Life is what you make it《完結》   作:田島

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ビーストマンの災難

 まさかこんな事になるとはモモンガだって全然思っていなかったのだ。

 目の前には鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたニグンと怯えきった陽光聖典の隊員達、それから知らない冒険者風の一団がいる。何でお前がここにいるんだという顔をニグンはしているしこの後多分聞かれるだろうが、たまたまなのである。本当にたまたまだ。旅の途中で立ち寄っただけだ。

 昨日竜王国第二の都市カナヴに到着したモモンガ一行は宿をとった。到着が午後だったので情報収集などは明日からにしようという事で宿でゆっくりする事にした。途中の村落の人々はどうやらどこかに避難しているようで途中には人の気配がなく、それがまたビーストマンが近いという証左ではないかと思わせられてモモンガは気が気ではなかったのだがレベリングはしやすかったのでよしとする。宿の食事は黒パンと野菜スープだけだったが、スープが付いているだけ現状では恵まれているかもしれない。明日からは情報収集と一応マジックアイテム屋巡りもするかという事でその日は三人は寝たのだが、眠らないモモンガが起きていると夜半に俄かに街中が騒がしくなった。窓から様子を窺うと松明を持った兵士たちが忙しく行き交っている。何事かと思いクレマンティーヌを起こして探らせたのだが。

 街は五万程のビーストマンの軍勢に包囲されていた。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)でも確認したが確かに包囲されている。見ただけではモモンガは数を判別できないが、すごい数のビーストマンがいるという事だけは分かる。クレマンティーヌに見せると、疲労しないのでクレマンティーヌとブレインで囲みを破る事はできるがロバーデイクが少々危険な目に合うかもしれないという答えが返ってきた。ロバーデイクもビーストマンの一人や二人なら遅れをとることはないだろうが、なにせ数が数だ。物量はそれだけで暴力である。四方八方から襲い掛かられて対処できる程の力量はさすがにロバーデイクにはない。

 そしてそれ以前に恐らく門を開けてもらえない。〈全体飛行(マス・フライ)〉で強行突破できなくもないが、もし敵が飛び道具を持っていたらいい的だしそんな行動をしたら人間側にだって攻撃されるかもしれない。つまりモモンガ一行は完全にカナヴに閉じ込められてしまったのである。

「まさかビーストマンがこんなに組織だって動いているとは思いませんでしたね……今までは多くても千から二千程度の部族単位での侵攻だったんですけど、群れを纏める長みたいな奴でも現れたんでしょうか」

 クレマンティーヌが不思議そうに疑問を口にするが、その答えをモモンガは持っていない。問題はこの街から出られないという事である。このままではビーストマンの大攻勢に巻き込まれてしまう。どういう訳かは分からないがビーストマンは種として強い代わりに飛び抜けて強力な個が現れにくいらしい。戦士としての技量を磨かずとも持って生まれた身体能力だけでも十分に強いのでその辺りも関係しているのかもしれない。しかし今回のこの大軍はその中々現れない強力な個が現れたかもしれない、という事を示唆している。

 とりあえず状況を確認しようと、朝になって宿を出たらモモンガ一行はばったりと会ってしまったのである。ニグン率いる陽光聖典と。

「……何故、お前が、ここにいる?」

 聞かれるだろうと思った通りの事をニグンは聞いてきた。モモンガの答えなど一つしかない。

「旅の途中でたまたま立ち寄っただけだよ」

「そんな偶然があるか」

「こっちだって街に閉じ込められて困ってるんだよ……俺達は南に向かう旅の途中でここはたまたま昨日着いただけ、これは本当だよ。ねえロバー」

「そこで私に振りますか……あの、どなたかは存じませんがモモンガさんの言っている事は本当です。私達はエリュエンティウへ向かう旅の途中で、昨日ここへ到着し一夜の宿をとったところ今の事態に巻き込まれてしまっただけなのです」

 ロバーデイクが説明すると、まだ疑わしいという顔ながらもニグンは口を閉ざし考え込んだ。同じ事を言っていてもこの信頼度の差である、ロバーデイクが羨ましいと言うべきなのか己の嫉妬マスクの不審者ぶりを恨めしがればいいのか、モモンガには分からなかった。

 ニグンは何事かを考え、幾度か口を開きかけてはやめるのを繰り返した。言いたい事があるならはっきり言えばいいのにと思っていると、やがて意を決した様子のニグンがようやく口を開いた。

「恥を忍んで頼む……力を、貸してもらえないだろうか……」

「……え?」

 意外な言葉にモモンガが戸惑っていると、ニグンはゆっくりと頭を下げ、その姿勢のまま言葉を継ぐ。

「この街に駐留する兵力と陽光聖典とクリスタル・ティアだけではあの大軍には為す術もない……お前の力を借りる以外に方法がないのだ……! このままでは多くの人命があたら失われてしまう! その為なら私のちっぽけな自尊心など捨てて構わん、頼む!」

「えっ……何で俺が……人間の問題でしょ? 人間で解決してほしいっていうか……」

「まるで自分が人間ではないような言い方ですがあなたも人間でしょう、人類の危機に立ち向かわなくてどうするのですか!」

 ニグンの横にいた冒険者の中のリーダー風の男に指摘され、確かに今の言い方は失敗したとモモンガは思った。冒険者は蒼の薔薇と同じ色のプレートを付けている。という事はアダマンタイト級なのだろう。

「モモンガさん……私からもお願いします……この街に住む多くの人々が生きながら喰われる地獄をみすみす見捨てていくのは、耐え難い事です……もしモモンガさん達がここを去るとしても、私だけでも残ります……」

「思う存分暴れられそうなので私も賛成です」

 ロバーデイクも控えめな声ながら訴えてくるが、続くクレマンティーヌの言葉で台無しである。ロバーデイクにここに一人で残られるのは非常に困る、どう考えても助からない。しかしながらモモンガはそう簡単にホイホイ力を使っていいわけではないのだ。確かに今はのっぴきならない状況だが、それでもはいそうですかと首を縦に振るわけにはいかない。一体単位ならロバーデイクでも十分対抗できるビーストマンを駆逐するなど容易い事だが、だからこそ容易く振るってはいけない力なのだ。

「……ちょっと待って、こういう時には報告・連絡・相談が大事だから。〈伝言(メッセージ)〉」

『モモンガかい? どうしたんだいこんな時間に』

「やあツアー、ちょっと面倒臭い事態になっててね、もしかしたら俺が力を使わなきゃいけないかもしれない状況みたいなんだけど……」

『それは聞き捨てならないね。何がどうしてそんな事になっているんだい』

「実は今エリュエンティウを目指しててね、竜王国を通ってるんだけど、途中の街でビーストマンの軍勢五万に包囲されてるんだ。街に駐留してる戦力では相手にならないらしくてね。いや俺はどっちかに加担するつもりはないよ? でも仲間が人間を助ける為に一人ででも残るっていうからさ……そんなの放っておけないじゃないか……」

『……成程、とりあえず状況を見てみないと何とも言えないな。そっちに向かうから待っててもらっていいかい?』

「あっ、それならゲート開くからそれ通ってきて。〈転移門(ゲート)〉」

 モモンガの横に突如開いた黒くぽっかりとしたゲートに、陽光聖典と冒険者達がぎょっとする。

『君ねえ、これもかなり高位の転移魔法だよね……? あまり軽々しく使わないでほしいんだけど……』

「今は非常事態だから仕方ないだろ? 急ぎだし。ほら早く来て」

 〈伝言(メッセージ)〉が切断され、ゲートからツアーの白銀の鎧が姿を現す。その様子を目にした陽光聖典の隊員と冒険者達はただただ唖然としていた。

「やあツアー、悪いねわざわざ」

「いや、君に軽々しく力を使われるよりはいい。まずは状況を確認してくるよ、待っててくれるかい」

 言うなりツアーの鎧は空へと飛び立っていった。周囲のビーストマンの軍勢を確認しに行ったのだろう。

「あれが白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)……の操作してる鎧か」

「プップププ、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)⁉」

 ブレインの呟きを聞いたロバーデイクが素っ頓狂な声を上げた。陽光聖典の隊員達もざわついている。

「……何故、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)を呼ぶ? 奴には関係のない事だろう」

「あっそうか、法国と評議国って仲悪いんだったね。でも、俺が力を使わなきゃいけないような時には先に彼に一言相談する事になっててね。ツアーも多分どっちの味方でもないから、ビーストマンが亜人だからって贔屓したりはしないだろうからその点は安心していいと思うよ」

 話している内にツアーの鎧は周囲を一回りし終えて帰ってきた。ゆっくりとモモンガの前に着地する。

「確かにあの数相手だと人間の兵士はあまり持ち堪えられないだろうね。その他に……陽光聖典かい? それとアダマンタイト級冒険者か。今までの規模の侵攻だったら十分撃退できた戦力だろうけどこの数の前ではそれも覚束ないね。でもだからといって君が味方するのかい?」

「だってロバーが一人でも残るって言うからさ。街はともかくロバーは見捨てられないよ」

 そのモモンガの答えを聞くとツアーの鎧は深く溜息をついた。空っぽの鎧なのに溜息がつけるなんて器用だと思いながらモモンガはツアーの言葉を待った。

「君、街の外に転移すればいいんじゃないのかい?」

「えっ、それは嫌だなぁ」

「……何で?」

「帰りは転移を使ってもいいけど行きは歩くって決めてるんだ、そのポリシーに反する」

「非常事態だって君自分で言ったじゃないか」

「……うっ、確かに。でもそれじゃロバーが一人で残っちゃう根本的な問題が解決できないよ」

 そのモモンガの言葉に、成程、と呟いてツアーは腕を組んだ。

「じゃあ、とりあえずどういうプランがあるのか聞こうか。それによって考えよう」

「超位魔法を一つ撃つプランと、超位魔法を二つ使うプランと、アンデッドを召喚するプランがあるよ」

「まずは一番無難そうなアンデッド召喚プランから具体的に聞きたいんだけど」

「ビーストマン相手だったら魂喰らいのスキルが有効そうだから、魂喰らい(ソウルイーター)を四体位呼んでめちゃくちゃ即死させる。死の騎士(デス・ナイト)も考えたけど殲滅に時間がかかるし従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)の処理が面倒だから魂喰らい(ソウルイーター)の方が適してるかなと思って」

「……モモンガ、君は沈黙都市って知ってるかな?」

「えっ、何それ? 知らないけど」

「ビーストマンの国のとある都市にある時魂喰らい(ソウルイーター)が三体出現、あっという間に十万の市民が全滅して廃墟と化した街がそう呼ばれているんだけどね……! つまり! 君は! ビーストマンのトラウマを抉って! 全滅させようとしているんだよ! そもそも! 殲滅に時間がかかるって何! 君はビーストマンを! 全滅させる気なのかい!」

「痛い痛い痛い痛いツアー! ダメージ! ダメージ入ってる!」

 こめかみの辺りにツアーの拳を当てられぐりぐりと抉られてモモンガに激痛が走った。上位物理無効化Ⅲが効かないとはツアーの鎧恐るべしとモモンガは戦慄した。六十レベル以上あるという事である、遠隔操作の鎧なのに。

「……あまり聞きたくないけど超位魔法一発のプランは?」

「これはね、お勧めだよ。ド派手で俺も大好きな魔法なんだけどね、〈黒き豊穣の貢(イア・シュブニグラス)〉っていう奴でね。まず範囲即死魔法が発動します」

「……まず? 続きがあるっていう事かな? その範囲ってどの位なの?」

「うーん、範囲は広いね、多分正面の敵全部入るかな。それで、その即死魔法で死んだ敵を生贄にして、かわいい仔山羊が生まれます」

「……その仔山羊ってどういうものなのか聞いていいかな?」

「レベル九十超えだけど特殊能力とかはないよ。ただ単に耐久力が高くて力が強いだけ」

「そのレベルっていう概念がよく分からないんだけど、比較対象を教えてくれないかな?」

「俺がレベル百、クレマンティーヌがレベル四十くらいかな?」

 モモンガがクレマンティーヌを指し示すとツアーはちらとクレマンティーヌを見やり、徐ろに拳をモモンガのこめかみに押し当てぐりぐりと抉り出した。

「痛い痛い痛い痛いツアー! ダメージ! ダメージ入ってる!」

「どう考えても! やりすぎじゃないか! そのお嬢さんだってビーストマンより何倍も強いじゃないか! その二倍以上強いモンスターを召喚して! 君は! ビーストマンを! 皆殺しにする気なのかな!」

「やめっ! やめます! このプランなし! 許してツアー!」

 (涙は出ないが)半泣きで謝るとツアーはようやく手を下ろしてくれたのでモモンガはほっと息をつく。こめかみが痛い、抉られっ放しである。

「……一応最後の超位魔法二つも聞いておくよ、碌でもないような気がするけど」

「これはそんなに不穏じゃないよ? まず、超位魔法で天使を召喚して陽光聖典に貸します。東門の方になるべくビーストマンを追い込んでもらって、リキャストタイムが過ぎたら集まった東門前のビーストマンに俺が一発でかいのをかまします。これは全滅とかは多分しないから大丈夫」

「……最後の、でかいの一発は必要かい?」

「戦略的な優位性がこちらにないと敵が退却しないだろ? 今回の場合はそれはつまり数だ。ビーストマンが恐れをなす位には数を減らす必要はどうしても出てくるよ。勿論天使だけでビーストマンが退却してくれたらでかいの一発は必要ないし」

 そのモモンガの答えを聞くと、ツアーはふむと唸って考え込んだ。しばらくの沈黙の後ツアーが顔を上げる。

「天使だけでビーストマンが撤退したら君は追撃はしない、約束できるね?」

「勿論」

「ビーストマンに襲われているのは何もこの街だけじゃない、竜王国の各地で人間が食料になっている。それを全部助けに行くなんて言わないだろうね?」

「それはロバーに聞いて。俺はどっちの味方でもないから今回だってあまり乗り気じゃないよ、仕方なくやるだけだから」

「その割には没にしたプランが二つともどう考えても皆殺しでやる気満々だったけど……」

「没にしたんだからもういいだろ? ロバー、君の考えをツアーに説明して」

 話を逸らす意味も込めてロバーデイクに話を振ると、緊張した面持ちのロバーデイクは一つ頷いてからゆっくりと口を開いた。

「勿論全ての命を救えるなどという思い上がった事は考えておりません。ですが、目の前で失われようとする命を見過ごせないのも事実です」

「私にとっては人間の命もビーストマンの命もどちらも同じ命だと思えるんだけど、それについてはどう考えているのかな? それに、弱い者が強い者に喰われるのはこの世の理だろう?」

「弱き者もただ喰われはしません、必死に足掻きます。同じ命であれば、弱き者もまた命を精一杯生きる事は神に赦されているでしょう」

「いい事言うねロバー、一寸の虫にも五分の魂って言うもんね」

 そう、モモンガにとっては知らない人間などそこらの羽虫同然だが、それでも五分の魂はあるだろう。モモンガが知らない人間の事を虫程度にしか思えないと知っているブレインとツアーはモモンガの発言にドン引きしている。クレマンティーヌは自分がサイコパスだからか引かないのでその優しさ(?)にモモンガは胸が温かくなった。

「……良いだろう、分かったよ。君のような善き者がモモンガの側にいてくれる事は私としても望ましい事だ。ただし本当にやりすぎない事、無駄に殺しすぎない事は約束してくれ。この街を包囲したビーストマン達は仕方ないけど運が悪かったと思って諦めて貰うしかないだろうね……」

「ありがとうツアー、約束するよ。じゃあニグン、協力できる事になったけどプランは聞いてたよね? あれでいい?」

「天使というが、どういう天使なのだ。貸すというが指揮には従ってくれるのか」

 ニグンの疑問は当然である。レベルの概念はちょっと難しいから流す事にしても他はちゃんと説明した方がいいだろうと思いニグンの疑問に答えるべくモモンガは口を開いた。

「貸すのは門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)っていう天使で、とりあえずかなり強い。本当は耐久力重視でタンク向きなんだけど攻撃力もレベルなりにあるからビーストマン程度なら軽く蹴散らせるし、知能も高いから陽光聖典の指揮下に入れる事は十分可能だよ。それを六体。二体ずつ三方に配置すればいいんじゃないかな? 後ブレインとクレマンティーヌも貸すからそれでビーストマンを東門方向に追い込むには十分じゃないかな。ロバーデイクは後方で負傷者の手当てとか支援担当ね。クレマンティーヌ……は問題ないだろうけどブレインもそれでいい?」

「構わないぜ」

「裏切り者の疾風走破と共闘する事になるとは思わなかったが……状況が状況だ、仕方ないだろう」

「そんなに嫌わなくてもいいんじゃないかなぁ? よろしくねぇニグン」

 ニグンに向けたクレマンティーヌの笑みは獰猛だった。そういう所だぞお前と思いつつモモンガは一つ息をついた。

「じゃあ天使召喚するね。ちょっと時間かかるけど待っててもらっていいかな」

「構わんがなるべく早く頼む、いつ総攻撃されてもおかしくない状況だ」

「はいはい」

 ニグンの言葉に返事を返してモモンガは超位魔法〈天軍降臨(パンテオン)〉を発動させた。モモンガの周囲を超位魔法発動のエフェクトの魔法陣が取り囲みそれを目にした全ての者が一様に動揺し慄いた。

「おまっ……なんだそのとんでもない魔法陣! 何かとてつもなくやばいものだという事しか分からんぞ!」

「えっ……超位魔法発動のエフェクトだけど……ただのエフェクトだから触っても害はないよ?」

「害があるとかないとかそういう問題じゃない! 何をするつもりなんだお前は!」

「だから天使の召喚だってば……」

 狼狽するブレインに冷静に答えを返しながらモモンガは時計を操作しタイマーをセットする。

『モモンガお兄ちゃん! 時間を設定するよ!』

 突然響き渡った子供の声とも大人の声ともつかない無理やり甘ったるく高く出したような女の声に、周囲の狼狽はより色濃くなっていく。

「なんだ今の声! 次は何をしたんだよモモンガ!」

「いや、リキャストタイム分からないと困るからタイマーセットしただけだから……何でこの時計はボイスをカットできないんだろうな……茶釜さんほんと……」

 狼狽するブレインを尻目にモモンガは頼もしき盾役だったピンクの肉棒の姿を思い出し懐かしさに浸っていた。浸っている内に超位魔法の詠唱時間が経過して魔法陣が弾け、無数の光の粒となって砕け散り、次にモモンガの周囲に六本の光の柱が立つ。そこから現れたのは六体の天使。獅子の頭に広げられたものと体を包むもの二対の翼を持つ。光り輝く鎧を纏い目の意匠が記された盾と穂先に炎を宿した槍を両手に持っている。門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)六体の召喚が完了した。

「そこにいるニグン――陽光聖典の指揮下に入り命令に従うのだ。この街の周囲を囲むビーストマンを駆逐し東門方向へと追い込め」

「畏まりました、召喚主よ」

 モモンガはニグンを指差し命令を下した。命令に従い門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)は陽光聖典の元へ移動する。

「……お前は、こんな神々しい天使まで召喚できるのか…………」

「えっ、うん、天使の召喚はこれしかできないけど一応ね」

「ふふ……最初にお前と敵対する事になったのはとんだ貧乏籤を引かされたという事のようだ。とりあえず協力に感謝しておく。では兵を集めて三方に分かれビーストマンを東門方向へ追い込むぞ! 行くぞ!」

 陽光聖典と冒険者達が移動を始め、クレマンティーヌとブレインとロバーデイクもそれに続いた。モモンガは一人東門へと向かう事にしたのだが。

「ツアー、何で着いてくるの?」

「君が無茶しないかちゃんと見ておかないとどうも怖くてね」

「はぁ……信用ないなぁ俺」

「さっき自分が口にした皆殺しプラン覚えてるかな? あれで信用されると思う方がどうかしていると思うよ?」

 実際ビーストマンの軍勢を皆殺しにする気満々だったので何も言い返せずツアーが着いて来る事についてモモンガはそれ以上何も言えなかった。

 〈飛行(フライ)〉を使い東門の上へと登る。ツアーは勿論隣にででんと居座っている。

「……もしビーストマンの中にプレイヤーがいたら俺死ぬかも。その時は守ってくれる?」

「そうだね、出来るだけは努力しよう。ただ、この鎧ではぷれいやーにどれだけ対抗できるかは約束できないからあまり期待しないようにね」

「ありがとうツアー、気持ちだけでも嬉しいよ」

 そのままぼんやりと二人は東門前に布陣したビーストマンの大軍を眺めた。どうやら敵に飛び道具はないようである。それともたった二人で東門の上に陣取ったモモンガとツアーを脅威とは考えていないのかもしれない。超位魔法のリキャストタイムが過ぎるまでは結構な時間がある、正直モモンガは暇を持て余していた。

「……暇だ、超位魔法じゃなくて〈核爆発(ニュークリアブラスト)〉にしとけば良かったかな」

「何だいそれは」

「第九位階魔法で、効果範囲が広い攻撃魔法だから今使おうと思ってる超位魔法とビーストマン相手なら同じ位効果があると思う。ただ自分が効果範囲の中心にいないといけなくてダメージを喰らうんだよね。〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)〉を使ってダメージを無効化してもいいんだけどどうせ東門前に敵を追い込む時間が必要だから超位魔法で問題ないかなと思って。後使う予定の超位魔法がド派手な魔法だから使いたいというのもある」

「君そんな魔法まで使えるのか……どれだけ魔法を覚えているんだい」

「七百十八個だよ。名前も効果も全部暗記してるよ、凄いだろ」

「褒めてほしそうだね……」

「褒めてくれたら嬉しいな」

「それから使ってみたいという理由でド派手な魔法を使うのはどうかと思うんだけど……一度許可した作戦だからやめろとは言わないけど」

「あっ、そこツッコまれないで済んだと思ったのに。そこまでツアーは甘くないか、くそっ……」

 話している内に左右からビーストマンが追い立てられてくる。さすがにレベル八十台の天使に対抗できるような戦力はビーストマンにはないのだろう、切り札を温存しているのでなければプレイヤーの存在は警戒しなくても良さそうだった。クレマンティーヌも今頃思う存分ストレスを発散しているのだろうか、そんな事をぼんやりと考えつつリキャストタイムが過ぎ去るのをモモンガはひたすら待った。

 街の周囲を包囲している筈の味方が続々と逃げ込んできて、東門前に布陣したビーストマンの軍勢にも少なからず混乱が生じている。このまま退却してくれればツアーに怒られずに済むんだけどな、とモモンガは思ったもののビーストマン達に退却の気配はなかった。殺すのに躊躇はないが別に進んで殺したい訳でもないので退却してくれるならモモンガとしてはそれに越した事はないのだがそうは問屋が卸さないようだ。

 どうやらこの世界に来てからトラブル巻き込まれ体質になってしまったような気がする、遠い目をしながらモモンガはそんな事を考えた。カルネ村での陽光聖典との遭遇もそうだし、王都でツアレを偶然発見したのもそうだ。そして今回のビーストマンによる街の包囲である。半年も経っていないのにこんなに次々とトラブルに巻き込まれなくても良さそうなものである、モモンガは平和に暮らしたいのだ。鈴木悟はこんなに厄介事に次々見舞われるような波乱万丈な人生ではなかった。一体何がこの厄介事の数々を引き寄せているのだろう。

『予定した時間が経過したよ、モモンガお兄ちゃん!』

 ぶくぶく茶釜のロリ声で時間の経過が知らされる。声を聞いたモモンガは即座に超位魔法を発動し再度超位魔法発動エフェクトの魔法陣がモモンガの周囲に展開される。

「その声……何ていうか、何とも言い難い声だね……不思議というか何というか」

「言葉を選ばなくてもいいよツアー。でも俺にとっては大切な思い出の声なんだ。昔の仲間が残してくれた声だからね」

 再びぶくぶく茶釜の思い出に浸りながらモモンガは手にした砂時計を握り潰した。魔法陣が光の粒となって弾け飛び、ビーストマンにとっては弔鐘ともいえる規格外の威力をもった超位魔法が発動する。

「〈失墜する天空(フォールンダウン)〉!」

 瞬間、世界は白く染まった。東門前に布陣したビーストマンの軍勢の中心で発生した超高熱源体が爆発的に広がり視界が白く灼ける。広範囲に渡って発生し広がった超高熱はすぐに収束し、後には高熱によって円形に抉られ黒く変色し硝子化さえしたクレーターが残されただけだった。熱によって未だ煙が燻るそこには、確かに存在していた筈のビーストマンの死体などどこにも残ってはいない、骨すらも残さずに蒸発し焼け消えてしまっていた。

 範囲外のビーストマンには一切被害はない、目測だが凡そ半数が生き残っているだろうか。まだ他の門の前で戦い東門まで到達していない者を考えればもっと生きているだろう。数だけを見ればビーストマンはまだまだ優位に立っているといえるが、一瞬にして万を灼き尽くした魔法の発動を見て冷静でいられる程彼等も豪胆でもなければ恐れ知らずでもない。怯えたような高い獣の鳴き声が束ねられ大きな一つの生き物の鳴き声のようにも聞こえる。恐慌はすぐに全体に伝播しビーストマン達は最早隊列も何もなく、集団としての機能を失って各々勝手に背中を見せ全速力で駆け出した。

 他の門の前に残っているビーストマンにも強い恐怖に彩られた今の声は届いただろう。そうでなくても数の優位は最早失われた、早晩掃討される筈だ。とりあえずこれでモモンガの仕事は終わりである。

「モモンガ」

「ん? どうしたツアー」

 達成感に浸っていたモモンガにツアーがやけに静かな声で呼び掛けてきた。達成感に浸っていい気分だったモモンガはお気楽な声で返事を返したのだが、どうも何か嫌な予感がする。その嫌な予感通りにモモンガのこめかみの辺りにツアーの拳が添えられ力が込められる。

「君ねえ! 派手にも限度があるだろう! あんな力! 人間の世界で! 使っちゃいけないんだよ! どうするのこれ! 大体にして! 殺しすぎだよ! 一瞬で何万殺してるんだい君は!」

「痛い痛い痛い痛いツアー! ダメージ! ダメージ入ってる!」

「もうちょっと! 使う魔法選べなかったのかい! 七百十八も使えるんだろう!」

「こっこれでっ! あいたた、恐れをなして竜王国までもう! 攻めてこないかも、しれないだろ! 痛い痛い!」

「そこまで! 介入していいとは! 言ってないよ! 大体君は!」

 その後拳グリグリによるこめかみの激痛と共にツアーのお説教が続いたのは言うまでもない。

 ようやく解放されたモモンガとまだ若干おかんむりのツアーが下に降りると、クレマンティーヌとブレインとロバーデイクが待っていた。

「何か、上から降りてくるの随分遅かったですね? 結構待ちましたよ?」

「ごめんね……ツアーのお説教が長くて……」

「誰のせいだと思っているんだい」

「あはは、派手でしたもんね、ピカーってすごく光って。そんな大変な事になってるんですか?」

「東門前は大変なんてものじゃないよ、これで第四位階の使い手なんて言い張っても誰も信じてくれないよ」

「うわぁ……とりあえずビーストマンは殺した奴以外は逃げちゃいました。当面はこの街も安全でしょう」

「そうか、それは良かった……痛い思いをした甲斐もあったってもんだよ」

 言いながらモモンガはこめかみの辺りを押さえた。痛いのは全部ツアーの仕業である。

「あの、モモンガさん。私の我儘を聞いて下さって、ありがとうございました。しかも痛い思いまでされたなんて……」

「いいよロバー、痛いのは俺の自業自得みたいな所あるから気にしないで。でも毎回毎回こうやって助けられるわけじゃないからそれは覚えておいてほしい。今回は仕方ない状況っていうのもあったからやったけど、俺は人間の味方っていうわけじゃないし、力を振るうのはあんまり良い事とは言えないから」

「そうですね……よく覚えておきます」

 返事をしてロバーデイクは目線を伏せた。モモンガが力を振るうのはあまり良い事とは言えないのは東門外の状況を見せれば多分一瞬で理解してもらえるだろう。ツアーの言う通り、人間の世界で振るうには大きすぎる力だ。使うとなるとあれもこれもと試したくなってしまうのだがあれもこれも試すのは諦めた方が良さそうである。自身を第四位階の使い手で通したいモモンガとしてもあまり多くの人間に力を知られるのは都合のいい状況とは言えない。

 街はまだ戦時の混乱が残っていて慌ただしい、情報収集はもう少し落ち着いてからでなくては出来なさそうだった。とりあえず宿に戻る事にするがツアーは依然として着いてきていた。

「ツアー……まだ帰らないの?」

「良いじゃないか、まだ暇なんだ。折角来たんだから久し振りにドラウディロンの顔でも見ていこうかなとも思ってるしね」

「ドラウ……誰?」

「竜王国の女王ですモモンガさん。始原の魔法(ワイルドマジック)が使える希少な生まれながらの異能(タレント)を持った黒鱗の竜王(ブラックスケイル・ドラゴンロード)の二つ名を持つ七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の曾孫です」

「ナイスフォロークレマンティーヌありがとう。じゃあ首都に行けばいいじゃないか」

「どうせ君達も行くんだろう? だから一緒に行こうと思って」

 Why? 思わず素で言いそうになったモモンガは困惑を隠しきれずに既にウキウキ気分のツアーを見た。

「あの……宿四人部屋なんだけど……」

「どうせ君は寝ないだろう? 私の鎧もベッドは必要ないしね」

「そういう問題じゃないだろ! 思ったより気まぐれ竜王(ドラゴンロード)だな!」

 気まぐれ竜王(ドラゴンロード)、自分で言っておいて何だが何故か妙に耳馴染みがいい。そんなタイトルの昔の漫画があったような、記憶の海に沈みそうになってはっとなりモモンガは表層に強引に意識を引き上げた。ツアー問題は何も解決していないのだ。

「久し振りだなあ、こうして旅気分に浸れるのは。ずっと退屈だったんだ」

「暇潰しか! 俺がちょくちょく遊びに行ってるじゃないか!」

「モモンガと話すのは勿論楽しいけど、やっぱり外も見たいじゃないか。外出する時はいつも漆黒聖典の動向の監視とかそんな面白くない用事ばかりだからね、こういう楽しいのもたまには許されてもいいだろう?」

「許されてもいいけどついでに遊びますみたいなのどうなの! 世界を守護する竜王(ドラゴンロード)としてさあ!」

「私が出張るような用事は君絡み位だから、君と一緒にいるのは都合がいいと思うよ? 安心して、そう長く国を空けてもいられないからドラウディロンに会ったらちゃんと帰るから」

「~~~っ!」

 ああ言えばこう言う竜だな! 叫びたいのをモモンガは必死に抑えた。ツアーが出張るような用事がモモンガ及びプレイヤー絡み位なのは本当なのだろうから何も言い返せない。

「ちょっと待って……俺の一存で決められないよ……仲間がいるんだ……」

「私としては二人でも三人でも一緒ですからどっちでもいいですよ」

白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に何か言えるほど肝っ玉座ってねえよ……」

「……人数が多い方が楽しいのではないでしょうか?」

「お前達ーっ!」

 味方ゼロである。孤立無援の中竜王国の首都ウスシュヴェルまでツアーと同行する事が決まってしまいどうしてこうなったというモモンガの心の叫びは心の中だけで木霊し続けていった。




誤字報告ありがとうございます☺
ご指摘があり一部の文章を削除いたしました。(2019/11/29)

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