Life is what you make it《完結》   作:田島

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魔樹

「魔法について聞きたいんだが」

「魔法ですか。正直専門外なのであまり詳しくはお答えできませんけど、私に分かる範囲でしたら」

 深夜(とは言ってもこの世界基準の深夜なのでまだ二十一時頃だが)、エンリの家。〈永続光(コンティニュアルライト)〉を明度を低めに灯し、既に眠っているエンリとネムを起こさないように静かな声で話す。

「今日炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が召喚されてただろう? あれは俺が元いた世界のモンスターだ。それに陽光聖典の奴等が使ってたのも全部知ってる魔法だった。俺は別の世界から来たのに魔法やモンスターは俺の世界のものと同じなんて妙だと思ってな」

「ああ、そういう事ですか。モンスターについては分かりませんけど魔法についてなら。この世界の魔法は、元々始原の魔法(ワイルドマジック)しかなかったんです。それが五百年前、八欲王がどういう手段を使ってかは分かりませんけど世界の法則を歪めて位階魔法をこの世界の魔法の法則にした、と聞いています。八欲王が真なる竜王のほとんどを滅ぼしたのもあってそれ以降始原の魔法(ワイルドマジック)の使い手は激減し、今では限られた者しか使えません」

「世界の法則を歪めて……か、成程」

 クレマンティーヌの言葉に思い当たる事があった。八欲王はプレイヤーだ、世界級(ワールド)アイテムを保持していてもおかしくはない。それがもしも魔法システムの変更を可能にする五行相剋やさらに広範なシステム変更が可能な永劫の蛇の指輪(ウロボロス)で、この世界に転移した事でシステム変更を願い出る先がユグドラシル運営から世界そのものに効果が変質していたとするならば、有り得ない話ではない。

 問題は八欲王が何でそんな事をしたかだが五百年も前の話だ、いくら考えても分からないし答えを聞こうにも八欲王は滅びてしまっている。魔法を始原の魔法(ワイルドマジック)から位階魔法に切り替える理由。うーん分からん。竜王(ドラゴンロード)と戦って絶滅寸前に追いやったらしいから戦いを有利にする為に始原の魔法(ワイルドマジック)を使えなくなるようにしたかったのだろうか。

始原の魔法(ワイルドマジック)というのはどういう魔法なんだ?」

「詳しくは知りませんが位階魔法を遥かに凌駕する非常に強力な魔法だとか。始原の魔法(ワイルドマジック)を行使できる数少ない一人に竜王国の女王がいるのですが、使うためには百万の民の犠牲が必要とか聞いたことがあります。詳しい事はやっぱり実際に行使できる白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)にでもお聞きになった方がいいと思いますよ?」

「何だその百万の犠牲って……穏やかじゃないな」

「竜王国の女王は真にして偽りの竜王という別名がありまして、始原の魔法(ワイルドマジック)を使う為に代償として他者の犠牲を必要とするらしいんですよね。真なる竜王はそうでもないようですがそもそも竜王(ドラゴンロード)が姿を見せたり力を行使する事自体がまずありえないのでなんとも。まあ実際見た事がないので全部伝聞ですけど」

 クレマンティーヌが肩を竦める。そりゃそうだよな、この世界で圧倒的な力を持つという竜王(ドラゴンロード)始原の魔法(ワイルドマジック)を使う状況なんてそれこそ八欲王クラスの敵との戦い位だろう。つまりプレイヤーが竜王(ドラゴンロード)と敵対でもしなければ見られないものだ。

 敵対……したくないなぁ。仲良くしたい。始原の魔法(ワイルドマジック)を喰らうなんて想像するだけで寒気がする。興味がないというと嘘になるのであわよくば誰かが喰らうのを見たい。

 そう考えるとプレイヤーに詳しいという白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)には話を通して友好関係を築いた方が良さそうだなという思いが強くなる。よし、まず最初の目的地はアーグランド評議国だ。

「うーむ、やっぱりまずはアーグランド評議国か。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)と友好関係を築かなきゃな。どの辺にあるんだ?」

「王国の北西です。王国を縦断する進路になりますね。一ヶ月も歩けば着くかと。それともあの鏡を使って転移で行かれますか?」

「折角だから旅を楽しみたいな。他のプレイヤーについて情報収集もしたいし。カルネ村はもう大丈夫だろうし近い内に出るか」

「あの……それなんですけど……」

 歯切れ悪く口の重いクレマンティーヌを見やると、何やら言いづらそうにしている。カルネ村について何か気になる事があるのだろうか。

「カルネ村……だよな? 何か危ないのか?」

「森が、荒れてるんですよね。この辺りの森は森の賢王の縄張りなのでここまで魔物が出てくる事が今までなかったようなんですけど、今の荒れ具合だとその限りじゃないなと……」

「理由……まではさすがに分からないか」

「あの…………多分、モモンガさんです…………」

 えっ、俺? 何で?

 どういう事か分からずにクレマンティーヌを凝視すると、クレマンティーヌは縮こまって言いづらそうに口を開いた。

「多分、モモンガさんを恐れて魔物や魔獣があの辺りから逃げ出して、それであちこちで縄張りの混乱が起きてるっぽいんですよね……ただ、ゴブリンやオーガの群れが北から移動して来てるのも見たので、モモンガさんのせいだけではなさそうなんですけど…………原因の一つであることは、確かかなと……」

「えぇー……俺そんな影響与えてたの……」

「はい……ご自分の影響力についてもうちょっと自覚した方がいいですよ……」

 まさか森で座ってるだけでそんな強い影響を与えていたとは。プレイヤーが神とか呼ばれるような力を持ってるというのを舐めていた。自覚が足りなかったなと素直に反省する。

「なんか……ごめん。いや謝ってる場合じゃないな。どうすればいいんだ……縄張りの大元締めみたいな奴はいるのか? さっき森の賢王とか言ってたけど」

「はい。南の森の賢王、東の巨人、西の魔蛇。この三体が法国が把握しているトブの大森林で強い影響力を持つ魔物です。森の賢王は種族名は分かりませんが白銀の体毛と蛇の尾を持つ四足獣、東の巨人はトロールの亜種、西の魔蛇はナーガと聞いています」

「ふーむ、とりあえずそいつらに縄張りの中を落ち着かせるよう話を付けてみるか。会話できる知能はあるのかな……森の賢王は大丈夫そうだけど」

「そこまではちょっと分からないですね……元々陽光聖典の管轄なので」

「そうか。じゃあちょっと聞いてくるか。明日は森に行こう、クレマンティーヌは明日に備えてもう寝てていいよ」

 陽光聖典は捕縛され村にいるので丁度いい。クレマンティーヌがベッドに入ったのを見届けて〈永続光(コンティニュアルライト)〉を消し陽光聖典が集められている建物へと向かう。見張りの兵士に陽光聖典と話をしたい旨を伝えると、戦士長に確認に行かれたが少し待つと許可が降りたようで無事通してもらえた。

 陽光聖典の隊員達は縛られた状態でぐったりとしていた。逃げ出す気力もないのだろう、モモンガが入ってきても反応する者は少ない。反応も薄く、気怠げにモモンガを見やると俯いてしまう者が大半だった。

「何か用か」

 隊長はさすが隊長というべきか、言葉を発するだけの気力を残しているようで、モモンガに問いかけてきた。

「そう警戒しないでほしいんだけど。ちょっと聞きたい事があるだけだから何もしないよ」

「何でお前に教えなくてはならん」

「君らの任務にも関わりがある事だと思うんだけどな。トブの大森林が荒れてるから縄張りの主に話を付けに行こうと思うんだけど、森の賢王と東の巨人と西の魔蛇って話が通じる相手かどうか知りたいんだけど」

 そう問いかけると、隊長は心底不思議そうにモモンガを見やった。

「何で我等の任務にそれらが関わると知っている。いや、どうしてお前がそんな事をするんだ」

「この村の安全を守るためだよ。それ以外の理由はないね」

「どうしてこの村にそんなにこだわる、魔神をも凌ぐ力を持ちながら! それだけの力があれば何でもできる、この小さな村にこだわる理由は何だ!」

「別にいいだろ、俺は別にそんな大それた事がしたいわけじゃない、俺の大事な人が安全に暮らせればそれでいいんだよ。この村には恩人がいるんでね、安全を確保したい、ただそれだけだよ」

 答えると、隊長は信じられないものを見るように呆然とモモンガを見つめて黙りこくった。

 やっぱり俺には神にも等しい力があるとかそういう自覚が足りないのかもなぁ、と少しだけモモンガは思った。だがせいぜい一週間前までは何の力も持たない貧民層の一般人だったのだ、急にそんな自覚を持てと言われても無茶というものだ。正直許してほしい。

「森が荒れて亜人やモンスターが森の外に出て人間に被害が出るのは君ら法国にとっても不本意な結果だろ? お互いに利益になると思うんだけど」

「……確かに、本来であれば我等の仕事だ。お前によって果たせなくなったがな」

「そういう皮肉はいいよ。できれば穏便な手段で聞きたいんだけど、答えてくれないかな?」

 聞くだけなら〈人間魅了(チャームパーソン)〉なり〈支配(ドミネート)〉でも使えば一発で聞き出せるが、初手からそこまでするつもりはない。話の通じる相手なのだから聞けるなら普通に聞きたい。

 最初から魔法なんかに頼っては元営業職としての対話スキルへの自負に傷が付くというものだ。

「一体何が目的なんだ……この村を守りたいだけというが、信用できん。この村を足掛かりとして森をも制し支配を広げようとでもしているのか」

「えっ、そんな事しないよ。大体森の件が片付いたら旅に出るし、支配とか全然考えてないけど……どうしても俺を力を使った支配者にしたいの?」

「……したい訳ではない。それだけの力がありながら使わないというのが信じられないだけだ。人は力に溺れるものだからな」

「六大神はそうじゃなかったんだろ? 力に溺れず人を守った。力を自分の欲望の為じゃなく、他者の為に使った。そうだよな?」

 そう告げると、隊長は驚いたような何とも言い難い顔でモモンガを眺め、やがて諦めたように苦笑を漏らして目線を逸らした。

「これは一本取られたな。お前は己が神と同じだと言いたいのか」

「神っていうけど六大神だって人だった。だから人の痛みが分かったんだと思うけど」

 隊長が俯き、しばし沈黙が流れる。言うべきことは言ったと思えたので、モモンガは何も言わずに答えを待った。それなりに長い時間の静寂の後、ようやく隊長が口を開いた。

「……森の賢王と西の魔蛇は知能が高いから問題なく話は通じる。東の巨人は言葉は通じるが愚鈍だ、話は通じないと思った方がいい。全てに共通して言えることだが、対話の前にまずは力を示すことが重要になる。お前なら問題はないだろうがな」

 俯いたまま淡々と隊長が口にする。諦めのような悟りのような静かな何かが強く滲んだ口調だった。

「ありがとう、助かるよ」

「お前の為ではない、人類の為だ」

「どっちでもいいさ。森の事は任せて。それじゃおやすみ」

 返事を待たずにモモンガはその場を後にした。恐らく待っても返事は返ってこなかっただろう。だけどそれでいい。陽光聖典ひいては法国のやり口や考え方には共感できない部分が大いにあるが、ある部分では利益が一致する、そういう関係性の在り方も世の中にはあるだろう。

 モモンガは正義の味方ではない。たっち・みーのように分け隔てなく他者の為に身を抛てる正義の在り方に強く憧れはするけれども、自分にはあれは無理だとも思う。アンデッドになってしまった今、人間は同族と認識できなくなり関わりのない人間の死程度では一切心が動かなくなってしまったから尚更だ。

 せめて、大事だと思える人を守りたい。それだけを願う。掌から零れ落ちないだけの量を大事に抱えて。それがモモンガの限界だ。それだけの力があれば何でもできると陽光聖典の隊長は言ったけれども、そんな器は元からモモンガにはありはしないのだ。

 力って持ってるからって別にどうしても使わなきゃいけないってものでもないだろうし、使わないって選択があってもいいよね、そう思う。必要ならば行使するけれども、普段から振りかざそうとは思えない。今問題になっているのは振りかざしてもいないのに無意識の内に力が影響を及ぼしていたということなのだが、それはそれだ。

 一般人には過ぎた力を持っちゃったなぁ。そう思うと気が重い。神とか魔神とか仰々しい呼び方をされると本当に気疲れする。

 さて、朝までどうやって時間を潰そうかな。

 クレマンティーヌにリング・オブ・サステナンスを渡して暇潰しの相手にしてもいいのだが、種族特性として食事と睡眠を取れなくなってからあれはいいものだったなぁとしみじみと思っているモモンガからすると、食事と睡眠という三大欲求の内二つの楽しみをクレマンティーヌから奪ってしまうのはどうにも忍びないのだった。

 リング・オブ・サステナンスをしていても食事をしようと思えばできるが空腹こそがやはり最高のスパイスだ。今日のエンリの家の夕食もいい匂いだったしなんか美味しそうだったな……豆のスープと黒パン、どんな味がするんだろう。食べたくても食べられないこの骨の身が恨めしい。

 そんな事をつらつらと考えつつエンリの家へと戻る道をモモンガは辿っていった。

 

***

 

 次の朝、まずはエ・ランテルへと陽光聖典を護送するガゼフ始め戦士団を見送る。

「モモンガ殿には本当に世話になった。褒賞もお渡ししたいし王にもご紹介したい、出来れば一緒に王都へ来てほしいのだが、本当に来てはいただけないのだろうか……?」

 実は昨晩もガゼフから王都へ一緒に来てほしい旨の話をされたのだが断っていた。情報収集しつつゆっくりと旅するつもりだったので、戦士団と一緒というのは自由度が低いしやりづらい。王への謁見もこの世界での礼儀作法など全く知らないモモンガからすると勘弁してほしいイベントだ。だがガゼフは諦めきれないようで、控えめな声色ながら再度尋ねてくる。

「残念ながらこの地にてまだやるべき事がございまして。これからの旅程で王都へも立ち寄る予定ですので、その折には戦士長殿をお訪ねしたいと考えておりますのでその際はどうぞよろしく。ただ、一介の旅人ゆえ堅苦しいのは苦手でして、できれば王への謁見などは控えさせていただければと思います」

「そうか……では再会を楽しみにしていよう。精一杯おもてなしするので、是非我が家を訪ねていただければと思う。戦士団の者に名乗っていただければ話が通るようにしておこう」

「ご配慮ありがとうございます」

 モモンガが軽く一礼するとガゼフは頷き、横に停めていた馬に乗る。

「それでは失礼する、また会おう」

 軽く手を振りガゼフは馬を村の外へと進めていった。その後を、縄打たれた徒歩の陽光聖典が戦士団に囲まれて続いていく。魔法詠唱者(マジックキャスター)の集団なのでやろうと思えばあの状況からでも逃げることはできそうなものだが、その気力も出ないといった様子だった。そんなに徹底的に戦意を喪失させるような事したかなぁ? とモモンガは疑問に思ったが、自分を基準に考えてはいけないというのは昨日も言われた事だ。多分第三位階の使い手からすると圧倒的な絶望だったんだろうなぁ、とどこか他人事のように考えた。

 戦士団が去ってから、村は昨日の後片付けの作業に入る。男達は錬金術油を流し込まれてしまった家屋の解体などの力仕事にかかり、女や子供も解体された木材を運んだり遺体を埋める穴を掘ったりと忙しく働いている。

 昨日渡した角笛を早速一つ使おうと思うとエンリが言うので立ち会った。エンリが角笛を吹くとプォー、と玩具の笛のような間抜けな音が鳴った。目の前に二十体弱のゴブリンが召喚される。

「召喚してくださったご主人様、我等一同あなた様に従います、どうぞご命令を!」

 ゴブリン達は一斉に跪き、先頭のゴブリンリーダーがエンリにそう語りかける。エンリはといえば、えっえっと戸惑いを隠しきれていない様子だった。

「とりあえず力仕事を頼んだらいいんじゃないか?」

「その前に村の皆にモモンガさんが渡したアイテムで召喚したって紹介した方がいいですよ。普通にモンスターですから村の中にいたら何事かと驚かれますから」

 エンリに助言したつもりでいたら、更にもっともな事をクレマンティーヌに言われてしまった。モモンガはつい忘れがちだがゴブリンはモンスターだし村の中にいたら普通の人間は何事かと思うだろう。それはそうだ。

「そうだな、クレマンティーヌの言う通りだ。俺も一緒に行くから紹介しに行こう」

「はい、それじゃゴブリンの皆さん、着いてきてください」

「了解です!」

 ゴブリン達の威勢のいい返事が響き、近くにいた村人は何事かと振り返る。とりあえずその辺りにいた人達にモモンガが渡したアイテムで召喚したゴブリンで危険はない事を伝えると、村の恩人が渡したアイテムならという事で納得してくれる。そのやり取りを幾度か繰り返し、村の人へのお披露目が終わってから家の解体などを手伝ってくれるようにとゴブリン達にエンリが頼む。命令しないところがエンリらしいな、とどこか微笑ましい気持ちでモモンガはその様子を見届けた。

「俺達はちょっと森へ行ってくる。夕方までには戻るつもりだけど遅くなるかもしれないから、待ってなくてもいいからな」

「クレマンティーヌさんの分の夕食は残しておきますね、気をつけて行ってきてください」

 エンリと護衛に残されたゴブリンに見送られ、グリーンシークレットハウスまでクレマンティーヌと〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で転移する。

「旅立つ事も決まったし、森の中にいると悪影響が多い事も分かった……とりあえずこれは片付けるか」

「そうですね」

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)とグリーンシークレットハウスをアイテムボックスに戻し邪悪な魔法使い変装セットを外して死の支配者(オーバーロード)の素顔を久々に晒し、下位アンデット創造のスキルで死霊(レイス)を五体召喚する。

「ううっ……モモンガさんの召喚モンスターだと分かっていても怖い……」

「この程度のモンスタークレマンティーヌならなんてことないだろ?」

死霊(レイス)は厄介なんですよ。単純な物理攻撃が通りませんから戦士の天敵です」

「成程な……さて、この辺りは森の賢王の縄張りということになるのか」

「そうなります」

「じゃあそいつから探そう。死霊(レイス)達よ、この森にいる白銀の体毛と蛇の尾を持つ四足獣を探すのだ、散れ」

 死霊(レイス)達が五方へ散らばって飛んでいく。それを見送りながら、ふと思い付いた疑問をモモンガは口にした。

「昨日ガゼフが威光の大天使(ドミニオン・オーソリティ)と〈善なる極撃(ホーリー・スマイト)〉にやたら驚いてたけど、周辺国家最強の戦士ならあれ位倒せるよな?」

「……無理です。五宝物があればまあいい勝負はできたかもしれませんが勝利まではどうかと……あの装備では為す術もなく殺されてましたね」

「まさかそんな、攻撃だってせいぜい第七位階魔法だぞ? 戦士職なら一撃位は余裕で耐えられるだろ?」

「……無理です。あの、モモンガさん。現在人類が使える魔法の最高位階は第六位階です。それだって使えるのはたった一人だけです。二百五十年以上の時を生きる帝国の主席宮廷魔術師、英雄の領域を超えた逸脱者、”三重魔法詠唱者(トライアッド)”ことフールーダ・パラダインただ一人だけなんです! 第七位階の魔法を受けてどうなるかなんて人類の想像の範囲を超えてるんですよ! それを! あなたは!」

「ご、ごめん……そんな怒らなくても……」

「分かればいいんですけどね! 自分を基準にして考えるの悪い癖ですよ⁉」

 若干息が切れ気味のクレマンティーヌにすごい剣幕で捲し立てられ恐縮してしまう。どうも自分というかユグドラシルを基準に考えてしまって現地人とのズレが生まれてしまう。これも神に等しい力を持ってるって自覚が足りないってことか……と遠い目になる。

「クレマンティーヌも……威光の大天使(ドミニオン・オーソリティ)には勝てない?」

「当然です。私は昨日の装備のガゼフなら勝てる見込みはありますけど五宝物を装備したガゼフには今の装備と実力では勝てないです。それにガゼフに勝てるといっても初見なら、という条件が付きます。戦士としての総合力は格段にガゼフの方が上です」

 周辺国家最強戦士に条件付きとはいえ勝てるクレマンティーヌ相当強いんじゃ、とモモンガは自分の中のクレマンティーヌの評価を改めたが、威光の大天使(ドミニオン・オーソリティ)には絶対勝てないというのはどうなんだろうという思いも捨てきれない。昨日の蘇生実験でも思ったが、この世界で生命力と呼ばれているものがもしレベルなら、レベルアップも可能なのでは? という疑問が出てくる。

「ふむ……そうかぁ。ちょっと聞きたいんだけど、強くなった、って実感する時ってどんな時? 例えばめちゃくちゃ強いモンスターを倒した時とか」

「ああ、確かに生きるか死ぬかの戦いをした後は自分の力が一段階強くなる感覚がありますね。視界が開けたり筋力が上がったり。蘇生魔法で蘇生すると生命力を失って弱くなってしまうのでそういう時は死ぬか生きるかの戦いに身を投じると力が戻るのが早くなるとかそういうのはあります」

「そうかそうか! じゃあ今度クレマンティーヌが強くなるための訓練をしよう、俺が適当な強さのアンデッド創るから!」

 死の騎士(デス・ナイト)辺りが適当だろうか、でも防御特化の死の騎士(デス・ナイト)とスピード特化の刺突系クレマンティーヌでは相性が悪いだろうか……いや待て、多少相性が悪い方がギリギリの戦いになってよりレベルアップ効率が良くなるのでは? スキルで強化されてるから、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)辺りでも結構肉薄した戦いができるのでは? 訓練ならバリエーションが色々あった方がいいしな! などと色々考えるとワクワクする思いをモモンガは抑えきれなかった。

「死なない程度にお願いします……お願いしますね、本当に……洒落になってないですから……」

 上機嫌で訓練メニューを考え始めたモモンガを不安そうに見つめクレマンティーヌが呟く。

 そんなこんなで時間を潰している内に、放った死霊(レイス)の一体が森の賢王らしき魔獣を捕捉したのが召喚モンスターと使役者の間に繋がれた糸でモモンガに知らされる。

「おっ、森の賢王がいたようだな。向かうとしよう」

 二人で森を奥へと進んでいく。二十分ほども歩くと、巨大な白い獣の影が見えてきた。

「あれが森の賢王か?」

「そのようですね、噂通り蛇の尾です」

 更に近付くと、森の賢王と思しき魔獣は数体のナーガと向かい合い睨み合っていた。だが問題はそこではない。ある動物に酷似した森の賢王のその姿が、モモンガを呆然とさせた。

「ジャンガリアンハムスターじゃないか……森の賢王っていうよりジャイアントジャンガリアンじゃないか……」

「森の賢王の種族名をご存知なんですか?」

「いや、俺の知ってるジャンガリアンハムスターとは大きさが違いすぎる……ハムスターは掌サイズなんだ……まあいいや、今はそこを気にしてたら始まらない……うん」

 そのまま進んでいき二者の間で立ち止まると、両者ともこちらに注意を向ける。

「森の賢王と西の魔蛇だな」

「えっ、魔蛇います? 普通のナーガだけじゃないです?」

「いるぞ、透明化してる。見えてるから出てこい、西の魔蛇」

 魔法的視力強化による透明看破のスキルでモモンガには透明化している者が見える。ナーガ数匹の後ろで透明化していた西の魔蛇は、モモンガの言葉に姿を現した。

「儂の透明化を見破るとはただのアンデッドではないようじゃな……お主、最近南の森に突如現れたという死の王じゃな」

「死の王でござるか、大層な称号でござるな。某は森の賢王、死の王よ、名を名乗られい」

 ござる……いやそこを気にしていては負けだ。あまりにも想像と違いすぎる森の賢王の姿に戸惑いながらもモモンガは口を開いた。

「俺の名はモモンガ。行く場所がなくやむを得ずとはいえ、この森の縄張りを荒らした事は謝ろう。今日は相談があってやって来た。ところでこんな所で何をしていたんだ? 抗争か?」

「違うでござるよ。この蛇が、同盟を組みたいと言ってきたのでござる」

「ふむ……話を聞きたいところだけど、まず力を示すことが肝要、だったっけ?」

 クレマンティーヌはやたら慌てていたので多分有効な手段だろうと思い、モモンガは探知阻害の指輪を外した。瞬間森の賢王は毛を逆立て腹を見せてひっくり返り、ナーガ達はうねりのたうち回った。ちょっと可哀想になったのですぐに指輪を着ける。

「強い、ということは理解してもらえたかな?」

「こ、降参でござるよ~……殺さないでほしいでござるよ~……」

「……強者で、ある、という事は、十分理解したぞ、死の王よ……できれば、そういうのは、やめてほしかったが……」

「殺さないから安心してくれ、君達には頼みたい事があるからな」

 その場の者達(密かに腰を抜かしていたクレマンティーヌ含む)が落ち着くのを待ち、再びモモンガは口を開く。

「さて、同盟だったっけ? どういう経緯なのか教えてもらってもいいか?」

「最近、北の森の草木が徐々に枯れ果て死の大地が広がっていっておるのじゃ。その原因を探りにいった東の巨人、グが戻らん」

「グ?」

「名前じゃ。トロールは短き名を勇敢の証とする。儂など長い名なのでよく侮られたものよ」

「ちなみにその名は?」

「リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンという」

「確かに長いな……さてリュラリュース、それでどうして森の賢王と同盟を結ぶんだ?」

「グは恐らく北に封印されている魔樹に殺されたと儂は踏んでおる。対抗するには儂だけの力では足りん。故に同盟を考えた」

 封印された魔樹、そんな剣呑な物があるのか。成程と思っていると、何か思い当たった様子のクレマンティーヌが目に入った。

「クレマンティーヌ、何か心当たりがあるのか」

「多分ですけど……トブの大森林付近で破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活するという予言が最近出たんです。もしそれだとしたら、森の賢王と西の魔蛇位じゃ対抗できない、漆黒聖典でも第一席次が出てくるような事態じゃないかと」

「予言? 当たるのか?」

「占星千里の予言は必中です。予言というよりは未来視に近いものです」

「成程な……しかし竜王(ドラゴンロード)というが、魔樹だぞ?」

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)は、遥か昔に空間を切り裂きこの世界に降り立った強大な力を持つ魔物達全般を指した呼称なんです。ほとんどが竜王(ドラゴンロード)達によって倒されましたが、この魔樹は封印されていたようですね。今は封印が解けかけてるんだと思います」

「そういうことなのか。俺以外の森の混乱の原因というやつもそれだろうな……よし、森の賢王にリュラリュース、提案がある」

 呼びかけると元よりモモンガを見ていた森の賢王と西の魔蛇は軽く頷く事で返事する。

「俺がその魔樹を倒そう。その代わり、森のモンスターや亜人が森の外に出ないようにそれぞれの縄張りを鎮めてほしい。どうだ?」

「それは……可能ならこちらから願いたい位じゃが……勝てるのか?」

「やってみないと分からない、としか言えないな。まあ負ける気はない」

「某は異存はないでござるよ、しかし東の巨人の縄張りはどうするでござる? リュラリュース殿にお願いしてもいいでござるか?」

「森の均衡が崩れるが森の賢王よ、お主はそれでいいのか?」

「それについても提案があるぞ、不可侵条約を結べばいいだろう。お互いの縄張りを荒らさないという契約だ」

「某は今の縄張りがあれば十分でござるし、そちらの縄張りには立ち入らないでござるよ」

「うむ……裏がありそうないい話じゃが、そういう事ならば乗ろう」

 話は纏まったようだった。後は魔樹を探して退治するだけだ。死霊(レイス)達に北の方面で樹木の枯れている場所を探させると、広範囲に渡って樹木が枯れている一帯をすぐに発見できた。

「場所も見つかったようだし、それじゃちょっと行ってくるよ。第一席次が出る事態ということはクレマンティーヌは来ない方がいいな、ここで待ってろ。〈飛行(フライ)〉」

 一気に加速し飛び上がる。死霊(レイス)の待つ方を見やると、確かに円形に樹木が枯れている地帯があった。付近まで〈飛行(フライ)〉で近付きやや離れた森の中に着地する。

「さて、どれだけの強さかは分からんが一応全力で準備するか……」

 墓守生活で癖になった独り言を呟きつつ〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェント・ベリル)〉に始まる各種強化・支援魔法をかけすぎというほど自分にかける。何せ相手の手の内が全く分からないのだ、どれだけ用心してもしすぎるという事はないだろう。

 魔樹ということは恐らくトレント系のモンスターだから能力もそれに準じたものだろう。体力は高め、知能は恐らく低く魔法攻撃はないとみた。もし知能の高いトレントだったら一旦撤退することも視野に入れなければならない。トレント系は大体体力が高いのにそこに魔法まで使われたら戦略を練らなくては勝てない。この世界では圧倒的な強者らしい漆黒聖典第一席次が出る事態ならばそれ相応の強さのトレントが出てくる筈だ、簡単に削りきれる相手ではないだろう。

 しかし見渡す限りの朽ちた木が林立する荒野には魔樹の影はない。まだ封印は完全に解かれていないから姿を現していないのだろうが、どこにいるのやら。近付けば出てくるかと思い、荒野の中を死霊(レイス)に探索させる。丁度荒野の円の中心部分に死霊(レイス)が差し掛かったところで、突然大地が割れ探索させていた死霊(レイス)との繋がりが切れて巨大な触手がのたうち地を叩く。

「当たりか! 〈魔法三重最大化(トリプレットマキシマイズマジック)現斬(リアリティ・スラッシュ)〉!」

 第十位階でも最強の攻撃力を誇る斬撃の魔法が三発連続して触手を切り苛む。苦しむように触手がのたうち回り、大地が震え揺れる。触手を中心にして枯れた大地が盛り上がっていき、少しずつその恐ろしい魔樹は全容を明らかにしていく。

「……でっか」

 高さは三十階建てのビルほどはあるだろうか、幹には恐ろしい顔のような虚が刻まれている。六本の触手は森を飲み込むかのように長い。何もかもが規格外の存在だった。

「ううむ……よし、知能は低そうだな。やるしかないか……〈魔法三重最大化(トリプレットマキシマイズマジック)朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)!〉」

 範囲内に入り使える中では一番強い炎属性魔法を放つ。トレントだから炎が弱点じゃないかと思ったからだ。だが魔法の範囲内に入るということは長い触手の攻撃もこちらに届くということ、魔法職のモモンガでは視認できないような速度で振り下ろされた触手の一撃が全身を叩きつける衝撃が襲ってくる。

「くそっ、〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェント・ベリル)〉起動!」

 殴打属性ダメージを無効にし全速力で一旦下がり、〈光輝緑の体(ボディ・オブ・イファルジェント・ベリル)〉をかけ直しておく。十位階の魔法だから魔力の損耗は気になるがあの触手の一撃は当たったら確実に相当痛い、まずは触手を一本ずつ確実に潰していくべきかと作戦を組み立てる。

「……よし、行くぞ。〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 転移で一気に魔樹の懐に飛び込み、眼下の触手の根元に狙いを定める。

「〈魔法三重最大化(トリプレットマキシマイズマジック)現斬(リアリティ・スラッシュ)〉、〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉!」

 斬撃を叩き込み然る後に範囲外まで転移、ヒットアンドアウェイ戦法。魔力の損耗は気になるしちまちま削るしかないというのがなんとも貧乏臭いがこれが確実だ。

 こうしてそれなりの時間が経った後、どうにか触手を全て片付ける事に成功した。

「……よし、後は胴体だな、って! 〈骸骨壁(ウォール・オブ・スケルトン)〉!」

 突然魔樹が口から無数の種を飛ばしてきたので慌てて壁を出す。

「……あれだけでかければ全部当たりそうな気がするな、使ってみるか。〈魔法三重最大化(トリプレットマキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)〉!」

 天から灼熱で赤化した無数の隕石が魔樹めがけて降り注ぐ。通常の三倍増しの隕石は、容赦なく魔樹の幹や枝を抉り削っていく。しかし魔力が残り少ない。こいつの体力どんだけあるんだよ、せめてタンクがいればなぁ、悪態をつきたくなるがないものねだりをしてもしょうがない。そしてタンクで思い出したが、予め超位魔法〈天軍降臨(パンテオン)〉で門番の智天使(ケルビム・ゲートキーパー)を呼び出しておけばそれなりに使えたのではと今更思い付いた。今更思い付いても遅い。

「くそっ、こうなったらヤケだ、魔力が切れるまでやってやるぞ! 〈魔法三重最大化(トリプレットマキシマイズマジック)現斬(リアリティ・スラッシュ)〉!」

 飛ばしてくる種の攻撃に注意し〈飛行(フライ)〉の持続時間に気を配りつつ〈現斬(リアリティ・スラッシュ)〉を当てていく。もう無理、と思い始めた頃、ようやく魔樹はその動きを止め、生命の気配は失われた。一応確認の為〈飛行(フライ)〉で近付いてみるが反撃の気配はない。ようやく、ようやく長い戦いがおわったようだった。

「つ……疲れた…………」

 魔力切れ寸前、ポンコツ死の支配者(オーバーロード)の長い戦いが終わった。ゲームだと六時間だけどこの世界で魔力回復するのどれ位かかるんだろう、旅の出発まで結構時間かかっちゃいそうだなぁ、溜息が漏れる。

 とりあえず転移してクレマンティーヌ達の許まで戻り、魔樹を無事討伐したことを報告する。〈隕石落下(メテオフォール)〉のような派手な魔法はここからも見えていたようで、あなたは神かみたいな全員の視線が痛かった。神じゃないし今そういうのいいから、そう言いたい気持ちをぐっと堪える。

「それじゃ、縄張りの件は頼んだよ。秩序が戻るまではしばらくかかるだろうけど、森の外に魔物を出さないようにね」

「承ったでござるよ!」

「了解した、死の王よ」

 はぁ、帰ろう。邪悪な魔法使いセットを装備してクレマンティーヌを抱き寄せ、転移でカルネ村の前まで戻ってくる。

 空を見上げる。夕焼けが目に染みる。昨日といい今日といい、なんだかおかしな事態が続けざまに襲ってくるのでカルネ村は何かに呪われているのではないかと心配にすらなってきた。はぁ、紅く滲む空が美しいなぁ、クレマンティーヌの肩から手を離し、立ち止まったままぼんやりと空を眺める。

「モモンガさーん! おかえりなさいーっ!」

「モモンガさーん!」

 見れば、エンリとネムが向こうから駆けてきていた。出迎えに来てくれたのだろう。後ろを護衛のゴブリンが追いかけてきている。

 俺が守った笑顔だ(多分)、それは誇っても、いいかな?

 駆けてくるエンリとネムに手を振りながら、結果良ければ全て良し、そんな本日の標語を胸に浮かべるモモンガであった。




誤字報告ありがとうございます☺

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