Life is what you make it《完結》   作:田島

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外伝・竜王国~エリュエンティウ編開始です。


外伝・竜王国~エリュエンティウ編
準備


 フォーサイト解散に伴う共有財産の処分分配等の様々な処理とアルシェの引っ越し・就職が済んでからモモンガ一行とカルネ村に移住するヘッケラン・イミーナは帝都を後にしカルネ村に向かった。アルシェと妹達の引っ越しはモモンガ達も手伝ったのだが怪力で疲労知らずのモモンガは荷物運びで大活躍できたのでご満悦である。引っ越しの日に両親に決然と三行半を叩き付けたアルシェは既に魔法省で忙しい日々を送っている。給与に余裕があるのでフルト家で雇っていたメイドを一人再雇用して妹達の面倒を昼間見させているのでその点も心配はない。

 帝都を出て少し歩いてから街道を外れ突然近くにある森の中に入って行ったのを元フォーサイト三人は大層訝しがっていたが、やがて立ち止まってモモンガが開いた〈転移門(ゲート)〉を見ると唖然とした。カルネ村への転移魔法だから心配ない旨を説明しクレマンティーヌとブレインを先行させると渋々ながらも後に続く。最後にモモンガが通ってゲートを閉じると、あっという間にカルネ村の正門前である。

 例によって例の如く自分では勝てない新顔三人に門番のゴブリンは大層警戒を向けたのだが、カルネ村への移住希望者とモモンガの仲間である事を伝えて通してもらう。まずは村長の家に行き、移住希望者であるヘッケランとイミーナを紹介する。ミスリル級相当の実力を持つ元ワーカーであり村の防衛力の増強に大いに役立つというモモンガの説明に村長も大いに喜んだ。騎士達の襲来からまだ半年も経っていない、恐怖の記憶はまだまだ鮮明なのだ。ミスリル級の力を持つ冒険者やワーカーであればそこいらの兵士など相手ではないのだから村の防衛力としては申し分ない。すぐに村の人間を集めてくれて二人が紹介され、新居となる空き家も用意された。ヘッケランは帝国の村の農民の出身らしく農作業も基本的な心得はあるらしいが、大事な防衛力を農作業に回すことに村長が反対したのでとりあえず自警団でイミーナと共に指南役をするのが当面の仕事という事になった。イミーナは狩猟班にも加わる事になったのでヘッケランは自分だけ暇が多いと嘆いていた。

 新居に向かったヘッケラン・イミーナと別れモモンガ一行はとりあえずエモット家でテーブルを囲んだ。ロバーデイクが仲間入りする事は了承を(無理やり)得た日に他の二人には伝えていたものの、フォーサイトの解散のゴタゴタなどもあったので仲間としてしっかりと顔合わせするのは今日が初という事になる。

「じゃあとりあえず改めて紹介ね、ご存知ロバーデイク・ゴルトロンさん。神官で殴打武器使いという俺の理想の人なので仲間になってもらうことにしました」

「……どうぞ、よろしく」

「モモンガ……お前絶対無理やり引き入れたろ……ロバーデイクの顔が引き攣ってんぞ」

「無理やりなんて人聞きが悪いなぁ、根気強いとか粘り強いとか他に言い方があるだろ? ねえロバー?」

「……ご想像にお任せします」

 がっくりと項垂れたロバーデイクの反応を見れば答えは分かるというものである、愚問だったとブレインは思った。

「じゃあ次、クレマンティーヌね。殺人と拷問に恋しちゃって愛しちゃってる快楽殺人者だけど今は無駄な拷問と殺しは禁止してるから心配しなくて大丈夫だよ」

「しますよ! 駄目じゃないですかそんな危険な人を野放しにしてたら!」

「大丈夫だよぉ、モモンガさんの言い付けはちゃんと守ってるからさぁ、心配ないよぉ」

 ロバーデイクの言い分はもっともなのだがブレインにとっては今更感があるので諦めろとしか言いようがないしそれは追い打ちにしかならないのでブレインは黙っておくことにした。実際クレマンティーヌは本当にモモンガの言い付けをちゃんと守っているのだし。

「で、ブレインね。強くなることにしか興味がない剣術バカだよ」

「随分と雑な紹介だな……」

「マジックアイテムも好きだけど……あれも強くなる為でしょ?」

「まあそうなんだけどよ……」

「ほらやっぱり強くなることしか興味ないじゃないか」

「分かったよそれでいい……」

 言っても無駄だし事実強くなること以外にはあまり興味がないのでブレインは適当に流すことにした。人柄はこれから知ってもらえばいいのである。印象を左右する紹介がこれでは先が思いやられるが。

 その後クレマンティーヌからモモンガが六大神や八欲王等と並ぶ異世界から来訪したプレイヤーという存在であることや、神の領域である第十位階の魔法やその上の超位魔法が使える神と呼ぶべき力の持ち主である事、他のプレイヤーについて情報収集をしながら旅をしている事などが説明されるが、案の定ロバーデイクはただ呆然として聞いていた。それはそうだろう、こんな話をすんなりと受け入れられる方がどうかしている。実際にモモンガの力の一端を目にしていたのに話を聞いた時はブレインだって信じられなかったのだから。

「さて、とりあえず次の目的地なんだけど、エリュエンティウを目指そうと思うんだ。手に入れられるかどうかは分からないけどユグドラシル産のマジックアイテムは是非欲しいしポーション類も補充したいからね。あっでも、その前にロバーデイクとクレマンティーヌをガゼフに弟子入りさせるか。殴打武器特訓だ」

「ガゼフって……あのガゼフ・ストロノーフですか?」

「そうだよ、友人というか知り合い? だから。忙しいだろうから引き受けてもらえるか分からないけど、頼むだけ頼んでみよう」

「そこは友人って言ってやらないとガゼフが泣くぜ……」

「えっ、ほんと? 嬉しいなぁ、ガゼフとももっと親交を深めたいしやっぱり弟子入りだな」

 王都でガゼフと親交を深める計画に思いを馳せモモンガはご機嫌である。

「エリュエンティウを目指すなら法国を通るかアベリオン丘陵を通るか竜王国を通るかの三ルートになりますね」

「法国は避けたいなぁ……となるとアベリオン丘陵か竜王国か。アベリオン丘陵って危険地帯なんだっけ?」

「そうですね、亜人達が日々抗争を繰り返しているので人間にとっては危険です。モモンガさんの前では問題にはなりませんが……中には戦闘技術や魔法などを身に着けた強力な亜人もいるので、ロバーデイクには少々厳しいかもしれません」

「情報収集の機会も作れなさそうだし、そうなると竜王国ルートかな」

「竜王国も近年ビーストマンの侵攻を受けてますから安全とは言い切れませんけど、部族単位の侵攻と聞いてますから亜人だらけのアベリオン丘陵よりは安全でしょうし情報収集の機会は作れそうですね」

「よし、じゃあまずは王都に行って殴打武器修行をしてから戻ってきて竜王国を通ってエリュエンティウを目指そう」

 方針が定まり早速ガゼフが在宅しているであろう夕方に王都に行く事が決まる。王都にも〈転移門(ゲート)〉で行く旨を告げられるとロバーデイクは明らかにドン引きしていた。あんな見たこともない強力な転移魔法をホイホイ使われたらそりゃそうなるだろうな、とブレインは深く納得し共感したので何も言わない。出会って早々宿の部屋から宿屋の裏の路地にブレインを送る為だけにホイホイ使われた時の自分も唖然としたからだ。

「ちなみにですが……墓地で使ったあの不可知化魔法、第何位階だったんですか?」

「あれは第九位階の〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウンブル)〉だよ。自分にしかかけられないのがちょっと不便なんだよね」

「第九位階……」

 ロバーデイクは唖然としすぎて最早言葉もないようだった。第九位階とかあっさり言われてブレインだって今更とはいえ内心驚いている。出来るのは知っていても実際にやられるとやはり驚きは隠せない。モモンガに本気を出させないようにするのがブレインの役目だが、こいつが本気になったら一体どんな事になるのだろうという空恐ろしさが胸を過ぎる。法国の国民皆殺しだって口だけではなく本気でやるつもりだったのだろうし実際にやる力も手段もあるのだろう。

「あ、普段は第四位階の使い手って事になってるからその辺よろしく。あとこの仮面、外して他人に顔を見せると魔力が暴走する呪いをかけられてるから外せなくて、食事は飲食不要になるマジックアイテムを付けてるからいらないって設定になってるから。今度から検問とかでの説明はロバーにしてもらった方がいいかな? 何か信頼されそうだし」

「私としては役目を取られるのはちょっと不満ですが確かにロバーデイクが言った方が信憑性が高くなりそうですから仕方ありません……」

 言葉通りクレマンティーヌは大層不満そうである。それでも殺気を放たないだけよく我慢しているといえる。役に立つから利用しているわけではないという事を理解した今でもクレマンティーヌにとってはモモンガの役に立てる事は依然として嬉しい事らしい。問題はそれが何故なのかをモモンガが全く気付いていないところなのだが、今の所大きな問題にはなっていないので放っておいても大丈夫だろうと思いブレインは口出しをしない。できれば自分で気付いてほしいがモモンガは(アンデッドで人間と感じ方が違うからかもしれないが)特にそういう部分は鈍そうなところがある。

 そんなこんなしている内に昼になりエンリとネムとゴブリンが帰ってきた。まずはロバーデイクを紹介する。ネムはおじさんが一人増えたと喜んでいた。おじさんが好きなのだろうか。ゴブリン達の分も用意する為量が多く大変そうなのでブレインとクレマンティーヌも手伝ってエンリが昼食を用意し皆で食べる。エモット家にはもう一つテーブルを持ち込んだ。ゴブリン達はモモンガ一行がいない間に丸太を割って外に作られた食卓で食べている。普段はエンリとネムもゴブリン達と一緒に食べているらしい。食卓が賑やかなのはいい事だ、と食べられないモモンガは内心歯噛みしながら自分に言い聞かせた。

「そうだ、今回はエンリとネムにお土産が沢山あるぞ。帝国の首都の市場がすごく賑やかで色んなものがあったから、ついつい買いすぎちゃったんだ」

「えっそんな、悪いですよお土産なんて。私達にそんなに気を使ってくれなくても……」

「まあそう言うなよ、こいつも二人の為に買い物するのめちゃくちゃ楽しそうだったからよ、付き合ってやんな」

「何だよブレイン、俺が無理やり付き合わせてるみたいなそういう言い方良くないぞー!」

「じゃあ黙るが遠慮されて受け取ってもらえなくていいんだな?」

「うっ……それは困る……」

「という訳だ。こいつの道楽に付き合ってやると思って、気持ち良く貰ってやってくれると嬉しいんだがな」

 ブレインにそう言われてもエンリは尚も遠慮したい様子だったが、ネムは既にお土産を想像して目を輝かせている。昼食の後片付けが済んでから早速モモンガは帝都で買った数々の品を取り出し広げたのだが、マジックアイテムの蛇口やら陶器の皿やらいかにも高価そうな物を見てこんな高い物、とやはりエンリはかなり困惑したし、それなりに質がいいと思いモモンガが買った晴れ着用の桃色の布を見てネムは大はしゃぎした。お土産を渡すのいいな、最高に楽しい、ハマってしまいそうだ。二人の反応にモモンガはご満悦である。台所に取り付けた蛇口から水が出てくるのを見てエンリとネムが大層驚いているのも最高だ。

 竜王国はビーストマンに侵攻されているというから大変そうだし帝国程の賑わいは期待できないかもしれないが、エリュエンティウならまた何か面白そうな土産を見繕えそうである。旅の楽しみが一つ増えてしまった事にモモンガは大いに満足した。

 

***

 

 夕方になり、王都付近の森に作ってあった転移ポイントに〈転移門(ゲート)〉を開いてモモンガ一行は再び王都を訪れた。検問で止められるモモンガのフォロー役は今回からロバーデイクだが、説明してほしいとお願いした通りの事をすらすらと淀みなく説明してくれる。善良な人柄が滲み出た容貌といい穏やかで落ち着いた雰囲気といい説得力のある話し方といいこれはいい人材をゲットしたとモモンガは内心ほくそ笑んだ。ロバーデイクの話の説得力に衛兵も納得して無事に検問を通る事ができた。

 先に宿を取ってからガゼフの家に向かう。ノッカーを叩くと老人が出てきた。ガゼフが在宅かどうかを尋ねるともう帰ってきているというので取次を頼む。じきドアが開きガゼフが姿を見せた。

「これはモモンガ殿、よく参られた。ささ、とりあえずお上がりください」

 家に入りガゼフが椅子を持ってきてくれて五人でテーブルを囲む。

「それでモモンガ殿、今日は評議国からの帰りに寄っていただけたのかな? 目的の人物とは無事に会えたのだろうか?」

「ええ、評議国での目的は無事果たしました。その後帝国にも行きましてね、そこでこのロバーデイクと出会って共に旅をすることになったのです」

 紹介されたロバーデイクが軽く頭を下げるとガゼフも返礼する。

「ガゼフ・ストロノーフと申す。モモンガ殿には返しきれぬ恩義を度々受けた身、モモンガ殿のお仲間とあらばどうか気兼ねなく接してほしい」

「ロバーデイク・ゴルトロンと申します、ご丁寧な挨拶痛み入ります。周辺国家最強と名高い王国戦士長殿にお会いできただけでも光栄です」

 ガゼフとロバーデイクはお互いに丁寧な口調で挨拶を交わす。社会人同士の挨拶って感じでいいなぁ、と横で眺めながらのんびりとモモンガは感心していた。ブレインやクレマンティーヌならこうはいかない。

「実は今日はガゼフ殿にお願いがあり伺ったのです」

「何だろうか? 力になれる事があれば何でも言ってほしい」

「ガゼフ殿ならきっと剣以外の武器の扱いにも長けているのではないかと思うのですが、殴打武器の扱いをこのロバーデイクとクレマンティーヌにご指南いただけないでしょうか。クレマンティーヌはメイン武器の刺突剣に関しては並ぶ者がいませんが殴打武器はどうも今一つ苦手でして、強化したいと思っていたのですよ」

 モモンガのその申し出を聞いて、ガゼフはすぐには返事をせずにやや考え込んだ。どうしたのかな、とモモンガが思っているとやがてガゼフが口を開いた。

「勿論私が指南してもいいのだが殴打武器の扱いは私も剣に比べればそれなりであるし、戦士長の職務がある身故付きっきりという訳にもいかぬ。それならばモモンガ殿は蒼の薔薇とも懇意でしょう、ここは一つ依頼を出してガガーラン殿にご指南いただいてはどうだろうか? 彼女であれば主武器としている殴打武器の扱いは勿論一流、面倒見の良い御仁でもあるしきっと良き指南役になってくれるだろう」

 そのガゼフの提案に成程とモモンガは膝を打った。主武器として殴打武器を使っているアダマンタイト級の戦士、竹を割ったような性格で面倒見も良いという、確かに良い教師である。しかも依頼を受けてもらえれば一日中訓練してもらう事も可能ときている。幸いにも金は湯水のようにある、アダマンタイト級の冒険者に依頼を出す事も不可能ではない。戦士長の職務が忙しいガゼフを煩わせるよりそちらの方が良いだろう。情に厚い鬼教官ガゼフが見られないのは残念だが、それは戦士団の訓練を見学にでも行けば見られる気がする。

「成程名案です、早速ガガーラン殿にお願いしてみようと思います。素晴らしいご提案をありがとうございます」

「いやとんでもない、私自身が引き受けられれば多少なりとも恩を返せたのだが」

「それはもうお気になさらずと言った筈ですよ、私としては十分返して頂いたと考えておりますから」

「参ったな……これでは一生恩を返せる気がしない」

 ガゼフが苦笑し、そこに諦めろとブレインが声をかける。ガゼフが夕食をご馳走してくれる事になり、その前にモモンガはまずは蒼の薔薇が依頼で王都を出ていないかどうかを確認する為に〈伝言(メッセージ)〉を起動した。

『……モモンガか?』

「やあイビルアイ、久し振り、元気?」

『変わりない。評議国での話はどうだった』

「ツアーとは結構仲良くなれたと思うよ、昔のイビルアイの話も一杯聞いちゃった」

『あいつ……変な事話してないだろうな……で、今日はどうした』

「実は蒼の薔薇、というかガガーランさんに依頼したい事があってね、今王都にいる?」

『ああ、いつもの宿だ、ガガーランもいる』

「そうか、じゃあ明日行くから待っててもらっていいかな?」

『依頼というが金は大丈夫なのか? これでもアダマンタイト級だ、それなりに高いぞ』

「心配ないよ、実は帝国で大儲けしちゃってね、依頼できるお金もあるよ。その話も明日にでもするよ」

『そうか。では明日待っている』

「よろしく、じゃあ明日ね」

 挨拶をして〈伝言(メッセージ)〉を切断する。折よく蒼の薔薇は王都にいてくれたようで助かった。何日か待つ事もモモンガは覚悟していたのでラッキーである。

 夕食の席で帝国の闘技場でのブレインの活躍をそれはもう愉快痛快にモモンガがガゼフに語りブレインが半ギレになった一幕もあったりしたが、また非番の日にガゼフの家に遊びに来る約束と戦士団の訓練を見学に行く約束を無事取り付けガゼフの家を辞してモモンガ達は宿に戻った。

 宿に戻ってからロバーデイクにモモンガは疲労無効のアイテムと状態異常防止の指輪と属性ダメージ無効アイテムのセットを渡したが、それぞれの効果の説明を受けたロバーデイクは呆然とした後青褪めた顔で、これ金貨何万枚分なんですか……と弱々しく呟いた。その気持ちがよく分かるブレインはロバーデイクの肩にそっと手を置き、慣れろ、と一言だけ告げた。モモンガといればこういう価値基準がぶっ壊れているとしか思われない場面に数多く遭遇する事になるのだから慣れる以外にないのだ。

 翌朝、宿でゆっくり朝食を食べてから天馬のはばたき亭へと向かう。ガゼフに続き蒼の薔薇である、有名人と次々会う事になるロバーデイクはかなり緊張していた。しかも会うだけならまだしもガガーランに弟子入りである。ミスリル級相当の実力があるとはいえ所詮はワーカーは日陰者、雲の上の人と思っていた王国戦士長やアダマンタイト級冒険者と次々会う事になったロバーデイクの戸惑いたるや尋常ではない。

「モモンガさんはどうして王国戦士長や蒼の薔薇なんて有名人とお知り合いなんですか……?」

「ん? なんか偶然出会った」

「そんな偶然ありますか……?」

「どっちもほんとにたまたまだよぉ、モモンガさんの人徳って奴じゃないかなぁ?」

「はははクレマンティーヌ、それを言うならアンデッド徳だ」

 モモンガ渾身のアンデッドジョークにロバーデイクとブレインは引き攣った苦笑いを返した。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の所にも夜によく遊びに行ってるよと話したらロバーデイクはどんな反応を返すのかモモンガはちょっと見たくなったが、これ以上有名人プレッシャーをかけるのも可哀想かと思いやめておいた。

 天馬のはばたき亭に入ると、いつもの奥の席に蒼の薔薇がいたので真っ直ぐに向かう。

「やあ、皆さんお久し振りです、お元気そうで何より」

 軽く手を上げてモモンガが挨拶すると、ラキュースが軽く頭を下げる。

「モモンガさん達もお元気そうで。評議国での話し合いも上手くいったとイビルアイから聞きましたが本当に良かったです。新しいお仲間が増えたんですか?」

「ええ、彼はロバーデイク・ゴルトロン。帝国でワーカーをしていたのですが故あってチームが解散することになり仲間に勧誘しました。今日はこのロバーデイクとクレマンティーヌについてガガーランさんにお仕事の依頼をさせて頂きたいと思い伺いました」

「イビルアイからも聞いたがよ、俺っちに一体何の依頼なんだ?」

 モモンガが自分に頼む用件の見当がまるで付かないのだろう、ガガーランは訝しげに首を傾げている。

「この二人に殴打武器の訓練を付けてやってほしいのです。期間はガガーランさんが二人を合格だと思うまで」

「それは構わねえけどよ、俺ぁ高いぜ? いつ合格できるかも分かんねえのに金は大丈夫なのかよ」

「心配ありません。ブレインのお陰で帝国で一財産築くことに成功しましてね、十分お支払いできる余裕があります」

 ギリリとこちらを睨んできたブレインを意図的にモモンガは無視した。

「ふーん……金がなきゃモモンガの童貞払いでもいいぜって言おうと思ってたのにな、残念だぜ、ははは!」

「だだだだっだから! 初めては好きな人としたいというか! それより何より物理的に無理ですから!」

「相変わらず反応が童貞丸出しだなお前……」

「うっさいよバーカバーカブレインのバーカ!」

 既視感のあるやりとりに軽く溜息をついた後ラキュースが口を開く。

「正式に依頼していただけるという事であれば勿論こちらも異存ありません。モモンガさんのお仲間の戦力を増強する事は必要ですし、出来る限りの協力をさせて頂きます。ただ、アダマンタイト級でないと対応できないような緊急の依頼が入った場合は訓練を一旦中断してそちらを優先させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「それは勿論です。急ぎではありませんので、腰を据えてじっくりと鍛えていただければと思います」

「そうしましたら、冒険者組合に指名で依頼を出して頂いてそれを受理するという形を取りたいので一緒に組合に来て頂いてもよろしいですか?」

「はい、ラキュースさんのご準備がよろしければ早速参りましょう」

 依頼を受ける当人であるガガーランも一緒に冒険者組合まで行く事になり、出ていこうとするモモンガをブレインが呼び止めた。

「俺はする事がなくて暇だからガゼフの所に通う事にするぜ。奴が他の仕事をしてても戦士団の奴と訓練できるだろうしな。今から早速王宮に行くがいいか」

「構わないよ、する事がないのは俺も一緒だし何ならブレインだけレベリングでもいいけど」

「勘弁しろ……戦士団と訓練したいんだ俺は」

「冗談だよ、俺もしたい事があるからレベリングはお休みだよ。ガゼフによろしくね」

 げんなりした顔をしたブレインにもし表情筋があったならにんまりした笑みを浮かべていたであろう心持ちで手を振ってラキュースとガガーランに連れられ冒険者組合へとモモンガは向かった。組合でラキュースに必要書類を書いてもらい一日の報酬を決め指名依頼を出しその場で受けてもらう。

 天馬のはばたき亭に戻ってクレマンティーヌとロバーデイクは早速庭でガガーランとの稽古開始となる。ティアとティナは情報収集に出たそうで、宿に残っていたのはイビルアイだけだった。ラキュースと一緒に蒼の薔薇の指定席へとモモンガは腰掛けた。

「お前はする事があるんじゃなかったのか」

「うん、今回の俺の王都でのミッションは、イビルアイと仲良くなること」

「……は?」

 テーブルに肘を突いていたイビルアイの顎が手からずるっと外れた。しばし呆然としていたイビルアイに更なるモモンガの追撃が襲いかかる。

「十三英雄のリーダーにチョロインって呼ばれてたんだって? 意外だったなぁ、イビルアイがまさかチョロインとはね」

「ちょっ! まっ! その話はやめろ! くそっツアーめ、次会った時覚えてろ!」

「ツアーにはチョロインって何? って聞かれたけど適当に誤魔化しておいたから安心して」

「安心できるか!」

「チョロインって何ですか……?」

「そこで追及するなラキュース! お前本当に私と仲良くなる気があるのか、いきなりそんな話題を振ってきて!」

「打ち解けられるかなぁって思って。ほら、本音で話した方が早く仲良くなれるだろ?」

「それ以上その話をしたらお前は私の敵だ!」

「じゃあさ、イビルアイが十三英雄の話聞かせてよ。俺今この世界の英雄譚に凝ってるんだよね。ツアーからも聞いてるけどイビルアイの話も聞きたいな」

「……それなら、まぁ、いいだろう。分かった」

「あっチョロインだ、成程納得」

「お前なぁ! 話してやらんぞ!」

「ごめんごめん、許して? わざとじゃないから、ねっ?」

「私も十三英雄の話聞きたいわ、話してイビルアイ」

 ラキュースの口添えもあって渋々ながらもイビルアイは十三英雄の冒険譚を語り始め、それにモモンガは相槌を打ったり質問をしたりする。ある日はイビルアイが独自に開発しているという魔法の話を聞き、ある日は蒼の薔薇のこれまでの冒険の話を聞く。モモンガも帝国の闘技場でのブレインの活躍や評議国で見たマーマンやシーリザードマンの棲む海の話、アインズ・ウール・ゴウンの仲間達との冒険の話などをした。クレマンティーヌとロバーデイクの訓練中は大半の日をそうしてモモンガはイビルアイと過ごした。イビルアイとは中々に打ち解けて仲良くなり距離も縮まったのではないかとモモンガはご満悦である。

 勿論ガゼフとの親交を深める事も忘れない。戦士団の訓練を見学に行ったが、予想通りガゼフは情に厚い鬼教官だった。ガゼフの鋭い一撃で吹っ飛ばされた部下に、立て! と厳しく檄を飛ばす姿などまさに理想の鬼教官である。かっこいい。部下を厳しく鍛えるガゼフの姿にモモンガはすっかり魅了されていた。鬼教官ガゼフかっこいいと呟いた横でレベリング中のお前の方が余程血も涙もない鬼だよとブレインが思っていた事など知る由もない。

 ガゼフ邸もブレインと一緒に訪れた。カルネ村の件が帝国に筒抜けで皇帝に勧誘された話をすると、きっと王国の貴族の誰かから漏れたのだろう、申し訳ないとしきりにガゼフに恐縮されたのでガゼフ殿が悪いわけではないと宥めるのにモモンガはいたく苦労した。こういう時ブレインは助けてくれないで横で見ているだけだ、薄情な奴だとモモンガは内心憤慨していた。次のレベリングの時の召喚アンデッドの手加減具合を死ぬ方向に一段階引き上げてやると心に決める。

 最近日課になっているという二人の手合わせも庭で観戦するが、前回見た時以上に白熱した長い戦いだった。主武器の刀ではなく訓練用の両刃剣だからブレインは切り札の居合の技は使えないし、あくまで手合わせなのでお互い能力向上系の武技などは使わず軽く打ち合っているだけらしいのだが、殺気が凄い。帝国の闘技場にいたグリンガムとかいうおっさんに見せたらさぞや興奮するだろうなとモモンガはずんぐりむっくりしたおっさんの顔をぼんやりと思い出した。二人の手合わせは勉強になるということで戦士団の団員からの人気も随分高いらしい。ガゼフとここまで打ち合える人間がそうそういない為、大体ブレインの勝ちで決着が着くところも団員から随分と驚かれているようだった。訓練の様子を見た兵士達から口コミが広まり、王家に仕えないかという誘いをブレインはしきりに受けていて断るのが大変らしい、ざまあみろである。

 そんなこんなで王都でのんびりと一ヶ月程を過ごしたある日、訓練を終えて酒場に戻ってきたガガーランがイビルアイと話していたモモンガの背中をばんと叩いた。不意打ちを受けたモモンガはびっくりしてしまう。

「うわっ! 何ですかガガーランさん! いきなりびっくりするなぁ!」

「二人とも合格だよ、おめっとさん。もうどこに出しても恥ずかしくない位に鍛えてやったぜ」

「えっ、本当ですか! いやぁ、ありがとうございます!」

 朗報に思わず立ち上がりモモンガは礼をしたが、やけに骨張った背中だなとガガーランは不思議そうにしていた。それはそうだろう、骨しかないのだから。ちゃんと食ってるのかと随分心配されたが残念ながら食べたくても食べられないのだ。少食なんですと適当にモモンガは誤魔化しておいた。

 ロバーデイクは基本は出来ていたが地力が(ガガーランから見れば)足りず、逆にクレマンティーヌは基本が滅茶苦茶だったらしい。正反対の二人の殴打武器の扱いをアダマンタイト級の戦士から見て合格レベルまでそれぞれ引き上げてくれたガガーランには感謝の言葉もない。次の日に報酬を精算して一括払いした。感謝の気持ちを込めて色を付けてある。

「いやあ、二人もよく頑張ったね、偉い偉い」

「れべりんぐを思えばこの程度の訓練は軽いものです」

「……その、れべりんぐというのは、そんなに恐ろしいものなのですか?」

「死ぬよ?」

「死ぬな」

「えっ……」

 戦々恐々といった面持ちのロバーデイクの質問に返ってきた答えは綺麗に揃っていた。ロバーデイクの顔がさっと青褪める。

「二人ともロバーをそんなに脅すような事を言うなよ。大体にしてちゃんと死なないように手加減させてるだろ、人聞きの悪い。事実二人ともまだ一度も死んでないぞ?」

「まだ死んでないだけだ! 毎回死ぬ思いだしいつか絶対死ぬぞありゃ!」

「それはレベルアップ効率が悪くなるから困る。ちゃんと死なないように手加減させるよ、安心して」

「安心できねぇんだよ! 毎回死ぬすれすれで何とか生きてるんだぞこっちは!」

「だってそういう訓練だからね。死ぬか生きるかの戦いじゃないと生命力が上がらないだろ?」

「ど……どういう訓練なんですか一体……というかそれは訓練と呼べるんですか……」

 ロバーデイクの顔色は今や完全に真っ青である。ちゃんと説明しておいた方がいいだろうと思いモモンガは説明を始めた。

「どういう訓練かというと、俺が召喚したアンデッドと戦ってもらいます。ちゃんと力量に見合ったアンデッドと戦わせるし、死なない程度に手加減させるから安心して」

「どこが力量に見合ってんだよ! 強すぎんだよ!」

「ええ……だ、大丈夫ですか私、生きて帰れますか……」

「ブレインは大袈裟なんだよ、事実ブレインもクレマンティーヌもまだ一度も死んでない、それがこの訓練の安全性を証明していると言っても過言ではない」

 もし表情筋があったなら思いっ切りドヤ顔をしていただろう心持ちでモモンガは胸を張るが、ブレインはじとりとした視線を向けてくる。

「放っといたら死ぬ程の大怪我はしたぞ……」

「即死じゃないしすぐ治したろ?」

「お前には人の痛みが分からねぇのか!」

「ごめんね? だって俺アンデッドだしさ、ホラ、ねっ?」

「可愛く言っても可愛くねえんだよ!」

 ブレインは必死だが、残念な事に死にかける程の大怪我を負った経験も死にかけた経験もモモンガにはないので気持ちを分かれと言われても難しい。痛いのも死ぬのも怖いし絶対嫌だなぁという緩い共感が生まれる程度である。

「まあ確かに痛いし怖いんだけどさぁ、その分確実に強くなれるよぉ? 成長の限界が来てなければだけどね?」

「そ、そんなにしてまで強くならなくてはいけませんか……」

「モモンガさんと一緒に旅するなら必要だねぇ?」

 にっこり笑んで告げたクレマンティーヌを見てロバーデイクはごくりと唾を飲み込んだ。

「ところでミスリル級の強さってどの位なの? どのアンデッドが適当かなぁ」

「ミスリル級のパーティだと、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に楽勝できる位ですかね」

 クレマンティーヌの答えにふむとモモンガは頷いた。

「じゃあロバーには死者の大魔法使い(エルダーリッチ)出せばいい?」

「一人では無理です、勘弁してください! ちゃんとしたパーティなら勝てる相手という事です!」

「うーん、そうかぁ。まぁその辺は適当なのを考えておくよ」

 ロバーデイクの必死の抗議にモモンガは考え込んだ。どの程度が適当だろう、とりあえず骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)辺りで様子を見ようか、もしかしたら紅骸骨戦士(レッド・スケルトン・ウォリアー)位はいけるのでは? 魔法を使う相手との訓練も必要だろうからやはりゆくゆくは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)とも戦えるようになってほしい。色々と夢が広がる。

 一旦カルネ村に帰って準備を整え二三日ゆっくりした後、モモンガ一行は竜王国ルートでエリュエンティウを目指すべく、南東へと旅立っていったのだった。




誤字報告ありがとうございます☺

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