Life is what you make it《完結》 作:田島
Ahead on our way
カルネ村を見渡せる高台の上にまで歩いてきたモモンガは、手を繋いでいたクレマンティーヌのもう片方の空いた手もとって屈み、木の根元に座り込むのを助けた。クレマンティーヌが腰を落ち着けたのを確認して自分も隣に座る。
露出の多い鎧姿ではなくゆったりとした綿のワンピースを着たクレマンティーヌの姿には大分慣れたが、日々大きくなっていくお腹にはまだ慣れられていない。疲労無効のアイテムがあるから重さによる負担はないとはいえ、出っ張ってしまったお腹は様々な動きを阻害して不便が多いだろう。女の人って大変だし偉いなぁ、と薄ぼんやりとした感想がモモンガに浮かぶ。
「モモンガさんは、ここが好きですよねぇ」
「うん、自慢じゃないけど俺カルネ村大好きだからね。ここは最高に景色がいいよ」
「私にはただの村にしか見えませんけど。モモンガさんは変わってますね」
「そうかなぁ……?」
少しだけ首を傾げて、モモンガは改めてカルネ村の全景を眺めた。広場ではヘッケランが剣の指導を、イミーナとゴブリンアーチャーが弓の指導を自警団に行っている。荷物を持ったゴブリンが行き交い、村人と和やかな挨拶を交わしている。少しだけ非凡だけれども概ね平凡で事もない平穏な村の風景がモモンガは好きだった。理不尽で残酷だけれどもそれ以上に美しい世界で人々は今日を精一杯に生きている。その頬に浮かぶ明るい笑顔は鈴木悟がリアルでは持てなかったもので、苦しい暮らしの中でもカルネ村の人々は決して明るさを忘れてはいない、その強さが眩しかった。
強さって、モンスターや人を殺す力じゃない。それはこの世界に来てモモンガが学んだ事の一つだ。モモンガには持ち得ぬ強さを持った人間にモモンガは数多く会った。例えばガゼフ、例えばラキュース、ブレインだってそうだろうし、エンリもそうだし、その他のカルネ村の人々だってそうだ。アインズ・ウール・ゴウンの仲間達にだってそういう輝きはあった。それをモモンガは、眩しく美しく感じる。
そんな輝きに満ちたこの村の風景が美しくないわけはないだろう。やはりこの高台からの眺めは最高だな、とモモンガは改めて思った。
「やっぱりしばらく旅はお休みしようと思うんだけど。クレマンティーヌ一人じゃ大変だろうし」
「私は大丈夫ですよ、村の人が手伝ってくれるって言ってくれてますから。モモンガさんは気にしないで、色んなものを見てきてそれを私に話してください。本当は一緒に行ければいいんですけど、今はモモンガさんの子供が一番大事ですから」
「そうはいかないよ。最初の内はお乳をあげるだけでも母親はまともに寝られないって聞いたよ? おしめを替えたり家事したりは俺に任せて。赤ちゃんの世話は最初は慣れないかもしれないけど、こう見えて一人暮らしは長いんだ、洗濯もエンリに教わって合格貰ったし今度は料理を習うし、家事はバッチリだから」
料理についてはユグドラシルではスキルが必要な行為だったため薬草採取のようにまた意識が遠のかないか不安だったのだが、どうやら一般的な食材を使用したバフのかからない普通の料理については問題なくできるらしい事が分かった。今はゴブリン達の分と合わせてエンリに毎食作ってもらっているが、まだまだはっきりした自覚や実感は湧かないものの一応は父親になる身なので、エンリにおんぶに抱っこというのも良くないだろうと考えモモンガは自分でやろうと思い立ちエンリに相談して色々習っているのだ。料理は畑仕事などもあるエンリではなく鍛錬しているとはいえ暇がないわけではないブレインに習ってもいいのだがなんか癪なのでやめた。
「それより……赤ちゃんを見てちゃんとかわいいって思えるかどうかの方が心配だよ……同族じゃないし……」
「同族じゃないけど私の事は大事だと思って頂けてるんですよね? なら私の子供なら、かわいいと思って頂けるんじゃないですか?」
「うーん……大丈夫かな、自信ないけど……」
自分の子供が虫程度にしか思えなかったらさすがのモモンガもショックである、だがその可能性はかなり高い。エンリに親しみを感じた状態でも初見でのネムの印象は虫だったのだ(直後にアインズ・ウール・ゴウンの仲間を褒められて爆上げしたが)。今から戦々恐々としている。
「自信がないから、その意味でも何年かは一緒に子育てしたいんだよね。自分で育てて一緒に過ごして自分の子供だって自覚が出てかわいいって思えたら虫じゃなくなるから」
「そこに話戻してきましたか……モモンガさんって頑固なとこありますよね」
「そんな事はないと思うよ? でもこれは譲れないよ、クレマンティーヌの為にも俺の為にも子供の為にも」
「やっぱり頑固です」
そんな事を言いながらもクレマンティーヌは心底嬉しそうな笑みを浮かべた。モモンガの肩に頭を凭れかけてくる。その様子を猫っぽいなとモモンガは思った。モモンガは犬派だが、猫も同じ位好きになってしまいそうだ。
「顔はクレマンティーヌに似てるといいなぁ。俺に似てたら可哀想な事になっちゃうよ」
「私はモモンガさんに似ててほしいです」
「俺に似てたらいい所がなくなっちゃうよ……それはあまりにも可哀想だ」
「そんな事はないです、心の優しい子になります」
「なんか……気のない相手に女の子が言う良い人なんだけど、みたいな感じだな。心の優しい子……」
「私にとっては一番大事な事です。他は平凡だっていいからモモンガさんみたいに優しい子になってほしいです」
別に普通なのにな、とはモモンガは言わない事にしているから今回も口には出さなかった。どちらかといえば自分は優しくなどないのではないかとモモンガは思っているけれども、クレマンティーヌにとってはモモンガの普通が救いだったのだと理解しているので余計な事を言ったりはしない。
他の誰でも良かったのかというとそうではないのだろう。この世界ではなまじトップレベルに強いクレマンティーヌは自分より弱い大多数の男の事など認めることはできず、神に等しい力を持つモモンガが自分を対等の相手として接してきたからこそそれに感激してしまったのだ。法国ではクインティアの片割れと蔑まれて使い捨ての道具のように使い潰されようとしていたクレマンティーヌにとって、その対応は思いも寄らぬ事だったのだと寝物語に語られた事がある。モモンガの普通は、クレマンティーヌにとってはこれ以上ない特別だったのだ。
そんなんでいいのかなぁ、とモモンガは思わなくもないのだが結果として現在こうなってしまったのだし、これからは普通という名の幸せでクレマンティーヌを包んでやりたいとも思う。モモンガにとっても家族や家庭というものはずっと憧れで、(特にアンデッドになってからは)手に入らないだろうと諦めていたからこうして得られた事は素直に嬉しい。
「それにそんなに平凡な子にはならないと思いますよ。覚醒めてはいませんが一応私も六大神の血を引いてるのでこの子も普通の人よりは強くなれる筈ですし、神の血が覚醒して神人になる可能性もありますね」
「そうなのか……神人なんかになったら法国に狙われそうだから嫌だなぁ……強くなくたっていいから平穏な人生を送ってほしいよ」
「モモンガさんに憧れて旅人や冒険者になりたいって言うかもしれませんよ?」
「それならそれでいい。どんな道を選ぶにしても、この子の道だからこの子が自分で選ぶべきだしね」
自分の人生の道筋は自分で描いていくものだから。選ぶ手助けは親や周囲の人々がしてやるべきだろうけれども、最後に決断するのは自分でなければならない。他人に委ねて後悔ばかりを口にするようなそんな人生は決して送ってほしくない。その事を、モモンガはこの子に教えてやりたいと思う。できれば歴史に学ぶ賢者になってほしいものだ。
モモンガは永劫の時を生きるアンデッドだから、まだ生まれていないこの子ともいつか別れの時が来るだろう。でもこの子が孫を残して、孫がまた子供を残したならば命はずっと悠久の時を受け継がれていく。静止して成長することのないモモンガとは違う、ずっと変化し続けていく。そんな命の営みを、これからモモンガは見守り見送っていくことになるのだろう。続いていくその命が、日々を精一杯明るく生きることができるように世界が在ればいいと心から願う。この美しい空や山や森や草原が、そよめく風や木々のさざめきや鳥の囀りが、これからも美しいままでいてくれればいいと心から願う。
俺に似て臆病者で生まれてくるのが怖いなんて言うんじゃないぞ、お前がこれから生きる世界はこんなに美しいんだ。
クレマンティーヌの大きくなった腹に手を当て、心の中だけでそっとそうモモンガは呼び掛けた。祈りにも似たその言葉はきっと届かないだろう。いるかどうかも分からない神に捧げる祈りなんて元々一方通行のもので、虚空に消えていくだけのものなのかもしれない。それでも届くのが確実ならば信じるまでもなくて、そして届くかどうか分からないものを信じるという行為はとても直向きで美しいものだから、モモンガはその直向きさに憧れて自分も信じたいと願ってしまうのだ。
手を伸ばしても届かない眩しい輝きにそれでも手を伸ばしてしまう。浮かぶのは、目の覚めるような鮮やかな赤のマントにきらびやかな純白の鎧の聖騎士。在り方も生き方もまるで違うから決して届かないけれどもそれでも憧れてしまうその人が、オフ会でビールを飲みながら楽しそうに笑っていた顔を懐かしく思い浮かべる。
全ては過ぎ去っていくけれども、心に刻まれたものは消えはしない。
モモンガとクレマンティーヌの行く先には、そしてこの子の行く先には何が待っているだろう。抱いているのは希望ではなくて期待だ。果ての果てまで駆け抜けていきたい、そんな高揚感がある。これからどれだけの事柄を思いを胸に刻んでいけるだろう。大切なものをどれだけ増やしていけるだろう。
「クレマンティーヌ」
「はい、何ですか?」
「ずっと、一緒にいような」
「勿論です。モモンガさんのお側に、ずっといさせてください」
お互いのその願いもやはり祈りに似ていた。掌で掬えるだけの量を、必死に取り零さないように、それがモモンガの限界だ。だけど掌で受け止められたものは決して失わないように守り抜きたい。
今日も平穏な村の平凡な一日が過ぎていく。同じ繰り返しのようでいて、一日だって同じ日はない。リアルにいた頃はこれから良くなるという希望を一切持てない代わり映えのしない似たような日々の繰り返しにうんざりしていたものだけれども、この村の平穏はこのまま月並みで構わないから続いていってほしい。緩い風が吹き抜けて下生えがさわさわと揺れ、明るい蒼天を白い綿雲がゆっくりと流れていく。
不平等で理不尽で残酷で、そしてどうしようもなく美しいこの世界で。これからどれだけの長い時を生きていく事になるのかは分からないけれども、未来を向いて今を生きていきたいと、流れる雲を眺めてそうモモンガはぼんやりと考えた。
~Fin~
というわけで番外編も終わりです。ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。
聖王国編はネタが出来て気が向いたらということで。
また何かこのサイト向けのネタが出来ましたら書くかもしれませんのでその際はどうぞよろしくお願いいたします。
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