壁というワーカーチームを探してここに来たんだが、心当たりはあるかな?」

 モモンガのその問いにミイラは頷き、移動していったのとは別の男にもごもごと何かを耳打ちした。耳打ちされた男がおずおずと口を開く。

「二週間ほど前に……ワーカー共が……侵入してきましたので……捕らえました」

「それで、まさかとは思うが、そのワーカー……もう始末済みだったりはしないよな?」

「本日……月に一度の儀式がありましたので……その生贄に使う為に…………生かしてありました」

 生贄?

 それってつまり、これから殺すって事?

 貴族達が霊廟に入ってからまだそんなに時間は経っていない、今ならまだ間に合うかもしれない。モモンガの気持ちは逸る。

「儀式は! どこでやっている! もう始まっているのか!」

「ひぃっ! も、もうっ、始まっておりますっ!」

「案内しろ、早くだ! もし彼等が死んでいたら……貴様達には地獄さえ生温いと思えるような運命が待っていると思え! そこのミイラも来い! フォーサイトの皆さんも怖かったとは思いますが早く立って!」

 焦りまくりのモモンガの言葉に、呆然としていたフォーサイトの面々もようやく我を取り戻し立ち上がる。そこでモモンガは、邪教に耽り生贄を捧げていた貴族を突き出したらもしかしたら皇帝に恩が売れるのでは、とふと思い付く。恩がある相手とあれば皇帝もあまりしつこくは勧誘しづらいだろう。どうせフールーダ以上の力があることはバレているのだ、この程度の事は出来て当たり前と思ってもらえる筈である。

「誰か一人詰め所に行って衛兵を呼んできてくれますか、貴族を捕らえる人手が必要でしょう」

「……私が行く、〈飛行(フライ)〉を使えば走るより早く呼んでこられる」

「ではアルシェさんお願いします、他の人は行きますよ、お前! 早く案内しろ!」

 アルシェは一人階段を登っていき、モモンガ一行とフォーサイト残り三人はミイラと黒ローブの先導で広間から伸びた通路を急ぐ。行く手からやがてざわめきが漏れ聞こえてきて、その歓声と熱気は段々と近付いて大きくなってくる。やがて光の漏れる入り口の前で黒ローブとミイラは立ち止まり、ここですと黒ローブが告げてきた。

「生贄だ!」

「生贄を捧げろ!」

 中は玄室のようになっており、裸体の背中がずらりと並んでその向こうにツアレが入っていたような大きな袋が幾つか見えた。あれが恐らく鉄壁だろう。それにしても裸体はだらしなく脂肪で弛んだものや皺だらけのものなど正視に耐えないものばかりである。それを大量に並べられると最早精神的ブラクラである。大体にして何で裸なんだ? 何も邪教だからって全裸で儀式しなくてもいいだろう? 貴族の考える事はモモンガにはよく分からなかった。

 それにしてもやばい、状況はかなり切迫している。モモンガとしては中の奴等を皆殺しにして片付けたい気持ちで一杯だがここにはフォーサイトがいる。フォーサイトにここまで来てもらったのは救出した鉄壁と渡りを付けてもらい千変の仮面(カメレオン・マスク)を譲り受ける交渉を有利に運ぶ為だが、フォーサイトの手前皆殺しはさすがにまずい。それに皇帝に恩も売れなくなる。

 皆殺ししないでこの状況をすぐに解決する方法。それをモモンガは一つ思いついた。できれば使いたくない手であるが最早一刻の猶予もない、手段を選んではいられない。

「ミイラ、一つ確認だ。鉄壁の持ち物や装備は処分してないだろうな?」

 モモンガの問いに即座にミイラは頷いた。

「ではお前は荷物のある所まで案内しろ。イミーナさん、お願いします」

「は、はいっ」

 イミーナも即座に頷き、黒ローブの先導で通路を先へと走っていく。

「さて、ヘッケランさんにロバーデイクさん、提案があります。これから起こる事を目にしても一切口外せず私に攻撃もしないと約束してくれたら、報酬に百金貨上乗せします」

「ど、どういう事ですか?」

「受けますか、受けませんか? 私としては受けてもらいたいのですが、今すぐ鉄壁を助ける方法が他に思い付かないので」

 モモンガのその言葉を聞いたヘッケランの中には確かな逡巡が生まれていた。これから起こる事は見ない方がいいのではないか、そんな確信のような予感があった。アルシェの目で魔力が見えないのに強力な未知の魔法が使える魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)である事実といい、先程放たれた世にも恐ろしい気配といい、このモモンガという男は何か自分達の常識では計り切れない所があるように思えてならなかった。一瞬の間に数十数百の計算が頭を駆け巡る。しかし、ここまで来て仕事を放棄するなどワーカーとしての信用問題に関わるし、ヘッケランとロバーデイクの胸の内にさえ収めておけば鉄壁を助けられるというならばここは乗るべきだろう。一体何を見せられるのかと思うと恐ろしくてならないし攻撃するなとはどういう事なのかという疑問は尽きないのだが。ロバーデイクに目線をやるとヘッケランと同じ思いのようだった。

「……分かりました、受けます」

 ヘッケランとロバーデイクが頷いたのを確認して、肺はないがモモンガは大きく息を吸い吐き自分に活を入れる。

「じゃあブレインとクレマンティーヌは通路を塞いで貴族を逃さないようにして外まで誘導して。私が奴等の注意を引き付けている間にヘッケランさんとロバーデイクさんは部屋の中に入って待機して貴族が逃げ次第鉄壁を救出してください。ミイラは逃げるなよ、逃げたら地の果てまで追いかけて死んだほうがマシだと思うような目に合わせるからな」

 各々が頷いたのを確認して、モモンガは速攻着替えをして装備を神器級(ゴッズ)装備に変え、邪悪な魔法使い変装セットを外して死の支配者(オーバーロード)の素顔を晒して漆黒の後光を背負う。ヘッケランとロバーデイクとミイラが明らかに息を呑んだのが分かった。

「アッ……アッ、アッ……」

「アンデッドです。じゃあ頼みましたよ。〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 ロバーデイクの言いたかったであろう事を代弁してからモモンガは転移で部屋の中へと移動した。突如現れた闖入者に貴族達は呆然とし、場は静まり返った。ちらりとモモンガが下を見て確認すると、鉄壁が詰まっていると思しき袋はまだどれも剣が突き立っていたり血が流れたりはしていない。良かった間に合った、心の中だけでモモンガは安堵の息を深くついた。

「邪神様……」

「邪神様がご降臨なされた……!」

「我等の祈りに邪神様が応えてくださった!」

「邪神様!」

「邪神様!」

 誰かがぼそりと呟いた邪神様という言葉が波紋が広がるように場を包んでいき、やがて全ての貴族達による邪神様の大合唱となった。中には涙を流して感激している者までいる。その光景にモモンガは正直内心ドン引きしていたのだが、手筈通りヘッケランとロバーデイクが部屋の中にこっそりと侵入しそれぞれ隅に位置取って待機したのを確認してから両手を肩の上まで上げ、ゆっくりと下ろした。その動作に合わせたように場が静まる。

 鎧の音や足音がしないところをみると、きっちりとロバーデイクが〈静寂(サイレンス)〉をかけてから行動しているのだろう。モモンガの正体はかなりショッキングだったと思うのだがそれを目の当たりにしてもしっかり仕事はやってくれる辺りフォーサイトはなかなか頼りになるとモモンガは感心した。

 そして、それにしても背中はまだマシだったな、とつくづくモモンガは思っていた。正面から見た貴族達のだらしない体は見るに堪えないというレベルを超えている。一人ならまだ良かったろう、耐えようもあった、しかしながら部屋一杯である。視界を覆ってしまっている。これから死の王ロールを行って語りかける以上見ないわけにもいかない。干し柿とかチャーシューと思う事にしよう、と考えるものの食べ物の事を考えると食べたくなってしまってそれはそれで苦しい。集中だ集中、集中するんだモモンガ。必死に自分にモモンガは言い聞かせる。

「私は死の王。総ての死を掌中に収める者である。多くの死を我が元に齎したのは汝らの行いか」

「……左様でございます、尊きお方。御身に捧げるべく、多くの者を生贄に捧げ御身に祈って参りました。我等の祈りが届きその尊きお姿を現していただけたのでしょうか」

 横で呆然とモモンガを凝視していた神官らしき格好の男が跪き口を開いた。恐らくは邪教集団の取りまとめでもしているのだろうとモモンガは推測した。

「祈りが届いた……? 勘違いも甚だしいとはこの事よ。汝らの勘違いを正す為今日この場にわざわざ私は姿を見せたのだ」

「は……あの、何かお気に召さぬ点がございましたでしょうか……」

 戸惑ったような神官の問い掛けに、モモンガは本日二度目の特殊技能(スキル)・絶望のオーラレベルⅠを発動する。一瞬にして場の空気が凍りつき、神官は息を呑んで身動いだ。壁際のヘッケランとロバーデイクを巻き込まないよう効果範囲には気を使う。ちらりと窺うと二人ともドン引きしているのが明らかな表情である。辛さを心の内だけに秘めモモンガは左手を神官へと差し出し、握りしめてみせた。

「総ての死は我が手中にあるもの、故に私は弱き種たる人が命を弄ぶ事を好まぬ! 汝らの行いは死を弄び冒涜するものである!」

「は、はっ! し、しかっ……しかしっ、御身に捧げるものとなれば、人にとっては命より尊きものはなく……!」

「愚にもつかぬ答えよ……ならば汝の命を捧げるがよい、(おの)が意志で我が元に来たる者を拒みはせぬ。(おの)が命以外の命を人の身が支配するか、私を差し置いて! その行為のどこに私への崇拝があるというのだ?」

「も、ももも、申し訳ございませんっ! ど、どうか、何卒お怒りをお鎮めくださいっ!」

 跪いていた神官は今は既に土下座の姿勢である。演技も疲れてきたしそろそろ頃合いだろうと思いモモンガはめちゃくちゃ怒ってみせることにする。

「これ以上人の身で命を弄びそれを私への祈りであると勘違いを重ねるならば、その不敬命をもって贖ってもらう事になろう。疾く去ね! この場に残る者は私がこの手でその命を刈り取る!」

 そのモモンガの宣告に(モモンガにとっても)阿鼻叫喚の地獄絵図が生まれた。見たくないものが一杯見えたのである。あんな汚いものをしかも大量に好き好んで見ていたくない、できれば目を逸らしたいのだが、全員この場からいなくなるまでこの姿勢を崩すことはできない。慌てて立ち上がり押し合いへし合い転んで潰されながら貴族達は恐怖に凍り付いた顔で一目散に出口へと駆けていく。尻も見たくないなぁと思いながらモモンガは必死に耐え続けた。神官も勿論逃げ出した。

 出ていったところで通路はクレマンティーヌとブレインに押さえられている。恐らく全裸の自分の前に武器を持った者がいる事に恐怖したのだろう、ひぃっと悲鳴が聞こえてその後移動が始まり、最後尾のブレインが出入り口を横切って姿を消した後でモモンガは絶望のオーラと漆黒の後光を切り、ローブを着替えて邪悪な魔法使い変装セットを装備した。

 ドン引きして強張り引き攣った表情のヘッケランとロバーデイクはそれでも仕事だからだろう、恐る恐る近寄ってきて鉄壁が詰まっている袋の口を開き、メンバーを救出していく。

「眠らされてるのか?」

「生贄に捧げるまで起きないように何か薬を使われている可能性もありますね、試してみますか……〈毒治癒(キュア・ポイズン)〉」

 ロバーデイクが治癒魔法をかけた男がうう、と呻いた後ゆっくりと目を開く。どうやら推測通り薬で眠らされていたらしい。全員に魔法をかけ、無事鉄壁のメンバーが目を覚ます。

「……ヘッケラン? 何で、お前がここに?」

「ようバルバトラ。お前さんを探して遥々こんな所まで来たんだぜ? 命の恩人に随分なご挨拶だな。といってもまあ、俺は何もしてないけどな。お前達の命の恩人はそっちの人だよ」

 ヘッケランが指し示したモモンガを見て、バルバトラはぎょっとした顔をする。それはそうだろう、こんな怪しげな場所でこんな怪しげな仮面をした男を見てぎょっとしない人はどうかしている。とりあえずモモンガは軽く礼をしてから口を開く。

「旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンガと申します。あなたがお持ちの千変の仮面(カメレオン・マスク)の話を聞き、是非お譲り頂けないか交渉したいと思い参りました。とりあえずその話は後です、まずは装備品を取りに行きましょう。立てますか?」

「え、あ、はい……」

 鉄壁のメンバーはどうやらどこも不調はないようで、全員無事に立ち上がった。廊下に出るとイミーナと黒ローブとミイラがいた。イミーナに装備品がある部屋までの案内を頼み、モモンガはその場に残る。

「さて、じき衛兵も来るだろう。無事解決したのでお前達は逃げていいぞ。邪教集団を潰して悪かったな」

 モモンガの言葉を聞いて何を思ったのかミイラは黒ローブに何事かを耳打ちした。直接話せないのだろうか。

「あの……我等を潰しに来たのではないのですか?」

「鉄壁を助けに来ただけだから正直な話お前達に興味はない。ミイラに逃げるなと言ったのは鉄壁がもし死んでいた場合地獄より恐ろしい目に合わせる為だ」

「は……はぁ……」

「早く逃げないと帝国兵が来るぞ? 俺の気も変わるかもしれないしな」

 モモンガのその言葉にミイラも黒ローブもぎょっとし、脱兎の如く入口方面へと駆けていった。さて鉄壁と交渉するか、と考えたところで装備品がある部屋までの道が分からない事にようやくモモンガは気付いた。待ってればじきに来るだろうと思い待つことにする。何もこんな所で交渉しなくてももっとゆっくり話せる場所で交渉すればいいのだ、急ぐことはない。そう、鉄壁は無事だったのである。こんなに嬉しいことはない。

 ワーカーチームが一つ消えようがどうしようがモモンガにはまるで関係ない話だが、鉄壁は別だ、千変の仮面(カメレオン・マスク)を交渉で手に入れなければならないのだから。鉄壁が死んで千変の仮面(カメレオン・マスク)は残っていた、という場合でもまあ悪くはないのだが墓荒らしでもして掠め取ったような後ろめたさが残る。やはり正々堂々と交渉で手にしたいではないか。

 しばらく待っていると装備を整えた鉄壁とフォーサイトが戻ってきたので連れ立って外へと出る。霊廟の外ではクレマンティーヌとブレイン、アルシェ、それから帝国兵が一人待っていた。帝国兵はモモンガを見つけると小走りに駆け寄ってきた。

「モモンガ殿でいらっしゃいますね」

「はい、そうですが」

 帝国兵が何故自分の名前を知っているのだろうとモモンガは疑問に思いながら返事をしたが、目立つマスクだしあの皇帝ならモモンガの特徴を全兵士に周知とかやってそうである。

「通報して頂いたワーカーの方からモモンガ殿の依頼である事を聞きその旨皇帝陛下にお伝えしたところ、褒賞を与えたいのでワーカーの代表者の方と共に明日帝城までお越しいただくようお伝えするようにお言葉を賜りました」

 うわぁ、情報伝達早いね帝国……国としてはとてもいい事なのだがあまりの素早さにモモンガもびっくりである。この速度ということは多分〈伝言(メッセージ)〉とかで伝えたのだろう、こんな夜中によく怒らないものである皇帝。モモンガに関することなら時間は問わないとかやってそうであるあの皇帝。

「ということは、フォーサイト……ワーカーの皆さんにも褒賞が出るということですか?」

「はい、左様です」

「分かりました、それでは明日伺いますのでよろしくお伝えください」

「ありがとうございます、それでは失礼いたします」

 一礼して帝国兵は去っていった。こんな墓場で話も何だしとりあえず移動しようという事になり、鉄壁を加えた一行は歌う林檎亭へと向かった。

 結構な大人数が夜中に押しかけてきて宿屋の親父も困り顔である。だが許してほしい、他に適当な場所がなかったのだ。心の中だけでモモンガは詫びた。

 ヘッケランの推測は概ね当たっていた。ウィンブルグ公爵とかいう貴族が中心になって貴族達が墓地に度々出入りしているのを突き止めた鉄壁はこれは強請りのネタに使えると思い調べ、あの霊廟に何かある事を突き止め、探ろうと突入して今回のモモンガ達のように退路を断たれ多数の魔法詠唱者(マジックキャスター)に囲まれて袋の鼠になり捕まってしまった、ということだった。

「さて、では本題の千変の仮面(カメレオン・マスク)のお話をさせていただきたいのですが、大変貴重なアイテムでしょうしどうしても手放したくない、とお考えかもしれません。ですが私にとっても非常に必要なアイテムなのです。そこで、価値を正確に把握する為にも、まずは鑑定魔法をかけさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「それでしたら、どうぞ」

 バルバトラがモモンガの前に千変の仮面(カメレオン・マスク)を置いてくれたので、モモンガは〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉を唱える。

「ふむ……ふむ、ふむ……………………えっ⁉」

 何かに驚いたモモンガが徐々に項垂れていき、やがて首が完全に垂れ下がり肩ががっくりと落ちた。

「……あの、お返しします…………見せていただいて、ありがとうございました……」

「えっ? あの、交渉ですよね? 命を救っていただいた恩もありますし、適正な価格であればお譲りしてもいいと思っていたのですが……」

「いえ……その仮面は、バルバトラさんの元に居たがっているのです……居させてあげてください……」

 完全にテーブルに突っ伏したまま弱々しい声色で答えたモモンガの様子に、その場の誰もが戸惑った。

「どうしたんですかモモンガさん、あんなに欲しがってたのに」

「そうだぜ、あれがありゃ検問だって楽々パスだぜ?」

「……………………種族制限、人間種」

 モモンガの様子を心配して椅子を立って側に立ち声をかけたクレマンティーヌとブレインにだけ聞こえる声でモモンガは、あれだけ欲しがっていた千変の仮面(カメレオン・マスク)を諦めた理由を告げた。その答えを聞いたクレマンティーヌとブレインは何も言わずにモモンガの肩にそっと手を置いた。

「……しかし、命を救われて何もしないってのも何だしなぁ。大した金額ではありませんがよければ礼金だけでも払わせていただけませんか」

 バルバトラの申し出に、ショックから少し回復して顔を上げたモモンガが頷く。

「そうですね……ただ、今回皆さんをお助けできたのはそもそもフォーサイトのヘッケランさんとロバーデイクさんが千変の仮面(カメレオン・マスク)の話をされていた事が切っ掛けなので、それがなければ皆さんを助けに行くこともなかったでしょう。ですので礼金はフォーサイトの皆さんにどうぞ。今回私の方では働きの割にはかなり安い金額の依頼をしてしまったので」

「それは悪いですよモモンガさん、俺達は報酬分の仕事しかしてませんよ?」

「期限はもう来てるんだからな、でしたっけ? 何かとご入用なのでは?」

 ショックから立ち直りきれておらずまだ力ないモモンガの言葉にヘッケランが黙り込む。モモンガも金が欲しくないかといえば欲しいのだが、あわや全滅かという思いをさせたり絶望のオーラを食らわせたり死の支配者(オーバーロード)の姿を見せたりフォーサイトには報酬以上の無理を強いたな、という気持ちがあるのだ。追加報酬も勿論払うが口止め料としてはそれでも安すぎるだろう。

「私にお支払いいただいてもフォーサイトに渡しますので、それでしたら直接フォーサイトに渡していただいた方が手間が省けるでしょう」

「……どうしても、ですか?」

「はい、どうしてもです」

 ヘッケランの問いにモモンガは即答した。困り果てた様子のヘッケランが息をついて肩を竦めた。

「……じゃあ、有難く頂いておきます」

 仕方ないといった様子でヘッケランが折れ、一度宿に戻って金を纏めて明日持ってくる事になり鉄壁は定宿へと帰っていった。

「さて、では今回の報酬ですね」

 モモンガは背負い袋から金の袋を取り出し、白金貨十二枚と金貨五枚をテーブルの上に置いた。

「えっ? 何でこんなに?」

「十枚、多い……」

 事情を知らないイミーナとアルシェが面食らっている。それはそうだろう、いきなり金貨百枚上乗せである。

「まあ、成功報酬というやつとでも思っておいてください。皆さんの働きに満足した代金と思っていただければ」

「でも……!」

「イミーナ」

 尚も疑問を口にしようとするアルシェとイミーナに、ヘッケランが黙って首を横に振ってみせる。何か事情があるのだろうと察した二人は、それ以上の追及を諦めたようで何も言おうとしなかった。

「さて、あともう一件。実は今回の邪教集団の捕縛について、皇帝陛下から褒賞が出るそうです。フォーサイトからも代表者を連れてくるようにという話だったのですが、明日のご都合は大丈夫でしょうか?」

 突然の褒賞の話にフォーサイトの面々は互いに顔を見合わせる。棚から牡丹餅である、それは驚くだろう。

「……礼金に褒賞まで出るのであれば、お二人の結婚資金としては十分なのでは?」

 ロバーデイクが突然妙な事を言い出し、ヘッケランとイミーナが頬を赤らめて慌て出す。

「ロバー、お前突然何を……! 知ってたのかよ……」

「気付かない訳がないでしょう。さて、こういう場合ですとパーティはもう続けられませんね。残念ですが、解散、ですかね」

「……そうね、パーティ内に夫婦がいたんじゃ信頼関係に問題が生じるものね。じゃあ今回の報酬やらは、四分割で大丈夫ね」

 この二人ってそういう関係だったのか、と全然気付いていなかったモモンガが男女の機微に思いを馳せていると、ダン、とテーブルが叩かれた。音のした方を見るとアルシェが俯いていた。

「待って……待ってほしい! 私が、私が抜けるってちゃんと自分から言えないから! 二人のせいに……したくない!」

「お前こそ落ち着けアルシェ、お前の件は関わりなく俺とイミーナは結婚するつもりだったんだ。遅かれ早かれフォーサイトは解散だったのさ。それが今になっただけだ」

「そうよ、進む道がこれから先は違うっていうだけ。あなたのせいでも誰のせいでもないわ」

「そうです、それぞれに続けられない事情ができた、それだけですよ。あなたが気に病む事ではありません」

「皆……」

「一番大変なのはお前なんだぜアルシェ、小さな妹二人抱えて稼いでいかなきゃいけないんだからな」

 こんな年若い女の子が小さな妹二人を育てながら働く、なかなかハードである。しかし〈飛行(フライ)〉が使えるということはアルシェはこの若さで第三位階に到達しているという事である。第三位階って確か天才の領域だっけ? 将来性も相当あるのでは? この世界では結構凄いのでは? という事はこれは使える、という結論にモモンガは至る。

「一つ、提案があるのですが。明日帝城へ行くフォーサイトからの代表者は、アルシェさんにしませんか?」

 突然のモモンガの提案に、フォーサイトの面々は素っ頓狂な顔をして驚いた。

「……何で、私が? リーダーはヘッケランだ」

「実は私は今皇帝陛下から仕えないかとお誘いを受けているのですが、旅の目的もあるものですからお仕えすることができないのです。ですがただ断るのも心苦しいので、それであればその若さで第三位階まで到達している将来有望なアルシェさんを代わりに推薦できれば皇帝陛下にも少しはご納得いただけるのではないかと思いまして」

「……確かに、第三位階を使えるアルシェなら魔法省に入ったっておかしくはない……給料だっていい」

「チャンスよ、行ってきなさいアルシェ!」

 ヘッケランとイミーナが意見の後押しをしてくれる。ありがとうヘッケランとイミーナ、心の中だけでモモンガは感謝した。

「私は……魔法学院を中退した身だ……魔法省になんて入れる訳が……」

「皇帝陛下は実力主義と聞いております、アルシェさんの実力であれば十分評価されると思いますが」

「そうですよアルシェ、皇帝は必要ならあなたをもう一度魔法学院に入れる位はする方ですよ。あなたの力は必ず評価されます、自信を持ってください」

 ロバーデイクの後押しも有り難い。ありがとうロバーデイク、モモンガは心の中だけでの感謝に一人追加する。

「…………分かった、行くだけは、行ってみる」

「そうだ、それでいいんだアルシェ! 絶対上手くいくって!」

「こーんな優秀な魔法詠唱者(マジックキャスター)を評価しないなら皇帝の目は節穴よ」

「あなたの肩には妹さん二人の将来もかかっているのですから、皇帝に自分を売り込んでやる位の気持ちでいかなくては駄目ですよ」

 入れ替わり立ち替わりアルシェを励ます三人を見て、フォーサイトは本当に仲がいい、とモモンガは思った。ワーカーについて冒険者のドロップアウト組で汚れ仕事をやっているという話を聞いて抱いていたイメージとは大分違う。初日にも見た通りワーカーらしい立ち居振る舞いもできるのだろうが、仲間を思う気持ちや絆の強さは冒険者と何も変わらないだろう。

 でも、漆黒の剣の絆の強さに嫉妬を覚えた時とは今は違う。モモンガにももう、大切な仲間がいるのだから。

「ヘッケランさんとイミーナさんはご結婚されたらどうするのですか? 何か他のお仕事を?」

 何となく気になりモモンガが疑問を口にすると、ヘッケランは視線を上向けうーんと考え込んだ。

「実はまだ何も考えてないんですよね。ただ、帝国はハーフエルフには住みやすい国とは言えないんで、他に移ろうかとは考えていたんですが……」

「私は平気よ、いいじゃないここで何か仕事を探せば」

「俺が辛いんだよ、勘弁してくれ」

 結婚する前から意見の相違が出ているようだが、まあそんなものなのかもしれないとモモンガは思った。何せモモンガには恋人すらいた事がないのだからどういう感覚かなど分かる筈がない。移住先か、と考えてぴったりの場所を思い当たる。この二人なら村を守る戦力としても恐らく申し分ない。

「もし移住するなら、王国領になりますがカルネ村という私がホームタウンにしている村がありまして、そこはどうでしょう。そこでしたら今移住者を募集していますしすぐ住める空き家もありますし、村では召喚されたゴブリンも働いていますのでハーフエルフだからといって差別されるような事もないと思いますよ。ヘッケランさんとイミーナさんなら自警団の心強い戦力として快く迎え入れてもらえるでしょう」

「……ゴ、ゴブリンですか? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫ですよ。私が渡した召喚アイテムで召喚されたゴブリンなので、召喚主の命令に絶対服従で無闇に人に襲い掛かったりはしませんし、普通のゴブリンよりも知能も高く優秀です」

「成程……どこか村がいいかと思ってたけどそういう所があるならそれもいいかもな……」

「ちょっと、勝手に一人で話を進めないで」

「イミーナは嫌か? 村で暮らすのは」

「……嫌じゃ、ないけど……」

「まあ、その辺りは明日にでもゆっくりご相談されてください。ではそろそろ我々も引き上げますので、また明日。アルシェさん、明日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく頼む……」

「お疲れ様でした、おやすみなさい」

 そうしてモモンガ達も宿へと戻り、長い一日はようやく終わったのだった。無駄働きだったなぁと思わなくもないのだが、こういう事もあるだろう。取らぬ狸の皮算用とはよく言ったものである。取ったどーと思ったら狸の皮装備できなかったよ……そんな事を考えたモモンガの背中には哀愁が漂っていた。

 

***

 

「ヘッケラン……一体何があった? どうして報酬が百金貨も上乗せされた?」

 モモンガ達が去った後アルシェが口にした疑問は当然のものだった。だがヘッケランには答える意志はない。

「あのモモンガという魔法詠唱者(マジックキャスター)……魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)だというのに私の眼では魔力が見えないしあの世にも恐ろしい気配といい本当に分からない事だらけ……一体何者なんだ」

「深入りはするな、アルシェ。妹が大事ならな」

「……どういう意味?」

 訝しげな視線を向けてくるアルシェにヘッケランは苦い顔を返した。己が抱えている秘密を思えば顔も苦くなるというものである。

「そのままの意味さ。いいかアルシェ、これは忠告だが、世の中には知らない方がいい事ってやつがある。俺は今回見た事をお前にもイミーナにも誰にも話すつもりはない、墓の中まで持ってくつもりだ。それはロバーも同じ事だと思うぜ」

 アルシェがちらと目線を向けると、ロバーデイクはヘッケランの言葉に頷いていた。

「結婚する前からそんな秘密を持たれてたんじゃ、この先が思いやられるわね」

「勘弁してくれよ、他には絶対に秘密なんて持たねえからさ、これだけはマジで本当にやばいんだ」

「仕方ないわね、それなら許してあげる。私の為に秘密にしてくれてるんですものね」

「はいはい、それ以上いちゃつくなら部屋でごゆっくりどうぞ」

 いい雰囲気になりかけているヘッケランとイミーナにロバーデイクの茶々が入る。こんな日常も、もう終わり。楽しい時間が過ぎるのはあっという間で、過ぎてしまえば時間などまだ経っていないかのように感じられてしまう。この時間はもうすぐ失われてしまうのだ、その事実にアルシェの胸はどうしようもなく痛んだ。

 

***

 

 次の日、歌う林檎亭で合流したモモンガとアルシェは帝城へと向かった。門番に用件を告げると、少しお待ち下さいと言われ門番の一人が誰かを呼びに行った。やがて城の中から出てきたのは王子様ことニンブルだった。

「モモンガ殿、ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ、陛下の元までご案内します」

 相変わらずの凛々しい顔でニンブルがそう告げ、先に立って歩く。モモンガとアルシェもそれに続いた。褒賞を渡すだけなら何も忙しい皇帝が直々に会うこともないだろうにと思わなくもないのだが、多分皇帝はモモンガに用事があるのだろうから何も言えない。

 王国の城が重厚なら帝城は絢爛だろう。白亜の壁にシャンデリア、大理石の床に赤い絨毯、金を基調とした装飾品。あちらの方がきらびやかさは数段上だがどこかナザリックの第九階層を彷彿させるところもある。

 城の奥まった所にある部屋にモモンガとアルシェは通され、しばらくお待ち下さいと言い残してニンブルが去っていった。応接室らしきその部屋はやはり絢爛な造りで、白に金の調度品一式と白い石のテーブル、赤いソファが置いてあった。モモンガがソファに腰掛けるとアルシェは向かいに座った。特に話す事もなかったのでしばらく沈黙が続く。

「……イミーナも、村への移住に前向きになっている」

 黙ったままでは気詰まりだったのだろうか、アルシェがぼそりと口を開いた。その内容にそうかそうかとモモンガは嬉しげに頷いた。

「それは良かった。カルネ村はいい所だからきっとあの二人も気に入るよ。皆親切だしきっとすぐに馴染めると思うよ」

「ヘッケランとイミーナが村暮らしなんて想像が付かない」

「村では獣の肉を取ってくる狩人も必要だし、カルネ村は多分大丈夫だとは思うけどモンスターに襲われる危険だってある。冒険者やワーカーを引退した人があちこちの村に住んでくれたら村の人ももっと安心して豊かに暮らせるんじゃないかな」

「そういうものなのか……」

「そういうものさ。カルネ村は辺境の開拓村でスレイン法国に襲われて村人が半減しちゃったからね、人手が足りないんだ。俺としてはあの二人には是非来てほしいと思ってるよ」

 話をしていると、ドアがノックされた。開いたドアから顔を見せたのはニンブルだ。

「お待たせしました、陛下のご準備が整いましたのでご案内いたします」

 ニンブルのその言葉にモモンガとアルシェは立ち上がり部屋を出てニンブルの後に続いた。奥まった一室の前でニンブルはドアをノックした。中から文官らしき出で立ちの男が顔を見せ、一度ドアが閉まって再度開く。中へどうぞ、と告げてニンブルが先に部屋へと入って行ったので二人も後を追い部屋に入った。

 部屋の中央に置かれたソファには、皇帝とフールーダが腰掛けていた。フールーダはモモンガを見、そして隣のアルシェを見て驚きからか目を見開いた。

「アルシェ・イーブ・リイル・フルト……」

 フルネームまで知ってるし知り合いか? とモモンガは不思議に思ったがアルシェはフールーダの呼び掛けに特に何も答えなかった。

「よく来てくれたなモモンガ、そしてこの度はこの帝都を蝕む邪教集団の検挙に協力してくれた事、誠に大儀であった。さあ、向かいに掛けてくれ。そちらの娘も」

 皇帝が立ち上がりそう告げて手でソファを指し示したので、言葉に従いモモンガは皇帝の向かいに腰掛けた。アルシェも隣に座る。それを見て満足したのか皇帝もソファに掛け直した。

「さて、まずは今回の褒賞だ、受け取ってほしい」

 皇帝が手で合図すると横に控えていた侍従が捧げ持っていた盆の上の袋をモモンガとアルシェの前に置いた。

「有難く頂戴します」

 モモンガが頭を下げ礼をすると、いい、と皇帝は微笑んでみせた。その笑顔があまりにも魅惑的な事にモモンガは嫉妬さえ通り越して感心していた。つくづく徹底的なイケメンである。ここまで徹底的だと嫉妬とかそういうレベルを超越して鑑賞の対象にすらなる。

「奴等は中々尻尾が掴めず難儀していたところだったのだよ。君のお陰で一網打尽にすることができた」

「私は探し人をしていただけだったので、たまたまの結果です。それに今回はこちらのアルシェさんが所属するフォーサイトの皆さんのお力なくてはこの結果には結びつかなかったでしょう」

「フォーサイトか、君達もよく働いてくれたようだな、ご苦労」

「勿体ないお言葉です、陛下」

 硬い声で答えながらアルシェは皇帝の方は見ずに視線を下に向けていた。確かに目上の人とあからさまに真っ直ぐ目線を合わせるのはあまり褒められたことではないが、それでも顔を見て話さないと失礼だぞ、とモモンガは思わず注意したくなるがさすがにこんな所でそんな事はできないしそこまでする義理もないだろう。放っておくことにした。

「今日は皇帝陛下に一つご提案があるのですが」

「何かな?」

「先だっても申し上げました通り私は国に仕える事はいたしませんが、それでも優秀な人材を求める皇帝陛下のお心が分からぬわけではございません。ですので本日皇帝陛下に推挙したい優秀な人材であるアルシェさんを連れて参ったのです。このアルシェさんは、この若さで第三位階まで到達した天才とも呼ぶべき才能の持ち主です。事情があってチームが解散する事になりまして働き口を探している様子だったので、ならばと思いお連れしました。是非取り立てていただけないかと思うのですが」

 モモンガの言葉を受けて、皇帝はアルシェの方を見やり何事かを思案している様子だった。やがて何か思い当たる事があったのか、ふむ、と口の片端を上げた。

「……フルトか。あのさして毒というわけではないが薬にも決してならん何の利用価値もない無能だな。今まで存在すら忘れていた」

 皇帝の低い呟きに目線を下に向けたままのアルシェの肩が震えた。よく事情の分からないモモンガは余計な口を挟まない方がいいだろうと思われたので黙っておくことにした。

「爺よ、この娘を知っている様子だったが」

「は……この者は魔法学院始まって以来の天才と呼ばれた娘。どういう訳か途中でいなくなり惜しい人材を無くしたと思っておりましたが、既に第三位階まで到達しているとあれば我が元で魔法の深淵へと更に近付く事も可能でしょう。大いに陛下のお役にも立てる者かと」

「ふむ……フールーダがそうまで言うのであれば取り立てることも吝かではないが、アルシェといったな、お前にその意志は本当にあるのか?」

 皇帝はうっすらと笑みを浮かべてアルシェにそう問い掛けた。アルシェは下を見たまま答えない。モモンガは内心かなりおろおろしていた。何でこんな緊迫した雰囲気になっているのかさっぱり事情が分からないのである。推挙したいといって連れてきた人間がやっぱり嫌ですとか言ったらモモンガの面子丸潰れだし、面子が潰れるのは別にいいのだがその結果やっぱりお前が仕えてくれと皇帝に言われるのは非常に困る。だからどうにかしなければならない。そう、多分あれを言えばいい、答えは分かっている。

「……アルシェさん、妹さんの為でしょう」

 低くモモンガが告げると、アルシェの肩に力が入った。拳を握りしめている。やがてアルシェは決然と顔を上げた。

「私は……陛下の元に仕え陛下のお役に立ちたい、そう考え今日ここに参りました」

 眉根に力を入れ力強い目線で、まるで仇でも睨み付けるように皇帝を真っ直ぐ見てアルシェはそう言い切った。その顔を見て皇帝は笑みを深めた。

「いいだろう、詳しい事はフールーダと相談するがいい。チームが解散するといってもすぐ動けるわけではないのだろう? 準備が整ったらフールーダの元を訪れよ」

「畏まりましてございます」

 アルシェは左胸に手を当て頭を下げた。どうやら丸く収まったようである。これで一安心、と思ったのだが。

「さて、それはそれとしてモモンガ、君も是非我が国に仕えてくれると更なる戦力の増強ということになるのだが。自由な旅は確かに与えられんがそれ以外のものならば望むものを与えよう」

「申し訳ないのですが……お断りいたします……」

「ふふ、冗談だ。有能な人材を連れてきてくれた事感謝する」

 冗談かよ! 目が本気(マジ)だろ! ツッコミたくなる気持ちをモモンガは必死に抑えた。

 

***

 

 そして最後に残ったロバーデイクなのだが。

「これからどうするか、ですか?」

 歌う林檎亭にアルシェと共に戻ってきたモモンガに問われたロバーデイクは、そうですね、と言葉を置いてから少し考え込んだ。

「どこかの開拓村で神官の真似事でもしながらのんびり暮らそうかと思っていたのですが……」

「ロバーデイクさん、冒険の旅、興味ありません?」

「……は?」

 突拍子もない質問にロバーデイクの頭の中は疑問符で一杯になる。全然話が繋がっていない。そうこうしている内に、そうまるで、出会った時のようにがっしりとモモンガが肩を掴んできた。今度は正面から両肩をである。全身鎧(フルプレート)を着ていなかったら肩に痣ができそうなものすごい力である。

「世界中を巡る、冒険の旅、興味ありません?」

「えっ、えっ……あの……」

「世界中に眠る遺跡、秘境、そんな未知の領域を開拓する旅、興味ありません?」

「あの……まさかとは思いますが……仲間に、誘われてます?」

「そのまさかです! 神官、殴打武器! あなたこそ私が探し求めていた人材! うんと言うまでこの手は離しませんよ!」

「えええぇぇ!」

 まさかアンデッド――しかもそこらにいるようなアンデッドとは一線を画する明らかに規格外の力を持った存在に仲間に誘われるなど考えてもいなかったロバーデイクを思わぬ悲劇(?)が襲ったのだった。

 結局モモンガが本当にいつまで経っても手を離してくれなかったのでロバーデイクが折れざるを得なかった。何せアンデッドは疲労知らずだ、根比べとなれば人間が負けるに決まっている。

 そんなロバーデイクの最初の試練はガゼフへの弟子入り……と言われていた筈が何故か蒼の薔薇のガガーランへ弟子入りして殴打武器の扱いをみっちり扱かれることだったのだが、それはまた別の話である。




誤字報告ありがとうございます☺
これにて帝国編は終了です。お付き合いありがとうございました。

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