Life is what you make it《完結》   作:田島

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謁見

 情報収集から帰ってきたクレマンティーヌの表情は申し訳無さそうななんとも微妙なものだった。

「お帰り、お疲れ様……どうしたの変な顔して」

「いえ……何というかその……集まった情報がですね。著しく偏ってるといいますか……」

 クレマンティーヌはドアの前で立ち止まって何やら言いづらそうに縮こまっている。とりあえず座るようにモモンガが促すと、ようやくクレマンティーヌは椅子に腰掛けた。

「偏ってるってどう偏ってるの?」

「皆、モモンガさんの話しかしてないんですよ……」

「あっ……」

 それはそうである、少し考えれば分かる事だ。東門前に巨大なクレーターを作って五万のビーストマンを撃退した規格外の魔法の使い手、話題にならない方がおかしい。

「あんな派手な魔法を使うからそうなるんだよ」

「反省してます……」

 ツアーの言葉に反論もなくモモンガは素直に反省した。あの時はテンションが上っていて超位魔法を使うチャンスとばかりについやってしまったが〈失墜する天空(フォールンダウン)〉はまずいチョイスだった。この世界で使うのは初めてだったのであんな巨大なクレーターが出来るとまでは想像していなかったというのもあるのだが、ユグドラシル時代はクレーターなんて出来なかったので許してほしい。

 東門前のクレーターを見たロバーデイクの驚愕と衝撃は大きかった。ビーストマンも同じ命だというのに、それが一瞬にしてこんなにも失われてしまったのですね、と沈痛な面持ちで呟いていた。人間を守る為にやった事なんだからもっと自信を持てばいいのに真面目だなぁとモモンガは思ったが、ビーストマンを消すのも殺虫剤で虫を駆除する感覚だったモモンガからすると命の大切さをこんなにも真剣に考えているロバーデイクは偉いなぁと尊敬の念が湧き上がる。ロバーデイクを少しはモモンガも見習うべきなのかもしれないが虫程度にしか思えないものは思えないのでそこが困りどころである。

 ブレインは苦い顔でいくらなんでもやりすぎだろ……とだけ言ってきたがモモンガには反論の言葉はなかった。このクレーターを見てしまえば確かにやりすぎとしか言いようがない。まさかここまでとはモモンガも思っていなかったのだが言い訳などしても意味のないことだ。ここまで派手なクレーターではなかったかもしれないが〈核爆発(ニュークリアブラスト)〉でも環境の破壊は少なからず起きていただろう、使う時は十分に注意しなければならないとモモンガは気を引き締めたのだった。トラブル引き寄せ体質になってしまっているようなのでまた何かしらのトラブルに巻き込まれる可能性は十分にあるが、出来ればモモンガは力を出さずに何とか切り抜けたいところである。その為にもクレマンティーヌとブレインとロバーデイクにはもっと頑張ってレベリングして力を付けてもらわなくてはならない。

 何はともあれ、モモンガの話で持ち切りならカナヴでの情報収集は実りがなさそうである。ここは早目に切り上げて首都に向かうべきか、と思考を切り替える。

「俺の噂を集めてもしょうがないし……明日ウスシュヴェルに発とうか」

「そうですね、しばらくはモモンガさんの噂で持ち切りでしょうから」

「その前にとりあえず晩ご飯だな、食べに行こうか」

 そのモモンガの言葉に武器を手入れしていたブレインとロバーデイクも了承を返して立ち上がり、連れ立って一階の食堂兼酒場へと降りていく。モモンガは寂しんぼなので食事の間もせめて会話には参加したいので着いていくのだが、何故かツアーも着いてくる。この竜も意外と寂しんぼなのだろうかとモモンガは他愛のない思考を浮かべた。

 今日のメニューも黒パンと野菜スープだった。適当な雑談を交えながら食事していると、宿のドアが開き誰かが入ってきた。そちらを見やるとモモンガの記憶に微かに見覚えのある顔だった。確かニグンの横にいた冒険者だったような……と考えているとその男はモモンガ達のテーブルへと歩いてきた。

「お食事中失礼します、皆様先日はこの街の防衛にご協力ありがとうございました。私はアダマンタイト級冒険者チームクリスタル・ティアのリーダー、セラブレイトという者です」

「これはご丁寧にどうも。旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)でモモンガと申します」

 食事をしていなかったモモンガは立ち上がるとセラブレイトに軽く礼をした。ツアーが一人で座っていた隣のテーブルの席をセラブレイトに勧め、モモンガもそちらのテーブルに移る。

「それで、今日はどのようなご用件で?」

「はい、実は今回の件を女王陛下にご報告したところモモンガ殿に是非直接会い礼を述べたいということで、私共が消耗品の補充に首都に戻る際に同行して頂くようにお願いせよとのお言い付けがございました。ニグン殿とのお話の中でエリュエンティウに向かう旅の途中と仰っていた記憶がございますが、モモンガ殿は首都へお立ち寄り頂く事は可能でしょうか?」

 セラブレイトと名乗った冒険者の言葉を聞き、モモンガは返答を迷った。首都へはこれから行く予定だったから何も問題はないのだが、女王との謁見なんて堅苦しいイベントは嫌である。別に竜王国の為にやった訳ではなくロバーデイクの為だったので礼もいらない。一介の旅人だから、といういつもの奴でいこうかと返事をしようとしたのだが。

「私達はこれから首都に行く予定だったし私もドラウディロンに会う予定だったから丁度良いね、モモンガも一緒に会おう」

 迷っている間に一足早くこの竜である。実に余計な事を言ってくれる。モモンガは頭を抱えた。

「ちょっツアー! 勝手に決めない!」

「いいじゃないか、いい機会だしドラウディロンに君を紹介しよう」

「いらない、王族とかの知り合いはいらない! 俺は一介の旅人だから!」

 全然違う事は既に知られているからツアーに一介の旅人の言い訳をしても仕方ないのだがせめてセラブレイトには理解してほしい、モモンガは一介の旅人でありたいのだ。王族とか皇帝とかはもうお腹一杯なのだ。

「首都に行かれるご予定だったのですね、それでしたら是非ご一緒頂けますか?」

 しかしながらセラブレイトは全く空気を読んでくれなかった。爽やかな笑顔と共に申し出を受け、モモンガは進退窮まった。また孤立無援の四面楚歌である。王族に会いたくはないが会わない為の正当な理由がないのだ。精々が一介の旅人だから堅苦しいのは苦手で礼儀も知らない、という奴である。それでも言わないよりはマシか、とモモンガは思い直して口を開く。

「申し訳ないのですが……私は一介の旅人に過ぎず女王陛下に拝謁できるような礼儀作法の心得がございません。また堅苦しい場も苦手でして……出来れば謁見はご遠慮させて頂きたいのですが……」

「心配ございません、女王陛下は私のような冒険者とも親しくお言葉を交わして下さる気取らないお優しいお方。また白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)のご紹介とあらば多少の礼儀作法などとやかくは言われますまい。あれだけのビーストマンの大軍を退けこの街を救って下さったモモンガ殿へ直接礼を伝えたいというのは女王陛下のたっての望み、是非叶えて頂けませんか?」

 今度は気取らない女王ときた。フットワークが軽すぎて向こうから会いに来る皇帝よりはいいがこれ以上の断り文句がモモンガには思い付かない。それにしてもこのセラブレイトという男、冒険者という話なのに何でこんなに一生懸命モモンガを女王に会わせようとするのだろう。ガゼフなら分かる、王の為に忠義を尽くしているから王の為に役に立つであろうモモンガを引き合わせたいという気持ちなのだろうと理解できた。だが冒険者は国家権力からは独立した存在と聞いている。竜王国は現状が現状なので人類を守る為に協力しているのだろうが、女王の為にこんなにモモンガを口説く理由が分からない。分からないが何にしろ迷惑である。

「モモンガ、君はリ・エスティーゼ王国の王女や帝国の皇帝とも会ってるんだろう? ドラウディロンとだけ会わない理由が分からないよ」

 断り文句を必死にモモンガが考えていたらこの竜がいらない事をまた言う。何でそう余計な事を言うかな! と叫びたい気持ちをモモンガは必死に抑えた。

「別に会いたくて会ったわけじゃないよ……どっちも仕方ない状況だっただけ。竜王国の女王様とは会わなきゃいけない状況っていう訳じゃないだろう?」

「可哀想になあドラウディロン、そんなに嫌われて……」

「別に嫌ってないよ! 会ったこともないのに好きも嫌いもないよ!」

「じゃあ会ってみて判断しよう、うん、いい案だ。ドラウディロンはいい子だからね、きっと君も気に入るよ」

 腕を組んだツアーは満足気に頷いている。失言だった、とモモンガは思った。断り文句は何も浮かばないしいつの間にか会って好悪を判断する事になっているし。

「女王陛下は可憐なお姿ながら竜王国を立派に統治されている素晴らしい方です。可愛らしいお声でいつも我らを励まして下さるのです……!」

 セラブレイトの鼻の下が若干伸びているが何事だろう。セラブレイトの折角の凛々しい容姿が台無しになっているのをモモンガは残念に思った。

「婉曲な断り文句が思い付かないので直球で言います、嫌です」

「納得できる理由がない以上、女王陛下の願いを叶える為このセラブレイト、いいお返事が頂けるまでは梃子でもここを動かぬ所存!」

「えぇー……」

 爽やかなイケメンという感じの容貌の割には面倒臭い奴だセラブレイトとモモンガは思った。ツアーとセラブレイトに挟まれたモモンガは助けを求めるように隣のテーブルを見たが三人は既に食事を終え部屋に戻っていた。薄情者共である。

 結局セラブレイトがいつまで経っても本当に帰ってくれなかったので仕方なくモモンガが折れた。クリスタル・ティアも首都に帰還する準備は既に整っているというので、明日首都に向け一緒に出発する事とモモンガがツアーとセラブレイトと共に女王に謁見する事が決まってしまったのだった。ごめんなロバーデイク、お前もこんな気持ちだったんだな。自らの行いを顧みたモモンガは少しだけ反省したのだった(但し後悔はしていない)。

 

***

 

 カナヴを発つ時に門の前でニグンが待っていた。何の用事かとモモンガは首を捻ったが、改めて礼を言いたいのだという。

「今回は本当に助かった。お前がいなければこの街はビーストマンに蹂躙され、首都も危うい状況に陥っていただろう。礼を言う」

「何か素直に感謝されると不思議な気分……ロバーを死なせたくないからやった事だし、別に感謝はしてくれなくてもいいんだけど、まあ素直に受け取っておくよ」

「今回の事は本国に報告させてもらう」

「えっ、それはやめて……」

 食い気味に即答したモモンガにニグンは戸惑いを見せた。

「お前の存在がなければビーストマン五万を軽微な被害で撃退した説明が付かないのだが……」

「ううっ、それは確かに……いやでも、俺スレイン法国とは敵にも味方にもなりたくないから、そっちの上層部がやっぱり我が国に迎えよう! みたいに思うような報告の仕方はやめてね……」

「どう報告しろというのだ……無茶な注文を付けてくるな。悪いがありのまま報告させてもらうぞ」

「……じゃあせめて、俺が法国に行く気はないって言ってた事も付け加えておいて…………」

「それならばいいだろう、分かった」

 困惑した顔のニグンが頷く。陽光聖典はこれから東に向かい大きく数を減らしたビーストマンを掃討していくのだという。クリスタル・ティアの面々にも挨拶を済ませたニグンが去り、モモンガ一行とクリスタル・ティアはカナヴを出発した。

 カナヴから首都ウスシュヴェルまでは徒歩で四日程の行程だった。こういう事もあるかもしれないと思って帝国にいる間に普通の野営セットも用意しておいて正解だった。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から取り出したのでクリスタル・ティアの面々には面妖なものを見た顔をされたが。

 道中のツアーの楽しそうなことといったらなかった。クリスタル・ティアの冒険譚を聞き、ブレインの居合の技の解説を聞き、ロバーデイクと神について議論し、とにかくのべつまくなし誰かの話を聞いていた。飛べる鎧なのに普通に歩いていたのも不思議な点である。

 四大神の元になった六大神とは直接会っているだろうに神の存在証明とかの話をするのだからツアーも人(竜?)が悪いと思いながらモモンガはツアーとロバーデイクの議論を横で聞いていたのだが、魂の存在とか魂が神の段階に移行するかとかそういう話になっていた。ツアーによると始原の魔法(ワイルドマジック)とは魂の魔法であり、魂の力を使って行使する魔法なのでこの世界においては魂というものは確かに存在するのだという。ただプレイヤーである六大神の魂が死後本当に信仰系魔法の力の源泉となる神となったのかというのは疑問らしく、その点を重点的にロバーデイクと話していた。

 ロバーデイク曰く信仰系魔法を行使する時に感じる大いなる存在があるそうで、それこそが神だと信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)達は信じているのだという。でもそれが六大神なのかは確かに非常に疑問だな、と横で聞いているモモンガは心の中だけで思った。信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)が行使している魔法はユグドラシルから齎された位階魔法であり、ユグドラシルでは始祖カインアベルなどいくつかの神が(設定としての)信仰の対象となっていた。しかしそれらの神がいないこの世界でも信仰系の位階魔法は問題なく発動している。力の源泉はユグドラシルの神なのか六大神なのかそれとも他の神なのか、はたまた神という存在はなくただ大きな力だけがあるのか。非常に興味深い命題だけど検証のしようがないな、とそれ以上考えるのをモモンガは諦めた。

 ブレインのオリジナル武技の数々にもツアーは強い興味を示した。不可避の高速の一撃〈瞬閃〉を更に鍛え上げることによって生まれた神速の一刀〈神閃〉、半径三メートル以内のあらゆる気配、音、動きなどの全てを知覚する〈領域〉等々、ブレインの生まれ持った天才的なセンスと戦いや鍛錬で高めた技量によって生み出されブレインのみが使える技についてツアーは興味深そうに話を聞き、時折質問を挟んだりしていた。

 何せほとんど訪れる人もいない塔の最上階で日がな守り人をしているのだから、新しい知識や人との会話にツアーは飢えているのだろう。そんな風にモモンガは感じた。八欲王が残したギルド武器をツアーはあの場で守っているのだという事は既に聞いている。ギルド武器が破壊されればギルドは崩壊する。八欲王は既に滅んでいるが、ギルド武器が破壊されたとして八欲王の拠点だった浮遊城がどうなるのかはモモンガには分からない。恐らくはこの世界においては桁違いといえるだろう強大な力を持った都市守護者達がギルドが崩壊した時にどういう行動を取るかが不明なのは恐ろしいことだ。どうなるのかをツアーは知っているのではないかというのはモモンガの中の確信だが、尋ねても詳しい事は教えてくれなかった。

 モモンガの中ではドラゴンは孤高の存在というイメージがあるし実際この世界のドラゴンも多くは群れを作らず個々に縄張りを持っているらしいので人と話すのが好きなツアーは変わり者なのかもしれない。そうでなければ十三英雄に参加したり様々な亜人と人間が共存する国を作ってその長になったりはしないだろうが。

 帝国のような日の出の勢いこそないものの、人間を食糧と見做す筈の亜人と人間が対等に平和に共存している評議国はある意味この世界における理想の国家だと評議国を回ったモモンガは思った。それを可能にしているのが竜王(ドラゴンロード)達による統治である。この世界で最強の生物である(ドラゴン)という存在あればこそ亜人も人間もそれに従うのだ。社会の単位が国まで大きくなったならば、(ドラゴン)とまではいかずとも強力なリーダーシップを持つ存在は平和な統治に必要不可欠なのだろうとそんな事をモモンガはぼんやりと考えた。鈴木悟の世界(リアル)のように強力な力を持ち権力を握った存在が人を数でしか考えず使い潰す事を何とも思わない大企業であったりした場合は大多数の民衆にとっては欠片の希望もない地獄が生まれるわけだが。

 ウスシュヴェルに到着し、謁見は明日の午前という話なのでクリスタル・ティアとは別れ宿をとる。カナヴでは四人部屋なのに途中からツアーが入ってきた事に宿屋の親父がいい顔をしていなかったので本来は相部屋に使う六人部屋をとった。五人部屋というのはなかったので仕方ない。

 クレマンティーヌは一人情報収集に行き、他四人でマジックアイテム屋巡りをした。一軒目に入った途端にツアーが「ここには大した物はないね」とか言い出すので(それは本当にそうなのだろうが)モモンガはない筈の肝が冷える思いを味わった。そんなに大声ではなく抑えめの声量だったのでそれだけが救いだった。

「ツアー! そんな失礼な事は思ってても言わない! 大体にしてパッと見ただけで何で分かるんだよ!」

「あれ、知らないかな? (ドラゴン)は財宝に対する嗅覚とも言うべきものがとても鋭くてね、見ただけで大体どの程度の価値の物か分かってしまうんだよ」

「えっすごい、ドラゴン超すごい」

「お前また語彙が貧弱になってんぞ……」

 それでもブレインとロバーデイクは興味深そうにマジックアイテムを物色し始めた。ツアーにとっては大した価値がなくてもブレインとロバーデイクにしてみればそれなりに有用性のあるアイテムだ。(ドラゴン)と人間では生物としての強靭度がまず違う、人間はマジックアイテムで身を守らなくてはならない脆弱な種族だ、価値観の違いというやつだろう。一応念の為と思って〈魔法無詠唱化(サイレントマジック)道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉で確かめていくがツアーの言う通りモモンガから見ても大した物は置いていなかった。

 物色する行為自体は楽しいのでマジックアイテム屋を巡るのはいいが、購入・入手についてはやはりエリュエンティウが本番だろう。ユグドラシル産の刀を見せてブレインをギャフンと言わせる決意についても勿論モモンガは忘れていない。伝説級(レジェンド)の物ではこの世界では強力過ぎるだろうし怒られそうなので聖遺物級(レリック)位の物が入手できれば最良とモモンガは考えている。うまいことその辺りの刀があればいいのだが。

 マジックアイテム屋を巡って夕方までを過ごし宿に戻って夕食の後就寝の時間になる。ツアーも夜の間は(本体が)眠るのでモモンガは一人で夜を過ごす。刻一刻と朝が近づいてくるにつれて女王との謁見をしなければならない事実にモモンガの気持ちがどんどん重くなっていく。モモンガは元貧民層の一般市民で今だって一介の旅人である、どうして王女とか皇帝とか女王とかそんな人達と会わなくてはならないのか。今思えばガゼフは本当にいい人だった、断ったらちゃんと聞いてくれた。モモンガとしてはガゼフの対応が普通だと思いたいのだがどうやらそうではないようなので(涙は出ないが)泣くしかない。一介の旅人では権力には抗えない筈なので従う他ない、モモンガは一介の旅人でいたいのだ。

 夜が明けて朝、ツアーと城の前で待ち合わせたセラブレイトと共に登城する。本当に気が重くてモモンガは一言も喋りたくなかった。はいといいえとありがとうございますと遠慮しますだけで発言を済ませたいと本気で考えている。

「ドラウディロンと会うのは何十年振りだったかなあ、中々こっちの方まで来る事がないからね」

 楽しげな様子のツアーが恨めしい。セラブレイトは可憐と言っていたような記憶があるのだが何十年振りに会うということは結構な歳なのではないだろうか、どういう事なのだろうかとモモンガは疑問に思いつつ近衛兵の先導に従って城内を進んだ。広い廊下を進み奥にある繊細な細工の施された両開きの扉を開くと、中は王の居室に相応しい豪華な内装の部屋になっており、両脇には家臣団と思しき男達が控えている。奥に向かって引かれた赤い絨毯の先には玉座が置かれ年の頃は十を過ぎた辺りと思しき少女が座っていた。成程可憐だとモモンガは納得したがツアーは何十年か振りに会うのにこの外見はどういう事なのだろう。竜の血を引いているというから歳の取り方が人間とは違うのだろうか。

 どうせツアーはフリーダムな行動を取るだろうからモモンガはセラブレイトの行動に合わせる事にした。横目でセラブレイトを窺い同じように女王の少し手前まで歩き跪く。思ったとおりツアーは立ちっ放しである。竜王(ドラゴンロード)としては女王より格上だし同じ国家元首でもあるのだからツアーなら許されるのだろう。跪く方が逆におかしいかもしれない。

「やあドラウディロン、久し振りだね」

「ツァインドルクス殿も壮健なようで何より、ご来訪心より嬉しく思います」

 女王と思しき少女の声は天真爛漫という言葉がよく似合うような明るく澄んだものだった。この女王は何歳なんだろうという疑問が今モモンガの頭の中の大半を占めている。

「君は今日もそっちの形態なんだね」

「ツァインドルクス殿、すみませんが形態という言い方はおやめ下さい!」

「別にいいじゃないか形態で」

「ほらやっぱり形態じゃないですか」

「宰相、妾は今ツァインドルクス殿とお話しているのです、黙っておりなさい!」

 女王の横に控えていた宰相と思しき男は全然反省していない顔ではいはいと投げ遣りに答えて口を閉じた。そっちの形態ってどういう事なんだ、この女王には何種類か形態があるのか、ラスボスか、その疑問が今モモンガの頭の中の大半を占めている。

「こほん。セラブレイト、クリスタル・ティアが我が国の為に働いてくれている事心から感謝する。この度もカナヴをよく守ってくれた」

「勿体なきお言葉、誠に恐悦至極に存じます」

「うむ、これからもよろしく頼むぞ!」

 形態から話を逸らしたかったらしき女王は次にセラブレイトに言葉をかけた。普段とは違う妙に締まりのない声でセラブレイトが返事をしたので何事かと思いモモンガはついセラブレイトの方を向いてしまったのだが、セラブレイトは至極真剣な顔をしていた。怖くなるほど真剣な眼差しで只管に一点を凝視しているので何を見ているのだろうと不思議になり最小限の動きを心掛けて視線を追うと、女王の剥き出しの生脚があった。返事をする時には普通は顔を見るものではないだろうか。あの幼女ペロペロチーノに幼女の魅力としてすらりとした脚の良さなどよく語られたものだが、つまりはそういう事なのだろうか? こんなに真剣に幼女の脚見てるって他に理由ないよね? この人実はロリコン? モモンガの頭の中をまた新たな疑問が駆け巡る。後こんな事で懐かしい仲間を思い出したくなかった。

「ドラウディロン、今日は私の新しい友人を紹介するよ。モモンガだ」

「クリスタル・ティアからの伝言の羊皮紙(スクロール・オブ・レポート)と早馬で報告は受けております。陽光聖典の使役するものを遥かに上回る非常に強力な天使を召喚、その上強大な魔法を使いカナヴを包囲したビーストマンの軍勢五万を追い払ったとか。我が国にとっては救世主といえる働き、誠に感謝するぞ、モモンガ殿」

「有難きお言葉を賜り光栄の至りです」

「ツァインドルクス殿のご友人というが、どのような関係なのか?」

 めちゃくちゃ答えづらい質問を女王に突然ぶっこまれてしまい返す答えにモモンガは戸惑った。この場合何と答えるのが適当なのだろう。自分がプレイヤーだという事を言っていいものかもまず分からないし、ツアーとの関係性を端的に表す言葉も友人以外に適当な物が思い浮かばない。説明しろと言われるととても難しい。

「……心の友と申しますか」

「モモンガは私の話し相手になってくれているんだよ。よく遊びに来てくれてね、色々な話をしているよ」

 話し相手、それがあったか! やられたとモモンガは思った。いやツアーはフォローしてくれたのだからここは感謝すべき場面なのだが、何故それが思い付かなかったという悔しさのようなものが微妙に残る。それに思い付かなかったせいで心の友とか恥ずかしい事を言ってしまった。皮膚と血管があったら耳まで真っ赤になっていたであろう強烈な恥ずかしさがすぐに沈静化されるが、じわじわとした恥ずかしさは胸を苛み続ける。

「旅人と聞いていたが評議国に住んでおるのか?」

「いえ、旅人です。転移魔法が使えますので転移でツァインドルクス殿の元を訪れております」

「早馬を飛ばしてきた者からも魔法の恐るべき威力は聞いていたが、モモンガ殿は相当高位の術者のようであるな……どうだろう、我が国の領地からビーストマンを追い払うまでで構わぬ、雇われる気はないだろうか?」

 来た、とモモンガは思った。予想はしていたがやはりこの流れである、あれだけ派手にやってしまったのだ、それはそうなるだろう。上手いことフォローしてくれよツアー、と神頼みならぬ竜頼みしながらモモンガは口を開く。

「申し訳ございませんがお受け出来かねます。旅の目的もございますし、わたくしが特定の勢力の為に力を行使する事はわたくし自身も望んでおりませんしツァインドルクス殿も望まれぬ事かと思います。あくまで一介の旅人であり続ける事がわたくしの望みですので」

「……ツァインドルクス殿が、何故忌避するのだ?」

「ドラウディロン、モモンガの力は人の世界で振るうには余りに過ぎた力なんだ。モモンガの言う通りモモンガがどこか特定の勢力に加担するような事は望ましくないと私は考えている。君だって私に比肩する存在が状況によっては敵に回るかもしれないなどと考えたくはないだろう? モモンガ自身も中立であることを望んでいるし、私もそれを支持している」

 ツァインドルクス=ヴァイシオン、この世界で最強の存在の一体である白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)に比肩する存在。それを聞いたその場の者達は一様に息を呑んだ。女王の幼い顔には隠しきれぬ驚愕が浮かぶ。門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)の力と〈失墜する天空(フォールンダウン)〉の閃光とカナヴ東門外の状況を見ているセラブレイトはどこか納得しているような様子もある。

 そこまで言っちゃうか、という思いもモモンガにはなくはないのだが、竜王国の状況は相当切迫しているからこの対応は多分正しい。首都のすぐ近くの街までビーストマンの軍勢の侵攻を許していた程だ、折良くモモンガがいなければ早晩首都が包囲されていたとしてもおかしくはなかったろう。あれだけ派手にやって力を見せてしまったモモンガを必死になって勧誘してきたであろう事は想像に難くない、モモンガだけでは勧誘を断り切るのはかなり難しかっただろう。ツアーに比肩する力を持つ危険な存在という説明がツアー自身の口からされればこれ以上の説得力はない。もしかしてどの道モモンガが女王に謁見する事になるのを予測してツアーは残っていてくれたのだろうか、とモモンガは思い当たる。かなり面白がっていた部分もあるような気はするが。

「成程、利によって味方になる者は利によって敵に回るかもしれない、ということか。ツァインドルクス殿が己と並ぶと言う存在を敵に回す可能性を生むなど真っ平御免だな、モモンガ殿にはどこにも属さぬ旅人でいてもらった方がよいようだ」

「ご理解頂け心より嬉しく存じます」

「すまないね、竜王国と君の窮状は理解しているし同情もしているけれども、こればかりは許してしまうと大変な事になってしまうから」

「よいのです、過ぎたる力は思わぬ禍いの元ともなりましょうし。幸い主たる軍勢はモモンガ殿が追い払ってくれましたから、後は我等の力でどうにかするしかないでしょう。これまで以上に頼ってしまうだろうが許せよセラブレイト、クリスタル・ティアが頼みの綱だ!」

「はっ、一命に替えましてもこの国の民の為、そして敬愛する女王陛下の御為に力の限り尽くす所存です」

 セラブレイトの返答はやはり締まりのない声だったのでまず間違いなくこいつロリコンなんだろうなという思いをモモンガは新たにした。

 女王の前から退出し、セラブレイトとは城門で別れる。城門前で立ち止まったままツアーは空を見上げた。

「さて、ドラウディロンの顔も見たことだしそろそろ私も国へ帰ろうかな」

「ツアー」

「何だいモモンガ」

「残っててくれてありがとう、助かったよ」

「感謝する事は別に何もないさ、私はドラウディロンの顔を見に来ただけだからね。それじゃまた」

「それでも助けてくれただろう? だからありがとうだよ。すぐ遊びに行くよ、またね」

 手を振りながらツアーは空へ飛び立ち、北へと向かい遠ざかって行った。〈転移門(ゲート)〉を開けば良かっただろうか、と思い当たるが、軽々しく使うなと怒られただろうことが容易に想像できたので使わなくて正解だったようだ。

 宿に戻ると部屋にいるのはブレインだけだった。

「ロバーはどこに行ったの?」

「情報収集で数日は滞在する予定なら全身鎧(フルプレート)の手入れをしてもらおうってんで鍛冶屋探しに行ったぜ」

「そうか。うーん、やっぱり魔法の防具は欲しいな……メンテ要らずだし。ブレインにも何か動きやすくて軽い鎧か鎖着(チェインシャツ)辺りを見繕いたいところだね。エリュエンティウには夢が一杯だ」

「俺は怖いよ……どんだけとんでもない価値のあるものが飛び出してくるのか分からなくて」

 渋い顔をしながらブレインが呟く。聖遺物級(レリック)の鎧をクレマンティーヌは国宝級と言っていたのでブレインはきっと腰を抜かす事になるだろう。都市守護者との交渉が上手くいけばだが。ブレインにユグドラシル産の刀を見せてギャフンと言わせる為にも交渉を頑張らなくてはならないとモモンガは決意を新たにする。

 竜王国を抜けひたすら南に進むと、その先には広大な砂漠が広がっているという。その真ん中にエリュエンティウはあるのだという。砂漠では道が分からないが途中の街でエリュエンティウに向かう隊商でもあればそれに便乗して楽に辿り着けるかもしれない。ただその場合はレベリングがお休みという事になってしまうので痛し痒しである。例え地図があっても砂漠では大して役には立たないだろう。砂漠付近の集落でガイドを雇えたりしないだろうか、着いてもいない内から想像が広がる。クレマンティーヌもエリュエンティウには行った事がないというので正真正銘未知の領域だ。

 そういえばズーラーノーンはエリュエンティウにもいるんだったな、と思い出す。定期連絡以外で連絡するのは久し振りだが〈伝言(メッセージ)〉を起動する。

「カジットか、私だ、死の王だ」

 突然始まった死の王ロールにブレインが明らかに引いているが気にしないことにする。

『おお、偉大なる御方、御方に捧げるべくズーラーノーンの掌握は着々と進んでおります!』

「う、うむ……そうか。それは喜ばしいことだ」

『帝国のデクノボウめにもその偉大なる御力を示されたとか。奴めは既に御方に恭順を誓っております』

 カジットが本気でズーラーノーンをひっくり返そうとしている。巻き込まれたくないけどどうすれば死の王ロールを崩さずに回避できるのかそれがモモンガには分からなかった。

「急いては事を仕損じるとも言う、着実に確実に事を進めるのだカジット」

『はっ! 畏まりましてございます!』

「して、今日連絡したのは、道案内を一人用意してほしいと思ってな。私は今エリュエンティウに向かっている。彼の地は砂漠の中にあり、案内人であるクレマンティーヌも未踏の地。エリュエンティウまで私を導ける者を砂漠近くの集落にでも用意してほしいのだ。可能か?」

『御方の言葉とあらば不可能も可能としてみせましょう。エリュエンティウに潜む者に連絡を取り御方をお迎えする準備を整えたいと存じます』

「う、うむ……私が動いている事が悟られぬよう、静かにな。砂漠に近付いたら再び連絡する故、それまでに用意を整えてほしい」

『確かに拝命いたしました。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか』

「うむ、構わぬぞ。申してみよ」

『人の領域の果てである彼の地へ御方自ら赴かれるのにはどのような狙いがあるのでしょう』

「ふふ……彼の地には規格外のマジックアイテムが多数眠っている。それらを入手し戦力を増すのが狙いだ」

 モモンガは嘘は言っていない。戦力増強が狙いである。ただ世界征服なんてしないだけだ。

『成程、マジックアイテム……御方の深遠なる狙いの一端ではありますが理解できたように思います』

 えっ、ちょっと待って、深遠な狙いとか一切ないんだけど何を理解したんだカジット! 叫びだしたくなるのを必死にモモンガは抑えた。

「お前は私の心をいつもよく分かっている。これからも励むがよい」

『はっ、有難きお言葉!』

「ではまた連絡する」

 〈伝言(メッセージ)〉を切断し精神的疲労からモモンガはがっくりと項垂れた。カジットと話すといつも非常に疲れる。だがとりあえずこれで準備は整った。後は旅立つだけである。

 エリュエンティウがどんな場所なのか想像は尽きないが、この目で早く見てみたいと気持ちは逸る。旅程はまだまだ長いが旅立ちの日が待ち遠しくてそわそわし始めたモモンガをブレインは珍妙なものを見る目で見たのだった。




誤字報告ありがとうございます☺

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